御書資料集②

◆ 本尊問答抄 ¶ 〔C4・弘安元年九月・浄顕房〕/ 問うて云く、末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや。答へて云く、法華経の題目を以て本尊とすべし。/ 問うて云く、何れの経文、何れの人師の釈にか出でたるや。答ふ、法華経の第四法師品に云く「薬王、在々処々に、若しは説き若しは読み、若しは誦し若しは書き、若しは経巻所住の処には、皆応に七宝の塔を起てて、極めて高広厳飾ならしむべし。復舎利を安んずることを須ゐじ。所以は何ん。此の中には已に如来の全身有す」等云云。涅槃経の第四如来性品に云く「復次に迦葉、諸仏の師とする所は所謂法なり。是の故に如来恭敬供養す。法常なるを以ての故に、諸仏も亦常なり」云云。天台大師の法華三昧に云く「道場の中に於て、好き高座を敷き、法華経一部を安置し、亦必ずしも形像舎利並びに余の経典を安んずべからず、唯法華経を置け」等云云。/ 疑って云く、天台大師の摩訶止観の第二の四種三昧の御本尊は阿弥陀仏なり。不空三蔵の法華経の観智の儀軌は釈迦・多宝を以て法華経の本尊とせり。汝何ぞ此等の義に相違するや。答へて云く、是れ私の義にあらず。上に出だすところの経文並びに天台大師の御釈なり。
但し摩訶止観の四種三昧の本尊は阿弥陀仏とは、彼れは常坐・常行・非行非坐の三種の本尊は阿弥陀仏なり。文殊問経・般舟三昧経・請観音経等による。是れは爾前の諸経の内未顕真実の経なり。半行半坐三昧には二あり。一には方等経の七仏八菩薩等を本尊とす。彼の経による。二には法華経の釈迦・多宝等を引き奉れども、法華三昧を以て案ずるに法華経を本尊とすべし。不空三蔵の法華儀軌は宝塔品の文によれり。此れは法華経の教主を本尊とす。法華経の正意にはあらず。上に挙ぐる所の本尊は釈迦・多宝・十方の諸仏の御本尊、法華経の行者の正意なり。/ 問うて云く、日本国に十宗あり。所謂 倶舎・成実・律・法相・三論・華厳・真言・浄土・禅・法華宗なり。此の宗は皆本尊まちまちなり。所謂 倶舎・成実・律の三宗は劣応身の小釈迦なり。法相・三論の二宗は大釈迦仏を本尊とす。華厳宗は台上のるさな(盧遮那)報身の釈迦如来、真言宗は大日如来、浄土宗には阿弥陀仏、禅宗にも釈迦を用ゐたり。何ぞ天台宗に法華経を本尊とするや。答ふ、彼等は仏を本尊とするに是れは経を本尊とす。其の義あるべし。/ 問ふ、其の義 如何。仏と経といづれか勝れたるや。答へて云く、本尊とは勝れたるを用ゐるべし。例せば儒家には三皇五帝を用ゐて本尊とするが如く、仏家にも又釈迦を以て本尊とすべし。
問うて云く、然らば、汝云何ぞ釈迦を以て本尊とせずして、法華経の題目を本尊とするや。答ふ、上に挙ぐるところの経釈を見給へ。私の義にはあらず。釈尊と天台とは法華経を本尊と定め給へり。末代今の日蓮も仏と天台との如く、法華経を以て本尊とするなり。其の故は、法華経は釈尊の父母、諸仏の眼目なり。釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり。故に今能生を以て本尊とするなり。/ 問ふ、其の証拠 如何。答ふ、普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり。十方三世の諸仏の眼目なり。三世の諸の如来を出生する種なり」等云云。又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり。諸仏是れに因りて五眼を具することを得たまへり。仏の三種の身は方等より生ず。是れ大法印にして涅槃海を印す。此の如き海中より能く三種の仏の清浄の身を生ず。此の三種の身は人天の福田、応供の中の最なり」等云云。此等の経文、仏は所生、法華経は能生。仏は身なり、法華経は神(たましい)なり。然れば則ち木像画像の開眼供養は唯法華経にかぎるべし。而るに今木画の二像をまうけて、大日仏眼の印と真言とを以て開眼供養をなすは、尤も逆なり。
問うて云く、法華経を本尊とすると、大日如来を本尊とすると、いづれか勝るや。答ふ、弘法大師・慈覚大師・智証大師の御義の如くならば、大日如来は勝れ、法華経は劣るなり。/ 問ふ、其の義 如何。答へて云く、弘法大師の秘蔵宝鑰・十住心に云く「第八法華、第九華厳、第十大日経」等云云。此れは浅きより深きに入る。慈覚大師の金剛頂経の疏・蘇悉地経の疏、智証大師の大日経の旨帰等に云く「大日経第一、法華経第二」等云云。/ 問ふ、汝が意 如何。答ふ、釈迦如来多宝仏総じて十方の諸仏の御評定に云く「已今当の一切経の中に法華最為第一なり」云云。/ 問ふ、今日本国中の天台・真言等の諸僧並びに王臣万民疑って云く、日蓮法師めは弘法・慈覚・智証大師等に勝るべきか 如何。答ふ、日蓮反詰して云く、弘法・慈覚・智証大師等は釈迦・多宝・十方の諸仏に勝るべきか〈是一〉。今日本国の王より民までも教主釈尊の御子なり。釈尊の最後の御遺言に云く「法に依りて人に依らざれ」等云云。法華最第一と申すは法に依るなり。然るに三大師等に勝るべしやとの給ふ諸僧・王臣・万民・乃至所従・牛馬等にいたるまで不孝の子にあらずや〈是二〉。
問ふ、弘法大師は法華経を見給はずや。答ふ、弘法大師も一切経を読み給へり。其の中に法華経・華厳経・大日経の浅深勝劣を読み給ふに、法華経を読み給ふ様に云く「文殊師利、此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て最も其の下に在り」。又読み給ふ様に云く「薬王今汝に告ぐ、我が所説の諸経あり、而も此の経の中に於て法華最第三」云云。又慈覚・智証大師の読み給ふ様に云く「諸経の中に於て最も其の中に在り」。又「最為第二」等云云。釈迦如来・多宝仏・大日如来・一切の諸仏、法華経を一切経に相対して説いての給はく「法華最第一」。又説いて云く「法華最も其の上に在り」云云。所詮 釈迦十方の諸仏と慈覚・弘法等の三大師といづれを本とすべきや。但し事を日蓮によせて釈迦十方の諸仏には永く背きて三大師を本とすべきか 如何。/ 問ふ、弘法大師は讃岐の国の人、勤操僧正の弟子なり。三論・法相の六宗を極む。去ぬる延暦二十三年五月、桓武天皇の勅宣を帯して漢土に入り、順宗皇帝の勅に依りて青竜寺に入りて、恵果和尚に真言の大法を相承し給へり。恵果和尚は大日如来よりは七代になり給ふ。人はかはれども法門はをなじ。譬へば瓶の水を猶瓶にうつすが如し。
大日加来と金剛薩・竜猛・竜智・金剛智・不空・恵果・弘法との瓶は異なれども、所伝の智水は同じ真言なり。此の大師彼の真言を習ひて、三千の波濤をわたりて日本国に付き給ふに、平城・嵯峨・淳和の三帝にさづけ奉る。去ぬる弘仁十四年正月十九日に東寺を建立すべき勅を給はりて、真言の秘法を弘通し給ふ。然れば五畿七道・六十六箇国二の島にいたるまでも鈴をとり杵をにぎる人たれかこの人の末流にあらざるや。/ 又慈覚大師は下野の国の人、広智菩薩の弟子なり。大同三年御歳十五にして伝教大師の御弟子となりて叡山に登りて十五年の間、六宗を習ひ、法華・真言の二宗を習ひ伝へ、承和五年御入唐、漢土の会昌天子の御宇なり。法全・元政・義真・法月・宗叡・志遠等の天台・真言の碩学に値ひ奉りて、顕密の二道を習ひ極め給ふ。其の上殊に真言の秘教は十年の間、功を尽くし給ふ。大日如来よりは九代なり。嘉祥元年仁明天皇の御師なり。仁寿・斉衡に金剛頂経・蘇悉地経の二経の疏を造り、叡山に総持院を建立して、第三の座主となり給ふ。天台の真言これよりはじまる。/ 又智証大師は讃岐の国の人、天長四年御年十四、叡山に登り、義真和尚の御弟子となり給ふ。
日本国にては義真・慈覚・円澄・別当等の諸徳に八宗を習ひ伝へ、去ぬる仁寿元年に文徳天皇の勅を給はりて漢土に入り、宣宗皇帝の大中年中に法全・良和尚等の諸大師に七年の間、顕密の二教習ひ極め給ひて、去ぬる天安二年に御帰朝、文徳・清和等の皇帝の御師なり。何れも現の為当の為、月の如く日の如く、代々の明主・時々の臣民信仰余り有り、帰依怠り無し。故に愚痴の一切、偏に信ずるばかりなり。誠に依法不依人の金言を背かざるの外は、争でか仏によらずして弘法等の人によるべきや。所詮 其の正は如何。/ 答ふ、夫れ教主釈尊の御入滅一千年の間、月氏に仏法の弘通せし次第は先の五百年は小乗、後の五百年は大乗、小大権実の諍ひはありしかども顕密の定めはかすかなりき。/ 像法に入りて十五年と申せしに漢土に仏法渡る。始めは儒道と釈教と諍論して定めがたかりき。されども仏法やうやく弘通せしかば小大権実の諍論いできたる。されどもいたくの相違もなかりしに、漢土に仏法渡りて六百年、玄宗皇帝の御宇に善無畏・金剛智・不空の三三蔵月氏より入り給ひて後、真言宗を立てしかば、華厳・法華等の諸宗は以ての外に下されき。
上一人より下万民に至るまで真言には法華経は雲泥なりと思ひしなり。其の後徳宗皇帝の御宇に妙楽大師と申す人真言は法華経にあながちにをとりたりとおぼしめししかども、いたく立つる事もなかりしかば、法華・真言の勝劣を弁へる人なし。/ 日本国は人王三十代欽明の御時百済国より仏法始めて渡りたりしかども、始めは神と仏との諍論こわくして三十余年はすぎにき。三十四代推古天皇の御宇に、聖徳太子始めて仏法を弘通し給ふ。恵観・観勒の二(ふたり)の上人、百済国よりわたりて三論宗を弘め、孝徳の御宇に道昭、禅宗をわたす。天武の御宇に新羅国の智鳳、法相宗をわたす。第四十四代元正天皇の御宇に善無畏三蔵、大日経をわたす。然るに弘まらず。聖武の御宇に審祥大徳・朗弁僧正等、華厳宗をわたす。人王四十六代孝謙天皇の御宇に唐代の鑑真和尚、律宗と法華宗をわたす。律をばひろめ、法華をば弘めず。/ 第五十代桓武天皇の御宇に延暦二十三年七月、伝教大師勅を給はりて漢土に渡り、妙楽大師の御弟子道邃・行満に値ひ奉りて法華宗の定恵を伝へ、道宣律師に菩薩戒を伝へ、順暁和尚と申せし人に真言の秘教を習ひ伝へて、日本国に帰り給ひて、
真言・法華の勝劣は漢土の師のをしへに依りては定め難しと思し食しければ、此にして大日経と法華経と、彼の釈と此の釈とを引き並べて勝劣を判じ給ひしに、大日経は法華経に劣りたるのみならず、大日経の疏は天台の心をとりて我が宗に入れたりけりと勘へ給へり。/ 其の後弘法大師、真言経を下されける事を遺恨にや思し食しけむ。真言宗を立てんとたばかりて、法華経は大日経に劣るのみならず華厳経に劣れりと云云。あはれ慈覚・智証、叡山園城に此の義をゆるさずば、弘法大師の僻見は日本国にひろまらざらまし。彼の両大師華厳法華の勝劣をばゆるさねども、法華真言の勝劣をば永く弘法大師に同心せしかば、存外に本師伝教大師の大怨敵となる。其の後日本国の諸碩徳等、各智恵高く有るなれども彼の三大師にこえざれば、今に四百余年の間、日本一同に真言は法華経に勝れけりと定め畢んぬ。たまたま天台宗を習へる人々も真言は法華に及ばざるの由存せども、天台の座主・御室等の高貴に恐れて申す事なし。あるは又其の義をもわきまへぬかのゆへに、からくして同の義をいへば、一向真言の師はさる事おもひもよらずとわらふなり。然れば日本国中に数十万の寺社あり。皆真言宗なり。たまたま法華宗を並ぶれども真言は主の如く法華は所従の如くなり。若しは兼学の人も心中は一同に真言なり。
座主・長吏・検校・別当、一向に真言たる上は、上に好むるところ下皆したがふ事なれば一人ももれず真言師なり。されば日本国或は口には法華最第一とはよめども、心は最第二、最第三なり。或は身口意共に最第二、三なり。三業相応して最第一と読める法華経の行者は四百余年が間一人もなし。まして能持此経の行者はあるべしともおぼへず。「如来現在 猶多怨嫉 況滅度後」の衆生は、上一人より下万民にいたるまで法華経の大怨敵なり。/ 然るに日蓮は東海道十五箇国の内、第十二に相当たる安房の国長狭の郡東条の郷片海の海人が子なり。生年十二、同じき郷の内清澄寺と申す山に罷り登りて、遠国なる上、寺とはなづけて候へども修学の人なし。然るに随分諸国を修行して学問し候ひしほどに我が身は不肖なり、人はおしへず、十宗の元起(げんき)勝劣たやすくわきまへがたきところに、たまたま仏菩薩に祈請して、一切の経論を勘へて十宗に合はせたるに、倶舎宗は浅近なれども一分は小乗経に相当するに似たり。成実宗は大小兼雑して謬誤あり。律宗は本は小乗、中比(なかごろ)は権大乗、今は一向に大乗宗とおもへり。又伝教大師の律宗あり。別に習ふ事なり。法相宗は源(もと)権大乗経の中の浅近の法門にて有りけるが、次第に増長して権実と並び結句は彼の宗々を打ち破らんと存ぜり。譬へば日本国の将軍将門・純友等の如し。下に居して上を破る。
三論宗も又権大乗の空の一分なり。此れも我は実大乗とおもへり。華厳宗は又権大乗と云ひながら余宗にまされり。譬へば摂政関白の如し。然るに法華経を敵となして立てる宗なる故に、臣下の身を以て大王に順ぜんとするが如し。浄土宗と申すも権大乗の一分なれども、善導・法然がたばかりかしこくして、諸経をば上げ観経をば下し、正像の機をば上げ末法の機をば下して、末法の機に相叶へる念仏を取り出だして、機を以て経を打ち、一代の聖教を失ひて念仏の一門を立てたり。譬へば心かしこくして身は卑しき者が、身を上げて心はかなきものを敬ひて賢人をうしなふが如し。禅宗と申すは一代聖教の外に真実の法有りと云云。譬へばをやを殺して子を用ゐ、主を殺せる所従のしかも其の位につけるが如し。/ 真言宗と申すは一向に大妄語にて候が、深く其の根源をかくして候へば浅機の人あらはしがたし。一向に誑惑せられて数年を経て候。先づ天竺に真言宗と申す宗なし、然るに有りと云云。其の証拠を尋ぬべきなり。所詮 大日経ここにわたれり。法華経に引き向けて其の勝劣を之れを見る処、大日経は法華経より七重下劣の経なり。証拠彼の経此の経に分明なり。〈此に之れを引かず〉。しかるを或は云く、法華経に三重の主君、或は二重の主君なりと云云。以ての外の大僻見なり。
譬へば劉聡(りゅうそう)が下劣の身として愍(びん)帝に馬の口をとらせ、超高が民の身として横(よこしま)に帝位につきしがごとし。又彼の天竺の大慢婆羅門が釈尊を床(ゆか)として坐せしがごとし。漢土にも知る人なく、日本にもあやめずして、すでに四百余年をおくれり。/ 是の如く仏法の邪正乱れしかば王法も漸く尽きぬ。結句は此の国他国にやぶられて亡国となるべきなり。此の事日蓮独り勘へ知れる故に、仏法のため王法のため、諸経の要文を集めて一巻の書を造る。仍って故最明寺入道殿に奉る。立正安国論と名づけき。其の書にくはしく申したれども愚人は知り難し。所詮 現証を引きて申すべし。/ 抑 人王八十二代隠岐の法王と申す王有(おわしま)しき。去ぬる承久三年〈太歳辛巳〉五月十五日、伊賀太郎判官光末を打ち取りまします。鎌倉の義時をうち給はむとての門出なり。やがて五畿七道の兵を召して、相州鎌倉の権の大夫義時を打ち給はんとし給ふところに、かへりて義時にまけ給ひぬ。結句我が身は隠岐の国にながされ、太子二人は佐渡の国・阿波の国にながされ給ふ。公卿七人は忽ちに頸をはねられてき。/ これはいかにとしてまけ給ひけるぞ。国王の身として、民の如くなる義時を打ち給はんは鷹の雉をとり、猫の鼠を食むにてこそあるべけれ。これは猫のねずみにくらはれ、鷹の雉にとられたるやうなり。
しかのみならず調伏の力を尽くせり。所謂 天台の座主慈円僧正・真言の長者・仁和寺の御室・園城寺の長吏・総じて七大寺十五大寺、智恵戒行は日月の如く、秘法は弘法・慈覚等の三大師の心中の深密の大法・十五壇の秘法なり。五月十九日より六月の十四日にいたるまで、あせをながし、なづきをくだきて行ひき。最後には御室、紫宸殿にして日本国にわたりていまだ三度までも行はぬ大法、六月八日始めて之れを行ふ程に、同じき十四日に関東の兵軍宇治勢田をおしわたして、洛陽に打ち入りて三院を生け取り奉りて、九重に火を放ちて一時に焼失す。三院をば三国へ流罪し奉りぬ。又公卿七人は忽ちに頸をきる。しかのみならず御室の御所に押し入りて、最愛の弟子の小児勢多伽(せいたか)と申せしをせめいだして、終に頸をきりにき。御室思ひに堪えずして死に給ひ畢んぬ。母も死す。童も死す。すべて此のいのりをたのみし人、いく千万といふ事をしらず死にき。たまたまいきたるもかひなし。御室祈りを始め給ひし六月八日より同じき十四日まで、なかをかぞふれば七日に満じける日なり。此の十五壇の法と申すは一字金輪・四天王・不動・大威徳・転法輪・如意輪・愛染王・仏眼・六字・金剛童子・尊星王・太元・守護経等の大法なり。
此の法の詮は国敵王敵となる者を降伏して、命を召し取りて其の魂を密厳浄土へつかはすと云ふ法なり。其の行者の人々も又軽からず、天台の座主慈円、東寺・御室・三井の常住院の僧正等の四十一人、並びに伴僧等三百余人なり云云。法と云ひ、行者と云ひ、又代も上代なり。いかにとしてまけ給ひけるぞ。たとひかつ事こそなくとも、即時にまけおはりてかかるはぢにあひたりける事、いかなるゆへといふ事を余人いまだしらず。/ 国主として民を討たん事、鷹の鳥をとらんがごとし。たとひまけ給ふとも、一年二年十年二十年もささうべきぞかし。五月十五日におこりて六月十四日にまけ給ひぬ。わづかに三十余日なり。権の大夫殿は此の事を兼ねてしらねば祈祷もなし。かまへもなし。然るに日蓮小智を以て勘へたるに其の故あり。所謂 彼の真言の邪法の故なり。僻事は一人なれども万国のわづらひなり。一人として行ずとも一国二国やぶれぬべし。況や三百余人をや。国主とともに法華経の大怨敵となりぬ。いかでかほろびざらん。/ かかる大悪法とし(年)をへて、やうやく関東におち下りて、諸堂の別当・供僧となり連々と行ぜり。本より辺域の武士なれば教法の邪正をば知らず。ただ三宝をばあがむべき事とばかり思ふゆへに、自然としてこれを用ゐきたりてやうやく年数を経る程に、今他国のせめをかうむりて此の国すでにほろびなんとす。
関東八箇国のみならず、叡山・東寺・園城・七寺等の座主・別当、皆関東の御はからひとなりぬるゆへに、隠岐の法皇のごとく、大悪法の檀那と成り定まり給ひぬるなり。/ 国主となる事は大小皆梵王・帝釈・日月・四天の御計らひなり。法華経の怨敵となり定まり給はば、忽ちに治罰すべきよしを誓ひ給へり。随って人王八十一代安徳天皇に太政入道の一門与力して、兵衛佐頼朝を調伏せんがために、叡山を氏寺と定め山王を氏神とたのみしかども、安徳は西海に沈み、明雲は義仲に殺さる。一門皆一時にほろび畢んぬ。第二度なり。今度は第三度にあたるなり。日蓮がいさめを御用ゐなくて、真言の悪法を以て大蒙古を調伏せられば、日本国還りて調伏せられなむ。還著於本人と説けりと申すなり。然らば則ち罰を以て利生を思ふに、法華経にすぎたる仏になる大道はなかるべきなり。現世の祈祷は兵衛佐殿、法華経を読誦する現証なり。/ 此の道理を存ぜる事は父母と師匠との御恩なれば、父母はすでに過去し給ひ畢んぬ。故道善御房は師匠にておはしまししかども、法華経の故に地頭におそれ給ひて、心中には不便とおぼしつらめども、外にはかたきのやうににくみ給ひぬ。
のちにはすこし信じ給ひたるやうにきこへしかども、臨終にはいかにやおはしけむ。おぼつかなし。地獄まではよもおはせじ。又生死をはなるる事はあるべしともおぼへず。中有にやただよひましますらむとなげかし。貴辺は地頭のいかりし時、義城房とともに清澄寺を出でておはせし人なれば、何となくともこれを法華経の御奉公とおぼしめして、生死をはなれさせ給ふべし。/ 此の御本尊は世尊説きおかせ給ひて後、二千二百三十余年が間、一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず。漢土の天台・日本の伝教ほぼしろしめして、いささかひろめさせ給はず。当時こそひろまらせ給ふべき時にあたりて候へ。経には上行・無辺行等こそ出でてひろめさせ給ふべしと見えて候へども、いまだ見えさせ給はず。日蓮は其の人には候はねどもほぼ心へて候へば、地涌の菩薩の出でさせ給ふまでの口ずさみに、あらあら申して況滅度後のほこさきに当り候なり。/ 願はくは此の功徳を以て、父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候。其の旨をしらせまいらせむがために御本尊を書きおくりまいらせ候に、他事をすてて此の御本尊の御前にして一向に後世をもいのらせ給ひ候へ。
又これより申さんと存じ候。いかにも御房たちはからい申させ給へ。/ 日蓮花押
◆ 大田殿女房御返事 〔C6・弘安元年九月二四日・大田殿女房〕/ 八木一石〈付十合〉。者(ていれば)大旱魃の代に、かはける物に水をほどこしては、大竜王と生まれて雨をふらして人天をやしなう。うゑたる代に、食をほどこせる人は国王と生まれて其の国ゆたかなり。過去の世に金色と申す大王ましましき。其の国をば波羅奈国と申す。十二年が間、旱魃ゆきて人民うゑ死ぬ事おびただし。宅中には死人充満し、道路には骸骨充満せり。其の時、大王一切衆生をあはれみて、おおくの蔵をひらきて施をほどこし給ひき。蔵の中の財つきて唯一日の供御のみのこりて候ひし。衆僧をあつめて供養をなし、王と后と衆僧と万民と皆うゑ死なんとせし程に、天より飲食雨のごとくふりて大国一時に富貴せりと、金色王経にとかれて候。此れも又かくのごとし。此の供養によりて現世には福人となり、後生には霊山浄土へまいらせ給ふべし。/ 日蓮花押/ 大田殿女房御返事
◆ 十月分時料御書 〔C1・弘安三年〕/ 十月分の時料三貫、大口一、三貫五十云云。摩訶摩耶経に云く「六百年馬鳴出で、七百年竜樹出づ」。付法蔵経に云く「第十一馬鳴、第十三竜樹」等云云。
◆ 富木入道殿御返事 〔C0・弘安二年一〇月一日・富木常忍〕/ 御文、粗拝見仕り候ひ了んぬ。御状に云く、常忍の云く、記の九に云く「権を稟けて界を出づるを名づけて虚出と為す」云云。了性房云く、全く以て其の釈無し云云。/ 記の九に云く〈寿量品の処〉「無有虚出より昔虚為実故に至るまでは〈為の字去声〉、権を稟けて界を出づるを名づけて虚出と為す。三乗は皆三界を出でずと云ふこと無し。人天は三途を出でんが為ならずと云ふこと無し。並びに名づけて虚と為す」云云。文句の九に云く「虚より出でて而も実に入らざる者有ること無し。故に知んぬ、昔の虚は〈去声〉実の為の故なり」云云。寿量品に云く「諸の善男子、如来諸の衆生の小法を楽へる徳薄垢重の者を見ては、乃至、以諸衆生、乃至、未曾暫廃」云云。此の経の文を承けて天台・妙楽は釈せしなり。/ 此の経文は、初成道の華厳の別円、乃至法華経の迹門十四品を、或は小法と云ひ、或は徳薄垢重、或は虚出等と説ける経文なり。若し然らば、華厳経の華厳宗、深密経の法相宗、般若経の三論宗、大日経の真言宗、観経の浄土宗、楞伽経の禅宗等の諸経の諸宗は、依経の如く其の経を読誦すとも三界を出でず、三途を出でざる者なり。
何に況や、或は彼れを実と称し、或は勝ぐる等云云。此の人々、天に向かひて唾を吐き、地を(つか)んで忿を為す者か。/ 此の法門に於て、如来滅後月氏一千五百余年、付法蔵の二十四人、竜樹・天親等知りて未だ此れを顕はさず。漢土一千余年の余人も未だ之れを知らず。但天台・妙楽等粗之れを演ぶ。然りと雖も未だ其の実義を顕はさざるか。伝教大師以て是の如し。今日蓮粗之れを勘ふるに、法華経の此の文を重ねて涅槃経に演べて云く「若し三法に於て異の想を修する者は、当に知るべし是の輩は清浄の三帰則ち依処無く、所有の禁戒皆具足せず。終に声聞・縁覚・菩薩の果を証することを能はず」等云云。此の経文は正しく法華経の寿量品を顕説せるなり。寿量品は木に譬へ、爾前・迹門をば影に譬ふるの文なり。経文に又之れ有り。五時八教・当分跨節・大小の益は影の如し、本門の法門は木の如し云云。又寿量品已前の在世の益は闇中の木の影なり。過去に寿量品を聞きし者の事なり等云云。/ 又不信は謗法に非ずと申す事。又云く、不信の者地獄に堕ちずと云云。五の巻に云く「疑ひを生じて信ぜざらん者は則ち当に悪道に堕つべし」云云。
総じて御心へ候へ。法華経と爾前と引き向かへて勝劣浅深を判ずるに、当分跨節の事に三つの様有り。日蓮が法門は第三の法門なり。世間に粗夢の如く一二をば申せども、第三をば申さず候。第三の法門は、天台・妙楽・伝教も粗之れを示せども未だ事了(お)へず。所詮 末法の今に譲り与へしなり。五五百歳は是れなり。/ 但し此の法門の御論談は余は不承に候。彼れは広学多聞の者なり。はばかりはばかり、みたみたと候ひしかば、此の方のまけなんども申しつけられなばいかんがし候べき。但し彼の法師等が彼の釈を知り候はぬはさてをき候ひぬ。六十巻にな(無)し、なんど申すは天のせめなり。謗法の科の法華経の御使ひに値ひて顕はれ候なり。/ 又此の沙汰の事も定めてゆへありて出来せり。かしま(賀島)の大田・次郎兵衛・大進房、又本院主もいかにとや申すぞ。よくよくきかせ給ひ候へ。此等は経文に子細ある事なり。法華経の行者をば第六天の魔王の必ず障ふべきにて候。十境の中の魔境此れなり。魔の習ひは善を障へて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候。強ひて悪を造らざる者をば力及ばずして善を造らしむ。又二乗の行をなす物をば、あながちに怨をなして善をすすむるなり。又菩薩の行をなす物をば遮りて二乗の行をすすむ。
最後に純円の行を一向になす者をば兼別等に堕すなり。止観の八等を御らむあるべし。/ 又彼れが云く、止観の行者は持戒等云云。文句の九には初・二・三の行者の持戒をば此れをせいす。経文又分明なり。止観に相違の事は、妙楽の問答之れ有り。記の九を見るべし。初随喜に二有り。利根の行者は持戒を兼ねたり。鈍根は持戒之れを制止す。又正像末の不同もあり。摂受・折伏の異あり。伝教大師の市の虎の事思ひ合はすべし。/ 此れより後は下総にては御法門候べからず。了性・思念をつめつる上は、他人と御論候わばかへりてあさくなりなん。彼の了性と思念とは、年来日蓮をそしるとうけ給はる。彼等程の蚊虻の者が日蓮程の師子王を聞かず見ずして、うはのそらにそしる程のをこじん(嗚呼人)なり。天台法華宗の者ならば、我は南無妙法蓮華経と唱へて、念仏なんど申す者をばあれはさる事なんど申すだにもきくわい(奇怪)なるべきに、其の義なき上、偶(たまたま)申す人をそしるでう、あらふしぎあらふしぎ。/ 大進房が事、さきざきかきつかわして候やうに、つよづよとかき上げ申させ給ひ候へ。大進房には十羅刹のつかせ給ひて引きかへしせさせ給ふとをぼへ候ぞ。
又魔王の使者なんどがつきて候ひけるが、はなれて候とをぼへ候ぞ。悪鬼入其身はよもそら事にては候はじ。事々重(しげ)く候へども、此の使ひいそぎ候へばよる(夜)かきて候ぞ。恐々謹言。/ 十月一日  日蓮(花押)
◆ 初穂御書 〔C1・弘安元年一〇月二一日・波木井実長〕/ 石給はりて候。御はつを(初穂)たるよし、法華経の御宝前に申し上げて候。かしこまり申すよし、げざん(見参)に入らさせ給ひ候へ。恐々。/ 十月二十一日  日蓮(花押)/ 御所御返事
◆ 四条金吾殿御返事 〔C6・弘安元年四・五月頃・四条金吾〕/ 鵞目一貫文給はり候ひ畢んぬ。/ 御所領上より給はらせ給ひて候なる事、まこととも覚えず候。夢かとあまりに不思議に覚え候。御返事なんどもいかやうに申すべしとも覚えず候。其の故はとの(殿)の御身は日蓮が法門の御ゆへに、日本国並びにかまくら中・御内の人々・きうだち(公達)までうけず、ふしぎ(不思議)にをもはれて候へば、其の御内にをはせむだにも不思議に候に、御恩をかうほらせ給へば、うちかへし又うちかへしせさせ給へば、いかばかり同れいどももふしぎとをもひ、上もあまりなりとをぼすらむ。さればこのたびはいかんが有るべかるらんとうたがひ思ひ候つる上、御内の数十人の人々うつた(訴)へて候へば、さればこそいかにもかなひがたかるべし。あまりなる事なりと疑ひ候ひつる上、兄弟にもすてられてをはするに、かかる御をん(恩)、面目申すばかりなし。/ かの処は、とのをか(殿岡)の三倍とあそばして候上、さど(佐渡)の国のもののこれに候が、よくよく其の処をしりて候が申し候は、三箇郷の内にいかだと申すは第一の処なり。
田畠はすくなく候へども、とくははかりなしと申し候ぞ。二所はみねんぐ(御年貢)千貫、一所は三百貫と云云。かかる処なりと承る。なにとなくとも、どうれいといひ、したしき人々と申し、すてはてられてわらひよろこびつるに、とのをか(殿岡)にをとりて候処なりとも、御下文は給はりたく候つるぞかし。まして三倍の処なりと候。いかにわろくとも、わろきよし人にも又上へも申させ給ふべからず候。よきところ、よきところと申し給はば、又かさねて給はらせ給ふべし。わろき処徳分なしなむど候はば、天にも人にもすてられ給ひ候はむずるに候ぞ、御心へあるべし。/ 阿闍世王は賢人なりしが、父をころせしかば、即時に天にもすてられ、大地もやぶれて入りぬべかりしかども、殺されし父の王、一日に五百りやう(輌)五百りやう数年が間仏を供養しまいらせたりし功徳と、後に法華経の檀那となるべき功徳によりて、天もすてがたし地もわれず、ついに地獄にをちずして仏になり給ひき。/ とのも又かくのごとし。兄弟にもすてられ、同れいにもあだまれ、きうだち(公達)にもそば(側)められ、日本国の人にもにくまれ給ひつれども、去ぬる文永八年の九月十二日の子丑の時、日蓮が御勘気をかほりし時、馬の口にとりつきて鎌倉を出でて、さがみ(相模)のえち(依智)に御ともありしが、一閻浮提第一の法華経の御かたうどにて有りしかば、梵天・帝釈もすてかねさせ給へるか。
仏にならせ給はん事もかくのごとし。いかなる大科ありとも、法華経をそむかせ給はず候ひし御ともの御ほうこう(奉公)にて、仏にならせ給ふべし。例せば有徳国王の、覚徳比丘の命にかはりて釈迦仏とならせ給ひしがごとし。法華経はいのりとはなり候ひけるぞ。あなかしこあなかしこ。/ いよいよ道心堅固にして今度仏になり給へ。御一門の御房たち又俗人等にもかかるうれしき事候はず。かう申せば今生のよく(欲)とをぼすか。それも凡夫にて候へばさも候べき上、欲をもはなれずして仏になり候ひける道の候ひけるぞ。普賢経に法華経の肝心を説いて候。「不断煩悩 不離五欲」等云云。天台大師の摩訶止観に云く「煩悩即菩提 生死即涅槃」等云云。竜樹菩薩の大論に法華経の一代にすぐれていみじきやうを釈して云く「譬へば大薬師の能く毒を変じて薬と為すが如し」等云云。小薬師は薬を以て病を治す。大医は大毒をもって大重病を治す等云云。/ 弘安元年〈戊寅〉十月 日  日蓮花押/ 四条金吾殿御返事
◆ 四条金吾殿御返事 〔C0・弘安二年四月二三日・四条金吾〕/ なによりも人には不孝がをそろしき事に候ぞ。とののあに(兄)をとと(弟)はわれと法華経のかたきになりて、とのをはなれぬれば、かれこそ不孝のもの、とののみ(身)にはとがなし。をうなるい(女類)どもこそ、とののはぐくみ給はずは、一定不孝にならせ給はんずらんとをぼへ候。所領もひろくなりて候わば、我がりやう(領)えも下しなんどして、一身すぐるほどはぐくませ給へ。さだにも候わば、過去の父母、定めてまぼり給ふべし。日蓮がきせい(祈請)もいよいよかない候べし。いかにわるくとも、きかぬやうにてをはすべし。この事をみ候に、申すやうにだにもふれまわせ給ふならば、なをもなをも所領もかさなり、人のをぼへもいできたり候べしとをぼへ候。さきざき申し候ひしやうに、陰徳あれば陽報ありと申して、皆人は主にうたへ、主もいかんぞをぼせしかども、わどの(吾殿)の正直の心に、主の後生をたすけたてまつらむ、とをもう心がうじやう(強盛)にしてすねん(数年)をすぐれば、かかるりしやう(利生)にもあづからせ給ふぞかし。此れは物のはし(端)なり、大果報は又来るべしとをぼしめせ。
又此の法門の一門、いかなる本意なき事ありとも、みずきかずいわずしてむつばせ給へ。大人にいのりなしまいらせ候べし。上に申す事は私の事にはあらず。外典三千、内典五千の肝心の心をぬきてかきて候。あなかしこあなかしこ。恐々謹言。/ 卯月二十三日  日蓮(花押)/ 御返事
◆ 上野殿御返事 〔C4・弘安元年閏一〇月一二日・南条時光〕/ いゑのいも(芋)一駄、かうじ(柑子)一こ(籠)、ぜに六百のかわり御ざのむしろ(筵)十枚給はり了んぬ。/ 去今年は大えき(疫)此の国にをこりて、人の死ぬ事大風に木のたうれ、大雪に草のおるるがごとし。一人ものこるべしともみえず候ひき。しかれども又今年の寒温、時にしたがひて五穀は田畠にみち、草木はやさん(野山)におひふさがりて尭舜の代のごとく、成劫のはじめかとみえて候ひしほどに、八月九月の大雨大風に日本一同に不熟、ゆきてのこれる万民冬をすごしがたし。去ぬる寛喜・正嘉にもこえ、来らん三災にもおとらざるか。自界叛逆して盗賊国に充満し、他界きそいて合戦に心をつひやす。民の心不孝にして父母を見る事他人のごとし、僧尼は邪見にして狗犬と猿猴とのあへるがごとし。/ 慈悲なければ天も此の国をまぼらず、邪見なれば三宝にもすてられたり。又疫病もしばらくはやみてみえしかども、鬼神かへり入るかのゆへに、北国も、東国も、西国も、南国も一同にやみなげくよしきこへ候。かかるよにいかなる宿善にか、法華経の行者をやしなわせ給ふ事、ありがたく候ありがたく候。事々見参の時申すべし。恐々謹言。
(弘安元年)後十月十二日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 千日尼御前御返事 〔C6・建治三年・千日尼〕/ 青鳧一貫文・干飯一斗・種々の物給はり候ひ了んぬ。仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生まれたり。仏に漿(こんず)をまひらせし老女は辟支仏と生まれたり。法華経は十方三世の諸仏の御師なり。十方の仏と申すは東方善徳仏・東南方無憂徳仏・南方栴檀徳仏・西南方宝施仏・西方無量明仏・西北方華徳仏・北方相徳仏・東北方三乗行仏・上方広衆徳仏・下方明徳仏なり。三世の仏と申すは過去荘厳劫の千仏・現在賢劫の千仏・未来星宿劫の千仏、乃至華厳経・法華経・涅槃経等の大小権実顕密の諸経に列なり給へる一切の諸仏、尽十方世界の微塵数の菩薩等も、皆悉く法華経の妙の一字より出生し給へり。/ 故に法華経の結経たる普賢経に云く「仏三種の身は方等より生ず」等云云。方等とは月氏の語、漢土には大乗と翻ず。大乗と申すは法華経の名なり。阿含経は外道の経に対すれば大乗経、華厳・般若・大日経等は阿含経に対すれば大乗経、法華経に対すれば小乗経なり。法華経に勝れたる経なき故に一大乗経なり。例せば南閻浮提八万四千の国々の王々は其の国々にては大王と云ふ。転輪聖王に対すれば小王と申す。乃至六欲四禅の王々は大小に渡る。色界の頂の大梵天王独り大王にして、小の文字をつくる事なきが如し。
仏は子なり、法華経は父母なり。譬へば、一人の父母に千子有りて、一人の父母を讃歎すれば千子悦びをなす。一人の父母を供養すれば千子を供養するになりぬ。又法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり。十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり。譬へば一の師子に百子あり。彼の百子諸の禽獣に犯さるるに、一の師子王吼ゆれば百子力を得て、諸の禽獣皆頭七分にわる。法華経は師子王の如し、一切の獣の頂とす。法華経の師子王を持つ女人は、一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし。譬へば女人の一生の間の御罪は諸の乾草(かれくさ)の如し。法華経の妙の一字は小火の如し。小火を衆草につきぬれば、衆草焼け亡ぶるのみならず、大木大石皆焼け失せぬ。妙の一字の智火以て此の如し。諸罪消ゆるのみならず、衆罪かへりて功徳となる。毒薬変じて甘露となる是れなり。譬へば、黒漆に白物(おしろい)を入れぬれば白色となる。女人の御罪は漆の如し、南無妙法蓮華経の文字は白物の如し。人は臨終の時、地獄に堕つる者は黒色となる上、其の身重き事千引(ちびき)の石の如し。善人は設ひ七尺八尺の女人なれども色黒き者なれども、臨終に色変じて白色となる。又軽き事鵞毛の如し、軟かなる事兜羅綿(とろめん)の如し。
佐渡の国より此の国までは山海を隔てて千里に及び候に、女人の御身として、法華経を志ましますによりて、年々に夫を御使ひとして御訪ひあり。定めて法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏、其の御心をしろしめすらん。譬へば、天月は四万由旬なれども、大地の池には須臾に影浮かび、雷門の鼓は千万里遠けれども、打てば須臾に聞こゆ。御身は佐渡の国にをはせども、心は此の国に来れり。仏に成る道も此の如し。我等は穢土に候へども心は霊山に住むべし。御面(かお)を見てはなにかせん。心こそ大切に候へ。いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。恐々謹言。/ 建治三年  日蓮花押/ 千日尼御前御返事
◆ 四条金吾殿御返事 〔C6・弘安元年閏一〇月二二日・四条金吾〕/ 今月二十二日、信濃より贈られ候ひし物の日記、銭三貫文・白米の米俵一・餅五十枚・酒大筒一小筒一・串柿五把・柘榴十。夫れ王は民を食とし、民は王を食とす。衣は寒温をふせぎ、食は身命をたすく。譬へば、油の火を継ぎ、水の魚を助くるが如し。鳥は人の害せん事を恐れて木末に巣くふ。然れども食のために地にをりてわな(罠)にかかる。魚は淵の底に住みて浅き事を悲しみて、穴を水の底に掘りてすめども、餌にばかされて鈎(つりばり)をのむ。飲食と衣薬とに過ぎたる人の宝や候べき。/ 而るに日蓮は他人にことなる上、山林の栖。就中 今年は疫癘飢渇に春夏は過越(すご)し、秋冬は又前にも過ぎたり。又身に当りて所労大事になりて候つるを、かたがたの御薬と申し、小袖、彼のしなじなの御治法にやうやう験し候ひて、今所労平愈し、本よりもいさぎよくなりて候。弥勒菩薩の瑜伽論・竜樹菩薩の大論を見候へば、定業の者は薬変じて毒となる。法華経は毒変じて薬となると見えて候。日蓮不肖の身に法華経を弘めんとし候へば、天魔競ひて食をうばはんとするかと思ひて歎かず候ひつるに、今度の命たすかり候は、偏に釈迦仏の貴辺の身に入り替はらせ給ひて御たすけ候か。是れはさておきぬ。
今度の御返りは神を失ひて歎き候ひつるに、事故なく鎌倉に御帰り候事、悦びいくそばくぞ。余りの覚束なさに、鎌倉より来たる者ごとに問ひ候ひつれば、或人は湯本にて行き合はせ給ふと云ひ、或人はこふづ(国府津)にと、或人は鎌倉にと申し候ひしにこそ心落ち居て候へ。是れより後はおぼろけならずば御渡りあるべからず。大事の御事候はば御使ひにて承り候べし。返す返す今度の道はあまりにおぼつかなく候ひつるなり。敵と申す者はわすれさせてねらふものなり。是れより後に若しやの御旅には御馬をおしませ給ふべからず。よき馬にのらせ給へ。又供の者どもせん(詮)にあひぬべからんもの、又どうまろ(胴丸)もちあげぬべからん御馬にのり給ふべし。/ 摩訶止観第八に云く、弘決第八に云く「必ず心の固きに仮(よ)りて神の守り則ち強し」云云。神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候。法華経はよきつるぎ(剣)なれども、つかう人によりて物をきり候か。されば末法に此の経をひろめん人々、舎利弗と迦葉と観音と妙音と文殊と薬王と此等程の人やは候べき。二乗は見思を断じて六道を出でて候。菩薩は四十一品の無明を断じて十四夜の月の如し。
然れども此等の人々にはゆづり給はずして、地涌の菩薩に譲り給へり。されば能く能く心をきたはせ給ふにや。/ 李広将軍と申せしつはものは、虎に母を食はれて虎に似たる石を射しかば、其の矢羽ぶくら(脹)までせめぬ。後に石と見ては立つ事なし。後には石虎将軍と申しき。貴辺も又かくのごとく、敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か。是れにつけても能く能く御信心あるべし。委しく紙には尽くしがたし。恐々謹言。/ 弘安元年〈戊寅〉後十月二十二日  日蓮花押/ 四条左衛門殿御返事
◆ 九郎太郎殿御返事 〔C2・文永一一年一一月一日・九郎太郎〕/ これにつけても、こうえのどの(故上野殿)の事こそ、をもひいでられ候へ。/ いも(芋)一駄・くり(栗)・やきごめ(焼米)・はじかみ(生姜)給はり候ひぬ。さてはふかき山にはいも(芋)つくる人もなし。くり(栗)もならず、はじかみもをひず。まして、やきごめみへ候はず。たといくり(栗)なりたりとも、さる(猿)のこすべからず。いえのいもはつくる人なし。たといつくりたりとも人にくみてたび候はず。いかにしてか、かかるたかき山へはきたり候べき。/ それ山をみ候へばたかきよりしだい(次第)にしもえくだれり。うみ(海)をみ候へば、あそきよりしだいにふかし。代をみ候へば、三十年・二十年・十年・五年・四・三・二・一、次第にをとろへたり。人の心もかくのごとし。これはよ(世)のすへになり候へば、山にはまがれるき(木)のみとどまり、の(野)にはひききくさ(草)のみをひたり。よにはかしこき人はすくなく、はかなきものはをほし。牛馬のちち(父)をしらず、兎羊の母をわきまえざるがごとし。仏御入滅ありては二千二百二十余年なり。代すへになりて智人次第にかくれて、山のくだれるごとく、くさのひききににたり。
念仏を申し、かい(戒)をたもちなんどする人はををけれども、法華経をたのむ人すくなし。星は多けれども大海をてらさず。草は多けれども大内の柱とはならず。念仏は多けれども仏と成る道にはあらず。戒は持てども浄土へまひる種とは成らず。但南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ。/ 此れを申せば人はそねみて用ゐざりしを、故上野殿信じ給ひしによりて仏に成らせ給ひぬ。各々は其の末にて此の御志をとげ給ふか。竜馬につきぬるだには千里をとぶ。松にかかれるつた(蘿)は千尋をよづと申すは是れか。各々主の御心なり。つち(土)のもちゐ(餅)を仏に供養せし人は王となりき。法華経は仏にまさらせ給ふ法なれば、供養せさせ給ひて、いかでか今生にも利生にあづかり、後生にも仏にならせ給はざるべき。その上み(身)ひんにしてげにん(下人)なし。山河わづらひあり。たとひ心ざしありともあらはしがたきに、いまいろ(色)をあらはさせ給ふにしりぬ、をぼろげならぬ事なり。さだめて法華経の十羅刹まぼらせ給ひぬらんとたのもしくこそ候へ。事つくしがたし。恐々謹言。/ 文永十一年十一月一日  日蓮花押/ 九郎太郎殿御返事
◆ 兵衛志殿御返事 〔C2・弘安元年一一月二九日・池上宗長〕/ 銭六貫文の内〈一貫次郎よりの分〉白厚綿小袖一領。四季にわたりて財を三宝に供養し給ふ。いづれもいづれも功徳にならざるはなし。但し時に随ひて勝劣浅深わかれて候。うへたる人には衣をあたへたるよりも、食をあたへて候はいますこし功徳まさる。こごへたる人には食をあたへて候よりも、衣は又まさる。春夏に小袖をあたへて候よりも、秋冬にあたへぬれば又功徳一倍なり。これをもって一切はしりぬべし。ただし此の事にをいては四季を論ぜず、日月をたださず、ぜに(銭)・こめ(米)・かたびら(帷子)・きぬこそで(衣小袖)、日々月々にひまなし。例せばびんばしらわう(頻婆娑羅王)の教主釈尊に日々日々に五百輛の車ををくり、阿育大王の十億の沙金を鶏頭摩寺にせせしがごとし。大小ことなれども志はかれにもすぐれたり。/ 其の上今年は子細候。ふゆ(冬)と申すふゆ、いづれのふゆかさむからざる。なつ(夏)と申すなつ、又いづれのなつかあつからざる。ただし今年は余国はいかんが候らめ、このはきゐ(波木井)は法にすぎてかんじ候。ふるきをきな(老)どもにとひ候へば、八十・九十・一百になる者の物語り候は、すべていにしへこれほどさむき事候はず。
此のあんじち(庵室)より四方の山の外、十丁二十丁は人かよう事候はねばしり候はず。きんぺん一丁二丁のほどは、ゆき(雪)一丈・二丈・五尺等なり。このうるう(閏)十月三十日、ゆきすこしふりて候ひしが、やがてきへ候ひぬ。この月の十一日たつ(辰)の時より十四日まで大雪下りて候ひしに、両三日へだててすこし雨ふりて、ゆきかたくなる事金剛のごとし。いまにきゆる事なし。ひるもよるもさむくつめたく候事、法にすぎて候。さけ(酒)はこをりて石のごとし。あぶら(油)は金ににたり。なべ(鍋)・かま(釜)に小水あればこをりてわれ、かん(寒)いよいよかさなり候へば、きものうすく食ともしくして、さしいづるものもなし。坊ははんさく(半作)にて、かぜ(風)ゆき(雪)たまらず。しきものはなし。木はさしいづるものもなければ火もたかず。ふるきあか(垢)つきなんどして候こそで一なんどきたるものは、其の身のいろ紅蓮大紅蓮のごとし。こへ(声)は、はは(波波)大ばば(婆婆)地獄にことならず。手足かんじてきれさけ、人死ぬことかぎりなし。俗のひげ(鬚)をみれば、やうらく(瓔珞)をかけたり。僧のはな(鼻)をみれば、すず(鈴)をつらぬきかけて候。/ かかるふしぎ候はず候に、去年の十二月の三十日よりはらのけ(下痢)の候ひしが、春夏やむことなし。
あき(秋)すぎて十月のころ大事になりて候ひしが、すこしく平愈つかまつりて候へども、ややもすればをこり候に、兄弟二人のふたつの小袖、わた(綿)四十両をきて候が、なつ(夏)のかたびら(帷子)のやうにかろく候ぞ。ましてわた(綿)うすく、ただぬのもの(布物)ばかりのもの、をもひやらせ給へ。此の二のこそでなくば、今年はこごへし(凍死)に候なん。其の上兄弟と申し、右近の尉の事と申し、食もあいついて候。/ 人はなき時は四十人、ある時は六十人、いかにせき候へども、これにある人々のあに(兄)とて出来し、舎弟とてさしいで、しきゐ(敷居)候ひぬれば、かかはやさに、いかにとも申しへず。心にはしづかにあじち(庵室)むすびて、小法師と我が身計り御経よみまいらせんとこそ存じて候に、かかるわづらわしき事候はず。又とし(年)あけ候わば、いづくへもに(逃)げんと存じ候ぞ。かかるわづらわしき事候はず。又々申すべく候。なによりもゑもん(衛門)の大夫志ととのとの御事、ちち(父)の御中と申し、上のをぼへと申し、面にあらずば申しつくしがたし。恐々謹言。/ 十一月二十九日  日蓮(花押)/ 兵衛志殿御返事
◆ 食物三徳御書 〔C1・建治二年〕/ たからとす。山の中には塩をたからとす。魚は水ををやとし、鳥は木を家とす。人は食をたからとす。かるがゆへに大国の王は民ををや(親)とし、民は食を天とすとかかれたり。食には三の徳あり。一には命をつぎ、二にはいろ(色)をまし、三には力をそう。人に物をほどこせば我が身のたすけとなる。譬へば、人のために火をともせば、我がまへあきらかなるがごとし。悪をつくるものをやしなへば、命をますゆへに気ながし。色をますゆへに眼にひかり(光)あり。力をますゆへに、あし(足)はやく、て(手)きく。かるがゆへに食をあたへたる人、かへりていろもなく、気もゆわく、力もなきほう(報)をうるなり。/ 一切経と申すは紙の上に文字をのせたり。譬へば虚空に星月のつらなり、大地に草木のさせるがごとし。この文字は釈迦如来の気にも候なり。気と申すは生気なり。この生気に二あり。一には九界。
◆ 閻浮提中御書 〔C1・弘安元年〕/ 「閻浮提中飢餓劫起」。又云く「又示現閻浮提中刀兵劫起」。又云く「又示現閻浮提中疫病劫起」等云云。人王三十代に百済国の聖明王□□□□□国にわたす。王此れを用ゐずして三代仏罰にあたるべし。釈迦仏を申し隠す□か□□念仏者等善光寺の阿弥陀仏云云。上一人より下万民にいたるまで皆人迷惑□□。此れをあらわす日蓮にあだをなす人は、総じて日蓮を犯す。天は総じて此の国を□□法華経第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て、軽賤憎嫉して結恨を懐かん」等云云。又云く「多病痩」。第八に云く「諸悪重病」。又第二に云く「若し医道を修め、方に順じて病を治せば、更に他の疾を増し、或は復死を致さん」。又云く「若し自ら病有らんに人の救療すること無く設ひ良薬を服すとも、而も復増劇(ぞうぎゃく)せん」等云云。/ 弘法大師は後に望めば戯論と作す。東寺の一門、上御室より下一切の東寺の門家は法華経を戯論云云。叡山の座主並びに三千の大衆□日本国山寺一同の云く□□□□□大日経等云云。智証大師の云く、法華尚及ばず等云云。園城の長吏並びに一国の末流皆云く、法華経は真言経に及ばずと云云。
此の三師を用ゐる国主、終に皇法尽き了んぬ。明雲座主の義仲に殺され、承久に御室思ひ死にせし是れなり。漢土には善無畏は閻魔のせめにあたり、玄宗皇帝は安禄山にせめられし此れなり。/ 願はくは我が弟子等は師子王の子となりて、群狐に笑はるる事なかれ。過去遠々劫より已来、日蓮がごとく身命をすてて、強敵の科を顕はす師には値ひがたかるべし。国王の責めなををそろし、いわうや閻魔のせめをや。日本国のせめは水のごとし、ぬるるををそるる事なかれ。閻魔のせめは火のごとし、裸にして入るとをもへ。大涅槃経の文の心は、仏法を信じて今度生死をはなるる人の、すこし心のゆるなるをすすめむがために、疫病を仏のあたへ給ふ。はげます心なり、すすむる心なり。日蓮は凡夫なり。天眼なければ一紙をもみとをすことなし。宿命なければ三世を知ることなし。而れども涅槃経の文に説いて云く、大乗を学するものは天眼・恵眼・法眼なれども肉眼のごとし。法華経の行者は肉眼なれども、天眼・恵眼・法眼・仏眼を備ふととかれて候。/ 此の経文のごとく、日蓮は肉眼なれども天眼・宿命をもって日本国七百余歳の仏法の流布せしやう、八宗十宗の邪正、漢土・月氏の論師・人師の勝劣、八万十二の仏経の旨趣をあらあらすいちして、
我が朝の亡国となるべき事、先に此れをかんがへて宛も符契のごとし。此れ皆法華経の御力なり。而るを国主は讒臣等が凶言ををさめてあだをなせしかば、凡夫なれば道理なりとをもへて退する心なかりしかども、度々あだをなす。/ 美食ををさめぬ人なれば力をよばず、山林にまじわり候ひぬ。されども凡夫なればかんも忍びがたく、熱をもふせぎがたし。食ともし。表□目が万里の一忍びがたく、思子孔が十旬九飯堪ゆべきにあらず。読経の音も絶えぬべし。観心の心をろそかなり。しかるにたまたまの御とぶらいただ事にはあらず。教主釈尊の御すすめか、将又過去宿習の御催しか、方々紙上に尽くし難し。恐々謹言。
◆ 衆生心身御書 〔C1・建治三年頃〕/ 衆生の身心をとかせ給ふ。其の衆生の心にのぞむとてとかせ給へば、人の説なれども衆生の心をいでず。かるがゆへに随他意の経となづけたり。譬へばさけ(酒)もこのまぬをや(親)の、きわめてさけ(酒)をこのむいとをしき子あり。かつはいとをしみ、かつは心をとらんがために、かれ(彼)にさけをすすめんがために、父母も酒をこのむよしをするなり。しかるをはかなき子は、父母も酒をこのみ給ふとをもへり。提謂経と申す経は人天の事をとけり。阿含経と申す経は二乗の事をとかせ給ふ。華厳経と申す経は菩薩のことなり。方等般若経等は或は阿含経・提謂経ににたり。或は華厳経にもにたり。此等の経々は末代の凡夫これをよみ候へば、仏の御心に叶ふらんとは行者はをもへども、くはしくこれをろむ(論)ずれば己(おのれ)が心をよむなり。己が心は本よりつたなき心なれば、はかばかしき事なし。/ 法華経と申すは随自意と申して仏の御心をとかせ給ふ。仏の御心はよき心なるゆへに、たといしらざる人も此の経をよみたてまつれば利益はかりなし。麻の中のよもぎ(蓬)、つつ(筒)の中のくちなは(蛇)、よき人にむつぶもの、なにとなけれども心もふるまひも言もなをしくなるなり。
法華経もかくのごとし。なにとなけれどもこの経を信じぬる人をば、仏のよき物とをぼすなり。此の法華経にをひて、又機により、時により、国により、ひろむる人により、やうやうにかわりて候をば、等覚の菩薩までもこのあわひ(間)をばしらせ給わずとみへて候。まして末代の凡夫はいかでか、はからひををせ候べき。/ しかれども人のつかひに三人あり。一人はきわめてこざかしき。一人ははかなくもなし、又こざかしからず。一人はきわめてはかなくたしかなる。此の三人に第一はあやまちなし。第二は第一ほどこそなけれども、すこしこざかしきゆへに、主の御ことばに私の言をそうるゆへに、第一のわるきつかいとなる。第三はきわめてはかなくあるゆへに、私の言をまじへず。きわめて正直なるゆへに主の言ばをたがへず。第二よりもよき事にて候。あやまって第一にもすぐれて候なり。第一をば月支の四依にたとう。第二をば漢土の人師にたとう。第三をば末代の凡夫の中に愚痴にして正直なる物にたとう。/ 仏在世はしばらく此れををく。仏の御入滅の次の日より一千年をば正法と申す。この正法一千年を二つにわかつ。前の五百年が間は小乗経ひろまらせ給ふ。ひろめし人々は迦葉・阿難等なり。
後の五百年は馬鳴・竜樹・無著・天親等、権大乗経を弘通せさせ給ふ。法華経をばかたはし(片端)計りかける論師もあり。又つやつや申しいださぬ人もあり。正法一千年より後の論師の中には、少分は仏説ににたれども、多分をあやまりあり。あやまりなくして而もたらざるは、迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親等なり。/ 像法に入り一千年、漢土に仏法わたりしかば、始めは儒家と相論せしゆへに、いとまなきかのゆへに、仏教の内の大小権実の沙汰なし。やうやく仏法流布せし上、月支よりかさねがさね仏法わたり来るほどに、前の人々はかしこきやうなれども、後にわたる経論をもってみればはかなき事も出来す。又はかなくをもひし人々も、かしこくみゆる事もありき。結句は十流になりて千万の義ありしかば、愚者はいづれにつくべしともみへず。智者とをぼしき人は辺執かぎりなし。而れども最極は一同の義あり。所謂 一代第一は華厳経、第二は涅槃経、第三は法華経。此の義は上一人より下万民にいたるまで異義なし。大聖とあうぎし法雲法師・智蔵法師等の十師の義一同なりしゆへなり。/ 而るを像法の中、陳隋の代に智顗と申す小僧あり。後には智者大師とがうす。
法門多しといへども、詮するところ法華・涅槃・華厳経の勝劣の一つ計りなり。智顗法師の云く、仏法さかさまなり云云。陳主此の事をたださんがために、南北の十師の最頂たる恵(かう)僧上・恵光僧都・恵栄・法歳法師等の百有余人を召し合はせられし時、法華経の中には「諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。又云く「已今当説 最為難信難解」等云云。已とは無量義経に云く「摩訶般若 華厳海空」等云云。当とは涅槃経に云く「般若ハラ(波羅)蜜より大涅槃を出だす」等云云。此の経文は華厳経・涅槃経には法華経勝ると見ゆる事赫々(かくかく)たり明々たり、御会通あるべしとせめしかば、或は口をとぢ、或は悪口をはき、或は色をへんじなんどせしかども、陳主立ちて三拝し、百官掌をあわせしかば、力及ばずまけにき。/ 一代の中には第一法華経にてありしほどに、像法の後の五百に新訳の経論重ねてわたる。太宗皇帝の貞観三年に玄奘と申す人あり。月支に入りて十七年、五天の仏法を習ひきわめて、貞観十九年に漢土へわたりしが、深密経・瑜伽論・唯識論・法相宗をわたす。玄奘云く「月支に宗々多しといへども、此の宗第一なり」。太宗皇帝は又漢土第一の賢王なり。玄奘を師とす。
此の宗の所詮に云く「或は三乗方便一乗真実、或は一乗方便三乗真実」。又云く「五性は各別なり、決定性と無性の有情は永く仏に成らず」等云云。此の義は天台宗と水火なり。而も天台大師と章安大師は御入滅なりぬ。其れ已下の人々は人非人なり。すでに天台宗破れてみへしなり。/ 其の後則天皇后の御世に華厳宗立つ。前に天台大師にせめられし六十巻の華厳経をばさしをきて、後に日照三蔵のわたせる新訳の華厳経八十巻をもって立てたり。此の宗のせん(詮)にいわく、華厳経は根本法輪、法華経は枝末法輪等云云。則天皇后は尼にてをはせしが内外典にこざかしき人なり。慢心たかくして天台宗をさげをぼしてありしなり。法相といゐ、華厳宗といゐ、二重に法華経かくれさせ給ふ。其の後玄宗皇帝の御宇に月支より善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵、大日経・金剛頂経・蘇悉地経と申す三経をわたす。此の三人は人がらといゐ、法門といゐ、前々の漢土の人師には対すべくもなき人々なり。而も前になかりし印と真言とをわたす。ゆへに仏法は已前には此の国になかりけりとをぼせしなり。此の人々の云く、天台宗は華厳・法相・三論には勝れたり。しかれども此の真言経には及ばずと云云。
其の後妙楽大師は天台大師のせめ給はざる法相宗・華厳宗・真言宗をせめ給ひて候へども、天台大師のごとく公場にてせめ給はざれば、ただ闇夜のにしきのごとし。法華経になき印と真言と現前なるゆへに、皆人一同に真言まさりにて有りしなり。/ 像法の中に日本国に仏法わたり、所謂 欽明天王の六年なり。欽明より桓武にいたるまで二百余年が間は三論・成実・法相・倶舎・華厳・律の六宗弘通せり。真言宗は人王四十四代元正天王の御宇にわたる。天台宗は人王第四十五代聖武天王の御宇にわたる。しかれどもひろまる事なし。桓武の御代に最澄法師、後には伝教大師とがうす。入唐已前に六宗を習ひきわむる上、十五年が間天台・真言の二宗を山にこもりゐて御覧ありき。入唐已前に天台宗をもって六宗をせめしかば、七大寺皆せめられて最澄の弟子となりぬ。六宗の義やぶれぬ。後延暦二十三年に御入唐、同二十四年に御帰朝、天台・真言の宗を日本国にひろめたり。但し勝劣の事は内心に此れを存じて人に向かひてとかざるか。同代に空海という人あり、後には弘法大師とがうす。延暦二十三年に御入唐、大同三年御帰朝、但し真言の一宗を習ひわたす。此の人の義に云く、法華経は尚華厳経に及ばず。何に況や真言にをひてをや。
伝教大師の御弟子に円仁という人あり、後に慈覚大師とがうす。去ぬる承和五年の御入唐、同十四年に御帰朝、十年が間真言・天台の二宗をがく(学)す。日本国にて伝教大師・義真・円澄に天台・真言の二宗を習ひきわめたる上、漢土にわたりて十年が間八箇の大徳にあひて真言を習ひ、宗叡・志遠等に値ひ給ひて天台宗を習ふ。日本に帰朝して云く、天台宗と真言宗とは同じく醍醐なり。倶に深秘なり等云云。宣旨を申してこれにそう。其の後円珍と申す人あり、後には智証大師とがうす。入唐已前には義真和尚の御弟子なり。日本国にして義真・円澄・円仁等の人々に天台・真言の二宗習ひきわめたり。其の上去ぬる仁寿三年に御入唐、貞観元年に御帰朝、七年が間天台・真言の二宗を法全・良等の人々に習ひきわむ。天台・真言の二宗の勝劣鏡をかけたり。後代に一定あらそひありなん、定むべしと云ひて、天台・真言の二宗は譬へば人の両の目・鳥の二の翼のごとし。此の外異義を存ぜん人々をば祖師伝教大師にそむく人なり、山に住むべからずと宣旨を申しそへて弘通せさせ給ひき。されば漢土日本に智者多しというとも、此の義をやぶる人はあるべからず。
此の義まことならば習ふ人々は必ず仏にならせ給ひぬらん。あがめさせ給ふ国王等は必ず世安穏にありぬらんとをぼゆ。/ 但し予が愚案は、人に申せども御もちゐあるべからざる上、身のあだとなるべし。又きかせ給ふ弟子檀那も安穏なるべからずとをもひし上、其の義又たがわず。但此の事は一定仏意には叶わでもやあるらんとをぼへ候。法華経一部八巻二十八品には此の経に勝れたる経をはせば、此の法華経は十方の仏あつまりて大妄語をあつめさせ給へるなるべし。随って華厳・涅槃・般若・大日経・深密等の経々を見るに「諸経の中に於て最も其の上に在り」の明文をやぶりたる文なし。随って善無畏等、玄奘等、弘法・慈覚・智証等、種々のたくみあれども、法華経を大日経に対してやぶりたる経文はいだし給わず。但印と真言計りの有無をゆへとせるなるべし。数百巻のふみ(文)をつくり、漢土日本に往復して無尽のたばかりをなし、宣旨を申しそへて人ををどされんよりは、経文分明ならばたれか疑ひをなすべき。つゆ(露)つもりて河となる、河つもりて大海となる、塵(ちり)つもりて山となる、山かさなりて須弥山となれり。小事つもりて大事となる。何に況や此の事は最も大事なり。疏をつくられけるにも両方の道理文証をつくさるべかりけるか。又宣旨も両方を尋ね極めて、分明の証文をかきのせていましめ(誡)あるべかりけるか。
已今当の経文は仏すらやぶりがたし。何に況や論師・人師・国王の威徳をもってやぶるべしや。/ 已今当の経文をば梵王・帝釈・日月・四天等聴聞して、各々の宮殿にかきとどめてをはするなり。まことに已今当の経文を知らぬ人の有る時は、先の人々の邪義はひろまりて失なきやうにてはありとも、此の経文をつよく立て退転せざるこわ物出来しなば、大事出来すべし。いやしみて或はのり、或は打ち、或はながし、或は命をたたんほどに、梵王・帝釈・日月・四天をこりあひて此の行者のかたうど(方人)をせんほどに、存外に天のせめ来たりて民もほろび国もやぶれんか。法華経の行者はいやしけれども、守護する天こわし。例せば修羅が日月をのめば頭七分にわる、犬が師子をほゆればはらわたくさる。今予みるに日本国かくのごとし。又此れを供養せん人々は法華経供養の功徳あるべし。伝教大師釈して云く「讃むる者は福を安明に積み、謗る者は罪を無間に開く」等云云。ひへ(稗)のはん(飯)を辟支仏に供養せし人は普明如来となる。つち(土)のもちゐ(餅)を仏に供養せしかば閻浮提の王となれり。設ひこう(功)をいたせども、まことならぬ事を供養すれば、大悪とはなれども善とならず。設ひ心をろかにすこしきの物なれども、まことの人に供養すればこう大なり。何に況や心ざしありてまことの法を供養せん人々をや。
其の上当世は世みだれて民の力よわし。いとまなき時なれども心ざしのゆくところ、山中の法華経へまうそう(孟宗)がたかんな(笋)ををくらせ給ふ。福田によきたねを下させ給ふか。なみだ(涙)もとどまらず。
◆ 大尼御前御返事 〔C1・弘安二年九月二〇日・大尼御前〕/ いのりなんどの仰せかうほるべしとをぼへ候はざりつるに、をほせたびて候事のかたじけなさ。かつはしなり、かつは弟子なり、かつはだんななり。御ためにはくびもきられ、遠流にもなり候へ。かわる事ならばいかでかかわらざるべき。されども此の事は叶ふまじきにて候ぞ。大がくと申す人は、ふつうの人にはにず、日蓮が御かんきの時、身をすててかたうどして候ひし人なり。此の代は城殿の御計らひなり。城殿と大がく殿は知音にてをはし候。其の故は大がく殿は坂東第一の御てかき、城介殿は御てをこのまるる人なり。/ あるべからずの御ちかいとだにも候わば、法華経・釈迦仏・天照太神・大日天と大かくのじょうどのに申すべく候。これをそむかせ給わば、他のをほせはかほるとも、此の事は叶ひがたく候。我が力の及ばぬ事に候へば御うらみも有るべからず。地頭がいかんがいわずらむ、うたへすらむとの御をくびやうは、地頭だにもをそろし。ましてごくそつえんま(獄卒閻魔)王の長は十丁ばかり、面はす(朱)をさし、眼は日月のごとく、歯はまんぐわ(馬鍬)の子のやうに、くぶし(拳)は大石のごとく、
大地は舟を海にうかべたるやうにうごき、声はらい(雷)のごとく、はたはたとなりわたらむには、よも南無妙法蓮華経とはをほせ候はじ。日蓮が弟子にてはをはせず。よくよく内をしたためてをほせをかほり候はん。なづき(頭悩)をわり、み(身)をせめていのりてみ候はん。たださきのいのりとをぼしめせ。これより後はのちの事をよくよく御かため候へ。恐々謹言。/ 九月二十日  日蓮(花押)/ 大尼御前御返事
◆ 高橋殿後家尼御前御返事 〔C1・建治二年二月以前・高橋殿後家尼〕/ 尼御前御返事   日蓮/ 鵞目一貫給はり候ひ了んぬ。それ、じき(食)はいろ(色)をまし、ちから(力)をつけ、いのち(命)をのぶ。ころも(衣)はさむさをふせぎ、あつさをさ(遮)え、はぢ(恥)をかくす。人にものをせ(施)する人は、人のいろをまし、ちからをそえ、いのちをつぐなり。人のためによる火をともせば人のあかるきのみならず、我が身もあかし。されば人のいろをませば我がいろまし、人の力をませば我がちからまさり、人のいのちをのぶれば我がいのちののぶなり。法華経は釈迦仏の御いろ、世尊の御ちから、如来の御いのちなり。やまいある人は法華経をくやうすれば、身のやまいう(失)すればいろまさり、ちからつ(付)きてみればものもさわ(障)らず。/ ゆめうつつわ(分)かずしてこそをはすらめ。と(訪)ひぬべき人のとぶらはざるも、うらめしくこそをはすらめ。女人の御身として、をやこのわかれにみ(身)をすて、かたちをか(変)うる人すくなし。をとこ(夫)のわかれは、ひび・よるよる・つきづき・としどしかさなれば、いよいよこいしさまさり、をさなき人もをはすなれば、たれをたの(頼)みてか人ならざらんと、かたがたさこそをはすらるれば、わがみも
まいりて心をもなぐさめたてまつり、又弟子をも一人つかわして御はかの/ 一巻の御経をもと存じ候へども、このみはしろしめされて候がごとく、上下ににくまれて候ものなり。
◆ 十字御書 〔C0・弘安三年一二月二八日・ほりの内殿〕/ 十字三十。法華経の御宝前につみまいらせ候ひぬ。又すみ二へい(俵)給はり候ひ了んぬ。恐々謹言。/ 十二月二十八日  日蓮(花押)/ ほりの内殿御返事
◆ 上野殿御返事 〔C2・弘安二年一月三日・南条時光〕/ 餅九十枚・薯蕷五本、わざと御使ひをもって正月三日ひつじ(未)の時に、駿河の国富士郡上野の郷より甲州波木井の郷身延山のほら(洞)へおくりたびて候。夫れ海辺には木を財とし、山中には塩を財とす。旱魃には水をたからとし、闇中には灯を財とす。女人はをとこ(夫)を財とし、をとこ(夫)は女人をいのち(命)とす。王は民ををや(親)とし、民は食を天とす。この両三年は日本国の内、大疫起こりて人半分げん(減)じて候上。去年の七月より大なるけかち(飢渇)にて、さといち(里市)のむへん(無縁)のもの(者)と山中の僧等は命存しがたし。/ 其の上、日蓮は法華経誹謗の国に生まれて威音王仏の末法の不軽菩薩のごとし。はた又歓喜増益仏の末の覚徳比丘の如し。王もにくみ民もあだむ。衣もうすく食もとぼし。布衣(ぬのこ)はにしきの如し。くさ(草)のは(葉)わかんろ(甘露)とをもう。其の上、去年の十一月より雪つもりて山里路たえぬ。年返れども鳥の声ならではをとづるる人なし。友にあらずばたれか問ふべきと、心ぼそくて過ごし候処に、元三の内に十字九十枚、満月の如し。
心中もあきらかに、生死のやみもはれぬべし。あはれなりあはれなり。/ こうへのどの(故上野殿)をこそ、いろ(色)あるをとこ(男)と人は申せしに、其の御子なればくれない(紅)のこきよしをつたへ給へるか。あい(藍)よりもあをく、水よりもつめたき氷かなと、ありがたしありがたし。恐々謹言。/ 正月三日  日蓮(花押)/ 上野殿御返事
◆ 上野郷主等御返事 〔C3・弘安五年一月一一日・南条時光〕/ 昔の徳勝童子は土のもちゐを仏にまいらせて一閻浮提の主となる。今の檀那等は二十枚の金のもちゐを法華経の御前にささげたり。後生の仏は疑ひなし。なんぞ今生にそのしるしなからむ。恐々謹言。/ 正月十一日  日蓮(花押)/ 上ののがうす(郷主)等のとのばら(殿原)
◆ 日眼女釈迦仏供養事 〔C3・弘安二年二月・日眼女〕/ 御守り書きてまいらせ候。三界の主、教主釈尊一体三寸の木像造立の檀那日眼女。御供養の御布施、前に二貫、今一貫云云。/ 法華経の寿量品に云く「或は己身を説き、或は他身を説く」等云云。東方の善徳仏・中央の大日如来・十方の諸仏・過去の七仏・三世の諸仏、上行菩薩等、文殊師利・舎利弗等、大梵天王・第六天の魔王・釈提桓因王・日天・月天・明星天・北斗七星・二十八宿・五星・七星・八万四千の無量の諸星、阿修羅王・天神・地神・山神・海神・宅神・里神、一切世間の国々の主とある人、何れか教主釈尊ならざる。天照太神・八幡大菩薩も其の本地は教主釈尊なり。例せば釈尊は天の一月、諸仏菩薩等は万水に浮かぶる影なり。釈尊一体を造立する人は十方世界の諸仏を作り奉る人なり。譬へば頭をふればかみ(髪)ゆるぐ、心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず、大地うごけば大海さはがし。教主釈尊をうごかし奉れば、ゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき。/ 今の日眼女は三十七のやく(厄)と云云。やくと申すは譬へばさい(賽)にはかど(角)、ます(升)にはすみ(隅)、人にはつぎふし(関節)、方には四維(しい)の如し。
風は方よりふけばよはく、角より吹けばつよし。病は肉より起これば治しやすし、節より起これば治しがたし。家にはかき(垣)なければ盗人いる、人にはとがあれば敵(かたき)便りをうく。やくと申すはふしぶしの如し。家にかきなく、人に科あるがごとし。よきひやうし(兵士)を以てまぼらすれば盗人をからめとる。ふしの病をかねて治すれば命ながし。今教主釈尊を造立し奉れば、下女が太子をうめるが如し。国王尚此の女を敬ひ給ふ。何に況や大臣已下をや。大梵天王・釈提桓因王・日月等、此の女人を守り給ふ。況や大小の神祇をや。/ 昔優填(うでん)大王、釈迦仏を造立し奉りしかば、大梵天王・日月等、木像を礼しに参り給ひしかば、木像説いて云く「我を供養せんよりは優填大王を供養すべし」等云云。影堅王の画像の釈尊を書き奉りしも又々是の如し。法華経に云く「若し人仏の為の故に諸の形像を建立す、是の如き諸人等皆已に仏道を成じき」云云。文の心は、一切の女人釈迦仏を造り奉れば、現在には日々月々の大小の難を払ひ、後生には必ず仏になるべしと申す文なり。/ 抑 女人は一代五千七千余巻の経々に、仏にならずときらはれまします。但法華経ばかりに、女人仏になると説かれて候。
天台智者大師の釈に云く「不記女」等云云。釈の心は一切経には女人仏にならずと云云。次下に云く「今経皆記」云云。今の法華経にこそ竜女仏になれりと云云。/ 天台智者大師と申せし人は、仏滅度の後一千五百年に、漢土と申す国に出でさせ給ひて、一切経を十五返まで御覧あそばして候ひしが、法華経より外の経には女人仏にならずと云云。妙楽大師と申せし人の釈に云く「一代所絶」等云云。釈の心は一切経にたえたる法門なり。法華経と申すは星の中の月ぞかし、人の中の王ぞかし。山の中の須弥山、水の中の大海の如し。是れ程いみじき御経に、女人仏になると説かれぬれば、一切経に嫌はれたるになにかくるしかるべき。譬へば盗人・夜打ち・強盗・乞食・渇体(かつたい)にきらはれたらんと、国の大王に讃められたらんと、何れかうれしかるべき。/ 日本国と申すは女人の国と申す国なり。天照太神と申せし女神のつきいだし給へる島なり。此の日本には男は十九億九万四千八百二十八人、女は二十九億九万四千八百三十人なり。此の男女は皆念仏者にて候ぞ。皆念仏なるが故に阿弥陀仏を本尊とす。現世の祈りも又是の如し。設ひ釈迦仏をつくりかけども、阿弥陀仏の浄土へゆかんと思ひて、本意の様には思ひ候はぬぞ。中々つくりかかぬにはをとり候なり。
今、日眼女は今生の祈りのやうなれども、教主釈尊をつくりまいらせ給ひ候へば、後生も疑ひなし。二十九億九万四千八百三十人の女人の中の第一なりとをぼしめすべし。委しくは又々申すべく候。恐々謹言。/ 弘安二年〈己卯〉二月二日  日蓮花押/ 日眼女御返事
◆ 孝子御書 〔C2・弘安二年二月二八日・池上宗長〕/ 御親父御逝去の由、風聞真にてや候らん。貴辺と大夫志の御事は、代末法に入りて生を辺土にうけ、法華の大法を御信用候へば、悪鬼定めて国主と父母等の御身に入りかわり怨をなさん事疑ひなかるべきところに、案にたがふ事なく親父より度々の御かんだう(勘当)をかうほらせ給ひしかども、兄弟ともに浄蔵・浄眼の後身か、将又、薬王・薬上の御計らひかのゆへに、ついに事ゆへなく親父の御かんきをゆりさせ給ひて、前にたてまいらせし御孝養心にまかせさせ給ひぬるは、あに孝子にあらずや。定めて天よりも悦びをあたへ、法華経・十羅刹も御納受あるべし。其の上、貴辺の御事は心の内に感じをもう事候。此の法門経のごとくひろまり候わば御悦び申し候べし。穴賢穴賢。/ 兄弟の御中、不和にわたらせ給ふべからず、不和にわたらせ給ふべからず。大夫志殿の御文にくはしくかきて候。きこしめすべし。恐々謹言。/ 二月二十八日  日蓮(花押)
◆ 松野殿後家尼御前御返事 〔C6・弘安四年三月二六日・松野殿後家尼御前〕/ 法華経第五の巻安楽行品に云く「文殊師利、此の法華経は無量の国中に於て、乃至名字をも聞くことを得べからず」云云。此の文の心は我等衆生の三界六道に輪回せし事、或は天に生まれ、或は人に生まれ、或は地獄に生まれ、或は餓鬼に生まれ、畜生に生まれ、無量の国に生をうけて、無辺の苦しみをうけて、たのしみにあひしかども、一度も法華経の国には生ぜず。たまたま生まれたりといへども、南無妙法蓮華経と唱へず。となふる事はゆめ(夢)にもなし。人の申すをも聞かず。/ 仏のたとへを説かせ給ふに、一眼の亀の浮木の穴に値ひがたきにたとへ給ふなり。心は、大海の中に八万由旬の底に、亀と申す大魚あり。手足もなく、ひれ(鰭)もなし。腹のあつき事は、くろがねのやけるがごとし。せなかのこう(甲)のさむき事は雪山ににたり。此の魚の昼夜朝暮のねがひ、時々剋々の口ずさみには、腹をひやし、こう(甲)をあたためんと思ふ。/ 赤栴檀と申す木をば聖木と名づく。人の中の聖人なり。余の一切の木をば凡木と申す。愚人の如し。此の栴檀の木は此の魚の腹をひやす木なり。あはれ此の木にのぼりて、腹をば穴に入れてひやし、こう(甲)をば天の日にあててあたためばやと申すなり。
自然のことはりとして、千年に一度出づる亀なり。しかれども此の木に値ふ事かたし。大海は広し、亀はちいさし、浮木はまれなり。たとひ、よのうきぎ(浮木)にはあへども、栴檀にはあはず。あへども、亀の腹をえりはめたる様に、がい分に相応したる浮木の穴にあひがたし。我が身を(落)ち入りなば、こう(甲)をもあたためがたし。誰か又とりあぐべき。又穴せばくして、腹を穴に入れえずんば、波にあらひをとされて大海にしづみなむ。たとひ不思議として栴檀の浮木の穴にたまたま行きあへども、我一眼のひがめる故に、浮木西にながるれば東と見る故に、いそいでのらんと思ひておよげば弥々とをざかる。東に流るを西と見る、南北も又此の如し云云。浮木にはとを(遠)ざかれども近づく事はなし。是の如く無量無辺劫にも一眼の亀の浮木の穴にあひがたき事を仏説き給へり。/ 此の喩へをとりて法華経にあひがたきに譬ふ。設ひあへども、となへがたき題目の妙法の穴にあひがたき事を心うべきなり。大海をば生死の苦海なり、亀をば我等衆生にたとへたり。手足のなきをば善根の我等が身にそなはらざるにたとへ、腹のあつきをば我等が瞋恚の八熱地獄にたとへ、背のこう(甲)のさむきをば貪欲の八寒地獄にたとへ、
千年大海の底にあるをば我等が三悪道に堕ちて浮かびがたきにたとへ、千年に一度浮かぶをば三悪道より無量劫に一度人間に生まれて釈迦仏の出世にあひがたきにたとう。余の松の木、ひ(桧)の木の浮木にはあひやすく、栴檀にはあひがたし。一切経には値ひやすく、法華経にはあひがたきに譬へたり。たとひ栴檀には値ふとも、相応したる穴にあひがたきに喩ふるなり。設ひ法華経には値ふとも、肝心たる南無妙法蓮華経の五字をとなへがたきに、あひたてまつる事のかたきにたとう。東を西と見、北を南と見る事をば、我等衆生かしこがほに智恵有る由をして勝を劣と思ひ、劣を勝と思ふ。得益なき法をば得益あると見る、機にかなはざる法をば機にかなう法と云ふ。真言は勝れ法華経は劣り、真言は機にかなひ法華経は機に叶はずと見る是れなり。/ されば思ひよらせ給へ。仏、月氏国に出でさせ給ひて一代聖教を説かせ給ひしに、四十三年と申せしに始めて法華経を説かせ給ふ。八箇年が程、一切の御弟子、皆如意宝珠のごとくなる法華経を持ち候ひき。然れども日本国と天竺とは二十万里の山海をへだてて候ひしかば、法華経の名字をだに聞くことなかりき。釈尊御入滅ならせ給ひて、一千二百余年と申せしに漢土へ渡し給ふ。いまだ日本国へは渡らず。
仏滅後一千五百余年と申すに、日本国の第三十代欽明天皇と申せし御門の御時、百済国より始めて仏法渡る。又上宮太子と申せし人、唐土より始めて仏法渡させ給ひて、其れより以来今に七百余年の間、一切経並びに法華経はひろまらせ給ひて、上一人より下万人に至るまで、心あらむ人は法華経を一部、或は一巻、或は一品持ちて或は父母の孝養とす。されば我等も法華経を持つと思ふ。/ しかれども未だ口に南無妙法蓮華経とは唱へず。信じたるに似て信ぜざるが如し。譬へば一眼の亀のあひがたき栴檀の聖木にはあひたれども、いまだ亀の腹を穴に入れざるが如し。入れざればよしなし、須臾に大海にしづみなん。我が朝七百余年の間、此の法華経弘まらせ給ひて、或は読む人、或は説く人、或は供養せる人、或は持つ人、稲麻竹葦よりも多し。然れどもいまだ阿弥陀の名号を唱ふるが如く、南無妙法蓮華経とすすむる人もなく唱ふる人もなし。一切の経、一切の仏の名号を唱ふるは凡木にあうがごとし。未だ栴檀ならざれば腹をひやさず、日天ならざれば甲をもあたためず。但目をこやし、心を悦ばしめて実なし。華さいて菓なく、言のみ有りてしわざなし。/ 但日蓮一人ばかり日本国に始めて是れを唱へまいらする事、去ぬる建長五年の夏のころより今に二十余年の間、昼夜朝暮に南無妙法蓮華経と是れを唱ふる事は一人なり。念仏申す人は千万なり。予は無縁の者なり。念仏の方人(かたうど)は有縁なり、高貴なり。
然れども師子の声には一切の獣声を失ふ。虎の影には犬恐る。日天東に出でぬれば、万星の光は跡形もなし。法華経のなき所にこそ弥陀念仏はいみじかりしかども、南無妙法蓮華経の声出来しては、師子と犬と、日輪と星との光くらべのごとし。譬へば鷹と雉とのひとしからざるがごとし。故に四衆とりどりにそねみ、上下同じくにくむ。讒人国に充満して奸人土に多し。故に劣を取りて勝をにくむ。譬へば犬は勝れたり師子をば劣れり、星をば勝れ日輪をば劣るとそしるが如し。然る間邪見の悪名世上に流布し、ややもすれば讒訴し、或は罵詈せられ、或は刀杖の難をかふる。或は度々流罪にあたる。五の巻の経文にすこしもたがはず。さればなむだ(涙)左右の眼にうかび、悦び一身にあまれり。/ ここに衣は身をかくしがたく、食は命をささへがたし。例せば蘇武が胡国にありしに、雪を食として命をたもつ。伯夷は首陽山にすみし、蕨ををりて身をたすく。父母にあらざれば誰か問ふべき。三宝の御助にあらずんばいかでか一日片時も持つべき。未だ見参にも入らず候人の、かやうに度々御をとづれのはんべるはいかなる事にや、あやしくこそ候へ。法華経の第四の巻には、釈迦仏凡夫の身にいりかはらせ給ひて、法華経の行者をば供養すべきよしを説かれて候。釈迦仏の御身に入らせ給ひ候か。又過去の善根のもよをしか。
竜女と申す女人は法華経にて仏に成りて候へば、末代に此の経を持ちまいらせん女人をまぼらせ給ふべきよし誓はせ給ひし、其の御ゆかりにて候か、貴し貴し。/ 弘安四年三月二十六日  日蓮花押/ 松野殿後家尼御前御返事
◆ 上野殿御返事 〔C6・弘安二年四月二〇日・南条時光〕/ 抑 日蓮種々の大難の中には、竜口の頸の座と東条の難にはすぎず。其の故は諸難の中には命をすつる程の大難はなきなり。或はのり、せめ、或は処をおわれ、無実を云ひつけられ、或は面をうたれしなどは物のかずならず。されば色心の二法よりをこりて、そしられたる者は日本国の中には日蓮一人なり。ただし、ありとも法華経の故にはあらじ。さてもさてもわすれざる事は、せうばう(少輔房)が法華経の第五の巻を取りて日蓮がつら(面)をうちし事は、三毒よりをこる処のちゃうちゃく(打擲)なり。/ 天竺に嫉妬の女人あり。男をにくむ故に、家内の物をことごとく打ちやぶり、其の上にあまりの腹立ちにや、すがた(姿)けしき(気色)かわり、眼は日月の光のごとくかがやき、くちは炎をはくがごとし。すがたは青鬼赤鬼のごとくにて、年来(としごろ)男のよみ奉る法華経の第五の巻をとり、両の足にてさむざむにふみける。其の後命つきて地獄にをつ。両の足ばかり地獄にいらず。獄卒鉄杖をもってうてどもいらず。是れは法華経をふみし逆縁の功徳による。
今日蓮をにくむ故に、せうばう(少輔房)が第五の巻を取りて予がをもてをうつ、是れも逆縁となるべきか。/ 彼れは天竺此れは日本、かれは女人これはをとこ(男)、かれは両のあし(足)これは両の手、彼れは嫉妬の故此れは法華経の御故なり。されども法華経の第五の巻はをなじきなり。彼の女人のあし地獄に入らざらんに、此の両の手無間に入るべきや。ただし彼れは男をにくみて法華経をばにくまず。此れは法華経と日蓮とをにくむなれば一身無間に入るべし。経に云く「其の人命終して阿鼻獄に入らん」云云。手ばかり無間に入るまじとは見えず、不便なり不便なり。ついには日蓮にあひて仏果をうべきか。不軽菩薩の上慢の四衆のごとし。/ 夫れ第五の巻は一経第一の肝心なり。竜女が即身成仏あきらかなり。提婆はこころの成仏をあらはし、竜女は身の成仏をあらはす。一代に分絶えたる法門なり。さてこそ伝教大師は法華経の一切経に超過して勝れたる事を十あつめ給ひたる中に、即身成仏化導勝とは此の事なり。此の法門は天台宗の最要にして、即身成仏義と申して文句の義科なり。真言・天台の両宗の相論なり。竜女が成仏も法華経の功力なり。文殊師利菩薩は「唯常宣説 妙法華経」とこそかたらせ給へ。
唯常の二字は八字の中の肝要なり。菩提心論の「唯真言法中」の唯の字と、今の唯の字といづれを本とすべきや。彼の唯の字はをそらくはあやまりなり。無量義経に云く「四十余年未だ真実を顕はさず」。法華経に云く「世尊は法久しくして後、要(かなら)ず当に真実を説きたまふべし」。多宝仏は「皆是れ真実なり」とて、法華経にかぎりて即身成仏ありとさだめ給へり。/ 爾前経にいかやうに成仏ありともとけ、権宗の人々無量にいひくるふ(言狂)とも、ただほうろく(焙烙)千につち(槌)一つなるべし。「法華折伏破権門理」とはこれなり。尤もいみじく秘奥なる法門なり。又天台の学者、慈覚よりこのかた、玄・文・止の三大部の文をとかくれうけん(料簡)し義理をかまうとも、去年のこよみ昨日の食のごとし、けう(今日)の用にならず。末法の始めの五百年に、法華経の題目をはなれて成仏ありといふ人は、仏説なりとも用ゐるべからず。何に況や人師の義をや。/ 爰に日蓮思ふやう、提婆品を案ずるに、提婆は釈迦如来の昔の師なり。昔の師は今の弟子なり、今の弟子はむかしの師なり。古今能所不二にして法華の深意をあらはす。されば悪逆の達多には慈悲の釈迦如来師となり、愚痴の竜女には智恵の文殊師となり、文殊・釈迦如来にも日蓮をとり奉るべからざるか。
日本国の男は提婆がごとく、女は竜女にあひにたり。逆順ともに成仏を期すべきなり。是れ提婆品の意なり。/ 次に勧持品に八十万億那由他の菩薩の異口同音の二十行の偈は日蓮一人よめり。誰か出でて、日本国・唐土・天竺三国にして、仏の滅後によみたる人やある。又我よみたりとなのるべき人なし、又あるべしとも覚えず。「及加刀杖」の刀杖の二字の中に、もし杖の字にあう人はあるべし。刀の字にあひたる人をきかず。不軽菩薩は「杖木瓦石」と見えたれば、杖の字にあひぬ、刀の難はきかず。天台・妙楽・伝教等は刀杖不加と見えたれば、是れ又かけたり。日蓮は刀杖の二字ともにあひぬ。剰へ刀の難は前に申すがごとく、東条の松原と竜口となり。一度もあう人なきなり、日蓮は二度あひぬ。杖の難には、すでにせうばう(少輔房)につら(面)をうたれしかども、第五の巻をもてうつ。うつ杖も第五の巻、うたるべしと云ふ経文も五の巻、不思議なる未来記の経文なり。さればせうばうに、日蓮数十人の中にしてうたれし時の心中には、法華経の故とはをもへども、いまだ凡夫なればうたてかりける間、つえ(杖)をもうばひ、ちから(力)あるならばふみをりすつべきことぞかし。然れどもつえは法華経の五の巻にてまします。
いまをもひいでたる事あり。子を思ふ故にや、をや(親)つき(槻)の木の弓をもて、学文せざりし子にをしへたり。然る間此の子うたてかりしは父、にくかりしはつきの木の弓。されども終には修学増進して自身得脱をきわめ、又人を利益する身となり、立ち還りて見れば、つきの木をもて我をうちし故なり。此の子そとば(率塔婆)に此の木をつくり、父の供養のためにたててむけ(手向)りと見えたり。日蓮も又かくの如くあるべきか。日蓮仏果をえむに、争でかせうばう(少輔房)が恩をすつべきや。何に況や法華経の御恩の杖をや。かくの如く思ひつづけ候へば、感涙をさへがたし。/ 又涌出品は日蓮がためにはすこしよしみある品なり。其の故は上行菩薩等の末法に出現して、南無妙法蓮華経の五字を弘むべしと見えたり。しかるに先づ日蓮一人出来す。六万恒沙の菩薩よりさだめて忠賞をかほるべしと思へば、たのもしき事なり。/ とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ。殿一人にかぎるべからず、信心をすすめ給ひて、過去の父母等をすくわせ給へ。日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり。
相かまへて相かまへて、自他の生死はしらねども、御臨終のきざみ、生死の中間に、日蓮かならずむかひにまいり候べし。三世の諸仏の成道は、ねうし(子丑)のをはり、とら(寅)のきざみ(刻)の成道なり。仏法の住処、鬼門の方に三国ともにたつなり。此等は相承の法門なるべし。委しくは又々申すべく候。恐々謹言。/ かつへて食をねがひ、渇して水をしたふがごとく、恋ひて人を見たきがごとく、病にくすり(薬)をたのむがごとく、みめかたちよき人、べに(紅)しろいものをつくるがごとく、法華経には信心をいたさせ給へ。さなくしては後悔あるべし云云。/ 弘安二年〈己卯〉卯月二十日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 新池殿御消息 〔C6・弘安二年五月二日・新池殿〕/ 八木三石送り給び候。今一乗妙法蓮華経の御宝前に備へ奉りて、南無妙法蓮華経と只一遍唱へまいらせ候ひ畢んぬ。いとをしみの御子を、霊山浄土へ決定無有疑と送りまいらせんがためなり。/ 抑 因果のことはりは華と果との如し。千里の野の枯れたる草に、蛍火の如くなる火を一つ付けぬれば、須臾に一草二草十百千万草につきわたりてもゆれば、十町二十町の草木一時にやけつきぬ。竜は一渧の水を手に入れて天に昇りぬれば、三千世界に雨をふらし候。小善なれども、法華経に供養しまいらせ給ひぬれば功徳此の如し。/ 仏滅後一百年と申せしに月氏国に阿育大王と申せし王ましましき。一閻浮提八万四千の国を四分が一御知行ありき。竜王をしたがへ、鬼神を召し仕はせ給ふ。六万の羅漢を師として八万四千の石塔を立て、十万億の金を仏に供養し奉らんと誓はせ給ひき。かかる大王にてをはせし其の因位の功徳をたづぬれば、ただ土の餅一つ釈迦仏に供養し奉りし故ぞかし。/ 釈迦仏の伯父に斛飯王と申す王をはします。彼の王に太子あり、阿那律となづく。
此の太子生まれ給ひしに御器一つ持ち出でたり。彼の御器に飯あり。食すれば又出でき、又出でき、終に飯つくる事なし。故にかの太子のをさな名をば如意となづけたり。法華経にて仏に成り給ふ普明如来是れなり。此の太子の因位を尋ぬれば、うへたる世にひえ(稗)の飯を辟支仏と申す僧に供養せし故ぞかし。辟支仏を供養する功徳すら此の如し。況や法華経の行者を供養せん功徳は、無量無辺の仏を供養し進らする功徳にも勝れて候なり。/ 抑 日蓮は日本国の者なり。此の国は南閻浮提七千由旬の内に八万四千の国あり。其の中に月氏国と申す国は大国なり。彼の国に五天竺あり。十六の大国・五百の中国・十千の小国・無量の粟散国あり。其れより東海の中に小島あり、日本国是れなり。中天竺よりは十万余里の東なり。仏教は仏滅度後、正法一千年が間は天竺にとどまりて余国にわたらず。正法一千年の末、像法に入りて一十五年と申せしに漢土へ渡る。漢土に三百年すぎて百済国に渡る。百済国に一百年已上一千四百十五年と申せしに、人王三十代欽明天皇の御代に、日本国に始めて釈迦仏の金銅の像と一切経は渡りて候ひき。今七百余年に及び候。其の間一切経は五千余巻或は七千余巻なり、宗は八宗九宗十宗なり。
国は六十六箇国二つの島。神は三千余社、仏は一万余寺なり。男女よりも僧尼は半分に及べり。仏法の繁昌は漢土にも勝れ、天竺にもまされり。/ 但し仏法に入りて諍論あり。浄土宗の人々は阿弥陀仏を本尊とし、真言の人々は大日如来を本尊とす。禅宗の人々は経と仏とをば閣きて達磨を本尊とす。余の人々は念仏者・真言等に随へへられ、何れともなけれども、つよきに随ひ多分に押されて、阿弥陀仏を本尊とせり。現在の主師親たる釈迦仏を閣きて、他人たる阿弥陀仏の十万億の他国へにげ行くべきよしをねがはせ給ひ候。阿弥陀仏は親ならず、主ならず、師ならず。されば一経の内、虚言の四十八願を立て給ひたりしを、愚かなる人々実と思ひて、物狂はしく金拍子をたたき、おどりはねて念仏を申し、親の国をばいとひ出でぬ。来迎せんと約束せし阿弥陀仏の約束の人は来らず。中有のたびの空に迷ひて、謗法の業にひかれて、三悪道と申す獄屋へおもむけば、獄卒・阿防・羅刹悦びをなし、とらへからめてさひなむ事限りなし。/ これをあらあら経文に任せてかたり申せば、日本国の男女四十九億九万四千八百二十八人ましますが、某一人を不思議なる者に思ひて、余の四十九億九万四千八百二十七人は皆敵と成りて、
主師親の釈尊をもちゐぬだに不思議なるに、かへりて或はのり、或はうち、或は処を追ひ、或は讒言して流罪し死罪に行はるれば、貧なる者は富めるをへつらひ、賤しき者は貴きを仰ぎ、無勢は多勢にしたがう事なれば、適(たまたま)法華経を信ずる様なる人々も、世間をはばかり人を恐れて、多分は地獄へ堕つる事不便なり。/ 但し日蓮が愚眼にてやあるらん。又宿習にてや候らん。「法華経最第一」「已今当説 難信難解」「唯我一人 能為救護」と説かれて候文は如来の金言なり。敢へて私の言にはあらず。当世の人は人師の言を如来の金言と打ち思ひ、或は法華経に肩を並べて斉しと思ひ、或は勝れたり、或は劣るなれども機にかなへりと思へり。しかるに如来の聖教に随他意・随自意と申す事あり。譬へば子の心に親の随ふをば随他意と申す。親の心に子の随ふをば随自意と申す。諸経は随他意なり、仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に。法華経は随自意なり、一切衆生を仏の心に随へたり。諸経は仏説なれども、是れを信ずれば衆生の心にて永く仏にならず。法華経は仏説なり、仏智なり。一字一点も是れを深く信ずれば我が身即仏となる。譬へば白紙を墨に染むれば黒くなり、黒漆に白き物を入るれば白くなるが如し。毒薬変じて薬となり、衆生変じて仏となる、故に妙法と申す。
然るに今の人々は高きも賤しきも、現在の父たる釈迦仏をばかろしめて、他人の縁なき阿弥陀・大日等を重んじ奉るは、是れ不孝の失にあらずや、是れ謗法の人にあらずやと申せば日本国の人一同に怨ませ給ふなり。其れもことはりなり。まがれる木はすなをなる縄をにくみ、いつはれる者はただしき政りごとをば心にあはず思ふなり。我が朝人王九十一代の間に謀叛の人々は二十六人なり。所謂 大山の王子、大石の小丸、乃至将門・すみとも(純友)・悪左府等なり。此等の人々は吉野とつ(十津)河の山林にこもり、筑紫・鎮西の海中に隠るれば、島々のえびす、浦々のもののふどもうたんとす。然れどもそれは貴き聖人、山々・寺々・社々の法師・尼・女人はいたう敵と思ふ事なし。日蓮をば上下の男女・尼・法師・貴き聖人なんど云はるる人々は殊に敵となり候。/ 其の故はいづれも後世をば願へども、男女よりは僧尼こそ願ふ由はみえ候へ。彼等は往生はさてをきぬ。今生の世をわたるなかだち(中人)となる故なり。智者聖人又我好し我勝れたりと申し、本師の跡と申し、所領と申し、名聞利養を重くしてまめやかに道心は軽し。仏法はひがさまに心得て愚痴の人なり、謗法の人なりと言をも惜しまず人をも憚らず「当知是人 仏法中怨」の金言を恐れて、「我是世尊使 処衆無所畏」と云ふ文に任せていたくせむる間、「未得謂為得 我慢心充満」の人々争でかにくみ嫉まざらんや。
されば日蓮程、天神七代・地神五代・人王九十余代に、いまだ此れ程法華経の故に三類の敵人にあだまれたる者なきなり。/ かかる上下万人一同のにくまれ者にて候に、此れまで御渡り候ひし事、おぼろげの縁にはあらず。宿世の父母か、昔の兄弟にておはしける故に思ひ付かせ給ふか。又過去に法華経の縁深くして、今度仏にならせ給ふべきたね(種)の熟せるかの故に、在俗の身として世間ひまなき人の公事のひまに思ひ出ださせ給ひけるやらん。其の上遠江の国より甲州波木井の郷身延山へは道三百余里に及べり。宿々のいぶせさ、嶺に昇れば日月をいただき、谷へ下れば穴へ入るかと覚ゆ。河の水は矢を射るが如く早し。大石ながれて人馬むかひ難し。船あやうくして紙を水にひたせるが如し。男は山がつ、女は山母の如し。道は縄の如くほそく、木は草の如くしげし。かかる所へ尋ね入らせ給ひて候事、何なる宿習なるらん。釈迦仏は御手を引き、帝釈は馬となり、梵王は身に随ひ、日月は眼となりかはらせ給ひて入らせ給ひけるにや。ありがたしありがたし。事多しと申せども、此の程風おこりて身苦しく候間、留め候ひ畢んぬ。/ 弘安二年〈己卯〉五月二日  日蓮花押
新池殿御返事
◆ 窪尼御前御返事 〔C2・建治三年五月四日・窪尼(高橋殿後家尼)〕/ 御供養の物、数のままに慥かに給はり候。当時は五月の比おひにて民のいとまなし。其の上、宮の造営にて候なり。かかる暇なき時、山中の有り様思ひやらせ給ひて送りたびて候事、御志殊にふかし。阿育大王と申せし王は、この天の日のめぐらせ給ふ一閻浮提を大体しろしめされ候ひし王なり。此の王は昔徳勝とて五になる童にて候ひしが、釈迦仏にすなごのもちゐ(餅)をまいらせたりしゆへに、かかる大王と生まれさせ給ふ。此の童はさしも心ざしなし、たわぶれなるやうにてこそ候ひしかども、仏のめでたくをはすれば、わづかの事もものとなりてかかるめでたき事候。まして法華経は仏にまさらせ給ふ事、星と月と、ともしびと日とのごとし。又御心ざしもすぐれて候。されば故入道殿も仏にならせ給ふべし。/ 又一人をはするひめ御前も、いのちもながく、さひわひもありて、さる人のむすめなりときこえさせ給ふべし。当時もおさなけれども母をかけてすごす女人なれば、父の後世をもたすくべし。から(唐)国にせいし(西施)と申せし女人は、わかなを山につみて、をひたるはわ(老母)をやしなひき。
天あはれみて、越王と申す大王のかりせさせ給ひしが、みつけてきさき(后)となりにき。これも又かくのごとし。をやをやしなふ女人なれば天もまぼらせ給ふらん、仏もあはれみ候らん。一切の善根の中に、孝養父母は第一にて候なれば、まして法華経にてをはす。金のうつわ(器)ものに、きよき水を入れたるがごとく、すこしももるべからず候。めでたし、めでたし。恐々謹言。/ 五月四日  日蓮花押/ くぼの尼御前御返事
◆ 一大事御書 〔C2・弘安二年五月一三日〕/ あながちに申させ給へ。日蓮が身のうへの一大事なり。あなかしこあなかしこ。/ 五月十三日  日蓮花押
◆ 四菩薩造立抄 〔C6・弘安二年五月一七日・富木常忍〕/ 白小袖一・薄墨染め衣一・同色の袈裟一帖・鵞目一貫文給はり候。今に始めざる御志、言を以て宣べがたし。何れの日を期してか対面を遂げ、心中の朦朧を申し披かんや。/ 一、御状に云く、本門久成の教主釈尊を造り奉り、脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼ねて聴聞仕り候ひき。然れば聴聞の如くんば何れの時かと云云。/ 夫れ仏、世を去らせ給ひて二千余年に成りぬ。其の間月氏・漢土・日本国・一閻浮提の内に仏法の流布する事、僧は稲麻のごとく法は竹葦の如し。然るにいまだ本門の教主釈尊並びに本化の菩薩を造り奉りたる寺は一処も無し。三朝の間に未だ聞かず。日本国に数万の寺々を建立せし人々も、本門の教主・脇士を造るべき事を知らず。上宮太子、仏法最初の寺と号して四天王寺を造立せしかども、阿弥陀仏を本尊として脇士には観音等四天王を造り副へたり。伝教大師延暦寺を立て給ふに、中堂には東方の鵞王の相貌を造りて本尊として、久成の教主・脇士をば建立し給はず。
南京(なら)七大寺の中にも此の事を未だ聞かず。田舎の寺々以て爾なり。/ かたがた不審なりし間、法華経の文を拝見し奉りしかば其の旨顕然なり。末法闘諍堅固の時にいたらずんば造るべからざる旨分明なり。正像に出世せし論師人師の造らざりしは、仏の禁(いましめ)を重んずる故なり。若し正法・像法の中に久成の教主釈尊並びに脇士を造るならば、夜中に日輪出で日中に月輪の出でたるが如くなるべし。末法に入りて始めの五百年に、上行菩薩の出でさせ給ひて造り給ふべき故に、正法像法の四依の論師人師は言にも出ださせ給はず。竜樹・天親こそ知らせ給ひたりしかども、口より外へ出ださせ給はず。天台智者大師も知らせ給ひたりしかども、迹化の菩薩の一分なれば一端は仰せ出ださせ給ひたりしかども、其の実義をば宣べ出ださせ給はず。但ねざめの枕に時鳥の一音を聞きしが如くにして、夢のさめて止みぬるやうに弘め給ひ候ひぬ。夫れより已外の人師はまして一言をも仰せ出だし給ふ事なし。此等の論師人師は霊山にして、迹化の衆は末法に入らざらんに、正像二千年の論師人師は、本門久成の教主釈尊並びに久成の脇士地涌上行等の四菩薩を、影ほども申し出だすべからずと御禁(いましめ)ありし故ぞかし。
今末法に入れば尤も仏の金言の如きんば、造るべき時なれば本仏本脇士造り奉るべき時なり。当時は其の時に相当たれば、地涌の菩薩やがて出でさせ給はんずらん。先づ其れ程に四菩薩を建立し奉るべし。尤も今は然るべき時なりと云云。されば天台大師は「後の五百歳遠く妙道に沾はん」としたひ、伝教大師は「正像稍過ぎ已りて末法太だ近きに有り。法華一乗の機今正しく是れ其の時なり」と恋ひさせ給ふ。日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども、仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富める者なり。是れ時の然らしむる故なりと思へば喜び身にあまり、感涙押へ難く、教主釈尊の御恩報じ奉り難し。恐らくは付法蔵の人々も日蓮には果報は劣らせ給ひたり。天台智者大師・伝教大師等も及び給ふべからず。最も四菩薩を建立すべき時なり云云。/ 問うて云く、四菩薩を造立すべき証文之れ有りや。答へて云く、涌出品に云く「四の導師有り、一をば上行と名づけ、二をば無辺行と名づけ、三をば浄行と名づけ、四をば安立行と名づく」等云云。問うて云く、後五百歳に限るといへる経文之れ有りや。答へて云く、薬王品に云く「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」等云云。
一、御状に云く、太田方の人々、一向に迹門に得道あるべからずと申され候由、其の聞え候。是れは以ての外の謬りなり。御得意候へ。本迹二門の浅深・勝劣・与奪・傍正は時と機とに依るべし。一代聖教を弘むべき時に三あり。機もて爾なり。仏滅後正法の始めの五百年は一向小乗、後の五百年は権大乗、像法一千年は法華経の迹門等なり。末法の始めには一向に本門なり。一向に本門の時なればとて迹門を捨つべきにあらず。法華経一部に於て前の十四品を捨つべき経文之れ無し。本迹の所判は一代聖教を三重に配当する時、爾前迹門は正法像法、或は末法は本門の弘まらせ給ふべき時なり。今の時は正には本門、傍には迹門なり。迹門無得道と云ひて、迹門を捨てて一向本門に心を入れさせ給ふ人々は、いまだ日蓮が本意の法門を習はせ給はざるにこそ。以ての外の僻見なり。/ 私ならざる法門を僻案せん人は、偏に天魔波旬の其の身に入り替はりて、人をして自身ともに無間大城に堕つべきにて候。つたなしつたなし。此の法門は年来貴辺に申し含めたる様に人々にも披露あるべき者なり。総じて日蓮が弟子と云ひて法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ。
さだにも候はば、釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし。其れさへ尚人々の御心中は量りがたし。/ 一、日行房死去の事、不便に候。是れにて法華経の文読み進らせて、南無妙法蓮華経と唱へ進らせ、願はくは日行を釈迦・多宝・十方の諸仏霊山へ迎へ取らせ給へと申し上げ候ひぬ。身の所労いまだきらきらしからず候間、省略せしめ候。又々申すべく候。恐々謹言。/ 弘安二年五月十七日  日蓮花押/ 富木殿御返事
◆ 松野殿女房御返事 〔C2・弘安二年六月二〇日・松野殿女房〕/ 麦一箱・いゑのいも一籠・うり(瓜)一籠・旁(かたがた)の物、六月三日に給はり候ひしを、今まで御返事申し候はざりし事恐れ入りて候。/ 此の身延の沢と申す処は、甲斐の国の飯井野・御牧の三箇郷の内、波木井の郷の戌亥の隅にあたりて候。北には身延の岳天をいただき、南には鷹取が岳雲につづき、東には天子の岳日とたけをな(同)じ。西には又峨々として大山つづきて、しらね(白根)の岳にわたれり。猿のなく音天に響き、蝉のさゑづり地にみてり。天竺の霊山此の処に来れり、唐土の天台山親りここに見る。我が身は釈迦仏にあらず、天台大師にてはなけれども、まかるまかる昼夜に法華経をよみ、朝暮に摩訶止観を談ずれば、霊山浄土にも相似たり、天台山にも異ならず。但し有待(うだい)の依身なれば、著ざれば風身にしみ、食はざれば命持ちがたし。灯に油をつがず、火に薪を加へざるが如し。命いかでかつぐべきやらん。命続きがたく、つぐべき力絶えては、或は一日乃至五日、既に法華経読誦の音も絶えぬべし、止観のまど(窓)の前には草しげりなん。
かくの如く候に、いかにして思ひ寄らせ給ひぬらん。兎は経行の者を供養せしかば、天帝哀れみをなして月の中にをかせ給ひぬ。今天を仰ぎ見るに月の中に兎あり。されば女人の御身として、かかる濁世末代に、法華経を供養しましませば、梵王も天眼を以て御覧じ、帝釈は掌を合はせてをがませ給ひ、地神は御足をいただきて喜び、釈迦仏は霊山より御手をのべて御頂をなでさせ給ふらん。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。恐々謹言。/ 弘安二年〈己卯〉六月二十日  日蓮花押/ 松野殿女房御返事
◆ 乗明上人御返事 〔C0・弘安二年七月二七日・大田乗明〕/ 乗明上人一石を山中に送る。「福過十号」の功徳を得る。恐々謹言。/ 七月二十七日  日蓮(花押)/ 御返事
◆ 上野殿御返事 〔C4・弘安二年八月八日・南条時光〕/ 鵞目一貫・しほ(塩)一たわら(俵)・蹲鴟(いものかしら)一俵・はじかみ(薑)少々、使者をもて送り給び了んぬ。あつきには水を財とす。さむきには火を財とす。けかち(飢渇)には米を財とす。いくさ(軍)には兵杖を財とす。海には船を財とす。山には馬をたからとす。武蔵・下総には石を財とす。此の山中にはいえのいも(芋)・海のしほ(塩)を財とし候ぞ。竹の子・木の子等候へども、しほ(塩)なければそのあぢわひつち(土)のごとし。又金と申すもの国王も財とし、民も財とす。たとへば米のごとし、一切衆生のいのち(命)なり。ぜに(銭)又かくのごとし。漢土に銅山と申す山あり。彼の山よりいでて候ぜに(銭)なれば、一文も千文もみな三千里の海をわたりて来るものなり。万人皆たま(玉)とおもへり。此れを法華経にまいらせさせ給ふ。/ 釈まなん(摩男)と申せし人のたな心には、石変じて珠となる。金ぞく(粟)王は沙を金となせり。法華経は草木を仏となし給ふ、いわうや心あらん人をや。法華経は焼種の二乗を仏となし給ふ、いわうや生種の人をや。法華経は一闡提を仏となし給ふ。いわうや信ずるものをや。
事々つくしがたく候、又々申すべし。恐々謹言。/ (弘安二年)八月八日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 曾谷殿御返事 〔C1・弘安元年八月一七日・曾谷入道(曾谷の道宗)〕/ 焼米二俵給はり畢んぬ。米はすくなしとをぼしめし候へども寿命をつぐ物にて候。命をば三千大千世界にても買はぬ物にて候と仏は説かせ給へり。米は命を継ぐ物なり。譬へば米は油の如く、命は灯の如し。法華経は灯の如く、行者は油の如し。檀那は油の如く、行者は灯の如し。/ 一切の百味の中には乳味と申して牛の乳第一なり。涅槃経の七に云く「猶諸味の中に乳最も為れ第一なるが如し」云云。乳味をせんずれば酪味となる。酪味をせんずれば乃至醍醐味となる。醍醐味は五味の中の第一なり。法門を以て五味にたとへば、儒家の三千、外道の十八大経は衆味の如し。阿含経は醍醐味なり。阿含経は乳味の如く、観経等の一切の方等部の経は酪味の如し。一切の般若経は生蘇味、華厳経は熟蘇味、無量義経と法華経と涅槃経とは醍醐のごとし。又涅槃経は醍醐のごとし、法華経は五味の主の如し。妙楽大師云く「若し教旨を論ずれば、法華は唯開権顕遠を以て教の正主と為す。独り妙の名を得る意此に在り」云云。又云く「故に知んぬ、法華は為れ醍醐の正主」等云云。
此の釈は正しく法華経は五味の中にはあらず。此の釈の心は五味は寿命をやしなふ、寿命は五味の主なり。/ 天台宗には二の意あり。一には華厳・方等・般若・涅槃・法華は同じく醍醐味なり。此の釈の心は爾前と法華とを相似せるににたり。世間の学者等此の筋のみを知りて、法華経は五味の主と申す法門に迷惑せるゆへに、諸宗にたぼらかさるるなり。開未開、異なれども同じく円なりと云云。是れは迹門の心なり。/ 諸経は五味、法華経は五味の主と申す法門は本門の法門なり。此の法門は天台・妙楽粗書かせ給ひ候へども、分明ならざる間学者の存知すくなし。此の釈に「若論教旨」とかかれて候は、法華経の題目を教旨とはかかれて候。開権と申すは五字の中の華の一字なり。顕遠とかかれて候は五字の中の蓮の一字なり。「独得妙名」とかかれて候は妙の一字なり。「意在於此」とかかれて候は、法華経を一代の意と申すは題目なりとかかれて候ぞ。此れを以て知んぬべし。法華経の題目は一切経の神(たましい)、一切経の眼目なり。/ 大日経等の一切経をば法華経にてこそ開眼供養すべき処に、大日経等を以て一切の木画の仏を開眼し候へば、日本国の一切の寺塔の仏像等形は仏に似れども心は仏にあらず、九界の衆生の心なり。
愚痴の者を智者とすること是れより始まれり。国のついへ(費)のみ入りて祈りとならず。還りて仏変じて魔となり鬼となり、国主乃至万民をわづらはす是れなり。今法華経の行者と檀那との出来する故に、百獣の師子王をいとひ、草木の寒風をおそるるが如し。是れは且くをく。/ 法華経は何なる故ぞ諸経に勝れて一切衆生の為に用ゐる事なるぞと申すに、譬へば草木は大地を母とし、虚空を父とし、甘雨を食とし、風を魂とし、日月をめのと(乳母)として生長し、華さき菓なるが如く、一切衆生は実相を大地とし、無相を虚空とし、一乗を甘雨とし、已今当第一の言を大風とし、定恵力荘厳を日月として妙覚の功徳を生長し、大慈大悲の華さかせ、安楽仏果の菓なって、一切衆生を養ひ給ふ。/ 一切衆生又食するによりて寿命を持つ。食に多数あり。土を食し、水を食し、火を食し、風を食する衆生もあり。求羅と申す虫は風を食す。うぐろもち(鼠)と申す虫は土を食す。人の皮肉骨髄等を食する鬼神もあり、尿糞等を食する鬼神もあり、寿命を食する鬼神もあり、声を食する鬼神もあり、石を食するいを(魚)、くろがね(鉄)を食するばく(獏)もあり。
地神・天神・竜神・日月・帝釈・大梵王・二乗・菩薩・仏は仏法をなめて身とし魂とし給ふ。/ 例せば乃往(むかし)過去に輪陀王と申す大王ましましき。一閻浮提の主なり、賢王なり。此の王はなに物をか供御とし給ふと申せば、白馬の鳴声をきこしめして身も生長し、身心も安穏にしてよをたもち給ふ。れいせば蝦蟆と申す虫の母のなく声を聞いて生長するがごとし。秋のはぎ(萩)のしか(鹿)の鳴くに華のさくがごとし。象牙草のいかづち(雷)の声にはらみ、柘榴の石にあふてさかうるがごとし。されば此の王、白馬ををほくあつめてかはせ給ふ。又此の白馬は白鳥をみてなく馬なれば、をほくの白鳥をあつめ給ひしかば、我が身の安穏なるのみならず、百官万乗もさかへ、天下も風雨時にしたがひ、他国もかうべ(頭)をかたぶけて、すねん(数年)すごし給ふに、まつり事のさをい(相違)にやはむべりけん。又宿業によって果報や尽きけん。/ 千万の白鳥一時にうせしかば、又無量の白馬もなく事やみぬ。大王は白馬の声をきかざりしゆへに、華のしぼめるがごとく、月のしょく(蝕)するがごとく、御身の色かはり力よはく、六根もうもうとして、ぼれ(耄)たるがごとくありしかば、きさき(后)ももうもうしくならせ給ひ、百官万乗もいかんがせんとなげき、天もくもり、地もふるひ、大風かんぱち(旱魃)し、けかち(飢渇)、やくびやう(疫病)に人の死する事、肉はつか(塚)、骨はかはら(瓦)とみえしかば、他国よりもをそひ来たれり。
此の時大王いかんがせんとなげき給ひしほどに、せんする所は仏神にいのるにはしくべからず。此の国にもとより外道をほく、国々をふさげり。又仏法という物ををほくあがめをきて国の大事とす。いづれにてもあれ、白鳥をいだして白馬をなかせん法をあがむべし。まづ外道の法にをほせつけて数日をこなはせけれども、白鳥一疋もいでこず、白馬もなく事なし。/ 此の時外道のいのりをとどめて仏教にをほせつけられけり。其の時馬鳴菩薩と申す小僧一人あり。めしいだされければ、此の僧の給はく、国中に外道の邪法をとどめて、仏法を弘通し給ふべくば、馬をなかせん事やすしといふ。勅宣に云く、をほせのごとくなるべしと。其の時に馬鳴菩薩、三世十方の仏にきしやう(祈請)し申せしかば、たちまちに白鳥出来せり。白馬は白鳥を見て一こへなきけり。大王馬の声を一こへきこしめして眼を開き給ひ、白鳥二ひき、乃至百千いできたりければ、百千の白馬一時に悦びなきけり。大王の御いろなをること、日しょく(蝕)のほん(本)にふくするがごとし。身の力心のはかり事、先々には百千万ばいこへたり。きさきもよろこび、大臣公卿いさみて、万民もたな心をあはせ、他国もかうべをかたぶけたりとみえて候。
今のよ(世)も又是れにたがうべからず。天神七代・地神五代已上十二代は成劫のごとし。先世のかいりき(戒力)と福力とによて、今生のはげみなけれども、国もおさまり人の寿命も長し。人王のよとなりて二十九代があひだは、先世のかいりきもすこしよはく、今生のまつり事もはかなかりしかば、国にやうやく三災七難をこりはじめたり。なをかんど(漢土)より三皇五帝の世ををさむべきふみ(文書)わたりしかば、其れをもて神をあがめて国の災難をしづむ。/ 人王第三十代欽明天王の世となりて、国には先世のかいふく(戒福)うすく、悪心がうじやうの物をほく出で来て、善心をろかに悪心はかしこし。外典のをしへはあさし、つみ(罪)もをもきゆへに、外典すてられ、内典になりしなり。れいせば、もりや(守屋)は日本の天神七代・地神五代が間の百八十神をあがめたてまつりて、仏教をひろめずして、もとの外典となさんといのりき。聖徳太子は教主釈尊を御本尊として、法華経一切経をもんしょ(文書)として、両方のせうぶ(勝負)ありしに、ついには神はまけ仏はかたせ給ひて、神国はじめて仏国となりぬ。
天竺・漢土の例のごとし。「今此三界 皆是我有」の経文あらはれさせ給ふべき序なり。/ 欽明より桓武にいたるまで二十余代二百六十余年が間、仏を大王とし、神を臣として世ををさめ給ひしに、仏教はすぐれ神はをとりたりしかども、未だよ(代)をさまる事なし。いかなる事にやとうたがはりし程に、桓武の御宇に伝教大師と申す聖人出来して、勘へて云く、神はまけ仏はかたせ給ひぬ。仏は大王、神は臣かなれば、上下あひついで、れいぎ(礼儀)ただしければ、国中をさまるべしとをもふに、国のしづかならざる事ふしん(不審)なるゆへに、一切経をかんがへて候へば、道理にて候ひけるぞ。仏教にをほきなるとがありけり。一切経の中に法華経と申す大王をはします。ついで華厳経・大品経・深密経・阿含経等はあるいは臣の位、あるいはさふらい(侍)のくらい、あるいはたみ(民)の位なりけるを、或は般若経は法華経にはすぐれたり〈三論宗〉、或は深密経は法華経にすぐれたり〈法相宗〉、或は華厳経は法華経にすぐれたり〈華厳宗〉、或は律宗は諸宗の母なりなんど申して、一人として法華経の行者なし。世間に法華経を読誦するは還りてをこづきうしなうなり。之れに依りて天もいかり、守護の善神も力よはし云云。所謂「法華経を讃むと雖も還りて法華の心を死す」等云云。
南都七大寺・十五大寺、日本国中の諸寺諸山の諸僧等、此のことばをききてをほきにいかり、天竺の大天・漢土の道士・我が国に出来せり。所謂 最澄と申す小法師是れなり。せんずる所は行きあはむずる処にて、かしら(頭)をわれ、かた(肩)をきれ、をとせ・うて・のれと申せしかども、桓武天皇と申す賢王たづねあきらめて、六宗はひが事なりけりとて初めてひへい(比叡)山をこんりうして、天台法華宗とさだめをかせ、円頓の戒を建立し給ふのみならず、七大寺十五大寺の六宗の上に法華宗をそへをかる。せんずる所、六宗を法華経の方便となされしなり。れいせば神の仏にまけて門まぼりとなりしがごとし。日本国も又々かくのごとし。法華最第一の経文初めて此の国に顕はれ給ひ「能窃為一人 説法華経」の如来の使ひ初めて此の国に入り給ひぬ。桓武・平城・嵯峨の三代二十余年が間は日本一州皆法華経の行者なり。/ しかれば栴檀には伊蘭、釈尊には提婆のごとく、伝教大師と同時に弘法大師と申す聖人出現せり。漢土にわたりて大日経真言宗をならひ、日本国にわたりてありしかども、伝教大師の御存生の御時は、いたう法華経に大日経すぐれたりといふ事はいはざりけるが、
伝教大師去ぬる弘仁十三年六月四日にかくれさせ給ひてのち、ひまをえたりとやをもひけん、弘法大師去ぬる弘仁十四年正月十九日に、真言第一・華厳第二・法華第三、法華経は戯論の法、無明の辺域、天台宗等は盗人なりなんど申す書どもをつくりて、嵯峨の皇帝を申しかすめたてまつりて、七宗に真言宗を申しくはえて、七宗を方便とし、真言宗は真実なりと申し立て畢んぬ。/ 其の後日本一州の人ごとに真言宗になりし上、其の後、又伝教大師の御弟子慈覚と申す人、漢土にわたりて天台・真言の二宗の奥義をきはめて帰朝す。此の人金剛頂経・蘇悉地経の二部の疏をつくりて、前唐院と申す寺を叡山に申し立て畢んぬ。此れには大日経第一、法華経第二、其の中に弘法のごとくなる過言かぞうべからず。せむぜむ(先々)にせうせう申し畢んぬ。智証大師又此の大師のあとをついで、をんじやう(園城)寺に弘通せり。たうじ寺とて国のわざはいとみゆる寺是れなり。叡山の三千人は慈覚・智証をはせずば、真言すぐれたりと申すをばもちゐぬ人もありなん。円仁大師に一切の諸人くち(口)をふさがれ、心をたぼらかされて、ことば(言)をいだす人なし。王臣の御きえも又伝教・弘法にも超過してみえ候へば、えい山七寺、日本一州一同に法華経は大日経にをとりと云云。
法華経の弘通の寺々ごとに真言ひろまりて、法華経のかしらとなれり。かくのごとくしてすでに四百余年になり候ひぬ。/ やうやく此の邪見ぞうじやう(増上)して八十一乃至五の五王すでにうせぬ。仏法うせしかば王法すでにつき畢んぬ。あまつさへ禅宗と申す大邪法、念仏宗と申す小邪法、真言と申す大悪法、此の悪宗はな(鼻)をならべて一国にさかんなり。天照太神はたましい(魂)をうしなって、うぢご(氏子)をまぼらず、八幡大菩薩は威力よはくして国を守護せず。けっく(結句)は他国の物とならむとす。/ 日蓮此のよしを見るゆへに、「仏法中怨 倶堕地獄」等のせめをおそれて、粗国主にしめせども、かれらが邪義にたぼらかされて信じ給ふ事なし。還りて大怨敵となり給ひぬ。法華経をうしなふ人国中に充満せりと申せども、人しる事なければ、ただぐち(愚痴)のとがばかりにてある事。今は又法華経の行者出来せり。日本国の人々痴の上にいかりををこす。邪法をあいし正法をにくむ。三毒がうじやう(強盛)なる。一国いかでか安穏なるべき。壊劫の時は大の三災をこる、いはゆる火災・水災・風災なり。又減劫の時は小の三災をこる、いはゆる飢渇・疫病・合戦なり。
飢渇は大貪よりをこり、やくびやう(疫病)はぐち(愚痴)よりをこり、合戦は瞋恚よりをこる。今日本国の人々四十九億九万四千八百二十八人の男女、人々ことなれども同じく一つの三毒なり。所謂 南無妙法蓮華経を境としてをこれる三毒なれば、人ごとに釈迦・多宝・十方の諸仏を一時にのり・せめ・流し・うしなうなり。是れ即ち小の三災の序なり。/ しかるに日蓮が一るい(類)、いかなる過去の宿しう(習)にや、法華経の題目のだんな(檀那)となり給ふらん。是れをもてをぼしめせ。今梵天・帝釈・日月・四天・天照太神・八幡大菩薩、日本国の三千一百三十二社の大小のじんぎ(神祇)は過去の輪陀王のごとし。白馬は日蓮なり。白鳥は我らが一門なり。白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり。此の声をきかせ給ふ梵天・帝釈・日月・四天等いかでか色をまし、ひかり(光)をさかんになし給はざるべき。いかでか我等を守護し給はざるべきと、つよづよとをぼしめすべし。/ 抑 貴辺の去ぬる三月の御仏事に鵞目其の数有りしかば、今年一百余人の人を山中にやしなひて、十二時の法華経をよましめ談義して候ぞ。此れらは末代悪世には一えんぶだい(閻浮提)第一の仏事にてこそ候へ。いくそばくか過去の聖霊もうれしくをぼすらん。
釈尊は孝養の人を世尊となづけ給へり。貴辺あに世尊にあらずや。故大進阿闍梨の事なげかしく候へども、此れ又法華経の流布の出来すべきいんえん(因縁)にてや候らん、とをぼしめすべし。事々命ながらへば其の時申すべし。/ 弘安二年〈己卯〉八月十七日  日蓮花押/ 曾谷の道宗御返事
◆ 四条金吾殿御返事 〔C3・弘安元年九月一五日・四条金吾〕/ 銭一貫文給はりて、頼基がまいらせ候とて、法華経の御宝前に申し上げて候。定めて遠くは教主釈尊並びに多宝十方の諸仏、近くは日月の宮殿にわたらせ給ふも、御照覧候ひぬらん。/ さては人のよにすぐれんとするをば、賢人聖人とをぼしき人々も皆そねみねたむ事に候。いわうや常の人をや。漢皇の王昭君をば三千のきさき(后)是れをそねみ、帝釈の九十九億那由他のきさきは尸迦をねたむ。前の中書王をばをの(小野)の宮の大臣是れをねたむ。北野の天神をば時平のをとど(大臣)是れをざんそう(讒奏)して流し奉る。/ 此等をもてをぼしめせ。入道殿の御内は広かりし内なれどもせばくならせ給ひ、きうだち(公達)は多くわたらせ給ふ。内のとしごろ(年来)の人々あまたわたらせ給へば、池の水のすくなくなれば魚さわがしく、秋風立てば鳥こずえ(梢)をあらそう様に候事に候へば、いくそばくぞ御内の人々そねみ候らんに、度々の仰せをかへし、よりよりの御心にたがはせ給へば、いくそばくのざんげん(讒言)こそ候らんに、度々の御所領をかへして、今又所領給はらせ給ふと云云。
此れ程の不思議は候はず。此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり。/ 我が主に法華経を信じさせまいらせんとをぼしめす御心のふかき故か。阿闍世王は仏の御怨なりしが、耆婆大臣の御すすめによて、法華経を御信じありて代を持ち給ふ。妙荘厳王は二子の御すすめによて邪見をひるがへし給ふ。此れ又しかるべし。貴辺の御すすめによて今は御心もやわらがせ給ひてや候らん。此れ偏に貴辺の法華経の御信心のふかき故なり。根ふかければ枝さかへ、源遠ければ流れ長しと申して、一切の経は根あさく流れちかく、法華経は根ふかく源とをし、末代悪世までもつきずさかうべしと、天台大師あそばし給へり。/ 此の法門につきし人あまた候ひしかども、をほやけわたくしの大難度々重なり候ひしかば、一年二年こそつき候ひしが、後々には皆或はをち、或はかへり矢をいる。或は身はをちねども心をち、或は心はをちねども身はをちぬ。釈迦仏は浄飯王の嫡子、一閻浮提を知行する事、八万四千二百一十の大王なり。一閻浮提の諸王頭をかたぶけん上、御内に召しつかいし人十万億人なりしかども、十九の御年浄飯王宮を出でさせ給ひて檀特山に入りて十二年。
其の間御ともの人五人なり。所謂 拘隣(くりん)と(あび)と跋提(ばつだい)と十力迦葉と拘利(くり)太子となり。此の五人も六年と申せしに二人は去りぬ。残りの三人も後の六年にすて奉りて去りぬ。但一人残り給ひてこそ仏にはならせ給ひしか。法華経は又此れにもすぎて人信じがたかるべし。難信難解此れなり。又仏の在世よりも末法は大難かさなるべし。此れをこらへん行者は、我が功徳にはすぐれたる事、一劫とこそ説かれて候へ。/ 仏滅度後二千二百三十余年になり候に、月氏一千余年が間、仏法を弘通せる人、伝記にのせてかくれなし。漢土一千年、日本七百年、又目録にのせて候ひしかども、仏のごとく大難に値へる人々少し。我も聖人、我も賢人とは申せども、況滅度後の記文に値へる人一人も候はず。竜樹菩薩・天台・伝教こそ仏法の大難に値へる人々にては候へども、此等も仏説には及ぶ事なし。此れ即ち代のあがり、法華経の時に生まれ値はせ給はざる故なり。今は時すでに後五百歳・末法の始めなり。日には五月十五日、月には八月十五夜に似たり。天台・伝教は先に生まれ給へり。今より後は又のちぐへ(後悔)なり。大陣すでに破れぬ。余党は物のかずならず。
今こそ仏の記しをき給ひし後五百歳、末法の初め、況滅度後の時に当りて候へば、仏語むなしからずば、一閻浮提の内に定めて聖人出現して候らん。聖人の出づるしるしには、一閻浮提第一の合戦をこるべしと説かれて候に、すでに合戦も起こりて候に、すでに聖人や一閻浮提の内に出でさせ給ひて候らん。きりん(麒麟)出でしかば孔子を聖人としる。鯉社(りしゃ)なって聖人出で給ふ事疑ひなし。仏には栴檀の木をひて聖人としる。老子は二五の文を踏みて聖人としる。/ 末代の法華経の聖人をば何を用てかしるべき。経に云く「能説此経 能持此経」の人、則ち如来の使ひなり。八巻・一巻・一品・一偈の人、乃至題目を唱ふる人、如来の使ひなり。始中終すてずして大難をとをす人、如来の使ひなり。日蓮が心は全く如来の使ひにはあらず、凡夫なる故なり。但し三類の大怨敵にあだまれて、二度の流難に値へば、如来の御使ひに似たり。心は三毒ふかく一身凡夫にて候へども、口に南無妙法蓮華経と申せば如来の使ひに似たり。過去を尋ぬれば不軽菩薩に似たり。現在をとぶらふに加刀杖瓦石にたがふ事なし。未来は当詣道場疑ひなからんか。
これをやしなはせ給ふ人々は、豈に浄土に同居するの人にあらずや。事多しと申せどもとどめ候。心をもて計らせ給ふべし。/ ちご(稚児)のそらう(所労)よくなりたり、悦び候ぞ。又大進阿闍梨の死去の事、末代のぎば(耆婆)いかでか此れにすぐべきと、皆人舌をふり候なり。さにて候ひけるやらん。三位房が事、さう四郎が事、此の事は宛も符契符契と申しあひて候。日蓮が死生をばまかせまいらせて候。全く他のくすしをば用ゐまじく候なり。/ 九月十五日  日蓮花押/ 四条金吾殿
◆ 寂日房御書 〔C6・弘安二年九月一六日・寂日房(日家)〕/ 是れまで御をとづれ(音信)、かたじけなく候。夫れ人身をうくる事はまれなり。已にまれなる人身をうけたり。又あひがたきは仏法、是れ又あへり。同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる。結句題目の行者となれり。まことにまことに過去十万億の諸仏供養の者なり。/ 日蓮は日本第一の法華経の行者なり。すでに勧持品の二十行の偈の文は日本国の中には日蓮一人よめり。八十万億那由他の菩薩は口には宣べたれども修行したる人一人もなし。不思議の日蓮をうみ出だせし父母は、日本国の一切衆生の中には大果報の人なり。父母となり其の子となるも必ず宿習なり。若し日蓮が法華経・釈迦如来の御使ひならば父母あに其の故なからんや。例せば妙荘厳王・浄徳夫人・浄蔵・浄眼の如し。釈迦・多宝の二仏、日蓮が父母と変じ給ふか。然らずんば八十万億の菩薩の生まれかわり給ふか。又上行菩薩等の四菩薩の中の垂迹か。不思議に覚え候。/ 一切の物にわたりて名の大切なるなり。さてこそ天台大師五重玄義の初めに名玄義と釈し給へり。
日蓮となのる事自解仏乗とも云ひつべし。かやうに申せば利口げに聞えたれども、道理のさすところさもやあらん。経に云く「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」と、此の文の心よくよく案じさせ給へ。「斯人行世間」の五の文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云ふ事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使ひとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是れなり。此の山にしてもをこたらず候なり。今の経文の次下に説いて云く「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」云云。/ かかる者の弟子檀那とならん人々は宿縁ふかしと思ひて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり。法華経の行者といはれぬる事、不祥なり。まぬかれがたき身なり。彼のはんくわい(樊)・ちやうりやう(張良)・まさかど(将門)・すみとも(純友)といはれたる者は、名ををしむ故に、はぢを思ふ故に、ついに臆したることはなし。同じはぢなれども今生のはぢはもののかずならず。ただ後生のはぢこそ大切なれ。
獄卒だつえば(奪衣婆)・懸衣翁が三途河のはた(端)にて、いしやう(衣装)をはがん時を思し食して、法華経の道場へまいり給ふべし。法華経は後生のはぢをかくす衣なり。経に云く「裸者の衣を得たるが如し」云云。/ 此の御本尊こそ冥途のいしやうなれ。よくよく信じ給ふべし。をとこ(男)のはだへ(膚)をかくさざる女あるべしや。子のさむさをあわれまざるをや(親)あるべしや。釈迦仏・法華経はめ(妻)とをや(親)との如くましまし候ぞ。日蓮をたすけ給ふ事、今生の恥をかくし給ふ人なり。後生は又日蓮御身のはぢをかくし申すべし。昨日は人の上、今日は我が身の上なり。花さけばこのみなり、よめ(嫁)のしうとめ(姑)になる事候ぞ。信心をこたらずして南無妙法蓮華経と唱へ給ふべし。度々の御音信申しつくしがたく候ぞ。此の事寂日房くわしくかたり給へ。/ 九月十六日  日蓮花押
◆ 伯耆殿御書 〔C4・弘安二年九月二〇日・日興〕/ 「形像舎利並余経典 唯置法華経一部」と申す釈と、「直専持此経則上供養」の釈をかまうべし。余経とは小乗経と申さば「況彼華厳○以法化之。故云乃至不受余経一偈」の釈を引け。/ はわきどのへ/ (弘安二年)九月二十日  日蓮/ 返す返すいままであげざりける事、しんへうしんへう(神妙神妙)。この事のぶるならば、此の方にはとがなりと、みな人申すべし。又大進房が落馬あらわるべし。あらはれば、人々ことにおづべし。天の御計らひなり。各々もおづる事なかれ。つよりもてゆかば、定めて子細いできぬとおぼふるなり。今度の使ひにはあわぢ(淡路)房をすべし。
◆ 聖人御難事 〔C0・弘安二年一〇月一日・四条金吾〕/ 去ぬる建長五年〈太歳癸丑〉四月二十八日に、安房の国長狭郡の内東条の郷、今は郡なり。天照太神の御くりや(厨)、右大将家の立て始め給ひし日本第二のみくりや、今は日本第一なり。此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年〈太歳己卯〉なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり。/ 法華経に云く「而も此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」云云。釈迦如来の大難はかずをしらず。其の中に馬の麦をもって九十日、小指の出仏身血、大石の頂にかかりし、善星比丘等の八人が身は仏の御弟子、心は外道にともないて、昼夜十二時に仏の短(あやまち)をねらいし、無量の釈子の波瑠璃王に殺されし、無量の弟子等がゑい(酔)象にふまれし、阿闍世王の大難をなせし等、此等は如来現在の小難なり。況滅度後の大難は竜樹・天親・天台・伝教いまだ値ひ給はず。法華経の行者ならずといわば、いかでか行者にてをはせざるべき。
又行者といはんとすれば、仏のごとく身より血をあや(零)されず。何に況や仏に過ぎたる大難なし。経文むなしきがごとし。仏説すでに大虚妄となりぬ。/ 而るに日蓮、二十七年が間、弘長元年〈辛酉〉五月十二日には伊豆の国へ流罪。文永元年〈甲子〉十一月十一日頭にきず(疵)をかほり左の手を打ちをらる。同じき文永八年〈辛未〉九月十二日佐渡の国へ配流、又頭の座に望む。其の外に弟子を殺され、切られ、追ひ出だされ、くわれう(過料)等かずをしらず。仏の大難には及ぶか勝れたるか其れは知らず。竜樹・天親・天台・伝教は余に肩を並べがたし。日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人、多宝十方の諸仏は大虚妄の証明なり。仏滅後二千二百二十余年が間、一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人、但日蓮一人なり。/ 過去現在の末法の法華経の行者を軽賤する王臣万民、始めは事なきやうにて終にほろびざるは候はず。日蓮又かくのごとし。始めはしるし(験)なきやうなれども今二十七年が間、法華経守護の梵釈・日月・四天等さのみ守護せずば、仏前の御誓ひむなしくて、無間大城に堕つべしとをそろしく想ふ間、今は各々はげむらむ。大田親昌・長崎次郎兵衛尉時縄・大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるるか。
罰は総罰・別罰・顕罰・冥罰、四つ候。日本国の大疫病と、大けかち(飢渇)と、どしうち(同士討)と、他国よりせめらるるは総ばちなり。やくびやう(疫病)は冥罰なり。大田等は現罰なり、別ばちなり。/ 各々師子王の心を取り出だして、いかに人をどすともをづる事なかれ。師子王は百獣にをぢず、師子の子又かくのごとし。彼等は野干のほうるなり、日蓮が一門は師子の吼ゆるなり。故最明寺殿の日蓮をゆるししと、此の殿の許ししは、禍なかりけるを人のざんげん(讒言)と知りて許ししなり。今はいかに人申すとも、聞きほどかずしては、人のざんげんは用ゐ給ふべからず。設い大鬼神のつける人なりとも、日蓮をば梵釈・日月・四天等、天照太神・八幡の守護し給ふゆへに、ばつしがたかるべしと存じ給ふべし。月々日々につより給へ。すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし。/ 我等凡夫のつたなさは、経論に有る事と遠き事はをそるる心なし。一定として平等も城等もいかりて、此の一門をさんざんとなす事も出来せば、眼をひさいで観念せよ。当時の人々のつくし(築紫)へか、さされんずらむ。又ゆく人、又かしこに向かへる人々を、我が身にひきあてよ。
当時までは此の一門に此のなげきなし。彼等はげんはかくのごとし。殺されば又地獄へゆくべし。我等現には此の大難に値ふとも後生は仏になりなん。設へば灸治のごとし。当時はいたけれども後の薬なればいたくていたからず。/ 彼のあつわら(熱原)の愚痴の者ども、いゐはげましてをと(落)す事なかれ。彼等にはただ一えん(円)にをもい切れ。よからんは不思議、わるからんは一定とをもへ。ひだるしとをもわば餓鬼道ををしへよ。さむしといわば八かん地獄ををしへよ。をそろししといわばたか(鷹)にあへるきじ(雉)、ねこ(猫)にあへるねずみ(鼠)を他人とをもう事なかれ。/ 此れはこまごまとかき候事は、かくとしどし(年々)月々日々に申して候へども、なごへ(名越)の尼・せう(少輔)房・のと(能登)房・三位房なんどのやうに候、をくびやう(臆病)・物をぼへず・よくふかく・うたがい多き者どもは、ぬれるうるし(漆)に水をかけ、そら(空)をきりたるやうに候ぞ。三位房が事は大不思議の事ども候ひしかども、とのばら(殿原)のをもいには智恵ある者をそねませ給ふかと、ぐちの人をもいなんとをもいて物も申さで候ひしが、はらぐろとなりて大づちをあたりて候ぞ。
なかなかさんざんとだにも申せしかば、たすかるへんもや候ひなん。あまりにふしぎさに申さざりしなり。又かく申せば、をこ(鳥滸)人どもは死をう(殃)の事を仰せ候と申すべし。鏡のために申す。又此の事は彼等の人々も内々はをぢをそれ候らむとをぼへ候ぞ。人のさわげばとてひやうじ(兵士)なんど此の一門にせられば、此れへかきつけてたび候へ。恐々謹言。/ 十月一日  日蓮(花押)/ 人々御中/ さぶらうざへもん殿のもとに、とどめらるべし。
◆ 伯耆殿御返事 〔C4・弘安二年一〇月一二日・日興・日秀・日弁〕/ 大体此の趣を以て書き上ぐべきか。但し熱原の百姓等安堵せしめば、日秀等別に問注有るべからざるか。大進房・弥藤次入道等の狼藉の事に至りては、源(もと)行智の勧めに依りて、殺害刃傷する所なり。若し又起請文に及ぶべき事、之れを申さば全く書くべからず。其の故は、人に殺害刃傷せられたる上、重ねて起請文を書き失を守るは、古今未曾有の沙汰なり。其の上、行智の所行書かしむる如くならば、身を容るる処なく、行ふべきの罪方無きか。穴賢穴賢。/ 此の旨を存じ、問注の時強々と之れを申せ。定めて上聞に及ぶべきか。又行智証人を立て申さば、彼等の人々、行智と同意して百姓等が田畠数十刈り取る由、之れを申せ。若し又証文を出ださば、謀書の由之れを申せ。悉く証人・起請文を用ゐるべからず。但現証の殺害刃傷のみ。若し其の義に背く者は、日蓮の門家に非ず、日蓮の門家に非ず。恐々謹言。/ 十月十二日  日蓮花押/ 伯耆殿 日秀、日弁等下
◆ 滝泉寺大衆日秀日弁等陳状案 〔C0・弘安二年一〇月・得宗家公文所(平頼綱)〕/ 〈大体此の状の様有るべきか。但し熱原の沙汰の趣に 其の子細出来せるか〉/ 駿河の国富士下方滝泉寺の大衆、越後房日弁・下野房日秀等謹んで弁言す。/ 当寺院主代平左近入道行智、条々の自科を塞ぎ遮らんが為に、不実の濫訴を致す謂れ無き事。/ 訴状に云く、日秀・日弁日蓮房の弟子と号し、法華経より外の余経、或は真言の行人は、皆以て今世後世叶ふべからざるの由之れを申す云云〈取意〉。/ 此の条は日弁等の本師、日蓮聖人去ぬる正嘉以来の大仏星・大地動等を観見し、一切経を勘へて云く、当時日本国の為体(ていたらく)、権小に執著し実経を失没せるの故に、当に前代未有の二難起こるべし。所謂 自界叛逆難・他国侵逼難なり。仍って治国の故を思ひ、兼日彼の大災難を対治せらるべきの由、去ぬる文応年中一巻の書を上表す〈立正安国論と号す〉。勘へ申す所皆以て符合す。既に金口の未来記に同じ。宛も声と響きとの如し。外書に云く「未萌を知るは聖人なり」。内典に云く「智人は起を知り、蛇は自ら蛇を知る」云云。
之れを以て之れを思ふに、本師は豈に聖人に非ずや。巧匠内に在り、国宝外に求むべからず。外書に云く「隣国に聖人有るは敵国の憂ひなり」云云。内経に云く「国に聖人有れば、天必ず守護す」云云。外書に云く「世必ず聖智の君有り、而して復賢明の臣有り」云云。此の本文を見るに、聖人国に在るは、日本国の大喜にして蒙古国の大憂なり。諸竜を駆り催して、敵舟を海に沈め、梵釈に仰せ付けて蒙王を召し取るべし。君既に賢人に在さば、豈に聖人を用ゐずして、徒らに他国の逼を憂へん。/ 抑 大覚世尊、遥かに末法闘諍堅固の時を鑑み、此の如きの大難を対治すべきの秘術を、説き置かせらるるの経文明々たり。然りと雖も如来の滅後二千二百二十余年の間、身毒・尸那・扶桑等一閻浮提の内に未だ流布せず。随って四依の大士、内に鑑みて説かず、天台伝教而も演べず、時未だ至らざるの故なり。法華経に云く「後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布す」云云。天台大師云く「後五百歳」。妙楽云く「五五百歳」。伝教大師云く「代を語れば則ち像の終り末の初め、地を尋ぬれば唐の東、羯の西、人を原(たず)ぬれば則ち五濁の生闘諍の時なり」云云。東勝西負の明文なり。/ 法主聖人時を知り、国を知り、法を知り、機を知り、君の為、民の為、神の為、仏の為、災難を対治せらるべきの由勘へ申すと雖も、御信用無きの上、
剰へ謗法の人等の讒言に依りて、聖人頭に疵を負ひ左手を打ち折らるる上、両度まで遠流の責めを蒙り、門弟等所々に射殺され、切り殺され、殺害・刃傷・禁獄・流罪・打擲・擯出・罵詈等の大難、勝計すべからず。茲に因りて大日本国皆法華経の大怨敵と成り、万民悉く一闡提の人と為るの故に、天神国を捨て地神所を辞し、天下静かならざるの由、粗伝承するの間、其の仁に非ずと雖も、愚案を顧みず言上せしむる所なり。外経に云く「奸人朝に在れば賢者進まず」云云。内経に云く「法を壊る者を見て責めざる者は仏法の中の怨なり」云云。/ 又風聞の如くんば、高僧等を屈請して蒙古国を調伏す云云。其の状を見聞するに、去ぬる元暦承久の両帝、叡山の座主・東寺・御室・七大寺・園城寺等検校、長吏等の諸の真言師を請ひ向け、内裏の紫宸殿にして故源右将軍並びに故平右虎牙を呪咀し奉る日記なり。此の法を修するの仁は弱くして之れを行へば必ず身を滅し、強くして之れを持てば定めて主を失ふなり。然れば則ち安徳天皇は西海に沈没し、叡山の明雲は流れ矢に当り死し、後鳥羽法皇は夷島に放ち捨てられ、東寺・御室は自ら高山に死し、北嶺の座主は改易の恥辱に値ふ。現罰眼に遮れり、後賢之れを畏る。聖人山中の御悲しみは是れなり。
次に阿弥陀経を以て例時の勤めと為すべきの由の事。夫れ以みれば花と月と水と火と、時に依りて之れを用ゐる。必ずしも先例を追ふべからず。仏法又是の如し。時に随ひて用捨す。其の上汝等の執する所の四枚の阿弥陀経は「四十余年 未顕真実」の小経なり。一閻浮提第一の智者たる舎利弗尊者は多年の間、此の経を読誦するも終に成仏を遂げず。然る後彼の経を抛ち、法華経に来至して華光如来と為る。況や末代悪世の愚人、南無阿弥陀仏の題目計りを唱へて順次往生を遂ぐべしや。故に仏之れを誡めて言く、法華経に云く「正直に方便を捨てて但無上道を説く」云云。教主釈尊正しく阿弥陀経を抛ちたまふ云云。又涅槃経に云く「如来は虚妄の言無しと雖も、若し衆生の虚妄の説に因るを知れば」云云。正しく弥陀念仏を以て虚妄と称する文なり。法華経に云く「但楽ひて大乗経典を受持して、乃至余経の一偈をも受けざれ」云云。妙楽大師云く「況や彼の華厳は但福を以て比す。此の経の法を以て之れを化するに同じからず。故に乃至不受余経一偈と云ふ」云云。/ 彼の華厳経は寂滅道場の説、法界唯心の法門なり。上本は十三世界微塵品、中本は四十九万八千偈、下本は十万偈四十八品。今現に一切経蔵を観るに唯八十・六十・四十等の経なり。
其の外の方等・般若・大日経・金剛頂経等の諸の顕密大乗経等を、尚法華経に対当し奉りて、仏自ら或は「未顕真実」と云ひ、或は「留難多きが故に」或は「門を閉じよ」或は「抛ちて」等云云。何に況や阿弥陀経をや。唯大山と蟻岳との高下、師子王と狐兎との角力なり。今日秀等、彼等小経を抛ちて専ら法華経を読誦し、法界に勧進して南無妙法蓮華経と唱へ奉る。豈に殊忠に非ずや。此等の子細御不審を相貽(のこ)さば、高僧等を召し合はされ、是非を決せらるべきか。仏法の優劣を糺明せらるる事は、月氏・漢土・日本の先例なり。今明時に当りて何ぞ三国の旧規に背かん。/ 訴状に云く、今月二十一日数多の人勢を催し、弓箭を帯し、院主分の御坊内に打ち入り、下野房は乗馬相具し、熱原の百姓紀次郎男点札を立て、作毛を刈り取り、日秀の住房に取り入れ畢んぬ云云〈取意〉。/ 此の条跡形も無き虚誕(きょたん)なり。日秀等は行智に損亡せられて、不安堵の上は、誰の人か日秀等の点札を叙用せしむべき。将又弱(おうじゃく)なる土民の族、日秀等に雇ひ越されんや。如(も)し然らば、弓箭を帯し悪行を企つるに於ては、行智と云ひ近隣の人々と云ひ争でか弓箭を奪ひ取り、其の身を召し取りて子細を申さざらんや。矯飾の至り宜しく賢察に足るべし。
日秀・日弁等当寺代々の住侶と為り、行法の薫(いさお)を積むの条、天長地久の御祈祷を致すの処、行智は当寺霊地の院主代に補し乍ら、寺家三河房頼円・並びに少輔房日禅・日秀・日弁等に仰せて、行智、法華経に於ては不信用の法なり。速やかに法華経の読誦を停止し、一向に阿弥陀経を読み念仏を申すべきの由、起請文を書けば安堵すべきの旨、下知せしむるの間、頼円は下知に随ひて起請を書きて、安堵せしむと雖も、日禅等は起請を書かざるに依りて、所職の住坊を奪ひ取るの時、日禅は即ち離散せしめ畢んぬ。日秀・日弁は無頼の身たるに依りて、所縁を相憑み猶寺中に寄宿せしむるの間、此の四箇年の程、日秀等の所職の住坊を奪ひ取り、厳重に御祈祷を打ち止むるの余り、悪行猶以て飽き足らずして、法華経の行者の跡を削らんが為に、謀案を構へて種々の不実を申し付くるの条、豈に在世の調達に非ずや。/ 凡そ行智の所行は、法華三昧の供僧和泉房蓮海を以て、法華経を柿紙に作り、紺形を彫る。堂舎の修治の為に、日弁に御書下(かきくだし)を給ひ構へ置く所の上葺の榑一万二千寸の内八千寸を、之れを私用せしむ。下方の政所代に勧め、去ぬる四月御神事の最中に、法華経信心の行人四郎男を刃傷せしめ、去ぬる八月弥四郎坊男の頸を切らしむ。〈日秀等の刎頭に擬する事を此の中に書き入れよ〉
無智無才の盗人兵部房静印を以て過料を取りて、器量の仁と称して、当寺の供僧に補せしめ。或は寺内の百姓等を催し、鶉を取り狸を狩り狼落の鹿を殺し、別当の坊に於て之れを食ひ、或は毒物を仏前の池に入れ、若干の魚類を殺し、村里に出でて之れを売る。見聞の人耳目を驚かさざるは莫し。仏法破滅の基、悲しみても余り有り。此の如き不善の悪行日々相積むの間、日秀等愁歎の余り、依りて上聞を驚かさんと欲す。行智条々の自科を塞がんが為に、種々の秘計を廻らし、近隣の輩を相語らひ、遮りて跡形も無き不実を申し付け、日秀等を損亡せしめんと擬するの条言語道断の次第なり。冥に付け顕に付け戒めの御沙汰無からんや。/ 所詮 仏法の権実と云ひ、沙汰の真偽と云ひ淵底を究めて御尋ね有り、且つは誠諦の金言に任せ、且つは式条の明文に准じて、禁遏(きんあつ)を加へられば、守護の善神は変を銷(け)し擁護の諸天は咲みを含まん。然れば則ち不善悪行の院主代行智を改易せられ、将又、本主此の重科を脱れ難からん。何ぞ実相寺に例如せん。誤らざるの道理に任せて、日秀・日弁等は安堵の御成敗を蒙り、堂舎を修理せしめ、天長地久御祈祷の忠勤を抽んでんと欲す。仍って状を勒し披陳す。言上件の如し。
弘安二年十月 日  沙門日秀日弁等上/ 法華三昧供僧和泉房蓮海、法華経を柿紙に作り紺形に彫るは重科の上謗法なり。仙予国王は閻浮第一の持戒の仁、慈悲喜捨を具足する菩薩の位なり。而も又師範なり。然りと雖も法華経を誹謗する婆羅門五百人を刎頭す。其の功徳に依りて妙覚位に登る。歓喜仏の末、諸の小乗権大乗の者、法華経の行者覚徳比丘を殺害せんとす。有徳国王、諸の小権法師等を或は射殺し、或は切り殺し、或は打ち殺し、迦葉仏等と為る。戒日大王・宣宗皇帝・聖徳太子等、此の先証を追ひて、仏法の怨敵を討罰す。此等の大王は皆持戒の仁、善政未来に流る。今行智の重科は不可□□。然りと雖も日本一同誹謗を為すの上は、其の子細御尋ねに随ひて之れを申すべし。
◆ 聖人等御返事 〔C4・弘安二年一〇月一七日・聖人等(日興・日秀・日弁)〕/ 今月十五日〈酉時〉御文、同十七日〈酉時〉到来す。彼等御勘気を蒙るの時、南無妙法蓮華経と唱へ奉ると云云。偏に只事に非ず。定めて平金吾の身に十羅刹入り易りて法華経の行者を試みたまふか。例せば雪山童子・尸毘王等の如し。将又悪鬼其の身に入る者か。釈迦・多宝・十方の諸仏・梵帝等、五五百歳の法華経の行者を守護すべきの御誓ひは是れなり。大論に云く「能く毒を変じて薬と為す」。天台云く「毒を変じて薬と為す」云云。妙の字虚しからずんば、定めて須臾に賞罰有らんか。伯耆房等深く此の旨を存じて問注を遂ぐべし。平金吾に申すべき様は、去ぬる文永の御勘気の時の聖人の仰せ忘れ給ふか。其の殃(わざわい)未だ畢らざるに重ねて十羅刹の罰を招き取るか、最後に申し付けよ。恐々。/ (弘安二年)十月十七日戌時  日蓮花押/ 聖人等御返事
◆ 四条金吾殿御返事 〔C6・弘安二年一〇月二三日・四条金吾〕/ 先度強敵ととりあひについて御文給はりき。委しく見まいらせ候。さてもさても敵人にねらはれさせ給ひしが、前々の用心といひ、又けなげといひ、又法華経の信心つよき故に、難なく存命せさせ給ひ、目出たし目出たし。/ 夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず。果報つきぬれば所従もしたがはず。所詮 運ものこり、果報もひかゆる故なり。ことに法華経の行者をば諸天善神守護すべきよし、属累品にして誓状をたて給ふ。一切の守護神・諸天の中にも我等が眼に見えて守護し給ふは日月天なり。争でか信をとらざるべき。ことにことに日天の前に摩利支天まします。日天、法華経の行者を守護し給はんに、所従の摩利支天尊すて給ふべしや。序品の時「名月天子・普光天子・宝光天子・四大天王与其眷属万天子倶」と列座し給ふ。まりし天は万天子の内なるべし。もし内になくば地獄にこそおはしまさんずれ。今度の大事は此の天のまぼりに非ずや。彼の天は剣形を貴辺にあたへ、此れへ下りぬ。此の日蓮は首題の五字を汝にさづく。法華経受持のものを守護せん事疑ひあるべからず。まりし天も法華経を持ちて一切衆生をたすけ給ふ。
「臨兵闘者 皆陳列在前」の文も法華経より出でたり。「若説俗間経書 治世語言 資生業等 皆順正法」とは是れなり。/ これにつけてもいよいよ強盛に大信力をいだし給へ。我が運命つきて、諸天守護なしとうらむる事あるべからず。将門はつはものの名をとり、兵法の大事をきはめたり。されども王命にはまけぬ。はんくわひ(樊)ちやうりやう(張良)もよしなし。ただ心こそ大切なれ。いかに日蓮いのり申すとも、不信ならば、ぬれ(濡)たるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし。はがみ(歯噛)をなして強盛に信力をいだし給ふべし。すぎし存命不思議とおもはせ給へ。なにの兵法よりも法華経の兵法をもちゐ給ふべし。「諸余怨敵 皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず。兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり。ふかく信心をとり給へ。あへて臆病にては叶ふべからず候。恐々謹言。/ 十月二十三日  日蓮花押/ 四条金吾殿御返事
◆ 三世諸仏総勘文教相廃立 〔C6・弘安二年一〇月〕/ 日蓮之れを撰す/ 夫れ一代聖教とは総て五十年の説教なり。是れを一切経とは言ふなり。此れを分かちて二と為す。一には化他、二には自行なり。/ 一に化他の経とは、法華経より前の四十二年の間説き給へる諸の経教なり。此れを権教と云ひ、亦は方便と名づく。此れは四教の中には三蔵教と通教と別教との三教なり。五時の中には華厳と阿含と方等と般若となり。法華より前の四時の経教なり。又十界の中には、前の九法界なり。/ 又夢と寤(うつつ)との中には夢中の善悪なり。又夢をば権と云ひ、寤をば実と云ふなり。是の故に夢は仮に有りて体性無し。故に名づけて権と云ふなり。寤は常住にして、不変の心の体なるが故に、此れを名づけて実と為す。故に四十二年の諸の経教は、生死の夢の中の善悪の事を説く、故に権教と言ふ。夢中の衆生を誘引し、驚覚して法華経の寤と成さんと思し食しての支度方便の経教なり。故に権教と言ふ。/ 斯れに由りて文字の読みを糾して、心得べきなり。故に権(ごん)をば権(かり)と読む。権なる事の手本には夢を以て本と為す。又実(じつ)をば実(まこと)と読む。実事の手本は寤なり。
故に生死の夢は権にして、性体無ければ権なる事の手本なり。故に妄想と云ふ。本覚の寤は実にして、生滅を離れたる心なれば真実の手本なり。故に実相と云ふ。是れを以て権実の二字を糾して、一代聖教の化他の権と、自行の実との差別を知るべきなり。故に四教の中には前の三教と、五時の中には前の四時と、十法界の中には前の九法界は、同じく皆夢中の善悪の事を説くなり。故に権教と云ふ。/ 此の教相をば無量義経に「四十余年 未顕真実」と説きたまふ已上。未顕真実の諸経は、夢中の権教なり。故に釈籤に云く「性殊なること無しと雖も、必ず幻に藉りて幻の機と幻の感と幻の応と幻の赴とを発す。能応と所化と並びに権実に非ず」已上。此れ皆夢幻の中の方便の教なり。「性雖無殊」等とは、夢見る心性と寤の時の心性とは、只一の心性にして、総て異なること無しと雖も、夢の中の虚事と寤の時の実事と、二事一の心法なるを以て、見ると思ふも我が心なりと云ふ釈なり。故に止観に云く「前の三教の四弘・能も所も泯す」已上。四弘とは、衆生の無辺なるを度せんと誓願し、煩悩の無辺なるを断ぜんと誓願し、法門の無尽なるを知らんと誓願し、無上菩提を証せんと誓願す。此れを四弘と云ふ。
能とは如来なり。所とは衆生なり。此の四弘は能の仏も所の衆生も、前三教は皆夢中の是非なりと釈し給へるなり。/ 然れば法華以前の四十二年の間の説教たる諸経は、未顕真実の権教なり方便なり。法華に取り寄るべき方便なるが故に真実には非ず。此れは仏自ら四十二年の間、説き集め給ひて後に、今法華経を説かんと欲して、先づ序分の開経の無量義経の時、仏自ら勘文し給へる教相なれば、人の語も入るべからず、不審をも生(な)すべからず。/ 故に玄義に云く「九界を権と為し、仏界を実と為す」已上。九法界の権は四十二年の説教なり。仏法界の実は八箇年の説、法華経是れなり。故に法華経をば仏乗と云ふ。九界の生死は夢の理なれば権教と云ひ、仏界の常住は寤の理なれば実教と云ふ。故に五十年の説教、一代の聖教、一切の諸経は、化他の四十二年の権教と、自行の八箇年の実教と合して五十年なれば、権と実との二の文字を以て、鏡に懸けて陰無し。/ 故に三蔵教を修行すること、三僧祇百大劫を歴て終りに仏に成らんと思へば、我が身より火を出だして灰身入滅とて灰と成りて失せるなり。
通教を修行すること七阿僧祇百大劫を満てて仏に成らんと思へば、前の如く同様に灰身入滅して跡形も無く失せぬるなり。/ 別教を修行すること二十二大阿僧祇百千万劫を尽くして終りに仏に成りぬと思へば、生死の夢の中の権教の成仏なれば、本覚の寤の法華経の時には、別教には実仏無し、夢中の果なり。故に別教の教道には実の仏無しと云ふなり。別教の証道には、初地に始めて一分の無明を断じて、一分の中道の理を顕はし、始めて之れを見れば別教は隔歴不融の教と知りて、円教に移り入りて円人と成り已りて、別教には留まらざるなり。上中下の三根の不同有るが故に、初地・二地・三地、乃至等覚までも円人と成る。故に別教の面に仏無きなり。故に有教無人と云ふなり。/ 故に守護国界章に云く「有為の報仏は夢中の権果〈前三教の修行の仏〉、無作の三身は覚前の実仏なり〈後の円教の観心の仏〉」。又云く「権教の三身は未だ無常を免れず〈前三教の修行の仏〉、実教の三身は倶体倶用なり〈後の円教の観心の仏〉」。此の釈を能く能く意得べきなり。権教は難行苦行す。適(たまたま)仏に成りぬと思へば、夢中の権の仏なれば、本覚の寤の時には実の仏無きなり。極果の仏無ければ有教無人なり。況や教法実ならんや。之れを取りて修行せんは、聖教に迷へるなり。
此の前三教には仏に成らざる証拠を説き置き給ひて、末代の衆生に恵解を開かしむるなり。/ 九界の衆生は、一念の無明の眠りの中に於て、生死の夢に溺れて、本覚の寤を忘れ、夢の是非に執して冥(くら)きより冥きに入る。是の故に如来は、我等が生死の夢の中に入りて、顛倒の衆生に同じて、夢中の語を以て夢中の衆生を誘い、夢中の善悪の差別の事を説いて漸々に誘引し給ふ。夢中の善悪の事、重畳して様々に無量無辺なれば、先づ善事に付きて上中下を立つ。三乗の法是れなり。三々九品なり。此の如く説き已りて、後に又上々品の根本善を立て、上中下三々九品の善と云ふ。皆悉く九界生死の夢の中の善悪の是非なり。今是れをば総じて邪見外道と為す〈捜要記の意〉。此の上に又上々品の善心は、本覚の寤の理なれば、此れを善の本と云ふと説き聞かせ給ひし時に、夢中の善悪の悟りの力を以ての故に、寤の本心の実相の理を始めて聞知せられし事なり。是の時に仏説いて言く、夢と寤との二は虚事と実事との二の事なれども、心法は只一なり。眠りの縁に値ひぬれば夢なり。眠り去りぬれば寤の心なり。心法は只一なりと開会せらるべき下地を造り置かれし方便なり〈此れは別教の中道の理なり〉。
是の故に未だ十界互具・円融相即を顕はさざれば、成仏の人無し。故に三蔵教より別教に至るまで四十二年の間の八教は、皆悉く方便、夢中の善悪なり。只暫く之れを用ゐて衆生を誘引し給ふ支度方便なり。此の権教の中には、分々に皆悉く方便と真実と有りて、権実の法欠けざるなり。四教一々に各四門有りて、差別有ること無し。語も只同じ語なり。文字も異なること無し。斯れに由りて語に迷ひて権実の差別を分別せざる時を仏法滅すと云ふ。/ 是の方便の教は、唯穢土に有りて、総じて浄土には無きなり。法華経に云く「十方の仏土の中には唯一乗の法のみ有りて、二も無く亦三も無し、仏の方便の説をば除く」已上。故に知んぬ、十方の仏土に無き方便の教を取りて、往生の行と為し、十方の浄土に有る一乗の法をば之れを嫌ひて、取らずして成仏すべき道理有るべしや否や。一代の教主釈迦如来、一切経を説き勘文し給ひて言く、三世の諸仏同様に、一つ語一つ心に勘文し給へる説法の儀式なれば、我も是の如く一言も違はざる説教の次第なり云云。/ 方便品に云く「三世の諸仏の説法の儀式の如く、我も今亦是の如く無分別の法を説く」已上。
無分別の法とは一乗の妙法なり。善悪を簡ぶこと無く、草木・樹林・山河・大地にも、一微塵の中にも互ひに各十法界の法を具足す。我が心の妙法蓮華経の一乗は、十方の浄土に周遍して欠くること無し。十方の浄土の依報・正報の功徳荘厳は、我が心の中に有りて片時も離るること無き三身即一の本覚の如来なり。是の外には法無し。此の一法計り十方の浄土に有りて、余法有ること無し。故に無分別法と云ふは是れなり。此の一乗妙法の行をば取らずして、全く浄土にも無き方便の教を取りて成仏の行と為さんは、迷ひの中の迷ひなり。我仏に成りて後に、穢土に立ち還りて、穢土の衆生を仏法界に入らしめんが為に、次第に誘ひ入れて方便の教を説くを、化他の教とは云ふなり。故に権教と言ひ、又方便とも云ふ。化他の法門の有様、大体略を存して斯の如し。/ 二に自行の法とは、是れ法華経八箇年の説なり。是の経は寤の本心を説きたまふ。唯衆生の思ひ習はせる夢中の心地なるが故に、夢中の言語を借りて寤の本心を訓ふるなり。故に語は夢中の言語なれども、意は寤の本心を訓ふ。法華経の文と釈との意此の如し。之れを明らめ知らずんば経の文と釈の文とに必ず迷ふべきなり。/ 但し此の化他の夢中の法門も、寤の本心に備はれる徳用の法門なれば、夢中の教を取りて寤の心に摂むるが故に、四十二年の夢中の化他・方便の法門も、妙法蓮華経の寤の心に摂まりて、心の外には法無きなり。
此れを法華経の開会とは云ふなり。譬へば衆流を大海に納むるが如きなり。/ 仏の心法妙と衆生の心法妙と、此の二妙を取りて己心に摂むるが故に、心の外に法無きなり。己心と心性と心体との三は、己身の本覚の三身如来なり。是れを経に説いて云く「如是相〈応身如来〉、如是性〈報身如来〉、如是体〈法身如来〉」此れを三如是と云ふ。此の三如是の本覚の如来は、十方法界を身体と為し、十方法界を心性と為し、十方法界を相好と為す。是の故に我が身は本覚三身如来の身体なり。法界に周遍して一仏の徳用なれば、一切の法は皆是れ仏法なりと説き給ひし時、其の座席に列なりし諸の四衆八部も畜生も外道等も、一人も漏れず皆悉く妄想の僻目(ひがめ)僻思(ひがおも)ひ立ち所に散止して、本覚の寤に還りて皆仏道を成ず。/ 仏は寤の人の如く、衆生は夢見る人の如し。故に生死の虚夢を醒して本覚の寤に還るを、即身成仏とも、平等大恵とも、無分別法とも、皆成仏道とも云ふ。只一つの法門なり。十方の仏土は区(まちまち)に分かれたりと雖も、通じて法は一乗なり。方便無きが故に無分別法なり。十界の衆生は品々異なりと雖も、実相の理は一なるが故に無分別なり。
百界千如・三千世間の法門殊なりと雖も、十界互ひに具するが故に無分別なり。夢と寤と虚と実と各別異なりと雖も、一心の中の法なるが故に無分別なり。過去と未来と現在とは三なりと雖も、一念の心中の理なれば無分別なり。/ 一切経の語は夢中の語とは、譬へば扇と樹との如し。法華経の寤の心を顕はす言とは、譬へば月と風との如し。故に本覚の寤の心の月輪の光は無明の闇を照らし、実相般若の智恵の風は妄想の塵を払ふ。故に夢の語の扇と樹とを以て、寤の心の月と風とを知らしむ。是の故に夢の余波を散じて、寤の本心に帰せしむるなり。/ 故に止観に云く「月重山に隠るれば扇を挙げて之れに類し、風大虚に息みぬれば樹を動かして之れを訓ふるが如し」文。弘決に云く「真常性の月煩悩の山に隠る。煩悩一に非ず、故に名づけて重と為す。円音教の風は化を息めて寂に帰す。寂理無碍なること猶大虚の如し。四依の弘教は扇と樹との如し。乃至月と風とを知らしむるなり」已上。/ 夢中の煩悩の雲重畳せること山の如し。其の数八万四千の塵労にて、心性本覚の月輪を隠す。扇と樹との如くなる経論の文字言語の教を以て、月と風との如くなる本覚の理を覚知せしむる聖教なり。故に文と語とは扇と樹との如し文。上の釈は一往の釈とて実義に非ざるなり。
月の如くなる妙法の心性の月輪と、風の如くなる我が心の般若の恵解とを、訓へ知らしむるを妙法蓮華経と名づく。/ 故に釈籤に云く「声色の近名を尋ねて無相の極理に至る」已上。声色の近名とは、扇と樹との如くなる夢中の一切の経論の言説なり。無相の極理とは、月と風との如くなる寤の我が身の心性の寂光の極楽なり。此の極楽とは、十方法界の正報の有情と、十方法界の依報の国土と和合して一体三身即一なり。四土不二にして法身の一仏なり。十界を身と為すは法身なり。十界を心と為すは報身なり。十界を形と為すは応身なり。十界の外に仏無し。仏の外に十界無く、依正不二なり、身土不二なり。一仏の身体なるを以て寂光土と云ふ。是の故に無相の極理と云ふなり。生滅無常の相を離るるが故に無相と云ふなり。法性の淵底・玄宗の極地なり。故に極理と云ふ。此の無相の極理なる寂光の極楽は、一切有情の心性の中に有りて清浄無漏なり。之れを名づけて妙法の心蓮台と云ふなり。/ 是の故に心外無別法と云ふ。此れを一切法は皆是れ仏法なりと通達解了すと云ふなり。生と死と二つの理は生死の夢の理なり。妄想なり顛倒なり。本覚の寤を以て我が心性を糾せば、生ずべき始めも無きが故に、死すべき終りも無し。既に生死を離れたる心法に非ずや。
劫火にも焼けず、水災にも朽ちず、剣刀にも切られず、弓箭にも射られず。芥子の中に入れども芥子も広からず、心法も縮まらず。虚空の中に満つれども虚空も広からず、心法も狭からず。善に背くを悪と云ひ、悪に背くを善と云ふ。故に心の外に善無く悪無し。此の善と悪とを離るるを無記と云ふなり。善悪無記、此の外には心無く、心の外には法無きなり。/ 故に善悪も浄穢も、凡夫聖人も、天地も大小も、東西も南北も、四維も上下も、言語道断し心行所滅す。心に分別して思ひ言ひ顕はす言語なれば、心の外には分別も無し。分別も無ければ言と云ふは、心の思ひを響かして声に顕はすを云ふなり。凡夫は我が心に迷ひて、知らず覚らざるなり。仏は之れを悟り顕はして神通と名づくるなり。神通とは、神(たましい)の一切の法に通じて碍り無きなり。此の自在の神通は一切の有情の心にて有るなり。故に狐狸も分々に通を現ずること、皆心の神の分々の悟りなり。此の心の一法より、国土世間も出来する事なり。一代聖教とは此の事を説きたるなり。此れを八万四千の法蔵とは云ふなり。是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり。然れば八万四千の法蔵は、我が身一人の日記文書なり。此の八万法蔵を我が心中に孕み持ち懐き持ちたり。
我が身中の心を以て、仏と法と浄土とを我が身より外に思ひ願ひ求むるを迷ひとは云ふなり。此の心が善悪の縁に値ひて善悪の法をば造り出だせるなり。/ 華厳経に云く「心は工みなる画師の如く種々の五陰を造る、一切世間の中に法として造らざること無し。心の如く仏も亦爾なり。仏の如く衆生も然なり。三界唯一心なり。心の外に別の法無し。心・仏及び衆生、是の三差別無し」已上。無量義経に云く「無相不相の一法より無量義を出生す」已上。無相不相の一法とは、一切衆生の一念の心是れなり。文句に釈して云く「生滅無常の相無きが故に無相と云ふなり。二乗の有余・無余の二つの涅槃の相を離るが故に不相と云ふなり」云云。心の不思議を以て経論の詮要と為るなり。/ 此の心を悟り知るを名づけて如来と云ふ。之れを悟り知りて後は十界は我が身なり、我が心なり、我が形なり。本覚の如来は我が身心なるが故なり。之れを知らざる時を名づけて無明と為す。無明は明らかなること無しと読むなり。我が心の有様を明らかに覚らざるなり。之れを悟り知る時を名づけて法性と云ふ。故に無明と法性とは一心の異名なり。名と言とは二なりと雖も、心は只一つ心なり。斯れに由りて無明をば断ずべからざるなり。夢の心の無明なるを断ぜば、寤の心を失ふべきが故に。
総じて円教の意は一毫の惑をも断ぜず。故に一切の法は皆是れ仏法なりと云ふなり。/ 法華経に云く「如是相〈一切衆生の相好。本覚の応身如来〉、如是性〈一切衆生の心性。本覚の報身如来〉、如是体〈一切衆生の身体。本覚の法身如来〉」。此の三如是より後の七如是出生して、合して十如是と成るなり。此の十如是は十法界なり。此の十法界は一人の心より出で、八万四千の法門と成るなり。一人を手本として一切衆生平等なること是の如し。三世の諸仏の総勘文にして、御判慥かに印(おし)たる正本の文書なり。仏の御判とは、実相の一印なり。印とは判の異名なり。余の一切の経には実相の印無ければ、正本の文書に非ず。全く実の仏無し。実の仏無きが故に夢中の文書なり。浄土に無きが故なり。/ 十法界は十なれども十如是は一なり。譬へば水中の月は無量なりと雖も虚空の月は一なるが如し。九法界の十如是は、夢中の十如是なるが故に、水中の月の如し。仏法界の十如是は、本覚の寤の十如是なれば、虚空の月の如し。是の故に仏界の一つの十如是顕はれぬれば、九法界の十如是の水中の月の如きも、一も欠減無く同時に皆顕はれて、体と用と一具にして一体の仏と成る。
十法界を互ひに具足して平等なる十界の衆生なれば、虚空の本月も水中の末月も、一人の身中に具足して欠くること無し。故に十如是は本末究竟して等しく差別無し。本とは衆生の十如是なり。末とは諸仏の十如是なり。諸仏は衆生の一念の心より顕はれ給へば衆生は是れ本なり。諸仏は是れ末なり。/ 然るを経に云く「今此の三界は皆是れ我が有なり。其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」已上。仏成道の後に化他の為の故に、迹の成道を唱へて生死の夢中にして本覚の寤を説きたまふなり。智恵を父に譬へ、愚痴を子に譬へて、是の如く説き給へるなり。衆生は本覚の十如是なりと雖も、一念の無明眠りの如く心を覆ひ、生死の夢に入りて本覚の理を忘る。髪筋を切る程に、過去・現在・未来の三世の虚夢を見るなり。仏は寤の人の如くなれば、生死の夢に入りて衆生を驚かし給へる智恵は、夢の中にて父母の如く、夢の中なる我等は子息の如くなり。/ 此の道理を以て悉是吾子と言ひたまふなり。此の理を思ひ解けば、諸仏と我等とは本の故にも父子なり、末の故にも父子なり。父子の天性は本末是れ同じ。斯れに由りて己心と仏心とは異ならずと観ずるが故に、生死の夢を覚まして本覚の寤に還るを即身成仏と云ふなり。
即身成仏は今我が身の上の天性・地体なり。煩ひも無く障りも無き衆生の運命なり。果報なり、冥加なり。/ 夫れ以みれば、夢の時の心を迷ひに譬へ、寤の時の心を悟りに譬ふ。之れを以て一代聖教を覚悟するに、跡形も無き虚夢を見て、心を苦しめ汗水と成りて驚きぬれば、我が身も家も臥所(ふしど)も一所にて異ならず。夢の虚と寤の実との二事を目にも見、心にも思へども、所は只一所なり、身も只一身にて、二の虚と実との事有り。之れを以て知るべし。九界の生死の夢見る我が心も、仏界常住の寤の心も異ならず。九界生死の夢見る所が仏界常住の寤の所にて変らず、心法も替はらず在所も差はざれども、夢は皆虚事なり、寤は皆実事なり。/ 止観に云く「昔荘周と云ふもの有り。夢に胡蝶と成りて一百年を経たり。苦は多く楽は少なく、汗水と成りて驚きぬれば、胡蝶にも成らず、百年をも経ず、苦も無く、楽も無く、皆虚事なり、皆妄想なり」〈已上取意〉。弘決に云く「無明は夢の蝶の如く、三千は百年の如し。一念実無きは猶蝶に非ざるが如く、三千も亦無きこと、年を積むに非ざるが如し」已上。此の釈は即身成仏の証拠なり。夢に蝶と成る時も荘周は異ならず。寤に蝶と成らずと思ふ時も別の荘周無し。
我が身を生死の凡夫なりと思ふ時は、夢に蝶と成るが如く僻目僻思ひなり。我が身は本覚の如来なりと思ふ時は、本の荘周なるが如し。即身成仏なり。蝶の身を以て成仏すと云ふに非ざるなり。蝶と思ふは虚事なれば、成仏の言は無し。沙汰の外の事なり。無明は夢の蝶の如しと判ずれば、我等が僻思ひは猶昨日の夢の如く、性体無き妄想なり。誰の人か虚夢の生死を信受して、疑ひを常住涅槃の仏性に生ぜんや。/ 止観に云く「無明の痴惑は本是れ法性なり。痴迷を以ての故に法性変じて無明と作り、諸の顛倒の善不善等を起こす。寒来たりて水を結べば変じて堅氷と作るが如く、又眠り来たりて心を変じて種々の夢有るが如し。今当に諸の顛倒は即ち是れ法性なり、一ならず異ならずと体すべし。顛倒起滅すること旋火輪の如しと雖も、顛倒の起滅を信ぜずして、唯此の心但是れ法性なりと信ず。起は是れ法性の起、滅は是れ法性の滅なり。其れを体するに実に起滅せざるを妄りに起滅すと謂へり。只妄想を指すに悉く是れ法性なり。法性を以て法性に繋け、法性を以て法性を念ず。常に是れ法性なり。法性ならざる時無し」已上。是の如く法性ならざる時の隙も無き理の法性に、夢の蝶の如くなる無明に於て実有の思ひを生じて之れに迷ふなり。
止観の九に云く「譬へば眠りの法心を覆ひて、一念の中に無量世の事を夢みるが如し。乃至寂滅真如に何の次位か有らん。乃至一切衆生即大涅槃なり、復滅すべからず。何の次位の高下・大小有らんや。不生不生にして不可説なれども、因縁有るが故に亦説くことを得べし。十因縁の法は生の為に因と作る。虚空に画き、方便して樹を種ゆるが如し。一切の位を説くのみ」已上。十法界の依報・正報は法身の仏、一体三身の徳なりと知りて、一切の法は皆是れ仏法なりと通達し解了する、是れを名字即と為(な)づく。名字即の位にて即身成仏する故に円頓の教には次位の次第無し。故に玄義に云く「末代の学者多く経論の方便の断伏を執して諍闘す。水の性の冷かなるが如きも、飲まずんば安んぞ知らん」已上。天台の判に云く「次位の綱目は仁王・瓔珞に依り、断伏の高下は大品・智論に依る」已上。仁王・瓔珞・大品・大智度論、是の経論は皆法華已前の八教の経論なり。権教の行は無量劫を経て昇進する次位なれば、位の次第を説けり。/ 今法華は八教に超えたる円なれば、速疾頓成にして、心と仏と衆生と此の三は我が一念の心中に摂めて、心の外に無しと観ずれば下根の行者すら尚一生の中に妙覚の位に入る。
一と多と相即すれば、一位に一切の位皆是れ具足せり。故に一生に入るなり。下根すら是の如し。況や中根の者をや。何に況や上根をや。実相の外に更に別の法無し。実相には次第無きが故に位無し。総じて一代の聖教は一人の法なれば、我が身の本体を能く能く知るべし。之れを悟るを仏と云ひ、之れに迷ふは衆生なり。此れは華厳経の文の意なり。/ 弘決の六に云く「此の身の中に具に天地に倣ふことを知る。頭の円かなるは天に象(かたど)り、足の方なるは地に象ると知り。身の内の空種なるは即ち是れ虚空なり。腹の温かなるは春夏に法(のっ)とり、背の剛きは秋冬に法とり、四体は四時に法とり、大節の十二は十二月に法とり、小節の三百六十は三百六十日に法とり、鼻の息の出入は山沢渓谷の中の風に法とり、口の息の出入は虚空の中の風に法とり、眼は日月に法とり、開閉は昼夜に法とり、髪は星辰に法とり、眉は北斗に法とり、脈は江河に法とり、骨は玉石に法とり、皮肉は地土に法とり、毛は叢林に法とり、五臓は天に在りては五星に法とり、地に在りては五岳に法とり、陰陽に在りては五行に法とり、世に在りては五常に法とり、内に在りては五神に法とり、行を修するには五徳に法とり、罪を治むるには五刑に法とる。
謂く墨・・・宮・大辟〈此の五刑は人を様々に之れを傷ましむ、其の数三千の罰有り、此れを五刑と云ふ〉。主領には五官と為す。五官は下の第八の巻に博物誌を引くが如し。謂く苟萌(こうぼう)等なり。天に昇りては五雲と曰ひ、化して五竜と為る。心を朱雀と為し、腎を玄武と為し、肝を青竜と為し、肺を白虎と為し、脾を勾陳と為す」。又云く「五音・五明・六芸皆此れより起こる。亦復当に内治の法を識るべし。覚心内に大王と為りては百重の内に居り、出でては則ち五官に侍衛せ為(ら)る。肺をば司馬と為し、肝をば司徒と為し、脾をば司空と為し、四支をば民子と為し、左をば司命と為し、右をば司録と為し、人命を主司す。乃至臍をば太一君等と為すと。禅門の中に広く其の相を明かす」已上。人身の本体委しく検すれば是の如し。/ 然るに此の金剛不壊の身を以て、生滅無常の身なりと思ふ僻思ひは、譬へば荘周が夢の蝶の如しと釈し給へるなり。五行とは、地水火風空なり。五大種とも、五薀とも、五戒とも、五常とも、五方とも、五智とも、五時ともいふ。只一物にて経々の異説なり。内典・外典の名目の異名なり。今経に之れを開して、一切衆生の心中の五仏性、五智の如来の種子と説けり。是れ則ち妙法蓮華経の五字なり。
此の五字を以て人身の体を造るなり。本有常住なり。本覚の如来なり。是れを十如是と云ふ。此れを「唯仏与仏 乃能究尽」と云ふ。不退の菩薩と極果の二乗と少分も知らざる法門なり。然るを円頓の凡夫は初心より之れを知る。故に即身成仏するなり。金剛不壊の体なり。/ 是れを以て明らかに知るべし。天崩れば我が身も崩るべし。地裂けば我が身も裂くべし。地水火風滅亡せば我が身も亦滅亡すべし。然るに此の五大種は過去・現在・未来の三世は替はると雖も、五大種は替ること無し。正法と像法と末法との三時殊なりと雖も、五大種は是れ一にして盛衰転変無し。/ 薬草喩品の疏には、円教の理は大地なり。円頓の教は空の雨なり。亦三蔵教・通教・別教の三教は三草と二木となり。其の故は此の草木は円理の大地より生じて、円教の空の雨に養はれて、五乗の草木は栄ふれども、天地に依りて我栄へたりと思ひ知らざるに由るが故に、三教の人天・二乗・菩薩をば草木に譬へて説きたり。不知恩の故に草木の名を得。今法華に始めて五乗の草木は円理の母と円教の父とを知るなり。一地の所生なれば母の恩を知るが如く、一雨の所潤なれば父の恩を知るが如し。薬草喩品の意是の如くなり。
釈迦如来五百塵点劫の当初、凡夫にて御坐せし時、我が身は地水火風空なりと知ろしめして、即座に悟りを開きたまひき。後に化他の為に、世々番々に出世成道し、在々処々に八相作仏し、王宮に誕生し、樹下に成道して、始めて仏に成る様を衆生に見知らしめ、四十余年に方便の教を儲け衆生を誘引す。其の後方便の諸の経教を捨てて、正直の妙法蓮華経の五智の如来の種子の理を説き顕はして、其の中に四十二年の方便の諸経を丸かし納れて、一仏乗と丸し人一の法と名づく。一人が上の法なり。/ 多人の綺えざる正しき文書を造る慥かなる御判の印あり。三世諸仏の手継ぎの文書を釈迦仏より相伝せられし時に、三千三百万億那由他の国土の上の虚空の中に満ち塞がれる若干の菩薩達の頂を摩で尽くして、時を指して末法近来の我等衆生の為に、慥かに此の由を説き聞かせて、仏の譲状を以て末代の衆生に慥かに授与すべしと、慇懃に三度まで同じ御語に説き給ひしかば、若干の菩薩達各数を尽くして躬を曲げ頭を低れ、三度まで同じ言に各我も劣らじと事請を申し給ひしかば、仏心安く思し食して本覚の都に還りたまふ。
三世の諸仏の説法の儀式・作法には、只同じ御言に時を指したる末代の譲状なれば、只一向に後五百歳を指して此の妙法蓮華経を以て成仏すべき時なりと、譲状の面に載せたる手継ぎ証文なり。/ 安楽行品には、末法に入りて近来、初心の凡夫法華経を修行して、成仏すべき様を説き置かれしなり。身も安楽行、口も安楽行、意も安楽行なる自行の三業も、誓願安楽の化他の行も、同じく後の末世に於て法の滅せんと欲する時となり云云。此れは近来の時なり。已上四所に有り。薬王品には二所に説かれ、勧発品には三所に説かれたり。/ 皆近来を指して譲り置かれたる正しき文書を用ゐずして、凡夫の言に付き、愚痴の心に任せて三世諸仏の譲状に背き奉り、永く仏法に背かば、三世の諸仏何に本意無く口惜しく心憂く歎き悲しみ思し食すらん。涅槃経に云く「法に依りて人に依らざれ」云云。痛ましきかな悲しきかな、末代の学者仏法を習学して還りて仏法を滅す。/ 弘決に之れを悲しみて曰く「此の円頓を聞いて崇重せざることは、良に近代大乗を習ふ者の雑濫に由るが故なり。況や像末に情(こころ)澆(にご)り信心寡薄、円頓の教法蔵に溢れ函に盈つれども、暫くも思惟せず、便ち瞑目(めいもく)に至る。徒らに生じ徒らに死す、一に何ぞ痛ましきや」已上。
同四に云く「然も円頓の教は本と凡夫に被らしむ。若し凡を益するに擬せずんば、仏何ぞ自ら法性の土に住して、法性の身を以て、諸の菩薩の為に、此の円頓を説かずして、何ぞ諸の法身の菩薩の与(ため)に、凡身を示し、此の三界に現じたまふことを須ひんや。乃至一心凡に在れば即ち修習すべし」已上。所詮 己心と仏身と一なりと観ずれば速やかに仏に成るなり。故に弘決に又云く「一切の諸仏、己心は仏心に異ならずと観(み)たまふに由るが故に、仏に成ることを得」已上。此れを観心と云ふ。実に己心と仏心と一心なりと悟れば、臨終を碍ふべき悪業も有るまじ、生死に留まるべき妄念も有るまじ。一切の法は皆是れ仏法なりと知りぬれば、教訓すべき善知識も入るべからず。思ふと思ひ言ふと言ひ、為すと為し儀(ふるま)ひと儀ふ、行住坐臥の四威儀の所作は、皆仏の御心と和合して一体なれば、過も無く障りも無き自在の身と成る。此れを自行と云ふ。/ 此の如く自在なる自行の行を捨て、跡形も有らざる無明妄想なる僻思ひの心に住して、三世の諸仏の教訓に背き奉れば、冥きより冥きに入り、永く仏法に背くこと悲しむべく悲しむべし。
只今こそ打ち返し思ひ直し、悟り返さば、即身成仏は我が身の外には無しと知りぬ。/ 我が心の鏡と仏の心の鏡とは只一鏡なりと雖も、我等は裏に向かひて、我が性の理を見ず。故に無明と云ふ。如来は面に向かひて我が性の理を見たまへり。故に明と無明とは其の体只一なり。鏡は一の鏡なりと雖も、向かひ様に依りて、明昧の差別有り。鏡に裏有りと雖も、面の障りと成らず。只向かひ様に依りて、得失の二つ有り。相即融通して一法の二義なり。化他の法門は鏡の裏に向かふが如く、自行の観心は鏡の面に向かふが如し。化他の時の鏡も、自行の時の鏡も、我が心性の鏡は只一にして替はること無し。鏡を即身に譬へ、面に向かふを成仏に譬へ、裏に向かふをば衆生に譬へ、鏡に裏有るをば性悪を断ぜざるに譬へ、裏に向かふ時面の徳無きをば化他の功徳に譬ふるなり。衆生の仏性の顕はれざるに譬ふるなり。/ 自行と化他とは得失の力用なり。玄義の一に云く「薩婆悉達(さるばしつた)、祖王の弓を彎(ひい)て満てるを名づけて力と為し、七つの鉄鼓を中(やぶ)り、一つの鉄囲山を貫き、地を洞(とお)し水輪に徹(いた)るが如きを、名づけて用と為す〈自行の力用なり〉。
諸の方便教は力用の微弱なること凡夫の弓箭の如し。何となれば、昔の縁は化他の二智を禀けて、理を照らすこと遍からず、信を生ずること深からず、疑ひを除くこと尽くさず〈已上化他〉。今の縁は自行の二智を禀けて仏の境界を極め、法界の信を起こし円妙の道を増し、根本の惑を断じ変易の生を損す。但生身及び生身得忍の両種の菩薩のみ倶に益するのみに非ず。法身と法身の後心との両種の菩薩も亦以て倶に益す。化の功広大に、利潤弘深なる、蓋し茲の経の力用なり〈已上自行〉」自行と化他との力用、勝劣分明なること勿論なり。能く能く之れを見よ。一代聖教を鏡に懸けたる教相なり。/ 極仏境界とは十如是の法門なり。十界互ひに具足して、十界十如の因果、権実の二智二境は我が身の中に有りて、一人も漏るること無しと通達し解了して、仏語を悟り極むるなり。起法界信とは、十法界を体と為し、十法界を心と為し、十法界を形と為したまへる本覚の如来は我が身の中に有りけりと信ず。増円妙道とは、自行と化他との二は相即円融の法なれば、珠と光と宝との三徳は只一の珠の徳なるが如し。片時も相離れず、仏法に不足無し、一生の中に仏に成るべしと、慶喜の念を増すなり。
断根本惑とは、一念無明の眠りを覚まして本覚の寤に還れば、生死も涅槃も倶に昨日の夢の如く、跡形も無きなり。損変易生とは、同居土の極楽と、方便土の極楽と、実報土の極楽との三土に往生する人、彼の土にて菩薩の道を修行して仏に成らんと欲するの間、因は移り果は易(かわ)りて、次第に進み昇り劫数を経て、成仏の遠きを待つを、変易の生死と云ふなり。下位を捨つるを死と云ひ、上位に進むを生と云ふ。是の如く変易する生死は浄土の苦悩にて有るなり。/ 爰に凡夫の我等が此の穢土に於て法華を修行すれば、十界互具・法界一如なれば、浄土の菩薩の変易の生は損し、仏道の行は増して、変易の生死を一生の中に促(つづ)めて仏道を成ず。故に生身及び生身得忍の両種の菩薩の増道損生するなり。法身の菩薩とは生身を捨てて実報土に居するなり。後心の菩薩とは等覚の菩薩なり。但し迹門には生身及び生身得忍の菩薩を利益するなり。本門には法身と後身との菩薩を利益す。但し今は迹門を開して本門に摂めて一の妙法と成す。故に凡夫の我等穢土の修行の行の力を以て、浄土の十地・等覚の菩薩を利益する行なるが故に、化の功広大なり〈化他の徳用〉。利潤弘深とは〈自行の徳用〉、円頓の行者は自行と化他と一法をも漏さず一念に具足して、横に十方法界に遍するが故に弘なり。竪には三世に亘りて法性の淵底を極むるが故に深なり。此の経の自行の力用此の如し。
化他の諸経は自行を具せざれば、鳥の片翼を以て空を飛ばざるが如し。故に成仏の人も無し。今法華経は自行・化他の二行を開会して不足無きが故に、鳥の二翼を以て飛ぶに障り無きが如く、成仏滞り無し。薬王品には十喩を以て自行と化他との力用の勝劣を判ぜり。第一の譬に云く「諸経は諸水の如し、法華は大海の如し」云云〈取意〉。実に自行の法華経の大海には、化他の諸経の衆水を入ること昼夜に絶えず。入ると雖も増ぜず減ぜず。不可思議の徳用を顕はす。諸経の衆水は片時の程も法華経の大海を納むること無し。自行と化他との勝劣是の如し。一を以て諸を例せよ。上来の譬喩は皆仏の所説なり。人の語を入れず。此の旨を意得れば一代聖教鏡に懸けて陰り無し。此の文釈を見て誰の人か迷惑せんや。三世の諸仏の総勘文なり。敢へて人の会釈を引き入るべからず。三世諸仏の出世の本懐なり。一切衆生成仏の直道なり。/ 四十二年の化他の経を以て立つる所の宗々は、華厳・真言・達磨・浄土・法相・三論・律宗・倶舎・成実等の諸宗なり。此等は皆悉く法華より已前の八教の中の教なり。皆是れ方便なり。兼但対帯の方便誘引なり。
三世諸仏の説教の次第なり。此の次第を糾して法門を談ず。若し次第に違はば仏法に非ざるなり。一代教主の釈迦如来も三世諸仏の説教の次第を糾して一字も違へず。我も亦是の如しとて、経に云く「三世諸仏の説法の儀式の如く、我も今亦是の如く無分別の法を説く」已上。若し之れに違へば永く三世の諸仏の本意に背く。他宗の祖師各我が宗を立て、法華宗と諍ふこと、誤りの中の誤り、迷ひの中の迷ひなり。/ 徴他学(ちょうたがく)の決に之れを破して云く〈山王院〉「凡そ八万法蔵其の行相を統ぶるに四教を出でず。頭辺(はじめ)に示すが如く、蔵通別円は即ち声聞・縁覚・菩薩・仏乗なり。真言・禅門・華厳・三論・唯識・律業・成・倶の二論等の能と所と、教と理と、争でか此の四を過ぎん。若し過ぐると言はば豈に外邪に非ずや。若し出でずと言はば便ち他の所期を問ひ得よ〈即ち四乗の果なり〉。然して後に答へに随ひて推徴して理を極めよ。我が四教の行相を以て並べ検へて、彼の所期の果を決定せよ。若し我と違はば随って即ち之れを詰めよ。且く華厳の如きは、五教に各々に修因向果有り。初・中・後の行一ならず。一教一果是れ所期なるべし。若し蔵通別円の因と果とに非ざれば、是れ仏教ならざるのみ。三種の法輪・三時の教等、中に就きて定むべし。
汝何者を以て所期の乗と為すや。若し仏乗なりと言はば未だ成仏の観行を見ず。若し菩薩と言はば、此れ亦即離の中道の異あるなり。汝正しく何れを取るや。設(も)し離の辺を取らば、果として成ずべき無し。如(も)し即是を要とせば、仏に例して之れを難ぜよ。謬りて真言を誦すとも、三観一心の妙趣を会せずんば、恐らくは別人に同じて妙理を証せじ。所以に他の所期の極に逐(したが)ひて、理に準じて〈我が宗の理なり〉徴(せ)むべし。因明の道理は外道と対す。多くは小乗及以(および)別教に在り。若し法華・華厳・涅槃等の経に望むれば摂引門なり。権(かり)に機に対して設けたり。終に以て引進するなり。邪小の徒をして会して真理に至らしむるなり。所以に論ずる時は、四依撃目の志を存して、之れを執着すること莫れ。又須く他の義を将(も)って、自義に対検して、随って是非を決すべし。執して之れを怨むこと莫れ〈大底他は多く三教に在り。円旨至りて少なきのみ〉」。先徳・大師の所判是の如し。諸宗の所立鏡に懸けて陰り無し。末代の学者何ぞ之れを見ずして妄りに教門を判ぜんや。/ 大綱の三教を能く能く学すべし。頓と漸と円とは三教なり。是れ一代聖教の総の三諦なり。
頓・漸の二は四十二年の説なり。円教の一は八箇年の説なり。合して五十年なり。此の外に法無し。何に由りてか之れに迷はん。衆生に有る時には此れを三諦と云ひ、仏果を成ずる時には此れを三身と云ふ。一物の異名なり。之れを説き顕はすを一代聖教と云ふ。之れを開会して只一の総の三諦と成す時に成仏す。此れを開会と云ひ、此れを自行と云ふ。又他宗所立の宗々は、此の総の三諦を分別して八と為す。各々に宗を立つるに依りて、円満の理を欠きて成仏の理無し。是の故に余宗には実の仏無きなり。故に之れを嫌ふ意は不足なりと嫌ふなり。/ 円教を取りて一切諸法を観ずれば、円融・円満して十五夜の月の如く、不足無く満足し究竟すれば善悪をも嫌はず、折節をも撰ばず、静処をも求めず、人品をも択ばず。一切諸法は皆是れ仏法なりと知れば諸法を通達す。即ち非道を行ふとも、仏道を成ずるが故なり。天・地・水・火・風は是れ五智の如来なり。一切衆生の身心の中に住在して片時も離るること無きが故に、世間と出世と和合して心中に有りて、心外には全く別の法無きなり。故に之れを聞く時、立ち所に速やかに仏果を成ずること滞り無き道理至極なり。/ 総の三諦とは、譬へば珠と光と宝との如し。此の三徳有るに由りて如意宝珠と云ふ。故に総の三諦に譬ふ。
若し亦珠の三徳を別々に取り放さば、何の用にも叶ふべからず。隔別の方便教の宗々も亦是の如し。珠を法身に譬へ、光を報身に譬へ、宝を応身に譬ふ。此の総の三徳を分別して宗を立つるを不足と嫌ふなり。之れを丸めて一と為すを総の三諦と云ふ。此の総の三諦は三身即一の本覚の如来なり。/ 又寂光をば鏡に譬へ、同居と方便と実報の三土をば鏡に遷る像(かたち)に譬ふ。四土も一土なり。三身も一仏なり。今は此の三身と四土と和合して仏の一体の徳なるを寂光の仏と云ふ。寂光の仏を以て円教の仏と為し、円教の仏を以て寤の実仏と為す。余の三土の仏は夢中の権仏なり。此れは三世の諸仏の只同じ語に勘文し給へる総の教相なれば、人の語も入らず、会釈も有らず。若し之れに違はば、三世の諸仏に背き奉る大罪人なり。天魔・外道なり。永く仏法に背くが故に。/ 之れを秘蔵して他人には見せざれ。若し秘蔵せずして妄りに之れを披露せば、仏法に証理無くして、二世に冥加無からん。謗ずる人出来せば三世の諸仏に背くが故に、二人乍ら倶に悪道に堕せんと識るが故に之れを誡むるなり。能く能く秘蔵して深く此の理を証し、三世の諸仏の御本意に相叶ひ、二聖・二天・十羅刹の擁護を蒙り、滞り無く上々品の寂光の往生を遂げ、須臾の間に九界生死の夢の中に還り来て、
身を十方法界の国土に遍じ、心を一切有情の身中に入れて、内よりは勧発し、外よりは引導し、内外相応し、因縁和合して、自在神通の慈悲の力を施し、広く衆生を利益すること滞り有るべからず。/ 三世の諸仏は此れを一大事の因縁と思し食して世間に出現し給へり。一とは〈中道なり、法華なり〉、大とは〈空諦なり、華厳なり〉、事とは〈仮諦なり、阿含と方等と般若となり〉 已上一代の総の三諦なり。之れを悟り知る時仏果を成ずるが故に、出世の本懐、成仏の直道なり。因とは、一切衆生の身中に総の三諦有りて常住不変なり。此れを総じて因と云ふなり。縁とは三因仏性は有りと雖も、善知識の縁に値はざれば、悟らず知らず顕はれず。善知識の縁に値へば必ず顕はるるが故に縁と云ふなり。/ 然るに今此の一と大と事と因と縁との五事和合して、値ひ難き善知識の縁に値ひて五仏性を顕はさんこと、何の滞りか有らんや。春の時来たりて風雨の縁に値ひぬれば、無心の草木も皆悉く萌え出で生華敷(さ)き栄へて世に値ふ気色なり。秋の時に至りて月光の縁に値ひぬれば、草木皆悉く実(み)成熟して一切の有情を養育し、寿命を続き長養し、終に成仏の徳用を顕はす。
之れを疑ひ之れを信ぜざる人有るべきや。無心の草木すら猶以て是の如し。何に況や人倫に於てをや。/ 我等は迷ふ凡夫なりと雖も一分の心も有り解も有り、善悪も分別し折節を思ひ知る。然るに宿縁に催されて、生を仏法流布の国土に受けたり。善知識の縁に値ひなば因果を分別して成仏すべき身を以て、善知識に値ふと雖も猶草木にも劣りて身中の三因仏性を顕はさずして黙止(もだ)せる謂れ有るべきや。此の度必ず必ず生死の夢を覚まし、本覚の寤に還りて生死の紲(きずな)を切るべし。/ 今より已後は夢中の法門を心に懸くべからざるなり。三世の諸仏と一心と和合して妙法蓮華経を修行し、障り無く開悟すべし。自行と化他との二教の差別は鏡に懸けて陰り無し。三世諸仏の勘文是の如し。秘すべし秘すべし。/ 弘安二年〈己卯〉十月 日  日蓮花押
◆ 持妙尼御前御返事 〔C4・建治二年一一月二日・持妙尼(高橋殿後家尼)〕/ 御そうぜんれう(僧膳料)送り給び候ひ了んぬ。すでに故入道殿のかくるる日にておはしけるか。とかうまぎれ候ひけるほどに、うちわすれて候ひけるなり。よもそれにはわすれ給はじ。/ 蘇武と申せしつわものは、漢王の御使ひに胡国と申す国に入りて十九年、め(妻)もおとこ(夫)をはなれ、おとこもわするる事なし。あまりのこひしさに、おとこの衣を秋ごとにきぬたのうへにうちけるが、おもひやとをりてゆきにけん、おとこのみみ(耳)にきこへたり。ちんし(陳子)といいしものは、めおとこ(婦夫)はなれけるに、かがみ(鏡)をわりてひとつづつとりにけり。わするる時はとり(鳥)とびさりけり。さうし(相思)といゐしものは、おとこをこひてはか(墓)にいたりて木となりぬ。相思樹と申すはこの木なり。大唐へわたるにしが(志賀)の明神と申す神をはす。おとこのもろこし(唐)へゆきしをこひて神となれり。しま(島)のすがたおうな(女)ににたり。まつらさよひめ(松浦佐与姫)といふ是れなり。/ いにしへよりいまにいたるまで、をやこ(親子)のわかれ、主従のわかれ、いづれかつらからざる。
されどもおとこ(男)をんな(女)のわかれほどたと(尊)げなかりけるはなし。過去遠々よりめ(女)のみ(身)となりしが、このおとこ娑婆最後のぜんちしき(善知識)なりけり。/ ちりしはな(花)をちしこのみはさきむすぶ、いかにこ人のかへらざるらむ。/ こぞもうくことしもつらき月日かな、おもひはいつもはれぬものゆへ。/ 法華経の題目をとなへまいらせてまいらせ候。/ 十一月二日  日蓮花押/ 持妙尼御前御返事
◆ 上野殿御返事 〔C0・弘安二年一一月六日・南条時光〕/ 唐土に竜門と申すたき(滝)あり。たかき事十丈、水の下ること、かんひやう(強兵)がや(矢)をいをとすよりもはやし。このたき(滝)に、ををくのふな(鮒)あつまりてのぼらむと申す。ふなと申すいを(魚)ののぼりぬれば、りう(竜)となり候。百に一つ、千に一つ、万に一つ、十年二十年に一ものぼる事なし。或ははやきせ(瀬)にかへり、或ははし(鷲)・たか(鷹)・とび(鴟)・ふくろう(梟)にくらわれ、或は十丁のたき(滝)の左右に漁人(いをとるもの)どもつらなりゐて、或はあみ(網)をかけ、或はくみとり、或はいてとるものもあり。いを(魚)のりう(竜)となる事かくのごとし。/ 日本国の武士の中に源平二家と申して、王の門守りの犬二疋候。二家ともに王を守りたてまつる事、やまがつ(山人)が八月十五夜のみね(峰)よりいづるをあいするがごとし。てんじやう(殿上)のなんによ(男女)のあそぶをみては、月と星とのひかり(光)をあわせたるを、木の上にてさる(猿)のあいするがごとし。かかる身にてはあれども、いかんがして我等てんじやう(殿上)のまじわりをなさんとねがいし程に、平氏の中に貞盛と申せし者、将門を打ちてありしかども、昇でんをゆるされず。其の子正盛又かなわず。
其の子忠盛が時、始めて昇でんをゆるさる。其の後清盛・重盛等てんじやう(殿上)にあそぶのみならず、月をうみ、日をいだくみ(身)となりにき。/ 仏になるみち(道)これにをとるべからず。いをの竜門をのぼり、地下の者のてんじやう(殿上)へまいるがごとし。身子と申せし人は、仏にならむとて六十劫が間、菩薩の行をみてしかども、こらへかねて二乗の道に入りにき。大通結縁の者は三千塵点劫、久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし。此等は法華経を行ぜし程に、第六天の魔王国主等の身に入りてとかうわづらわせしかば、たいしてすてしゆへに、そこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし。/ かれは人の上とこそみしかども、今は我等がみ(身)にかかれり。願はくは我が弟子等、大願ををこせ。去年(こぞ)去々年(おととし)のやくびやう(疫病)に死にし人々のかずにも入らず。又当時蒙古のせめにまぬかるべしともみへず。とにかくに死は一定なり。其の時のなげきはたうじ(当時)のごとし。をなじくはかりにも法華経のゆへに命をすてよ。つゆ(露)を大海にあつらへ、ちり(塵)を大地にうづむとをもへ。法華経の第三に云く「願はくは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。恐々謹言。
十一月六日  日蓮(花押)/ 上野賢人殿御返事/ 此れはあつわら(熱原)の事のありがたさに申す御返事なり。
◆ 富城入道殿御返事 〔C0・弘安三年一一月二五日・富木常忍〕/ 尼御前の御寿命長遠の由、天に申し候ぞ。其の故御物語り候へ。不断法華経。来年三月の料の分、銭三貫文・米二斗送り給び候ひ了んぬ。/ 十一月二十五日  日蓮(花押)/ 富城入道殿御返事
◆ 富城殿女房尼御前御書 〔C0・弘安二年一一月二五日・富木尼御前〕/ いよ(伊予)房は学生になりて候ぞ。つねに法門きかせ給ひ候へ。/ はるかにみまいらせ候はねば、をぼつかなく候。たうじ(当時)とてもたのしき事は候はねども、むかしはことにわびしく候ひし時より、やしなわれまいらせて候へば、ことにをん(恩)をもくをもひまいらせ候。それについては、いのちはつる(鶴)かめ(亀)のごとく、さいわい(幸福)は月のまさり、しを(潮)のみつがごとくとこそ、法華経にはいのりまいらせ候へ。さてはえち(越)後房・しもつけ(下野)房と申す僧をいよ(伊予)どのにつけて候ぞ。しばらくふびんにあたらせ給へと、とき(富木)殿には申させ給へ。恐々謹言/ 十一月二十五日  日蓮(花押)/ 富城殿女房尼御前
◆ 兵衛志殿女房御返事 〔C0・弘安二年一一月二五日・池上宗長女房〕/ 兵衛志殿女房より、絹片裏給はり候ひ了んぬ。此の御心は法華経の御宝前に申し上げて候。まこととはをぼへ候はねども、此の御房たちの申し候は、御子どもは多し。よにせけんかつかつとをはすると申し候こそなげかしく候へども、さりともとをぼしめし候へ。恐々謹言。/ 十一月二十五日  日蓮(花押)/ 兵衛志殿女房御返事
◆ 中興入道御消息 〔C6・弘安二年一一月三〇日・中興入道女房〕/ 鵞目一貫文送り給び候ひ了んぬ。妙法蓮華経の御宝前に申し上げ候ひ了んぬ。/ 抑 日本国と申す国は須弥山よりは南、一閻浮提の内縦広七千由旬なり。其の内に八万四千の国あり。所謂 五天竺十六の大国、五百の中国、十千の小国、無量の粟散国、微塵の島々あり。此等の国々は皆大海の中にあり。たとへば池にこのは(木葉)のちれるが如し。此の日本国は大海の中の小島なり。しほ(潮)みてば見えず、ひ(干)ればすこしみゆるかの程にて候ひしを、神のつ(築)き出ださせ給ひて後、人王のはじめ神武天皇と申せし大王をはしましき。それよりこのかた三十余代は仏と経と僧とはましまさず。ただ人と神とばかりなり。仏法をはしまさねば地獄もしらず、浄土もねがはず。父母兄弟のわかれ(別)ありしかども、いかんがなるらん。ただ露のきゆるやうに、日月のかくれさせ給ふやうに、うちをもいてありけるか。/ 然るに人王第三十代欽明天皇と申す大王の御宇に、此の国より戌亥の角に当たりて百済国と申す国あり。彼の国よりせいめい(聖明)王と申せし王、金銅の釈迦仏と、此の仏の説かせ給へる一切経と申すふみ(文書)と、此れをよむ僧をわたしてありしかば、仏と申す物もいきたる物にもあらず。経と申す物も外典の文にもにず、
僧と申す物も物はいへども道理もきこへず、形も男女にもにざりしかば、かたがたあや(怪)しみをどろきて、左右の大臣、大王の御前にしてとかう(兎角)僉議ありしかども、多分はもちゐまじきにてありしかば、仏はすてられ、僧はいましめられて候ひしほどに、用明天皇の御子聖徳太子と申せし人、びだつ(敏達)の二年二月十五日、東に向かひて南無釈迦牟尼仏と唱へて御舎利を御手より出だし給ひて、同六年に法華経を読誦し給ふ。それよりこのかた七百余年、王は六十余代に及ぶまで、やうやく仏法ひろまり候ひて、日本六十六箇国二つの島にいたらぬ国もなし。国々・郡々・郷々・里々・村々に堂塔と申し、寺々と申し、仏法の住所すでに十七万一千三十七所なり。日月の如くあきらかなる智者代々に仏法をひろめ、衆星のごとくかがやくけんじん(賢人)国々に充満せり。/ かの人々は自行には或は真言を行じ、或は般若、或は仁王、或は阿弥陀仏の名号、或は観音、或は地蔵、或は三千仏、或は法華経読誦しをるとは申せども、無智の道俗をすすむるには、ただ南無阿弥陀仏と申すべし。譬へば女人の幼子をまうけたるに、或はほり(堀)、或はかわ(河)、或はひとり(独)なるには、母よ母よと申せば、ききつけぬれば、かならず他事をすててたすくる習ひなり。
阿弥陀仏も又是の如し。我等は幼子なり。阿弥陀仏は母なり。地獄のあな、餓鬼のほりなんどにをち入りぬれば、南無阿弥陀仏と申せば音と響きとの如く、必ず来たりてすくひ給ふなりと、一切の智人ども教へ給ひしかば、我が日本国かく申しならはして年ひさしくなり候。/ 然るに日蓮は中国・都の者にもあらず、辺国の将軍等の子息にもあらず、遠国の者、民が子にて候ひしかば、日本国七百余年に、一人もいまだ唱へまいらせ候はぬ南無妙法蓮華経と唱へ候のみならず、皆人の父母のごとく、日月の如く、主君の如く、わた(渡)りに船の如く、渇して水のごとく、うえて飯の如く思ひて候南無阿弥陀仏を、無間地獄の業なりと申し候ゆへに、食に石をた(炊)ひたる様に、がんせき(巌石)に馬のはね(跳)たるやうに、渡りに大風の吹き来たるやうに、じゆらく(聚落)に大火のつきたるやうに、俄にかたきのよせたるやうに、とわり(遊女)のきさき(后)になるやうに、をどろきそね(嫉)みねた(妬)み候ゆへに、去ぬる建長五年四月二十八日より今弘安二年十一月まで二十七年が間、退転なく申しつより候事、月のみつるがごとく、しほのさすがごとく、はじめは日蓮只一人唱へ候ひしほどに、見る人、値ふ人、聞く人耳をふさぎ、眼をいからかし、口をひそめ、手をにぎり、は(歯)をか(噛)み、父母・兄弟・師匠・ぜんう(善友)もかたきとなる。後には所の地頭・領家かたきとなる。
後には一国さはぎ、後には万人をどろくほどに、或は人の口まねをして南無妙法蓮華経ととなへ、或は悪口のためにとなへ、或は信ずるに似て唱へ、或はそしるに似て唱へなんどする程に、すでに日本国十分が一分は一向南無妙法蓮華経、のこりの九分は或は両方、或はうたがひ、或は一向念仏者なる者は、父母のかたき、主君のかたき、宿世のかたきのやうにののしる。村主・郷主・国主等は謀叛の者のごとくあだまれたり。/ かくの如く申す程に、大海の浮木の風に随ひて定めなきが如く、軽毛の虚空にのぼりて上下するが如く、日本国をを(追)はれあるく程に、或時はうたれ、或時はいましめられ、或時は疵をかほふり、或時は遠流、或時は弟子をころされ、或時はうちをはれなんどする程に、去ぬる文永八年九月十二日には御かんき(勘気)をかほりて、北国佐渡の島にうつされて候ひしなり。世間には一分のとがもなかりし身なれども、故最明寺入道殿・極楽寺入道殿を地獄に墜ちたりと申す法師なれば、謀叛の者にもすぎたりとて、相州鎌倉竜口と申す処にて頸を切らんとし候ひしが、科は大科なれども、法華経の行者なれば左右なくうしなひなば、いかんがとやをもはれけん。又遠国の島にす(捨)てを(置)きたるならば、いかにもなれかし。
上ににくまれたる上、万民も父母のかたきのやうにおもひたれば、道にても又国にても、若しはころすか、若しはかつえし(餓死)ぬるかにならんずらんとあてがはれて有りしに、法華経十羅刹の御めぐみにやありけん、或は天とが(失)なきよしを御らんずるにやありけん。/ 島にてあだむ者は多かりしかども、中興の次郎入道と申せし老人ありき。彼の人は年ふ(旧)りたる上、心かしこく身もたのしくて、国の人にも人とをもはれたりし人の、此の御房はゆへある人にやと申しけるかのゆへに、子息等もいた(甚)うもにく(憎)まず。其の已下の者どもたいし(大旨)彼等の人々の下人にてありしかば、内々あや(過)まつ事もなく、唯上の御計らひのままにてありし程に、水は濁れども又すみ、月は雲かくせども又はるることはりなれば、科なき事すでにあらわれて、いゐし事もむな(虚)しからざりけるかのゆへに、御一門諸大名はゆるすべからざるよし申されけれども、相模守殿の御計らひばかりにて、ついにゆり(許)候ひてのぼりぬ。/ ただし日蓮は日本国には第一の忠の者なり。肩をならぶる人は先代にもあるべからず、後代にもあるべしとも覚えず。其の故は去ぬる正嘉年中の大地震、文永元年の大長星の時、内外の智人其の故をうらなひしかども、なにのゆへ、いかなる事の出来すべしと申す事をしらざりしに、
日蓮一切経蔵に入りて勘へたるに、真言・禅宗・念仏・律等の権小の人々をもって法華経をかろしめたてまつる故に、梵天・帝釈の御とがめにて、西なる国に仰せ付けて、日本国をせむべしとかんがへて、故最明寺入道殿にまいらせ候ひき。/ 此の事を諸道の者をこづきわらひ(嘲笑)し程に、九箇年すぎて去ぬる文永五年に、大蒙古国より日本国ををそ(襲)うべきよし牒状わたりぬ。此の事のあ(合)ふ故に、念仏者・真言師等はあだみて失はんとせしなり。例せば、漢土に玄宗皇帝と申せし御門の御后に、上陽人と申せし美人あり。天下第一の美人にてありしかば、楊貴妃と申すきさき(后)の御らんじて、此の人、王へまいるならば我がをぼ(寵)へをと(劣)りなんとて、宣旨なりと申しかす(掠)めて、父母兄弟をば或はながし、或は殺し、上陽人をばろう(牢)に入れて四十年までせめたりしなり。/ 此れもそれににて候。日蓮が勘文あらわれて、大蒙古国を調伏し、日本国かつならば、此の法師は日本第一の僧となりなん。我等が威徳をとろうべしと思ふかのゆへに、讒言をなすをばしろしめさずして、彼等がことばを用ゐて国を亡さんとせらるるなり。
例せば、二世王は趙高が讒言によりて李斯を失ひ、かへりて趙高が為に身をほろぼされ、延喜の御門はじへい(時平)のをとど(大臣)の讒言によりて、菅丞相を失ひて地獄におち給ひぬ。/ 此れも又かくの如し。法華経のかたきたる真言師・禅宗・律僧・持斎・念仏者等が申す事を御用ゐありて、日蓮をあだみ給ふゆへに、日蓮はいや(賤)しけれども、所持の法華経を釈迦・多宝・十方の諸仏・梵天・帝釈・日月・四天・竜神・天照太神・八幡大菩薩、人の眼をお(惜)しむがごとく、諸天の帝釈をうやま(敬)うがごとく、母の子を愛するがごとく、まぼ(守)りおも(重)んじ給ふゆへに、法華経の行者をあだむ人を罰し給ふ事、父母のかたきよりも、朝敵よりも重く大科に行ひ給ふなり。/ 然るに貴辺は故次郎入道殿の御子にてをはするなり。御前は又よめ(嫁)なり。いみじく心かしこかりし人の子とよめ(嫁)とにをはすればや、故入道殿のあとをつぎ、国主も御用ゐなき法華経を御用ゐあるのみならず、法華経の行者をやしな(養)はせ給ひて、としどし(年年)に千里の道をおくりむか(迎)へ、去(みまか)りぬる幼子のむすめ御前の十三年に、丈六のそとば(卒塔婆)をたてて、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ(魚族)、其の風にあたりて大海の苦をはなれ、東風(こち)きたれば西山の鳥鹿、其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生まれん。
況やかのそとばに随喜をなし、手をふれ眼に見まいらせ候人類をや。過去の父母も彼のそとば(卒塔婆)の功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水すめば月うつり、つづみ(鼓)をうてばひびきのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此れより後々の御そとばにも法華経の題目を顕はし給へ。/ 弘安二年〈己卯〉十一月三十日  身延山 日蓮花押/ 中興入道殿女房
◆ 右衛門大夫殿御返事 〔C6・弘安二年一二月三日・池上宗仲〕/ 抑 久しく申し承らず候の処に御文到来候ひ畢んぬ。殊にあを(青)きうら(裏)の小袖一、ぼうし(帽子)一、をび(帯)一すぢ、鵞目一貫文、くり一籠たしかにうけとりまいらせ候。/ 当今は末法の始めの五百年に当たりて候。かかる時刻に上行菩薩御出現あって、南無妙法蓮華経の五字を日本国の一切衆生にさづけ給ふべきよし経文分明なり。又流罪死罪に行はるべきよし明らかなり。日蓮は上行菩薩の御使ひにも似たり、此の法門を弘むる故に。神力品に云く「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」等云云。此の経文に「斯人行世間」の五の文字の中の人の文字をば誰とか思し食す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚えたり。経に云く「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」云云。貴辺も上行菩薩の化儀をたすくる人なるべし。/ 弘安二年〈己卯〉十二月三日  日蓮花押/ 右衛門大夫殿御返事
◆ 窪尼御前御返事 〔C4・弘安三年一二月二七日・窪尼(高橋殿後家尼)〕/ 十字五十まい、くしがき(串柿)一れん(連)、あめをけ(飴桶)一つ送り給び了んぬ。御心ざしさきざきかきつくして、ふで(筆)もつ(禿)び、ゆびもたたぬ。三千大千世界に七日ふる雨のかずはかずへつくしてん、十方世界の大地のちり(塵)は知る人もありなん。法華経の一字供養の功徳は知りがたしとこそ、仏はとかせ給ひて候へ。此れをもて御心へあるべし。恐々謹言。/ 十二月二十七日  日蓮花押/ くぼの尼御前御返事
◆ 上野殿御返事 〔C0・弘安二年一二月二七日・南条時光〕/ 白米一だ(駄)をくり給び了んぬ。/ 一切の事は時による事に候か。春は花、秋は月と申す事も時なり。仏も世にいでさせ給ひし事は法華経のためにて候ひしかども、四十余年はとかせ給はず。其の故を経文にとかれて候には「説時未だ至らざるが故に」等云云。なつ(夏)あつわた(厚綿)のこそで、冬かたびら(帷)をたびて候は、うれしき事なれども、ふゆのこそで、なつのかたびらにはすぎず。うへて候時のこがね(金)、かっ(渇)せる時のごれう(御料)はうれしき事なれども、はん(飯)と水とにはすぎず。仏に土をまいらせて候人仏となり、玉をまいらせて地獄へゆくと申すことこれか。/ 日蓮は日本国に生まれてわわく(誑惑)せず、ぬすみせず、かたがたのとがなし。末代の法師にはとがうすき身なれども、文をこのむ王に武のすてられ、いろ(色)をこのむ人に正直物のにくまるるがごとく、念仏と禅と真言と律とを信ずる代に値ひて法華経をひろむれば、王臣万民ににくまれて、結句は山中に候へば、天いかんが計らはせ給ふらむ。五尺のゆき(雪)ふりて本よりもかよわぬ山道ふさがり、といくる人もなし。
衣もうすくてかん(寒)ふせぎがたし。食たへて命すでにをはりなんとす。かかるきざみにいのち(命)さまたげの御とぶらひ、かつはよろこびかつはなげかし。一度にをもい切ってう(飢)へし(死)なんとあんじ切りて候ひつるに、わづかのともしび(灯火)にあぶら(油)を入れそへられたるがごとし。あわれあわれたうとくめでたき御心かな。釈迦仏法華経定めて御計らひ候はんか。恐々謹言。/ (弘安二年到来)十二月二十七日  日蓮(花押)/ 上野殿御返事
◆ 本門戒体抄 〔C6・弘安二年〕/ 大乗戒並びに小乗戒の事。/ 凡そ二百五十戒を受くれば大僧の名を得るなり。受戒は辺国は五人、中国は十人なり。十人とは三師七証なり。三師とは和尚と阿闍梨と教授となり。十人共に五徳を具す。二百五十戒を別解脱戒と云ひ、亦は具足戒とも云ふなり。小乗の五戒を受くるを優婆塞・優婆夷と云ふなり。八斎戒も亦是の如し。五戒を受くるに必ず二師有り。二師とは和尚と阿闍梨となり。八斎戒も亦是の如し。小乗戒は経巻有りと雖も、師資相承無き者には戒を授けざるなり。菩薩の前にしても仏の前に非ざれば戒を授けざるなり。/ 大乗戒の事。〈師は必ず五徳を具する僧なり。常には一師二師なり。一師とは名目梵網経に出づ。二師とは和尚と阿闍梨となり〉具に十重禁戒を受くるを大僧と名づくるなり。亦具足戒とも云ふなり。一戒二戒を受くるをば具足戒とは云はざるなり。日本国には伝教大師より始めて一向大乗戒を立つるなり。伝教已前には通受戒なり。通受戒とは、小乗戒を受けては威儀を正し、大乗戒を受けては成仏を期するなり。大小乗の戒を兼ね受くるを通受戒と云ふ。
日本国には小乗の別解脱戒の弘まることは鑑真和尚の時より始まれり。鑑真已前は沙弥戒なり。千里の内に五徳を具せし僧無くんば自誓受戒す。自誓受戒とは道場に坐して一日二日乃至一年二年罪障を懺悔す。普賢文殊等来たりて告げて、毘尼薩毘尼薩と云はん時自誓受戒すべし。即ち大僧と名づく。毘尼薩毘尼薩とは滅罪滅罪と云ふ事なり。若し五徳を具する僧有れば、好相を見ざれども受戒するなり。十重禁戒を破る者も懺悔すれば之れを授く。四十八軽も亦復是の如し。五逆七逆は論なり。経文分明ならず、授けざるは道理なり。仏は則ち盧舎那仏・二十余の菩薩・羅什三蔵・南岳・天台乃至道邃・伝教大師等なり。達磨・不空は天竺より此の戒を受けたり。已上常人の義なり。/ 日蓮云く、彼れは梵網の意か。伝教大師の顕戒論に云く「大乗戒に二有り。一には梵網経の大乗。二には普賢経の大乗なり。普賢経は一向自誓受戒なり」。常人は梵網千里の外の自誓受戒と普賢経の自誓受戒と之れ同じと思へるなり。日蓮云く、水火の相違なり。所以は何ん。伝教大師の顕戒論に二義有り。一には梵網経の十重戒、四十八軽戒の大僧戒。二には普賢経の大僧戒なり。梵網経の十重禁・四十八軽戒を以て眷属戒と為すなり。
法華経・普賢経の戒を以て大王戒と為すなり。小乗の二百五十戒等は民戒、梵網経の戒は臣戒、法華経普賢経の戒は大王戒なり云云。普賢経の戒師は、千里の外にも千里の内にも、五徳有るも五徳無きも、等覚已下の生身の四依の菩薩等を以て全く伝受戒師に用ゐるべからず。受戒には必ず三師一証一伴なり。已上五人なり。三師とは一は生身の和尚は霊山浄土の釈迦牟尼如来なり。響きの音に応ずるが如く、清水に月の移るが如く、法華経の戒を自誓受戒する時必ず来たり給ふなり。然れば則ち何ぞ生身の釈迦牟尼如来を捨てて更に等覚の元品未断の四依等を用ゐんや。若し円教の四依有らば伝戒の為に之れを請ずべし、伝受戒の為には之れを用ゐるべからず。/ 疑って云く、小乗の戒、梵網の戒に何ぞ生身の如来来たらざるや。答へて云く、小乗の釈迦は灰身滅智の仏なり、生身既に破れたり。譬へば水瓶に清水を入れて他の全瓶に移せば、本瓶既に破るが如し。小乗の釈迦は五分法身の水を以て迦葉・阿難等の全瓶に移して、仏既に灰断に入り了んぬ。乃至仏・四果・初果・四善根・三賢及以(および)博地の凡夫、二千二百余年の間、次の瓶に五分法身の水を移せば前瓶は即破壊す。是の如く展転するの程に、凡夫の土器の瓶に此の五分法身の水を移せば、未だ他瓶に移さざるの前に五分法身の水漏失す。更に何れの水を以てか他の瓶に移さんや。
小乗の戒体も亦復是の如し。正像既に尽きぬ。末法の濁乱には有名無実なり。二百五十戒の僧等は、但土器の瓶のみ有りて全く五分法身の水無きなり。是の如き僧等は、形は沙門に似れども戒体無きが故に天之れを護らず。唯悪行のみを好みて愚人を誑惑するなり。梵網大乗の戒は、譬へば金銀の瓶に仏性法身の清水を入れて亦金銀の瓶に移すが如し。終には破壊すべしと雖も瓦器土器に勝れて其の用強し。故に小乗の二百五十戒の僧の持戒よりも、梵網大乗の破戒の僧は国の依怙と為る。然りと雖も此の戒も終に漏失すべき者なり。/ 普賢経の戒は、正像末の三時に亘りて生身の釈迦如来を以て戒師と為す。故に等覚已下の聖凡の師を用ゐざるなり。小乗の劣応身、通教の勝応身、別教の台上の盧遮那、爾前の円教の虚空為座の毘盧遮那仏、猶以て之れを用ゐず。何に況や其の已下の菩薩・声聞・凡夫等の師をや。但法華迹門の四教開会の釈迦如来、之れを用ゐて和尚と為すなり。二は金色世界の文殊師利菩薩、之れを請じて阿闍梨と為す。四味三教並びに爾前の円教の文殊には非ず。此れは法華迹門の文殊なり。三は都史多天宮の弥勒慈尊、之れを請じて教授と為す。小乗未断惑の弥勒、乃至通別円等の弥勒には非ず。亦無著菩薩、阿輸舎国に来下して授けし所の大乗師の弥勒にも非ず。此れは迹門方便品を授くる所の弥勒なり。已上三師なり。
一証とは十方の諸仏なり。此れは則ち小乗の七証に異なるなり。一伴とは同伴なり。同伴とは同じく受戒の者なり。法華の序品に列なる所の二乗・菩薩・二界八番の衆なり。今の戒は、小乗の二百五十戒等並びに梵網の十重禁・四十八軽戒・華厳の十無尽戒・瓔珞の十戒等を捨てて、未顕真実と定め畢りて、方便品に入りて持つ所の五戒・八戒・十善戒・二百五十戒・五百戒乃至十重禁戒等なり。経に「是名持戒」とは則ち此の意なり。/ 迹門の戒は爾前大小の諸戒には勝ると雖も而も本門戒には及ばざるなり。十重禁とは、一には不殺生戒、二には不偸盗戒、三には不邪淫戒、四には不妄語戒、五には不酒(こしゅ)戒、六には不説四衆過罪戒、七には不自讃毀他戒、八には不慳貪戒、九には不瞋恚戒、十には不謗三宝戒なり。/ 第一に不殺生戒とは、爾前の諸経の心は仏は不殺生戒を持つと説けり。然りと雖も法華経の心は爾前の仏は殺生第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不殺生戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不殺生戒を持たず。二乗・闡提・無性有情等の九界の衆生を殺して成仏せしめず。能化の仏未だ殺生罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。
今身より仏身に至るまで、爾前の殺生罪を捨て、法華寿量品の久遠の不殺生戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第二に不偸盗戒とは、爾前の諸経の心は仏は不偸盗戒を持つと説けり。然りと雖も法華の心は爾前の仏は偸盗第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不偸盗戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不偸盗戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の仏性の玉を盗みて成仏せしめず。能化の仏未だ偸盗罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の偸盗罪を捨て、法華寿量品の久遠の不偸盗戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第三に不邪淫戒とは、爾前の諸経の心は仏は不邪淫戒を持つと説けり。然りと雖も法華の心は爾前の仏は邪淫第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不邪淫戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不邪淫戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の仏性の智水を犯して成仏せしめず。能化の仏未だ邪淫罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の邪淫罪を捨て、法華寿量品の久遠の不邪淫戒を持つや不や、持つと〈三返〉。
第四に不妄語戒とは、爾前の諸経の心は仏は不妄語戒を持つと説けり。然りと雖も法華の心は爾前の仏は妄語第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不妄語戒を持つに似たりと雖も未だ出世の不妄語戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の色心を破りて成仏せしめず。能化の仏未だ妄語罪を免れず。何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の妄語罪を捨て、法華寿量品の久遠の不妄語戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第五に不酒(ふこしゅ)戒とは、爾前の諸経の意は仏は不酒戒を持つと説けり。然りと雖も法華経の心は爾前の仏は酒第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不酒戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不酒戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生をして無明の酒を飲ましめて成仏せしめず。能化の仏未だ酒罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の酒罪を捨て、法華寿量品の久遠の不酒戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第六に不説四衆過罪戒とは、爾前の諸経の心は仏は不説過罪戒を持つと説けり。然りと雖も法華経の心は爾前の仏は説過罪第一なり。
所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不説過罪戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不説過罪戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の過罪を説いて成仏せしめず。能化の仏未だ説過罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の説過罪を捨て、法華寿量品の久遠の不説過罪戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第七に不自讃毀他戒とは、爾前の諸経の心は仏は不自讃毀他戒を持つと説けり。然りと雖も法華の意は、爾前の仏は自讃毀他第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不自讃毀他戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不自讃毀他戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生を毀りて成仏せしめず。能化の仏未だ自讃毀他罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の自讃毀他罪を捨て、法華寿量品の久遠の不自讃毀他戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第八に不慳貪戒とは、爾前の諸経の心は仏は不慳貪戒を持つと説けり。然りと雖も法華の心は爾前の仏は慳貪第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不慳貪戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不慳貪戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の仏性の玉を慳みて成仏せしめず。
能化の仏未だ慳貪罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の慳貪罪を捨て、法華寿量品の久遠の不慳貪戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第九に不瞋恚戒とは、爾前の諸経の心は仏は不瞋恚戒を持つと説けり。然りと雖も法華の意は、爾前の仏は瞋恚第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不瞋恚戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不瞋恚戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生を瞋りて成仏せしめず。能化の仏未だ瞋恚罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。今身より仏身に至るまで、爾前の瞋恚罪を捨て、法華寿量品の久遠の不瞋恚戒を持つや不や、持つと〈三返〉。/ 第十に不謗三宝戒とは、爾前の諸経の意は仏は不謗三宝戒を持つと説けり。然りと雖も法華の意は、爾前の仏は謗三宝第一なり。所以は何ん。爾前の仏は一往世間の不謗三宝戒を持つに似たりと雖も、未だ出世の不謗三宝戒を持たず。二乗・闡提等の九界の衆生の三宝を謗りて成仏せしめず。能化の仏未だ謗三宝罪を免れず、何に況や所化の弟子をや。然るを今の経に悉く成仏せしむ云云。
今身より仏身に至るまで、爾前の謗三宝罪を捨て、法華寿量品の久遠の不謗三宝戒を持つや不や、持つと〈三返〉。
◆ 上野殿御返事 〔C2・弘安三年一月一一日・南条時光〕/ 十字六十枚・清酒一筒・薯蕷(やまのいも)五十本・柑子二十・串柿一連送り給び候ひ畢んぬ。法華経の御宝前にかざり進らせ候。春の始めの三日、種々の物、法華経の御宝前に捧げ候ひ畢んぬ。花は開きて果となり、月は出でて必ずみち、灯は油をさせば光を増し、草木は雨ふればさかう、人は善根をなせば必ずさかう。其の上元三の御志元一にも超え、十字の餅満月の如し。事々又々申すべく候。/ 弘安三年〈庚辰〉正月十一日  日蓮花押/ 上野殿
◆ 秋元御書 〔C6・弘安三年一月二七日・秋元殿〕/ 筒御器一具〈付三十〉、並びに盞(さかづき)〈付六十〉、送り給び候ひ畢んぬ。/ 御器と申すはうつわものと読み候。大地くぼければ水たまる、青天浄ければ月澄めり、月出でぬれば水浄し、雨降れば草木昌へたり。器は大地のくぼきが如し。水たまるは池に水の入るが如し。月の影を浮かぶるは法華経の我等が身に入らせ給ふが如し。/ 器に四つの失あり。一には覆と申してうつぶけるなり。又はくつがへす、又は蓋をおほふなり。二には漏と申して水もるなり。三には(う)と申してけがれたるなり。水浄けれども糞の入りたる器の水をば用ゐる事なし。四には雑なり。飯に或は糞、或は石、或は沙、或は土なんどを雑へぬれば人食らふ事なし。/ 器は我等が身心を表はす。我等が心は器の如し。口も器、耳も器なり。法華経と申すは、仏の智恵の法水を我等が心に入れぬれば、或は打ち返し、或は耳に聞かじと左右の手を二つの耳に覆ひ、或は口に唱へじと吐き出だしぬ。譬へば器を覆するが如し。或は少し信ずる様なれども又悪縁に値ひて信心うすくなり、或は打ち捨て、或は信ずる日はあれども捨つる月もあり。是れは水の漏るが如し。
或は法華経を行ずる人の、一口は南無妙法蓮華経、一口は南無阿弥陀仏なんど申すは、飯に糞を雑へ沙石を入れたるが如し。法華経の文に「但楽ひて大乗経典を受持して、乃至余経の一偈をも受けざれ」等と説くは是れなり。世間の学匠は法華経に余行を雑へても苦しからずと思へり。日蓮もさこそ思ひ候へども、経文は爾らず。譬へば后の大王の種子を孕めるが、又民ととつ(嫁)げば王種と民種と雑りて、天の加護と氏神の守護とに捨てられ、其の国破るる縁となる。父二人出で来たれば王にもあらず、民にもあらず、人非人なり。法華経の大事と申すは是れなり。種・熟・脱の法門、法華経の肝心なり。三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏になり給へり。南無阿弥陀仏は仏種にはあらず。真言五戒等も種ならず。能く能く此の事を習ひ給ふべし。是れは雑なり。/ 此の覆・漏・(う)・雑の四つの失を離れて候器をば完器と申してまた(完)き器なり。塹・つつみ(堤)漏らざれば水失せる事なし。信心のこころ全ければ平等大恵の智水乾く事なし。今此の筒の御器は固く厚く候上、漆浄く候へば、法華経の御信力の堅固なる事を顕はし給ふか。
毘沙門天は仏に四つの鉢を進らせて、四天下第一の福天と云はれ給ふ。浄徳夫人は雲雷音王仏に八万四千の鉢を供養し進らせて妙音菩薩と成り給ふ。今法華経に筒御器三十、盞六十進らせて、争でか仏に成らせ給はざるべき。/ 抑 日本国と申すは十の名あり。扶桑・野馬台・水穂・秋津洲等なり。別しては六十六箇国島二つ、長さ三千余里、広さは不定なり。或は百里、或は五百里等。五畿・七道、郡は五百八十六、郷は三千七百二十九、田の代は上田一万一千一百二十町乃至八十八万五千五百六十七町、人数は四十九億八万九千六百五十八人なり。神社は三千一百三十二社、寺は一万一千三十七所、男は十九億九万四千八百二十八人、女は二十九億九万四千八百三十人なり。其の男の中に只日蓮第一の者なり。何事の第一とならば、男女に悪まれたる第一の者なり。/ 其の故は日本国に国多く人多しと云へども、其の心一同に南無阿弥陀仏を口ずさみとす。阿弥陀仏を本尊とし、九方を嫌ひて西方を願ふ。設ひ法華経を行ずる人も、真言を行ふ人も、戒を持つ者も、智者も愚人も、余行を傍として念仏を正とし、罪を消さん謀は名号なり。故に或は六万・八万・四十八万返、或は十返・百返・千返なり。
而るを日蓮一人、阿弥陀仏は無間の業、禅宗は天魔の所為、真言は亡国の悪法、律宗持斎等は国賊なりと申す故に、上一人より下万民に至るまで父母の敵・宿世の敵・謀叛・夜討ち・強盗よりも、或は畏れ、或は瞋り、或は詈り、或は打つ。是れを呰る者には所領を与へ、是れを讃むる者をば其の内を出だし、或は過料を引かせ、殺害したる者をば褒美なんどせらるる上、両度まで御勘気を蒙れり。当世第一の不思議の者たるのみならず、人王九十代、仏法渡りては七百余年なれども、かかる不思議の者なし。日蓮は文永の大彗星の如し、日本国に昔より無き天変なり。日蓮は正嘉の大地震の如し、秋津洲に始めての地夭なり。/ 日本国に代始まりてより已に謀叛の者二十六人。第一は大山の王子、第二は大石の山丸、乃至、第二十五人は頼朝、第二十六人は義時なり。二十四人は朝に責められ奉り、獄門に首を懸けられ、山野に骸を曝す。二人は王位を傾け奉り国中を手に拳る。王法既に尽きぬ。此等の人々も日蓮が万人に悪まれたるには過ぎず。/ 其の由を尋ぬれば法華経には「最第一」の文あり。然るを弘法大師は法華最第三、慈覚大師は法華最第二、智証大師は慈覚の如し。
今叡山・東寺・園城寺の諸僧、法華経に向かひては法華最第一と読めども、其の義をば第二第三と読むなり。公家と武家とは子細は知ろしめさねども、御帰依の高僧等皆此の義なれば師檀一同の義なり。其の外禅宗は教外別伝云云。法華経を蔑如する言なり。念仏宗は「千中無一 未有一人得者」と申す。心は法華経を念仏に対して挙げて失ふ義なり。律宗は小乗なり。正法の時すら仏免し給ふ事なし、況や末法に是れを行じて国主を誑惑し奉るをや。妲己・妹喜・褒似の三女が三王を誑かして代を失ひしが如し。かかる悪法国に流布して法華経を失ふ故に、安徳・尊成等の大王、天照太神・正八幡に捨てられ給ひて、或は海に沈み、或は島に放たれ給ひ、相伝の所従等に傾けられ給ひしは、天に捨てられさせ給ふ故ぞかし。/ 法華経の御敵を御帰依有りしかども、是れを知る人なければ其の失を知る事もなし。「智人は起を知り、蛇は自ら蛇を識る」とは是れなり。日蓮は智人に非ざれども、蛇は竜の心を知り、烏の世の吉凶を計るが如し。此の事計りを勘へ得て候なり。此の事を申すならば須臾に失に当たるべし。申さずば又大阿鼻地獄に堕つべし。/ 法華経を習ふには三の義有り。一には謗人、勝意比丘・苦岸比丘・無垢論師・大慢婆羅門等が如し。
彼等は三衣を身に纏い、一鉢を眼に当りてて、二百五十戒を堅く持ちて、而も大乗の讐敵と成りて無間大城に堕ちにき。今日本国の弘法・慈覚・智証等は持戒は彼等が如く智恵は又彼の比丘に異ならず。但大日経真言第一、法華経第二第三と申す事、百千に一つも日蓮が申す様ならば無間大城にやおはすらん。此の事は申すも恐れあり。増して書き付くるまでは如何と思ひ候へども、法華経最第一と説かれて候に、是れを二・三等と読まん人を聞いて、人を恐れ国を恐れて申さずば「是れ即ち彼れが怨なり」と申して、一切衆生の大怨敵なるべき由、経と釈とにのせられて候へば申し候なり。人を恐れず代を憚らずと云ふ事「我不愛身命 但惜無上道」と申すは是れなり。不軽菩薩の悪口杖石も他事に非ず、世間を恐れざるに非ず。唯法華経の責めの苦(ねんごろ)なればなり。例せば祐成・時宗が大将殿の陣の内を簡ばざりしは、敵の恋しく恥の悲しかりし故ぞかし。此れは謗人なり。/ 謗家と申すは都て一期の間、法華経を謗ぜず、昼夜十二時に行ずれども、謗家に生まれぬれば必ず無間地獄に堕つ。例せば勝意比丘・苦岸比丘の家に生まれて、或は弟子と成り、或は檀那と成りし者共が心ならず無間地獄に堕ちたる是れなり。
譬へば義盛が方の者、軍をせし者はさて置きぬ、腹の内に有りし子も産むを待たれず、母の腹を裂かれしが如し。今日蓮が申す弘法・慈覚・智証の三大師の法華経を正しく無明の辺域、虚妄の法と書かれて候は、若し法華経の文実ならば、叡山・東寺・園城寺・七大寺・日本一万一千三十七所の寺々の僧は如何が候はんずらん。先例の如くならば無間大城疑ひ無し。是れは謗家なり。/ 謗国と申すは、謗法の者其の国に住すれば其の一国皆無間大城になるなり。大海へは一切の水集まり、其の国は一切の禍集まる。譬へば山に草木の滋きが如し。三災月々に重なり、七難日々に来たる。飢渇発れば其の国餓鬼道と変じ、疫病重なれば其の国地獄道となる。軍起これば其の国修羅道と変ず。父母・兄弟・姉妹を簡ばず、妻とし、夫と憑めば其の国畜生道となる。死して三悪道に堕つるにはあらず。現身に其の国四悪道と変ずるなり。此れを謗国と申す。例せば大荘厳仏の末法、師子音王仏の濁世の人々の如し。又報恩経に説かれて候が如きんば、過去せる父母・兄弟・姉妹一切の人死せるを食し、又生きたるを食す。今日本国亦復是の如し。真言師・禅宗・持斎等人を食する者国中に充満せり。是れ偏に真言の邪法より事起これり。
竜象房が人を食らひしは万が一つ顕はれたるなり。彼れに習ひて人の肉を或は猪鹿に交へ、或は魚鳥に切り雑へ、或はたたき加へ、或はすし(鮨)として売る。食する者数を知らず。皆天に捨てられ、守護の善神に放されたるが故なり。結句は此の国他国より責められ、自国どし(同志)打ちして、此の国変じて無間地獄と成るべし。/ 日蓮此の大なる失を兼ねて見し故に、与同罪の失を脱れんが為、仏の呵責を思ふ故に、知恩報恩の為、国の恩を報ぜんと思ひて、国主並びに一切衆生に告げ知らしめしなり。不殺生戒と申すは一切の諸戒の中の第一なり。五戒の初めにも不殺生戒、八戒・十戒・二百五十戒・五百戒・梵網の十重禁戒・華厳の十無尽戒・瓔珞経の十戒等の初めには皆不殺生戒なり。儒家の三千の禁めの中にも大辟(たいへき)こそ第一にて候へ。其の故は「遍満三千界 無有直身命」と申して、三千世界に満つる珍宝なれども命に替はる事はなし。蟻子(あり)を殺す者尚地獄に堕つ、況や魚鳥等をや。青草を切る者猶地獄に堕つ、況や死骸を切る者をや。/ 是の如き重戒なれども、法華経の敵に成れば此れを害するは第一の功徳と説き給ふなり、況や供養を展ぶべきをや。
故に仙予国王は五百人の法師を殺し、覚徳比丘は無量の謗法者を殺し、阿育大王は十万八千の外道を殺し給ひき。此等の国王・比丘等は閻浮第一の賢王、持戒第一の智者なり。仙予国王は釈迦仏、覚徳比丘は迦葉仏、阿育大王は得道の仁なり。今日本国も又是の如し。持戒・破戒・無戒・王臣・万民を論ぜす、一同の法華経誹謗の国なり。設ひ身の皮をは(剥)ぎて法華経を書き奉り、肉を積みて供養し給ふとも、必ず国も滅び、身も地獄に堕ち給ふべき大なる科あり。唯真言宗・念仏宗・禅宗・持斎等の身を禁めて法華経によせよ。/ 天台の六十巻を空に浮かべて国主等には智人と思はれたる人々の、或は智の及ばざるか、或は知れども世を恐るるかの故に、或は真言宗をほめ、或は念仏・禅・律等に同ずれば、彼等が大科には百千超えて候。例せば成良(しげよし)・義村等が如し。慈恩大師は玄賛十巻を造りて法華経を讃めて地獄に堕つ。此の人は太宗皇帝の御師、玄奘三蔵の上足、十一面観音の後身と申すぞかし。音は法華経に似たれども、心は爾前の経に同ずる故なり。嘉祥大師は法華玄十巻を造りて、既に無間地獄に堕つべかりしが、法華経を読む事を打ち捨てて、天台大師に仕へしかば、地獄の苦を脱れ給ひき。
今法華宗の人々も又是の如し。比叡山は法華経の御住所、日本国は一乗の御所領なり。而るを慈覚大師は法華経の座主を奪ひ取りて真言の座主となし、三千の大衆も又其の所従と成りぬ。弘法大師は法華宗の檀那にて御坐します嵯峨の天皇を奪ひ取りて、内裏を真言宗の寺と成せり。/ 安徳天皇は明雲座主を師として、頼朝の朝臣を調伏せさせ給ひし程に、右大将殿に罰せらるるのみならず、安徳は西海に沈み、明雲は義仲に殺され給ひき。尊成王は天台座主慈円僧正、東寺御室並びに四十一人の高僧等を奉請し下し、内裏に大壇を立てて義時右京権大夫殿を調伏せし程に、七日と申せし六月十四日に洛陽破れて王は隠岐国、或は佐渡島に遷さらる、座主・御室は或は責められ、或は思ひ死に給ひき。世間の人々此の根源を知る事なし。此れ偏に法華経・大日経の勝劣に迷へる故なり。今も又日本国、大蒙古国の責めを得て、彼の不吉の法を以て御調伏を行はると承る。又日記分明なり。此の事を知らん人争でか歎かざるべき。/ 悲しきかな、我等誹謗正法の国に生まれて大苦に値はん事よ。設ひ謗身は脱ると云ふとも、謗家謗国の失如何せん。
謗家の失を脱れんと思はば、父母兄弟等に此の事を語り申せ。或は悪まるるか、或は信ぜさせまいらするか。謗国の失を脱れんと思はば、国主を諫暁し奉りて死罪か流罪かに行はらるべきなり。「我不愛身命 但惜無上道」と説かれ「身軽法重 死身弘法」と釈せられしは是れなり。/ 過去遠々劫より今に仏に成らざりける事は、加様の事に恐れて云ひ出ださざりける故なり。未来も亦復是の如くなるべし。今日蓮が身に当たりてつみ知られて候。設ひ此の事を知る弟子等の中にも、当世の責めのおそろしさと申し、露の身の消え難きに依りて、或は落ち、或は心計りは信じ、或はとかう(左右)す。御経の文に「難信難解」と説かれて候が身に当たりて貴く覚え候ぞ。謗ずる人は大地微塵の如し、信ずる人は爪上の土の如し。謗ずる人は大海、進む人は一渧なり。/ 天台山に竜門と申す所あり。其の滝百丈なり。春の始めに魚集まりて此の滝へ登るに、百千に一つも登る魚は竜と成る。此の滝の早き事矢にも過ぎ、電光にも過ぎたり。登りがたき上に、春の始めに此の滝に漁父集まりて、魚を取る網を懸くる事百千重、或は射りて取り、或は酌みて取る。
鷲・鵰(くまたか)・鴟(とび)・梟・虎・狼・犬・狐集まりて昼夜に取り(くら)ふなり。十年二十年に一つも竜となる魚なし。例せば凡下の者の昇殿を望み、下女が后と成らんとするが如し。法華経を信ずる事、此れにも過ぎて候と思し食せ。/ 常に仏禁めて言く、何なる持戒智恵高く御坐して、一切経並びに法華経を進退せる人なりとも、法華経の敵を見て、責め罵り国主にも申さず、人を恐れて黙止するならば、必ず無間大城に堕つべし。譬へば我は謀叛を発さねども、謀叛の者を知りて国主にも申さねば、与同罪は彼の謀叛の者の如し。南岳大師の云く「法華経の讐(あだ)を見て呵責せざる者は謗法の者なり、無間地獄の上に堕ちん」。見て申さぬ大智者は、無間の底に堕ちて彼の地獄の有らん限りは出づるべからず。日蓮此の禁めを恐るる故に、国中を責めて候程に、一度ならず流罪死罪に及びぬ。今は罪も消え過も脱れなんと思ひて、鎌倉を去りて此の山に入りて七年なり。/ 此の山の為体日本国の中には七道あり。七道の内に東海道十五箇国、其の内に甲州飯野・御牧・三箇郷の内、波木井と申す。此の郷の内、戌亥の方に入りて二十余里の深山あり。北は身延山、南は鷹取山、西は七面山、東は天子山なり。板を四枚つい立てたるが如し。
此の外を回りて四つの河あり。北より南へ富士河、西より東へ早河、此れは後なり。前に西より東へ波木井河の中に一つの滝あり。身延河と名づけたり。中天竺の鷲峰山を此処に移せるか、将又漢土の天台山の来たれるかと覚ゆ。/ 此の四山四河の中に、手の広さ程の平らかなる処あり。爰に庵室を結びて天雨を脱れ、木の皮をはぎて四壁とし、自死の鹿の皮を衣とし、春は蕨を折りて身を養ひ、秋は果を拾ひて命を支へ候ひつる程に、去年十一月より雪降り積り、改年の正月今に絶ゆる事なし。庵室は七尺、雪は一丈。四壁は氷を壁とし、軒のつららは道場荘厳の瓔珞の玉に似たり。内には雪を米と積む。本より人も来たらぬ上、雪深くして道塞がり、問ふ人もなき処なれば、現在に八寒地獄の業を身につぐの(償)へり。生きながら仏には成らずして、又寒苦鳥と申す鳥にも相似たり。頭は剃る事なければうづら(鶉)の如し。衣は氷にとぢられて鴦鴛(おし)の羽を氷の結べるが如し。/ かかる処へは古へ眤(むつ)びし人も問はず、弟子等にも捨てられて候ひつるに、是の御器を給はりて雪を盛りて飯と観じ、水を飲みてこんず(漿)と思ふ。志のゆく所思ひ遣らせ給へ。又々申すべく候。恐々謹言。
弘安三年正月二十七日  日蓮花押/ 秋元太郎兵衛殿御返事
◆ 慈覚大師事 〔C0・弘安三年一月二七日・大田乗明〕/ 鵞眼三貫・絹袈裟一帖給はり了んぬ。法門の事は秋元太郎兵衛尉殿御返事に少々注して候。御覧有るべく候。/ なによりも受け難き人身、値ひ難き仏法に値ひて候に、五尺の身に一尺の面あり。其の面の中に三寸の眼二つあり。一歳より六十に及んで多くの物を見る中に、悦ばしき事は法華最第一の経文なり。あさましき事は、慈覚大師の金剛頂経の頂の字を釈して云く「言ふ所の頂とは、諸の大乗の法の中に於て最勝にして過上無き故に、頂を以て之れに名づく。乃至人の身の頂最も為れ勝るるが如し。乃至法華に云く、是法住法位と。今正しく此の秘密の理を顕説す。故に金剛頂と云ふなり」云云。又云く「金剛は宝の中の宝なるが如く此の経も亦爾なり。諸の経法の中に最も為れ第一にして三世の如来の髻(もとどり)の中の宝なる故に」等云云。/ 此の釈の心は法華最第一の経文を奪ひ取りて金剛頂経に付くるのみならず「如人之身頂最為勝」の釈の心は法華経の頭を切りて真言経の頂とせり。此れ即ち鶴の頸を切りて蝦の頸に付けけるか。真言の蟆(かわず)も死しぬ、法華経の鶴の御頸も切れぬと見え候。此れこそ人身うけたる眼の不思議にては候へ。
三千年に一度花開くなる優曇花は転輪聖王此れを見る。究竟円満の仏にならざらんより外は法華経の御敵は見しらさんなり。一乗のかたき夢のごとく勘へ出だして候。慈覚大師の御はかはいづれのところに有りと申す事きこへず候。世間に云ふ、御頭は出羽国立石寺に有り云云。いかにも此の事は頭と身とは別の所に有るか。/ 明雲座主は義仲に頭を切られたり。天台座主を見候へば、伝教大師はさてをきまいらせ候ひぬ。第一義真・第二円澄、此の両人は法華経を正とし、真言を傍とせり。第三の座主慈覚大師は真言を正とし、法華経を傍とせり。其の已後代々の座主は相論にて思ひ定むる事無し。第五十五並びに五十七の二代は明雲大僧正座主なり。此の座主は安元三年五月日、院勘を蒙りて伊豆国え配流、山僧大津にて奪ひ取る。後、治承三年十一月に座主となりて源右将軍頼朝を調伏せし程に、寿永二年十一月十九日義仲に打たれさせ給ふ。此の人生けると死ぬと二度大難に値へり。生の難は仏法の定例、聖賢の御繁盛の花なり。死の後の恥辱は悪人・愚人・誹謗正法の人招くわざわいなり。所謂 大慢ばら(婆羅)門・須利等なり。粗此れを勘へたるに、明雲より一向に真言の座主となりて後、今三十余代一百余年が間、一向真言の座主にて法華経の所領を奪へるなり。
しかれば此等の人々は釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵、梵釈・日月・四天・天照太神・正八幡大菩薩の御讐敵なりと見えて候ぞ。我が弟子等此の旨を存じて法門を案じ給ふべし。恐々謹言。/ 正月二十七日  日蓮(花押)/ 大田入道殿御返事
◆ 日住禅門御返事 〔C6・弘安三年三月三日・日住禅門〕/ 委細に示し給ひ候条是非無く候。仍って祖父妙厳聖霊の御志ねんごろ(懇)に回向いたすべく候。経文に「是人於仏道 決定無有疑」。此の文をひまなく御唱へあるべく候。日月は地となり、地は天となるとも、此の経の行者の三悪道に落つる事あるべからず。恐々謹言。/ 三月三日  日蓮花押/ 日住禅門御返事
◆ 上野殿御返事 〔C6・弘安三年三月八日・南条時光〕/ 故上野殿御忌日の僧膳料米一たはら、たしかに給はり候ひ畢んぬ。御仏に供しまいらせて、自我偈一巻よみまいらせ候べし。/ 孝養と申すはまづ不孝を知りて孝をしるべし。不孝と申すは酉夢(ゆうぼう)と云ふ者、父を打ちしかば天雷身をさく。班婦(はんぷ)と申せし者、母をのりしかば毒蛇来たりてのみき。阿闍世王父をころせしかば白癩病の人となりにき。波瑠璃王は親をころせしかば河上に火出でて現身に無間にをちにき。他人をころしたるには、いまだかくの如くの例(ためし)なし。不孝をもて思ふに孝養の功徳のおほきなる事もしられたり。外典三千余巻は他事なし、ただ父母の孝養ばかりなり。しかれども現世をやしなひて後生をたすけず。父母の恩のおもき事は大海のごとし。現世をやしなひ後生をたすけざれば一渧(いってい)のごとし。/ 内典五千余巻又他事なし、ただ孝養の功徳をとけるなり。しかれども如来四十余年の説教は孝養ににたれども、その説いまだあらはれず。孝が中の不孝なるべし。目連尊者の母の餓鬼道の苦をすくひしかば、わづかに人天の苦をすくひていまだ成仏のみち(道)にはいれず。
釈迦如来は御年三十の時、父浄飯王に法を説いて第四果をえせしめ給へり。母の摩耶夫人をば御年三十八の時、阿羅漢果をえせしめ給へり。此等は孝養ににたれども還りて仏に不孝のとがあり。わづかに六道をばはなれしめたれども、父母をば永不成仏の道に入れ給へり。譬へば太子を凡下の者となし、王女を匹夫にあはせたるが如し。されば仏説いて云く「我則ち慳貪に堕せん、此の事は為(さだ)めて不可なり」云云。仏は父母に甘露をおしみて麦飯を与へたる人、清酒をおしみて濁酒をのませたる不孝第一の人なり。波瑠璃王のごとく現身に無間大城におち、阿闍世王の如く即身に白癩病をもつぎぬべかりしが、四十二年と申せしに法華経を説き給ひて「是の人滅度の想ひを生じて涅槃に入ると雖も、而も彼の土に於て仏の智恵を求めて是の経を聞くことを得ん」と、父母の御孝養のために法華経を説き給ひしかば、宝浄世界の多宝仏も実の孝養の仏なりとほめ給ひ、十方の諸仏もあつまりて一切諸仏の中には孝養第一の仏なりと定め奉りき。/ これをもって案ずるに日本国の人は皆不孝の仁ぞかし。涅槃経の文に不孝の者は大地微塵よりも多しと説き給へり。
されば天の日月、八万四千の星、各いかりをなし、眼をいからかして日本国をにらめ給ふ。今の陰陽師の天変頻りなりと奏し申す是れなり。地夭日々に起こりて大海の上に小船をうかべたるが如し。今の日本国の少児は魄をうしなひ、女人は血をはく是れなり。/ 貴辺は日本国第一の孝養の人なり。梵天・帝釈をり下りて左右の羽となり、四方の地神は足をいただいて父母とあをぎ給ふらん。事多しといへどもとどめ候ひ畢んぬ。恐々謹言。/ 弘安三年三月八日  日蓮花押/ 進上 上野殿御返事
◆ 富城入道殿御返事 〔C0・弘安四年四月一〇日・富木常忍及び尼御前〕/ 鵞目一結給はり候ひ了んぬ。御志は挙げて法華経に申し候ひ了んぬ。定めて十羅刹御身を守護すること疑ひ無く候はんか。さては尼御前の御事をぼつかなく候由、申し伝へさせ給ひ候へ。恐々謹言。/ 卯月十日  日蓮(花押)/ 富城入道殿御返事
◆ 持妙尼御前御返事 〔C4・建治二年五月四日・持妙尼(高橋殿後家尼)〕/ すず(種々)のもの給はりて候。たうじ(当時)はのう(農)時にて人のいとまなき時、かやうにくさぐさ(種々)のものども、をくり給びて候事、いかにとも申すばかりなく候。これもひとへに故入道殿の御わかれのしのびがたきに、御後世の御ためにてこそ候らんめ。ねんごろにごせ(後世)をとぶらはせ給ひ候へば、いくそばくうれしくおはしますらん。とふ人もなき草むらに、露しげきやうにて、さばせかい(裟婆世界)にとどめをきしをさなきものなんどの、ゆくへきかまほし。あの蘇武が胡国に十九年、ふるさとの妻と子とのこひしさに、雁の足につけしふみ。安部中麻呂が漢土にて日本へかへされざりし時、東にいでし月をみて、あのかすがの(春日野)の月よとながめしも、身にあたりてこそおはすらめ。/ しかるに法華経の題目をつねはとなへさせ給へば、此の妙の文じ(字)御つかひに変ぜさせ給ひ、或は文殊師利菩薩、或は普賢菩薩、或は上行菩薩、或は不軽菩薩等とならせ給ふ。ちんし(陳子)がかがみ(鏡)のとり(鳥)のつねにつげしがごとく、蘇武がめ(妻)のきぬた(碪)のこゑのきこへしがごとく、さばせかい(娑婆世界)の事を冥途につげさせ給ふらん。
又妙の文字は花のこのみとなるがごとく、半月の満月となるがごとく、変じて仏とならせ給ふ文字なり。されば経に云く「能く此の経を持つは則ち仏身を持つなり」。天台大師の云く「一々文々是れ真仏なり」等云云。妙の文字は三十二相八十種好円備せさせ給ふ釈迦如来にておはしますを、我等が眼つたなくして文字とはみまいらせ候なり。譬へば、蓮(はちす)の子(み)の池の中に生ひて候がやうに候。はちすの候を、としよりて候人は眼くらくしてみず。よるはかげの候を、やみにみざるがごとし。されども此の妙の字は仏にておはし候なり。又、此の妙の文字は、月なり、日なり、星なり、かがみなり、衣なり、食なり、花なり、大地なり、大海なり。一切の功徳を合はせて妙の文字とならせ給ふ。又は如意宝珠のたまなり。かくのごとくしらせ給ふべし。くはしくは又々申すべし。/ 五月四日  日蓮花押/ はわき(伯耆)殿申させ給へ。
◆ 妙一尼御前御返事 〔C6・弘安三年五月一八日・妙一尼〕/ 夫れ信心と申すは別にはこれなく候。妻のをとこ(夫)をおしむが如く、をとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く、子の母にはなれざるが如くに、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて、南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり。しかのみならず「正直捨方便 不受余経一偈」の経文を、女のかがみ(鏡)をすてざるが如く、男の刀をさすが如く、すこしもすつる心なく案じ給ふべく候。あなかしこあなかしこ。/ 五月十八日  日蓮花押/ 妙一尼御前御返事
◆ 諸経与法華経難易事 〔C0・弘安三年五月二六日・富木常忍〕/ 問うて云く、法華経の第四法師品に云く「難信難解」云云。いかなる事ぞや。答へて云く、此の経は仏説き給ひて後、二千余年にまかりなり候。月氏に一千二百余年、漢土に二百余年を経て後、日本国に渡りてすでに七百余年なり。仏滅後に此の法華経の此の句を読みたる人但三人なり。所謂 月氏には竜樹菩薩。大論に云く「譬へば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云。此れは竜樹菩薩の難信難解の四字を読み給ひしなり。漢土には天台智者大師と申せし人読みて云く「已今当の説最も為れ難信難解」云云。日本国には伝教大師読みて云く「已説の四時の経、今説の無量義経、当説の涅槃経は易信易解なり、随他意の故に。此の法華経は最も為れ難信難解なり、随自意の故に」等云云。/ 問うて云く、其の意 如何。答へて云く、易信易解は随他意の故に、難信難解は随自意の故なり云云。弘法大師並びに日本国東寺の門人をもわく、法華経は顕教の内の難信難解にて、密教に相対すれば易信易解なり云云。慈覚・智証並びに門家思ふやう、法華経と大日経は倶に難信難解なり。但し大日経と法華経と相対せば法華経は難信難解、大日経は最も為れ難信難解なり云云。此の二義は日本一同なり。
日蓮読みて云く、外道の経は易信易解、小乗経は難信難解。小乗経は易信易解、大日経等は難信難解。大日経等は易信易解、般若経は難信難解なり。般若と華厳と、華厳と涅槃と、涅槃と法華と、迹門と本門と、重々の難易あり。/ 問うて云く、此の義を知りて何の詮か有る。答へて云く、生死の長夜を照らす大灯、元品の無明を切る利剣は此の法門に過ぎざるか。随他意とは、真言宗・華厳宗等は随他意・易信易解なり。仏、九界の衆生の意楽に随ひて説く所の経々を随他意という。譬へば賢父が愚子に随ふが如し。仏、仏界に随ひて説く所の経を随自意という。譬へば聖父が愚子を随へたるが如し。日蓮此の義に付きて大日経・華厳経・涅槃経等を勘へ見候に、皆随他意の経々なり。/ 問うて云く、其の随他意の証拠 如何。答へて云く、勝鬘経に云く「非法を聞くこと無き衆生には人天の善根を以て之れを成熟す。声聞を求むる者には声聞乗を授け、縁覚を求むる者には縁覚乗を授け、大乗を求むる者には授くるに大乗を以てす」云云。易信易解の心是れなり。華厳・大日・般若・涅槃等又是の如し。「爾の時に世尊、薬王菩薩に因せて八万の大士に告げたまはく、薬王、汝是の大衆の中の無量の諸天・竜王・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩(ご)羅伽・人と非人と及び比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、仏道を求むる者を見るや。
是の如き等類咸く仏前に於て妙法華経の一偈一句を聞いて、一念も随喜する者には我皆記を与へ授く、当に阿○菩提を得べし」文。諸経の如くんば、人には五戒、天には十善、梵には慈悲喜捨、魔王には一無遮、比丘には二百五十、比丘尼には五百戒、声聞には四諦、縁覚には十二因縁、菩薩には六度。譬へば水の器の方円に随ひ象の敵に随ひて力を出だすがごとし。法華経は爾らず。八部・四衆皆一同に法華経を演説す。譬へば定木の曲がりを削り、師子王の剛弱を嫌はずして大力を出だすがごとし。此の明鏡を以て一切経を見聞するに、大日の三部・浄土の三部等隠れ無し。/ 而るをいかにやしけん、弘法・慈覚・智証の御義を本としける程に、此の義すでに隠没して日本国四百余年なり。珠をもって石にかへ、栴檀を凡木にうれり。仏法やうやく顛倒しければ世間も又濁乱せり。仏法は体のごとし、世間はかげのごとし。体曲がれば影ななめなり。幸ひなるは我が一門、仏意に随ひて自然に薩般若海に流入す。苦しきは世間の学者、随他意を信じて苦海に沈まん。委細の旨又々申すべく候。恐々謹言。/ 五月二十六日  日蓮(花押)/ 富木殿御返事
◆ 新田殿御書 〔C3・建治三年五月二九日・新田殿並びに女房〕/ 使ひの御志限り無き者か。経は法華経、顕密第一の大法なり。仏は釈迦仏、諸仏第一の上仏なり。行者は法華経の行者に相似たり。三事既に相応せり。檀那の一願必ず成就せんか。恐々謹言。/ 五月二十九日  日蓮花押/ 新田殿 並びに女房御方御返事
◆ 窪尼御前御返事 〔C4・弘安三年六月二七日・窪尼(高橋殿後家尼)〕/ 仏の御弟子の中にあなりち(阿那律)と申せし人は、こくぼん(斛飯)王の御子、いゑにたからをみてておはしき。のちに仏の御でし(弟子)となりては、天眼第一のあなりちとて、三千大千世界を御覧ありし人、法華経の座にては普明如来とならせ給ふ。そのさき(前)のよ(世)の事をたづぬれば、ひえ(稗)のはん(飯)一を辟支仏と申す仏の弟子にくやうせしゆへなり。いまの比丘尼は、あわ(粟)のわさごめ(早稲米)山中にをくりて法華経にくやうしまいらせ給ふ。いかでか仏にならせ給はざるべき。恐々謹言。/ 六月二十七日  日蓮花押/ くぼの尼御前御返事
◆ 大田殿女房御返事 〔C0・弘安三年七月二日・大田殿女房〕/ 八月分の八木(こめ)一石給はり候ひ了んぬ。/ 即身成仏と申す法門は、諸大乗経並びに大日経等の経文に分明に候ぞ。爾ればとて彼の経々の人々の即身成仏と申すは、二つの増上慢に堕ちて必ず無間地獄へ入り候なり。記の九に云く「然して二つの上慢深浅無きにあらず、如と謂ふは乃ち大無慚の人と成る」等云云。諸大乗経の煩悩即菩提・生死即涅槃の即身成仏の法門は、いみじくをそたかきやうなれども、此れはあえて即身成仏の法門にはあらず。其の心は二乗と申す者は鹿苑にして見思を断じて、いまだ塵沙・無明をば断ぜざる者が、我は已に煩悩を尽くしたり。無余に入りて灰身滅智の者となれり。灰身なれば即身にあらず。滅智なれば成仏の義なし。/ されば凡夫は煩悩・業もあり、苦果の依身も失ふ事なければ、煩悩・業を種として報身・応身ともなりなん。苦果あれば生死即涅槃とて、法身如来ともなりなんと、二乗をこそ弾呵せさせ給ひしか。さればとて煩悩・業・苦が三身の種とはなり候はず。今法華経にして、有余・無余の二乗が無き煩悩・業・苦をとり出だして、即身成仏と説き給ふ時、二乗の即身成仏するのみならず、凡夫も即身成仏するなり。
此の法門をだにもくはしく案じほどかせ給わば、華厳・真言等の人々の即身成仏と申し候は、依経に文は候へども、其の義はあへてなき事なり。僻事の起こり此れなり。弘法・慈覚・智証等は、此の法門に迷惑せる人なりとみ(見)候。何に況や其の已下の古徳・先徳等は言ふにたらず。但し、天台の第四十六の座主東陽の忠尋と申す人こそ、此の法門はすこしあやぶまれて候事は候へ。然れども天台の座主慈覚の末をうくる人なれば、いつわりをろかにて、さてはてぬるか。其の上日本国に生を受くる人は、いかでか心にはをもうとも、言に出だし候べき。しかれども釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌・竜樹菩薩・天台・妙楽・伝教大師は、即身成仏は法華経に限るとをぼしめされて候ぞ。我が弟子等は此の事ををもひ出にせさせ給へ、せさせ給へ。/ 妙法蓮華経の五字の中に、諸論師・諸人師の釈まちまちに候へども、皆諸経の見を出でず。但し、竜樹菩薩の大論と申す論に「譬へば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」と申す釈こそ、此の一字を心へさせ給ひたりけるかと見へて候へ。毒と申すは苦集の二諦、生死の因果は毒の中の毒にて候ぞかし。
此の毒を生死即涅槃、煩悩即菩提となし候を、妙の極とは申しけるなり。良薬と申すは毒の変じて薬となりけるを良薬とは申し候ひけり。此の竜樹菩薩は大論と申す文の一百の巻に、華厳・般若等は妙にあらず、法華経こそ妙にて候へと申す釈なり。此の大論は竜樹菩薩の論、羅什三蔵と申す人の漢土へわたして候なり。天台大師は此の法門を御らむあて、南北をばせめさせ給ひて候ぞ。/ 而るを漢土唐の中、日本弘仁已後の人々の誤りの出来し候ひける事は、唐の第九代宗皇帝の御宇、不空三蔵と申す人の天竺より渡して候論あり、菩提心論と申す。此の論は竜樹の論となづけて候。此の論に云く「唯真言法の中にのみ即身成仏する故に是れ三摩地の法を説く。諸教の中に於て欠きて書せず」と申す文あり。此の釈にばかされて、弘法・慈覚・智証等の法門はさんざんの事にては候なり。但し、大論は竜樹の論たる事は自他あらそう事なし。菩提心論は竜樹の論、不空の論と申すあらそい有り。此れはいかにも候へ、さてをき候ひぬ。/ 但し、不審なる事は、大論の心ならば即身成仏は法華経に限るべし。文と申し、道理きわまれり。菩提心論が竜樹の論とは申すとも、大論にそむいて真言の即身成仏を立つる上、唯の一字は強しと見へて候。
何れの経文に依りて、唯の一字をば置きて、法華経をば破し候ひけるぞ。証文尋ぬべし。竜樹菩薩の十住毘婆娑論に云く「経に依らざる法門をば黒論」云云。自語相違あるべからず。大論の一百に云く「而も法華等の阿羅漢の受決作仏、乃至譬へば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云。此の釈こそ即身成仏の道理はかかれて候へ。/ 但し、菩提心論と大論とは同じ竜樹大聖の論にて候が、水火の異をばいかんがせんと見候に、此れは竜樹の異説にはあらず、訳者の所為なり。羅什は舌やけず、不空は舌やけぬ。妄語はやけ、実語はやけぬ事顕然なり。月支より漢土へ経論わたす人、一百七十六人なり。其の中に羅什一人計りこそ、教主釈尊の経文に私の言入れぬ人にては候へ。一百七十五人の中、羅什より先後一百六十四人は羅什の智をもって知り候べし。羅什来たらせ給ひて前後一百六十四人が誤りも顕はれ、新訳の十一人が誤りも顕はれ、又少しこざかしくなりて候も羅什の故なり。此れ私の義にはあらず。感通伝に云く「絶後光前」云云。光前と申すは後漢より後秦までの訳者。絶後と申すは羅什已後、善無畏・金剛智・不空等も羅什の智をうけて、すこしこざかしく候なり。感通伝に云く「已下の諸人並びに皆俊」云云。
されば此の菩提心論の唯の文字は、設ひ竜樹の論なりとも、不空の私の言なり。何に況や次下に「諸教の中に於て欠きて書せず」とかかれて候。存外のあやまりなり。/ 即身成仏の手本たる法華経をば指しをいて、あとかたもなき真言に即身成仏を立て、剰へ唯の一字ををかるる条、天下第一の僻見なり。此れ偏に修羅根性の法門なり。天台智者大師の文句の九に、寿量品の心を釈して云く「仏三世に於て等しく三身有り。諸教の中に於て之れを秘して伝へず」とかかれて候。此れこそ即身成仏の明文にては候へ。不空三蔵此の釈を消さんが為に、事を竜樹に依せて「唯真言法の中にのみ即身成仏する故に是れ三摩地の法を説く。諸教の中に於て欠きて書せず」とかかれて候なり。されば此の論の次下に、即身成仏をかかれて候が、あへて即身成仏にはあらず。生身得忍に似て候。此の人は即身成仏はめづらしき法門とはきかれて候へども、即身成仏の義はあへてうかがわぬ人々なり。いかにも候へば二乗成仏・久遠実成を説き給ふ経にあるべき事なり。天台大師の「於諸教中 秘之不伝」の釈は千旦千旦。恐々。/ 外典三千余巻は、政当の相違せるに依りて代は濁ると明かす。内典五千七千余巻は、仏法の僻見に依りて代濁るべしとあかされて候。
今の代は外典にも相違し、内典にも違背せるかのゆへに、二つの大科一国に起こりて、已に亡国とならむとし候か。不便不便。/ 七月二日  日蓮(花押)/ 大田殿女房御返事
◆ 千日尼御返事 〔C0・弘安三年七月二日・千日尼〕/ こう入道殿の尼ごぜんの事、なげき入りて候。又こいしこいしと申しつたへさせ給へ。/ 鵞目一貫五百文・のり(海苔)・わかめ・ほしい(干飯)・しなじなの物給はり候ひ了んぬ。法華経の御宝前に申し上げて候。/ 法華経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一りとして成仏せずということ無けん」云云。文字は十字にて候へども法華経を一句よみまいらせ候へども、釈迦如来の一代聖教をのこりなく読むにて候なるぞ。故に妙楽大師云く「若し法華を弘むるには凡そ一義を消するも皆一代を混じて其の始末を窮めよ」等云云。始と申すは華厳経、末と申すは涅槃経。華厳経と申すは仏最初成道の時、法恵・功徳林等の大菩薩、解脱月菩薩と申す菩薩の請に趣きて仏前にてとかれて候。其の経は天竺・竜宮城・兜率天等は知らず、日本国にわたりて候は六十巻・八十巻・四十巻候。末と申すは大涅槃経、此れも月氏・竜宮等は知らず、我が朝には四十巻・三十六巻・六巻・二巻等なり。此れより外の阿含経・方等経・般若経等は五千・七千余巻なり。
此等の経々は見ずきかず候へども、但法華経の一字一句よみ候へば、彼々の経々を一字もをとさずよむにて候なるぞ。譬へば月氏・日本と申す二字二字に五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・無量の粟散国の大地・大山・草木・人畜等をさまれるがごとし。譬へば鏡はわづかに一寸・二寸・三寸・四寸・五寸と候へども、一尺・五尺の人をもうかべ、一丈・二丈・十丈・百丈の大山をもうつすがごとし。/ されば此の経文をよみて見候へば、此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり。九界・六道の一切衆生各々心々かわれり。譬へば二人・三人乃至百千人候へども、一尺の面の内じち(実)ににたる人一人もなし。心のにざるゆへに面もにず。まして二人・十人、六道・九界の衆生の心いかんがかわりて候らむ。されば花をあい(愛)し、月をあいし、すき(酸)をこのみ、にがきをこのみ、ちいさきをあいし、大なるをあいし、いろいろなり。善をこのみ、悪をこのみ、しなじななり。かくのごとくいろいろに候へども、法華経に入りぬれば唯一人の身、一人の心なり。譬へば衆河の大海に入りて同一鹹味なるがごとく、衆鳥の須弥山に近づきて一色なるがごとし。提婆が三逆と羅羅が二百五十戒と同じく仏になりぬ。妙荘厳王の邪見と舎利弗が正見と同じく授記をかをほれり。此れ即ち無一不成仏のゆへぞかし。
四十余年の内の阿弥陀経等には舎利弗が七日の百万反大善根ととかれしかども、未顕真実ときらわれしかば七日ゆ(湯)をわかして大海になげたるがごとし。韋提希が観経をよみて無生忍を得しかども、正直捨方便とすてられしかば法華経を信ぜずば返りて本の女人なり。大善も用ゐる事なし。法華経に値はずばなにかせん。大悪もなげく事なかれ。一乗を修行せば提婆が跡をもつぎなん。此等は皆無一不成仏の経文のむなしからざるゆへぞかし。/ されば故阿仏房の聖霊は今いづくにかをはすらんと人は疑ふとも、法華経の明鏡をもって其の影をうかべて候へば、霊鷲山の山の中に多宝仏の宝塔の内に、東むきにをはすと日蓮は見まいらせて候。若し此の事そらごとにて候わば、日蓮がひがめにては候はず、釈迦如来の「世尊法久後 要当説真実」の御舌と、多宝仏の「妙法華経 皆是真実」の舌相と、四百万億那由他の国土にあさ(麻)のごとく、いね(稲)のごとく、星のごとく、竹のごとくぞくぞく(簇簇)とすきもなく列ねゐてをはしましし諸仏如来の、一仏もかけ給はず広長舌を大梵王宮に指し付けてをはせし御舌どもの、くぢら(鯨)の死にてくされたるがごとく、いやし(鰯)のよりあつまりてくされたるがごとく、皆一時にくちくされて、
十方世界の諸仏如来大妄語の罪にをとされて、寂光の浄土の金なるの大地はたとわれて、提婆がごとく無間大城にかぱと入り、法蓮香比丘尼がごとく身より大妄語の猛火ぱといでて、実報華王の花のその一時に灰尽の地となるべし。いかでかさる事は候べき。故阿仏房一人を寂光の浄土に入れ給はずば諸仏の大苦に堕ち給ふべし。ただをいて物を見よ物を見よ。仏のまことそら事は此れにて見奉るべし。/ さては、をとこ(夫)ははしら(柱)のごとし、女はなかわ(桁)のごとし。をとこは足のごとし、女人は身のごとし。をとこは羽のごとし、女はみ(身)のごとし。羽とみとべちべちになりなば、なにをもってかとぶべき。はしら(柱)たうれなばなかは(桁)地に堕ちなん。いへ(家)にをとこなければ人のたましゐ(魂)なきがごとし。くうじ(公事)をばたれにかいゐあわせん。よき物をばたれにかやしなうべき。一日二日たがいしをだにもをぼつかなしとをもいしに、こぞの三月の二十一日にわかれにしが、こぞもまちくらせどもみゆる事なし。今年もすでに七つき(月)になりぬ。たといわれこそ来たらずとも、いかにをとづれ(音信)はなかるらん。ちりし花も又さきぬ。をちし菓も又なりぬ。春の風もかわらず、秋のけしきもこぞのごとし。いかにこの一事のみかわりゆきて、本のごとくなかるらむ。
月は入りて又いでぬ。雲はきへて又来たる。この人の出でてかへらぬ事こそ天もうらめしく、地もなげかしく候へとこそをぼすらめ。いそぎいそぎ法華経をらうれう(糧料)とたのみまいらせ給ひて、りやうぜん(霊山)浄土へまいらせ給ひて、みまいらせさせ給ふべし。/ 抑 子はかたきと申す経文もあり。「世人子の為に衆の罪を造る」の文なり。鵰(くまたか)・鷲と申すとりはをやは慈悲をもって養へば子はかへりて食とす。梟鳥と申すとりは生まれては必ず母をくらう。畜生かくのごとし。人の中にも、はるり(波瑠璃)王は心もゆかぬ父の位を奪ひ取る。阿闍世王は父を殺せり。安禄山は養母をころし、安慶緒と申す人は父の安禄山を殺す。安慶緒は子の史師明に殺されぬ。史師明は史朝義と申す子に又ころされぬ。此れは敵と申すもことわりなり。善星比丘と申すは教主釈尊の御子なり。苦得外道をかたらいて度々父の仏を殺し奉らんとす。/ 又子は財と申す経文もはんべり。所以に経文に云く「其の男女追って福を修するを以て、大光明有りて地獄を照らし、其の父母に信心を発さしむ」等云云。設ひ仏説ならずとも眼の前に見えて候。天竺に安足国王と申せし大王はあまりに馬をこのみてか(飼)いしほどに、後にはかいなれて鈍馬を竜馬となすのみならず牛を馬ともなす。
結句は人を馬となしてのり給ひき。其の国の人あまりになげきしかば、知らぬ国の人を馬となす。他国の商人ゆきたりしかば薬をかいて馬となして御まや(馬屋)につなぎつけぬ。なにとなけれども我が国はこいしき上、妻子ことにこいしく、しのびがたかりしかども、ゆるす事なかりしかばかへる事なし。又かへりたりとも、このすがたにては由なかるべし。ただ朝夕にはなげきのみしてありし程に、一人ありし子、父のまちどき(待時)すぎしかば、人にや殺されたるらむ。又病にや沈むらむ。子の身としていかでか父をたづねざるべきといでたちければ、母なげくらく、男も他国にてかへらず、一人の子もすててゆきなば、我いかんがせんとなげきしかども、子ちちのあまりにこいしかりしかば安足国へ尋ねゆきぬ。/ ある小家にやどりて候ひしかば家の主申すやう、あらふびんや、わどの(和殿)はをさなき物なり。而もみめかたち人にすぐれたり。我に一人の子ありしが他国にゆきてし(死)にやしけん、又いかにてやあるらむ。我が子の事ををもへば、わどのをみてめ(目)もあてられず。いかにと申せば、此の国は大なるなげき有り。此の国の大王あまり馬をこのませ給ひて不思議の薬を用ゐ給へり。一葉せばき草をくわすれば、人、馬となる。葉の広き草をくわすれば、馬、人となる。近くも他国の商人の有りしを、この草をくわせて馬となして、第一のみまや(御馬屋)に秘蔵してつながれたりと申す。
此の男これをきいて、さては我が父は馬と成りてけりとをもひて返りて問うて云く、其の馬は毛はいかにとといければ、家の主答へて云く、栗毛なる馬の肩白くぶちたりと申す。此の物此の事をききて、とかう(兎角)はからいて王宮に近づき、葉の広き草をぬすみとりて、我が父の馬になりたりしに食はせしかば、本のごとく人となりぬ。其の国の大王不思議なるをもひをなして、孝養の者なりとて父を子にあづけ、其れよりついに人を馬となす事とどめられぬ。子ならずばいかでか尋ねゆくべき。目連尊者は母の餓鬼の苦をすくい、浄蔵・浄眼は父の邪見をひるがえす。此れよき子の親の財となるゆへぞかし。/ 而るに故阿仏聖霊は日本国北海の島のいびす(夷)のみ(身)なりしかども、後生ををそれて出家して後生を願ひしが、流人日蓮に値ひて法華経を持ち、去年の春仏になりぬ。尸陀山の野干は仏法に値ひて、生をいとい死を願ひて帝釈と生まれたり。阿仏上人は濁世の身を厭ひて仏になり給ひぬ。其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、去年は七月二日、父の舎利を頸に懸け、一千里の山海を経て甲州波木井身延山に登りて法華経の道場に此れをおさめ、今年は又七月一日身延山に登りて慈父のはかを拝見す。
子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。/ 七月二日  日蓮(花押)/ 故阿仏房尼御前御返事/ 追申。絹染袈裟一つまいらせ候。豊後房に申さるべし。既に法門日本国にひろまりて候。北陸道をば豊後房なびくべきに学生ならでは叶ふべからず。九月十五日已前にいそぎいそぎまいるべし。/ かずの聖教をば日記のごとくたんば(丹波)房にいそぎいそぎつかわすべし。山伏房をばこれより申すにしたがいて、これへはわたすべし。山伏ふびんにあたられ候事悦び入りて候。
◆ 上野殿御返事 〔C2・弘安三年七月二日・南条時光〕/ 去ぬる六月十五日のげざん(見参)悦び入りて候。さては、かうぬし(神主)等が事、いままでかかへをかせ給ひて候事ありがたくをぼへ候。ただし、ないないは法華経をあだませ給ふにては候へども、うへにはたの事によせて事かづけ、にくまるるかのゆへに、あつわら(熱原)のものに事をよせて、かしこここ(彼処此処)をもせかれ候こそ候めれ。さればとて上に事をよせてせかれ候はんに、御もちゐ候はずは、物をぼへぬ人にならせ給ふべし。をかせ給ひてあしかりぬべきやうにて候わば、しばらくかうぬし等をばこれへとをほせ候べし。めこ(妻子)なんどはそれに候ともよも御たづねは候はじ。事のしづまるまでそれにをかせ給ひて候わば、よろしく候ひなんとをぼへ候。/ よ(世)のなか上につけ下によせて、なげきこそををく候へ。よにある人々をばよになき人々は、きじ(雉)のたか(鷹)をみ、がき(餓鬼)の毘沙門をたのしむがごとく候へども、たか(鷹)はわし(鷲)につかまれ、びしゃもんはすら(修羅)にせめらる。そのやうに当時日本国のたのしき人々は、蒙古国の事をききては、ひつじ(羊)の虎の声を聞くがごとし。
また筑紫へおもむきていとをしきめ(妻)をはなれ、子をみぬは、皮をはぎ、肉をやぶるがごとくにこそ候らめ。いわうや、かの国よりおしよせなば、蛇の口のかえる、はうちゃうし(庖丁師)がまないた(爼)にをけるこゐ(鯉)ふな(鮒)のごとくこそおもはれ候らめ。今生はさておきぬ。命きえなば一百三十六の地獄に堕ちて無量劫ふ(経)べし。/ 我等は法華経をたのみまいらせて候へば、あさきふち(淵)に魚のすむが、天くもりて雨のふらんとするを、魚のよろこぶがごとし。しばらくの苦こそ候とも、ついにはたのしかるべし。国王の一人の太子のごとし、いかでか位につかざらんとおぼしめし候へ。恐々謹言。/ 弘安三年七月二日  日蓮花押/ 上野殿御返事/ 人にしらせずして、ひそかにをほせ候べし。
◆ 浄蔵浄眼御消息 〔C6・弘安三年七月七日・松野殿及びその女房〕/ きごめ(生米)の俵一・瓜籠一・根芋、品々の物給はり候ひ畢んぬ。/ 楽徳と名付けける長者に身を入れて我が身も妻も子も、夜も昼も責め遣はれける者が、余りに責められ堪えがたさに、隠れて他国に行きて其の国の大王に宮仕へける程に、きりもの(権家)に成りて関白と成りぬ。後に其の国を力として我が本主の国を打ち取りぬ。其の時、本主、此の関白を見て大いに怖れ、前に悪しく当たりぬるを悔いかへして宮仕へ、様々の財を引きける。前に負けぬる物の事は思ひもよらず、今は只命のいきん事をはげむ。/ 法華経も又斯の如く、法華経は東方の薬師仏の主、南方西方北方上下の一切の仏の主なり。釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは、民の王を恐れ、星の月を敬ふが如し。然るに我等衆生は第六天の魔王の相伝の者、地獄・餓鬼・畜生等に押し籠められて気もつかず、朝夕獄卒を付けて責むる程に、兎角して法華経に懸かり付きぬれば、釈迦仏等の十方の仏の御子とせさせ給へば、梵王・帝釈だにも恐れて寄り付かず、
何に況や第六天の魔王をや。魔王は前には主なりしかども、今は敬ひ畏れて、あ(悪)しうせば法華経十方の諸仏の御見参にあしうや入らんずらんと、恐れ畏みて供養をなすなり。何にしても、六道の一切衆生をば法華経へつけじとはげむなり。/ 然るに何なる事にやをはすらん、皆人の憎み候日蓮を不便とおぼして、かく遥々と山中へ種々の物送りたび候事、一度二度ならず。ただごとにあらず。偏へに釈迦仏の入り替はらせ給へるか。又をくれさせ給ひける御君達の御仏にならせ給ひて、父母を導かんために御心に入り替はらせ給へるか。妙荘厳王と申せし王は悪王なりしかども、御太子浄蔵・浄眼の導かせ給ひしかば、父母二人共に法華経を御信用有りて、仏にならせ給ひしぞかし。是れもさにてや候らん。あやしく覚え候。/ 甲斐公が語りしは、常の人よりもみめ形も勝れて候ひし上、心も直しくて智恵賢く、何事に付けてもゆゆ(由由)しかりし人の、疾くはかなく成りし事の哀れさよと思ひ候ひしが、又倩(つらつら)思へば、此の子なき故に母も道心者となり、父も後世者に成りて候は、只とも覚え候はぬに、又皆人の悪み候法華経に付かせ給へば、偏へに是れなき人の二人の御身に添ひて勧め進らせられ候にや、と申せしがさもやと覚え候。
前々は只荒増の事かと思ひて候へば、是れ程御志の深く候ひける事は始めて知りて候。又若しやの事候はば、くらき闇に月の出づるが如く、妙法蓮華経の五字、月と露はれさせ給ふべし。其の月の中には釈迦仏・十方の諸仏、乃至前に立たせ給ひし御子息の露はれさせ給ふべしと思し召せ。委しくは又々申すべし。恐々謹言。/ 七月七日  日蓮花押
◆ 盂蘭盆御書 〔C0・弘安二年七月一三日・治部房祖母〕/ 御返事ぢぶどの(治部殿)のうばごぜんのかへり事、日蓮。/ 牙(こめ)一俵・やいごめ(焼米)・うり・なすび等、仏前にささげて申し上げ候ひ了んぬ。/ 盂蘭盆と申し候事は、仏の御弟子の中に目連尊者と申して、舎利弗にならびて智恵第一・神通第一と申して、須弥山に日月のならび、大王に左右の臣のごとくにをはせし人なり。此の人の父をば吉懺師子と申し、母をば青提女と申す。其の母の慳貪の科によて餓鬼道に堕ちて候ひしを、目連尊者のすくい給ふより事をこりて候。/ 其の因縁は母は餓鬼道に堕ちてなげき候ひけれども、目連は凡夫なれば知ることなし。幼少にして外道の家に入り、四韋陀・十八大経と申す外道の一切経をならいつくせども、いまだ其の母の生処をしらず。其の後十三のとし、舎利弗とともに釈迦仏にまいりて御弟子となり、見惑をだんじて初果の聖人となり、修惑を断じて阿羅漢となりて、三明をそなへ六通をへ(得)給へり。天眼をひらいて三千大千世界を明鏡のかげのごとく御らむありしかば、大地をみとを(見透)し三悪道を見る事、氷の下に候魚を朝日にむかいて我等がとをしみるがごとし。
其の中に餓鬼道と申すところに我が母あり。のむ事なし、食らふことなし。皮はきんてう(金鳥)をむしれるがごとく、骨はまろき石をならべたるがごとし。頭はまりのごとく、頸はいと(糸)のごとし。腹は大海のごとし。口をはり手を合はせて物をこへる形は、うへたるひる(蛭)の人のかをかげるがごとし。先生の子をみてな(泣)かんとするすがた、うへたるかたち、たとへをとるに及ばず。いかんがかなしかりけん。/ 法勝寺の修(執)行舜観(俊寛)がいわう(硫黄)の島にながされて、はだかにて、かみ(髪)くび(頸)つ(付)きにうちをい、やせをとろへて海へんにやすらいて、もくづ(藻屑)をとりてこし(腰)にまき、魚を一つみつけて右の手にとり、口にかみける時、本つかいしわらわ(童)のたづねゆきて見し時と、目連尊者が母を見しと、いづれかをろかなるべき。かれはいますこしかなしさわまさりけん。/ 目連尊者はあまりのかなしさに大神通をげん(現)じ給い、はん(飯)をまいらせたりしかば、母よろこびて右の手にははん(飯)をにぎり、左の手にてははんをかくして口にをし入れ給ひしかば、いかんがしたりけん、はん変じて火となり、やがてもへあがり、とうしび(灯心)をあつめて火をつけたるがごとくぱともへあがり、母の身のごこごことやけ候ひしを目連見給ひて、
あまりあわてさわ(騒)ぎ、大神通を現じて大なる水をかけ候ひしかば、其の水たきぎとなりていよいよ母の身のやけ候ひし事こそあわれには候ひしか。/ 其の時、目連みづからの神通かなわざりしかば、はしりかへり、須臾に仏にまいりて、なげき申せしやうは、我が身は外道の家に生まれて候ひしが、仏の御弟子になりて阿羅漢の身をへて、三界の生をはなれ、三明六通の羅漢とはなりて候へども、乳母の大苦をすくはんとし候に、かへりて大苦にあわせて候は心うしとなげき候ひしかば、仏説いて云く、汝が母はつみふかし。汝一人が力及ぶべからず。又多人なりとも天神・地神・邪魔・外道・道士・四天王・帝釈・梵王の力も及ぶべからず。七月十五日に十方の聖僧をあつめて、百味をんじき(飲食)をととのへて、母のく(苦)はすくうべしと云云。目連、仏の仰せのごとく行ひしかば、其の母は餓鬼道一劫の苦を脱れ給ひきと、盂蘭盆経と申す経にとかれて候。其れによて滅後末代の人々は七月十五日に此の法を行ひ候なり。此れは常のごとし。/ 日蓮案じて云く、目連尊者と申せし人は十界の中に声聞道の人、二百五十戒をかたく持つ事石のごとし。三千の威儀を備へてかけざる事は十五夜の月のごとし。
智恵は日ににたり。神通は須弥山を十四さう(匝)まき、大山をうごかせし人ぞかし。かかる聖人だにも重報の乳母の恩ほうじがたし。あまさへ(剰)ほうぜんとせしかば大苦をまし給ひき。いまの僧等の二百五十戒は名計りにて、事をかい(戒)によせて人をたぼらかし、一分の神通もなし。大石の天にのぼらんとせんがごとし。智恵は牛にるいし、羊にことならず。設ひ千万人をあつめたりとも父母の一苦すくうべしや。せんずるところは目連尊者が乳母の苦をすくわざりし事は、小乗の法を信じて二百五十戒と申す持斎にてありしゆへぞかし。/ されば浄名経と申す経には浄名居士と申す男、目連房をせめて云く「汝を供養する者は三悪道に堕つ」云云。文の心は、二百五十戒のたうとき目連尊者をくやう(供養)せん人は三悪道に堕つべしと云云。此れ又唯目連一人がきく(聞)みみ(耳)にはあらず、一切の声聞乃至末代の持斎等がきくみみなり。此の浄名経と申すは法華経の御ためには数十番の末の郎従にて候。詮ずるところは目連尊者が自身のいまだ仏にならざるゆへぞかし。自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし。いわうや他人をや。しかるに目連尊者と申す人は法華経と申す経にて「正直捨方便」とて、小乗の二百五十戒立ちどころになげすてて南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す。此の時こそ父母も仏になり給へ。
故に法華経に云く「我が願ひ既に満ち、衆の望みも亦足りなん」云云。目連が色心は父母の遺体なり。目連が色心、仏になりしかば父母の身も又仏になりぬ。/ 例せば日本国八十一代の安徳天皇と申せし王の御宇に、平氏の大将安芸守清盛と申せし人をはしき。度々の合戦に国敵をほろぼして上太政大臣まで臣位をきわめ、当今はまご(孫)となり、一門は雲客月卿につらなり、日本六十六国島二つを掌の内にかいにぎりて候ひしが、人を順ふこと大風の草木をなびかしたるやうにて候ひしほどに、心をごり身あがり、結句は神仏をあなづりて神人と諸僧を手ににぎらむとせしほどに、山僧と七寺との諸僧のかたきとなりて、結句は去ぬる治承四年十二月二十二日に七寺の内の東大寺・興福寺の両寺を焼きはらいてありしかば、其の大重罪入道の身にかかりて、かへるとし養和元年閏二月四日、身はすみ(炭)のごとく血は火のごとく、すみのをこれるがやうにて、結句は炎身より出でてあつちじにに死ににき。/ 其の大重罪をば二男宗盛にゆづりしかば、西海に沈むとみへしかども東天に浮かび出でて、右大将頼朝の御前に縄をつけてひきすへて候ひき。三男知盛は海に入りて魚の糞となりぬ。
四男重衡は其の身に縄をつけて京かまくら(鎌倉)を引きかへし、結句なら(奈良)七大寺にわたされて、十万人の大衆等、我等が仏のかたきなりとて一刀づつきざみぬ。悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず、子と孫と末七代までもかかり候ひけるなり。/ 善の中の大善も又々かくのごとし。目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になり給ふ。上七代下七代、上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給ふ。乃至代々の子息・夫妻・所従・檀那・無量の衆生、三悪道をはなるるのみならず、皆初住・妙覚の仏となりぬ。故に法華経第三に云く「願はくは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。/ されば此等をもって思ふに、貴女は治部殿と申す孫を僧にてもち給へり。此の僧は無戒なり無智なり。二百五十戒一戒も持つことなし。三千の威義一つも持たず。智恵は牛馬にるいし、威儀は猿猴ににて候へども、あをぐところは釈迦仏、信ずる法は法華経なり。例せば蛇の珠をにぎり、竜の舎利を戴けるがごとし。藤は松にかかりて千尋をよぢ、鶴は羽を持ちて万里をかける。此れは自身の力にはあらず。
治部房も又かくのごとし。我が身は藤のごとくなれども、法華経の松にかかりて妙覚の山にものぼりなん。一乗の羽をたのみて寂光の空をもかけりぬべし。此の羽をもて父母・祖父・祖母、乃至七代の末までもとぶらうべき僧なり。あわれいみじき御たから(宝)はもたせ給ひてをはします女人かな。彼の竜女は珠をささげて仏となり給ふ。此の女人は孫を法華経の行者となしてみちびかれさせ給ふべし。事々そうそうにて候へばくはしくは申さず、又々申すべく候。恐々謹言。/ 七月十三日  日蓮(花押)/ 治部殿うばごぜん御返事
◆ 妙一女御返事 〔C6・弘安三年七月一四日・妙一女〕/ 問うて云く、日本国に六宗・七宗・八宗有り。何れの宗に即身成仏を立つるや。答へて云く、伝教大師の意は唯法華経に限り、弘法大師の意は唯真言に限れり。/ 問うて云く、其の証拠 如何。答へて云く、伝教大師の秀句に云く「当に知るべし、他宗所依の経には都て即身入無し。一分即入すと雖も八地已上に推(ゆず)りて凡夫身を許さず。天台法華宗のみ具に即入の義有り」云云。又云く「能化所化倶に歴劫無く、妙法経力即身成仏す」等云云。又云く「当に知るべし、此の文に成仏する所の人を問ひて、此の経の威勢を顕はすなり」等云云。此の釈の心は、即身成仏は唯法華経に限るなり。/ 問うて云く、弘法大師の証拠 如何。答へて云く、弘法大師の二教論に云く「菩提心論に云く、唯真言法の中に即身成仏する故は、是れ三摩地の法を説くなり。諸経の中に於て欠きて書せずと。喩して曰く、此の論は竜樹大聖の所造千部の論の中に秘蔵肝心の論なり。此の中に諸教と謂ふは、他受用身及び変化身等の所説の法、諸の顕教なり。是れ三摩地法を説くとは、自性法身の所説秘密真言の三摩地の行是れなり。金剛頂十万頌の経等と謂ふ是れなり」。
問うて云く、此の両大師所立の義水火なり。何れを信ぜんや。答へて云く、此の二大師は倶に大聖なり。同年に入唐して両人同じく真言の密教を伝授す。伝教大師の両界の師は順暁和尚、弘法大師の両界の師は恵果和尚なり。順暁・恵果の二人倶に不空の御弟子なり。不空三蔵は大日如来六代の御弟子なり。相伝と申し、本身といひ、世間の重んずる事日月のごとし。左右の臣にことならず。末学の膚にうけて是非しがたし。定めて悪名天下に充満し、大難を其の身に招くか。然りと雖も試みに難じて両義の是非を糾明せん。/ 問うて云く、弘法大師の即身成仏は真言に限ること、何れの経文、何れの論文ぞや。答へて云く、弘法大師は竜樹菩薩の菩提心論に依るなり。問うて云く、其の証拠 如何。答へて云く、弘法大師の二教論に菩提心論を引きて云く「唯真言法の中にのみ、乃至、諸教の中に於て欠きて書せず」云云。問うて云く、経文有りや。答へて云く、弘法大師の即身成仏義に云く「六大無碍にして常に瑜伽なり。四種の曼荼各離れず、三密加持すれば速疾に顕はる。重々にして帝網のごとくなるを即身と名づく。法然として薩般若を具足す。心王心数刹塵に過ぎたり。各五智無際智を具す。円鏡力の故に実の覚智なり」等云云。
疑って云く、此の釈は何れの経文に依るや。答へて云く、金剛頂経・大日経等に依る。求めて云く、其の経文 如何。答へて云く、弘法大師其の証文を出だして云く「此の三昧を修する者は現に仏菩提を証す」文。又云く「此の身を捨てずして、神境通を逮得し大空位に遊歩して、身秘密を成ず」文。又云く「我本より不生なるを覚る」文。又云く「諸法は本より不生なり」云云。/ 難じて云く、此等の経文は大日経・金剛頂経の文なり。然りと雖も経文は或は大日如来の成正覚の文、或は真言の行者の現身に五通を得るの文、或は十回向の菩薩の現身に歓喜地を証得する文にして、猶生身得忍に非ず。何に況や即身成仏をや。但し菩提心論は、一には経に非ず。論を本とせば背上向下の科、依法不依人の仏説に相違す。/ 東寺の真言師日蓮を悪口して云く、汝は凡夫なり、弘法大師は三地の菩薩なり。汝未だ生身得忍に非ず、弘法大師は帝の眼前に即身成仏を現ず。汝未だ勅宣を承けず、大師にあらず、日本国の師にあらず等云云〈是一〉。慈覚大師は伝教・義真の御弟子、智証大師は義真・慈覚の御弟子、安然和尚は安恵和尚の御弟子なり。
此の三人の云く、法華天台宗は理秘密の即身成仏、真言宗は事理倶密の即身成仏と云云。伝教・弘法の両大師何れもをろかならねども、聖人は偏頗なきゆへに、慈覚・智証・安然の三師は伝教の山に栖むといへども、其の義は弘法東寺の心なり。随って日本国四百余年は異義なし。汝不肖の身として、いかんが此の悪義を存ずるや〈是二〉。/ 答へて云く、悪口をはき、悪心ををこさば、汝にをいては此の義申すまじ。正義を聞かんと申さば申すべし。但し汝等がやうなる者は物をいはずばつま(詰)りぬとをもうべし。いうべし。悪心ををこさんよりも、悪口をなさんよりも、きらきらとして候経文を出だして、汝が信じまいらせたる弘法大師の義をたすけよ。悪口悪心をもてをもうに、経文には即身成仏無きか。但し慈覚・智証・安然等の事は此れ又、覚・証の両大師、日本にして教大師を信ずといへども、漢土にわたりて有りし時、元政・法全等の義を信じて、心には教大師の義をすて、身は其の山に住すれども、いつわりてありしなり。/ 問うて云く、汝が此の義はいかにしてをもひいだしけるぞや。答へて云く、伝教大師の釈に云く「当に知るべし、此の文は成仏する所の人を問ひて、此の経の威勢を顕はすなり」とかかれて候は、上の提婆品の「我於海中」の経文をかきのせてあそばして候。
釈の心はいかに人申すとも、即身成仏の人なくば用ゐるべからずとかかせ給へり。いかにも純円一実の経にあらずば、即身成仏はあるまじき道理あり。大日経・金剛頂経等の真言経には其の人なし。又経文を見るに兼但対帯の旨分明なり。二乗成仏なし、久遠実成あとをけづる。慈覚・智証は善無畏・金剛智・不空三蔵の釈にたぼらかされてをはするか。此の人々は賢人聖人とはをもへども、遠きを貴びて近きをあなづる人なり。彼の三部経に印と真言とあるにばかされて、大事の即身成仏の道をわすれたる人々なり。然るを当時叡山の人々、法華経の即身成仏のやうを申すやうなれども、慈覚大師・安然等の即身成仏の義なり。彼の人々の即身成仏は有名無実の即身成仏なり。其の義専ら伝教大師の義に相違せり。/ 教大師は分段の身を捨てても捨てずしても、法華経の心にては即身成仏なり。覚大師の義は分段の身をすつれば即身成仏にあらず、とをもはれたるか。あえて即身成仏の義をしらざる人々なり。求めて云く、慈覚大師は伝教大師に値ひ奉りて習ひ相伝せり。汝は四百余年の年紀をへだてたり 如何。答へて云く、師の口より伝ふる人必ずあやまりなく、後にたづねあきらめたる人をろそかならば、経文をすてて四依の菩薩につくべきか。父母の譲り状をすてて口伝を用ゐるべきか。伝教大師の御釈無用なり。慈覚大師の口伝真実なるべきか。
伝教大師の秀句と申す御文に、一切経になき事を十いだされて候に、第八に即身成仏化導勝とかかれて、次下に「当に知るべし、此の文に成仏する所の人を問ひて、此の経の威勢を顕はすなり、乃至、当に知るべし、他宗所依の経には都て即身入無し」等云云。此の釈を背きて、覚大師の事理倶密の大日経の即身成仏を用ゐるべきか。/ 求めて云く、教大師の釈の中に菩提心論の唯の字を用ゐざる釈有りや、不や。答へて云く、秀句に云く「能化所化倶に歴劫無く、妙法経力即身成仏す」等云云。此の釈は菩提心論の唯の字を用ゐずと見えて候。問うて云く、菩提心論を用ゐざるは竜樹を用ゐざるか。答へて云く、但恐らくは訳者の曲会私情の心なり。疑って云く、訳者を用ゐざれば、法華経の羅什をも用ゐるべからざるか。答へて云く、羅什には現証あり、不空には現証なし。問うて云く、其の証 如何。答へて云く、舌の焼けざる証なり。具には聞くべし。/ 求めて云く、覚・証等は此の事を知らざるか。答へて云く、此の両人は無畏等の三蔵を信ずる故に伝教大師の正義を用ゐざるか。此れ則ち人を信じて法をすてたる人々なり。
問うて云く、日本国にいまだ覚・証・然等を破したる人をきかず 如何。答へて云く、弘法大師の門家は覚・証を用ゐるべしや。覚・証の門家は弘法大師を用ゐるべしや。問うて云く、両方の義相違すといへども、汝が義のごとく水火ならず。誹謗正法とはいわず 如何。答へて云く、誹謗正法とは、其の相貎 如何。/ 外道が仏教をそしり、小乗が大乗をそしり、権大乗が実大乗を下し、実大乗が権大乗に力をあわせ、詮ずるところは勝を劣という。法にそむくがゆへに謗法とは申すか。弘法大師の大日経を法華経・華厳経に勝れたりと申す証文ありや。法華経には華厳経・大日経等を下す文分明なり。所謂 已今当等なり。弘法尊しと雖も釈迦・多宝・十方分身の諸仏に背く。大科免れ難し。事を権門に寄せて、日蓮ををどさんより但正しき文を出だせ。汝等は人をかたうど(方人)とせり。日蓮は日月・帝釈・梵王をかたうどとせん。日月天眼を開きて御覧あるべし。/ 将又日月の宮殿には法華経と大日経と華厳経とをはすとけう(校)しあわせて御覧候へ。弘法・慈覚・智証・安然の義と日蓮が義とは何れがすぐれて候。日蓮が義もし百千に一つも道理に叶ひて候はば、いかにたすけさせ給はぬぞ。
彼の人々の御義もし邪義ならば、いかに日本国の一切衆生の無眼の報いをへ(得)候はんをば、不便とはをぼせ候はぬぞ。日蓮が二度の流罪、結句は頸に及びしは、釈迦・多宝・十方の諸仏の御頸を切らんとする人ぞかし。日月は一人にてをはせども、四天下の一切衆生の眼なり、命なり。日月は仏法をなめて威光勢力を増し給ふと見えて候。仏法のあぢ(味)わいをたがうる人は日月の御力をうばう人、一切衆生の敵なり。いかに日月は光を放ちて、彼等が頂をてらし、寿命と衣食とをあたへて、やしなひ給ふぞ。彼の三大師の御弟子等が法華経を誹謗するは、偏に日月の御心を入れさせ給ひて謗ぜさせ給ふか。其の義なくして日蓮がひが事ならば、日天もしめし、彼等にもめしあ(召合)はせ、其の理にま(負)けてありとも、其の心ひるがへらずば天寿をもめしと(召取)れかし。其の義はなくして、ただ理不尽に彼等にさるの子を犬にあづけ、ねずみの子を猫にた(与)ぶやうに、うちあづけて、さんざんにせめさせ給ひて、彼等を罰し給はぬ事、心へられず。/ 日蓮は日月の御ためには、をそらくは大事の御かたきなり。教主釈尊の御前にて、かならずうた(訴)へ申すべし。其の時うらみさせ給ふなよ。
日月にあらずとも、地神も海神もきかれよ、日本の守護神もきかるべし。あへて日蓮が曲意はなきなり。いそぎいそぎ御計らひあるべし。ちち(遅遅)せさせ給ひて日蓮をうらみさせ給ふなよ。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。恐々。/ 七月十四日  日蓮花押/ 妙一女御返事
◆ 内房女房御返事 〔C6・弘安三年八月一四日・内房女房〕/ 内房よりの御消息に云く、八月九日、父にてさふらひし人の百箇日に相当りてさふらふ。御布施料に十貫まいらせ候、乃至あなかしこあなかしこ。御願文の状に云く「読誦し奉る妙法蓮華経一部、読誦し奉る方便寿量品三十巻、読誦し奉る自我偈三百巻、唱へ奉る妙法蓮華経の題名五万返」云云。同状に云く「伏して惟れば先考の幽霊生存の時、弟子遥かに千里の山河を凌ぎ、親り妙法の題名を受け、然る後三十日を経ずして永く一生の終りを告ぐ」等云云。又云く「嗚呼(ああ)閻浮の露庭に白骨仮りに塵土と成るとも、霊山の界上に亡魂定めて覚蕊(かくずい)を開かん」。又云く「弘安三年女弟子大中臣氏敬白す」等云云。/ 夫れ以みれば一乗妙法蓮華経は、月氏国にては一由旬の城に積み、日本国にては唯八巻なり。然るに現世後生を祈る人、或は八巻、或は一巻、或は方便・寿量、或は自我偈等を読誦し、讃歎して所願を遂げ給ふ先例之れ多し。此れは且く之れを置く。唱へ奉る妙法蓮華経の題名五万返と云云。此の一段を宣べんと思ひて先例を尋ぬるに其の例少なし。
或は一返二返唱へて利生を蒙る人粗これ有るか。いまだ五万返の類を聞かず。但し一切の諸法に亘りて名字あり。其の名字皆其の体徳を顕はせし事なり。例せば石虎将軍と申すは、石の虎を射徹したりしかば石虎将軍と申す。的立の大臣と申すは、鉄的を射とをしたりしかば的立の大臣と名づく。是れ皆名に徳を顕はせば、今妙法蓮華経と申し候は、一部八巻二十八品の功徳を五字の内に収め候。譬へば如意宝珠の玉に万の宝を収めたるが如し。一塵に三千を尽くす法門是れなり。/ 南無と申す字は敬ふ心なり、随ふ心なり。故に阿難尊者は一切経の如是の二字の上に南無等云云。南岳大師云く「南無妙法蓮華経」云云。天台大師云く「稽首南無妙法蓮華経」云云。阿難尊者は斛飯王の太子、教主釈尊の御弟子なり。釈尊御入滅の後六十日を過ぎて、迦葉等の一千人、文殊等の八万人、太閣講堂にして集会し給ひて、仏の別れを悲しみ給ふ上、我等は多年の間随逐するすら六十日の間の御別れを悲しむ。百年千年乃至末法の一切衆生は何をか仏の御形見とせん。六師外道と申すは、八百年以前に二天三仙等の説き置きたる四韋陀十八大経を以てこそ、師の名残りとは伝へて候へ。いざさらば我等五十年が間、一切の声聞・大菩薩の聞き持ちたる経々を書き置きて、未来の衆生の眼目とせんと僉議して、阿難尊者を高座に登せて仏を仰ぐ如く、下座にして文殊師利菩薩、南無妙法蓮華経と唱へたりしかば、阿難尊者此れを承け取りて如是我聞と答ふ。
九百九十九人の大阿羅漢等は筆を染めて書き留め給ひぬ。一部八巻二十八品の功徳は此の五字に収めて候へばこそ、文殊師利菩薩かくは唱へさせ給ふらめ。阿難尊者又さぞかしとは答へ給ふらめ。又万二千の声聞・八万の大菩薩・二界八番の雑衆も有りし事なれば合点せらるらめ。/ 天台智者大師と申す聖人、妙法蓮華経の五字を玄義十巻一千丁に書き給ひて候。其の心は華厳経は八十巻・六十巻・四十巻、阿含経数百巻、大集方等数十巻、大品般若四十巻・六百巻、涅槃経四十巻・三十六巻、乃至月氏・竜宮・天上・十方世界の大地微塵の一切経は妙法蓮華経の経の一字の所従なり。妙楽大師重ねて十巻造るを釈籤と名づけたり。天台以後に渡りたる漢土の一切経新訳の諸経は皆法華経の眷属なり云云。日本の伝教大師、重ねて新訳の経々の中の大日経等の真言経を皆法華経の眷属と定められ候ひ畢んぬ。但し弘法・慈覚・智証等は此の義に水火なり。此の義後に粗書きたり。譬へば五畿七道六十六箇国二つの島、其の中の郡と荘と村と田と畠と人と牛馬と金銀等は皆日本国の三字の内に備はりて一つも欠くる事なし。/ 又王と申すは三の字を横に書きて、一の字を豎さまに立てたり。横の三の字は天地人なり。豎の一文字は王なり。
須弥山と申す山の大地をつきとをして傾かざるが如し。天地人を貫きて少しも傾かざるを王とは名づけたり。王に二あり。一には小王なり。人王・天王是れなり。二には大王なり。大梵天王是れなり。日本国は大王の如し。国々の受領等は小王なり。華厳経・阿含経・方等経・般若経・大日経・涅槃経等の已今当の一切経は小王なり。譬へば日本国中の国王・受領等の如し。法華経は大王なり。天子の如し。然れば華厳宗・真言宗等の諸宗の人々は国主の内の所従等なり。国々の民の身として、天子の徳を奪ひ取るは、下剋上、背上向下、破上下乱等これなり。設ひいかに世間を治めんと思ふ志ありとも、国も乱れ人も亡びぬべし。譬へば木の根を動かさんに枝葉静かなるべからず。大海の波あらからんに船おだやかなるべきや。華厳宗・真言宗・念仏宗・律僧・禅僧等は我が身持戒正直に智恵いみじく尊しといへども、其の身既に下剋上の家に生まれて、法華経の大怨敵となりぬ。阿鼻大城を脱るべきや。例せば九十五種の外道の内には正直有智の人多しといへども、二天三仙の邪法を承けしかば終には悪道を脱るる事なし。/ 然るに今の世の南無阿弥陀仏と申す人々、南無妙法蓮華経と申す人を或は笑ひ、或はあざむく。此れは世間の譬へに、稗の稲をいとひ、家主の田苗を憎む是れなり。
是れ国将なき時の盗人なり。日の出でざる時の(うぐろもち)なり。夜打ち強盗の科めなきが如く、地中の自在なるが如し。南無妙法蓮華経と申す国将と日輪とにあはば、大火の水に消へ、猿猴が犬に値ふなるべし。当時南無阿弥陀仏の人々、南無妙法蓮華経の御声の聞こえぬれば、或は色を失ひ、或は眼を瞋らし、或は魂を滅し、或は五体をふるふ。伝教大師云く「日出づれば星隠れ、巧を見て拙きを知る」。竜樹菩薩云く「謬辞失ひ易く、邪義扶け難し」。徳恵菩薩云く「面に死喪の色有り、言には哀怨の声を含む」。法歳云く「昔は義虎今は伏鹿なり」等云云。此等の意を以て知んぬべし。/ 妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし。毒薬変じて薬となる。妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる。玉泉と申す泉は石を玉となす。此の五字は凡夫を仏となす。されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり。石変じて玉と成るが如し。孝養の至極と申し候なり。故に法華経に云く「此の我が二りの子已に仏事を作しぬ」。又云く「此の二りの子は是れ我が善知識なり」等云云。/ 乃往過去の世に一の大王あり。名を輪陀と申す。此の王は白馬の鳴くを聞いて、色もいつく(美)しく、力も強く、供御を進らせざれども食にあき給ふ。他国の敵も甲を脱ぎ掌を合はす。又此の白馬鳴く事は白鳥を見て鳴きけり。
然るに大王の政や悪しかりけん。又過去の悪業や感じけん。白鳥皆失せて一羽もなかりしかば、白馬鳴く事なし。白馬鳴かざりければ、大王の色も変じ、力も衰へ、身もかし(悴)け、謀も薄くなりし故に国既に乱れぬ。他国よりも兵者せめ来たらんに何とかせんと歎きし程に、大王の勅宣に云く、国には外道多し。皆我帰依し奉る。仏法も亦かくの如し。然るに外道と仏法と中悪し。何にしても白馬を鳴かせん方を信じて、一方を我が国に失ふべしと云云。爾の時に一切の外道集まりて、白鳥を現じて白馬を鳴かせんとせしかども、白鳥現ずる事なし。昔は雲を出だし、霧をふらし、風を吹かせ波をたて、身の上に火を出だし水を現じ、人を馬となし馬を人となし、一切自在なりしかども 如何がしけん、白鳥を現ずる事なかりき。爾の時に馬鳴菩薩と申す仏子あり。十方の諸仏に祈願せしかば、白鳥則ち出で来たりて、白馬則ち鳴けり。大王此れを聞こし食し、色も少し出で来たり、力も付き、はだへ(膚)もあざやかなり。又白鳥又白鳥と千の白鳥出現して、千の白馬一時に鶏の時をつくる様に鳴きしかば、大王此の声を聞こし食し、色は日輪の如し、膚は月の如し、力は那羅延の如し、謀は梵王の如し。爾の時に綸言汗の如く出でて返らざれば、一切の外道等其の寺を仏寺となしぬ。
今日本国亦かくの如し。此の国は始めは神代なり。漸く代の末になる程に、人の意曲がり、貪・瞋・痴強盛なれば、神の智浅く、威も力も少なし。氏子共をも守護しがたかりしかば、漸く仏法と申す大法を取り渡して、人の意も直に、神も威勢強かりし程に、仏法に付き謬り多く出来せし故に、国もあやうかりしかば、伝教大師漢土に渡りて、日本と漢土と月氏との聖教を勘へ合はせて、おろかなるをば捨て、賢きをば取り、偏頗もなく勘へ給ひて、法華経の三部を鎮護国家の三部と定め置きて候ひしを、弘法大師・慈覚大師・智証大師と申せし聖人等、或は漢土に事を寄せ、或は月氏に事を寄せて、法華経を或は第三第二、或は戯論、或は無明の辺域等と押し下し給ひて、法華経を真言の三部と成さしめて候ひし程に、代漸く下剋上し、此の邪義既に一国に弘まる。人多く悪道に落ちて、神の威も漸く滅し、氏子をも守護しがたき故に、八十一乃至八十五の五主は或は西海に沈み、或は四海に捨てられ、今生には大鬼となり後生は無間地獄に落ち給ひぬ。然りといえども、此の事知る人なければ改むる事なし。今日蓮此の事をあらあら知る故に、国の恩を報ぜんとするに、日蓮を怨み給ふ。
此等はさて置きぬ。氏女の慈父は輪陀王の如し、氏女は馬鳴菩薩の如し。白鳥は法華経の如し、白馬は日蓮が如し。南無妙法蓮華経は白馬の鳴くが如し。大王の聞こし食して色も盛んに力も強きは、過去の慈父が氏女の南無妙法蓮華経の御音を聞こし食して仏に成らせ給ふが如し。/ 弘安三年八月十四日  日蓮花押/ 内房女房御返事
◆ 上野殿御返事 〔C4・弘安三年八月二六日・南条時光〕/ 女子は門をひらく、男子は家をつぐ。日本国を知りても子なくば誰にかつがすべき。財を大千にみてても子なくば誰にかゆづるべき。されば外典三千余巻には子ある人を長者といふ。内典五千余巻には子なき人を貧人といふ。女子一人、男子一人、たとへば天には日月のごとし。地には東西にかたどれり。鳥の二つのはね(羽)、車の二つのわ(輪)なり。さればこの男子をば日若御前と申させ給へ。くはしくは又々申すべし。/ 八月二十六日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 松野殿女房御返事 〔C6・弘安三年九月一日・松野殿女房〕/ 白米一斗・芋一駄・梨子一籠・茗荷・はじかみ・枝大豆・ゑびね(山葵)、旁(かたがた)の物給はり候ひぬ。濁れる水には月住まず。枯たる木には鳥なし。心なき女人の身には仏住み給はず。法華経を持つ女人は澄める水の如し。釈迦仏の月宿らせ給ふ。譬へば女人の懐み始めたるには、吾が身には覚えねども、月漸く重なり、日も屡過ぐれば、初めにはさかと疑ひ、後には一定と思ふ。心ある女人はをのこご(男子)をんな(女)をも知るなり。/ 法華経の法門も亦かくの如し。南無妙法蓮華経と心に信じぬれば、心を宿として釈迦仏懐まれ給ふ。始めはしらねども、漸く月重なれば心の仏夢に見え、悦ばしき心漸く出来し候べし。法門多しといへども止め候。法華経は初めは信ずる様なれども後遂ぐる事かたし。譬へば水の風にうごき、花の色の露に移るが如し。何として今までは持たせ給ふぞ。是れ偏へに前生の功力の上、釈迦仏の護り給ふか。たのもしし、たのもしし。委しくは甲斐殿申すべし。/ 九月一日  日蓮花押/ 松野殿女房御返事
◆ 上野殿御返事 〔C2・弘安三年九月六日・南条時光及び母尼〕/ 南条七郎五郎殿の御死去の御事、人は生まれて死するならいとは、智者も愚者も上下一同に知りて候へば、始めてなげくべしをどろくべしとわをぼへぬよし、我も存じ人にもをしへ候へども、時にあたりてゆめかまぼろしか、いまだわきまへがたく候。まして母のいかんがなげかれ候らむ。父母にも兄弟にもをくれはてて、いとをしきをとこ(夫)にすぎわかれたりしかども、子どもあまた(数多)をはしませば、心なぐさみてこそをはしつらむ。いとを(愛)しきてこご(手児子)、しかもをのこご(男子)、みめかたち(容貌)も人にすぐれ、心もかいがいしくみへしかば、よその人々もすずしくこそみ候ひしに、あやなくつぼめる花の風にしぼみ、満月のにわかに失せたるがごとくこそをぼすらめ。まことともをぼへ候はねば、かきつくるそらもをぼへ候はず。又々申すべし。恐々謹言。/ (弘安三年到来)九月六日  日蓮(花押)/ 上野殿御返事/ 追申。/ 此の六月十五日に見奉り候ひしに、あはれ肝ある者かな、男なり男なりと見候ひしに、又見候はざらん事こそかなしくは候へ。
さは候へども釈迦仏・法華経に身を入れて候ひしかば臨終目出たく候ひけり。心は父君と一所に霊山浄土に参りて、手をとり頭を合はせてこそ悦ばれ候らめ。あはれなり、あはれなり。
◆ 南条殿御返事 〔C1・弘安三年(九月六日以降ほどなく)・南条時光及び母尼〕/ はくまい(白米)ひとふくろ(一袋)、いも(芋)一だ(駄)給はり了んぬ。抑 故なんでう(南条)の七らうごらうどの(五郎殿)の事、いままではゆめ(夢)かゆめか、まぼろし(幻)かまぼろしかとうたがいて、そらごと(虚言)とのみをもひて候へば、此の御ふみにもあそばされて候。さてはまことかまことかと、はじめてうたがいいできたりて候。
◆ 光日尼御返事 〔C1・弘安二年九月一九日・光日尼〕/ なきな(名)をながさせ給ふにや。三つのつな(綱)は今生に切れぬ。五つのさわり(障)はすでにはれぬらむ。心の月くもりなく、身のあか(垢)きへはてぬ。即身の仏なり。たうとし、たうとし。くはしく申すべく候へども、あまりふみ(文)ををくかき候ときにかきたりて候ぞ。恐々謹言。/ 九月十九日  日蓮(花押)/ 光日尼ごぜん御返事
◆ 妙一女御返事 〔C6・弘安三年一〇月五日・妙一女〕/ 去ぬる七月中旬の比、真言法華の即身成仏の法門、大体注し進らせ候ひし。其の後は一定法華経の即身成仏を御用ゐ候らん。さなく候ひては当世の人々の得意候、無得道の即身成仏なるべし。不審なり。先日書きて進らせ候ひし法門、能く心を留めて御覧あるべし。其の上即身成仏と申す法門は、世流布の学者は皆一大事とたしなみ申す事にて候ぞ。就中 予が門弟は万事をさしをきて此の一事に心を留むべきなり。建長五年より今弘安三年に至るまで二十七年の間、在々所々にして申し宣べたる法門繁多なりといへども、所詮は只此の一途なり。/ 世間の学者の中に、真言家に立てたる即身成仏は釈尊所説の四味三教に接入したる大日経等の三部経に、別教の菩薩の授職潅頂を至極の即身成仏等と思ふ。是れは七位の中の十回向の菩薩の歓喜地を証得せる為体(ていたらく)なり。全く円教の即身成仏の法門にあらず。仮令(たとい)経文にあるよしを(ののし)るとも、歓喜行証得の上に得たるところの功徳を沙汰する分斉にてあるなり。是れ十地の菩薩の因分の所行にして、十地等覚は果分を知らず。
円教の心を以て奪っていへば、六即の中の名字観行の一念に同じ。与へて云ふ時は、観行即の事理和融にして理恵相応の観行に及ばず。或は菩提心論の文により、或は大日経の三部の文によれども、即身成仏にこそあらざめ。生身得忍にだにも云ひよせざる法門なり。されば世間の人々は菩提心論の「唯真言法中」の文に落とされて、即身成仏は真言宗に限ると思へり。之れに依りて正しく即身成仏を説き給ひたる法華経をば戯論等云云。止観五に云く「設ひ世を厭ふ者も下劣の乗を翫(もてあそ)びて枝葉に攀附(はんぷ)す。狗(く)作務に狎(な)れ、猴(みこう)を敬ひて帝釈と為し、瓦礫を崇めて是れ明珠とす。此の黒闇の人豈に道を論ずべけんや」等云云。此の意なるべし。歎かはしきかな。華厳・真言・法相の学者、徒らにいとまをついやし、即身成仏の法門をたつる事よ。/ 夫れ先づ法華経の即身成仏の法門は竜女を証拠とすべし。提婆品に云く「須臾の頃に於て便ち正覚を成ず」等云云。乃至「変じて男子と成る」。又云く「即ち南方無垢世界に往く」云云。伝教大師云く「能化の竜女歴劫の行無く、所化の衆生も亦歴劫無し。能化所化倶に歴劫無し。妙法経力即身成仏す」等云云。
又法華経の即身成仏に二種あり。迹門は理具の即身成仏、本門は事の即身成仏なり。今本門の即身成仏は当位即妙、本有不改と断ずるなれば、肉身を其のまま本有無作の三身如来と云へる是れなり。此の法門は一代諸教の中に之れ無し。文句に云く「諸教の中に於て之れを秘して伝へず」等云云。/ 又法華経の弘まらせ給ふべき時に二度有り。所謂 在世と末法となり。修行に又二意あり。仏世は純円一実、滅後末法の今の時は一向本門の弘まらせ給ふべき時なり。迹門の弘まらせ給ふべき時は已に過ぎて二百余年になり、天台・伝教こそ其の能弘の人にてましまし候ひしかども、それもはや入滅し給ひぬ。日蓮は今、時を得たり。豈に此の所属の本門を弘めざらんや。本迹二門は機も法も時も遥かに各別なり。/ 問うて云く、日蓮計り此の事を知るや。答へて云く「天親・竜樹内鑑冷然」等云云。天台大師云く「後の五百歳遠く妙道に沾はん」。伝教大師云く「正像稍過ぎ已りて末法太だ近きに有り。法華一乗の機今正しく是れ其の時なり。何を以て知ることを得ん。安楽行品に云く、末世法滅の時なり」云云。此等の論師人師、末法闘諍堅固の時、地涌出現し給ひて本門の肝心たる南無妙法蓮華経の弘まらせ給ふべき時を知りて、恋させ給ひて是の如き釈を設けさせ給ひぬ。
尚々即身成仏とは、迹門は能入の門、本門は即身成仏の所詮の実義なり。迹門にして得道せる人々、種類種・相対種の成仏、何れも其の実義は本門寿量品に限れば常にかく観念し給へ。正観なるべし。/ 然るにさばかりの上代の人々だにも即身成仏には取り煩はせ給ひしに、女人の身として度々此の如く法門を尋ねさせ給ふ事は偏に只事にあらず。教主釈尊御身に入り替はらせ給ふにや。竜女が跡を継ぎ給ふか。又曇弥女(きょうどんみにょ)の二度来たれるか。知らず、御身は忽ちに五障の雲晴れて、寂光の覚月を詠め給ふべし。委細は又々申すべく候。/ 弘安三年十月五日  日蓮花押/ 妙一女御返事
◆ 四条金吾殿御返事 〔C6・弘安三年一〇月八日(或は七月八日)・四条金吾〕/ 殿岡より米送り給び候。今年七月盂蘭盆供の僧膳にして候。自恣の僧・霊山の聴衆・仏陀・神明も納受随喜し給ふらん。尽きせぬ志、連々の御訪ひ、言を以て尽くしがたし。何となくとも殿の事は後生菩提疑ひなし。何事よりも文永八年の御勘気の時、既に相模の国竜口にて頸切られんとせし時にも、殿は馬の口に付きて足歩赤足にて泣き悲しみ給ひ、事(こと)実にならば腹きらんとの気色なりしをば、いつの世にか思ひ忘るべき。それのみならず、佐渡の島に放たれ、北海の雪の下に埋もれ、北山の嶺の山下風に命助かるべしともをぼへず。年来の同朋にも捨てられ、故郷へ帰らん事は、大海の底のちびき(千引)の石の思ひして、さすがに凡夫なれば古郷の人々も恋しきに、在俗の宮仕隙なき身に、此の経を信ずる事こそ希有なるに、山河を凌ぎ蒼海を経て、遥かに尋ね来たり給ひし志、香城に骨を砕き、雪嶺に身を投げし人々にも争でか劣り給ふべき。/ 又、我が身はこれ程に浮かび難かりしが、いかなりける事にてや、同十一年の春の比、赦免せられて鎌倉に帰り上りけむ。
倩(つらつら)事の情を案ずるに、今は我が身に過あらじ。或は命に及ばんとし、弘長には伊豆の国、文永には佐渡の島、諫暁再三に及べば留難重畳せり。「仏法中怨」の誡責をも身にははや免れぬらん。然るに今山林に世を遁れ、道を進まんと思ひしに、人々の語様々なりしかども、旁(かたがた)存ずる旨ありしに依りて、当国当山に入りて已に七年の春秋を送る。/ 又、身の智分をば且く置きぬ。法華経の方人として難を忍び、疵を蒙る事は漢土の天台大師にも越え、日域の伝教大師にも勝れたり。是れは時の然らしむる故なり。我が身法華経の行者ならば、霊山の教主釈迦・宝浄世界の多宝如来・十方分身の諸仏・本化の大士・迹化の大菩薩、梵・釈・竜神・十羅刹女も、定めて此の砌におはしますらん。水あれば魚すむ、林あれば鳥来たる、蓬莱山には玉多く、摩黎山には栴檀生ず。麗水の山には金あり。今此の所も此の如し。仏菩薩の住み給ふ功徳聚の砌なり。多くの月日を送り、読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし。然るを毎年度々の御参詣には、無始の罪障も定めて今生一世に消滅すべきか。弥はげむべし、はげむべし。/ 十月八日  日蓮花押
四条中務三郎左衛門殿御返事
◆ 両人御中御書 〔C0・弘安元年一〇月二〇日・日朗・池上宗仲〕/ ゆづり状をたがうべからず。/ 大国阿闍梨・ゑもん(衛門)のたいう(大夫)志殿等に申す。故大進阿闍梨の坊は各々の御計らひに有るべきかと存じ候に、今に人も住せずなんど候なるは、いかなる事ぞ。ゆづり状のなくばこそ、人々も計らひ候はめ。くはしくうけ給はり候へば、べん(弁)の阿闍梨にゆづられて候よしうけ給はり候ひき。又いぎ(違義)あるべしともをぼへず候。それに御用ゐなきは別の子細の候か。其の子細なくば大国阿闍梨・大夫殿の御計らひとして弁阿闍梨の坊へこぼ(毀)ちわたさせ給ひ候へ。心けん(賢)なる人に候へば、いかんがとこそをもい候らめ。弁の阿闍梨の坊をすり(修理)して、ひろく、もら(漏)ずば、諸人の御ために御たからにてこそ候はんずらむめ。ふゆ(冬)はせうまう(焼亡)しげし。もしやけ(焼)なばそむ(損)と申し、人もわらいなん。このふみ(文書)ついて両三日が内に事切りて、各々御返事給はり候はん。恐々謹言。/ 十月二十日  日蓮(花押)/ 両人御中
◆ 刑部左衛門尉女房御返事 〔C6・弘安三年一〇月二一日・尾張刑部左衛門殿女房〕/ 今月飛来の雁書に云く、此の十月三日、母にて候もの十三年に相当たれり。銭二十貫文等云云。/ 夫れ外典三千余巻には忠孝の二字を骨とし、内典五千余巻には孝養を眼とせり。不孝の者をば日月も光ををしみ、地神も瞋りをなすと見えて候。/ 或経に云く、六道の一切衆生仏前に参り集まりたりしに、仏、彼等が身の上の事を一々に問ひ給ひし中に、仏、地神に汝大地より重きものありやと問ひ給ひしかば、地神敬ひて申さく、大地より重き物候と申す。仏の曰く、いかに地神偏頗をば申すぞ。此の三千大千世界の建立は皆大地の上にそなわれり。所謂 須弥山の高さは十六万八千由旬、横は三百三十六万里なり。大海は縦横八万四千由旬なり。其の外の一切衆生・草木等は皆大地の上にそなわれり。此れを持てるが大地より重き物有らんやと問ひ給ひしかば、/ 地神答へて云く、仏は知ろし食しながら人に知らせんとて問ひ給ふか。我地神となること二十九劫なり。其の間、大地を頂戴して候に頸も腰も痛むことなし。虚空を東西南北へ馳走するにも重きこと候はず。
但不孝の者のすみ候所が身にあまりて重く候なり。頸もいたく、腰もおれぬべく、膝もたゆく、足もひかれず、眼もくれ、魂もぬけべく候。あわれ此の人の住所の大地をばなげすてばやと思ふ心たびたび出来し候へば、不孝の者の住所は常に大地ゆり候なり。されば教主釈尊の御いとこ提婆達多と申せし人は閻浮提第一の上臈、王種姓なり。然れども不孝の人なれば、我等彼の下の大地を持つことなくして、大地破れて無間地獄に入り給ひき。我等が力及ばざる故にて候と、かくの如く地神こまごまと仏に申し上げ候ひしかば、仏はげにもげにもと合点せさせ給ひき。/ 又仏歎きて云く、我が滅後の衆生の不孝ならん事、提婆にも過ぎ、瞿伽利にも超えたるべし等云云〈取意〉。涅槃経に、末代悪世に不孝の者は大地微塵よりも多く、孝養の者は爪上の土よりもすくなからんと云云。/ 今日蓮案じて云く、此の経文は殊にさもやとをぼへ候。父母の御恩は今初めて事あらたに申すべきには候はねども、母の御恩の事、殊に心肝に染みて貴くをぼへ候。飛鳥の子をやしなひ、地を走る獣の子にせめられ候事、目もあてられず、魂もきえぬべくをぼへ候。其れにつきても母の御恩忘れがたし。胎内に九月の間の苦しみ、腹は鼓をはれるが如く、頸は針をさげたるが如し。
気は出づるより外に入る事なく、色は枯れたる草の如し。臥せば腹もさけぬべし。坐すれば五体やすからず。かくの如くして産も既に近づきて、腰はやぶれてきれぬべく、眼はぬけて天に昇るかとをぼゆ。/ かかる敵をうみ落としなば、大地にもふみつけ、腹をもさきて捨つべきぞかし。さはなくして、我が苦を忍びて急ぎいだきあげて血をねぶり、不浄をすすぎて胸にかきつけ、懐きかかへて三箇年が間、慇懃に養ふ。母の乳をのむ事、一百八十斛三升五合なり。此の乳のあたひは一合なりとも三千大千世界にかへぬべし。されば乳一升のあたひを検へて候へば、米に当たれば一万一千八百五十斛五升、稲には二万一千七百束に余り、布には三千三百七十段なり。何に況や一百八十斛三升五合のあたひをや。/ 他人の物は銭の一文・米一合なりとも盗みぬればろう(牢)のすもり(巣守)となり候ぞかし。而るを親は十人の子をば養へども、子は一人の母を養ふことなし。あたたかなる夫をば懐きて臥せども、こごへたる母の足をあたたむる女房はなし。給孤独園の金鳥は子の為に火に入り、(きょう)尸迦夫人は夫の為に父を殺す。仏の云く、父母は常に子を念へども、子は父母を念はず等云云。影現王の云く、父は子を念ふといえども、子は父を念はず等是れなり。
設ひ又今生には父母に孝養をいたす様なれども、後生のゆくへまで問ふ人はなし。母の生きてをはせしには、心には思はねども一月に一度、一年に一度は問ひしかども、死し給ひてより後は初七日より二七日乃至第三年までは人目の事なれば形の如く問ひ訪ひ候へども、十三年四千余日が間の程はかきたえ問ふ人はなし。生きてをはせし時は一日片時のわかれをば千万日とこそ思はれしかども、十三年四千余日の程はつやつやをとづれなし。如何にきかまほしくましますらん。/ 夫れ外典の孝経には、唯今生の孝のみををしへて、後生のゆくへをしらず。身の病をいやして、心の歎きをやめざるが如し。内典五千余巻には人天・二乗の道に入れて、いまだ仏道へ引導する事なし。夫れ目連尊者の父をば吉占師子、母をば青提女と申せしなり。母死して後餓鬼道に堕ちたり。しかれども凡夫の間は知る事なし。証果の二乗となりて天眼を開きて見しかば、母餓鬼道に堕ちたりき。あらあさましやといふ計りもなし。餓鬼道に行きて飯をまいらせしかば、纔かに口に入るかと見えしが飯変じて炎となり、口はかなへの如く、飯は炭をおこせるが如し。身は灯炬の如くもえあがりしかば、神通を現じて水を出だして消す処に、水変じて炎となり、弥火炎のごとくもゑあがる。
目連自力には叶はざる間、仏の御前に走り参り申してありしかば、十方の聖僧を供養し、其の生飯を取りて纔かに母の餓鬼道の苦をば救ひ給へる計りなり。/ 釈迦仏は御誕生の後、七日と申せしに母の摩耶夫人にをくれまいらせましましき。凡夫にてわたらせ給へば母の生処を知ろしめすことなし。三十の御年に仏にならせ給ひて、父浄飯王を現身に教化して証果の羅漢となし給ふ。母の御ためには、利天(とうりてん)に昇り給ひて、摩耶経を説き給ひて、父母を阿羅漢となしまいらせ給ひぬ。/ 此等をば爾前の経々の人々は孝養の二乗、孝養の仏とこそ思ひ候へども、立ち還りて見候へば、不孝の声聞、不孝の仏なり。目連尊者程の聖人が母を成仏の道に入れ給はず。釈迦仏程の大聖の父母を二乗の道に入れ奉りて、永不成仏の歎きを深くなさせまいらせ給ひしをば、孝養とや申すべき、不孝とや云ふべき。而るに浄名居士、目連を毀りて云く、六師外道が弟子なり等云云。仏、自身を責めて云く「我則ち慳貪に堕せん、此の事は為(さだ)めて不可なり」等云云。然らば目連は知らざれば科浅くもやあるらん。仏は法華経を知ろしめしながら、生きてをはする父に惜しみ、死してまします母に再び値ひ奉りて説かせ給はざりしかば、大慳貪の人をばこれより外に尋ぬべからず。
つらつら事の心を案ずるに、仏は二百五十戒をも破り、十重禁戒をも犯し給ふ者なり。仏、法華経を説かせ給はずば、十方の一切衆生を不孝に堕し給ふ大科まぬかれがたし。故に天台大師此の事を宣べて云く「過則ち仏に属す」云云。有る人云く「是れ十方三世の仏、本誓に違背し衆生を欺誑すること有るなり」等云云。/ 夫れ四十余年の大小・顕密の一切経並びに真言・華厳・三論・法相・倶舎・成実・律・浄土・禅宗等の仏・菩薩・二乗・梵釈・日月及び元祖等は、法華経に随ふ事なくば何なる孝養をなすとも、「我則堕慳貪」の科脱るべからず。故に仏、本願に趣きて法華経を説き給ひき。而るに法華経の御座には父母ましまさざりしかば、親の生まれてまします方便土と申す国へ贈り給ひて候なり。其の御言に云く「而も彼の土に於て、仏の智恵を求めて、是の経を聞くことを得ん」等云云。此の経文は智者ならん人々は心をとどむべし。教主釈尊の父母の御ために説かせ給ひて候経文なり。此の法門は唯天台大師と申せし人計りこそ知りてをはし候ひけれ。其の外の諸宗の人々知らざる事なり。日蓮が心中に第一と思ふ法門なり。父母に御孝養の意あらん人々は法華経を贈り給ふべし。教主釈尊の父母の御孝養には法華経を贈り給ひて候。
日蓮が母存生してをはせしに、仰せ候ひし事をもあまりにそむきまいらせて候ひしかば、今をくれまいらせて候があながちにくやしく覚えて候へば、一代聖教を検へて母の孝養を仕らんと存じ候間、母の御訪ひ申させ給ふ人々をば我が身の様に思ひまいらせ候へば、あまりにうれしく思ひまいらせ候間、あらあらかきつけて申し候なり。定めて過去聖霊も忽ちに六道の垢穢(くえ)を離れて霊山浄土へ御参り候らん。此の法門を知識に値はせ給ひて度々きかせ給ふべし。日本国に知る人すくなき法門にて候ぞ。くはしくは又々申すべく候。恐々謹言。/ 十月二十一日  日蓮花押/ 尾張刑部左衛門尉殿女房御返事
◆ 大豆御書 〔C3・弘安三年一〇月二三日(或は一二月三日)・波木井実長〕/ 大豆一石かしこまって拝領し了んぬ。法華経の御宝前に申し上げ候。一渧(いってい)の水を大海になげぬれば三災にも失せず、一華を五浄によせぬれば劫火にもしぼまず、一豆を法華経になげぬれば法界みな蓮なり。恐惶謹言。/ 十月二十三日  日蓮花押/ 御所御返事
◆ 上野殿母尼御前御返事 〔C2・弘安三年一〇月二四日・南条時光母尼〕/ 南条の故七郎五郎殿の四十九日御菩提のために送り給ふ物の日記の事。鵞目両ゆひ・白米一駄・芋一駄・すりだうふ(摺豆腐)・こんにゃく・柿一籠・ゆ(柚)五十等云云。/ 御菩提の御ために法華経一部・自我偈数度・題目百千返唱へ奉り候ひ畢んぬ。/ 抑 法華経と申す御経は一代聖教には似るべくもなき御経にて、而も「唯仏与仏」と説かれて、仏と仏とのみこそしろしめされて、等覚已下乃至凡夫は叶はぬ事に候へ。されば竜樹菩薩の大論には、仏已下はただ信じて仏になるべしと見えて候。法華経の第四法師品に云く「薬王、今汝に告ぐ、我が所説の諸経あり、而も此の経の中に於て法華最も第一なり」等云云。第五の巻に云く「文殊師利、此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。第七の巻に云く「此の法華経も亦復是の如し。諸経の中に於て最も為れ其の上たり」。又云く「最も為れ照明たり○最も為れ其の尊たり」等云云。/ 此等の経文、私の義にあらず。仏の誠言にて候へば定めてよもあやまりは候はじ。
民が家に生まれたる者、我は侍に斉しなんど申せば必ずとが(咎)来たる。まして我国王に斉し、まして勝れたりなんど申せば、我が身のとが(咎)となるのみならず、父母と申し、妻子と云ひ、必ず損ずる事、大火の宅を焼き、大木の倒るる時小木等の損ずるが如し。仏教も又かくの如く、華厳・阿含・方等・般若・大日経・阿弥陀経等に依る人々の、我が信じたるままに勝劣も弁へずして、我が阿弥陀経等は法華経と斉等なり、将又勝れたりなんど申せば、其の一類の人々は我が経をほめられ、うれしと思へども、還りてとがとなりて師も弟子も檀那も悪道に堕つること箭を射るが如し。但し法華経の一切経に勝れりと申して候はくるしからず。還りて大功徳となり候。経文の如くなるが故なり。/ 此の法華経の始めに無量義経と申す経おはします。譬へば大王の行幸の御時、将軍前陣して狼藉をしづむるが如し。其の無量義経に云く「四十余年未た真実を顕はさず」等云云。此れは将軍が大王に敵する者を大弓を以て射はらひ、又太刀を以て切りすつるが如し。華厳経を読む華厳宗、阿含経の律僧等、観経の念仏者等、大日経の真言師等の者共が、法華経にしたがはぬをせめなびかす利剣の勅宣なり。
譬へば貞任を義家が責め、清盛を頼朝の打ち失せしが如し。無量義経の「四十余年」の文は不動明王の剣索、愛染明王の弓箭なり。故南条五郎殿の死出の山三途の河を越し給はん時、煩悩の山賊・罪業の海賊を静めて、事故なく霊山浄土へ参らせ給ふべき御供の兵者は、無量義経の「四十余年 未顕真実」の文ぞかし。/ 法華経第一の巻方便品に云く「世尊は法久しくして後、要(かなら)ず当に真実を説きたまふべし」。又云く「正直に方便を捨てて但無上道を説く」云云。第五の巻に云く「唯、髻中(けいちゅう)の明珠」。又云く「独り王の頂上に此の一珠有り」。又云く「彼の強力の王の久しく護れる明珠を今乃ち之れを与ふるが如し」等云云。文の心は日本国に一切経わたれり、七千三百九十九巻なり。彼々の経々は皆法華経の眷属なり。例せば日本国の男女の数四十九億九万四千八百二十八人候へども、皆一人の国王の家人たるが如し。一切経の心は愚痴の女人なんどの唯一時に心うべきやうは、たとへば大塔をくみ候には先づ材木より外に足代と申して多くの小木を集め、一丈二丈計りゆひあげ候なり。かくゆひあげて、材木を以て大塔をくみあげ候ひつれば、返りて足代を切り捨て大塔は候なり。
足代と申すは一切経なり、大塔と申すは法華経なり。/ 仏一切経を説き給ひし事は法華経を説かせ給はんための足代なり。正直捨方便と申して法華経を信ずる人は、阿弥陀経等の南無阿弥陀仏、大日経等の真言宗、阿含経等の律宗の二百五十戒等を切りすて抛ちてのち法華経をば持ち候なり。大塔をくまんがためには足代大切なれども、大塔をくみあげぬれば足代を切り落とすなり。正直捨方便と申す文の心是れなり。足代より塔は出来して候へども、塔を捨てて足代ををがむ人なし。今の世の道心者等、一向に南無阿弥陀仏と唱へて一生をすごし、南無妙法蓮華経と一返も唱へぬ人々は大塔をすてて足代ををがむ人々なり。世間にかしこくはかなき人と申すは是れなり。/ 故七郎五郎殿は当世の日本国の人々にはにさせ給はず。をさなき心なれども賢き父の跡をおひ、御年いまだはたち(二十)にも及ばぬ人が、南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひて仏にならせ給ひぬ。無一不成仏とは是れなり。乞ひ願はくは悲母我が子を恋しく思し食し給ひなば、南無妙法蓮華経と唱へさせ給ひて、故南条殿・故五郎殿と一所に生まれんと願はせ給へ。
一つ種は一つ種、別の種は別の種。同じ妙法蓮華経の種を心にはらませ給ひなば、同じ妙法蓮華経の国へ生まれさせ給ふべし。三人面をならべさせ給はん時、御悦びいかがうれしくおぼしめすべきや。/ 抑 此の法華経を開きて拝見仕り候へば「如来則ち為に衣を以て之れを覆ひたまふ。又他方現在の諸仏の護念する所と為らん」等云云。経文の心は東西南北八方、並びに三千大千世界の外、四百万億那由他の国土に十方の諸仏ぞくぞくと充満せさせ給ふ。天には星の如く、地には稲麻のやうに並居させ給ひ、法華経の行者を守護せさせ給ふ事、譬へば大王の太子を諸の臣下の守護するが如し。但四天王一類のまぼ(守)り給はん事のかたじけなく候に、一切の四天王・一切の星宿・一切の日月・帝釈・梵天等の守護せさせ給ふに足るべき事なり。其の上一切の二乗・一切の菩薩・兜率内院の弥勒菩薩・迦羅陀山の地蔵・補陀落山の観世音・清涼山の文殊師利菩薩等、各々眷属を具足して法華経の行者を守護せさせ給ふに足るべき事に候に、又かたじけなくも釈迦・多宝・十方の諸仏のてづからみづから来たり給ひて、昼夜十二時に守らせ給はん事のかたじけなさ申す計りなし。/ かかるめでたき御経を故五郎殿は御信用ありて仏にならせ給ひて、今日は四十九日にならせ給へば、
一切の諸仏霊山浄土に集まらせ給ひて、或は手にすへ、或は頂をなで、或はいだき、或は悦び、月の始めて出でたるが如く、花の始めてさけるが如く、いかに愛しまいらせ給ふらん。/ 抑 いかなれば三世十方の諸仏はあながちに此の法華経をば守らせ給ふと勘へて候へば、道理にて候ひけるぞ。法華経と申すは三世十方の諸仏の父母なり、めのと(乳母)なり、主にてましましけるぞや。かえる(蛙)と申す虫は母の音を食とす。母の声を聞かざれば生長する事なし。からぐら(迦羅求羅)と申す虫は風を食とす。風吹かざれば生長せず。魚は水をたのみ、鳥は木をすみか(栖)とす。仏も亦かくの如く、法華経を命とし、食とし、すみかとし給ふなり。魚は水にすむ、仏は此の経にすみ給ふ。鳥は木にすむ、仏は此の経にすみ給ふ。月は水にやどる、仏は此の経にやどり給ふ。此の経なき国には仏まします事なしと御心得あるべく候。/ 古昔、輪陀王と申せし王をはしき。南閻浮提の主なり。此の王はなにをか供御とし給ひしと尋ぬれば、白馬のいななくを聞いて食とし給ふ。此の王は白馬のいななけば年も若くなり、色も盛んに、魂もいさぎよく、力もつよく、又政事も明らかなり。故に其の国には白馬を多くあつめ飼ひいしなり。
譬へば魏王と申せし王の鶴を多くあつめ、徳宗皇帝のほたる(蛍)を愛せしが如し。白馬のいななく事は又白鳥の鳴きし故なり。されば又白鳥を多く集めしなり。或時如何がしけん、白鳥皆うせて白馬いななかざりしかば、大王供御たえて、盛んなる花の露にしほれしが如く、満月の雲におほはれたるが如し。此の王既にかくれさせ給はんとせしかば、后・太子・大臣・一国皆母に別れたる子の如く、皆色をうしなひて涙を袖におびたり。如何がせん 如何がせん。/ 其の国に外道多し、当時の禅宗・念仏者・真言師・律僧等の如し。又仏の弟子も有り、当時の法華宗の人々の如し。中悪しき事水火なり。胡と越とに似たり。大王勅宣を下して云く、一切の外道此の馬をいななかせば仏教を失ひて一向に外道を信ぜん事、諸天の帝釈を敬ふが如くならん。仏弟子此の馬をいななかせば一切の外道の頸を切り、其の所をうばひ取りて仏弟子につくべしと云云。外道も色をうしなひ、仏弟子も歎きあへり。而れどもさては(果)つべき事ならねば、外道は先に七日を行ひき。白鳥も来たらず、白馬もいななかず。後七日を仏弟子に渡して祈らせしに、馬鳴と申す小僧一人あり。諸仏の御本尊とし給ふ法華経を以て七日祈りしかば、白鳥壇上に飛び来たる。
此の鳥一声鳴きしかば一馬一声いななく。大王は馬の声を聞いて病の床よりをき給ふ。后より始めて諸人馬鳴に向かひて礼拝をなす。白鳥一・二・三乃至十・百・千出来して国中に充満せり。白馬しきりにいななき、一馬・二馬乃至百千の白馬いななきしかば、大王此の音を聞こし食し面貌は三十計り、心は日の如く明らかに、政正直なりしかば、天より甘露ふり下り、勅風万民をなびかして無量百歳代を治め給ひき。/ 仏も又かくの如く、多宝仏と申す仏は此の経にあひ給はざれば御入滅、此の経をよむ代には出現し給ふ。釈迦仏十方の諸仏も亦復かくの如し。かかる不思議の徳まします経なれば此の経を持つ人をば、いかでか天照太神・八幡大菩薩・富士千眼大菩薩すてさせ給ふべきとたのもしき事なり。又此の経にあだをなす国をばいかに正直に祈り候へども、必ず其の国に七難起こりて他国に破られて亡国となり候事、大海の中の大船の大風に値ふが如く、大旱魃の草木を枯らすが如しとをぼしめせ。当時日本国のいかなるいのり候とも、日蓮が一門法華経の行者をあなづらせ給へば、さまざまの御いのり叶はずして、大蒙古国にせめられてすでにほろびんとするが如し。今も御覧ぜよ。ただかくては候まじきぞ。是れ皆法華経をあだませ給ふ故と御信用あるべし。
抑 故五郎殿かくれ給ひて既に四十九日なり。無常はつねの習ひなれども、此の事はうち聞く人すらなをしのびがたし。いわうや母となり妻となる人をや。心のほど、をしはかられて候。人の子にはをさなきもあり、をとなしきもあり、みにくきもあり、かたわなるもあり、をもいになるべきにや。をのこご(男子)たる上、かたわにもなし、ゆみやにもささひなし、心もなさけあり。故上野殿には盛んなりし時をくれてなげき浅からざりしに、此の子をはらみていまださん(産)なかりしかば、火にも入り水にも入らんと思ひしに、此の子すでに平安なりしかば、誰にあつらへて身をもなぐべきと思ひて、此れに心をなぐさめて此の十四五年はすぎぬ。いかにいかにとすべき。二人のをのこご(男子)にこそになわれめと、たのもしく思ひ候ひつるに、今年九月五日、月を雲にかくされ、花を風にふかせて、ゆめかゆめならざるか、あわれひさしきゆめかなとなげきをり候へば、うつつににてすでに四十九日はせすぎぬ。まことならばいかんがせん、いかんがせん。/ さける花はちらずして、つぼめる花のかれたる。をいたる母はとどまりて、わかきこ(子)はさりぬ。なさけなかりける無常かな無常かな。
かかるなさけなき国をばいといすてさせ給ひて、故五郎殿の御信用ありし法華経につかせ給ひて、常住不壊のりゃう(霊)山浄土へまいらせさせ給へ。ちち(父)はりゃうぜん(霊山)にまします。母は娑婆にとどまれり。二人の中間にをはします故五郎殿の心こそ、をもひやられてあわれにをぼへ候へ。事多しと申せどもとどめ候ひ了んぬ。恐々謹言。/ 十月二十四日  日蓮(花押)/ 上野殿母尼御前御返事
◆ 富木殿御返事 〔C0・弘安四年一一月二九日・富木常忍及び尼御前〕/ 鵞目一結ひ、天台大師の御宝前を荘厳し候ひ了んぬ。/ 経に云く「法華最第一なり」。又云く「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是の如し。一切衆生の中に於て亦為れ第一なり」。又云く「其の福復彼れに過ぐ」。妙楽云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ、供養すること有らん者は福十号に過ぐ」。伝教大師も「讃むる者は福を安明に積み、謗る者は罪を無間に開く」等云云。記の十に云く「方便の極位に居る菩薩、猶尚第五十の人に及ばず」等云云。華厳経の法恵功徳林・大日経の金剛薩(さった)等、尚法華経の博地に及ばず。何に況や其の宗の元祖等法蔵・善無畏等に於てをや。是れは且く之れを置く。尼ごぜんの御所労の御事、我が身一身の上とをもひ候へば昼夜に天に申し候なり。此の尼ごぜんは法華経の行者をやしなう事、灯に油をそへ、木の根に土をかさぬるがごとし。願はくは日月天、其の命にかわり給へと申し候なり。又をもいわするる事もやと、いよ(伊予)房に申しつけて候ぞ。たのもしとをぼしめせ。恐々謹言。
十一月二十九日  日蓮(花押)/ 富木殿御返事
◆ 日厳尼御前御返事 〔C6・弘安三年一一月二九日・日厳尼御前〕/ 弘安三年十一月八日、尼日厳の立て申す立願の願書、並びに御布施の銭一貫文、又たふかたびら(太布帷子)一つ、法華経の御宝前並びに日月天に申し上げ候ひ畢んぬ。其の上は私に計り申すに及ばず候。叶ひ叶はぬは御信心により候べし。全く日蓮がとがにあらず。水すめば月うつる、風ふけば木ゆるぐごとく、みなの御心は水のごとし。信のよは(弱)きはにごるがごとし。信心のいさぎ(潔)よきはすめるがごとし。木は道理のごとし、風のゆるがすは経文をよむがごとしとをぼしめせ。恐々。/ 十一月二十九日  日蓮花押/ 日厳尼御前御返事
◆ 南条殿御返事 〔C1・弘安三年一二月中旬・南条時光及び母尼〕/ 牙(しらげごめ)二石、並びに鵄(いも)一だ(駄)、故五郎殿百ケ日等云云。/ 法華経の第七に云く「川流江河諸水の中に海為れ第一なり。此の法華経も亦復是の如し」等云云。此の経文は法華経をば大海に譬へられて候。大海と申すはふかき事八万四千由旬、広きこと又かくのごとし。此の大海の中にはなになにのすみ候と申し候へば、阿修羅王○/ 字、百千万の字あつまて法華経とならせ給ひて候へば、大海に譬へられて候。又大海の一渧は江河の渧と小は同じといへども、其の義はるかにかわれり。江河の一渧は但一水なり、一雨なり。大海の一渧は四天下の水あつまて一渧をつくれり。一河の一渧は一の金のごとし、大海の一渧は如意宝珠のごとし。一河の一渧は一のあぢわい、大海の一渧は五味のあぢわい、江河の一渧は一つの薬なり、大海の一渧は万種の一丸のごとし。南無阿弥陀仏は一河の一渧、南無妙法蓮華経は大海の一渧。阿弥陀経は小河の一てい、法華経の一字は大海の一てい。故五郎殿の十六年が間の罪は江河の一てい、須臾の間の南無妙法蓮華経は大海の一てい等云云。
夫れ以みれば花はつぼみさいて果なる。をや(親)は死にて子にになわる。これ次第なり。譬へば
◆ 南条殿御返事錯簡 〔C1・弘安元年〕/ 凡夫にてをはせし時、不妄語戒を持ちて、まなこをぬかれ、かわをはがれ、ししむらをやぶられ、血をすはれ、骨かれ、子を殺され、め(妻)をうばわれ、なんどせしかども、無量劫が間一度もそら事なくして其の功に依りて仏となり給ひて候が、無一不成仏と申して、南無妙法蓮華経と只一反申せる人、一人として仏にならざるはなしととかせ給ひて候。釈迦一仏の仰せなりとも疑ふべきにあらざるに、十方の仏の御前にてなにのへんぱ(偏頗)にか、そら事をばせさせ給ふべき。其の上釈迦仏と十方の仏、同時に舌を大梵天に
◆ 四条金吾許御文 〔C6・弘安三年一二月一六日・四条金吾〕/ 白小袖一つ・綿十両慥かに給はり候ひ畢んぬ。/ 歳もかたぶき候。又処は山中の風はげしく、庵室はかごの目の如し。うちしく物は草の葉、きたる物はかみぎぬ(紙衣)、身のひ(冷)ゆる事は石の如し。食物は氷の如くに候へば、此の御小袖給はり候ひて頓て身をあたたまらんとをもへども、明年の一日とかかれて候へば、迦葉尊者の鶏足山にこもりて慈尊の出世五十六億七千万歳をまたるるも、かくやひさしかるらん。これはさてをき候ひぬ。/ しゐぢ(椎地)の四郎がかたり申し候御前の御法門の事、うけ給はり候こそよにすずしく覚え候へ。此の御引出物に大事の法門一つかき付けてまいらせ候。八幡大菩薩をば世間の智者愚者、大体は阿弥陀仏の化身と申し候ぞ。其れもゆへなきにあらず。中古の義に或は八幡の御託宣とて阿弥陀仏と申しける事少々候。此れはをのをの心の念仏者にて候故に、あかき石を金と思ひ、くひぜ(株)をうさぎ(兎)と見るが如し。其れ実には釈迦仏にておはしまし候ぞ。其の故は大隅の国に石体(しゃくたい)の銘と申す事あり。一つの石われて二つになる。一つの石には八幡と申す二字あり。
一つの石の銘には「昔霊鷲山に於て妙法華経を説き、今正宮の中に在りて大菩薩と示現す」云云。是れ釈迦仏と申す第一の証文なり。/ 此れよりもことにまさしき事候。此の八幡大菩薩は、日本国人王第十四代仲哀天皇は父なり、第十五代神功皇后は母なり。第十六代応神天皇は今の八幡大菩薩是れなり。父の仲哀天皇は天照太神の仰せにて、新羅国を責めんが為に渡り給ひしが、新羅の大王に調伏せられ給ひて、仲哀天皇ははかた(博多)にて崩御ありしかば、きさきの神功皇后は此の太子を御懐妊ありながらわたらせ給ひしが、王の敵をうたんとて数万騎のせい(勢)をあい具して新羅国へ渡り給ひしに、浪の上船の内にて王子御誕生の気いでき見え給ふ。其の時神功皇后ははらの内の王子にかたり給ふ。汝は王子か女子か。王子ならばたしかに聞き給へ。我は君の父仲哀天皇の敵を打たんが為に新羅国へ渡るなり。我が身は女の身なれば汝を大将とたのむべし。君、日本国の主となり給ふべきならば、今度生まれ給はずして、軍の間 腹の内にて数万騎の大将となりて、父の敵を打たせ給へ。/ 是れを用ゐ給はずして、只今生まれ給ふほどならば、海へ入れ奉らんずるなり。我を恨みに思ひ給ふなと有りければ、王子本の如く胎内にをさまり給ひけり。
其の時石のをびを以て胎をひやし、新羅国へ渡り給ひて新羅国を打ちしたがへて、還りて豊前の国うさ(宇佐)の宮につき給ひ、ここにて王子誕生あり。懐胎の後、三年六月三日と申す甲寅の年四月八日に生まれさせ給ふ。是れを応神天皇と号し奉る。御年八十と申す壬申の年二月十五日にかくれさせ給ふ。男山の主、我が朝の守護神、正体めづらしからずして霊験新たにおはします。今の八幡大菩薩是れなり。/ 又釈迦如来は住劫第九の減、人寿百歳の時、浄飯王を父とし摩耶夫人を母として、中天竺伽毘羅衛国らんびに(蘭毘尼)園と申す処にて甲寅の年四月八日に生まれさせ給ひぬ。八十年を経て、東天竺倶尸那城跋提河の辺にて、二月十五日壬申にかくれさせ給ひぬ。今の八幡大菩薩も又是の如し。月氏と日本と父母はかわれども、四月八日と甲寅と二月十五日と壬申とはかわる事なし。仏滅度の後二千二百二十余年が間、月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に聖人賢人と生まるる人をば、皆釈迦如来の化身とこそ申せども、かかる不思議は未だ見聞せず。/ かかる不思議の候上、八幡大菩薩の御誓ひは、月氏にては法華経を説いて正直捨方便となのらせ給ひ、日本国にしては正直の頂にやどらんと誓ひ給ふ。
而るに去ぬる十一月十四日の子の時に、御宝殿をやいて天にのぼらせ給ひぬる故をかんがへ候に、此の神は正直の人の頂にやどらんと誓へるに、正直の人の頂の候はねば居処なき故に、栖なくして天にのぼり給ひけるなり。/ 日本国の第一の不思議には、釈迦如来の国に生まれて此の仏をすてて一切衆生皆一同に阿弥陀仏につけり。有縁の釈迦をばすて奉り、無縁の阿弥陀仏をあをぎたてまつりぬ。其の上、親父釈迦仏の入滅の日をば阿弥陀仏につけ、又誕生の日をば薬師になしぬ。八幡大菩薩をば崇むるやうなれども、又本地を阿弥陀仏になしぬ。本地垂迹を捨つる上に、此の事を申す人をばかたきとする故に、力及ばせ給はずして此の神は天にのぼり給ひぬるか。但し月は影を水にうかぶる。濁れる水には栖むことなし。木の上草の葉なれども澄める露には移る事なれば、かならず国主ならずとも正直の人のかうべにはやどり給ふなるべし。/ 然れば百王の頂にやどらんと誓ひ給ひしかども、人王八十一代安徳天皇・二代隠岐の法皇・三代阿波・四代佐渡・五代東一条等の五人の国王の頂にはすみ給はず。諂曲の人の頂なる故なり。
頼朝と義時とは臣下なれども其の頂にはやどり給ふ。正直なる故か。此れを以て思ふに、法華経の人々は正直の法につき給ふ故に、釈迦仏猶是れをまぼり給ふ。況や垂迹の八幡大菩薩争でか是れをまぼり給はざるべき。浄き水なれども濁りぬれば月やどる事なし。糞水なれどもすめば影を惜しみ給はず。濁水は清けれども月やどらず。糞水はきたなけれどもすめば影ををしまず。濁水は智者学匠の持戒なるが、法華経に背くが如し。糞水は愚人の無戒なるが、貪欲ふかく瞋恚強盛なれども、法華経計りを無二無三に信じまいらせて有るが如し。/ 涅槃経と申す経には、法華経の得道の者を列ねて候に、蝮蠍(こうろうふくかつ)と申して糞虫を挙げさせ給ふ。竜樹菩薩は法華経の不思議を書き給ふに、虫と申して糞虫を仏になす等云云。又涅槃経に法華経にして仏になるまじき人をあげられて候には「一闡提の人の阿羅漢の如く大菩薩の如き」等云云。此等は濁水は浄けれども、月の影を移す事なしと見えて候。されば八幡大菩薩は不正直をにくみて天にのぼり給ふとも、法華経の行者を見ては争でか其の影をばをしみ給ふべき。我が一門は深く此の心を信ぜさせ給ふべし。八幡大菩薩は此れにわたらせ給ふなり。疑ひ給ふ事なかれ、疑ひ給ふ事なかれ。恐々謹言。
十二月十六日  日蓮花押/ 四条金吾殿女房御返事
◆ 智妙房御返事 〔C0・弘安三年一二月一八日・智妙房〕/ 鵞目一貫送り給びて法華経の御宝前に申し上げ候ひ了んぬ。/ なによりも故右大将家の御廟と故権大夫殿の御墓とのやけて候由承はりてなげき候へば、又八幡大菩薩並びに若宮のやけさせ給ふ事、いかんが人のなげき候らむ。世間の人々は八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と申すぞ。それも中古の人々の御言なればさもや。但し大隅の正八幡の石の銘には、一方には八幡と申す二字、一方には「昔霊鷲山に在りて妙法華経を説き、今正宮の中に在りて大菩薩と示現す」等云云。月氏にしては釈尊と顕はれて法華経を説き給ひ、日本国にしては八幡大菩薩と示現して正直の二字を願に立て給ふ。教主釈尊は住劫第九の減、人寿百歳の時、四月八日〈甲寅〉の日、中天竺に生まれ給ひ、八十年を経て、二月十五日〈壬申〉の日御入滅なり給ふ。八幡大菩薩は日本国第十六代応神天皇、四月八日〈甲寅〉の日生まれさせ給ひて、御年八十の二月の十五日〈壬申〉に隠れさせ給ふ。釈迦仏の化身と申す事はたれの人かあらそいをなすべき。/ しかるに今日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生、善導・恵心・永観・法然等の大天魔にたぼらかされて、釈尊をなげすてて阿弥陀仏を本尊とす。
あまりの物のくるわしさに、十五日を奪ひ取りて阿弥陀仏の日となす。八日をまぎらかして薬師仏の日と云云。あまりにをや(親)をにくまんとて、八幡大菩薩をば阿弥陀仏の化身と云云。大菩薩をもてなすやうなれども、八幡の御かたきなり。知らずわさ(左)でもあるべきに、日蓮此の二十八年が間、今此三界の文を引きて此の迷ひをしめせば、信ぜずはさてこそ有るべきに、い(射)つ、き(切)つ、ころ(殺)しつ、なが(流)しつ、を(逐)うゆへに、八幡大菩薩宅をやいてこそ天へはのぼり給ひぬらめ。日蓮がかんがへて候ひし立正安国論此れなり。/ あわれ他国よりせめ来たりてたか(鷹)のきじ(雉)をとるやうに、ねこ(猫)のねずみ(鼠)をかむやうにせめられん時、あま(尼)や女房どものあわて候はんずらむ。日蓮が一るいを二十八年が間せめ候ひしむくいに、或はいころし、切りころし、或はいけどり、或は他方へわたされ、宗盛がなわつき(縄付)てさらされしやうに、すせんまん(数千万)の人々のなわつきて、せめられんふびんさよ。しかれども日本国の一切衆生は皆五逆罪の者なれば、かくせめられんをば天も悦び、仏もゆるし給ふべし。あわれあわれはぢ(恥)みぬさきに、阿闍世王の提婆をいまし(戒)めしやうに、真言師・念仏者・禅宗の者どもをいましめて、すこしつみをゆるくせさせ給へかし。あらをかし、あらをかし。あらふびん、あらふびん。
わわく(誑惑)のやつばらの智者げなれば、まこととて、もてなして事にあはんふびんさよ。恐々謹言。/ 十二月十八日  日蓮(花押)/ ちめう房御返事
◆ 上野殿御返事 〔C4・弘安三年一二月二七日・南条時光〕/ 鵞目一貫文送り給び了んぬ。御心ざしの候へば申し候ぞ。よく(欲)ふかき御房とおぼしめす事なかれ。仏にやすやすとなる事の候ぞ、をしへまいらせ候はん。人のものををし(教)ふると申すは、車のおもけれども油をぬりてまわり、ふね(船)を水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり。仏になりやすき事は別のやう候はず。旱魃にかわけるものに水をあたへ、寒氷にこごへたるものに火をあたふるがごとし。又、二つなき物を人にあたへ命のたゆるに人のせ(施)にあふがごとし。/ 金色王と申せし王は其の国に十二年の大旱魃あて、万民飢ゑ死ぬ事かずをしらず。河には死人をはし(橋)とし、陸にはがいこち(骸骨)をつか(塚)とせり。其の時、金色大王、大菩提心ををこしておほきに施をほどこし給ひき。せすべき物みなつきて、蔵の中にただ米五升ばかりのこれり。大王の一日の御くご(供御)なりと、臣下申せしかば、大王五升の米をとり出だして、一切の飢ゑたるものに、或は一りう(粒)二りう、或は三りう四りうなんど、あまねくあたへさせ給ひてのち、天に向かはせ給ひて、朕は一切衆生のけかち(飢渇)の苦にかは(代)りてうえじに候ぞ、とこえ(声)をあげてよばはらせ給ひしかば、天きこしめして甘露の雨を須臾に下し給ひき。
この雨を手にふれ、かを(顔)にかかりし人、皆食にあきみちて、一国の万民、せちな(刹那)のほどに命よみがへり候ひけり。/ 月氏国にす(須)達長者と申せし者は、七度貧になり、七度長者となりて候ひしが、最後の貧の時は万民皆にげうせ、死にをはりて、ただめおとこ(婦夫)二人にて候ひし時、五升の米あり。五日のかつて(糧)とあて候ひし時、迦葉・舎利弗・阿難・羅羅(らごら)・釈迦仏の五人、次第に入らせ給ひて、五升の米をこ(乞)ひとらせ給ひき。其の日より五天竺第一の長者となりて、祇園精舎をばつくりて候ぞ。これをもてよろづ(万事)を心へさせ給へ。/ 貴辺はすでに法華経の行者に似させ給へる事、さるの人に似、もちゐ(餅)の月に似たるが如し。あつはら(熱原)のものども、かかへをしませ給へる事は、承平の将門、天喜の貞任のやうに、此の国のものどもはおもひて候ぞ。これひとへに法華経に命をすつるゆへなり。またく主君にそむく人とは、天御覧あらじ。其の上わづかの小郷にをほくの公事せめあてられて、わが身はのるべき馬なし、妻子はひきかかるべき衣なし。かかる身なれども、法華経の行者の山中の雪にせめられ、食とも(乏)しかるらんとおもひやらせ給ひて、ぜに一貫をくらせ給へるは、
貧女がめおとこ(婦夫)二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたへ、りだ(利)が合子の中なりしひえ(稗)を辟支仏にあたへたりしがごとし。たうとしたうとし。くはしくは又々申すべし。恐々謹言。/ 十二月二十七日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 諫暁八幡抄 〔C2・弘安三年一二月・門下全体〕/ 夫れ馬は一歳二歳の時は、設ひつがい(関節)のび、まろすね(円脛)にすねほそく、うでのびて候へども病あるべしとも見えず。而れども七八歳なんどになりて身もこへ、血ふとく、上かち下をくれ候へば、小船に大石をつめるがごとく、小さき木に大なる菓のなれるがごとく、多くのやまい出来して人の用にもあわず、力もよわく寿もみじかし。天神等も又かくのごとし。成劫の始めには先生の果報いみじき衆生生まれ来たる上、人の悪も候はねば、身の光もあざやかに、心もいさぎよく日月のごとくあざやかに、師子・象のいさみをなして候ひし程に、成劫やうやくすぎて住劫になるままに、前の天神等は年かさなりて下旬の月のごとし。今生まれ来たれる天神は果報衰減し下劣の衆生多分は生来す。/ 然る間、一天に三災やうやくをこり、四海に七難粗出現せしかば、一切衆生始めて苦と楽とををもい知る。此の時仏出現し給ひて、仏教と申す薬を天と人と神とにあたへ給ひしかば、灯に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく、天神等還りて威光をまし、勢力を増長せし事、成劫のごとし。/ 仏経に又五味のあぢわひ分かれたり。在世の衆生は成劫ほどこそなかりしかども、果報いたうをとろへぬ衆生なれば、五味の中に何れの味をもなめて威光勢力をもまし候ひき。
仏滅度後、正像二千年過ぎて末法になりぬれば、本の天も神も阿修羅・大竜等も年もかさなりて、身もつかれ、心もゆはくなり、又今生まれ来たる天人修羅等は、或は小果報或は悪天人等なり。小乗・権大乗等の乳・酪・生蘇・熟蘇味を服すれども、老人に麁食をあたへ、高人に麦飯等を奉るがごとし。/ 而るを当世此れを弁へざる学人等、古へにならひて日本国の一切の諸神等の御前にして、阿含経・方等・般若・華厳・大日経等を法楽し、倶舎・成実・律・法相・三論・華厳・浄土・禅等の僧を護持僧となし給へる。唯老人に麁食を与へ、小児に強飯をくくめたるがごとし。何に況や今の小乗経と小乗宗と大乗経と大乗宗とは、古の小大乗の経宗にはあらず。天竺より仏法漢土へわたりし時、小大の経々は金言に私言まじはれり。宗々は又天竺・漢土の論師・人師、或は小を大とあらそい或は大を小という。或は小に大をかきまじへ、或は大に小を入れ、或は先の経を後とあらそい、或は後を先とし、或は先を後につけ、或は顕経を密経といひ、密経を顕経という。譬へば乳に水を入れ、薬に毒を加ふるがごとし。/ 涅槃経に仏、未来を記して云く「爾の時に諸の賊、醍醐を以ての故に之れに加ふるに水を以てす。水を以てすること多きが故に乳・酪・醍醐一切倶に失す」等云云。
阿含小乗経は乳味のごとし。方等大集経・阿弥陀経・深密経・楞伽経・大日経等は酪味のごとし。般若経等は生蘇味の如く、華厳経等は熟蘇味の如く、法華経・涅槃経等は醍醐味の如し。設ひ小乗経の乳味なりとも、仏説の如くならば争でか一分の薬とならざるべき。況や諸の大乗経をや。何に況や法華経をや。/ 然るに月氏より漢土に経を渡せる訳人は一百八十七人なり。其の中に羅什三蔵一人を除きて、前後の一百八十六人は純乳に水を加へ、薬に毒を入れたる人々なり。此の理を弁へざる一切の人師末学等、設ひ一切経を読誦し、十二分経を胸に浮かべたる様なりとも、生死を離れん事かたし。又現生に一分のしるしある様なりとも、天地の知る程の祈りとは成るべからず。魔王・魔民等、守護を加へて法に験の有る様なりとも、終には其の身も檀那も安穏なるべからず。譬へば旧医の薬に毒を雑へてさしをけるを、旧医が弟子等、或は盗み取り、或は自然に取りて、病人の病を治せんが如し。いかでか安穏なるべき。/ 当世日本国の真言等の七宗並びに浄土・禅宗等の諸学者等、弘法・慈覚・智証等の法華経最第一の醍醐に法華第二・第三等の私の水を入れたるを知らず。仏説の如くならばいかでか一切倶失の大科を脱れん。
大日経は法華経より劣る事七重なり。而るを弘法等、顛倒して大日経最第一と定めて日本国に弘通せるは、法華経一分の乳に大日経七分の水を入れたるなり。水にも非ず乳にも非ず、大日経にも非ず法華経にも非ず。而も法華経に似て大日経に似たり。/ 大覚世尊是れを集めて涅槃経に記して云く「我が滅後に於て○正法将に滅尽せんと欲す。爾の時に多く悪を行ずる比丘有らん。乃至、牧牛女の如く乳を売るに多利を貪らんと欲するを為の故に、二分の水を加ふ。乃至、此の乳水多し。○爾の時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし。是の時に当に諸の悪比丘有りて、是の経を抄略し、分かちて多分と作し、能く正法の色香美味を滅すべし。是の諸の悪人復是の如き経典を読誦すと雖も、如来深密の要義を滅除せん。乃至、前を抄して後に著け、後を抄りて前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。当に知るべし、是の如き諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なり」等云云。/ 今日本国を案ずるに代始まりて已に久しく成りぬ。旧き守護の善神は定めて福も尽き寿も減じ、威光勢力も衰へぬらん。仏法の味をなめてこそ威光勢力も増長すべきに、仏法の味は皆たがひぬ。齢はたけぬ、争でか国の災を払ひ、氏子をも守護すべき。
其の上、謗法の国にて候を、氏神なればとて大科をいましめずして守護し候へば、仏前の起請を毀(こぼ)つ神なり。しかれども氏子なれば、愛子の失のやうにすてずして守護し給ひぬる程に、法華経の行者をあだむ国主・国人等を対治を加へずして、守護する失に依りて、梵釈等のためには八幡等は罰せられ給ひぬるか。此の事は一大事なり。秘すべし秘すべし。/ 有る経の中に、仏此の世界と他方の世界との梵釈・日月・四天・竜神等を集めて、我が正像末の持戒・破戒・無戒等の弟子等を第六天の魔王・悪鬼神等が、人王・人民等の身に入りて悩乱せんを、見乍ら聞き乍ら治罰せずして須臾もすごすならば、必ず梵釈等の使ひをして四天王に仰せつけて治罰を加ふべし。若し氏神治罰を加へずば、梵釈・四天等も守護神に治罰を加ふべし。梵釈又かくのごとし。梵釈等は必ず此の世界の梵釈・日月・四天等を治罰すべし。若し然らずんば、三世の諸仏の出世に漏れ、永く梵釈等の位を失ひて、無間大城に沈むべしと、釈迦・多宝・十方の諸仏の御前にして起請を書き置かれたり。/ 今之れを案ずるに、日本小国の王となり神となり給ふは、小乗には三賢の菩薩、大乗には十信、法華には名字五品の菩薩なり。
何なる氏神有りて無尽の功徳を修すとも、法華経の名字を聞かず、一念三千の観法を守護せずんば、退位の菩薩と成りて永く無間大城に沈み候べし。故に扶桑記に云く「又伝教大師八幡大菩薩の奉為(おんため)に、神宮寺に於て自ら法華経を講ず。乃ち聞き竟りて大神託宣すらく、我法音を聞かずして久しく歳年を歴る。幸ひ和尚に値遇して正教を聞くことを得たり。兼ねて我が為に種々の功徳を修す。至誠随喜す。何ぞ徳を謝するに足らん。兼ねて我が所持の法衣有りと。即ち託宣の主、自ら宝殿を開きて手ずから紫の袈裟一・紫の衣一を捧げ、和尚に奉上す。大悲力の故に幸ひに納受を垂れたまへと。是の時に祢宜・祝(はふり)等各歎異して云く、元来是の如きの奇事を見ず聞かざるかな。此の大神施し給ふ所の法衣、今山王院に在るなり」云云。/ 今謂く、八幡は人王第十六代応神天皇なり。其の時は仏経無かりし。此に袈裟衣有るべからず。人王第三十欽明天皇の治三十二年に神と顕はれ給ひ、其れより已来弘仁五年までは祢宜・祝等次第に宝殿を守護す。何れの王の時、此の袈裟を納めけると意うべし。而して祢宜等云く、元来見ず聞かず等云云。此の大菩薩いかにしてか此の袈裟衣は持ち給ひけるぞ。不思議なり不思議なり。
又欽明より已来弘仁五年に至るまでは王は二十二代、仏法は二百六十余年なり。其の間に三論・成実・法相・倶舎・華厳・律宗・禅宗等の六宗七宗日本国に渡りて、八幡大菩薩の御前にして経を講ずる人々、其の数を知らず。又法華経を読誦する人も争でか無からん。又八幡大菩薩の御宝殿の傍らには神宮寺と号して法華経等の一切経を講ずる堂、大師より已前に是れあり。其の時定めて仏法を聴聞し給ひぬらん。何ぞ今始めて、我法音を聞かずして久しく年歳を歴る等と託宣し給ふべきや。幾くの人々か法華経一切経を講じ給ひけるに、何ぞ此の御袈裟・衣をば進らさせ給はざりけるやらん。/ 当に知るべし、伝教大師已前は法華経の文字のみ読みけれども、其の義はいまだ顕はれざりけるか。去ぬる延暦二十年十一月の中旬の比、伝教大師、比叡山にして南都七大寺の六宗の碩徳十余人を奉請して、法華経を講じ給ひしに、弘世・真綱等の二人の臣下此の法門を聴聞してなげいて云く「一乗の権滞を慨(いた)み三諦の未顕を悲しむ」。又云く「長幼三有の結を摧破し、猶未だ歴劫の轍を改めず」等云云。其の後、延暦二十一年正月十九日に高雄寺に主上行幸ならせ給ひて、六宗の碩徳と伝教大師とを召し合はせられて宗の勝劣を聞こし食ししに、南都の十四人皆口を閉ぢて鼻のごとくす。
後に重ねて怠状を捧げたり。其の状に云く「聖徳の弘化より以降、今に二百余年の間、講ずる所の経論其の数多し。彼此理を争ひて其の疑ひ未だ解けず。而るに此の最妙の円宗猶未だ闡揚せず」等云云。/ 此れをもって思ふに、伝教大師已前には法華経の御心いまだ顕はれざりけるか。八幡大菩薩の不見不聞と御託宣有りけるは指すなり、指すなり。白(あきらか)なり、白なり。法華経第四に云く「我が滅度の後に、能く窃かに一人の為にも法華経を説かん。当に知るべし。是の人は則ち如来の使ひなり。乃至、如来則ち衣を以て之れを覆ひたまふべし」等云云。当来の弥勒仏は法華経を説き給ふべきゆへに、釈迦仏は大迦葉尊者を御使ひとして衣を送り給ふ。又伝教大師は仏の御使ひとして法華経を説き給ふべきゆへに八幡大菩薩を使ひとして衣を送り給ふか。/ 又此の大菩薩は伝教大師已前には加水の法華経を服してをはしましけれども、先生の善根に依りて大王と生まれ給ひぬ。其の善根の余慶、神と顕はれて此の国を守護し給ひけるほどに、今は先生の福の余慶も尽きぬ。正法の味も失ひぬ。謗法の者等国中に充満して年久しけれども、日本国の衆生に久しく仰がれ給ひてなじみをし大科あれども捨てがたくをぼしめし、老人の不孝の子を捨てざるが如くして天のせめに合ひ給ひぬるか。
又此の袈裟は法華経最第一と説かん人こそかけまいらせ給ふべきに、伝教大師の後は第一の座主義真和尚、法華最第一の人なればかけさせ給ふ事其の謂あり。第二の座主円澄大師は伝教大師の御弟子なれども、又弘法大師の弟子なり。すこし謗法ににたり。此の袈裟の人には有らず。第三の座主円仁慈覚大師は名は伝教大師の御弟子なれども、心は弘法大師の弟子、大日経第一法華経第二の人なり。此の袈裟は一向にかけがたし。設ひかけたりとも法華経の行者にはあらず。/ 其の上又当世の天台座主は一向真言座主なり。又当世の八幡の別当は或は園城寺の長吏、或は東寺の末流、此等は遠くは釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵、近くは伝教大師の讐敵なり。譬へば提婆達多が大覚世尊の御袈裟をかけたるがごとし。又猟師が仏衣を被りて師子の皮をはぎしがごとし。当世叡山の座主は伝教大師の八幡大菩薩より給はりて候ひし御袈裟をかけて、法華経の所領を奪ひ取りて真言の領となせり。譬へば阿闍世王の提婆達多を師とせしがごとし。而るを大菩薩の此の袈裟をはぎかへし給はざる一の大科なり。/ 此の大菩薩は法華経の御座にして行者を守護すべき由の起請をかきながら、数年が間、法華経の大怨敵を治罰せざる事不思議なる上、たまたま法華経の行者の出現せるを来たりて守護こそなさざらめ。
我が前にして国主等の怨する事、犬の猿をかみ、蛇の蝦をのみ、鷹の雉を、師子王の兎を殺すがごとくするを一度もいましめず。設ひいましむるやうなれども、いつわりをろかなるゆへに、梵釈・日月・四天等のせめを、八幡大菩薩かほり給ひぬるにや。例せば欽明天皇・敏達天皇・用明天皇、已上三代の大王、物部大連守屋等がすすめに依りて宣旨を下して、金銅の釈尊を熱き奉り、堂に火を放ち、僧尼をせめしかば、天より火下りて内裏をやく。其の上日本国の万民とがなくして悪瘡をやみ、死ぬること大半に過ぎぬ。結句三代の大王・二人の大臣・其の外多くの王子・公卿等、或は悪瘡或は合戦にほろび給ひしがごとし。其の時日本国の百八十の神の栖み給ひし宝殿皆熱け失せぬ。釈迦仏に敵する者を守護し給ひし大科なり。/ 又園城寺は叡山已前の寺なれども、智証大師の真言を伝へて今に長吏とがうす。叡山の末寺たる事疑ひなし。而るに山門の得分たる大乗戒壇を奪ひ取りて、園城寺に立て叡山に随はじと云云。譬へば小臣が大王に敵し、子が親に不孝なるがごとし。かかる悪逆の寺を新羅大明神みだれがわしく守護するゆへに、度々山門に宝殿を焼かるるがごとし。
今八幡大菩薩は法華経の大怨敵を守護して天火に焼かれ給ひぬるか。例せば秦の始皇の先祖襄王と申せし王、神となりて始皇等を守護し給ひし程に、秦の始皇大慢をなして三皇五帝の墳典をやき、三聖の孝経等を失ひしかば、沛公と申す人、剣をもて大蛇を切り死しぬ。秦皇の氏神是れなり。其の後秦の代ほどなくほろび候ひぬ。此れも又かくのごとし。あきの国いつく島の大明神は平家の氏神なり。平家ををごらせし失に、伊勢太神宮・八幡等に神うちに打ち失はれて、其の後平家ほどなくほろび候ひぬ。此れ又かくのごとし。/ 法華経の第四に云く「仏滅度の後に能く其の義を解せんは是れ諸の天人世間の眼なり」等云云。日蓮が法華経の肝心たる題目を日本国に弘通し候は、諸天世間の眼にあらずや。眼には五あり。所謂 肉眼・天眼・恵眼・法眼・仏眼なり。此の五眼は法華経より出生せさせ給ふ。故に普賢経に云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり。諸仏是れに因りて五眼を具することを得たまふ」等云云。此の方等経と申すは法華経を申すなり。又此の経に云く「人天の福田、応供の中の最なり」等云云。此等の経文のごとくば妙法蓮華経は人天の眼、二乗・菩薩の眼、諸仏の御眼なり。
而るに法華経の行者を怨む人は人天の眼をくじる者なり。其の人を罰せざる守護神は、一切の人天の眼をくじる者を結構し給ふ神なり。/ 而るに弘法・慈覚・智証等は正しく書を作るなり、法華経を無明の辺域にして明の分位に非ず、後に望めば戯論と作す。力者に及ばず、履者とりにたらずとかきつけて四百余年。日本国の上一人より下万民にいたるまで法華経をあなづらせ、一切衆生の眼をくじる者を守護し給ふは、あに八幡大菩薩の結構にあらずや。去ぬる弘長と又去ぬる文永八年九月の十二日に日蓮一分の失なくして、南無妙法蓮華経と申す大科に、国主のはからいとして八幡大菩薩の御前にひきはらせて、一国の謗法の者どもにわらわせ給ひしは、あに八幡大菩薩の大科にあらずや。其のいましめとをぼしきは、ただどしうちばかりなり。日本国の賢王たりし上、第一第二の御神なれば八幡に勝れたる神はよもをはせじ。又偏頗はよも有らじとわをもへども、一切経並びに法華経のをきてのごときんば、この神は大科の神なり。/ 日本六十六箇国二つの島、一万一千三十七の寺々の仏は皆或は画像、或は木像、或は真言已前の寺もあり、或は已後の寺もあり。
此等の仏は皆法華経より出生せり。法華経をもって眼とすべし。所謂「此の方等経は是れ諸仏の眼なり」等云云。妙楽云く「然も此の経は常住仏性を以て咽喉と為し、一乗の妙行を以て眼目と為し、再生敗種を以て心腑と為し、顕本遠寿を以て其の命と為す」等云云。而るを日本国の習ひ、真言師にもかぎらず、諸宗一同に仏眼の印をもって開眼し、大日の真言をもって五智を具足すと云云。此等は法華経にして仏になれる衆生を真言の権経にて供養すれば、還りて仏を死し、眼をくじり、寿命を断ち、喉をさきなんどする人々なり。提婆が教主釈尊の身より血を出だし、阿闍世王の彼の人を師として現罰に値ひしに、いかでかをとり候べき。/ 八幡大菩薩は応神天皇、小国の王なり。阿闍世王は摩竭大国の大主なり。天と人と、王と民との勝劣なり。而れども阿闍世王、猶釈迦仏に敵をなして悪瘡身に付き給ひぬ。八幡大菩薩いかでか其の科を脱るべき。去ぬる文永十一年に大蒙古よりよせて、日本国の兵を多くほろぼすのみならず、八幡の宮殿すでにやかれぬ。其の時何ぞ彼の国の兵を罰し給はざるや。まさに知るべし、彼の国の大王は此の国の神に勝れたる事あきらけし。襄王と申せし神は漢土の第一の神なれども、沛公が利剣に切られ給ひぬ。此れをもってをもうべし。
道鏡法師、称徳天皇の心よせと成りて国王と成らんとせし時、清丸、八幡大菩薩に祈請せし時、八幡の御託宣に云く「夫れ神に大小好悪有り、乃至彼れは衆く我は寡し。邪は強く正は弱し。乃ち当に仏力の加護を仰ぎて為に皇緒を紹隆すべし」等云云。/ 当に知るべし、八幡大菩薩は正法を力として王法を守護し給ひけるなり。叡山・東寺等の真言の邪法をもって権の大夫殿を調伏せし程に、権の大夫殿はかたせ給ひ、隠岐の法皇まけさせ給ひぬ。還著於本人此れなり。今又日本国一万一千三十七の寺並びに三千一百三十二社の神は国家安穏のためにあがめられて候。而るに其の寺々の別当等、其の社々の神主等は、みなみなあがむるところの本尊と神との御心に相違せり。彼々の仏と神とは其の身異体なれども、其の心同心に法華経の守護神なり。別当と社主等は或は真言師、或は念仏者、或は禅僧、或は律僧なり。皆一同に八幡等の御かたきなり。謗法不孝の者を守護し給ひて、正法の者を或は流罪、或は死罪等に行はするゆへに、天のせめを被り給ひぬるなり。/ 我が弟子等の内、謗法の余慶有る者の思ひていわく、此の御房は八幡をかたきとすと云云。
これいまだ道理有りて法の成就せぬには、本尊をせむるという事を存知せざる者の思ひなり。付法蔵経と申す経に大迦葉尊者の因縁を説いて云く「時に摩竭国に婆羅門有り、尼倶律陀と名づく。過去の世に於て久しく勝業を修し○多く財宝に饒かにして巨富無量なり○摩竭王に比するに千倍勝れりと為す。○財宝饒かなりと雖も子息有ること無し。自ら念はく、老朽して死の時将に至らんとす。庫蔵の諸物委付する所無し。其の舎の側に於て樹林神有り。彼の婆羅門子を求むるが為の故に即ち往きて祈請す。年歳を経歴すれども微応無し。時に尼倶律陀大いに瞋忿を生じて樹神に語りて曰く、我汝に事へてより来、已に年歳を経れども都て為に一の福応を垂るるを見ず。今当に七日至心に汝に事ふべし。若し復験無ければ必ず相焼剪せん。明らかに樹神聞き已りて甚だ愁怖を懐き、四天王に向かって具に斯の事を陳ぶ。是に於て四王往きて帝釈に白す。帝釈閻浮提の内を観察するに、福徳の人の彼の子と為るに堪ゆる無し。即ち梵王に詣で広く上の事を宣ぶ。爾の時に梵王天眼を以て観見するに、梵天の当に命終に臨む有り。而して之れに告げて曰く、汝若し神を降さば宜しく当に彼の閻浮提界の婆羅門の家に生すべし。梵天対(こた)へて曰く、婆羅門の法、悪邪見多し。我今其の子と為ること能はざるなり。
梵王復言く、彼の婆羅門大威徳有り。閻浮提の人往きて生ずるに堪ゆる莫し。汝必ず彼れに生ぜば、吾れ相護りて終に汝をして邪見に入らしめざらん。梵天曰く、諾。敬みて聖教を承けん。是に於て帝釈即樹神に向かって斯の如き事を説く。樹神歓喜して尋ね其の家に詣で婆羅門に語らく、汝今復恨みを我に起こすこと勿れ、却って後七日当に卿が願を満すべし。七日に至りて已に婦娠むこと有るを覚え、十月を満足して一男児を生めり。乃至今の迦葉等是れなり」云云。/ 「時に応じて尼倶律陀大いに瞋忿を生ず」等云云。常のごときんば、氏神に向かって大瞋恚を生ぜん者は、今生には身をほろぼし、後生には悪道に堕つべし。然りと雖も尼倶律陀長者、氏神に向かって大悪口大瞋恚を生じて大願を成就し、賢子をまうけ給ひぬ。当に知るべし、瞋恚は善悪に通ずる者なり。/ 今日蓮は去ぬる建長五年〈癸丑〉四月二十八日より、今弘安三年〈太歳庚辰〉十二月にいたるまで二十八年が間、又他事なし。只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。此れ即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり。此れ又時の当たらざるにあらず。已に仏記の五五百歳に当たれり。
天台・伝教の御時は時いまだ来たらざりしかども、一分の機ある故に、少分流布せり。何に況や今は已に時いたりぬ。設ひ機なくして水火をなすともいかでか弘通せざらむ。只不軽のごとく大難には値ふとも、流布せん事疑ひなかるべきに、真言・禅・念仏者等の讒奏に依りて無智の国主留難をなす。此れを対治すべき氏神八幡大菩薩、彼等の大科を治せざるゆへに、日蓮、氏の神を諫暁するは道理に背くべしや。尼倶律陀長者が樹神をいさむるに異ならず。/ 蘇悉地経に云く「本尊を治罰すること鬼魅を治するが如し」等云云。文の心は経文のごとく所願を成ぜんがために、数年が間、法を修行するに成就せざれば、本尊を或はしばり、或は打ちなんどせよととかれて候。相応和尚の不動明王をしばりけるは此の経文を見たりけるか。此れは他事にはにるべからず。日本国の一切の善人は或は戒を持ち、或は布施を行ひ、或は父母等の孝養のために寺塔を建立し、或は成仏得道の為に妻子をやしなうべき財を止めて諸僧に供養をなし候に、諸僧謗法の者たるゆへに、謀反の者を知らずしてやどしたるがごとく、不孝の者に契りなせるがごとく、今生には災難を招き、後生も悪道に堕ち候べきを扶けんとする身なり。
而るを日本国の守護の善神等、彼等にくみして正法の敵となるゆへに、此れをせむるは経文のごとし。道理に任せたり。/ 我が弟子等が愚案にをもわく、我が師は法華経を弘通し給ふとてひろまらざる上、大難の来たれるは、真言は国をほろぼす、念仏は無間地獄、禅は天魔の所為、律僧は国賊との給ふゆへなり。例せば道理有る問注に悪口のまじわれるがごとしと云云。日蓮我が弟子に反詰して云く、汝若し爾らば我が問を答へよ。/ 一切の真言師・一切の念仏者・一切の禅宗等に向かひて南無妙法蓮華経と唱へ給へと勧進せば、彼等の云く、我が弘法大師は法華経と釈迦仏とを戯論・無明の辺域・力者・はき物とりに及ばずとかかせ給ひて候。物の用にあわぬ法華経を読誦せんよりも、其の口に我が小呪を一反も見つべし。/ 一切の在家の者の云く、善導和尚は法華経をば千中無一、法然上人は捨閉閣抛、道綽禅師は未有一人得者と定めさせ給へり。汝がすすむる南無妙法蓮華経は我が念仏の障りなり。我等設ひ悪はつくるともよも唱へじ。/ 一切の禅宗の云く、我が宗は教外別伝と申して一切経の外に伝へたる最上の法門なり。
一切経は指のごとし、禅は月のごとし。天台等の愚人は指をまぼ(守)て月を亡びたり。法華経は指なり、禅は月なり。月を見て後は指は何のせんかあるべきなんど申す。かくのごとく申さん時は、いかにとしてか南無妙法蓮華経の良薬をば彼等が口には入るべき。/ 仏は且く阿含経を説き給ひて後、徳行衆を法華経へ入れんとたばかり給ひしに、一切の声聞等只阿含経に著して法華経へ入らざりしをば、いかやうにか、たばからせ給ひし。此れをば仏説いて云く「設ひ五逆罪は造るとも、五逆の者をば供養すとも、罪は仏の種とはなるとも、彼等が善根は仏種とならじ」とこそ説かせ給ひしか。小乗大乗はかわれども同じく仏説なり。大が小を破して小を大となすと、大を破して法華経に入ると、大小は異なれども法華経へ入れんと思ふ志は是れ一なり。/ されば無量義経に大を破して云く「未顕真実」。法華経に云く「此の事は為(さだ)めて不可なり」等云云。仏自ら云く「我世に出でて華厳・般若等を説いて法華経をとかずして入涅槃せば、愛子に財ををしみ、病者に良薬をあたへずして死したるがごとし」。仏自ら記して云く「地獄に堕つべし」云云。不可と申すは地獄の名なり。況や法華経の後、爾前の経に著して法華経へうつらざる者は大王に民の従はざるがごとし。親に子の見へざるがごとし。
設ひ法華経を破せざれども、爾前の経々をほむるは法華経をそしるに当たれり。妙楽云く「若し昔を称歎せば豈に今を毀るに非ずや」文。又云く「発心せんと欲すと雖も、偏円を簡ばず誓境を解せずんば、未来法を聞くとも何ぞ能く謗を免れん」等云云。/ 真言の善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等は、設ひ法華経を大日経に相対して勝劣を論ぜずして大日経を弘通すとも、滅後に生まれたる三蔵人師なれば謗法はよも免れ候はじ。何に況や善無畏等の三三蔵は、法華経は略説、大日経は広説と同じて、而も法華経の行者を大日経えすかし入れ、弘法等の三大師は法華経の名をかきあげて戯論なんどかかれて候を、大科を明らめずして此の四百余年一切衆生、皆謗法の者となりぬ。例せば大荘厳仏の末の四比丘が六百万億那由他の人を皆無間地獄に堕とせると、師子音王仏の末の勝意比丘が無量無辺の持戒の比丘・比丘尼・うばそく・うばいを皆阿鼻大城に導きしと、今の三大師の教化に随ひて、日本国四十九億九万四千八百二十八人の一切衆生、〈或は云く、日本記に行基数へて云く、男女四十五億八万九千六百五十九人云云〉又四十九億等の人々、四百余年に死して無間地獄に堕ちぬ。其の後他方世界よりは生まれて又死して無間地獄に堕ちぬ。
かくのごとく堕つる者は大地微塵よりも多し。此れ皆三大師の科ぞかし。/ 此れを日蓮此等を大いに見ながらいつわりをろかにして申さずば、倶に堕地獄の者となて、一分の科なき身が十方の大阿鼻地獄を経めぐるべし。いかでか身命をすてざるべき。涅槃経に云く「一切衆生の異の苦を受くるは、悉く是れ如来一人の苦なり」等云云。日蓮云く、一切衆生の同一苦は悉く是れ日蓮一人の苦と申すべし。平城天皇の御宇に八幡の御託宣に云く「我は是れ日本の鎮守八幡大菩薩なり。百王を守護せん誓願有り」等云云。/ 今云く、人王八十一二代隠岐の法皇、三四五の諸皇已に破られ畢んぬ。残る二十余代今捨て畢んぬ。已に此の願破るるがごとし。日蓮料簡して云く、百王を守護せんといふは正直の王百人を守護せんと誓ふか。八幡の御誓願に云く「正直の人の頂を以て栖と為し諂曲の人の心を以て亭(やど)らず」等云云。夫れ月は清水に影をやどす、濁水にすむ事なし。王と申すは不妄語の人、右大将家・権の大夫殿は不妄語の人、正直の頂、八幡大菩薩の栖む百王の内なり。/ 正直に二あり。一には世間の正直、王と申すは天人地の三を串(つらぬ)くを王と名づく。天人地の三は横なり。たつてんは縦なり。王と申すは黄帝、中央の名なり。天の主・人の主・地の主を王と申す。
隠岐の法皇は名は国王、身は妄語の人、横人なり。権の大夫殿は名は臣下、身は大王、不妄語の人、八幡大菩薩の願ひ給ふ頂なり。/ 二には出世の正直と申すは爾前七宗等の経論釈は妄語、法華経天台宗は正直の経釈なり。本地は不妄語の経の釈迦仏、迹には不妄語の八幡大菩薩なり。八葉は八幡、中台は教主釈尊なり。四月八日寅の日に生まれ、八十年を経て二月十五日申の日に隠れさせ給ふ。豈に教主の日本国に生まれ給ふに有らずや。大隅の正八幡宮の石文に云く「昔霊鷲山に在りて妙法華経を説き、今正宮の中に在りて大菩薩と示現す」等云云。法華経に云く「今此三界」等云云。又「常在霊鷲山」等云云。遠くは三千大千世界の一切衆生は釈迦如来の子なり。近くは日本国四十九億九万四千八百二十八人は八幡大菩薩の子なり。今日本国の一切衆生は八幡をたのみ奉るやうにもてなし、釈迦仏をすて奉るは、影をうやまって体をあなづる、子に向かひて親をの(罵)るがごとし。本地は釈迦如来にして月氏国に出でては正直捨方便の法華経を説き給ひ、垂迹は日本国に生まれては正直の頂にすみ給ふ。/ 諸の権化の人々の本地は法華経の一実相なれども垂迹の門は無量なり。
所謂 髪倶羅尊者は三世に不殺生戒を示し、鴦崛摩羅は生々に殺生を示す、舎利弗は外道となり、是の如く門々不同なる事は、本凡夫にて有りし時の初発得道の始めを成仏の後化他門に出で給ふ時、我が得道の門を示すなり。妙楽大師云く「若し本に従ひて説かば亦是の如し。昔殺等の悪の中に於て能く出離す。故に是の故に迹中に亦殺を以て利他の法門と為す」等云云。/ 今八幡大菩薩は本地は月氏の不妄語の法華経を、迹に日本国にして正直の二字となして賢人の頂にやどらむと云云。若し爾らば此の大菩薩は宝殿をやきて天にのぼり給ふとも、法華経の行者日本国に有るならば其の所に栖み給ふべし。法華経の第五に云く「諸天昼夜に、常に法の為の故に、而も之れを衛護す」文。経文の如くんば南無妙法蓮華経と申す人をば大梵天・帝釈・日月・四天等、昼夜に守護すべしと見えたり。又第六の巻に云く「或は己身を説き、或は他身を説き、或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す」文。観音尚三十三身を現じ、妙音又三十四身を現じ給ふ。教主釈尊何ぞ八幡大菩薩と現じ給はざらんや。天台云く「即ち是れ形を十界に垂れて種々の像を作す」等云云。/ 天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ。
月は西より東に向へり、月氏の仏法東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法月氏へかへるべき瑞相なり。月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。仏は法華経謗法の者を治し給はず、在世には無きゆへに。末法には一乗の強敵充満すべし、不軽菩薩の利益此れなり。各々我が弟子等はげませ給へ、はげませ給へ。/ 弘安三年〈太歳庚辰〉十二月 日  日蓮花押
◆ 大夫志殿御返事 〔C2・弘安三年一一月(或は一二月)・池上宗仲〕/ 小袖一つ・直垂三具・同じく腰三具等云云。小袖は七貫、直垂並びに腰は十貫、已上十七貫文に当たれり。/ 夫れ以みれば天台大師の御位を章安大師顕はして云く「止観の第一に序文を引きて云く、安禅として化す位五品に居したまへり。故に経に云く、四百万億那由他の国の人に施すに一々に皆七宝を与へ、又化して六通を得しむるすら初随喜の人に如かざること百千万倍せり、況や五品をや。文に云く、即ち如来の使ひなり。如来の所遣として如来の事を行ず」等云云。伝教大師、天台大師を釈して云く「今吾が天台大師、法華経を説き法華経を釈すること群に特秀し唐に独歩す」云云。又云く「明らかに知んぬ、如来の使ひなり。讃むる者は福を安明に積み、謗しる者は罪を無間に開く」云云。/ 如来は且く之れを置く。滅後の一日より正像末二千二百余年が間、仏の御使ひ二十四人なり。所謂 第一は大迦葉、第二は阿難、第三は末田地、第四は商那和修、第五は多(きくた)、第六は提多迦、第七は弥遮迦、第八は仏駄難提、第九は仏駄密多、第十は脇比丘、第十一は富那奢、第十二は馬鳴、
第十三は毘羅、第十四は竜樹、第十五は提婆、第十六は羅(らご)、第十七は僧(ぎゃ)難提、第十八は僧(ぎゃ)耶奢、第十九は鳩摩羅駄、第二十は闍夜那、第二十一は盤駄、第二十二は摩奴羅、第二十三は鶴勒夜奢、第二十四は師子尊者。此の二十四人は金口の記す所の付法蔵経に載す。但し小乗権大乗経の御使ひなり。いまだ法華経の御使ひにはあらず。三論宗の云く、道朗・吉蔵は仏の使ひなり。法相宗の云く、玄奘・慈恩は仏の使ひなり。華厳宗の云く、法蔵・澄観は仏の使ひなり。真言宗の云く、善無畏・金剛智・不空・恵果・弘法等は仏の使ひなり。日蓮之れを勘へて云く、全く仏の使ひに非ず。全く大小乗の使ひにも非ず。之れを供養せば災を招き之れを謗ぜば福を至さん。/ 問ふ、汝の自義か。答へて云く、設ひ自義為りと雖も有文有義ならば何の科あらん。然りと雖も釈有り、伝教大師云く「(なん)ぞ福を捨て罪を慕ふ者あらんや」云云。福を捨つるとは天台大師を捨つる人なり。罪を慕ふとは上に挙ぐる所の法相・三論・華厳・真言の元祖等なり。彼の諸師を捨て一向に天台大師を供養する人の其の福を今申すべし。三千大千世界と申すは東西南北・一須弥山・六欲梵天を一四天下となづく。百億の須弥山・四州等を小千と云ふ。小千の千を中千と云ふ。中千の千を大千と申す。
此の三千大千世界を一つにして、四百万億那由他の国の六道の衆生を八十年やしなひ、法華経より外の已今当の一切経を一々の衆生に読誦せさせて、三明六通の阿羅漢・辟支仏・等覚の菩薩となせる一人の檀那と、世間出世の財を一分も施さぬ人の法華経計りを一字一句一偈持つ人と相対して功徳を論ずるに、法華経の行者の功徳勝れたる事百千万億倍なり。天台大師此に勝れたる事五倍なり。かかる人を供養すれば福を須弥山につみ給ふなりと、伝教大師ことはらせ給ひて候。此の由を女房には申させ給へ。恐々謹言  花押/ 大夫志殿御返事
◆ 王日殿御返事 〔C2・弘安元年・王日〕/ 弁房の便宜に三百文、今度二百文給はり了んぬ。仏は真に尊くして物によらず。昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて、阿育大王と生まれて、一閻浮提の主たりき。貧女の我がかしら(頭)をおろして油と成せしが、須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず。されば此の二三の鵞目は日本国を知る人の国を寄せ、七宝の塔を利天(とうりてん)にくみあげたらんにもすぐるべし。/ 法華経の一字は大地の如し、万物を出生す。一字は大海の如し、衆流を納む。一字は日月の如し、四天下をてらす。此の一字返じて月となる、月変じて仏となる。稲は変じて苗となる、苗は変じて草となる、草変じて米となる、米変じて人となる、人変じて仏となる。女人変じて妙の一字となる。妙の一字変じて台上の釈迦仏となるべし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。恐々謹言。/ 王日殿  日蓮花押
◆ 法衣書 〔C0・文永七年・富木常忍及びその母その妻〕/ 御衣布並びに単衣布給はり候ひ了んぬ。/ 抑 食は命をつぎ、衣は身をかくす。食を有情に施すものは長寿の報をまねき、人の食を奪ふものは短命の報をうく。衣を人にほどこさぬ者は世々所生に裸形の報をかんず。六道の中に人道已下は皆形裸にして生まる。天は随生衣なり。其の中の鹿等は無衣にして生まるのみならず、人の衣をぬすみしゆへに、身の皮を人にはがれて盗みし衣をつぐの(償)うほう(報)をえたり。人の中にも鮮白比丘には生ぜし時、衣を被て生まれぬ。仏法の中にも裸形にして法を行ずる道なし。故に釈尊は摩訶大母比丘尼の衣を得て正覚をなり給ひき。諸の比丘には三衣をゆるされき。鈍根の比丘は衣食ととのわざれば阿羅漢果を証せずとみへて候。/ 殊に法華経には柔和忍辱衣と申して衣をこそ本とみへて候へ。又法華経の行者をば衣をもって覆はせ給ふと申すもねんごろなるぎ(義)なり。日蓮は無戒の比丘、邪見の者なり。故に天これをにくませ給ひて食衣ともしき身にて候。しかりといえども法華経を口に誦し、ときどきこれをとく。譬へば大蛇の珠を含み、いらん(伊蘭)よりせんだん(栴檀)を生ずるがごとし。
いらんをすててせんだんまいらせ候。蛇形をかくして珠を授けたてまつる。/ 天台大師云く「他経は但男に記して女に記せず」等云云。法華経にあらざれば女人成仏は許されざるか。具足千万光相如来と申すは摩訶大比丘尼のことなり。此等もってをしはかり候に、女人の成仏は法華経により候べきか。「要当説真実」は教主釈尊の金言、「皆是真実」は多宝仏の証明、「舌相至梵天」は諸仏の誓状なり。日月は地に落つべしや、須弥山はくづるべしや、大海の潮は増減せざるべしや、大地は翻覆すべしや。此の御衣の功徳は法華経にとかれて候。但心をもってをもひやらせ給ひ候へ。言にはのべがたし。
◆ 重須殿女房御返事 〔C0・弘安四年一月五日・重須殿女房〕/ 十字一百まい・かし(菓子)ひとこ(一籠)給はり了んぬ。正月の一日は日のはじめ、月の始め、としのはじめ、春の始め。此れをもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく、日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく、とく(徳)もまさり人にもあいせられ候なり。/ 抑 地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば、或は地の下と申す経もあり、或は西方等と申す経も候。しかれども委細にたづね候へば、我等が五尺の身の内に候とみへて候。さもやをぼへ候事は、我等が心の内に父をあなづり、母ををろかにする人は、地獄其の人の心の内に候。譬へば蓮のたねの中に花と菓とのみゆるがごとし。仏と申す事も我等の心の内にをはします。譬へば石の中に火あり、珠の中に財のあるがごとし。我等凡夫はまつげ(睫)のちかきと虚空のとをきとは見候事なし。我等が心の内に仏はをはしましけるを知り候はざりけるぞ。/ ただし疑ひある事は、我等は父母の精血変じて人となりて候へば、三毒の根本淫欲の源なり。いかでか仏はわたらせ給ふべきと疑ひ候へども、又うちかへしうちかへし案じ候へば、其のゆわれもやとをぼへ候。
蓮はきよきもの、沼よりいでたり。せんだん(栴檀)はかうばしき物、大地よりをいたり。さくらはをもしろき物、木の中よりさきいづ。やうきひ(楊貴妃)は見めよきもの、下女のはら(腹)よりむ(生)まれたり。/ 月は山よりいでて山をてらす、わざわいは口より出でて身をやぶる。さいわいは心よりいでて我をかざる。今正月の始めに法華経をくやうしまいらせんとをぼしめす御心は、木より花のさき、池より蓮のつぼみ、雪山のせんだんのひらけ、月の始めて出づるなるべし。今日本国の法華経をかたきとして、わざわいを千里の外よりまねき出だせり。此れをもってをもうに、今又法華経を信ずる人は、さいわいを万里の外よりあつむべし。影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする人の国は、体にかげのそうがごとくわざわい来たるべし。法華経を信ずる人はせんだんにかをばし(香)さのそなえたるがごとし。又々申し候べし。/ 正月五日  日蓮(花押)/ をもんす(重須)どのの女房御返事
◆ 上野尼御前御返事 〔C0・弘安四年一月一三日・南条時光母尼〕/ 聖人ひとつつ(筒)、ひさげ(提子)十か、十字百、飴ひとをけ(一桶)、二升か、柑子ひとこ(一籠)、串柿十くし、ならびにくり(栗)、給はり候ひ了んぬ。春のはじめ御喜び、花のごとくひらけ、月のごとくみたせ給ふべき、よしうけ給はり了んぬ。/ 抑 故五らう(郎)どのの御事こそをもいいでられて候へ。ちりし花もさかんとす、かれしくさ(草)もねぐみぬ。故五郎殿もいかでかかへらせ給はざるべき。あわれ無常の、花とくさ(草)とのやうならば、人丸にはあらずとも花のもともはなれじ。いはうるこま(駒)にあらずとも草のもとをばよもさらじ。/ 経文には子をばかたき(敵)ととかれて候。それもゆわれ候か。梟と申すとりは母をくらう。破鏡と申すけだものは父をがいす。あんろく(安禄)山と申せし人は、師史明と申す子にころされぬ。義朝と申せしつはものは、為義と申すちちをころす。子はかたきと申す経文ゆわれて候。又子は財と申す経文あり。妙荘厳王は一期の後、無間大城と申す地獄へ堕ちさせ給ふべかりしが、浄蔵と申せし太子にすくわれて、大地獄の苦をまぬがれさせ給ふのみならず、娑羅樹王仏と申す仏とならせ給ふ。
生提女と申せし女人は、慳貪のとがによて餓鬼道に堕ちて候ひしが、目連と申す子にたすけられて餓鬼道を出で候ひぬ。されば子を財と申す経文たがう事なし。/ 故五郎殿はとし十六歳、心ねみめかたち(容貌)人にすぐれて候ひし上、男ののう(能)そなわりて万人にほめられ候ひしのみならず、をやの心に随ふこと水のうつわものにしたがい、かげの身にしたがうがごとし。いへ(家)にてははしら(柱)とたのみ、道にてはつへ(杖)とをもいき。はこのたから(宝)もこの子のため、つかう所従もこれがため。我しなばになわれてのぼ(野辺)へゆきなん、のちのあとをもいをく事なし、とふかくをぼしめしたりしに、いやなくさきにたちぬれば、いかんにやいかんにやゆめ(夢)かまぼろし(幻)か。さめなんさめなんとをもへども、さめずしてとし(年)も又かへりぬ。いつとまつべしともをぼへず。ゆきあうべきところだにも申しをきたらば、はねなくとも天へものぼりなん。ふねなくとももろこしへもわたりなん。大地のそこにありときかば、いかでか地をもほらざるべきとをぼしめすらむ。/ やすやすとあわせ給ふべき事候。釈迦仏を御使ひとして、りゃうぜん(霊山)浄土へまいりあわせ給へ。「若有聞法者 無一不成仏」と申して、大地はささばはづるとも、日月は地に堕ち給ふとも、しを(潮)はみちひぬ世はありとも、花はなつにならずとも、南無妙法蓮華経と申す女人の、をもう子にあわずという事はなしととかれて候ぞ。
いそぎいそぎつとめさせ給へつとめさせ給へ。恐々謹言。/ 正月十三日  日蓮(花押)/ 上野尼御前御返事
◆ 桟敷女房御返事 〔C0・弘安五年二月一七日・桟敷女房〕/ 白きかたびら布一切給はり了んぬ。法華経を供養しまいらせ候に、十種くやう(供養)と申す十のやう候。其の中に衣服と申し候はなににても候へ、僧のき候物をくやうし候。其の因縁をとかれて候には、過去に十万億の仏をくやうせる人、法華経に近づきまいらせ候とこそとかれて候へ。あらあら申すべく候へども、身にいたわる事候間、こまかならず候。恐々謹言。/ 二月十七日  日蓮(花押)/ さじきの女房御返事
◆ 上野殿御返事 〔C4・弘安四年三月一八日・南条時光〕/ 蹲鴟(いものかしら)一俵給はり了んぬ。又かうぬし(神主)のもとに候御乳塩(ちしお)一疋、並びに口付一人候。/ さては故五郎殿の事はそのなげきふりずとおもへども、御げざん(見参)ははるかなるやうにこそおぼえ候へ。なをもなをも法華経をあだむ事はたえつとも見え候はねば、これよりのちもいかなる事か候はんずらめども、いままでこらへさせ給へる事まことしからず候。仏説いての給はく、火に入りてやけぬ者はありとも、大水に入りてぬれぬ者はありとも、大山は空へとぶとも、大海は天へあがるとも、末代悪世に入れば須臾の間も法華経は信じがたき事にて候ぞ。/ 徽宗皇帝は漢土の主じ、蒙古国にからめとられさせ給ひぬ。隠岐の法王は日本国のあるじ、右京の権の大夫殿にせめられさせ給ひて、島にてはてさせ給ひぬ。法華経のゆへにてだにもあるならば、即身に仏にもならせ給ひなん。わづかの事には身をやぶり命をすつれども、法華経の御ゆへにあやしのとがにあたらんとおもふ人は候はぬぞ。身にて心みさせ給ひ候ひぬらん。たうとしたうとし。恐々謹言。
三月十八日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 三大秘法稟承事 〔C6・弘安四年四月八日・大田乗明〕/ 夫れ法華経の第七神力品に云く「要を以て之れを言はば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示顕説す」等云云。釈に云く「経中の要説、要は四事に在り」等云云。/ 問ふ、所説の要言の法とは何物ぞや。答へて云く、夫れ釈尊初成道の初めより、四味三教乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて、略開近顕遠を説かせ給ひし涌出品まで、秘せさせ給ひし実相証得の当初修行し給ひし寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。教主釈尊、此の秘法をば三世に隠れ無き普賢・文殊等にも譲り給はず。況や其れ以下をや。されば此の秘法を説かせ給ひし儀式は、四味三教並びに法華経の迹門十四品に異なりき。所居の土は寂光本有の国土なり。能居の教主は本有無作の三身なり。所化以て同体なり。かかる砌なれば久遠称揚の本眷属上行等の四菩薩を、寂光の大地の底よりはるばると召し出だして付属し給ふ。道暹律師云く「法是れ久成の法なるに由るが故に久成の人に付す」等云云。/ 問うて云く、其の所属の法門、仏の滅後に於ては何れの時に弘通し給ふべきや。
答へて云く、経の第七薬王品に云く「後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」等云云。謹んで経文を拝見し奉るに、仏の滅後正像二千年過ぎて、第五の五百歳・闘諍堅固・白法隠没の時云云。/ 問うて云く、夫れ諸仏の慈悲は天月の如し。機縁の水澄めば利生の影を普く万機の水に移し給ふべき処に、正像末の三時の中に末法に限ると説き給ふは、教主釈尊の慈悲に於て偏頗あるに似たり 如何。答ふ、諸仏の和光利物の月影は九法界の闇を照らすと雖も、謗法一闡提の濁水には影を移さず。正法一千年の機の前には唯小乗・権大乗相叶へり。像法一千年には法華経の迹門機感相応せり。末法の始めの五百年には法華経の本門前後十三品を置きて、只寿量品の一品を弘通すべき時なり。機法相応せり。今此の本門寿量の一品は像法の後の五百歳、機尚堪えず。況や始めの五百年をや。何に況や、正法の機は迹門尚日浅し、増して本門をや。末法に入りて、爾前・迹門は全く出離生死の法にあらず。但専ら本門寿量の一品のみに限りて出離生死の要法なり。是れを以て思ふに、諸仏の化導に於て全く偏頗無し等云云。/ 問ふ、仏の滅後正像末の三時に於て本化・迹化の各々の付属分明なり。但寿量の一品に限りて末法濁悪の衆生の為なりといへる経文未だ分明ならず。慥かに経の現文を聞かんと欲す 如何。
答ふ、汝強ちに之れを問ふ、聞いて後堅く信を取るべきなり。所謂 寿量品に云く「是の好き良薬を今留めて此に在(お)く。汝取りて服すべし。差えじと憂うること勿れ」等云云。/ 問うて云く、寿量品は専ら末法悪世に限る経文顕然なる上は私に難勢を加ふべからず。然りと雖も三大秘法其の体 如何。答ふ、予が己心の大事之れに如かず。汝が志無二なれば少し之れを言はん。寿量品に建立する所の本尊は、五百塵点の当初より以来、此土有縁深厚・本有無作三身の教主釈尊是れなり。寿量品に云く「如来秘密神通之力」等云云。疏の九に云く「一身即三身なるを名づけて秘と為し、三身即一身なるを名づけて密と為す。又昔より説かざる所を名づけて秘と為し、唯仏のみ自ら知るを名づけて密と為す。仏三世に於て等しく三身有り、諸教の中に於て之れを秘して伝へず」等云云。/ 題目とは二意有り。所謂 正像と末法となり。正法には天親菩薩・竜樹菩薩、題目を唱へさせ給ひしかども、自行計りにしてさて止みぬ。像法には南岳・天台亦題目計り南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く他の為に説かず。是れ理行の題目なり。末法に入りて、今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異り、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり。
戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して踏み給ふべき戒壇なり。此の戒法立ちて後、延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に、叡山の座主始まりて第三・第四の慈覚・智証、存の外に本師伝教・義真に背きて、理同事勝の狂言を本として、我が山の戒法をあなづり、戯論と謗ぜし故に、存の外に延暦寺の戒、清浄無染の中道の妙戒なりしが、徒らに土泥となりぬる事、云ひても余りあり、歎きても何かはせん。彼の摩黎山の瓦礫となり、栴檀林の荊棘となるにも過ぎたるなるべし。夫れ一代聖教の邪正偏円を弁へたらん学者の人をして、今の延暦寺の戒壇を踏ましむべきや。此の法門は義を案じて理をつまびらかにせよ。/ 此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり。
今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。/ 問ふ、一念三千の正しき証文 如何。答ふ、次に申し出だすべし。此れに於て二種有り。方便品に云く「諸法実相 所謂諸法 如是相 乃至 欲令衆生 開仏知見」等云云。底下の凡夫理性所具の一念三千か。寿量品に云く「然我実成仏已来 無量無辺」等云云。大覚世尊久遠実成の当初証得の一念三千なり。今日蓮が時に感じ此の法門広宣流布するなり。予年来己心に秘すと雖も此の法門を書き付けて留め置かずんば、門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加ふべし。其の後は何と悔ゆとも叶ふまじきと存する間、貴辺に対し書き送り候。一見の後、秘して他見有るべからず、口外も詮無し。法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給へばなり。秘すべし秘すべし。/ 弘安四年卯月八日  日蓮花押/ 大田金吾殿御返事
◆ 大風御書 〔C1・弘安四年五月頃・池上宗仲・宗長兄弟〕/ 御そらう(所労)いかん。又去ぬる文永十一年四月十二日の大風と、此の四月二十八日のよの大風と勝劣いかん。いかんが聞き候といそぎ申させ給ひ候へ。
◆ 八幡宮造営事 〔C6・弘安四年五月二六日・池上宗仲・宗長兄弟〕/ 此の法門申し候事すでに二十九年なり。日々の論義、月々の難、両度の流罪に身つかれ、心いたみ候ひし故にや、此の七八年が間、年々に衰病(やせやまい)をこり候ひつれども、なのめにて候ひつるが、今年は正月より其の気分出来して、既に一期をわりになりぬべし。其の上、齢既に六十にみちぬ。たとひ十に一つ今年はすぎ候とも、一二をばいかでかすぎ候べき。忠言は耳に逆らひ良薬は口に苦しとは先賢の言なり。やせ病の者は命をきらう、佞人は諫めを用ゐずと申すなり。此の程は上下の人々の御返事申す事なし。心もものうく、手もたゆき故なり。しかりと申せども此の事大事なれば苦を忍びて申す。ものうしとおぼすらん。一篇きこしめすべし。村上天皇の前の中書王の書を投げ給ひしがごとくなることなかれ。/ さては八幡宮の御造営につきて、一定さむそう(讒奏)や有らんずらむと疑ひまいらせ候なり。をやと云ひ、我が身と申し、二代が間きみにめしつかはれ奉りて、あくまで御恩のみ(身)なり。設ひ一事相違すとも、なむのあらみかあるべき。
わがみ賢人ならば、設ひ上よりつかまつるべきよし仰せ下さるるとも、一往はなに事につけても辞退すべき事ぞかし。幸ひに讒臣等がことを左右によせば、悦びてこそあるべきに、望まるる事一の失なり。此れはさてをきぬ。五戒を先生に持ちて今生に人身を得たり。されば云ふに甲斐なき者なれども、国主等謂れなく失にあつれば守護の天いかりをなし給ふ。況や命をうばわるる事は天の放ち給ふなり。いわうや日本国四十五億八万九千六百五十九人の男女をば、四十五億八万九千六百五十九の天まぼり給ふらん。然るに他国よりせめ来たる大難は脱るべしとも見え候はぬは、四十五億八万九千六百五十九人の人々の天にも捨てられ給ふ上、六欲・四禅・梵釈・日月・四天等にも放たれまいらせ給ふにこそ候ひぬれ。/ 然るに日本国の国主等、八幡大菩薩をあがめ奉りなばなに事のあるべきと思はるるが、八幡は又自力叶ひがたければ、宝殿を焼きてかくれさせ給ふか。然るに自らの大科をばかへりみず、宝殿を造りてまぼらせまいらせむとおもへり。日本国の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生が、釈迦・多宝・十方分身の諸仏、地涌と娑婆と他方との諸大士、十方世界の梵釈・日月・四天に捨てられまひらせん分斉の事ならば、はづかなる日本国の小神天照太神・八幡大菩薩の力及び給ふべしや。
其の時八幡宮はつくりたりとも此の国他国にやぶられば、くぼきところ(処)にちり(塵)たまり、ひききところに水あつまると、日本国の上一人より下万民にいたるまでさたせむ事は兼ねて又知れり。/ 八幡大菩薩は本地は阿弥陀ほとけにまします。衛門の大夫は念仏無間地獄と申し、阿弥陀仏をば火に入れ水に入れ、其の堂をやきはらひ、念仏者のくびを切れと申す者なり。かかる者の弟子檀那と成りて候が、八幡宮を造りて候へども、八幡大菩薩用ゐさせ給はぬゆへに、此の国はせめらるるなりと申さむ時はいかがすべき。然るに天かねて此の事をしろしめすゆへに、御造営の大ばんしゃう(番匠)をはづされたるにやあるらむ。神宮寺の事のはづるるも天の御計らひか。其の故は去ぬる文永十一年四月十二日に大風ふきて、其の年他国よりおそひ来たるべき前相なり。風は是れ天地の使ひなり。まつり事あらければ風あらしと申すは是れなり。又今年四月二十八日を迎へて此の風ふき来たる。而るに四月二十六日は八幡のむね(棟)上げと承る。三日の内の大風は疑ひなかるべし。蒙古の使者の貴辺が、八幡宮を造りて此の風ふきたらむに、人わらひさたせざるべしや。/ 返す返す穏便にして、あだみうらむる気色なくて、身をやつし、下人をもぐせず、よき馬にものらず、のこぎり(鋸)かなづち(鎚)手にもちこし(腰)につけて、つねにえめるすがたにておわすべし。
此の事一事もたがへさせ給ふならば、今生には身をほろぼし、後生には悪道に堕ち給ふべし。返す返す法華経うらみさせ給ふ事なかれ。恐々。/ 五月二十六日  花押/ 大夫志殿
◆ 小蒙古御書 〔C6・弘安四年六月一六日・人々(門下)〕/ 小蒙古の人大日本国に寄せ来たるの事。我が門弟並びに檀那等の中に、若しは他人に向かひ、将又自ら言語に及ぶべからず。若し此の旨に違背せば門弟を離すべき等の由、存知せる所なり。此の旨を以て人々に示すべく候なり。/ 弘安四年〈太歳辛巳〉六月十六日  花押/ 人々御中。
◆ 曾谷二郎入道殿御報 〔C4・弘安四年閏七月一日・曾谷入道〕/ 日蓮/ 去ぬる七月十九日の消息、同月三十日に到来す。世間の事は且く之れを置く。専ら仏法に逆ふこと法華経第二に云く「其の人命終して阿鼻獄に入らん」等云云。問うて云く、其の人とは何等の人を指すや。答へて云く、次上に云く「唯我一人のみ能く救護を為す、復教詔すと雖も而も信受せず」。又云く「若し人信ぜず」。又云く「或は復顰蹙す」。又云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て、軽賤憎嫉して結恨を懐かん」。又第五に云く「疑ひを生じて信ぜざらん者は即ち当に悪道に堕つべし」。第八に云く「若し人有りて、之れを軽毀して言はん、汝は狂人ならくのみ。空しく是の行を作して、終に獲る所無けん」等云云。其の人とは、此等の人々を指すなり。彼の震旦国の天台大師は南北十師等を指すなり。此の日本国の伝教大師は六宗の人々と定むるなり。今日蓮は弘法・慈覚・智証等の三大師並びに三階・道綽・善導等を指して其の人と云ふなり。/ 入阿鼻獄とは、涅槃第十九に云く「仮使(たとい)一人独り是の獄に堕つるも、其の身長大にして八万由延ならん。其の中間に遍満して空処無く、其の身周匝して種々の苦を受く。設ひ多人有りて身亦遍満すとも相妨碍せず」。
同じく三十六に云く「沈没して阿鼻地獄に在りて、受くる所の身形は縦広八万四千由旬ならん」等云云。普賢経に云く「方等経を謗じ是の大悪報応に悪道に堕つべきこと、暴雨にも過ぎ、必定して阿鼻地獄なり」等とは入阿鼻獄是れなり。日蓮云く、夫れ日本国は道は七、国は六十八箇国、郡は六百四、郷は一万余、長さは三千五百八十七里なり。人数は四十五億八万九千六百五十九人、或は云く、四十九億九万四千八百二十八人なり。寺は一万一千三十七所、社は三千一百三十二社なりと。今法華経の入阿鼻獄とは、此等の人々を指すなり。/ 問うて云く、衆生に於て悪人善人の二類有り。生処も又善悪の二道有るべし。何ぞ日本国の一切衆生、一同に入阿鼻獄の者と定むるや。答へて云く、人数多しと雖も業を造ること是れ一なり。故に同じく阿鼻獄と定むるなり。疑って云く、日本国の一切衆生の中、或は善人或は悪人あり。善人とは五戒・十戒、乃至二百五十戒等なり。悪人とは、殺生・偸盗、乃至五逆・十悪等是れなり。何ぞ一業と云はんや。答へて云く、夫れ小善・小悪は異なると雖も、法華経の誹謗に於ては善人・悪人・智者・愚者倶に妨げ之れ無し。是の故に同じく入阿鼻獄と云ふなり。問うて云く、何を以てか日本国の一切衆生一同に法華誹謗の者と言ふや。
答へて云く、日本国の一切衆生衆多なりと雖も、四十五億八万九千六百五十九人に過ぎず。此等の人々貴賤上下の勝劣有りと雖も、是の如き人々の憑む所は唯三大師に在り。師とする所は三大師を離るること無し。設ひ余残の者有りと雖も、信行・善導等が家を出づるべからざるなり。/ 問うて云く、三大師とは誰人なりや。答へて曰く、弘法・慈覚・智証の三大師なり。疑って云く、此の三大師は何の重科有るに依りて、日本国の一切衆生を経文の其の人の内に入るるや。答へて云く、此の三大師は大小乗持戒の人、面には八万の威儀を備へ或は三千等之れを具す。顕密兼学の智者なり。然れば則ち日本国四百余年の間、上一人より下万民に至るまで之れを仰ぐこと日月の如く、之れを尊むこと世尊の如し。猶徳の高きことは須弥にも超え、智恵の深きことは蒼海にも過ぐるが如し。但恨むらくは法華経を大日経・真言に相対して勝劣を判ずる時、或は戯論の法と云ひ、或は第二第三と云ひ、或は教主をば無明の辺域と名づけ、或は行者をば盗人と名づく。彼の大荘厳仏の末の六百四万億那由他の四衆の如し。各々の業因異なりと雖も、倶に師の苦岸等の四人故に同じく無間地獄に入りぬ。
又師子音王仏の末法の無量無辺の弟子等の中に、貴賤の異なり有りと雖も、同じく勝意が弟子為るが故に、一同に阿鼻大城に堕ちぬ。今の日本国も亦復是の如し。去ぬる延暦・弘仁年中に、伝教大師六宗の弟子檀那等を呵責する語に云く「其の師の堕つる所弟子も亦堕つ。弟子の堕つる所檀越も亦堕つ。金口の明説慎まざるべけんや、慎まざるべけんや」等云云。/ 疑って云く、汝が分斉に何を以てか三大師を破するや。答へて云く、予敢へて彼の三大師を破せざるなり。/ 問うて云く、汝が上の義 如何。答へて云く、月氏より漢土本朝に渡る所の経論五千七十余巻なり。予粗之れを見るに、弘法・慈覚・智証に於ては世間のことは且く之れを置く。仏法に入りては、謗法第一の人々と申すなり。大乗を誹謗する者は、箭を射るより早く地獄に堕つるとは如来の金言なり。将又謗法罪の深重は弘法・慈覚等も一同に定め給ひ畢んぬ。人の語は且く之れを置く。釈迦・多宝の二仏の金言虚妄ならずんば、弘法・慈覚・智証に於ては定めて無間大城に入らん。十方分身の舌堕落せずんば、日本国中の四十五億八万九千六百五十九人の一切衆生、彼の苦岸等の弟子檀那等の如く阿鼻地獄に堕ち、熱鉄の上に於て仰ぎ臥して九百万億歳、
伏臥して九百万億歳、左脇に臥して九百万億歳、右脇に臥して九百万億歳、是の如く熱鉄の上に有りて三千六百万億歳にして、然して後、此の阿鼻より転じて他方に生まれて大地獄に在り。無数百千万億那由他歳大苦悩を受けん。彼れは小乗経を以て権大乗を破するに、罪を受くること是の如し。況や今の三大師は未顕真実の経を以て、三世の仏陀の本懐の説を破するのみに非ず、剰へ一切衆生成仏の道を失ふ。深重の罪は過・現・未来の諸仏も、争でか之れを窮むべけんや。争でか之れを救ふべけんや。/ 法華経の第四に云く「已に説き今説き当に説かん。而も其の中に於て、此の法華経、最も為れ難信難解なり」。又云く「最も其の上に在り」。並びに薬王の十喩等云云。他経に於ては、華厳・方等・般若・深密・大雲・密厳・金光明経等の諸教の中に、経々の勝劣之れを説くと雖も、或は小乗経に対して此の経を第一と曰ひ、或は真俗二諦に対して中道を第一と曰ひ、或は印真言等に対して第一と為す。此等の説有りと雖も、全く已今当の第一に非ざるなり。然るに末の論師人師等、謬執の年積り門徒又繁多なり。/ 爰に日蓮彼の依経に無き由を責むるの間、弥瞋恚を懐きて、是非を糾明せず。唯大妄語を構へて国主国人等を誑惑し、日蓮を損ぜんと欲す。
衆箇の難を蒙らしむるのみに非ず、両度の流罪剰へ頸の座に及ぶ是れなり。此等の大難忍び難き事不軽の杖木にも過ぎ、将又勧持の刀杖にも越えたり。又法師品の如くんば、末代に法華を弘通せん者は如来の使ひなり、此の人を軽賤するの輩の罪は教主釈尊を一中劫に蔑如するに過ぎたり等云云。今日本国には提婆達多・大慢婆羅門等が如く、無間地獄に堕つべき罪人は、国中三千五百八十七里の間に満つる所の四十五億八万九千六百五十九人の衆生之れ有り。彼の提婆・大慢等の無極の重罪を、此の日本国の四十五億八万九千六百五十九人に対せば軽罪の中の軽罪なり。/ 其の理 如何。答ふ、彼等は悪人為りと雖も、全く法華を誹謗する者には非ざるなり。又提婆達多は恒河第二の人、第二は一闡提なり。今の日本国の四十五億八万九千六百五十九人は皆恒河第一の罪人なり。然れば則ち提婆が三逆罪は軽毛の如く、日本国の挙ぐる所の人々の重罪は猶大石の如し。定めて梵釈日本国を捨て、同生同名も国中の人を離れ、天照太神・八幡大菩薩も争でか此の国を守護せん。去ぬる治承等の八十一二三四五代の五人の大王、頼朝・義時と此の国を御諍ひ有りて、天子と民との合戦なり。
猶鷹駿と金鳥との勝負の如くなれば、天子の頼朝等に勝ること必定なり、決定なり。然りと雖も五人の大王負け畢んぬ。兎、師子王に勝ちしなり。負くるのみに非ず、剰へ或は蒼海に沈み或は島々に放たる。誹謗法華未だ年歳を積まざる時猶以て是の如し。今度は彼れに似るべからず。彼れは但国中の災ひ許りなり。其の故に粗之れを見るに、蒙古の牒状已前に、去ぬる正嘉・文永等の大地震・大彗星の告げに依りて再三之れを奏すと雖も、国主敢へて信用無し。然るに日蓮が勘文粗仏意に叶ふかの故に、此の合戦既に興盛なり。此の国の人々、今生には一同に修羅道に堕し、後生には皆阿鼻大城に入らんこと疑ひ無き者なり。/ 爰に貴辺と日蓮とは師檀の一分なり。然りと雖も、有漏の依身は国主に随ふ故に此の難に値はんと欲するか。感涙押へ難し、何れの代にか対面を遂げんや。唯一心に霊山浄土を期せらるべきか。設ひ身は此の難に値ふとも、心は仏心に同じ。今生は修羅道に交はるとも、後生は必ず仏国に居せん。恐々謹言。/ 弘安四年閏七月一日  日蓮花押/ 曾谷二郎入道殿御返事
◆ 光日上人御返事 〔C3・弘安四年八月八日・光日尼〕/ 法華経二の巻に云く「其の人命終して阿鼻獄に入らん」云云。阿鼻地獄と申すは天竺の言、唐土日本には無間と申す。無間はひまなしとかけり。一百三十六の地獄の中に、一百三十五はひま候。十二時の中にあつけれども、又すずしき事もあり。たへがたけれども、又ゆるくなる時もあり。此の無間地獄と申すは十二時に一時かた時も大苦ならざる事はなし。故に無間地獄と申す。此の地獄は此の我等が居して候大地の底、二万由旬をすぎて最下の処なり。此れ世間の法にも、かろき物は上に、重き物は下にあり。大地の上には水あり、地よりも水かろし。水の上には火あり、水よりも火かろし。火の上に風あり、火よりも風かろし。風の上に空あり、風よりも空かろし。人をも此の四大を以て造れり。悪人は風と火と先づ去り、地と水と留まる。故に人死して後、重きは地獄へ堕つる相なり。善人は地と水と先づ去り、重き物は去りぬ。軽き風と火と留まる故に軽し。人天へ生まるる相なり。/ 地獄の相、重きが中の重きは無間地獄の相なり。彼の無間地獄は縦横二万由旬なり。八方は八万由旬なり。
彼の地獄に堕つる人々は一人の身大いにして八万由旬なり。多人も又此の如し。身のやはらかなる事綿の如し。火のこわき事は大風の焼亡の如し。鉄の火の如し。詮を取りて申さば、我が身より火の出づる事十三あり。二の火あり、足より出でて頂をとをる。又二の火あり、頂より出でて足をとほる。又二の火あり、背より入りて胸に出づ。又二の火あり、胸より入りて背へ出づ。又二の火あり、左の脇より入りて右の脇へ出づ。又二の火あり、右の脇より入りて左の脇へ出づ。亦一の火あり、首より下に向かひて雲の山を巻くが如くして下る。此の地獄の罪人の身は枯れたる草を焼くが如し。東西南北に走れども逃げ去る所なし。他の苦は且く之れを置く。大火の一苦なり。此の大地獄の大苦を仏委しく説き給ふならば、我等衆生聞いて皆死すべし。故に仏委しくは説き給ふ事なしと見えて候。/ 今日本国の四十五億八万九千六百五十八人の人々は皆此の地獄へ堕ちさせ給ふべし。されども一人として堕つべしとはおぼさず。例せば此の弘安四年五月以前には、日本の上下万人一人も蒙古の責めにあふべしともおぼさざりしを、日本国に只日蓮一人計りかかる事此の国に出来すべしとしる。
其の時日本国の四十五億八万九千六百五十八人の一切衆生、一人もなく他国に責められさせ給ひて、其の大苦は譬へばほうろく(焙烙)と申す釜に水を入れて、ざっこ(雑魚)と申す小魚をあまた入れて、枯れたるしば(柴)木をたかむが如くなるべしと申せば、あらおそろし、いまいまし、打ちはれ、所を追へ、流せ、殺せ、信ぜん人々をば田はたをとれ、財を奪へ、所領をめせと申せしかども、此の五月よりは大蒙古の責めに値ひてあきれ迷ふ程に、さもやと思ふ人々もあるやらん。にがにがしうしてせめたくはなけれども、有る事なればあたりたり、あたりたり。日蓮が申せし事はあたりたり。ばけ物のもの申す様にこそ候めれ。/ 去ぬる承久の合戦に、隠岐の法皇の御前にして京の二位殿なんどと申せし何もしらぬ女房等の集まりて、王を勧め奉り、戦を起こして義時に責められ、あはて給ひしが如し。今御覧ぜよ。法華経誹謗の科と云ひ、日蓮をいやしみし罰と申し、経と仏と僧との三宝誹謗の大科によて、現生には此の国に修羅道を移し、後生には無間地獄へ行き給ふべし。此れ又偏に弘法・慈覚・智証等の三大師の法華経誹謗の科と、達磨・善導・律僧等の一乗誹謗の科と、此等の人々を結構せさせ給ふ国主の科と、国を思ひ生処を忍びて兼ねて勘へ告げ示すを用ゐずして還りて怨をなす大科、
先例を思へば、呉王夫差の伍子胥が諫めを用ゐずして越王勾践にほろぼされ、殷の紂王が比干が言をあなづりて周の武王に責められしが如し。/ 而るに光日尼御前はいかなる宿習にて法華経をば御信用ありけるぞ。又故弥四郎殿が信じて候ひしかば子の勧めか。此の功徳空しからざれば、子と倶に霊山浄土へ参り合はせ給はん事、疑ひなかるべし。烏竜と云ひし者は法華経を謗じて地獄に堕ちたりしかども、其の子に遺竜と云ひし者、法華経を書きて供養せしかば、親、仏に成りぬ。又妙荘厳王は悪王なりしかども、御子の浄蔵・浄眼に導かれて、娑羅樹王仏と成らせ給ふ。其の故は子の肉は母の肉、母の骨は子の骨なり。松栄えれば柏悦ぶ、芝かるれば蘭なく。無情の草木すら友の喜び友の歎き一つなり。何に況や親と子との契り、胎内に宿して九月を経て生み落とし、数年まで養ひき。彼れにになはれ彼れにとぶらはれんと思ひしに、彼れをとぶらふうらめしさ、後如何があらんと思ふこころぐるしさ。いかにせん、いかにせん。/ 子を思ふ金鳥は火の中に入りにき。子を思ひし貧女は恒河に沈みき。彼の金鳥は今の弥勒菩薩なり。彼の河に沈みし女人は大梵天王と生まれ給ふ。
何に況や今の光日上人は子を思ふあまりに、法華経の行者と成り給ふ。母と子と倶に霊山浄土へ参り給ふべし。其の時の御対面いかにうれしかるべき、いかにうれしかるべき。/ 八月八日/ 光日上人御返事
◆ 治部房御返事 〔C6・弘安三年八月二二日・治部房〕/ 白米一斗、茗荷の子、はじかみ一つと送り給び候ひ畢んぬ。仏には春の花、秋の紅葉、夏の清水、冬の雪を進らせて候人々皆仏に成らせ給ふ。況や上一人は寿命を持たせ給ひ、下万民は珠よりも重くし候稲米を法華経にまいらせ給ふ人、争でか仏に成らざるべき。/ 其の上世間に人の大事とする事は、主君と父母との仰せなり。父母の仰せを背けば、不孝の罪に堕ちて天に捨てられ、国主の仰せを用ゐざれば違勅の者と成りて命をめさる。されば我等は過去遠々劫より菩提をねがひしに、或は国をすて、或は妻子をすて、或は身をすてなんどして、後生菩提をねがひし程に、すでに仏になり近づきし時は、一乗妙法蓮華経と申す御経に値ひまいらせ候ひし時に、第六天の魔王と申す三界の主をはします。すでに此のもの仏にならんとするに二つの失あり。一には此のもの三界を出づるならば、我が所従の義をはなれなん。二つには此のもの仏にならば、此のものが父母兄弟等も又娑婆世界を引き越しなん。いかがせんとて身を種々に分けて、或は父母につき、或は国主につき、或は貴き僧となり、或は悪を勧め、或はおどし、或はすかし、
或は高僧、或は大僧、或は智者、或は持斎等に成りて、或は華厳、或は阿含、或は念仏、或は真言等を以て法華経にすすめかへて仏になさじとたばかり候なり。/ 法華経第五の巻には、末法に入りては大鬼神、第一には国王・大臣・万民の身に入りて、法華経の行者を或は罵り或は打ち切りて、それに叶はずんば無量無辺の僧と現じて、一切経を引きてすかすべし。それに叶はずんば、二百五十戒三千の威儀を備へたる大僧と成りて、国主をすかし国母をたぼらかして、或はながし、或はころしなんどすべしと説かれて候。又七の巻の不軽品、又四の巻の法師品、或は又二の巻の譬喩品、或は涅槃経四十巻、或は守護経等に委細に見えて候が、当時の世間に少しもたがひ候はぬ上、駿河の国賀島の荘は、殊に目の前に身にあたらせ給ひて覚えさせ給ひ候らん。他事には似候はず。父母国主等の法華経を御制止候を用ゐ候はねば、還りて父母の孝養となり、国主の祈りとなり候ぞ。/ 其の上、日本国はいみじき国にて候。神を敬ひ仏を崇むる国なり。而れども日蓮が法華経を弘通し候を、上一人より下万民に至るまで御あだみ候故に、一切の神を敬ひ、一切の仏を御供養候へども其の功徳還りて大悪となり、やいと(灸治)の還りて悪瘡となるが如く、薬の還りて毒となるが如し。
一切の仏神等に祈り給ふ御祈りは、還りて科と成りて此の国既に他国の財と成り候。又大なる人々皆平家の亡びしが様に、百千万億すぎての御歎きたるべきよし、兼ねてより人々に申し聞かせ候ひ畢んぬ。又法華経をあだむ人の科にあたる分斉をもて、還りて功徳となる分斉をも知らせ給ふべし。例せば、父母を殺す人は何なる大善根をなせども、天是れを受け給ふ事なし。又法華経のかたきとなる人をば、父母なれども殺しぬれば、大罪還りて大善根となり候。設ひ十方三世の諸仏の怨敵なれども、法華経の一句を信じぬれば諸仏捨て給ふ事なし。是れを以て推せさせ給へ。御使ひいそぎ候へば委しくは申さず候。又々申すべく候。恐々謹言。/ 八月二十二日  日蓮花押/ 治部房御返事
◆ 南条殿御返事 〔C6・弘安四年九月一一日・南条氏某〕/ 御使ひの申し候を承り候。是の所労難儀のよし聞こえ候。いそぎ療治をいたされ候ひて御参詣有るべく候。/ 塩一駄・大豆一俵・とっさか(鶏冠菜)一袋・酒一筒給はり候。/ 上野国より御帰宅候後は未だ見参に入らず候。床敷く存じ候ひし処に、品々の物ども取り副へ候ひて御音信に預かり候事、申し尽くし難き御志にて候。今申せば事新しきに相似て候へども、徳勝童子は仏に土の餅を奉りて、阿育大王と生まれて、南閻浮提を大体知行すと承り候。土の餅は物ならねども、仏のいみじく渡らせ給へば、かくいみじき報いを得たり。然るに釈迦仏は、我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは、末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は、百千万億倍過ぐべしとこそ説かせ給ひて候に、法華経の行者を心に入れて数年供養し給ふ事、有り難き御志かな。金言の如くんば、定めて後生は霊山浄土に生まれ給ふべし。いみじき果報かな。/ 其の上、此の処は人倫を離れたる山中なり。東西南北を去りて里もなし。
かかるいと心細き幽窟なれども、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり。舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。「法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に所尊し」と申すは是れなり。神力品に云く「若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧坊に於ても、乃至般涅槃したまふ」云云。此の砌に望まん輩は無始の罪障忽ちに消滅し、三業の悪転じて三徳を成ぜん。彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が、心中の熱気を除愈して充満其願如清涼池とうそぶきしも、彼此異なりといへども、其の意は争でか替はるべき。彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。是れにて待ち入りて候べし。哀れ哀れ申しつくしがたき御志かな、御志かな。/ 弘安四年九月十一日  日蓮花押/ 南条殿御返事
◆ 上野殿御返事 〔C6・弘安四年九月二〇日・南条時光〕/ いゑ(家)のいも(芋)一駄・ごばう(牛蒡)一つと(苞)・大根六本。いもは石のごとし、ごばう(牛蒡)は大牛の角のごとし。大根は大仏堂の大くぎのごとし。あぢわひは利天(とうりてん)の甘露のごとし。石を金にかうる国もあり、土をこめ(米)にうるところもあり。千金の金をもてる者もうえてしぬ、一飯をつとにつつめる者にこれをとれり。経に云く「うえたるよ(世)にはよね(米)たっとし」云云。一切の事は国により時による事なり。仏法は此の道理をわきまうべきにて候。又々申すべし。恐々謹言。/ 弘安四年九月二十日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 富城入道殿御返事 〔C5・弘安四年一〇月二二日・富木常忍〕/ 今月十四日の御札、同じき十七日到来。又去ぬる後の七月十五日の御消息、同じき二十日比到来せり。其の外度々の貴札を賜はると雖も、老病為るの上又不食気に候間、未だ返報を奉らず候条、其の恐れ少なからず候。何よりも去ぬる後の七月の御状の内に云く、鎮西には大風吹き候ひて浦々島々に破損の船充満の間、乃至京都には思円上人。又云く、理豈に然らんや等云云。此の事別して此の一門の大事なり。総じて日本国の凶事なり。仍って病を忍びて一端是れを申し候はん。是れ偏に日蓮を失はんが為に無かろう事を造り出ださん事、兼ねて知る。其の故は、日本国の真言宗等の七宗八宗の人々の大科今に始めざる事なり。然りと雖も、且く一を挙げて万を知らしめ奉らん。/ 去ぬる承久年中に隠岐の法皇、義時を失はしめんが為の調伏を山の座主・東寺・御室・七寺・園城に仰せ付けらる。仍って同じき三年の五月十五日、鎌倉殿の御代官・伊賀太郎判官光末を六波羅に於て失はしめ畢んぬ。然る間、同じき十九日、二十日鎌倉中に騒ぎて、同じき二十一日山道・海道・北陸道の三道より十九万騎の兵者を指し登ぼす。
同じき六月十三日、其の夜の戌亥の時より青天俄に陰りて震動雷電して、武士共首の上に鳴り懸かり鳴り懸かりし上、車軸の如き雨は篠を立つるが如し。爰に十九万騎の兵者等、遠き道は登りたり。兵乱に米は尽きぬ、馬は疲れたり。在家の人は皆隠れ失せぬ。冑は雨に打たれて綿の如し。武士共宇治勢多に打ち寄せて見ければ、常には三丁四丁の河なれども既に六丁七丁十丁に及ぶ。然る間、一丈二丈の大石は枯葉の如く浮かび、五丈六丈の大木流れ塞がること間無し。昔利綱・高綱等が渡せし時には似るべくも無し。武士之れを見て皆臆してこそ見えたりしが、然りと雖も今日を過ごさば皆心を翻し堕ちぬべし。去る故に馬筏を作りて之れを度す処、或は百騎或は千万騎、此の如く皆我も我もと度ると雖も、或は一丁或は二丁三丁渡る様なりと雖も、彼の岸に付く者は一人も無し。然る間、緋綴赤綴等の冑、其の外弓箭・兵杖・白星の甲等の河中に流れ浮かぶ事は、猶、長月神無月の紅葉の吉野立田の河に浮かぶが如くなり。/ 爰に叡山・東寺・七寺・園城等の高僧等之れを聞くことを得て、真言の秘法大法の験とこそ悦び給ひける。内裏の紫宸殿には山の座主・東寺・御室、五壇十五壇の法を弥(いよいよ)盛んに行はれければ法皇の御叡感極まり無く、玉の厳りを地に付け大法師等の御足を御手にて摩で給ひしかば、大臣公卿等は庭の上へ走り落ち、五体を地に付けて高僧等を敬ひ奉る。
又宇治勢田にむかへたる公卿・殿上人は甲を震ひ挙げて大音声を放ちて云く、義時所従の毛人等慥かに承れ。昔より今に至るまで王法に敵を作し奉る者は何者か安穏なるや。狗犬が師子を吼えて其の腹破れざること無く、修羅が日月を射るに其の箭還りて其の眼に中らざること無し。遠き例は且く之れを置く。近くは我が朝に代始まって人王八十余代の間、大山の皇子・大石の小丸を始めと為して二十余人に、王法に敵を為し奉れども一人として素懐を遂げたる者なし。皆頸を獄門に懸けられ、骸を山野に曝す。関東の武士等、或は源平或は高家等、先祖相伝の君を捨て奉り、伊豆の国の民為る義時が下知に随ふ故にかかる災難は出来するなり。王法に背き奉り民の下知に随ふ者は、師子王が野狐に乗せられて東西南北に馳走するが如し。今生の恥之れを何如。急ぎ急ぎ甲を脱ぎ弓弦をはづして、参れ参れと招きける程に、何に有りけん。/ 申酉の時にも成りしかば、関東の武士等河を馳せ渡り、勝ちかかりて責めし間、京方の武者共一人も無く山林に逃げ隠るるの間、四つの王をば四つの島へ放ちまいらせ、又高僧・御師・御房達は、或は住房を追はれ或は恥辱に値ひ給ひて、今に六十年の間いまだそのはぢをすすがずとこそ見え候に、
今亦彼の僧侶の御弟子達、御祈祷承られて候げに候あひだ、いつもの事なれば、秋風に纔かの水に敵船賊船なんどの破損仕りて候を、大将軍生け取りたりなんど申し、祈り成就の由を申し候げに候なり。又蒙古の大王の頸の参りて候かと問ひ給ふべし。其の外はいかに申し候とも御返事あるべからず。御存知のためにあらあら申し候なり。乃至此の一門の人々にも相触れ給ふべし。/ 又必ずしいぢ(椎地)の四郎が事は承り候ひ畢んぬ。予既に六十に及び候へば、天台大師の御恩報じ奉らんと仕り候あひだ、みぐるしげに候房をひきつくろい候ときに、さくれう(作料)にをろして候なり。銭四貫をもちて、一閻浮提第一の法華堂造りたりと、霊山浄土に御参り候はん時は申しあげさせ給ふべし。恐々謹言。/ 十月二十二日  日蓮花押/ 進上富城入道殿御返事
◆ 上野尼御前御返事 〔C2・弘安三年一一月一五日・南条時光母尼〕/ 牙(しらげごめ)一駄〈四斗定〉・あらひいも(洗芋)一俵送り給びて南無妙法蓮華経と唱へまいらせ候ひ了んぬ。妙法蓮華経と申すは蓮に譬へられて候。天上には摩訶曼陀羅華、人間には桜の花、此等はめでたき花なれども、此等の花をば法華経の譬へには仏取り給ふ事なし。一切の花の中に取り分けて此の花を法華経に譬へさせ給ふ事は其の故候なり。或は前花後菓と申して、花は前菓は後なり。或は前菓後花と申して、菓は前花は後なり。或は一花多菓、或は多花一菓、或は無花有菓と品々に候へども、蓮華と申す花は菓と花と同時なり。一切経の功徳は先に善根を作して後に仏とは成ると説く。かかる故に不定なり。法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り、口に唱ふれば其の口即ち仏なり。譬へば天月の東の山の端に出づれば、其の時即ち水に影の浮かぶが如く、音とひびきとの同時なるが如し。故に経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一りとして成仏せずということ無けん」云云。文の心は、此の経を持つ人は百人は百人ながら、千人は千人ながら、一人もかけず仏に成ると申す文なり。
抑 御消息を見候へば、尼御前の慈父故松野六郎左衛門尉入道殿の忌日と云云。子息多ければ孝養まちまちなり。然れども必ず法華経に非ざれば謗法等云云。釈迦仏の金口の説に云く「世尊は法久しくして後、要(かなら)ず当に真実を説きたまふべし」。多宝の証明に云く「妙法蓮華経は皆是れ真実なり」。十方の諸仏の誓ひに云く「舌相梵天に至る」云云。/ これよりひつじさる(未申)の方に大海をわたりて国あり、漢土と名づく。彼の国には、或は仏を信じて神を用ゐぬ人もあり。或は神を信じて仏を用ゐぬ人もあり。或は日本国も始めはさこそ候ひしか。然るに彼の国に烏竜と申す手書きありき。漢土第一の手なり。例せば日本国の道風・行成等の如し。此の人仏法をいみて経をかかじと申す願を立てたり。此の人死期来たりて重病をうけ、臨終にをよんで子に遺言して云く、汝は我が子なり。その跡絶えずして又我よりも勝れたる手跡なり。たとひいかなる悪縁ありとも法華経をかくべからずと云云。然して後五根より血の出づる事泉の涌くが如し。舌八つにさけ、身くだけて十方にわかれぬ。然れども一類の人々も三悪道を知らざれば、地獄に堕つる先相ともしらず。
其の子をば遺竜と申す。又漢土第一の手跡なり。親の跡を追ひて法華経を書かじと云ふ願を立てたり。其の時大王おはします、司馬氏と名づく。仏法を信じ、殊に法華経をあふぎ給ひしが、同じくは我が国の中に手跡第一の者に此の経を書かせて持経とせんとて遺竜を召す。竜の申さく、父の遺言あり、是れ計りは免し給へと云云。大王父の遺言と申す故に、他の手跡を召して一経をうつし了んぬ。然りといへ共御心に叶ひ給はざりしかば、又遺竜を召して言く、汝親の遺言と申せば朕まげて経を写させず、但八巻の題目計りを勅に随ふべしと云云。返す返す辞し申すに、王瞋りて云く、汝が父と云ふも我が臣なり。親の不孝を恐れて題目を書かずば違勅の科ありと。勅定度々重かりしかば、不孝はさる事なれども当座の責めをのがれがたかりしかば、法華経の外題を書きて王へ上げ、宅に帰りて父のはか(墓)に向かひて血の涙を流して申す様は、天子の責め重きによって、亡き父の遺言をたがへて既に法華経の外題を書きぬ。不孝の責め免れがたしと歎きて、三日の間墓を離れず食を断ち既に命に及ぶ。/ 三日と申す寅の時に已に絶死し畢りて夢の如し。虚空を見れば天人一人おはします。帝釈を絵にかきたるが如し。無量の眷属天地に充満せり。
爰に竜問うて云く、何なる人ぞ。答へて云く、汝知らずや、我は是れ父の烏竜なり。我人間にありし時、外典を執し仏法をかたきとし、殊に法華経に敵をなしまいらせし故に無間に堕つ。日々に舌をぬかるる事数百度、或は死し或は生き、天に仰ぎ地に伏してなげけども叶ふ事なし。人間へ告げんと思へども便りなし。汝我が子として遺言なりと申せしかば、其の言炎と成りて身を責め、剣と成りて天より雨り下る。汝が不孝極まり無かりしかども、我が遺言を違へざりし故に、自業自得果うらみがたかりし所に、金色の仏一体無間地獄に出現して「仮使(たとい)法界に遍する断善の諸の衆生も、一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん」云云。/ 此の仏無間地獄に入り給ひしかば、大水を大火になげたるが如し。少し苦しみやみぬる処に、我合掌して仏に問ひ奉りて、何なる仏ぞと申せば、仏答へて、我は是れ汝が子息遺竜が只今書くところの法華経の題目六十四字の内の妙の一字なりと言ふ。八巻の題目は八八六十四の仏、六十四の満月と成り給へば、無間地獄の大闇即大明となりし上、無間地獄は当位即妙・不改本位と申して常寂光の都と成りぬ。我及び罪人とは皆蓮の上の仏と成りて只今都率の内院へ上り参り候が、先づ汝に告ぐるなりと云云。
遺竜が云く、我が手にて書きけり、争でか君たすかり給ふべき。而も我が心よりかくに非ず、いかにいかにと申せば、父答へて云く、汝はかなし、汝が手は我が手なり、汝が身は我が身なり。汝が書きし字は我が書きし字なり。汝心に信ぜざれども、手に書く故に既にたすかりぬ。譬へば小児の火を放つに、心にあらざれども物を焼くが如し。法華経も亦かくの如し。存外に信を成せば必ず仏になる。又其の義を知りて謗ずる事無かれ。但し在家の事なれば、いひしこと故に大罪なれども、懺悔しやすしと云云。此の事を大王に申す。大王の言く、我が願既にしるし有りとて遺竜弥(いよいよ)朝恩を蒙り、国又こぞって此の御経を仰ぎ奉る。/ 然るに故五郎殿と入道殿とは尼御前の父なり子なり。尼御前は彼の入道殿のむすめなり。今こそ入道殿は都率の内院へ参り給ふらめ。此の由をはわき(伯耆)どのよみきかせまいらさせ給ひ候へ。事々そうそうにてくはしく申さず候。恐々謹言。/ 十一月十五日  日蓮(花押)/ 上野尼ごぜん御返事
◆ 地引御書 〔C3・弘安四年一一月二五日・波木井実長〕/ 坊は十間四面に、またひさし(庇)さしてつくりあげ、二十四日に大師講並びに延年、心のごとくつかまりて、二十四日の戌亥の時、御所にすゑ(集会)して、三十余人をもって一日経かきまいらせ、並びに申酉の刻に御供養すこしも事ゆへなし。坊は地ひき、山づくりし候ひしに、山に二十四日、一日もかた時も雨ふる事なし。十一月ついたちの日、せうばう(小坊)つくり、馬やつくる。八日は大坊のはしら(柱)だて、九日十日ふき候ひ了んぬ。しかるに七日は大雨、八日九日十日はくもりて、しかもあたたかなる事、春の終りのごとし。十一日より十四日までは大雨ふり、大雪下りて、今に里にきへず。山は一丈二丈雪こほりて、かたき事かねのごとし。二十三日・四日は又そらはれてさむからず。人のまいる事、洛中かまくらのまちの申酉の時のごとし。さだめて子細あるべきか。/ 次郎殿等の御きうだち(公達)、をや(親)のをほせと申し、我が心にいれてをはします事なれば、われと地をひき、はしら(柱)をたて、とうひやうえ(藤兵衛)・むま(右馬)の入道・三郎兵衛尉等已下の人々、一人もそらく(疎略)のぎなし。
坊はかまくらにては一千貫にても大事とこそ申し候へ。ただし一日経は供養しさして候。其の故は御所念の叶はせ給ひて候ならば供養しはて候はん。なにと申して候とも、御きねん(祈念)かなはずば、言のみ有りて実なく、華さいてこのみ(果)なからんか。いまも御らんぜよ。此の事叶はずば、今度法華経にては仏になるまじきかと存じ候はん。叶ひて候はば、二人よりあひまいらせて、供養しはてまいらせ候はん。神ならは(習)すはねぎ(祢宜)からと申す。此の事叶はずば法華経信じてなにかせん。事々又々申すべく候。恐々。/ 十一月二十五日  日蓮花押/ 南部六郎殿
◆ 老病御書 〔C1・弘安四年(一〇月二二日)・富木常忍〕/ 追申。老病の上、不食気いまだ心よからざるゆへに、法門なんどもかきつけて申さずして、さてはてん事なげき入りて候。又三島の左衛門次郎がもとにて法門伝へて候ひけるが、始中終かきつけて給はり候はん。其れならずいづくにても候へ、法門を見候へば心のなぐさみ候ぞ。
◆ 上野殿母尼御前御返事 〔C0・弘安四年一二月八日・南条時光母尼〕/ 乃米一だ・聖人一つつ〈二十ひさげか〉、かんかう(乾薑)ひとかうぶくろ(一紙袋)おくり給び候ひ了んぬ。/ このところのやうせんぜんに申しふり候ひぬ。さては去ぬる文永十一年六月十七日この山に入り候ひて今年十二月八日にいたるまで、此の山出づる事一歩も候はず。ただし八年が間やせやまいと申し、とし(齢)と申し、としどしに身ゆわく、心をぼれ候ひつるほどに、今年は春よりこのやまいをこりて、秋すぎ冬にいたるまで、日々にをとろへ、夜々にまさり候ひつるが、この十余日はすでに食もほとをどとどまりて候上、ゆき(雪)はかさなり、かん(寒)はせめ候。身のひゆる事石のごとし、胸のつめたき事氷のごとし。しかるにこのさけ(酒)はたたかにさしわかして、かんかうをはたとくい切って、一度のみて候へば、火を胸にたくがごとし、ゆに入るににたり。あせ(汗)にあかあらい、しづくに足をすすぐ。此の御志ざしはいかんがせんとうれしくをもひ候ところに、両眼よりひとつのなんだをうかべて候。/ まことやまことや、去年の九月五日こ五郎殿のかくれにしはいかになりけると、胸うちさわぎて、ゆびををりかずへ候へば、すでに二ケ年十六月四百余日にすぎ候か。
それには母なれば御をとづれや候らむ。いかにきかせ給はぬやらむ。ふりし雪も又ふれり。ちりし花も又さきて候ひき。無常ばかりまたもかへりきこへ候はざりけるか。あらうらめし、あらうらめし。余所にてもよきくわんざ(冠者)かな、よきくわんざかな、玉のやうなる男かな男かな。いくせをやのうれしくをぼすらむとみ候ひしに、満月に雲のかかれるがはれずして山へ入り、さかんなる花のあやなくかぜのちらかせるがごとしと、あさましくこそをぼへ候へ。/ 日蓮は所らうのゆへに人々の御文の御返事も申さず候ひつるが、この事はあまりになげかしく候へば、ふでをとりて候ぞ。これもよもひさしくもこのよに候はじ。一定五郎殿にいきあいぬとをぼへ候。母よりさきにげざんし候わば、母のなげき申しつたへ候はん。事々又々申すべし。恐々謹言。/ 十二月八日  日蓮(花押)/ 上野殿母御前御返事
◆ 大夫志殿御返事 〔C6・弘安四年一〇月一一日・池上宗仲〕/ 聖人(せいじん)一つつ・味文字(みもじ)一をけ・生和布(なまわかめ)一こ、聖人と味文字はさてをき候ひぬ。生和布は始めてにて候。将又病の由聞かせ給ひて、不日に此の物して、御使ひをもって脚力(かくりき)につかわされて候事、心ざし大海よりふかく、善根は大地よりも厚し。かうじんかうじん。恐々。/ 十二月十一日  日蓮花押/ 大夫志殿御返事
◆ 窪尼御前御返事 〔C4・弘安二年一二月二七日・窪尼(高橋殿後家尼)〕/ しなじなのものをくり給びて候。/ 善根と申すは大なるによらず、又ちいさきにもよらず、国により、人により、時により、やうやうにかわりて候。譬へばくそ(糞)をほしてつきくだき、ふるいて、せんだん(栴檀)の木につくり、又、女人・天女・仏につくりまいらせて候へども、火をつけてやき候へばべちの香なし、くそくさし。そのやうに、ものをころし、ぬすみをして、そのはつを(初穂)をとりて、功徳善根をして候へども、かへりて悪となる。須達長者と申せし人は月氏第一の長者、ぎをん(祇園)精舎をつくりて、仏を入れまいらせたりしかども、彼の寺焼けてあとなし。この長者もといを(魚)をころしてあきなへて長者となりしゆへに、この寺つゐにうせにき。今の人々の善根も又かくのごとし。大なるやうなれども、あるひはいくさをして所領を給はり、或はゆへなく民をわづらはして、たから(財)をまうけて善根をなす。此等は大なる仏事とみゆれども、仏にもならざる上、其の人々あともなくなる事なり。又、人をもわづらはさず、我が心もなをしく、我とはげみて善根をして候も、仏にならぬ事もあり。
いはく、よきたねをあしき田にうゑぬれば、たねだにもなき上、かへりて損となる。まことの心なれども、供養せらるる人だにもあしければ功徳とならず、かへりて悪道におつる事候。此れは日蓮を御くやうは候はず、法華経の御くやうなれば、釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏に此の功徳はまかせまいらせ候。/ 抑 今年の事は申しふりて候上、当時はとし(歳)のさむき事、生まれて已来いまだおぼえ候はず。ゆきなんどのふりつもりて候事おびただし。心ざしある人もとぶらひがたし。御をとづれをぼろげの御心ざしにあらざるか。恐々謹言。/ 十二月二十七日  日蓮花押/ くぼの尼御前御返事
◆ 大白牛車御消息 〔C6・弘安四年〕/ 抑 法華経の大白牛車と申すは、我も人も法華経の行者の乗るべき車にて候なり。彼の車をば法華経の譬喩品と申すに懇ろに説かせ給ひて候。但し彼の御経は羅什、存略の故に委しくは説き給はず。天竺の梵品には車の荘り物、其の外、聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝まで委しく説き給ひて候を、日蓮あらあら披見に及び候。/ 先づ此の車と申すは縦広五百由旬の車にして、金の輪を入れ、銀の棟をあげ、金の縄を以て八方へつり縄をつけ、三十七重のきだはしをば銀を以てみがきたて、八万四千の宝の鈴を車の四面に懸けられたり。三百六十ながれのくれなひの錦の旛を玉のさほ(棹)にかけながし、四万二千の欄干には四天王の番をつけ、又車の内には六万九千三百八十余体の仏菩薩宝蓮華に坐し給へり。帝釈は諸の眷属を引きつれ給ひて千二百の音楽を奏し、梵王は天蓋を指し懸け、地神は山河大地を平等に成し給ふ。故に法性の空に自在にとびゆく車をこそ、大白牛車とは申すなれ。我より後に来たり給はん人々は、此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候。日蓮も同じ車に乗りて御迎ひにまかり向かふべく候。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
日蓮花押
◆ 窪尼御前御返事 〔C4・建治三年冬か弘安元年冬・窪尼(高橋殿後家尼)〕/ あまざけ一をけ、やまのいも、ところ(野老)せうせう給はり了んぬ。梵網経と申す経には一紙一草と申して、かみ一枚、くさひとつ。大論と申すろんにはつち(土)のもちゐ(餅)を仏にくやうせるもの、閻浮提の王となるよしをとかれて候。これはそれにはにるべくもなし。そのうへをとこ(夫)にもすぎわかれ、たのむかたもなきあま(尼)の、するが(駿河)の国西山と申すところより、甲斐国はきゐ(波木井)の山の中にをくられたり。人にすてられたるひじり(聖)の、寒にせめられていかに心くるしかるらんと、をもひやらせ給ひてをくられたるか。父母にをくれしよりこのかた、かかるねんごろの事にあひて候事こそ候はね。せめての御心ざしに給はり候かとおぼえて、なみだもかきあへ候はぬぞ。/ 日蓮はわるき者にて候へども、法華経はいかでかおろかにおはすべき。ふくろはくさけれどもつつめる金はきよし。池はきたなけれどもはちすはしょうじょう(清浄)なり。日蓮は日本第一のえせものなり。法華経は一切経にすぐれ給へる御経なり。心あらん人金をとらんとおぼさば、ふくろをすつる事なかれ。蓮をあいせば池をにくむ事なかれ。
わるくて仏になりたらば、法華経の力あらはるべし。よって臨終わるくば法華経の名ををりなん。さるにては日蓮はわるくてもわるかるべし、わるかるべし。恐々謹言。/ 月日  御返事
◆ 妙法尼御前御返事 〔C6・弘安四年・妙法尼〕/ 明衣(ゆかたびら)一つ給はり畢んぬ。/ 女人の御身、男にもをくれ、親類をもはなれ、一二人あるむすめもはかばかしからず便りなき上、法門の故に人にもあだまれさせ給ふ女人、さながら不軽菩薩の如し。仏の御姨母、摩訶波闍波提比丘尼は女人ぞかし。而るに阿羅漢とならせ給ひて声聞の御名を得させ給ひ、永不成仏の道に入らせ給ひしかば、女人の姿をかへ、きさきの位を捨てて、仏の御すすめを敬ひ、四十余年が程五百戒を持ちて、昼は道路にたたずみ、夜は樹下に坐して後生をねがひしに、成仏の道を許されずして永不成仏のうきなを流させ給ひし。くちをしかりし事ぞかし。女人なれば過去遠々劫の間、有るに付けても、無きに付けても、あだな(虚名)を立てしは、はづかしく口惜しかりしぞかし。其の身をいとひて形をやつし尼と成りて候へば、かかるなげきは離れぬとこそ思ひしに、相違して二乗となり永不成仏と聞きしは、いかばかりあさましくをわせしに、法華経にして三世の諸仏の御勘気を許され、一切衆生喜見仏と成らせ給ひしは、いくら程かうれしく悦ばしくをはしけん。/ さるにては法華経の御為と申すには、何なる事有りとも背かせ給ふまじきぞかし。
其れに仏の言く「大音声を以て普く四衆に告げたまはく、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん」等云云。我も我もと思ふに、諸仏の恩を報ぜんと思はん尼御前女人達、何事をも忍びて我が滅後に此の娑婆世界にして、法華経を弘むべしと三箇度までいさめさせ給ひしに、御用ゐなくして他方の国土に於て広く此の経を宣べんと申させ給ひしは能く能く不得心の尼ぞかし。幾くか仏悪しとをぼしけん。されば仏はそばむきて、八十万億那由他の諸菩薩をこそつくづくと御覧ぜしか。されば女人は由なき道には名を折り命を捨つれども、成仏の道はよはかりけるやとをぼえ候に、今末代悪世の女人と生まれさせ給ひて、かかるものをぼえぬ島のえびす(夷)に、のられ、打たれ、責めをしのび、法華経を弘めさせ給ふ。/ 彼の比丘尼には雲泥勝れてありと仏は霊山にて御覧あるらん。彼の比丘尼の御名を一切衆生喜見仏と申すは別の事にあらず、今の妙法尼御前の名にて候べし。王となる人は過去にても現在にても十善を持つ人の名なり。名はかはれども師子の座は一なり。此の名もかはるべからず。彼の仏の御言をさかがへす尼だにも一切衆生喜見仏となづけらる。
是れは仏の言をたがへず、此の娑婆世界にて名を失ひ命をすつる尼なり。彼れは養母として捨て給はず。是れは他人として捨てさせ給はば偏頗の仏なり。争でかさる事は候べき。況や「其中衆生 悉是吾子」の経文の如くならば今の尼は女子なり、彼の尼は養母なり。養母を捨てずして女子を捨てる仏の御意やあるべき。此の道理を深く御存知あるべし。しげければとどめ候ひ畢んぬ。/ 日蓮花押/ 妙法尼御前
◆ 四条金吾殿御返事 〔C2・弘安五年一月七日・人々(四条金吾)〕/ 満月のごとくなるもちゐ(餅)二十・かんろ(甘露)のごとくなるせいす(清酒)一つつ給はり候ひ了んぬ。春のはじめの御悦びは月のみつるがごとく、しを(潮)のさすがごとく、草のかこむが如く、雨のふるが如しと思し食すべし。/ 抑 八日は各々の御父釈迦仏の生まれさせ給ひ候ひし日なり。彼の日に三十二のふしぎあり。一には一切の草木に花さきみなる。二には大地より一切の宝わきいづ。三には一切のでんばた(田畠)に雨ふらずして水わきいづ。四には夜変じてひるの如し。五には三千世界に歎きのこゑなし。是の如く吉瑞の相のみにて候ひし。是れより已来今にいたるまで二千二百三十余年が間、吉事には八日をつかひ給ひ候なり。然るに日本国皆釈迦仏を捨てさせ給ひて候に、いかなる過去の善根にてや法華経と釈迦仏とを御信心ありて、各々あつまらせ給ひて八日をくやう申させ給ふのみならず、山中の日蓮に華かう(香)ををくらせ候やらん。たうとし、たうとし。恐々謹言。/ 正月七日  日蓮花押/ 人々御返事
◆ 内記左近入道殿御返事 〔C0・弘安五年一月一四日・内記左近入道〕/ 追申。御器の事は越後公御房申し候べし。御心ざしのふかき由、内房へ申させ給ひ候へ。/ 春の始めの御悦び、自他申し籠め候ひ了んぬ。抑 去年の来臨は曇華の如し。将又夢か幻か。疑ひいまだ晴れず候処に、今年の始め深山の栖、雪中の室え多国を経ての御使ひ、山路をふみわけられて候にこそ、去年の事はまことなりけるや、まことなりけるやとをどろき覚え候へ。他行の子細、越後公御房の御ふみに申し候か。恐々謹言。/ 正月十四日  日蓮(花押)/ 内記左近入道殿 御返事
◆ 春初御消息 〔C6・弘安四年一月二〇日・南条時光〕/ ははき(伯耆)殿かきて候事、よろこびいりて候。/ 春の初めの御悦び、木に花のさくがごとく、山に草の生ひ出づるがごとしと我も人も悦び入りて候。さては御送り物の日記、八木一俵・白塩一俵・十字三十枚・いも一俵給はり候ひ了んぬ。/ 深山の中に白雪三日の間に庭は一丈につもり、谷はみね(峰)となり、みねは天にはし(梯)かけたり。鳥鹿は庵室に入り、樵牧は山にさしいらず。衣はうすし食はたえたり。夜はかんく(寒苦)鳥にことならず。昼は里へいでんとおもふ心ひまなし。すでに読経のこえもたえ、観念の心もうすし。今生退転して未来三五を経ん事をなげき候ひつるところに、此の御とぶらひに命いきて又もや見参に入り候はんずらんとうれしく候。過去の仏は凡夫にておはしまし候ひし時、五濁乱漫の世にかかる飢ゑたる法華経の行者をやしなひて仏にはならせ給ふぞとみえて候へば、法華経まことならば此の功徳によりて過去の慈父は成仏疑ひなし。故五郎殿も今は霊山浄土にまいりあはせ給ひて、故殿に御かうべをなでられさせ給ふべしとおもひやり候へば涙かきあへられず。恐々謹言。
正月二十日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 春の始御書 〔C2・弘安五年一月〕/ 春の始めの御悦び、花のごとくひらけ、月のごとくあきらかにわたらせ給ふべし。さては
◆ 伯耆公御房御消息 〔C5・弘安五年二月二五日・日興〕/ 御布施御馬一疋鹿毛御見参に入らしめ候ひ了んぬ。/ 兼ねて又此の経文は二十八字、法華経の七の巻薬王品の文にて候。然るに聖人の御乳母の、ひととせ(一年)御所労御大事にならせ給い候ひて、やがて死なせ給いて候ひし時、此の経文をあそばし候ひて、浄水をもってまいらせさせ給いて候ひしかば、時をかへずいきかへらせ給いて候経文なり。なんでうの七郎次郎時光は身はちいさきものなれども、日蓮に御こころざしふかきものなり。たとい定業なりとも今度ばかりえんまわう(閻魔王)たすけさせ給へと御せいぐわん候。明日寅卯辰の刻にしやうじがは(精進河)の水とりよせさせ給い候ひて、このきやうもんをはい(灰)にやきて、水一合に入れまいらせ候ひてまいらせさせ給ふべく候。恐々謹言。/ (弘安五年)二月二十五日  日朗花押/ 謹上 はわき公御房
◆ 法華証明抄 〔C0・弘安五年二月二八日・日興〕/ 法華経の行者  日蓮(花押)/ 末代悪世に法華経を経のごとく信じまいらせ候者をば、法華経の御鏡にはいかんがうかべさせ給ふと拝見つかまつり候へば、過去に十万億の仏を供養せる人なりと、たしかに釈迦仏の金口の御口より出でさせ給ひて候を、一仏なれば末代の凡夫はうたがいやせんずらんとて、此れより東方にはるかの国をすぎさせ給ひておはします宝浄世界の多宝仏、わざわざと行幸ならせ給ひて釈迦仏にをり向かひまいらせて、妙法華経皆是真実と証明せさせ給ひ候ひき。此の上はなにの不審か残るべき。なれどもなをなを末代の凡夫はをぼつかなしとをぼしめしや有りけん。十方の諸仏を召しあつめさせ給ひて、広長舌相と申して無量劫よりこのかた永くそらごとなきひろくながく大なる御舌を、須弥山のごとく虚空に立てならべ給ひし事は、をびただしかりし事なり。/ かう候へば、末代の凡夫の身として法華経の一字二字を信じまいらせ候へば、十方の仏の御舌を持つ物ぞかし。いかなる過去の宿習にてかかる身とは生まるらむと悦びまいらせ候上、経文は過去に十万億の仏にあいまいらせて供養をなしまいらせて候ひける者が、法華経計りをば用ゐまいらせず候ひけれども、
仏くやうの功徳莫大なりければ、謗法の罪に依りて貧賤の身とは生まれて候へども、又此の経を信ずる人となれりと見へて候。此れをば天台の御釈に云く「人の地に倒れて還りて地より起つが如し」等云云。地にたうれたる人はかへりて地よりをく。法華経謗法の人は三悪並びに人天の地にはたうれ候へども、かへりて法華経の御手にかかりて仏になるとことわられて候。/ しかるにこの上野の七郎次郎は末代の凡夫、武士の家に生まれて悪人とは申すべけれども心は善人なり。其の故は、日蓮が法門をば上一人より下万民まで信じ給はざる上、たまたま信ずる人あれば或は所領或は田畠等にわづらいをなし、結句は命に及ぶ人々もあり。信じがたき上、はは(母)、故上野は信じまいらせ候ひぬ。又此の者嫡子となりて、人もすすめぬに心中より信じまいらせて、上下万人にあるいはいさめ或はをどし候ひつるに、ついに捨つる心なくて候へば、すでに仏になるべしと見へ候へば、天魔・外道が病をつけてをどさんと心み候か。命はかぎりある事なり。すこしもをどろく事なかれ。/ 又鬼神めらめ、此の人をなやますは剣をさかさまにのむか、又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか。あなかしこあなかしこ。
此の人のやまいを忽ちになをして、かへりてまぼりとなりて、鬼道の大苦をぬくべきか。其の義なくして現在には頭破七分の科に行はれ、後生には大無間地獄に堕つべきか。永くとどめよ、永くとどめよ。日蓮が言をいやしみて後悔あるべし、後悔あるべし。/ 二月二十八日/ 伯耆房に下す
◆ 莚三枚御書 〔C1・弘安二年三月上旬・南条時光〕/ 莚三枚・生和布一籠給はり了んぬ。/ 抑 三月一日より四日にいたるまでの御あそびに、心なぐさみてやせやまいもなをり、虎とるばかりをぼへ候上、此の御わかめ給はりて師子にのりぬべくをぼへ候。さては財はところにより、人によて、かわりて候。此の身延山には石は多けれども餅なし。こけは多けれどもうちしく物候はず。木の皮をはいでしき物とす。むしろ(莚)いかでか財とならざるべき。億耳居士と申せし長者は足のうらにけ(毛)のをいて候ひし者なり。ありきのところ、いへの内は申すにをよばず、わたを四寸しきてふみし人なり。これはいかなる事ぞと申せば、先世にたうとき僧にくまのかわをしかせしゆへとみへて候。いわうや日本国は月氏より十万より(余里)をへだてて候辺国なる上、へびす(夷)の島、因果のことはりも弁へまじき上、末法になり候ひぬ。仏法をば信ずるやうにてそしる国なり。しかるに法華経の御ゆへに名をたたせ給ふ上、御むしろを法華経にまいらせ給ひ候ひぬれば、
◆ 上野殿御書 〔C6・建治元年八月一八日・南条時光〕/ 態と御使ひ有り難く候。夫れについては屋形造りの由、目出度くこそ候へ。何か参り候ひて移徙(わたまし)申し候はばや。/ 一つ棟札の事承り候。書き候ひて此の伯耆公に進らせ候。此の経文は須達長者、祇園精舎を造りき。然るに何なる因縁にやよりけん、須達長者七度まで火災にあひ候時、長者此の由を仏に問ひ奉る。仏答へて曰く、汝が眷属貪欲深き故に此の火災の難起こるなり。長者申さく、さていかんして此の火災の難をふせぎ申すべきや。仏の給はく、辰巳の方より瑞相あるべし。汝精進して彼の方に向かへ。彼方より光ささば鬼神三人来たりて云はん。南海に鳥あり、鳴忿と名づく。此の鳥の住処に火災なし。又此の鳥一つの文を唱ふべし。其の文に云く「聖主天中天、迦陵頻伽声、哀愍衆生者、我等今敬礼」云云。此の文を唱へんには、必ず三十万里が内には火災をこらじと、此の三人の鬼神かくの如く告ぐべきなり云云。須達、仏の仰せの如くせしかば、少しもちがはず候ひき。其の後火災なきと見えて候。これに依りて滅後末代にいたるまで、此の経文を書きて火災をやめ候。今以てかくの如くなるべく候。
返す返す信じ給ふべき経文なり。是れは法華経の第三の巻化城喩品に説かれて候。委しくは此の御房に申し含めて候。恐々謹言。/ 八月十八日  日蓮花押/ 上野殿御返事
◆ 身延山御書 〔C6・建治元年八月〕/ 誠に身延山の栖は、ちはやふる神もめぐみを垂れ天下りましますらん。心無きしづの男しづの女までも心を留めぬべし。哀れを催す秋の暮には、草の庵に露深く、檐にすだ(集多)くささがに(蜘蛛)の糸玉を連き、紅葉いつしか色深くして、たえだえに伝ふ懸樋の水に影を移せば、名にしおふ竜田河の水上もかくやと疑はれぬ。又後ろには峨々たる深山そびへて、梢に一乗の果を結び、下枝に鳴く蝉の音滋く、前には湯々たる流水湛へて実相真如の月浮かび、無明深重の闇晴れて法性の空に雲もなし。かかる砌なれば、庵の内には昼は終日に一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす。伝へ聞く釈尊の住み給ひけん鷲峰を我が朝此の砌に移し置きぬ。霧立ち嵐はげしき折折も、山に入りて薪をこり、露深き草を分けて深谷に下りて芹をつみ、山河の流れもはやき巌瀬に菜をすすぎ、袂しほれて干わぶる思ひは、昔人丸が詠じける、和歌の浦にもしほ(藻汐)垂つつ世を渡る海士もかくやとぞ思ひ遣る。つくづくと浮身の有様を案ずるに、仏の法を求め給ひしに異ならず。/ 昔釈尊、楽法梵志としては、皮をはぎて紙とし、髄の水を取りて硯の水とし、肉を割きて墨とし、骨を摧きて筆として、下方の迦葉仏に値ひ奉りて「如法応修行、非法不応行、今世若後世、行法者安穏」云云と、此の文を伝へ給ふ。
薩王子としては飢ゑたる虎の為に身を与へ、雪山童子としては半偈の為に身をなげ、尸毘王としては鳩の為に肉を秤にかけ、乞眼婆羅門には眼をくじりて取らせ給ひき。又仏、大国の王と御座し時は、宿善内に催し、月卿雲客の政をも忘れ、百官万乗に仰がれ給ふ十善の楽も風の前の灯、あだなる春の夜の夢、籬につたふ槿樺の日影をまつ程ぞかし。然るに過去の戒善いみじきに依りて、今生には大国の王たりと云へども、無常の殺鬼にさそはれて、一期空しくして後、修するところの善無くんば、阿鼻大城の炎の底に沈み、刹利も須陀もかはらぬためしにて、三熱の炎にまじはり、鉄縄五体をしばり、三熱のまろかし(弾丸)を口に入れ、阿防羅刹、三鈷のひしほこを手に取り、邪見の音をあららかにして、五体身分を取々に責むるならば、音を天に響かし叫ぶとも、地に臥して歎くとも、百官万乗も来たりて助くること無く、親類眷属も来たりて救ふこと無からん。/ 又錦帳の内にして、よなよなのねざめの床にして、天にあらば比翼の鳥、地に住まば連理の枝とならんと、月日を送り年を重ねて契りし妻子も、来たりて訪ふ事はあらじ、なんどと様々に思ひつづけ給ひて、自ら蔵を開きて、金銀等の七珍万宝を僧に供養し、象馬妻子を布施し、然して後大法の螺をふき、大法の鼓を撃ちて、四方に法を求め給ふ。
爾の時に阿私仙人と申す仙人来たりて申しける様は、実に法を求め給ふ志御坐ば、我が云はん様に仕へ給へと云ひければ、大に悦びて山に入りては果を拾ひ、薪をこり、菜をつみ、水をくみ、給仕し給へる事千歳なり。常に御口ずさみには「情存妙法故、身心無懈惓」とぞ唱へ給ひける。文の心は、常に心に妙法を習はんと存ずる間、身にも心にも仕れどもものうき事なしと云へり。此の如くして習ひ給ひける法は即ち妙法蓮華経の五字なり。爾の時の王とは今の釈迦牟尼仏是れなり。仏の仕へ給ひて法を得給ひし事を我が朝に五七五七七の句に結び置きけり。今、如法経の時伽陀に誦する歌に「法華経を我が得し事は薪こり菜つみ水くみつかへてぞえし」。此の歌を見るに、今は我が身につみしられて哀れに覚えけるなり。/ 実に仏になる道は師に仕ふるには過ぎず。妙楽大師の弘決の四に云く「若し弟子有りて師の過を見さば、若しは実にも、若しは不実にも、其の心自ら法の勝利を壊失す」云云。文の心は、若し弟子あて師の過を見ば、若しは実にもあれ、若しは不実にもあれ、已に其の心有るは身自ら法の勝利を壊り失ふ者也云云。又止観の一に云く「如来慇懃に此の法を称歎したまへば聞く者歓喜す。常啼は東に請じ、善財は南に求め、薬王は手を焼き、普明は頭を刎らる。
一日に三度恒河沙の身を捨つるとも、尚一句の力を報ずること能はず。況や両肩に荷負し百千万劫すとも、寧ろ仏法の恩を報ぜんや」云云。文の心は如来ねんごろに此の法を称歎し給へば聞く者即ち歓喜す。常啼菩薩は東に法を請ひ、善財菩薩は南に法を求め、薬王菩薩は臂を焼き、普明王は頭を刎られたり。一日に三度恒河の沙の数程身をば捨つるとも、尚一句の法恩を報ずる事あたはじ。況や二つの肩に荷負ひて百千万劫すとも、寧ろ仏法の恩を報ずる事あるべからずと云へる心なり。止観の五に云く「香城に骨を粉き、雪嶺に身を投ぐとも、亦何ぞ以て徳を報ずるに足らんや」と云へり。/ 弘決の四に云く「昔毘摩大国と云ふ国に狐あり。師子に追はれて逃げけるが、水もなき渇井に落ち入りぬ。師子は井を飛び越えて行きぬ。彼の狐井より上らんとすれども、深き井なれば上る事を得ざりき。既に日数を経るほどに飢死なんとす。其の時狐文を唱へて云く、禍ひなるかな。今日苦に逼められて、便ち当に命を丘井に没すべし。一切の万物皆無常なり。恨むらくは身を以て師子に飼はざることを。南無帰命十方仏、我が心の浄くして已むこと無きを表知したまへ」文。文の心は、禍ひなるかな。今日苦しみにせめられて即ち当に命を渇井に没すべし。一切の万物は皆是れ無常なり。恨むらくは身を師子に飼はざりける事を。南無帰命十方仏、我が心の浄きことを表知し給へと喚りき。
爾の時に天の帝釈狐の文を唱ふる事を聞き給ひて、自ら下界に下り、井の中の狐を取り上げ給ひて、法を説き給へとの給ひければ、狐の云く、逆なるかな、弟子は上に師は下に居たる事を、と云ひければ諸天笑ひ給へり。帝釈誠にことわりと思し食して、下に居給ひて法を説き給へとの給ひければ、又狐の云く、逆なるかな。師も弟子も同座なる事を、と云ひければ、帝釈諸天の上の御衣をぬぎ重ねて高座として、登せて法を説かしむ。狐説いて云く、人有り生を楽ひ死を悪む。人有り死を楽ひ生を悪むと云云。文の心は、人有りて生くる事を楽ひて死せん事をにくみ、又人有りて死せん事を願ひて生まれん事をにくむと。此の文を狐に値ひて帝釈習ひ給ひて、狐を師として敬はせ給ひけり。/ 天台の御釈に云く「雪山は鬼に随ひて偈を請ひ、天帝は畜を拝して師と為す。袋臭きをもて其の金を捨つる事なかれ」と釈し給へり。されば何に賤しき者なりとも、実の法を知りたらん人をいるがせにする事あるべからず。然れば法華経の第八に云く「若しは実にもあれ、若しは不実にもあれ、此の人は現世に白癩の病を得ん」云云。文の心は法華経の行者のとがを、若しは実にもあれ、若しは不実にもあれ、云はん者は現世には白癩の病をうけ、後生には無間地獄に堕つべし、と説かれたり。
此等の理を思ひつづくるに、大地の上に針を立てて、大梵天宮より糸を下して、あやまたず糸の針の穴に入る事は有りとも、我等が人間に生まるる事は難し。又億々万劫不可思議劫をば過ぐるとも、如来の聖教に値ひ奉る事難し。而るに受け難き人間に生をうけ、値ひ難き聖教に値ひ奉る。設ひ聖教に値ふと云へども、悪知識に値ふならば三悪道に堕ちん事、疑ひ有るべからず。師堕つれば弟子堕つ。弟子堕つれば檀那堕つと云ふ文有り。今幸ひに一乗の行者に値ひ奉れり。皮をはぎ、肉を切り、千歳仕へざれども、恣に一念三千、十界十如、一実中道、皆成仏道の妙法を学ぶ。実に過去の宿善拙くして、末法流布の世に生まれ値はざれば未来永々を過ぐとも解脱の道難かるべし。又世間の人の有り様を見るに、口には信心深き事を云ふといへども、実に神にそむる人は千万人に一人もなし。涅槃経に云く「仏法を信ぜずして悪道に堕せん者は大地の土の如く、仏法を信じて仏に成らん者は爪上の土の如し」と説き給へるも理なり。/ 昔仏、摩耶の恩を報じ給はんがために、俄に人にも知られ給はずして利天へ四月十五日に昇らせ給ひて御座しけるに、五天竺の国王大臣を始めとして、あやしのしづの男しづの女までも、仏を失ひ奉りて啼き悲しみける歎き限り無く、誠に子を失ひ親にをくれたるが如し。
いとをしき妻を恋ひ、男を恋ふる思ひの暗すら忍び難し。何に況や大覚世尊の三十二相八十種好紫磨金色の粧ひ厳くして、迦陵頻伽の御音を以て、一切衆生を皆仏に成し給はんと御経を説かせ給ふ。慈悲深重に御座す仏の御余波(なごり)惜しみ進らする歎き思ひ遣るに、上陽人の上陽宮に閉ぢ籠められて歎きし歎きにも勝れ、尭王の娘娥皇・女英の二人舜王に別れ奉りて歎きし歎きにも勝れ、蘇武が胡国に流されて十九年雪中に住けん思ひにも勝れたり。余りの御恋しさに木を以て仏の御形を作り奉るに、三十二相の一相をだにも作り似せ奉らず。爾の時に優填大王と申しける王、赤栴檀と云ふ木を以て利天より毘首羯摩天を請して作り奉りける仏の、利天へ本仏の御迎へに参らせ給ひけるも、優填大王の信心深き故なり。是れこそ一閻浮提に仏を作り奉りける始めなれ。/ 又須達長者と云ひける人あり。仏は利天に御座すが七月十五日に天竺へ下り給ふべきよし聞えければ、御儲に御堂を作らんとしけるに、御堂造るべき地を持たざりければ、波斯匿王の太子祇陀太子と云ひける人、祇陀林と云ふ苑を持ち給ひたりけるに、広四十里有りける此の苑に人太刀刀を持ちて入れば折砕ける苑なり。須達、祇陀太子に値ひ奉りて、此の苑を売らせ給へ、御堂を造らんと云ひければ、太子の給ふ様、此の苑四十里に金を厚さ四寸に敷き給はば売らんとの給ひけり。
須達之れを買ふべき由を申しければ、太子の給はく、戯れにこそ云ひつれ、実には叶ふまじとの給ひけり。須達申しける様は、天子に二言なしと云ふ。争でか仮染の戯れにも虚言をし給ふべきと申して、波斯匿王に此の由を申しけり。大王の給はく、祇陀太子は我が位を継ぐべき者なり。争でか仮染の戯れにも虚言をすべきと仰せられければ、太子力なく売らせ給ひけり。須達四十里に金を四寸に敷きて買ひ取りて、悦びて御堂を造らんとしけるに、舎利弗来たりて縄をひき地をわりけるに、舎利弗空を見上げて咲ひけり。須達が云く、大聖は威儀を乱さざる理なり。いかに咲はせ給ふぞと怪み申しければ、舎利弗云く、汝此の堂を造らんとすれば六欲天に軍起こる。かかる大善根を修する者なれば、我天へこそ迎へんずれとて、互ひに諍をなす事のをかしと覚ゆるなり。汝は一期百年の後には兜率の内院に生まるべしとぞの給ひける。然して後此の堂を作り畢れり。其の名を祇園精舎と云ふ。/ 此の祇園精舎へ七月十五日の夜仏入らせ給ふべき由有りしかば、梵天・帝釈は利天より金銀水精の三つの橋をかけたりける。中の橋を仏は入らせ給ふに、仏の左には梵天、右には帝釈、互ひに仏に天蓋を指かけまいらせ、仏の御後には四衆八部・迦葉・迦旃延・目連・須菩提・千二百の羅漢・万二千の声聞・八万の菩薩等を引き具して下り給ひけるに、
五天竺に有りと在る人、皆たえだえ(分々)に随ひて油を儲けてともしけり。万灯をともす人もあり、千灯をともす人もあり、或は百灯乃至一灯をともす人もありけるに、此に貧女と云ふ者ありけり。貧しき事譬ふべき方もなし。身に纏ふ物とては、とふ(十府)のすがごも(菅薦)にも及ばざる藤の衣計りなり。四方に馳走すとも一灯の代を求むるにあたはず。空しく歎き思ひつもれる涙油ならましかば、百千万灯にともすとも尽きじ。思ひの余りに自ら髪を切り、手づからかづら(鬘)にひねりて、油一灯にかへて、わづかにぞともしたりけるに、仏神も三宝も天神も地神も納受を垂れ給ひけるにや、藍風・毘藍風と申す大風吹きて灯を吹き消しけるに、貧女が一灯計りが残りたりける。此の光にて仏は祇園精舎へ入らせ給ひけり。/ 之れを以て之れを思ふに、たのしくして若干の財を布施すとも、信心よはくば仏に成らん事叶ひ難し。縦ひ貧なりとも信心強うして志深からんは、仏に成らん事疑ひ有るべからず。されば無勝徳勝と云ひける者は土の餅を仏に供養し奉りて、此の功徳に依りて閻浮提の主阿育大王と生まれて、終に八万四千の石塔を造り、国々に送り給ひ、後に菩提の素懐をとげ給ふ。
されば法華経にて四十余年が程きらはれし女人も仏に成り、五逆闡提と云はれし提婆も仏になりけり。然れば、末代濁世の謗法・闡提・五逆たる僧も俗も尼も女も、此の経にて仏に成らん事疑ひ無し。然れば法華経第七に云く「我が滅度の後に於て応に斯の経を受持すべし。是の人仏道に於て決定して疑ひ有ること無けん」云云。此の文こそよによに憑も敷く候へ。/ 此等をさまざま思ひつづけて観念の床の上に夢を結べば、妻恋鹿の音に目をさまし、我が身の内に三諦即一、一心三観の月曇り無く澄みけるを、無明深重の雲引き覆ひつつ、昔より今に至るまで生死の九界に輪廻する事、此の砌にしられつつ自らかくぞ思ひつづけける。立ちわたる身のうき雲も晴れぬべしたえぬ御法の鷲の山風。/ 日蓮花押
◆ 波木井殿御報 〔C6・弘安五年九月一九日・波木井実長〕/ 畏み申し候。みち(道)のほど(程)べち(別)事候はで、いけがみ(池上)までつきて候。みちの間、山と申し、かわ(河)と申し、そこばく大事にて候ひけるを、きうだち(公達)にす護せられまいらせ候ひて、難もなくこれまでつきて候事、をそれ入り候ながら悦び存じ候。さてはやがてかへりまいり候はんずる道にて候へども、所らうのみ(身)にて候へば、不ぢゃうなる事も候はんずらん。さりながらも日本国にそこばくもてあつかうて候み(身)を、九年まで御きえ(帰依)候ひぬる御心ざし申すばかりなく候へば、いづくにて死に候とも、はか(墓)をばみのぶさわ(身延沢)にせさせ候べく候。/ 又くりかげ(栗鹿毛)の御馬はあまりをもしろくをぼへ候程に、いつまでもうしなふまじく候。ひたち(常陸)のゆ(湯)へひかせ候はんと思ひ候が、もし人にもぞとられ候はん。又そのほかいたはしくをぼへば、ゆ(湯)よりかへり候はんほど、かづさ(上総)のもばら(藻原)殿のもとにあづけをきたてまつるべく候に、しらぬとねり(舎人)をつけて候ひてはをぼつかなくをぼへ候。まかりかへり候はんまで、此のとねりをつけをき候はんとぞんじ候。そのやうを御ぞんぢのために申し候。恐々謹言。
九月十九日  日蓮/ 進上 波木井殿御報。/ 所らうのあひだ、はんぎゃう(判形)をくはへず候事、恐れ入りて候。
◆ 波木井殿御書 〔C6・弘安五年一〇月七日・波木井実長・他人々〕/ 日蓮は日本国、人王八十五代後堀河院の御宇、貞応元年〈壬午〉、安房の国長狭の郡東条郷の生まれなり。仏の滅後二千百七十一年に当たるなり。八十六代四条院の天福元年〈癸巳〉十二歳にして清澄寺に登り、道善御房の坊に居して学文す。時に延応元年已亥十八歳にして出家し、其の後十五年が間、一代聖教総じて内典外典に亘りて残り無く見定め、生年三十二歳にして建長五年〈癸丑〉三月二十八日、念仏は無間の業なりと見出しけるこそ時の不祥なれ。/ 如何せん、此の法門を申さば誰か用ゐるべき、返りて怨をなすべし。人を恐れて申さずんば仏法の怨となりて大阿鼻地獄に堕つべし。経文には、末法に法華経を弘むる行者あらば上行菩薩の示現なりと思ふべし。言わざる者は仏法の怨なりと仏説き給へり。経文に任せて云ふならば、日本国は皆一同に日蓮が敵と成るべし。釈迦仏は娑婆に八千度生まれ給ひしに、尸毘王とありし時は鳩の命にかはり、薩王子とありし時は飢ゑたる虎に身を与へ、雪山童子たりし時は半偈の為に身を投げ、堅誓獅子とありし時は猟師に殺され、千頭の鹿王と成りては我が身をれふし(猟師)に射させて妊胎の鹿を助け、三千大千世界に我が身命を捨て置き給はざる処なし。
此の功徳は皆一切衆生の中には法華経を信ずる人々に与へんと誓ひ給ひき。我不愛身命の法門なれば、命を捨てて此の法華経を弘めて日本国の衆生を成仏せしめん。わずかの小島の主君に恐れて是れをいはずんば、地獄に堕ちて閻魔の責めをば如何せん。国主の用ゐ給ふ禅は天魔なる由、鎌倉殿の用ゐ給ふ真言の法は亡国の由、極楽寺の良観房は国賊なる由、浄土宗の無間大阿鼻獄に堕つべき由、其の外余宗皆地獄に堕つべき由一々に記し、立正安国論を作り、宿谷の禅門を使ひとして最明寺殿の見参に入れ奉る。此れは生年三十九の文応元年〈庚申〉歳なり。/ 日蓮が立て申す法門を一偈一句も答ふる人一人もなし。上下一同に悪くみ嫉みて讒奏申すに依りて、生年四十、弘長元年〈辛酉〉五月十二日には、伊豆の国伊東の荘へ配流し、伊東八郎左衛門の尉の預かりにて三箇年なり。同じき三年〈癸亥〉二月二十二日赦免せらる。「如来現在 猶多怨嫉 況滅度後」の法門なれば、日蓮此の法門の故に怨まれて死なんことは決定なり。今一度旧里へ下りて親しき人々をも見ばやと思ひて、文永元年〈甲子〉十月三日に安房の国に下りて三十余日なり。
同じき十一月十一日には安房の国東条の松原と申す大道にて、申酉の時計りにて候ひしが、数百人の念仏者の中に取り籠められ、日蓮は但一人、物の用にあふべき者はわずかに三四人候ひしかども、射る箭は雨のふるが如く、打つ太刀は雷光の如し。弟子一人当座に打ち殺され候。又二人は大事の手を負ひ候ひぬ。自身ばかりは射られ打たれ切られ候ひしかども 如何に候ひけん打ち漏らされてかまくらに登る。/ 文永五年〈戊辰〉後正月、蒙古国より日本国を襲ふべき由、牒状これを渡たす。同じき十月に訴状を書きて重ねて法光寺殿の見参に入れ奉りしに、御祈祷申すべき由有りしかども、日蓮が云く、建長寺・極楽寺等の念仏者禅宗等が堂塔を焼き払ひ、彼等が頸を由井が浜にて悉く切り失はるべく候。然らずんば只今此の日本国の人々他国より責められ、同士打ちして自界叛逆の難あるべし。かまくら中の持斎の僧を御供養候事は但牛を飼はせ給ふにてこそ候へと申したりしかば、日蓮房は鎌倉殿を牛飼ひと申し候と讒奏申すに依りて、文永八年〈辛未〉九月十二日には頸の座に登り、相模の竜口へ遣はさる。/ 今は最後と思ひしかば御霊の宮の前にて馬をひかへ、熊王丸を使ひとして四条左衛門の尉に知らせしかば、かちはだしにて馬の口に取り付きて路すがら啼き悲しみて、事実にならば腹を切らんとせし志をば何の世にか忘るべく候。
法華経に命を進らせ、日蓮より前に腹を切らんと思ひきりし事をば、釈迦仏先づ知ろし食して候なり。既に頸切られんとせしが、其の夜は延び候ひて相模の依智へわたされ、本間の六郎左衛門が預かりおきぬ。明十三日の夜ふけ方に不思議現ず。大星下りて庭の梅の枝に懸りき。爾る故にや死罪を留められ、流罪に行はれ、佐渡の国へ遣はさる。/ 十月十日に相模の依智を立ちて、同じき二十八日に佐渡の国へ着きぬ。本間六郎左衛門の尉が後ろ見の家より北に、塚原と申して洛陽の蓮台野の様に、死人を送る三昧原ののべにかき(垣)もなき草堂に落ち着きぬ。夜は雪ふり風はげし。きれたる蓑を著て夜を明かす。北国の習ひなれば、北山の嶺の山をろしのはげしき風、身にしむ事をば但思ひやらせ給へ。彼の国の守護も、国主の御計らひなれば日蓮を怨む。其の外万民も皆其の命に従ふ。/ かまくらにては、念仏者・禅・律・真言等が一同にそしょう(訴訟)申して、何れにも日蓮を鎌倉へかへさぬ様にと計らひ、極楽寺の良観房も武蔵の前司殿の私の御教書を申し下して、弟子に持たせて佐渡国へ渡して怨をなす。
其れに随ひて地頭並びに念仏者等が日蓮が居たるあたりに、夜も昼も立ち副ひて通ふ人を強ちにあやまたんとすれば、叶ふべき様もなし。何れより問ふべき人一人もなし。/ 天の御計らひにてや候ひけん。阿仏房の日蓮を扶持せし事は、偏へに悲母の佐渡の国に生まれ替はらせ給ひて、日蓮が命を助け給ふか。漢土に沛公と申せし者あり。王此の者を相辱めて重ねて勅宣を下して、沛公をうって進らせたらん者には捕忠の賞を給ふべき宣旨ありしかば、沛公山辺に隠居して、命助かりがたかりしに、沛が妻、山辺に尋ね行きて時々助け候ひき。彼れは夫妻なれば、年来の情捨てがたければ尋ねけん。此れは他人なれども人目を隠れ忍びて日蓮を憐愍し、或は処をおはれ、或は過代を引きなんどせしかば、内々志ありし人も何にとも申す人一人もなし。/ さすがに凡夫なれば他国に住みぬれば、故郷の恋しき事申す計りなし。日蓮謬り無し。日本国の一切衆生を仏に成さんと思ふ志こそなからめ。日本国の一切の男女等はさて置きぬ。禅僧・律僧・真言宗・浄土宗の人々日蓮を見たりしは、夜討ち・強盗・謀叛・殺害の人を見るよりも猶怖ろしげなり。
されども法華経の正理なれば別の謬りなくて、佐渡の国にて四箇年と申せし同じき十一年〈甲戊〉二月十四日に赦免せられ、同じき三月二十六日にかまくらへ上りぬ。/ 同じき四月八日に平左衛門の尉が云く、御房は法華経の法門には今はこり(懲)させ給ふやと云ひしかば、日蓮云く、王地に生まれたれば、身は随へられ奉る様なれども、心は随ひ奉るべからず。念仏は無間地獄、禅は天魔の所為なる事は疑ひ無し。殊に真言宗が此の国の大なる禍ひなり。末法に法華経の行者は人に怨まれてかかる難有るべし、と仏説き給ひて候へば、偏へに釈迦如来の御神の我が身に入らせ給ひてこそ候へ。されば我が身ながら悦び身に余れり。日蓮は日本の大難を払ひ、国を持つべき日本国の柱なり。余を失ふならば日本国の柱を倒すなり。但今此の国に大悪魔入り満ちて国土ほろびん時にこそ、日蓮が立て申す法華経の法門正義とは見え候べけれ。経文限りあれば力無し。其の時こそ人々は思ひ知り給ふらめと云ひしかば、日本国を呪咀申す者なりとて法華経の第五の巻を以て日蓮がつら(面)をうちしなり。此の事は梵天・帝釈も御覧あり、かまくら八幡大菩薩も見させ給ひき。
如何にも今は叶ふまじき世なり。国の恩を報ぜんがために国に留まり三度は諫むべし。用ゐずんば山林に身を隠せと云ふ本文ありと本より存知せり。何なる山中にも籠りて命の程は法華経を読誦し奉らばや、と思ふより外は他事なし。/ 時に五十三、同じき五月十二日かまくらを立ちて甲斐の国へ分け入る。路次のいぶせさ、峰に登れば日月をいただくが如し。谷に下れば穴に入るが如し。河たけ(猛)くして船渡らず。大石流れて箭をつくが如し。道は狭くして縄の如し。草木しげりて路みえず。かかる所へ尋ね入る事浅からざる宿習なり。かかる道なれども釈迦仏は手をひき、帝釈は馬となり、梵王は身に立ちそひ、日月は眼に入りかはらせ給ふ故にや。同じき十七日甲斐の国波木井の郷へ着きぬ。波木井殿に対面有りしかば大いに悦び、今生は実長が身に及ばん程は見つぎ奉るべし。後生をば聖人助け給へと契りし事は、ただごととも覚えず。偏へに慈父悲母の波木井殿の身に入りかはり、日蓮をば哀れみ給ふか。/ 其の後身延山へ分け入りて山中に居し、法華経を昼夜読誦し奉り候へば、三世の諸仏・十方の諸仏・菩薩も此の砌りにおはすらん。
釈迦仏は霊山に居して八箇年、法華経を説き給ふ。日蓮は身延山に居して九箇年の読誦なり。伝教大師は比叡山に居して三十余年の法華経の行者なり。然りと雖も彼の山は濁れる山なり。我が此の山は天竺の霊山にも勝れ、日域の比叡山にも勝れたり。然れば吹く風も、ゆるぐ木草も、流るる水の音までも、此の山には妙法の五字を唱へずと云ふことなし。日蓮が弟子檀那等は此の山を本として参るべし。此れ則ち霊山の契りなり。此の山に入りて九箇年なり。仏滅後二千二百三十余年なり。/ 日蓮ひとつ志あり。一七日にして返る様に、安房の国にやりて旧里を見せばやと思ひて、時に六十一と申す弘安五年〈壬午〉九月八日、身延山を立ちて武蔵の国千束の郷池上へ着きぬ。釈迦仏は天竺の霊山に居して八箇年法華経を説かせ給ふ。御入滅は霊山より艮に当たれる、東天竺・倶尸那城・跋提河の純陀が家に居して入滅なりしかども、八箇年法華経を説かせ給ふ山なればとて御墓をば霊山に建てさせ給ひき。されば日蓮も是の如く、身延山より艮に当たりて、武蔵の国池上右衛門の大夫宗長が家にして死すべく候か。縦ひいづくにて死に候とも、九箇年の間心安く法華経を読誦し奉り候山なれば、墓をば身延山に立てさせ給へ。未来際までも心は身延山に住むべく候。
日蓮は日本六十六箇国島二つの内に、五尺に足らざる身を一つ置く処なく候ひしが、波木井殿の御育みにて九箇年の間、身延山にして心安く法華経を読誦し奉り候つる志をば、いつの世にかは思ひ忘れ候べき。しらずや、此の人無辺行菩薩の再誕にてや御座すらむ。/ 日蓮は日本第一の法華経の行者なり。日蓮が弟子檀那の中に日蓮より後に来たり給ひ候はば、梵天・帝釈・四大天王・閻魔法皇の御前にても、日本第一の法華経の行者、日蓮房が弟子檀那なりと名乗りて通り給ふべし。此の法華経は三途の河にては船となり、死出の山にては大白牛車となり、冥途にては灯となり、霊山へ参る橋なり。霊山へましまして艮の廊にて尋ねさせ給へ、必ず待ち奉るべく候。/ 但し各々の信心に依るべく候。信心だも弱くば、いかに日蓮が弟子檀那と名乗らせ給ふともよも御用ゐは候はじ。心に二つましまして、信心だに弱く候はば、峰の石の谷へころび、空の雨の大地へ落つると思し食せ。大阿鼻地獄疑ひあるべからず。其の時日蓮を恨みさせ給ふな。返す返すも各信心に依るべく候。大通結縁の者は地獄に堕ちて三千塵点劫を経候き。久遠下種の輩は地獄に堕ちて五百塵点劫を経たる事、大悪知識にあふて法華経をおろそかに信ぜし故なり。
返す返すも能く能く信心候ひて、事故なく霊山へましまして日蓮を尋ねさせ給へ。其の時委しく申すべく候。南無妙法蓮華経。/ 弘安五年〈壬午〉十月七日  日蓮花押/ 波木井殿 其の外人々
◆ 戒法門 〔C9・寛元元年〕/ 夫れ人は天地の精、五行の端なり。故に悟りあて直きを人と云ふ。心に因果の道理を弁へて人間には生まれける由を知るべし。一代聖教のおきてには、戒を持ちて人間には生まるとおきてたり。戒と申すは、一切の経論に説かるる数は、五戒・八戒・十戒・十重禁戒・四十八軽戒・二百五十戒・五百戒・乃至八万四千戒。此の如く戒品多しといへども、始めの五戒を戒の本と申し候ぞ。五戒と申すは、一には慈悲を起こして物の命を殺さざる戒を不殺生戒と名づく。道理なき殺生を制するなり。一を殺して万を生かすべきをば許すべし。二には盗みせざる戒を不偸盗戒と名づく。道理なき盗みの事なり。三には他人の妻を犯さざる戒を不邪淫戒と名づく。四には妄語せざる戒を不妄語戒と名づく。由なき事に妄語せざれとなり。五には酒を飲まざる戒、僻事を制するなり。薬酒をば飲むべし。/ 先世に三宝の御前にして此の戒を受けし時、天には日月・衆星・二十八宿・七星・九曜・五星、地には五つの地神・七鬼神・十二神・三十六禽、又梵天・帝釈・四大天王・五道の冥官等、此の五戒を受くる人を護らんと誓ひ給ひき。又五戒に依りて生ずべき処を定む。不妄語戒は大地をつくる。不殺生戒は草木となる。不邪淫戒は大海・江河となる。不盗戒は風となる。不飲酒戒は火となりて草木の中にあり。
又五戒は五山となる。南には火の山、北には雪の山、東には木の山、西には金の山、中には土の山なり。/ 空の雲も五戒なり。青き雲は不殺生戒となる。白き雲は不盗戒となる。黒き雲は不邪淫戒なり。黄なる雲は不妄語戒なり。赤き雲は不飲酒戒なり。雨空より降るに又五つの味あり。すき味の雨降りては、青き花一切すき菓をいだす。からき味の雨は白き花一切のからき菓をいだす。しわはゆき(鹹)味の雨降りては、黒き花一切のしわはゆき菓をいだす。あまき味の雨降りては、黄なる花一切のあまき菓をいだす。苦き味の雨降りては、赤き花一切のにがき味の菓をいだす。又春七十二日は東、不殺生戒。夏七十二日は南、不飲酒戒。秋七十二日は西、不盗戒。冬七十二日は北、不邪淫戒なり。四季の末の土用七十二日は中央、不妄語戒なり。又天地は父母となりまします。父母交懐の時、父の淫は白く母の淫は赤し。赤白の二渧もろともに五戒より生ず。父母の精血下りて、父の淫は骨となり、母の淫は肉となる。二つの足、二つの手、一つの頭、是れも五戒より出でたり。/ 又子の腹の中に肝の臓と云ふ物あり。七葉にして色青し。母のすき物を願ひし時出で来たる物なり。其の中に魂と云ふ神(たましい)あり。眼に出でて物を見る。東方の空に歳星と申す星あり。不殺生戒の人を護らんと誓ひし故に子の神(たましい)となる。
又母のからき物を願ひし時、子の腹に肺の臓と云ふ物出で来て、其の色白く其の形八葉にして蓮華なり。其の内に魄(はく)と云ふたましひ有りて鼻に出でて物をかぐ。西の空に太白星と云ふ星あり。不盗戒の人を護らんと誓ひし故なり。又母のにがき物を願ひしかば、子の腹に心の臓と云ふ物出で来て、其の色赤く其の形鶏(とり)の卵(かひこ)をさかさまに立てたるが如し。其の内に神と云ふたましひ有りて、舌に出でて物を味はふ。南の空に惑(けいわく)星と云ふ星あり。不飲酒戒の人を護らんと誓ひし故なり。又母のしわはゆき物を願ふに依りて、子の腹に腎の臓と云ふ物出で来て、其の色黒く其の形半月なり。其の内に志と云ふたましひ有りて、耳に出でて物を聞く。北の空に辰星と云ふ星あり。不邪淫戒の人を護らんと誓ひし故なり。又母の甘き物を願ひし時、子の腹に脾の臓と云ふ物出で来て、其の色黄にして其の形一葉四角なり。内に意と云ふたましひあり。四身に遍してあつきぬるきをしる。先世に不妄語戒を持ちし時、中央に鎮星と云ふ星あり。此れ不妄語戒の人を護らんと誓ひし故なり。/ 殊には不妄語戒を委しく申すべし。妙楽大師提謂経を引きて云く「不妄語戒は四時の如し。土は中央に主たり。中央は脾に主たり。脾の臓は身と土となり。四季に主たり。不妄語戒も四季に遍す。身には五根に遍す」。
五戒を破る中に不妄語戒を破るは罪深き戒にて候。其の故は世間の人妄語し候へば、冬は夏になり、春は秋になり候。故に冬温かにして草木出生して花さき菓ならず。夏はさむくて物そだたず。春・秋も此れを以て知るべし。当時の世間是れ体に候はずや。態(わざ)と妄語をさせて世の中を損じさし、人をも悪道に堕さん料に、天狗外道平形の念珠を作り出だして、一遍の念仏に十の珠数を超(く)りたり。乃至一万遍をば十万遍と申す。是れ念珠の薄く平(ひら)たき故なり。/ 是れも只申すにあらず。念珠を超(く)るに平数珠を禁めたる事諸経に多く候。繁き故に但一・二の経を挙ぐ。数珠経に云く「応に母珠を越ゆべからず、過諸罪に越ゆ。数珠は仏の如くせよ」。勢至菩薩経に云く「平形の念珠を以ゐる者は此れは是れ外道の弟子なり、我が弟子に非ず。我が遺弟は必ず円形の念珠を用ゐるべし。次第を超越する者は因果妄語の罪に依りて当に地獄に堕すべし」云云。此等の文意を能く能く信ずべし。平たき念珠を持ちて虚事をすれば、三千大千世界の人の食を奪ふ罪なり。其の故は世間の人虚事をする故に、春夏秋冬たがひて世間の飢渇是れより起こり、人の病これより起こる。是れ偏に妄語より始まれるなり。
かう申すとも、此の世の中の人は心なをるまじく候へども、又心有らん人はさては僻事にこそ有るなれと知らしめんが為に経文を挙げ候。又世間の念仏者、現に夢に智者見えたりけるなんど申し候ぞ。天狗の見せたる夢なり。只道理と経文とを本とすべし。/ 又木・火・土・金・水も五戒なり。木をば曲直と云ひて、まがれるもあり、なをきもあり。少陽とかたどれるなり、故に春生ず。火をば炎上と申して空へのぼる。ものを熱するなり。五穀の火にあひて飯となるが如し。太陽とかたどれる故に、極めてあたたかなり。土と云ふ物は社稷と云ひて、万の物をわかし出だすなり。是れ又少陽なり。金は禁めとなる。是れ少陰の物なるが故にかたし。物のおこりを禁むるなり。水をば潤下と云ひて、物をうるをし、やしなふなり。陰の終にはとくる故に水なり。/ 又五行の相生と云ふ事あり。木より火生じ、火より土生じ、土より金生じ、金より水生ず。是れは常の人のしるところなり。又水は太陰の物にして、くらかるべき物なり。何の意ぞ、水の底あかきや。木は少陽の物なれば少しあかかるべし。何の意ぞ、木の中くらきや。火は太陽の物なれば大にあかかるべし。何の意ぞ、火の中暗きや。
土は少陽の物、少しあたたかなるべし、何の意ぞ、ひゆるや。金は少陰の物、少しくらかるべし、何の意ぞ、すこしあかきや。此等は智者の知るところなり、繁き故に注せず。/ 又五行の相剋と云ふ事あり。木の敵は金なり。金は勝ち、木は負くる故なり。春と秋とは敵対の季、東と西とは敵対の方なり。火の敵は水なり。水は勝ち、火は負くる故なり。夏と冬とは敵対の季、南と北とは敵対の方なり。土の敵は木、木は勝ち、土は負くる故なり。木と金と合ひて金のかつ事は、堅きと和らかなるとの故なり。火と水と合ひて火の水に負くる事は、あたたかなるとつめたきとの故なり。土と木と合ふて木に土の負くる事は、多と一との故なり。土は的の如し。木の土をとをる時、土五つにわれ、木は箭の如くしてとをるなり。我等が眼は木より生ず。耳は水より生ず。鼻は金より生ず。舌は火より生ず。身は土より生ずるなり。上の五行をもて五根の損ずるを知りて、病の有り様を知るべし。/ 又五根の損ずるは、五戒の破るる故なり。させる虚事をせぬ人も、あまりにすき物を好めば、舌損じ身に瘡(かさ)多し。させる物をば殺さねども、辛き物を多く食すれば眼損ず。是れを以て余の戒をも知るべし。
人目には五戒を持ちて貴き様なれども、食物に五戒を破りて三悪道の主となり、人には善を疑はせ、我は仏法を恨む。此の比の世間の人、大旨是れに似たり。戒を習はんと思はん者、能く能く我が身を知るべきなり。春七十二日は木勝つ故に、我が身に瘡出でて身かゆし。夏七十二日は火勝つ故に、我が身熱して汗たる。秋七十二日は風勝つ故に、我が身すさまじく秋風に身損す。冬七十二日は水勝つ故に、我が身寒くつめたし。四季の土用には土勝つ故に、我が身ふとる。又我が身の肉は土、骨の汁は水、血は火、皮は風、筋毛は木なり。又臍より下は土、臍より上胸さきまでは水、胸さきより上喉までは火、喉より口までは風と金となり、口より上頂までは木と空となり、是れも五戒なるべし。/ 又三千世界も五戒を以て作れるなり。火と空とは我が頭と腰となり、大海は腹なり。春と夏とは脇なり。秋と冬とは背なり。大骨の十二は十二月なり。少骨の三百六十は三百六十日なり。口の気は空の風なり、鼻の気は谷の風なり、身の毛孔の風は家の風なり。右の眼は月、左の眼は日なり。髪は星なり、眉は北斗なり。血脈は江河なり、骨は玉石なり、身の毛は草木なり。我が身より一切の人間、乃至依報の国土まで五戒を以て作れるなり。
故に世間に物を殺す事多ければ、東の木星と変じて彗星と成りて空に出づ。此の時春の草木おひとどまる。又此の星人間に下りて、人の眼より入りて眼の病となる。世間に偽り多ければ、中央の土、星と変じて彗星と成りて空に出づ。此の時大地やせて石となる故に草木おひず。又此の星下りて人の口を病ましむ。世間に盗人多ければ、西の金、星と変じて彗星と成りて、空に出づる時秋の菓すくなし。又此の星下りて人の鼻に入りて病となり、戦あて世の乱れとなる。世間に酒をのむ者多ければ、南の火、星と変じて彗星と成りて空に出づ。此の時旱魃有りて草木かるる。又此の星人身の内に入りて疫病世に多し。世間に邪淫多ければ、北の水、星と変じて彗星と成りて空に出づる時、大水世間に行き、此の星人の耳より入りて身のひゆる病となれり。五戒破れて世間の五穀損ずれば、身の五臓もよはく成り、五神も栖を失ふ。此の故に五つの鬼神身に入りて人の心をくるはすなり。日月の光も失せて天地の禍ひとなり、後生には五戒の大地破るる故に三悪道を栖とす。臨終には顛倒して只此の事にあえり。/ 上の五戒は名目は提謂経に出でたりといへども、意は止観・真言の道理を以て書けるなり。
善導の釈にも仁・義・礼・智・信、地・水・火・風・空の名計りは挙げたりといへども、其の義理なし。又浄土宗の学者も知ることあたはず。是れ体に知らずと云ふとも、浄土に生まれなんや。わずかの小善成仏と申すは是れ体に候なり。浄土宗の学者、伝教大師の釈を引けども、末法には持戒の者なしと云ふ釈の意を知らずして、人々を迷はす法門なり。恐るべし恐るべし。/ 次に定の法門の事。夫れ定と申すは多くの定ありといへども、先づ出入の気を知るべし。静かなる処に居して、左の足を右の股にかけ、右の足を左の股にかけ、左右の手を合はせてこぶしをにぎれ。大指をにぎりこめよ。口を合はせて鼻より気を入れ、口より気を出だせ。口の気はあたたかにかろし。火と風との故なり。鼻の気はおもくつめたし。土と金との故なり。出入の気は諍はずして出だし入れよ。出入の気さはがしくば、我が身に病有りと知るべし。譬へば煙の清濁を見て薪の生乾を知るが如し。/   春 〈仁 肝 慈を以て義と為す 不殺生戒 眼木青酸木の山雨の味酢し。歳星東に出づ。眼の病あり〉/   夏 〈信 心 乱れざるを本と為す 不飲酒戒 舌火赤苦火の山雨の味苦し。惑星南に出づ。舌の病あり〉
土用〈智 脾 偽らざるを義と為す 不妄語戒 身意土黄甘土の山雨の味甘し。鎮星中に出づ。身の病あり〉/   秋 〈義 肺 理を以て義と為す 不偸盗戒 鼻金白辛金の山雨の味辛し。太白星西に出づ。鼻の病あり〉/   冬 〈礼 腎 敬ふを以て本と為す 不邪淫戒 耳水黒鹹雪の山雨の味鹹し。辰星北に出づ。耳の病あり〉/ 木より火生じ、火より土生じ、土より金生じ、金より水生ず。木の敵は金、金の敵は火、火の敵は水、水の敵は土、土の敵は木なり。/   土 水 火 金 木  五行なり/   地 水 火 風 空  五大なり/   黄 黒 赤 白 青  五色なり/   意 耳 舌 鼻 眼  五根なり/   □ ○ △    五輪なり/ 雨の五味の次第の事。東方の雨はすし。不殺生戒、青・眼・春・草木。南方の雨は苦し。不飲酒戒、赤・舌・夏・火。中央の雨は甘し。不妄語戒、黄・意・土用・大地。西方の雨は辛し。不偸盗戒、白・鼻・秋・風・金。北方の雨は鹹し。不邪淫戒、黒・耳・冬・大海・江河。
五山は即ち五戒なる事。東は木の山、不殺生戒。南は火の山、不飲酒戒。中央は土の山、不妄語戒。西は金の山、不偸盗戒。北は雪の山、不邪淫戒なり。/ 五常は即ち五戒なる事。仁と云ふは人を憐れみ、生を慈しみ、物を育くむ心なり。義と云ふは事の謂はれを違へず、邪なる事をなさず、万事に理を失はざる是れなり。礼と云ふは父を敬ひ、母を敬ひ、天道仏神を貴び、ないがしろにせざるを云ふなり。智と云ふは万事の有り様をよく知りて、善事悪事を弁へ、作すまじき事をなさず、作すべき事をなす是れなり。信と云ふは事に於て誠を致し、僻事をなさず、心の底に思ひ解くる是れなり。又仁は不殺生戒、物を憐れむ故に物の命を断たざるなり。義は不偸盗戒、万の理を失はざる故に、人の物を主に知らせずして我が物とせず、又押しても取らざるなり。礼は不邪淫戒、淫は必ず礼を破る。愛心あればさるまじき人なれども、邪なる振舞ひをなす。是れを守れば上下濫れず、行法もただしきなり。智は不妄語戒、物の有り様を知りぬれば妄語せず。信は不飲酒戒なり。心狂乱せず、即ち信あり。酒は人の心を乱す故なり。/ 私に云く、此の五戒は仏いまだ出世し給はざる時は、外道等も之れを持ちて、天上に生ずと教ふるなり。但し持犯計りを沙汰して、其の上に仏法を聞かんことをば知らざるなり。
仏世に出で給ひて此の五戒を持ちて人身を受けて、其の上に仏法を聞いて悟りを開くと説き給ふなり。然れば此の五戒に様々の功徳を備へて、戒として摂せずと云ふことなしと説き給ふ。此の五戒を根本として大乗の諸戒も具足するなり。故に此の五戒をば具足根本業清浄戒と名づくるなり。此の五戒若し破れつれば一切の諸戒皆破る。五戒は破るといへども、大乗戒は持ちたりと云ふ事は之れ無し。根本戒と名づくるは此の故なり。/ 三乗の賢聖も、大小倶に此の戒を持つ故なり。仏も此の戒を持ち給ひて、人中には出で給ふなり。若し此の戒なくば、浄飯王宮に生まれて菩薩と云はれて、六年苦行して仏となり、大丈夫の身と云はれ給ふ事有るまじ。一切衆生も五戒に依らずと云ふことなし。魚に五つのひれあり。是れ即ち五戒の体なり。馬に四支有りて又一頭あり。是れ五戒の体なり。之れに準じて一切衆生を知んぬべし。三悪道の衆生も知んぬ、五戒の体なりと云ふことを。戒は破るれども戒体は失せずと云ふことをば、是れを以て意得べき事なり。破戒と失戒とのかはりめをば、此等にて思ひ合はすべし云云。/ 倩(つらつら)事の情を案ずるに、山川・渓谷・大海・江河・土地・草木一切何物か五戒の体に非ずと云ふことなし。委しくは提謂経を見るべし。
地獄の衆生も五戒を持つ、餓鬼の衆生も五戒を持つ乃至云云。地獄等の衆生の持つ所の不殺生戒も、仏・菩薩の持つ所の不殺生戒も、但不殺生戒は同じことなり。但し所持の法はかはりめなけれども、能持の人には差別あり。故に沈浮も有るなり。然れども戒体に於ては只何れも一なり。爰を以て一業とは云ふなり。是れ体の謂れをば、法華経ならではえいはぬ事なり。法華経の開会の法門と申すは、此の五戒を開会するなり。経文委しく見るべし云云。/ 鶏が子をはごくみ、烏が子をかなしむまでも皆五戒の謂れなり。五戒と云ふは仏因なり。然ればかかる畜生までも仏法を行ずるにて侍るなり。恵遠法師が螻蟻をも超えずと云ひけん事も理なり。畜生云云、修羅云云、天云云、声聞云云、縁覚云云、菩薩云云、仏云云、天竺の人云云、唐土の人云云、日本の人云云。文に云く「他我に色を恵む、与へざれば取らず。此の色の上に於て仁・譲・貞・信・明等の五戒十善を起こすは人天の四運なり」。余色と云ふは九界の身なり。余塵と云ふは九界の財物資生の具なり。余界と云ふは九界なり。「他我に色を恵む、与へざれば取らず」と云ふは人界の事なり。是れ則ち五戒なり。
提謂経に云く「五戒は天地の根本、衆霊の源なり。天之れを持ちて陰陽を和し、地之れを持ちて万物を生ず。万物の母、万神の父、大道の元、泥の本なり」。/ 蓮長
◆ 色心二法抄 〔C5・寛元二年九月一七日〕/ 先づ、止観・真言に付きて此の旨を能く能く意得べきなり。先づ此の旨を意得ば、大慈悲心・菩提心を意得べし。其の故如何となれば、世間の事を案ずるも、猶心をしづめざれば意得難し。何に況や、仏教の道、生死の二法を覚らんことは、道心を発さずんば協ふべからず。/ 道心とは、無始より不思議の妙法蓮華経の色心、五輪・五仏の身を持ちながら迷ひける事の悲しきなり。如何にしても此の旨を能く能く尋ぬべきなり。三世の諸仏も世に出でましましては、先づ如何にしても此の理を説き知らせばやと思し食す。又大日如来も是れを一大事と思し食して、五輪・五仏の旨を説き、即身成仏の理を顕はし給ふ。されば釈迦如来も大日如来も強ちに歎き思し食しける事は、中々一切衆生の迷ひの凡夫、妙法蓮華経の色心をも離れ五戒・五智・五仏の正体をも隔てずば、あながちに仏も歎き思し食すまじきを、妙法蓮華経の色心を持ちながら、五戒・五智・五仏の正体に無始より迷ひける事を歎き思し食しけるなり。されば如何にしても、迷ひの時も悟りの仏にてありけるぞと、此の旨を能く能く意得べきなり。/ 諸法多しと雖も十界に過ぐべからず。十界とは、一に地獄、二に餓鬼、三に畜生、四に阿修羅、五に人、六に天、七に声聞、八に縁覚、九に菩薩、十に仏なり。
此の十界は東西南北中央の五方天地には過ぐべからず。此の中に十界の理が三世にしつらはれて有るなり。此の十界は迷ひの十界、悟りの十界とて二法有ること無し。故に此の十界皆悟らざる時も妙法蓮華経の色心にて有りけるなり。所以は何ん、地獄の衆生も皆五根五臓を以て造る。其の五根五臓とは、眼根は東方、大円鏡智、阿仏なり。耳根は北方、成所作智、釈迦如来なり。鼻根は西方、妙観察智、阿弥陀如来なり。舌根は南方、平等性智、宝性仏なり。身根は中央、法界体性智、大日如来なり。是れ又東西南北中央の五方、是れ又五戒なり。眼は不殺生戒、耳は不邪淫戒、鼻は不偸盗戒、舌は不飲酒戒、口は不妄語戒なり。又此の五根は五行なり。眼は木、耳は水、鼻は金、舌は火、身は土なり。又是れ五色なり。眼は青色、耳は黒色、鼻は白色、舌は赤色、身は黄色なり。又是れ五竜なり。眼は青竜、耳は黒竜、鼻は白竜、舌は赤竜、身は黄竜なり。又是れ五常なり。眼は仁の徳、耳は礼の徳、鼻は義の徳、舌は智の徳、身は信の徳。故に此れ仁義礼智信とて五つの振舞ひなり。又是れ五臓なり。眼は肝臓、耳は腎臓、鼻は肺臓、舌は心臓、身は脾臓なり。又是の五臓に五の神あり。魂・志・魄・意・神是れなり。此の五つの神は天の五星、地の五岳、束ねて五神は五智の如来なり。
迷へる凡夫の身中にしては五つの神と云はれ、此の五つを五智の如来なりと悟れば五仏果徳の仏なり。/ 爰に知んぬ、地獄の依報正報が皆五智五仏の正体なりと云ふことを。地獄の大地は中央、法界体性智、大日如来の土なり。地獄の薪は東方、大円鏡智、阿仏の木なり。地獄の炎は南方、平等性智、宝性仏の火なり。地獄の釜は西方、妙観察智、阿弥陀仏の金なり。地獄の水は北方、成所作智、釈迦如来の水なり。此の如く五行は五仏の正体なる故に、既に地獄も五仏の正体なり。故に妙楽大師曰く「阿鼻の依正は全く極聖の自身に処し、毘盧の身土は凡下の一念を逾えず」云云。是れを以て思ふに、地獄は遠くもなかりけるなり。衆生の五智・五仏の正体を地獄とは名づくるなり。故に釈に曰く「迷へば則ち三道の流転、悟れば則ち果中の勝用なり」。地獄の一道を以て余道をも意得べし。仏は九界に遍す。九界は全く仏界の色心なり。此の理をしらずして無始より迷ひける事よ。/ 但し此の身は何よりか生ぜる。東西南北中央の五方、天地・陰陽・日月・五星より生ぜり。彼の天地・陰陽・日月・五星は又何よりか生ぜる。彼の法は万法能生の体にして、過去にも生ぜず、未来にも生ぜず、故に三世常住なり。
東西南北中央の五方、日月五星は始まりたる体にあらざれば、又我が身も不生の身なり。法界も不生の体なり。我が母も天地・陰陽・日月・五星・法界の体なるが故に、我も亦法界の体なり。故に生ぜる母もなく、又生ぜられたる我もなし。何を以ての故に、我が母も始めて法界の体をば生ずべからず。倶に法界の体なるが故に。竜樹菩薩云く「諸法は自よりも生ぜず、亦他よりも生ぜず、又共しても生ぜず、無因にしても生ぜず」。唯法界不生の体にして不可思議不可得なり。/ 但し生といひ、死と云ふ。諸法は天地陰陽に過ぐべからず。天の陽気、地の陰気、且く相合する時を生と云ふ。天地の二気本有に還る処を死と云ふ。故に止観八に云く「天地の二気交合して各五行有り」。故に知んぬ、天地の二の気と云ふは我が父母なり。父は天なり、母は地なり。此の天地の父母和合して五色を生ぜり。其の五色とは、則ち五方、五星、五仏、五戒、日月衆星の体なり。夫れが頭身手足等の六分の形を顕はす。骨は是れを以てささへ、髄は是れを以て長じ、筋は是れを以てぬひ、脈は是れを以て通じ、血は是れを以て湿し、肉は是れを以て裹み、皮は是れを以て覆ふ。/ 然るに我が身をささへたる骨は北方釈迦如来なり。我が身をぬへる筋は東方阿如来なり。我が身を湿せる血は南方宝性如来なり。我が身を裹める肉は中央大日如来なり。我が身を覆へる皮は西方阿弥陀如来なり。
然るに骨のあまりは歯となり、肉の余りは舌となり、筋の余りは爪となり、血の余りは髪となる。総じて一期の果報、四大・五陰・十二入・十八界具足して成就せり。乃至此の身に天地一切の諸法を備へて、万事にかたどれり。故に弘決の六に云く「頭の円なるは天なり。足の方なるは地なり。身の中の空なる種は則ち是れ虚空なり。腹の中の熱きは春夏なり。背の剛きは秋冬なり。四体は四季なり。大骨の十二は十二月、小骨の三百六十は一年の三百六十日なり。鼻の気の出入は山谷の風なり。口の気の出入は虚空の中の風なり。目の二つは日月なり。目を開くは昼なり。目を閉づるは夜なり。髪は空の星なり。眉は北斗なり。血脈は江河なり。骨は石瓦なり。肉は地なり。毛は大地の上に生ひたる草木なり。五臓は天に在りては五星と云はれ、地に在りては五岳と云はれ、陰陽に在りては五行と云はれ、世に在りては五常と云はれ、内に在りては五神と云はる」。爰に知んぬ。既に一年・十二月・三百六十日、東西南北中央の五方、天地陰陽を以て此の身を造作せりと云ふことを。/ 但し生と云ひけるは来たる日月を云ひ、死と云ひけるは過ぎ行く日月を以てす。然りと雖も天も改まらず、地も改まらず。東西南北中央の五方、日月五星も替はること無し。
然るに天地冥合して有情非情の五色とあらはるる処を生と云ひ、五色の色還りて本有無相の理に帰する処を死とは云ふなり。都(すべ)て一代聖教顕密の旨殊なりといへども、生死の二法、色心の二法、是れ大事にてあるなり。此の生死、六道・四生・二十五有に廻りて輪廻今に絶えず。然るに仏は此の生死を離るるを以て仏と云ふ。此の生死に遷り迷ふを以て凡夫と云ふなり。此の生死を能く能く意得べきなり。/ 止観の五に云く「無明の痴惑は本是れ法性なり。痴迷を以ての故に法性変じて無明と作り、諸の顛倒の善不善等を起こす。寒来たりて水を結べば変じて堅氷と作るが如く、又眠り来たりて心を変じて種々の夢有るが如し。今当に諸の顛倒は即ち是れ法性にして、一ならず異ならずと体すべし。顛倒起滅すと雖も旋火輪の如し。顛倒の起滅を信ぜず、唯、此の心但是れ法性なりと信ぜよ。起は是れ法性の起、滅は是れ法性の滅なり。其れを体するに実に起滅せざるを妄りに起滅すと謂へり。只妄想を指すに悉く是れ法性なり。法性を以て法性に繋け。法性を以て法性を念ず。常に是れ法性にして法性ならざる時無し。体達すること既に成ずれば妄想を得ず、亦法性を得ず。源に還り本に反れば法界倶に寂なり。是れを名づけて止と為す」云云。
明らかに知んぬ。此の釈の意は無始輪廻の生死の法は悟りの境界なりと釈せり。法性の故に生死ありけるなり。故に弘決の一に云く「理性有るを以ての故に、故に生死有り。生死は理を用ゐる。生死は即ち是れ理なりと知らず。故に日に用ゐて知らざると名づく」云云。此の釈の意は我等がいとひ悲しめる生死は、法身常住の妙理にて有りけるなり。此の旨を能く能く悟るべし。/ 譬へば我等が生死と云へるは過ぎ行く日月に付きて生死は有るなり。されば此の日月は生死の本体にて有るなり。此の日月に付きて、東西をも弁へ、昨日今日をも分別し、又十二時をも分かち、三十日を一月とし、十二月を一年とする事も、世間の事に於て前後をも乱さず、理をも失はず。月日の過ぎ去るに付きて、残の命幾くならずと云ふ事をも知るなり。明らかに知んぬ。十界の衆生の依正二報の生死は唯此の日月よりをこるなり。又是れ金胎両部の全体本迹二門の実理なり。此の実理の故に生死は有りけるなり。此の日月の本体の故に有りける生死なるが故に、弘決の一に「仏なる故に生死あり」と釈し給ふなり。止観に云く「起は是れ法性の起、滅は是れ法性の滅」と釈し給ひしも唯此の意なるへし。故に一年十二月は十二因縁の生死なり。正月の生の位より十二月の老死滅の位に至る。
又此の滅の位より生の種をついで、十界の因果三世に改まらずして、十界の生死は過ぎ行く日月にて有るなり。/ 又我等衆生の身のみならず、草木も皆此の日月の明け暮れ生死にうつされて、我等と倶に生々死々するなり。譬へば生ずるは心法なり。滅するは色法なり。色心の二法が不二なりと云ふは、譬へばもみを種におろすに、もみは去年の菓なれば心法なり。此の心法を今年種に下ろすに此の種子苗と成る。心、色と成るが故に心法の形見えず、但色法のみなり。然りと雖も此の色法の全体は心法なる故に、日月の過ぎ行くに随ひて生長するなり。故に色心不二なり。色心不二なりといへども、又而二なり。此の色法の苗の中より、秋に至りて又本の心法を生ずるなり。故に不二にして而二なり。/ 是の如く十界の依正、色心の二法、一法二義の理にして、生死常住の故に三世に改まることなし。哀れなる哉、生死の無常を厭ひ悲しみ、身の常住の生死をしらずして厭ひ居る事よ。此の理を知らずして、或は此の生死を厭ひて生死なき浄土をもとめ、或は又此の理をしらずして、生死は虚妄の物なりと観ずる人も之れ有り。悲しむべし悲しむべし。
唯生とは心法なり。滅とは色法なり。故に生死の二法は色心の二法にて有りけるなり。是れ即ち真言・止観の観法、出離生死の頓証なり。道場所得の妙悟、妙覚朗然の知見なり。最後臨終の時は此の理を思し食し定むべし。/ 寛元二年〈甲辰〉九月十七日。
◆ 師子頬王抄 〔C9・寛元四年〕/ 五天竺の内、中天竺摩訶提国、師子頬王の太子四人在す。浄飯王、斛飯王、白飯王、甘露味繞王なり。善覚長者にむすめ八人有り。四人の王に二人づつ合(めあは)す。第一第八は浄飯王の后なり。第八摩耶夫人は太子御誕生ありて七日に死なせ給ふ。死するには故有りて死するなり。一には悦び極まりぬれば死す。二には金剛をはらむ故に死す。故に太子は驕曇弥にそだてらる。一にはおば(姨母)、二にはまま母、三には養母にて有(おは)しぬ。されば三徳を蒙る。苦行六年の間、一日に麦一つ、胡麻一つを食し給ひき。王宮よりしては五人の御弟子あり。所謂 拘隣・・跋提・迦葉・拘利太子。此の内三人は落ちぬ。楽行六年の間には、五人の内二人あり、又落ちぬ。/ さて仏成道の時参りて有りし時、此の五人の為に阿含経を説き給ひき。是れ皆仏にしたしき人々なり。舎利弗は仏より已前に死す。迦葉は仏滅後二十年が間、小乗経を弘通して死す。其の後二十年の間、阿難小乗を弘通せしなり。観経等を持ちて死せしなり。商那和修小乗を二十年弘通して死す。多二十年弘通して死す。提多迦二十年弘通して死す。已上一百年一向小乗なり。
弥遮迦・脇比丘より四百年に至り、粗権大乗の義を云ふといへども明らかならず。月夜に知りたる人に向かうが如し。
◆ 尭舜禹王抄 〔C9・宝治元年〕/ 第四尭王、太子丹朱を棄て、瞽叟が子重華を召して位を継がす。所以は尭王、禹と云ふ大臣を召して位を継がすべき者やある、と問ひ給ふに、答へて云く重華と云ふ者あり。父はかたくな(頑)なり。母はままひすらこし。弟の象と云ふ者はおごれり。然りと雖も父をも母をも弟をもあだまず。母、瞽叟に語りて云く、重華我をなぶると云ひて、瞽叟にかく(斯)してみするに、時に母むねにはち(蜂)をつつみて是れをとれと云ふ。重華是れをとる。瞽叟是れを見て実になぶると思ひけり。然る間毒をのまするに死せず。家の上にのぼせて火をつけて焼くに、唐笠を以てとびて死せず。又井を掘すに銭を土につけて出だす。銭尽きて掘うづみぬ。重華よこ穴をほりて死せず。さて父母を離れて山に入り、木をこり市にうりけるに、弟の象めくらに成りて市を乞食す。重華是れをみて銭をとらす。日数をへてのち、父母、弟の象と三人共に目つぶれて、又件の市を乞食す。重華薪をうりけるが、是れをみて父の瞽叟をひざにかきのせて泣けり。其の涙落ちて父の眼に入りて、忽ちに目あきぬ。さて三人共に山に入りてすぐる程に、有時尭王、禹を召して位を継がすべき者や有ると御尋ねあり。禹答へ申す。重華と云ふ賢人有りと。
尭王、太子丹朱を棄て重華を召して位をつがする。第五の舜王是れなり。又舜王、太子商均を棄て民に位を継がす。夏の禹王是れなり。/ 孔子の弟子に曾参(そうしん)と云ふ者あり。孔子の使ひに西国へ行くに三の道有り。一は山道、二は海道、三は勝母道と云ふ。三が中の勝母と云ふ道は直道(すぐぢ)なり。山道は師子・虎・狼多し。此の道は卯の時に入りて酉の時に出づる道なり。然るに曾参がつれ十人あり。九人が云く、直道なれば勝母を行かんとて是れにかかる。曾参が云く、母にかつと云ふ道なれば行かじとて、一人山道にかかりぬ。然るに九人は勝母にかかりて夜打ちに打たれて死しぬ。人来たりて曾参が母に語る。曾参は夜打ちにうたれて死したりと告ぐ。母驚かずして云ひけるは、曾参は仁・義・礼・智・信を先とする者なれば、故なくしては死(ころさ)るべからず。其の故は曾参は五の徳あり。一には山に入りて木をきりけるに、木に頭を打たせて是れをやみしに、父母日夜是れを歎く。己れがなやみの苦をねう(忍)じ、父母の心をやすめんが為にをきて、琴を引きて父母の心をやすめき。二には梟鳥が家の内に巣をくひしを見て、梟と云ふ鳥は母をくらふ。梟は土を子とすと云ふ。破鏡と云ふ鳥は生まれて七日と云ふに父を食す。破鏡は菓を子とすと聞く。然れば不孝なり。されば此の家を去り給へと云ひしを聞いて、鳥去りにき。
三には隣に母を打つものありしかば、をぢをそれて栖をさる。此の如き五の孝あり。孝養の者なれば争でか天も捨て給ふべき。よも死なずと云へり。違はずして死せざりき云云。
◆ 諸願成就抄 〔C9・建長元年〕/ 第一に昔釈迦菩薩いまだ凡夫なりし時、尸毘王として檀波羅蜜を行じ給ひし時、深く衆生をあはれみ給ふ事父母の子を思ふ如く、衆生に万法を施し、其の心清浄にして一塵も惜む心なし。爰に帝釈、其の性を試みんが為に、毘首羯磨天を相語らひて互ひに変化す。羯磨天は鳩と成りて王の懐ににげいる。帝釈は鷹と成りて尸毘王の前に飛下り、鷹、王に奏して言さく、今日の食たる一つの鳩を追ひにがす。王の懐の内にかくし入れたり。返し給はらんと。王答へて曰く、我一切衆生をあはれむ。衆生に於て偏頗なく慈悲を以て先と為し、檀度を以て行と為し、檀戒の行を志し、生ある者を殺さず、敢へて与へじと。鷹重ねて言く、我は衆生にあらずや。今日食は定まれる者なり。既に自らの食を奪れて、飢ゑん事いかがせん。慈悲平等の勤行ならば、王争でか我が飢ゑをも憐れみ給はざらんや。爾の時に尸毘王、誠に慈悲深くして鳩の命をも相助け、鷹の飢ゑをも息(やすめ)んと、自ら股の肉を切割きて以て鷹にあたふ。鷹重ねて言く、王の股の肉僅かに最小なり。鳩の分にあたはず。同じくは等分に与へ給へと。爾の時に尸毘王、秤を以て校重し、鳩と肉とを懸け合はするに、不思議に鳩は猶重く、肉は殊に軽し。
又左右の股の肉を加ふ。猶鳩の分量に及ばず。又肘(かひな)の肉を切りそふ、猶以て及ばず。又背(そびら)の肉を切り懸るに猶以て其の分にあたはず。総じて一身の肉を切り加ふるに、肉軽くして鳩の分量にあたはず。其の時鷹、尸毘王を責めて言く、御身の肉既に尽くれども終に鳩の分量にあたはず。今は只本の鳩を返し給はらんと。王答へて曰く、我既に立所に死すとも鳩を返すべからず。自らの一身を与へて以て秤にかけられんとし給ふに、筋たえ力尽きはてて、倒(さかし)まにまろび地にふしぬ。時に王自ら身を責めて言く、今我が此の苦しみかろくして一塵よりも少なし。将来餓鬼道の苦患は、無量百千万億にして須弥山よりも多からん。何ぞ此の身をあながちに痛み惜しまんやと。倒れふしては起き上り、ころび倒れては又秤にとりつく。其の心、塵計りも終に悔る思ひなし。/ 其の時、大地大いに震動し、天より種々の花雨りて諸天忽ちに影向し、檀施の功徳を讃歎す。鷹は本の帝釈となり、鳩は毘首羯磨と顕はる。帝釈問うて言く、今此の疵苦しく後悔多きや否やと。王答へて云く、更に悔ゆる心なし。都(すべ)て苦しみ痛む思ひなし。帝釈又云く、其の証拠未だ顕はれず、豈に信ずることを得べけんや。王又答へて云く、若し是れ虚妄の説ならば、我が身の疵癒える義なからん。若し実の誓ひならば是れ即ち平癒せんと。
此の誓ひを致す時、王の疵、忽ちに平復し、速やかに本身の如く成り給ふ。是れを釈迦菩薩の昔の檀波羅蜜とは云ふなり。/ 第二、昔国王あり。須陀摩王と名づく。又は普明王と云ふ。戒波羅蜜の故に敢へて一生妄語せず。或時城の外に遊覧の為、車に乗りて門を出づるに、乞食の沙門出で来て普明に奏して云く、我飢渇に責められて命奪はれ助かるべからず。施戒平等の大王、悲田の我に施し給へ。王直に言く、我既に宮を出づ。帰りて汝に施行せんと告げ畢りて出で給ふ。遥かなる園林に心を楽しめて遊戯するに、鹿足王空より飛び来たり、普明王を直に召し取り、七重の籠にをしこめ、本より召し取る処の九百九十九の王の中にこめをく。既に一千人に満足しぬ。皆一度に召し出し首切らんとす。中に普明一人殊に悲歎し涙を流す事雨の如し。鹿足、普明に対して曰く、汝刹利姓の者なり。何ぞ愚かにひとり命を惜しまんや。普明答へて曰く、全く我が命を惜しまず、只偏に戒門を守るなりとて、具に上の事を宣べ、尸羅波羅蜜を修行して生まれてより以来敢へて一言も妄語せず。然るに今日城を出づる時、一人の沙門に対して帰りて汝に施行せんと告げ畢んぬ。
今不慮にとらはれて汝が為に死されなん。我徒らに命を没して、施願を満ぜざらん事を悔ゆ。全く命を惜む事なし、只虚妄の罪を歎くなり。鹿足王是れを感悦して、汝実に然らば今七日の暇を免すべしと。普明大いに悦びて再び王宮に立ち帰りて、百千万億人を催して乞食の沙門を集めて、自ら宝蔵を開き七宝を施行す。檀波羅蜜の志(こころざし)懈ること無し。其の後太子に国を譲り位を与へて、七日畢りて既に鹿足の処へ趣く。爰に太子婦人を初めて諸臣万民に至るまで、悲歎の余り袂に取りすがり、面々に涙を流して奏して曰く、我等兼ねてしらずして前に君を奪はれぬ。天命未だ尽きず、今又此に還りまします。官軍を一処に集め置き城をふせぎ、我等命を軽んじて王を守護し奉らんに、何の恐れかあるべき。哀れ願はくは大王安穏に住しましませと。爾の時に普明の云く、我正直の誓戒正しき故に、既に七日の寿命を延し得て、又本願をも成じぬ。更に生死を恐るる事なし。何ぞ天慮をもかへりみずして妄語をなさんや。正直は是れ上天に昇る橋なり。虚妄は終に三途に堕する因なりとて、更に承引せずして鹿足の所に至りぬ。/ 鹿足遥かに之れを見て、大いに称美賛歎す。実に汝虚妄なし。生あるものは命をおしむ、命は第一の宝なり。
汝は真実の善者なり。我豈に汝が功に劣らんや。汝は我が智識なり、汝を永く免すなりと、普明の正直を随喜して鹿足邪見を改め、早く正心に住して先罪を懴悔す。普明一人を免すのみならず、本の九百九十九人の諸王をも皆悉くゆるしぬ。其の時諸王大いに歓喜して普明を讃して言く、善哉善哉、普明王、一人の戒善に依りて一千人を相助け、又邪見の王を改めて菩提心に住せしむ。誠に我等が善友なりと。是れより一千人の諸王、共に修行して戒波羅蜜を持ち、菩提の道を願楽す。是れ釈迦菩薩の尸羅波羅蜜なり。/ 第三に、提波羅蜜と云ふは是れ天竺の語なり。唐には忍と云ふ。昔一りの仙人あり、其の名を忍辱と云ふ。独り林中に処して提波羅蜜を修行す。其の時の王を訶利大王と名づく。邪見熾盛にして放逸に、殊に殺生を先とす。爰に夫人采女を引具して倶に彼の園林に遊宴す。訶利王戯れ疲れて、暫く樹下に睡眠し給ふ。其の間に夫人采女等諸共に遥かに花に遊覧し、林の奥に尋ね入るに、一りの仙人の住処あり。皆彼の禅室に群集す。仙人此れが為に種々に教誡を宣ぶ。時に訶利王眠りさめて夫人采女を尋ぬるに無し。遥かに仙人の室に尋ね入る。王大いに瞋り、色を変じ、逆鱗し、刀を抜き馳せ入りて則ち仙人に向かひて云く、汝は是れ何者なるや。仙人答へて言く、我は忍辱仙人なり。
王又問うて云く、汝は何を以て業とするやと。忍波羅蜜を修行す。王又重ねて問ふ、汝欲界の煩悩を離れたるや。仙人答へて云く、未だ煩悩を尽くさず。王殊更に瞋りて云く、汝忍辱を修行せば一の臂を出だすべし。仙人左の臂を指出だす。王刀を以て切り落す。又問うて云く、汝何を行とするや。猶又答へて云く、忍波羅蜜を行とす。王又瞋りて右の臂を切り落す。乃至耳・鼻・手・足を切り落す。仙人手・足・耳・鼻皆切られ、血地に散ずるを王見給ひて瞋恚漸くさめぬ。仙人王に告ぐ、胴体猶残れり、何ぞ又切らざる。我今王の為に横に是の如く切られ、我一念も瞋らず、又恨むる心なし。願はくは此の結縁に依りて我即ち成仏せん時、済度利生の初めには先づ汝を利益せん。若し我妄語を誓はば、此の疵終に癒えじ。若し真実の願ならば自然に平復せんと、誓ひ畢んぬれば其の疵本の如く平癒す。是れ又釈迦菩薩の提波羅蜜なり。/ 第四に、毘梨耶波羅蜜とは是れ天竺の語なり。唐には精進と云ふ。一切の善行を致すに須臾刹那も懈怠無く、常に心を励まして勤行精進せしむる是れを勇猛精進とす。懈怠を治する功徳なり。念力暫くも息まず、是れを精進と名づく。所謂 火を切らんに暫くもやまば、火を得ること難からん。或は水を游ぐに暫くも手足をやすめば、渡る事又難からん。
昔波羅奈国に一りの太子有り、大施太子と名づく。宿善内にもよほし、道心堅固にして、外に慈悲を起こし、普く衆生を哀れむ。常に山野・江海に出で遊びて、殺生の業を相見て、弥(いよいよ)慈悲の志深し。然るに或は人の食の為に生たる羊の血をしぼり、或は畜食の為に生たる狗の皮をはぐ。此の如く苦労し放逸邪見のわざあり。太子諸の業人に問うて言く、此の如き殺罪は何等の為なるや。諸の業人答へて言く、偏に衣食資生の為なり。太子大いに悲泣し、王宮に立ち帰り、我所持の宝を普く人民に施す。太子の宝尽きて、王の宝を施さしむ。時に諸臣大いにさはいで是れを国王に奏聞す。其の時太子止め給はず。衆生の為に身をすて、竜宮城に趣く。我聞く海中に無上の宝あり、是れを如意珠と名づく。其の用万宝を雨し、衆生の楽を満足せしむと。我彼しこにて竜王に玉を請け取り、衆宝をあくまで衆生に施さんと。一りの神仙をかたらひ、五百余人を引率して、弘誓の船に取り乗り、念力の船師に身を任せて、命を軽し願を重し、多くの時節を送り、終に竜宮の辺に至れり。或は金沙の浜をゆき、或は銀山の峰を見る。青蓮の池の砌には青毒の霊蛇まとひ、珠の橋の本には玉竜あり。
太子一人進みて守門の竜衆に礼をなし、かけはしを渡りのぼり、霊楼の辺にたたずみ、善竜神に対して具に事を奏す。竜王大いに驚きて、誠に得通の者に非ずんば誰か此の海城に来たらんや。白女太子を請じ入れ、委しく志願を尋ね奉る。太子答へて曰く、我は是れ中天竺波羅奈国の王子なり。独り衆生を済度せんが為に、精進波羅蜜を修行す。行力此に通じて竜宮城に到れり。願はくは如意宝珠を賜はりて普く宝を衆生に施行せんと。竜王、太子の慈心を歓喜して、七日太子を留め置きもてなして、其の後宝珠を奉り、竜王神力を顕はして須臾に本土に還したてまつる。太子無価の玉を得て、衆宝を雨さんと誓ふ。/ 時に大海の諸竜驚動して竜王の前に群集し、大いに歎きて奏聞す。如意宝珠は是れ竜宮第一の宝なり。我等が貴宝なり。三千界の中にも是れに過ぎたる宝なし。何ぞ人中に留めんやと。此の宝を取らんとて、諸竜人に変化して太子の睡眠のひまを得て、終に如意宝珠を取り返し、本の竜殿に納め奉る。太子睡さめて玉を求むるに曾てなし。大いに驚きて則ち此の事を覚悟し、やすからぬ事に思ひて太子一人大海の辺に趣き、喚びて云く、諸の竜神慥かに聞け、大諂曲の竜王なり。只今玉を返さずんば、忽ちに大海の水を汲みて竜宮をあらはになすべきなりと。
其の時海神一度にさけび笑ひて、太子をあざけりて言く、金山は朽失するとも、大海はかはかしがたし。設ひ天地を心に任すとも、誰か大海をほさん。多塵劫をふるとも、何れの時にか尽きる期あるべき。若し此の国の海を移しては、又何れの海にか納むべき。多生曠劫を送るとも、豈に乾かす事あらんやと。然れども太子尚退屈の思ひ無くして重ねて言く、生死海尽くし難し、我今是れを尽さん。無明煩悩尽し難し、我亦是れを滅尽せん。無辺の衆生度し難し、我尚度せん。菩提の道得難し、我亦終に成就せん。況や有為の海水争でか尽くす義なからんや。骨肉の命は尽るとも、此の願力は懈らじとて、太子海のはたに立ち望み、蛤のからを手に持ちて独り大海をかへ給ふ。設ひ此の生に尽きずとも、生々世々に懈怠せじと。是の如く誓願して昼夜七日を経給へり。/ 爾の時に梵王・帝釈・自在天、彼の振舞ひを証覧し、其の願力を歓喜して、いざや力を合はせんとて、各下界にくだり給ふ。欲色二界の諸天も下りて、太子に与力して面々に海をかえ給ふ。三十三天・四天・毘沙門天を先として、迷盧八万の底に入り、大海の潮を汲み上げて遠く空中になげあぐ。諸天空にて受け取りて大鉄囲山の外にやる。
此の如く転々して人天倶にかえほす。大海の潮を半に滅し尽くし、竜宮もあらはなり。海神・竜神天を仰ぎ、竜王大いにさわいで、忽ちに宝珠を取り出し、再び太子に奉る。所願成就して、万宝を飽くまで衆生に施し給ふ。是れを釈迦菩薩の昔の精進波羅蜜と云ふなり。/ 第五に、禅波羅蜜と云ふは、昔坐禅入定の人あり。尚闍梨仙人と名づく。独り静室に入りて久しく禅定し、心身動ぜずして遥かに数日を送れり。飛鳥之れを見て株(くいぜ)の思ひをなす。時に鳥の雌雄飛び来たりて、彼の仙人の髻の中に栖をくひて、終に子をうみそだつ。其の時仙人定を出でて是れを思ふに、若し頭をふり身を動かさば、彼のかいこ(卵)地に落ちてくだけなん。又親鳥も来てあたためじと、是の如く思惟して、又本の定に入れり。其の後鳥の子、生長してつばさ生じ、四方に飛び去れり。是れを禅波羅蜜と申すなり。
◆ 十王讃歎抄 〔C9・建長六年〕/ 夫れ十王と云ふ事は、本地は皆是れ久成の如来、深位の薩にてありといへども、流転生死の凡夫を悲しみて、且く柔和忍辱の形を隠し、仮に極悪忿怒の姿を顕はして衆生の冥途に趣く時、中有冥闇の道に坐して初七日より百箇日、一周忌、終り第三年に至るまで、次第に是れを請け取りて、其の罪業の軽重を勘へて未来の生処を定め給ふ。是れを十王と名づけ奉る。凡そ菩提薩の利生区にして、互ひに勝劣なしといへども、此の御方便殊に以て神妙なり。其の故は此の如き糺明在さずんば、誰人か罪業を恐るべき。畏れずんば豈に生死解脱の道有らんや。/ 初七日は秦広王・本地不動明王なり。此の王へ詣る道の間に種々の苦患あり。先づ人一期の命尽きて死門に趣かんとする時、断末魔の苦とて八万四千の塵労門より色色の病起こりて、競ひ責むる事、百千の鉾剣を以て其の身を切り割くが如し。之れに依りて眼闇く成りて見たき者をも見得ず。舌の根すくんで云ひたき事をも云ひ得ざるなり。又荘厳論に「命尽き終る時は大黒闇を見て深岸に堕つるが如く、独り広野を逝きて伴侶有ること無し」と云ひて、正しく魂の去る時は目に黒闇を見て、高き処より底へ落ち入るが如くして終る。
さて死してゆく時、唯独り渺渺たる広き野原に迷ふ。此れを中有の旅と名づくるなり。されば路にゆかんとすれども求むべき資糧もなく、中間に住して止まらんとすれども止まるべき処もなし。前に行かんとすれども資糧なく、中に止まらんとすれば立ち寄るべき処もなし。又闇き事闇夜の星の如しと云ふ。只星の光を見て行程の闇さなれば、前後左右明らかならず。一人としてもそはず、是非を訪ふ人もなし。其の時の有り様思ひ遣るこそ心細く悲しけれ。娑婆恋しく妻子見たけれども、立ち帰るべき道ならねば弥々路遠くなる。行方覚えねば思ひ分かちたる道もなし。彼れに付き、此れに付き、身にそふ物とては悲しみの涙なり。此の如く何くを指すとも無くして行程に、途中にして獄卒の迎へを見る人もあり、又初七日の王の前にして初めて見る人もあり。此等は罪業の浅深と見えたり。/ 此の外又極悪極善には中有なし。極善の人は直に成仏す。極悪の者は直に悪趣に堕つ。此の善悪に中有之れ無し。只尋常の体にて若しは仏道修行に趣くといへども、其の法成就する程の行業もなさずして暮せる人に中有あり。今は此の如き人の相なり。
さても罪人冥冥として足に任せて行く程に、我のみ此の道に来るかと覚ゆるに、目にはさだかに見えねども、罪人いたみ叫ぶ声時々耳に聞こゆ。其の時胸さわぎ怖ろしきに又獄卒の声と覚しきも聞こゆ。こは如何せんと思ふ処に、程もなく羅刹の形を見る。今までは僅かに名をこそ聞きつるに、今親り此れを見る怖しさ云ふ計りなし。其の後は前後に付そひ、息をもくれず責めかくれば、心ならず行く程に死出の山にいたる。/ 此の山高くして又嶮し。いかがして越え行くべしとも覚えねども、獄卒どもに駆催されて泣く泣く山路にかかる。岩のかど剣の如くなれば、歩まんとすれども歩まれず。其の時獄卒、鉄棒を以て打ちさく、息もつづかず絶え入りぬ。さらば其のまま消えもせで、面かはりせずやがて活く。之れに依りて此の山を死出の山とは云ふなり。足のふみどころも覚えねば、嶮き坂に杖を求むれども与ふる人もなく、路の石に履を願へども、はかする人もなし。此の山の遠き事、八百里。嶮しき事、壁に向かへるが如し。嶺より下す嵐はげしく吹きて膚を徹し、骨髄に入る事剣の如し。此の如き種々の苦を受けて、泣く泣く死出の山路を越え過ぎて、始めて秦広王の御前に参る。/ 見れば無量の罪人等、種々に禁められて御前に並び居たり。
其の時大王罪人を御覧じて宣く、抑 汝等無始より已来幾度此処に来るぞ、其の数恒沙も譬へにあらず。汝知らずや、度ごとに地獄の業尽きて娑婆に還る時、鉄の棒を以て獄卒三杖後を打つ、人間に還りなば速やかに仏道修行して成仏すべし、重ねて此の悪趣に来る事なかれと、懃ろに云ひ含めしに、其の験もなく恣に罪業を造りて、片時の間に又来るなさけなさよ。而も娑婆世界は仏法流布の国なり。何ぞ仏道修行をなさずして、徒らに過ごして又来るやとのたまふ。其の時罪人申す様、仰せはさにて候へども、此の身もとより果報拙くして一文不通の身と生まれ候上、又在家の身にて候ひし間、左様の修行覚道は思ひもよらずしてまかり過ごして候。唯拙き果報こそうらめしく候へ。身の過ちは候はぬと覚え候と申す。/ 其の時大王大いに怒りて宣く、嗚呼(ああ)汝が理こそ更に立つまじけれ。其の故は在家の身なればとて、仏になるべき道を願ふに何の相違あるべきや。成仏に何の智恵才覚入るべきや。汝は後世と云ふ事を忘れて不当不善の心のみなるに依りて、又かかる処には来るなり。若し猶、子細あらば速やかに申し上げよとて睨み給へば、罪人理につめられて音もせず。
時に大王汝今まではばかるところもなく道理だてを申しつるに、などてや今返事をば申さぬとせめ給へば、勅定肝に銘じて泣くより外の事はなし。此の時我が心を恨み、千度百度悔ゆれども後悔先にたたず。故に後世を心に懸くべき事肝要なり。徒らに多くの月日を送り居て剰へ罪業を犯し、又三途の古郷に還りて、重ねて苦をうけん事更に誰をか恨まんや。哀れ哀れ信心を強盛に取り、即身成仏の開悟を成就せしめ給へ。さて此の王の御前にて善悪の軽重未だ定らざる時は、二七日の王へ遣はさるるなり。/ 二七日初江王・本地釈迦如来。此の王へ詣る道に一の大河あり、是れを三途河と名づく。此の河の広さ四十由旬なり。実には河と云ふべし。此の河に三の渡り之れ有り。故に三途河と云ふなり。上にある渡をば浅水瀬と名づく。此れは浅くして水膝を過ぎず、罪浅き者此れを渡るなり。中にある渡をば橋渡と名づく。此れは金銀七宝の橋なり。善人のみ此れを渡るなり。下にある渡をば強深瀬と名づく。此れをば悪人のみ渡るなり。此の渡り、流れ早き事矢を射るが如く、浪の高き事大山の如し。波の中に衆の毒蛇有りて罪人を責め食ふ。又上より大磐石流れ来て、罪人の五体を打ち摧く事微塵の如し。死すれば活きかへり、活きかへれば又摧く。
水の底に沈まんとすれば、大蛇口を開きて飲まんとす。浮かばんとすれば又鬼王夜叉弓を以て射る。此の如き大苦を受けて七日七夜を経て向かひの岸に着く。されば十王経には「二七日は亡人河を渡る」とあり。又引路牛頭は肩に棒をり、催行鬼は手を率き刃を擎(ささ)ぐ。引路牛頭は後より追ひ立て棒を以て打ち叩けば、催行鬼は岸の上に待ち受けて引き上ぐ。人間に於て絵にだにもかかじとこそ沙汰せしに、今前後に鬼どもの怖ろしさ、目もあてがたしと見ゆ。/ 又岸の上に大いなる木あり、此れは衣領樹と名づく。此の上に一の鬼あり、懸衣翁と名づく。又樹の下に一の鬼あり、懸衣嫗と名づく。此の鬼罪人の衣裳を剥ぎ取りて上なる鬼に渡せば、即ち請け取りて木の枝に此れを懸る。されば一切の罪人此の木の本に至れば、此の鬼睨みて衣裳ぬげと責む。其の時罪人但一重の衣なり。定めて十王の御前に参るべし、争でか此れを脱ぎ裸にて恥を曝すべき。願はくはゆるし給へとて手を合はす。其の時彼の鬼怒りて云く、汝愚かなり、此れにて惜しみたりとも只今猛火に焦すべし、早々脱ぐべしと責むれば、力無くぬいで泣く泣く三途河の嫗に与ふ。/ 哀れ哉、さても娑婆にありし時は七珍万宝を庫に積み、色色の衣裳四季に衣替へ、花やかに重ね著て、所従眷属に愛れ明かし暮してこそ過ぎにしが、冥途中有の旅に出でて苦を受くる身の習とて、一衣をだにも身にそへず。所従一人もつかずして迷ひ行くこそ悲しけれ。
されば後一条院崩御の後、或人の夢に見給ふ。「古郷にゆく人もがな告げやらん しらぬ山路に独り迷ふと」と詠じ在す。又皇極天皇と申す帝は、冥途にして信州の善佐(よしすけ)に逢ひ給ひて「わくらばに問ふ人あらば闇き道に 泣く泣く独り行くとこたへよ」と告げさせ給ひけるとかや。此等は一天の君、万乗の主にておはしければ、仮染の御幸にも百官前後に随ひ、雑色前を払ひてこそ御幸ありしに、黄泉の旅に出で給へば、御供一人もなかりけるこそ悲しけれ。さてもげにはかなかりける兼言かな。天にあらば比翼の鳥、地に栖まば連理の枝。火にも水にももろともにと浅からずこそ契りしに、生を隔つる習とて、かかる重苦に沈む時も夢にだにもえもしらず。鴛鴦の衾をかさねしも、亀鶴の契りを致せしも、只露の命のあるほどぞかし。/ さて初江王の庁庭に蹉づく。爾の時に大王罪人に向かひてのたまはく、汝在世の時何なる善根をか修し、何なる功徳をか作りたるぞ、速やかに申し上げよと宣ふ。時に罪人娑婆に於てげにげにしく造りたる善根なければ、只口を閉じて申し上げず。時に取りて悲しさ数限りもなし。いかにいかにと責め給へば、もしものがるる事かあるべきと思ひ、廃忘して覚えず候と申す。
其の時大王、然らば双幢の巻物と仰せあり。彼の巻物と申すは此の大王の左右に幢あり、壇荼幢と名づく。其の上に人頭有り、左をば大山府君幢と名づけ、右をば黒闇天女幢と名づく。左に在す神は一切の小罪までをも捨てず記し給ふ。右に在す神は一切の小善までも残さず。総じて是れを双幢と名づく。彼の人頭、人間の事を見る事、掌の中を見るが如し。亡人の一期の善悪を委しく注す故に此の巻物を奉る。大王是れを読み給へば、罪人此れを承りて我が身の振舞ひの恨めしさ、身を切りさく計りぞかし。其の時大王獄卒を召して、此の罪人早々地獄へ遣はすべしと宣へば、罪人余りの悲しさに泣く泣く申し上ぐる様は、御定の如く我が身には助かるべき功徳なけれども、娑婆に妻子眷属も候へば、我が為に追善を致すべく候。願はくは其の善根を待ち受け申さんほどに、大王の御前に召しをかれ候へと申せば、大王汝さ思ふらん、我慈悲を以て且く相待つベしと宣ふ。/ げに中にも此の王御慈悲深く在すらん。故は本地釈迦如来にて在せば一子平等の御慈悲なれば助けたくこそ思し食すらめ。譬へば父母の病子を思ふが如くこそ思し食すらめども、衆生の業力仏力に勝るといへば、業因感果の道理必然たれば、仏の御慈悲も叶ひ難き故に、忝くも大悲の御胸を焦し奉る。
我等不信無志の不孝の身となる事、悲しみても余り有り。されば懃ろに種々の法門を説いて万差の機を調へ、終に出世の本懐の法華経を説き給ひて、化一切衆生皆令入仏道なし給ひき。構へて構へて此の理を思ひ、成仏得道を期せんと思はば、時国相応の妙法の唱へをなし、以信得入し給ふベし。而るに信心疎かにして、三途に堕ちて重苦を受けん時悔ゆるとも益なかるべし。譬へば網にかかる鳥の高く飛ばざる事を悔ゆるが如くなるベし。/ さても罪人、妻子の追善今や今やと待つ処に、追善をこそせざらめ。還りて其の子共跡の財宝を論じて種々の罪業を致せば、罪人弥々苦をうく。哀れ娑婆にありし時は、妻子の為にこそ罪業を造りて、今かかるうきめを見るに、少しの苦を軽ふする程の善根をも送らざること、恨み限りなし。貯へ置きし財宝一だにも今の用にはたたざりけりと、一方ならぬ悲しさに泣きさけぶこそ哀れなれ。大王是れを御覧じて、汝が子共不孝の者なり。今は力及ばずとて地獄に堕さる。又追善をなし、逆謗救助の妙法を唱へ懸れば成仏するなり。然れば大王も歓喜し給ひ、罪人も喜ぶ事、限り無し。或は又指したるとぶらひもなく、跡にて罪業をもなさず、断罪定まらざる時は次の王へ送らるるなり。
三七日宗帝王・本地文殊師利菩薩なり。此の王の内裏に詣る道に一の関あり。此れを業関と名づくるなり。関守の鬼あり、其の形譬へを取るに物なし。頭に十六の角あり、面に十二の眼あり。此の眼を動かす時、光り出づる事電の如く、口より炎をふき出だすなり。罪人此の鬼を見て忽ちに神を失ふなり。此の時鬼且く目を閉じて罪人を静めて云く、汝知ずや、此処に関あり、早々関役を成すべしと。其の時罪人云く、娑婆に候ひし財宝をば息絶眼閉し時、皆悉く捨てはてて一として身にそへず。但一重著て候衣は三途河にて剥ぎとられて候ひぬ。今は見給ふ如く裸にて候へば何物を関役には出だすべき、然れば只通し給へと申す。其の時此の鬼目を開き大いに怒りて云く、此の関に来る程の罪人は物の命を殺し、人の物を盗み、或は押し取りの類なり。此の如き等の罪業をば皆手足を以て作るなり。汝が手足関役に出だすべしといひもあへず、罪人の手足をつぶつぶと切り取りて鉄の板の上に並べ置く。罪人此の時肝神消えぬ。又暫く有りて心出できぬ。業の悲しさは影の如くなる手足出来。自ら歩むともなく業風に吹かれ、兎角して宗帝王の御前に参り畏り、泣く泣く我が身の罪なき由を奏す。
其の時大王宣く、汝奸曲の者なり。罪業なくば此の道に来るべからず。来ながら過なき由を申すとも、争でか其の隠れ有るべきや。所詮 汝一期の間の造りし罪業をば倶生神悉く之れを記す。具に読みて聞かすべしとて大王自ら読み上げ給ふ。御音大いに高くして雷の鳴懸るが如し。罪人之れを聞いて肝神も失せぬ。然るに娑婆にて作りし罪業、殺・盗・淫・妄等の四重八重の重悪罪の、又人にもしらせず、心中に埋み置く処の悪業等、一一に毛さき程も隠れなく委細に読み聞かせ給へば、罪人是れを承りて兎角の言なくして只涙に咽びけるが、今如何にしてかのがるべきと思ひて申し上ぐる様は、身の罪業は御札の面に隠れなく顕はれて候上は、争ひ申すべきにあらず。去りながら娑婆に子供もあまた候間、其の中に若しも孝子有りて定めて善根を送るべく候。偏に大王の御慈悲にて且く御待ち候へと歎き申せば、大王面には瞋り給へども内には御慈悲深き故に、汝が罪業一一に隠れ無き上は、地獄に堕すべけれども先々待つべしと宣ふ。然れば罪人の喜び限り無し。此の如く待ち給ふに孝子善根をなせば、亡者罪人なれども地獄をまぬがるるなり。されば大王も追善を随喜し給ひて、汝には似ざる子供とて、褒美讃歎し給ふなり。或は又断罪決定せざれば次の王に送らるるなり。
四七日五官王本地・普賢菩薩なり。此の王へ参る道に大なる江あり、此れを業江と名づく。広さ五百里なり。其の水波静かにして熱き事熱湯の如し。臭き事四十里の伊蘭も譬へとするに足らず。罪人此の江を渡らじとすま(争)へば、獄卒棒を以て推し入る。力及ばずして渡れば、身体忽ちに乱れて苦しみ限りなし。又鉄のくちばしある毒虫、多く集まりて罪人の身に付きて吸ひ食ふなり。此の如く七日七夜の大苦悩を受けて五官王の御前に参る。/ 罪人大王を拝し奉り歎き申す様、是れまで参る道すがらの大苦悩身心消えはて候。娑婆にての罪業此れ程までとは覚えず候と申す。時に大王怒りて宣く、汝知らずや、元より小因大果の習ひをば。汝心には小罪と思へども、苦果を感ずる時は必ず大なり。而るを汝冥官を疑ひ恨むる条、甚だ謂れ無し。所詮 汝一期生の間の悪業、一も失はず汝が身の中に埋みをく。それをしる秤あり、是れを業の秤と名づくるなり。早く秤に懸けて見るべしと御定あり。其の時鬼共請け取りて秤にかけて見る。秤石は五十丈の大磐石なり。罪人の身は僅かに五尺なり。此れを懸け合はするに石の軽き事兎の毛の如し。業道は秤石のごとし。重者先牽とて秤は必ず重き方へ傾ぶけるなり。
此の時牛頭馬頭、面々に指さして、口々にそれ如何如何と恥かしむれば、いとど為ん方なく覚えけるに、即ち秤の台より取り下して云く、汝憚りなく悪業を作りながら、憲法の裁断をあざむき疑ひ諍ひ申す条、罪科これ重しとて、鉄の棒を以て百度千度五体を打つに、身体手足破れ摧くる事、微塵の如くにして死す。業報なれば又活きかへる、活きかへれば又打ち摧くなり。さて暫く息を続がせて大王宣く、汝能く聞け、娑婆にある妻子懃ろに訪ふならば、先々の王の前にて善処の生に転ぜらるべきに、汝死して後は我が身のさばくり世を過ぐべき嗜み計りにて、汝が事をば打ち忘れてとぶらふ事もなし。之れに依りて此れまで迷ひ来る。仏説き置き給ふ妻子は後世の怨なりとは此の謂なり。今此の苦に代れりや否や。然るに恨むべき我が身をば恨みずして、冥官を恨むる事愚痴の至極なり。去りながら聊か仏法の結縁あればこそ、地獄にも堕ずして此れまでは来るらめ。此の罪人次の王へ渡せと宣ふ。かくのごとくあて次の王へ送らるるなり。/ 五七日閻魔王・本地地蔵菩薩なり。閻魔とは天竺の言なり。唐土には息諍王と翻ず。此の王の前にては諍を息ればなり。
此の王宮は人間の地を去る事五百踰繕那の地下なり。竪広の量も亦然なり。此の王坐す処は縦横六十由旬なり。其の城七重にして、又大城の四面に鉄の牆を囲へり。四方に各鉄の門を開く。門の左右に又壇荼幢あり、幢の上に同じく人頭あり、能く人間の振舞ひを見る事明らかなり。亡人の善悪悉く記して大王に奏す。此の札を大王ことはり給ふ。次に別院あり、光明院と名づく。此の院内に九面の鏡あり、八方に各一の鏡を懸けたり。中台の鏡を浄頗梨鏡と名づくるなり。/ 凡そ此の王御顔に猛悪忿怒の相在す。罪人是れを拝し奉るに先づ肝魂も失せぬ。其の故は御眼大いにして光あり日月の如し。面赤くして瞋り給ふ威勢に、罪人目もくれ、肝も消ゆ。又罪人を恥しめ瞋り給ふ御音大いに高くして、百千の雷の同時に鳴り懸るが如し。即ち罪人に宣く、汝此れに来たる事昔より已来幾千万と云ふ事其の数をしらず。娑婆世界にして仏道修行を成じ、再び此の悪処へ来るべからずと、度毎云ひ含めしに、其の験しもなく又来たれる不当さよ。受け難き爪上の人身をうけ、幸に仏法流布の国に生まれ、人々仏道修行するをば余所に見なし、心のままに振舞ひて又此の悪処に来たる。誠に宝の山に入りて手を空うすとは汝が類なり。
汝娑婆にありし時、放逸無慚にして慈悲なく、慳貪にして惜しみ置ける財宝、冥途の資糧となれりや否や。又いたはり囲ひ置きたる子ども、汝が今の苦に代れりや否や、と恥しめ給へば、道理に責められて口を閉じて涙に咽び泣き居たり。/ 大王重ねて宣く、汝一期生の間の罪業をば露程も誤らず倶生神鉄札に之れ記す。一一に読みて聞かすべしとて自身之れ読みたまふ。其の御音大山の崩れ懸かるが如し。さて是れ如何に、汝娑婆にての振舞ひにあらずや。是の如き悪業のみ造り居て、一念懺悔の意も無くして、今爰に来たり、後悔して泣くとも更に甲斐こそ有るまじけれ、とて地獄へ堕すべしと定め給ふ。罪人余りの悲しさに若しも遁るる事もやと思ひ、泣く泣く申し上ぐる様は、只今読み聞かせ給ひたる罪業の中に、少少さる事候なん、多分は覚えず候。若しは倶生神の御筆の誤りにや候らん。又少少の罪をば御慈悲にて御免し候へと、ふるひふるひ申す。/ 其の時大王忽ちに御顔色変じて瞋り給ふ事限り無し。やや有りて宣く、汝能く聞け。己が娑婆にてこそ左様に冥の知見をも憚らず、但現前の欲境にのみほだされて、唯今憂目を見んずる事をば忘れはてて、妄語悪口をも心のままに致せしが、
其の癖が尚うせずして正直断罪の庭にて、但憲法の冥衆を掠め疑ひ、既に顕はれたる罪業を、尚兎角申す事、弥々重苦の基なり。我全く悪む心を以て汝を呵責するに非ず。又一罪としても今我加ふるに非ず。自業自得の報なれば、己が心を恨むべしとて、獄卒を召してこれなる罪人は倶生神の札を疑ひ兎角云ふ計りなし。夫れ倶生神と云ふは汝と同時に生まれて、影の身にそふ如くに付きそひて、須臾の間も身を離れず注し置きたる札なれば、毛のさき程も違ふべからず。それに尚面の墨を諍はば、よしよし浄頗梨の鏡にて汝が諍いを止むべしと仰せあり。/ 鬼共勅定を蒙りて罪人の左右の手を取り提げ、光明院の宮殿を開き九面の鏡の中に此の罪人を置くに、一一の鏡の面に一期の間作りたる罪業残り無し。又人にしらせず心一つに思ひし念々の悪業まで、一も残らず浮かびうつりて隈もなし。其の時倶生神を初めとして衆の獄卒共、面々に指をさし、口々にそれみよ罪人、是れは倶生神の誤りか。冥官三宝は汝が朝夕のふるまひ、明らかに照覧し給ふを、己が眼の闇きままに隠れたりと思ふか。全く隠れなきぞ、速やかに地獄に堕すべしと宣へば、獄卒共大いに瞋恚を発し、眼を闊と見開き、口より炎を吹き出して鉄の棒を取り直し、罪人の後ろに立ちよれば、罪人余りの悲しさに、紅の如くなる涙をはらはらとこぼして覆し臥ぬ。
獄卒又髪をつかんで頭を引き上げ、鏡にさしつけ、それ見よそれ見よと責むるのみに非ず、棒を以て打ち叩けば、始めは音を挙げて叫べとも、後には息も絶えはてて微塵の如く打ち摧かる。又活々と云ひてなでさすれば、又人と成りて苦を受く。/ 其の後罪人思ふ様、実に倶生神の誤りに非ず。加様の事と知るならば何しに罪を造るべき。夢幻の如くなる一旦の身の為に、万劫の重苦を受くる事よと悔ゆれども、為方なければ尽きせぬ物は涙なりけり。心に願ふ事とては、哀れ娑婆の妻子眷属が、我が菩提を訪へかしと、思ふより外には更に余の思ひもなし。げにもさこそは思ふらめ。只目に見えねばこそあれ、静かに思ひやる時は身も痛む程の理なり。然るに父母の事は申すに及ばず。其の外朝夕面を並べし朋友、明暮言を交へし所従等の中にも先立ちし者幾ぞや。其の中には唯今も三途の重苦に沈みぬる人多かるべし。それを思ひやらずしてとぶらはずは、情なき事なるべし。されば古人の語にも「一死一生交情を知る」と云へり。げにも生きたる時の情は、互ひの事なれば還りて我が為なり。只なき跡のとぶらひこそ実の志なれ。然るに生きたる時は親しみ眤びて、死にはつれば思ひも出ださず。ましてとぶらふ事なからんは、更に人倫と云ふべき様之れ無し。
構へて構へて亡魂の菩提をとぶらひ給ふべし。又化の功己に帰すの道理なれば、亡者をとぶらふも我が身の為なり。所詮 亡者の浮沈は追善の有無に依るなり。此等の理を思ひて自身も信心を催し、六親をも回向あるべし。中にも閻魔大王の御前にして大苦を受くる故、三十五日の追善肝心なり。此の砌りに善根をなせば、悉く鏡の面にうつる時、大王を始めとして諸の冥官等も随喜し給ふなり。又罪人もとぶらひを受けて喜ぶ事限り無し。此の如く作善の多少功徳の浅深を分別し、或は成仏し、或は人間、或は天上に送り、或は又次の王へ遣はさるるなり。/ 六七日変成王・本地弥勒菩薩なり。此の王へ詣る道に一つの難処あり、鉄丸所と名づくるなり。遠き事八百里の河原なり。此の河原に大にして丸き石充満せり。一処にたまらずして互ひにころびまはり、打ち合う音雷の如し。石毎に光を出だす雷に似たり。罪人是れに恐れてゆかじとすれば、獄卒後より追ひ立つる間、力及ばず走り入れば、此の石に当りて五体を打ちくだかれて死す。死すれば又活きかへる。活きかへれば又打ち摧く。此の如く七日七夜を経て其の後変成王の御前に参る。
其の時罪人こりず我が身の罪なき由を申し上げ、其の上此の間の大苦悩には何なる罪業なりとも報じ尽くし候はざらんや。よしそれは兎角諍ひ申すべきに非ず、偏に大王の御慈悲を以て別儀に此の度計り御ゆるし候ひて、今一度娑婆へ御帰し候へ。身に堪え意の及ばん程、功徳善根をも仕るべく候。若しそれにさなく候はば、其の時如何様になりとも罪過に預かるべく候。只今ばかり御助け候へと歎き申す。/ 大王つくづくと聞こしめして宣く、此の後に功徳を作す事はさこそあらめ。それは其の時の沙汰なるべし。今は過ぎにし方の善悪を勘ふる事なれば、汝既に犯したる罪業あらんにをいては遁るべからず。別儀計りとは誰かいはざる者あらんや。其の上汝が自業の責むるところなれば許すべき事に非ず。汝が罪業未だ尽くべからず、何ぞ此の如く諍ひ申すぞとて、獄卒を召して此の罪人が罪の有無を見せよ。彼の双木の本に三の道あり、此の道を何れにても己が心に任せて行くべし。汝善人ならば悪道へ行くべからずと勅定あり。其の時鬼共罪人をとらへて行き、三つの辻に引き向へて早々行くべしと責むれば、罪人思ひ煩ひて、三の中に何れか善道なるらんとたたずむ処に、獄卒棒を以て遅し遅しと責めかくれば、
余りの悲しさに目をふさぎ足に任せて行く程に、業果の悲しさは悪道をさして走り入ぬ。善道と思へば俄に銅の湯出で罪人の身をやく。/ 其の時大王、さればこそ汝善人ならば此の道にはゆくべからず。然るを冥衆を軽しめて罪無き由を偽り申す条奇怪なり、不当なり、とて瞋り給へば、罪人兎角申しやる方もなし。只口を閉ぢ身を促(つづめ)て恐れ居る処に、孝子の善根忽ちに顕はるれば大王是れを御覧じて、此の罪人には娑婆に追善あるぞや、早々ゆるすべしと獄卒共に下知し給へば、即ち縛縄を解きて生処を善処に定めらる。時に取りて喜び譬へん方なし。余りのうれしさに是れを子共に知らせばやと又涙をぞ浮かべける。或は又其の子悪事をなす時は、其の親弥(いよいよ)苦を増してそれを地獄へ遣はさるるなり。故に能く能く亡者をとぶらふべき事なり。凡そ身体髪膚を父母にうけ、撫育慈愛を厚く蒙る身の、親の菩提をば祈らず、剰へ種々の悪業を造りて亡者に苦を添へん事、返す返す浅間敷き事なるべし。是れ豈に酉夢が父を打ち、が母を詈りし罪に劣らんや。必ずしも天雷其の身を割き、霊蛇其の命を吸ふに非ずとも後報何ぞ免れんや。/ されば孝行を先として追善を致すべし。唐に叔雄と云ふ者は身を投げて孝養を致しき。それまでこそなくとも信心の歩をはこび、何ぞ彼の菩提を祈らざらんや。
孟宗が雪の中の笋(たかんな)、王祥が氷の上の魚、是れは孝の志を感ずるところなり。況や孝養を致す家には梵天・帝釈・四大天王住し給ふと云へり。是れは正しく如来の金言なり。誰か是れを疑はんや。然れば此の如き輩は皆諸天の擁護を蒙る者なり。但し孝養に三種あり。衣食を施すを下品とし、父母の意に違はざるを中品とし、功徳を回向するを上品とす。存生の父母にだに尚功徳を回向するを上品とす。況や亡親にをいてをや。雪中の笋(たかんな)何かせん、法喜禅悦食の味にはしかじ。叔雄身を投げても、更に出離生死の便りにはならず。只善根を修して父母の得脱を祈るべし。仍(なお)罪人の生処定らざれば七七日の王へ遣はさるるなり。/ 七七日泰山王・本地薬師なり。此の王へ詣る道に一つの悪処あり、是れを闇鉄所と名づくるなり。遠き事五百里、闇き事譬へん方なし。但夜昼のさかひもなし。又其の道細くして左右の岸皆鉄の巌なり。罪人身を細めて通るに、巌の楞剣の如くして、少しもさはれば身のししむら(肉)続きがたし。先へ進まんとすれば俄に巌閉合して通られず、立ち留まらんとすれば巌又開く。此の如き苦を受けて七日七夜を経て泰山王の御前へ参る。/ 又如何なる事をか承はらんとをづをづ御前に畏まる。
則ち大王罪人を御覧じて、さても汝後生をば余処の事とのみ思ふあはれさ、我が身を思はぬ者かな。人間に生を受くる事は、盲亀の浮木に値へるが如しとこそ仏は説き給へ。恒沙の宿善を具して希に受けたりし人間に、尚又得難き仏法に値ふ事を得たりしに、仏道修行をばなさず、夢幻の如くなる一旦の身を思ふて、生涯空しく暮して今かかる憂目を見ることの愚かさよ。汝さても仏法結縁をば何計りなしたりけん。説法なんどの聴聞をもせざりしや。ありのままに申すべしとのたまへば、罪人申す様、仰せの如く娑婆に候ひし時は、はかなく浮世を過ごさんとていとまを惜しみ、仏道修行をもなさず、又説法なんどの近き所に候ひしかども、或は世務に隙無く、又は見苦敷く候つる間、参らざる故に一度も聴聞申さず候。/ 大王又言く、汝見る如く此の庭には天竺・震旦・日本、無量の大国小国の罪人もあり、十方無辺の冥衆冥官集まり給ふ処なり。汝物を恥ずべくは此の庭をこそ恥ずべきに、ついに恥とけずして今面をさらす身に、見苦しきとて説法の聴聞をもせずして空しく還り来たり、此の諸方群集の処にて獄卒に打たれて泣き居たるは、よく見苦しくこそ覚ゆれ。是れに過ぎたる恥あるべきやと宣へば、此の御言肝に銘じてはづかしさに身に余る物は涙なり。
仍って此の王の御前に於て一切の罪人生処を定めらるるなり。此の故に泰山王の御前に六の鳥居あり。即ち地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道に趣く門なり。此の王委しく罪人の生処を定め給へば、諸の罪人等面々の生処に趣くなり。此の鳥居を出づれば、地獄に入るべきは即ち地獄におち、餓鬼は餓鬼の城に至る、余の道も又此の如し。是れ断罪の庭、一切の罪人の浮かぶ境なり。若し跡の追善懃ろなれば、悪処の果転じて善処に生をうく。是の故に四十九日のとぶらひ懃ろに営むべし。而るになを生処定らざるをば百箇日の王へ送らるるなり。/ 百箇日平等王・本地観世音菩薩なり。此の王へ参る道に一つの河原あり、是れを鉄氷山と名づく。此の河原広さ五百里なり。常の氷に非ず、悉く厚き鉄の氷なり。罪人渡りに趣くに身のさむき事、五体をしじめよするが如し。いまだ氷にふれざるに、肉分々にきれて血ながるるなり。又さむき嵐氷を吹き摧く音、雷の如し。罪人氷に入らん事を悲しみて立ち留まれば、獄卒後ろより呵責して云く、悪業を造りて冥途に趣く者はかかる苦患を受くとは、やはかしらで有るべき。然るに恣に罪業を造り、此の道に来たりながら何ぞ事新しく歎くべき。何ぞ渡らざるやと責むれば、罪人声を挙げて叫び氷の中に入りぬ。
氷の厚き事四百里なり。罪人入るを待ちて氷即ち破れぬ。入り已れば閉ぢ塞がる。但塞がるのみに非ず、氷身を破る事剣の如し。加様の大苦難を経歴して平等王の御前に参る。/ 則ち大王罪人に宣く、此の処に来たる事人の導くには非ず己が心からなり。其の故は汝娑婆にありし時、風の前の灯、水の上の泡の如くなる身を持ながら、眼前の無常をも但人の上に見なして、老少不定の境、前後相違の別れにも驚かず。千年万年もたもつべき様にこころえしに、殺鬼の到来するは時を嫌はざる理(ことわり)をば思ひよらず。徒らに狂言綺語に戯れて、高笑して思ふ事なげに過にし報ぞかし。されば楽は苦の因、苦は楽の因と云ふ事をばしらずや。先々の王にても定めて聞きつらん。今云ふも甲斐なき事なれども、何ぞ仏道を成ぜざるや、汝愚かなる者かなと恥づかしめ給へば、後悔の涙のみなり。今頼む方とては娑婆の追善計りなり。相構へて相構へて追善を営み、亡者の重苦を助くべし。/ 凡そ一樹の陰に宿り、一河の流れをくむ事だにも多生の縁とこそ云ひぬるに、ましていはんや親となり子となるをや。彼の丁蘭が木をきざみしも、張敷が扇を身にそへしも、孝行の深き故ぞかし。就中 外典にも父のみ尊親の義を兼ねたりと云ひて、父の恩を重くせり。
又母の恩浅からず、其の故は先づ母の胎内に処(をる)、最初柯羅邏より出胎の後に至るまで、三十八転の間、坐臥安からず、母を苦しめし事幾ばくぞや。日を数ふれば二百六十日、月を計れば九月の程ぞかし。況や胎外に生じては、苦きを咽み甘きを吐き乾きを廻して湿りに就く、かかる厚恩を蒙れば身の徒らに月日を送り居て、三途の重苦に沈みたる親の菩提を弔はざらんは、浅間敷き事なり。争でか諸天悪み給はざらんや。其の上多くは子を思ふ故に、地獄の重苦を受くる事あり。構へて弔ひても弔ふべきは二親の後生菩提なり。さればこそ大覚世尊も利天に登り給ひて安居九十日。報恩経を説き給ひて、摩耶の十月懐胎の恩をば報じましましけれ。大聖尚爾なり。況や凡夫をや。仍(なお)此の王の前にて生処定らざれば、次の一周忌の王へ渡さるるなり。/ 一周忌都弔王・本地大勢至菩薩なり。罪人此の王の御前に参りて涙を流して申す様、是れまで参りつる道すがらの苦しみ堪え忍びがたく覚え候き。今にをいては身の罪業もはて候らん。若し尚残り候ともひたすら御慈悲を以て御閣き候へと歎き申す。其の時罪業尽くる者ならば、此までは来たるべからず、来たるを以て知んぬ未だ尽きずと云ふ事を。
所詮 業の尽くると尽きざるとは分明に知らるる箱あり。若し罪業無くば彼の光明箱を開くべしとて、あまた取り出だし、罪人の前に双べ置き給へり。汝が罪業の有無明らかに顕はるべしと責め給ふに、怖ろしさ限り無く、何れを開いていかが有らんと恐れけれども、なくなく一の箱をあけたれば、中より猛火燃え出でて罪人の身にかかる。其の時鬼共声々に、それはいかにそれはいかにと云ひもあへず、打ちたたく事限り無し。此の時王宣く、先々の王の処よりも地獄に堕さるべけれども、娑婆の追善あるに依りて是れまで来るなり。汝は我が身を思はぬ不当の者なれども、妻子孝養の善人なり。此の一周忌の営みに依りて第三年の王へ送らる。第三年の旅に趣く道の間の苦しみも忍びがたしと見えたり。同じくは諸王の砌を経ずして、即身成仏する様に自身も信心を取り、亡者をも回向あるべし。/ 第三年の王をば五道輪転王と云ふ、本地釈迦如来なり。罪人申す様、偏へに大王の御慈悲にて召人になしをき給へ。処々の王の御前に召人多く見え候。誠にうらやましく候。道すがらの苦しみ量りがたし。又如何なる道にか趣き申すべく候と申す。其の時大王、誠に不便には思へども、無理には行はざる断罪なれば、彼等は皆其の王預かるべき結縁ある故なり。汝は左様の縁もなければ召人の義は叶ふべからず。
然れば但娑婆の追善もあらば善処に遣はすべし。若し又弔ふ事も無ければ、今より渡すべき方もなき間地獄へ遣はすべし。不便なれども自業自得の理(ことわり)なれば力及ばず。凡そ今までの苦しみは、地獄の苦に並ぶれば大海の一滴の如し。汝彼の地獄の苦を受けん時は如何すべきや。地獄の有様あらあら語りて聞かすべし。先づ地獄は八大地獄とて八つの地獄あり。所謂 一に等活、二に黒縄、三に衆合、四に叫喚、五に大叫喚、六に焦熱、七に大焦熱、八に無間地獄なり。此の一一の地獄に各十六の別所あり、合はせて一百三十六の地獄なり。此の八大地獄は初め等活地獄よりして次第に下にかさなれり。然れば無間は最下にあり。/ 初めの等活地獄は人間の下一千由旬にあり、縦広一万由旬なり。其の中の罪人互ひに害心を懐きて、若したまたま相見ては猟者の鹿に値へるが如し。各鉄の爪を以てつかみさく、血肉既に尽きて只残んの骨のみあり。或は鉄の臼に入れて鉄の杵を以て之れを擣く。或は沸くる銅の湯の中に入れて煮る事豆の如し。其の中に身の沈める事重き石の如し。又浮かび上りて手を挙げ、天に向かひてさけびなく。或は大きなる鉄の串を以て下より貫き頭に徹し、うちかへしうちかへし是れをあぶる。或は常に猛火の中に有りてこがる。其の外の苦の相宣ること能はず。
此の地獄の火を人間の火に並(くら)ぶるに、人間の火は雪の如し。此の地獄の火を下の地獄より見れば、又雪の如く見えたり。此の地獄の寿命五百歳なり。此の地獄の一日一夜は人間の九百万年に当たれり。然れば五百歳は人間にては無量歳と云ふべし。其の次々の地獄の苦次第に増す事、各十倍重く受く。寿命も又然なり。一一の苦の相、宣るに及ばず思ひ遣るべし。/ 次に無間地獄の有様あらあら語りて聞かすべし。先づ無間地獄は大焦熱地獄の下にあり。此の地を去る事二万五千由旬なり。中有にて先づ彼の地獄の罪人の叫ぶ声を聞いて、即ち悶絶して頭面は下にあり、足は上に有りて矢を射るが如く、二千年を経て下に向かひて行く。彼の阿鼻城は縦広正等にして八万由旬なり。七重の鉄城に七重の鉄網をはり、下に十八の隔へあり。四角に四の銅の狗あり。身の長さ四十由旬、眼は電の如く、牙は剣の如く、歯は刀山の如く、舌は鉄の荊の如し。一切の毛孔より猛火を出だす、其の煙りの臭き事世間に譬へん物なし。又十八の獄卒あり、頭は羅刹の如く、口は夜叉の如く、六十四の眼あり。鈎れる牙上様に出でたる事、高さ四由旬なり。牙の端より火出でて阿鼻城にみつ。頭の上に十八の牛頭あり、一一の角のはしより皆猛火を出だす。又四門のの上に十八の釜あり、銅の湯沸き出でて又城の中にみつ。
一一の隔への間に八万四千の鉄の蠎大蛇(をほやまかがら)有りて、毒をはき火を吐きて城の中にみつ。其の蛇ほゆる時百千の雷の如し。又黒くして肥えたる蛇之れ有り。罪人を繞ふて、足の甲より初めて漸々に噛み食らふ。或は熱鉄の銛を以て口をはさみ、開かしめて沸くる銅の湯を其の口にいるるに、喉及び口焼けて臓腑を徹して下より出づ。或は炎の刀を以て一切の身の皮を剥ぎ、涌ける鉄の湯を其の身に潅ぐ。或は猛く熾なる火有りて炎をあげて来たり、皮を穿ち、肉に入り、骨を焦し、髄を通して頭に燃え出づる事、脂燭の如し。罪人の身の中に火燃えざる処針のあなほどもなし。故に無間地獄と云ふなり。/ 其の一一の苦の相宣べ難し。先の七大地獄並びに別処の一切の苦を以て一分となして、阿鼻地獄は一千倍勝れたり。此の如く無間の苦を受くること一大劫を尽くす。凡そ無間地獄の一日一夜は人間の六十小劫に当たる。又一切の罪人己が一身悉く阿鼻城に満ちて間(すきま)なしと思へり。之れに依りて又無間地獄と云ふとも見えたり。此の地獄の人、大焦熱地獄の罪人を見る事、他化自在天を見るが如し。又阿鼻地獄の苦は千分が中に一分をも説かず。其の故は譬へんにたとへ尽くすべからず、説かんもとき尽くすべからず。
若し人有りて説く事有らんを聞かん者は、血を吐きて忽ちに死すべしと云へり。此の一の地獄に堕ちなば、即一百三十六の地獄を悉く経歴すべし。汝其の時の苦患をば如何すべきと語り給へば、罪人聞いておぢおそるる事限りなし。/ 其の時大王、汝今地獄の相を聞いてさへ此の如くおぢおそる。況や地獄の火にもえん事、乾きたる薪をやく如くならんをや。是れ火のやくに非ず。悪業のやくなり。火の焼くはけしつべし、悪業の焼くはけすべからず。此の如き重苦を受けん事、只汝が心一つより起これり。頼まんとても頼み少きは妻子の善根なり。其の上、没後の追善は七分が一こそ受くれ。縦ひ待ち得たりとも、うかぶほどはとぶらはじ。存命の中に悔ひずして今に至りて後悔すとも、何の及ぶところかあらんとて、即ち地獄へ遣はさるるなり。若し又追善をなし、菩提を能く能く祈れば成仏せしめ、或は又人天等に遣はさるるなり。
◆ 八大地獄抄 〔C9・建長六年〕/       ┌─〈一 地獄道〉/     ┌─┤ 〈二 餓鬼道〉/     │ └─〈三 畜生道〉 始めの三つを三悪道と名づけ、/ 六道者─┤ ┌─〈四 修羅道〉 後の三つを三善道と名づく。合はせて六道なり。/     └─┤ 〈五 人 道〉/       └─〈六 天 道〉/ 八大地獄とは/ 一に等活地獄、閻浮提の地下一千由旬にあり、四万里なり。等活地獄より大焦熱地獄まで七地獄、縦広一万由旬なり、四十万里なり。無間地獄は縦広八万由旬なり、三百三十六万里なり。/ 二に黒縄地獄、等活地獄の下にあり。/ 三に衆合地獄、黒縄地獄の下にあり。/ 四に叫喚地獄、衆合地獄の下にあり。/ 五に大叫喚地獄、叫喚地獄の下にあり。/ 六に焦熱地獄、大叫喚地獄の下にあり。/ 七に大焦熱地獄、焦熱地獄の下にあり。/ 八に阿鼻地獄、大焦熱地獄の下にあり。〈箭を射るが如く早く落つ。一千歳にして落ち付く云云〉。
已上八大地獄に各十六の別処あり。〈小地獄なり〉合して一百三十六の地獄なり。是れをば正地獄と云ふ。此の外に傍地獄と云ひて山の中、海の辺りにも地獄多くありとかや。取り集むれば都合八万四千の地獄ありと云云。此の地獄の苦患を一分なりとも委しく説かば、聞かん者血を吐きて死すべしと説かれぬれば、委しくは申しがたし。大海の一滴が程を申し侍るべし。昔、毛血法師と云ひし人は必ず一日に一度衣を洗ひ給ひしを、御弟子等あやしみて其の故を問ひ奉りしかば、六通の中宿命通を得つれば過去の事を知る。是の故に我宿命通を得て過去の事を思へば、地獄に堕ちて苦を受けし事を思ひ出だすに、紅の血身より出で衣を染むる故に、賤しき物なれども血の染めてけがらはしければ洗ふなりとぞ答へ給ひける。只思ひ出だすだにもかくこそ候ひけれ。仏の聞かん者血を吐きて死なんと説き給ひけるも理(ことわり)なりけり。/ 初めに等活地獄とは、此の大地の下一千由旬にあり、縦広一万由旬なり。寿は人間の五十年を以て四王天の一日一夜として、其の寿五百歳なり。四王天の五百歳の寿を以て此の地獄の一日一夜として、其の寿五百歳なり。
この地獄の罪人互ひに常に害心を懐く。若し適(たまたま)にも相見る事あれば、猟者の鹿に値ふが如し。各鉄の爪を以て互ひに(つか)み裂く。血肉既に尽きて唯残んの骨のみあり。或は獄卒手に鉄の杖、鉄の棒をとりて、頭より足に至りて遍く皆打ち築くに、身体破れ砕くること猶し沙の如し。或は極めて利刀を以て分々に肉をさく事、厨者の魚肉を屠るが如し。涼しき風来たりて吹かば尋(つ)ぎて活ることもとの如し。殺生の者此の地獄におつ云云。/ 二に黒縄地獄とは等活地獄の下にあり。人間の百歳を以て利天の一日一夜として、其の寿一千歳なり。利天の一千歳の寿を以て此の地獄の一日一夜として、其の寿一千歳なり。此の地獄には熱鉄の斧を以て罪人をさく。又刀を以て屠りて百千段となして処々に散在せり。楚毒極りなし云云。等活地獄及び十六の別処の一切の諸苦を十倍して重く受くるなり。殺生の上に偸盗の者此の地獄におつ。又弓を引き、箭をはげて是れを射ることあり。/ 三に衆合地獄とは黒縄地獄の下にあり。此の地獄には多く鉄山あり、両の山相対(あいむか)へり。牛頭・馬頭等の諸の獄卒、手に器杖を執りて罪人を駆り出だして、山の間に入らしむ。
是の時両の山迫り来たりて合はせおすに、身体折れ砕け、血流れて地にみつ。或は鉄山あり、空よりしておつ。罪人をうつに砕くること沙の如し。或は石の上に置きて磐石を以て之れを押す。或は鉄の臼にいれて鉄の杵を以てつく。獄卒並びに熱鉄の師子・虎・狼等の諸の獣、烏鷲等の諸の鳥競ひ来たりて食す。又婦女樹に登り、罪人を悩す事あり。人間の二百歳を以て夜摩天の一日一夜として、其の寿二千歳なり。夜摩天の二千歳の寿を以て此の地獄の一日一夜として、其の寿二千歳なり。殺生偸盗の上に邪淫のもの此の地獄におつ。又火焔口より入りて五臓六腑をやく云云。/ 四に叫喚地獄とは衆合地獄の下にあり。人間の四百歳の寿を以て都率天の一日一夜として、其の寿四千歳なり。都率天の四千歳の寿を以て此の地獄の一日一夜として、其の寿四千歳なり。殺生・偸盗・邪淫・飲酒の者此の地獄におつ。又一つの地獄あり、火末虫と名づく。昔、酒をうるに水を加ふる者此の中におつ。又身より虫生じて其の皮肉骨髄を破りて飲み食ふ。猛火満つること厚さ二百里なり。罪人をとらへて火の中に行かしむれば、足より頭に至るまで一切洋(と)け消ゆ。これを挙ぐれば還りて生ず云云。
五に大叫喚地獄とは叫喚地獄の下にあり。前の四の地獄及び十六の別処の諸の苦患を十倍して重く受くるなり。人間の八百歳を以て化楽天の一日一夜として、其の寿八千歳なり。化楽天の八千歳を以て此の地獄の一日一夜として、其の寿八千歳なり。殺・盗・淫・酒の上に妄語の者此の地獄におつ。獄卒罪人を呵責して偈を説いて云く、妄語は第一の火なり、尚能く大海を焼く。況や妄語の人を焼くこと草木の薪を焼くが如し云云。此の地獄熱鉄の利針にて口舌倶に刺す。獄卒熱鉄の鉗を以て其の舌を抜き出だす。眼を抜くことも亦然り。復刀を以て其の身を削る。甚だ薄く利きこと剃頭刀の如し云云。/ 六に焦熱地獄とは大叫喚地獄の下にあり。獄卒罪人をとらへて熱鉄の地の上にふせ、或はあふのけ、或はうつぶけ、頭より足に至るまで、大熱鉄の棒を以て或はうち、或はついて、肉摶の如くならしむ。或は大なる鉄の串を以て、下よりこれを貫きて頭に徹し、反覆してこれを炙る。或は熱きに入れ、或は鉄の楼に置く。鉄火猛く盛んにして骨髄を徹す。若し此の地獄の豆計りの火を以て閻浮提にをきなば、一時に焚へ尽きなん。況や罪人の身をや。長時に焚焼す。豈に忍ぶべけんや。此の地獄の罪人は前の五地獄の火をのぞみ見れば猶霜雪の如し。
人間の一千六百歳を以て他化天の一日一夜として、其の寿一万六千歳なり。他化天の一万六千歳の寿を以て一日一夜として、此の地獄の寿一万六千歳なり。殺・盗・淫・飲酒・妄語の上に邪見の者此の地獄におつ。道の上(ほとり)に坑あり、中に熾なる火みてり。罪人入り已れば、一切の身分皆悉く焼け尽きぬ。焼け已りて復生じ、生じ已りて復焼く。炎盛んなること高さ五百由旬なり。復火に焼け死して復活かへる。異なる刀の風生(おこり)て、身を砕くこと沙の如く、十方に分散す。散じ已りて復生ず。生じ已りて復散ず。一切の諸法に常と無常とあり。無常とは身なり、常とは四大なり。/ 七に大焦熱地獄とは焦熱地獄の下にあり苦の相、上に同じ。但し前の六の地獄の根本と別処との一切の諸苦を十倍して、重く受くるなり。具に説くべからず。其の寿半中劫なり。殺・盗・淫・飲酒・妄語・邪見の上に、浄戒の尼をけがせる者、此の地獄におつ。落つる程十億由旬なり。閻羅の人ありて面に悪状あり。手足極めて熱く、身を捩らし肱を怒らす。罪人これを見て、極めて大いに忙怖す。其の声雷の吼ゆる如し。罪人これを聞いて恐れ怖ること更に増す。其の手に利刀を執る。腹肚甚だ大にして黒雲の色の如し。眼の光炬の如し。鈎れる牙鋒の如し。臂も手も皆長く揺動して勢をなす。
一切の身分皆悉く麁く起これり。かくのごとく種々に畏るべき形あり。堅く罪人の喉をしばる。かくのごとくして将いて去ること六十八万千由旬の地、海州城をすぎて海外の辺にあり。又落ち行くこと六億由旬なり。漸々に下に向かふこと十億由旬なり。一切の風の中には業風第一なり。かくのごとく業風悪業の人を将いて、彼の閻羅の処に到る。/ 閻羅王種々に呵責す。呵責し已りて悪業の縄に縛られて出でて地獄に向かふ。地獄の火焼くこと薪草を焼くが如し。将いて地獄に向かふ大火聚あり。其の火聚挙ぐること高さ五百由旬なり。其の広きこと二百由旬なり。炎の燃ゆること熾盛なり、虚空までに皆悉く炎もゆ。針の孔計りも炎の燃えざる処なし。罪人火の中にして声を発して、よばはること無量億歳なり。常に焼くことやまず。先の諸の罪の上に、又清浄の優婆夷をおかす者此の地獄におつ。火を以てこれを焼き、熱鉄の沸けるを以て其の身体に潅ぐ。かくのごとく無量億歳大苦を受くるなり。比丘の酒を以て持戒の婦女を誘誑し、其の心を壊り已りて然る後に共に行ひ、或は財物を与ふる者、此の地獄に堕つ云云。/ 八に阿鼻地獄とは、涅槃経の十九に云く「阿とは無を言ひ、鼻とは間に名づく。間として暫くも楽しみ無き故に無間と言ふ。寒地獄の中には熱風に遇ふ、之れを以て楽と為す。熱地獄の中には暫く寒風に遇ふ亦楽と為す。阿鼻地獄には都て此の事無し」云云。
六波羅蜜経に云く「今地獄に在りて現に諸の苦を受け、十三の火の纏する所と為る。二の火焔有りて、口より入りて頂(うなじ)に徹して出づ。復二の焔あり、頂より入り足に通じて出づ。復二焔あり、背より入りて胸より出づ。復二焔あり、胸より入りて背より出づ。復二焔あり、左脇より入りて右脇を穿ちて出づ。復二焔あり、右脇より入りて左脇を穿ちて出づ。復一焔あり、首より下に纏はる。然るに此の地獄に於て諸の衆生の身、其の形弱なること熟蘇の如し。彼の衆火に交絡焚熱せらる」云云。/ 大焦熱地獄の下にあり、欲界最下の処なり。大焦熱を去ること二万五千由旬なり。頭を下にし足を上にして堕つること二千年なり。〈正法念経の説なり〉。此の阿鼻地獄は縦広八万由旬なり。八万由旬の内皆悉く猛炎なれば、隠るとも争でか隠るべき。天には七重の鉄の網を張り、鳳凰の翅なりとも飛びて去り難し。地には鉄の城堅く閉づ。那羅延天の力なりとも破りて出で難し。刀の山周匝して四門あり。四門の外には獄卒阿防羅刹六十四の眼を見開きて、手に鉄の棒をにぎり、鉾の剣を指し挙げて、口より猛火を吐き、身の毛孔より炎を出だして門外に立てり。
四つの角に四つの銅の狗あり、身の長四十由旬なり。眼は電の如く、牙は剣の如く、歯は刀山の如く、舌は鉄の荊の如く、一切の毛孔より皆猛火を出だす。其の煙の臭く悪き事、世間に喩ふべき物なし。十八の獄卒あり、頭は羅刹の如く、口は夜叉の如くにして六十四の眼あり。鉄の丸迸(まろかせほとばし)り散ず。鈎れる牙上に出でたる事高さ四由旬なり。牙の頭より火流れて阿鼻城にみつ。頭の上に十八の牛頭あり。一一の牛頭に十八の角あり。一一の角の頭より猛火を出だす。/ 又七重の城の内に七つの鉄幢あり、幢の頭より火沸くこと、猶泉の沸くが如し。其の炎流れ迸りて亦城の内に満つ。四の門の(としきみ)の上に十八の釜あり、沸ける銅の湯涌き出でて亦城内に満てり。一一の隔の間に八万四千の鉄の蟒大蛇(をほやまかがち)あり、毒を吐き火を吐きて、阿鼻城に満つ、其の蛇哮吼ること百千の雷の如し。大なる鉄丸をふらして亦城の内に満てり。五百億の虫あり、八万四千の嘴あり。嘴の頭より火流るること雨の如くにして下る。此の虫の下る時、猛火弥(いよいよ)盛んにして遍く八万四千由旬を照らす。〈観仏三昧経の説なり〉。瑜伽論第四に云く「東方多百瑜繕那の三熱の大鉄地の上より猛く熾なる火あて、焔をあげて来たりて彼の有情を焼くに、皮を穿ちて肉に入り、筋を断ち骨を破り、復其の髄を徹し焼くこと脂燭の如し。南西北方も亦復かくのごとし。受くる所の苦痛亦間隙なし。
復熱鉄の地の上にをき、大熱鉄の山にのぼらしめ、其の口の中より其の舌を抜き出だして、百千の鉄針を以てこれを張り、皺なからしむること牛の皮を張るが如し。復更に熱鉄の地の上に仰臥、熱鉄の鈷を以て口を鈷で開かしめ、三熱の鉄丸を以て口の中にをく。即ち其の口及び咽喉を焼きて、臓腑を徹して下よりして出だす。又沸くる銅を以て其の口に潅ぐに、喉及び口を焼き、臓腑を徹して下より流れ出づ」。/ 前の七大地獄並びに別処の一切の諸苦を以て一分として、阿鼻地獄の苦は一千倍勝れり。かくのごとく阿鼻地獄の人、大焦熱地獄の罪人を見れば、他化自在天の処を見るが如し。四天下の処、欲界の六天、地獄の気を聞かば、即ち皆消え尽きなん。何を以ての故に、地獄の人は大いに臭きが故に。かくのごときの阿鼻大地獄の処をば、千分が中にをいて一分をも説かず。何を以ての故に説き尽くすべからず。若し人説くこと有りて若し人聴くこと有らば、血を吐きて死なん。〈正法念経の説なり〉。此の無間地獄の寿は一中劫なり〈倶舎論の説〉。五逆罪を造り、因果を撥無し、大乗を誹謗し、虚しく信施を食する者此の地獄に堕つ〈観仏三昧経の説なり〉。「諸の地獄の中に、此の地獄の苦、最も勝れたり。又黒く壮なる蛇有りて彼の罪人を繞(まと)ひて、始め足の甲より漸々に齧(か)み食らふ。
亦一由旬の鉄の山上より下りて彼の罪人をうつに、砕くること沙の揣なるが如し。砕け已りて復生じ、生し已りて復砕く。獄卒刀を以て遍く身分を割き、極熱の白鑞の汁を其の割処(さけめ)に入る。四百四病具足して常に長久の時有りて大苦悩を受くるなり」云云。
◆ 問答抄 〔C9・建長六年〕/ 問うて云く、日蓮聖人の御義は何様に立てられて候ぞや。答へて云く、総じて法華已前の諸経を読み持つ人は無間地獄に堕つと申す。別しては念仏は無間獄、真言は亡国、禅は天魔の法門なり。凡そ天台宗の外は皆魔の眷属なり云云。/ 問うて云く、何なる故に念仏は無間におち、真言は亡国、禅は天魔の法門なるや。答ふ、皆ともに地獄に堕つれども、ことに念仏は穢土を厭ひ浄土をねがふ道なり。真言は人の祈りをむねとす。しかれども弥々祈りにはならずして、国にけかち(飢渇)疫病等の七難おこるは真言を用ゐる故なり。禅を天魔の眷属と申すは、涅槃経の二に云く、釈迦仏の滅後弥勒出世し玉はざらん中間に、我が身仏と云ふもの、仏経を用ゐざらんもの有るべし。此等は皆魔なり。然るに今の禅宗教外別伝といひて経文によらず、豈に魔にあらずや。/ 問うて云く、念仏無間獄とは何なる経に見えたるぞや。答へて云く、念仏往生とは何れの経に見えて候ぞや。答へて云く、浄土の三部経に説いて候なり。/ 問うて云く、三部経は法華より前か後か。若し前に説いて候はば、法華経の方便にて未顕真実の経にてそら事にて候なり。
問うて云く、未顕真実とこそ候なれ。無間とは見え候はず。答へて云く「若人不信 毀謗此経 則断一切 世間仏種 無二亦無三 除仏方便説 乃至 不受余経一偈」と説かれて候。又「正直捨方便 未顕真実」。此等の旨を信ぜぬを「其人命終 入阿鼻獄」と説いて、無間地獄に入るべしと分明に見え候なり。/ 問うて云く、浄土の三部経は法華より先に説いて候とは、何れの文に見えて候ぞや。答へて云く、凡そ諸経の中に法華経は仏最後に説かせ給ふ。其の後涅槃に入らせ給ふとて、一日一夜に説いて候涅槃経より外の余経なしと申す事は、諸宗に定りたる教相なり。さりながら此の間をしらずして猶三部経さきと候文を尋ねば、観経に云ふ阿闍世太子を法華にては阿闍世王と云へり。王と太子とは何れが先にて候ぞや。/ 問うて云く、法華経はゆゆしき御経にて、精進の人こそ読み持ちまいらすべく候へ。我等が身にてなに様に持ち候べきや。答へて云く、清浄にて持つべくば念仏をすてさせ給へ。其の故は善導和尚はねぶりせずして三十年、女人を見ずして一期生、酒肉五辛を手にも取らずとこそおしへ給ひて候ひぬれ。
此の旨は念仏こそ我等が機には叶ひ候はね。況や法華経何れの文に清浄にて持ちてとは見えて候ぞや。其の上法華経の心を知らずして仏になり候まじくば、念仏をすてさせ給へ。其の故は三部経と善導の釈とに往生すべしとは何に見え候ぞや。三部経の心を知らずして往生すべしと云ふ事、ゆめゆめ経文にも釈にも見え候はず。/ 問うて云く、法華経に即往安楽世界と説いて候へば、往生ありとこそ見えて候へ。答へて云く、此の文は説の如く此の経をよまん人は、生十方仏前と申して浄土へ生まるるなり。然れば説の如くよみては安楽世界へも往生すべしとこそ見えて候へ。さ候へばこそ、念仏無間獄と申すこそ説の如く法華経をよみ奉るにては候へ。/ 問うて云く、法華経を持てば何れの浄土へ参るべきや。答へて云く、法華経に生十方仏前と説かれて候。十方の仏前へ心のままにまいるべしと見えて候なり。/ 問うて云く、現に西に向かひて端座合掌して往生し候を、いかにそら事とは候ぞや。答へて云く、居して死するを往生と申し候はば、など善導和尚は柳にのぼりて頸をくくりて自害をばして候ぞや。木にのぼりて死するは魔の類とこそ説いて候へ。/ 問うて云く、是れ程にいみじき法華経に見えて候はば、など上古の智者聖人は此の義を根本とせられ候はぬやらん。
答へて云く、昔の人の申さぬ事御不審候はば念仏を捨てさせ給へ。念仏申す人は唐土三百六十箇国に只善導一人なり。日本国六十六箇国、四十九億九万四千八百二十八人の中に法然一人ばかり念仏を申し候なり。今各々は見まね、聞きまねにこそ申させ給へ。法華を弘むる人々は唐土には陳王・隋王、我朝には聖徳太子・桓武天皇・伝教大師都て数を知らず候なり。/ 問うて云く、念仏は人ごとに申し候。法華経は、など持つ人はすくなく候ぞや。さ候へば多くの人の申す事に付くべく候なり。答へて云く、涅槃経には法華経を持たん人は爪の上の土の如し。たもたざらん人は十方の土の如し。法華の四に云く、須弥をつぶてにうち、梵天にのぼりあそび、三千大千世界をまりの如くけ、此の如くする事ありとも、一人も法華経を真に持つ人は有るべからずと説かせ給へり。其の故は、持つ人は必ず仏になるが故なり。衆生の業深くして生死を出でがたきが故なり。たまたま持つ人あれば諸の魔縁障りをなす。爰を以て天台大師のたまはく、三障四魔紛然として競ひ起こる。おそるべからず、したがふべからず。したがへば人をして悪道におとす。是れを畏るれば、法華経を持つ事をさまたぐと見え候。さ候へば人のたもたぬはことはりなり。
問うて云く、法華宗の人々の真の御義にて候はば、仏神三宝の御意にもたがはず、人も信じ悦ぶべきに、などか難にあひ、人ににくまれ給ふぞや。答へて云く、釈迦仏、摩耶夫人の御腹にやどらせ給ひしかば、生まれ給はぬさきに腹の内にして失ひ奉らんとし、生まれさせ給ひ候へば、諸の魔縁・外道集まりて毒を薬と申してやうやうにたばかり、十九にして王宮を出ださせ給ふ程に、其の間に様々に失ひ奉らんとたばかり、仏にならせ給ひて後、提婆うちころし奉らんとて大石を投げて御足より血を出だしぬ。阿闍世は八疋の悪象を放しかけ、とかくして八十にて涅槃に入らせ給ひしかば、諸の外道天魔悦びし。これは難ありとて僻事の人か。何に況や「如来現在 猶多怨嫉 況滅度後」と申して、仏の滅後にはかたきあるべしと説き給へり。さ候へば目連尊者は竹杖外道に殺され、師子尊者は檀弥羅王にくびをきられ、賓国の大王のつるぎは臂とともにおちて其の血は乳のごとし。法道三蔵はかなやきをさし、竺の道生は蘇山にながされ、不軽菩薩はうたれ、はられ給ふが如し。此の人々はにくまれ難あればとて僻事の人と申すべきか。/ 問うて云く、凡そ諸経は皆人の機にしたがひて説いて候。何ぞ機にしたがひて持ち候はんものは地獄に堕ち候ぞや。
答へて云く、機にしたがひて説き置き給ひて候へばこそ、地獄に堕つるとは申し候へ。其の故は三世了達の御智恵いみじくして、一切衆生の心のうち過去の善悪の因果をしろしめすこと、掌をみるがごとし。然れば水の器に随ひ、いくさの旗にまかせ、親がをさなきものの心に随ふが如し。人・天の為には五戒・十善を持たせ、声聞・縁覚には四諦・十二因縁の乗々を説き、菩薩の為には種々の大・小の法門を説き給ふは、かり(仮)に利益あるに似たり。たまたま真に益あるは、皆昔の法華経をききしものなり。果熟しておちやすきが如し。かくの如きの事をば機に随ひて説き給ふ。一切衆生の為には法華経を付属し給ふなり。我法華経の為に世に出でたりと仏のたまはく、余経は方便なり、未顕真実なりと説かれて候なり。然れば機に随ひて候へばこそ、我等が機は余経はかなはずして地獄に堕つるなり。法華経をたもたざるが故に、無間地獄は疑ひ無き者なり。/ 問うて云く、真言亡国とは何なる故にて候ぞや。答へて云く、凡そ真言と申し候は、ことに人の祈りを旨とす。其の故はかれたる木草なれども、真言をもっていのれば花さきみなる。人の病もくすり無けれども祈れば即ちやむ。
況やちあいと申す法、あしき者をいのりころして、其の人をば仏になすと申す法なり。此の如き大事の妙法これなり。此の故に真言を以て上一人より始めて、下万民に至るまでいのり、きたうとあがめられしを、国をからすと申すはよくよく大事なり。凡そ真言と申すは、源、大日経等の経々より出でたり。彼の教は方等部の経にして法華経の方便なり。然るを天竺に善無畏三蔵と申せし人、彼の経を以て唐土に渡して法華経と同事なりとのたまひしかば、国王・万民等申せしは、此の如き失によつて善無畏三蔵俄に死し給ひぬ。真言いみじくば軈て仏にこそ成り給ふべきに、さはなくして、鉄のつなを七すぢつきて閻魔王のもとに引きすへられ給ひたり。其の時やうやうに真言を唱へ給へども、弥(いよいよ)つなつまり其のしるしなし。然して法華経の「今此三界 皆是我有」と云ふ文を唱へ給へり。其の時閻魔王申さく、釈迦仏の御弟子なり、おそろしとていそぎ縄をとき許されぬ。然るを日本の弘法大師と申せし人、真言を弘め、あまりの事に真言は法華経天台宗には、三重のまさりと立て給へば、国王は民の為には従者なりと云ふが如し。おそろしき大謗法なり。其の時やうやうのそら事どもを作り出だして、嵯峨天皇東寺・西寺を都に立て、紀伊国に高野山と申す寺を立てなんどして、伝教大師の御弟子慈覚・智証と申す二人の大師、弘法の弟子と成り給ひぬ。
弥々真言弘まりて今四百年、真言ならぬ寺なく、真言宗ならぬ法師なし。然るに是れ程のいみじき法日本国に弘まりたらば、国は弥々よかるべきに、さはなくして祈りにしたがひて弥々けかち(飢渇)・疫病・三災・七難起こる。是れ偏へに三界の主、一切衆生の親師にてわたらせ給ふ仏を、大日如来の牛飼なり、はきものとりなんどと、大謗不信朝敵悪逆の失によつて国亡ぶるに非ずや。猶たしかの証拠を出ださば、承久には人王八十二代後鳥羽の法皇と申せし国王、関東権の大夫殿義時をうたんとて、天台の座主を始めとして三百余人、東寺・御室・仁和寺・七大寺・十五大寺の有験の高僧たち、承久三年正月十九日よりはじめて六月まで、炎天にあせを流して唯今事を切らんと祈りき。おびただしとも申す計りなし。本尊は不動明王・五大力・四天王・金剛童子・愛染王・如意輪なんど申せし。かたじけなくも、国王御檀那として山寺・御室なんどの高僧、是等の法を行はれき。殊に六月八日より御室は大極殿にして行はれき。然るに七月と申せしに、六月十四日関東の武士ども宇治・勢多より都に入りて、三院を取りたてまつり、隠岐の国、阿波の国、佐渡の国へながし奉り、かたじけなくも公卿七人は頸きられ給ひき。御室秘蔵の児をとり出だして頸をきりぬ。
百王を護らんとこそ御誓ひはふかかりし天照太神・正八幡も叶はせ給はず。大謗法の失なれば百王未だ窮らず、八十二代にして遂に亡び給ひぬ。是れ豈に真言の国を亡ぼし給ふに非ずや。唯、鼠の猫を取り、雉の鷹をねらふが如し。/ 問うて云く、四十二年は方便を説き、後八ケ年は法華経を説かせ給ふと申す証文は何れに見えて候ぞや。答へて云く、大論に云く「十九出家 三十成仏」云云。涅槃経に云く「八十入滅」。三十より八十までは五十年なり。然るに法界性論に云く「仏年七十二歳説法華経」云云。是れたしかなる証文なり。/ 問うて云く、華厳・阿含・方等・般若・法華・涅槃と何れに見えたるぞや。答へて云く、無量義経に云く「次説方等十二部経 摩訶般若 華厳海空」云云。是等は法華已前の経とみえたり云云。/ 問うて云く、弘法大師・智証大師・慈覚大師・善導和尚・法然上人等は皆僻事に候か。答へて云く、依法不依人と説かれたり。此等の人々豈に仏にまさらんや。弘法大師の如くならば法華経は戯論の法と候なり。法然上人は法華をばすてよと候なり。法華経には無間地獄は疑なしと云云。
問うて云く、弘法大師は真言を行じ給ひて有験新たなり。然れば唐土より三鈷を投げ給へば紀伊国高野山にとどまる。又まのあたり大日如来と現じ給へり。其の上生きながら高野山に籠りて、当来五十六億七千万歳をすぎて弥勒の出世をまたせ給ふ。豈に僻事の人ならんや。又善導和尚は念仏を申し給ひしかば、口より仏出で、常は和尚と御物語あるなり。是れも僻事の人々か。答へて云く、左様に神通あらたにましますこそ弥々ふびんの事にて候へ。其の故は、天竺に外道仙人なんどは種々の神通どもあらたなり。所謂 天地をくつがへし、日月をとらへ、山をくづし、海をかわかし、恒河を十二年耳にたたへなんどしき。況や拘留外道は石と成りて数年人をたぶらかし、尼子外道は塔と現じて八百年人をうばふ。此等の人をば貴しと申すべきか。況や涅槃経に諸の魔縁、実の法を障らん為に光を放ちて身を現じ、仏のすがたとなりて法を失ふべしと説かれて候。況や凡夫の身として忽ちに大日如来と現じ、種々の神通を現ずる事、あに魔類にあらずや。/ 問うて云く、法華宗いみじき宗にて余宗の義あしく候はば、など本よりただ天台宗ばかり有りて、余宗をば皆々破り失はれ候はざらんや。
答へて云く、此の事昔を知らずして今を疑ひ、源を忘れて流れに迷へり。凡そ唐土・日本・天竺皆権教を破して実教を立て、余宗を破して天台法華宗の一宗をひろめたり。今は古への事、人しらず粗申すべし。天竺にしては釈迦仏、先づ諸の外道の法を破りて後に小乗を説き給へり。其の後亦権大乗を説いて先づ小乗をやぶり給ひき。此の如く展転して深に入れ、小を除き大を教へ、やうやうに教へて後に法華経を仏の本意と説いて、一切衆生の得道を顕はし給ひぬ。是れ豈に諸の法を破りて但法華経を立て給へるにあらずや。然るに仏法は正法一千年は天竺に留まりて唐土へ渡らず。一千十五年と申せしに、始めて摩騰法蘭と申せし聖人仏法を唐土へ渡し給ひき。先づ孔子・老子等の法をやぶりて仏法を弘め給ひて後に、うちつづきうちつづき、我も我もと天竺より経論を渡しき。総じて六百余年が間、経論を渡せし人一百八十七人なり。其の程は唯仰ぎて仏法を信じていまだ法の権・実・小・大をわきまへず。渡る諸の経論七千三百七十余巻なり。是れを開き、思ひ思ひに我も我もまさらん仏法を得たりと申して、いづれまされりとしる事なし。其の後仏法渡りて五百年と申せしに、天台大師出世し給ひて一代聖教をひらきさとり、さきのもろもろの人々の義をやぶり、経論の違目を取り調べ、仏の説かせ給ひし如く一一に次第を取り給ふに、但天竺の釈迦仏、唐土に出世せさせ給ふが如し。
然るに陳王・隋王是れを崇め貴び、諸宗を破りて但天台大師の法華宗を立て給ひしなり。其の後日本国人王三十代欽明天皇の御時、始めて我が国へ仏法を渡す。其の後は亦うちつづきうちつづき経論・聖教渡る。思ひ思ひ、心々に、我も我も仏法を得たりと申せしかども、智者としることなし。其の後、人王五十代桓武天皇と申して、奈良の京を今のたいらの京に移し、京の東に比叡山と申す天台宗を立て、西山たかを寺と申す所にて、前の二百六十年が間の学匠の義を責め、六宗の学匠三百人に召し合はせられて仏法を糺し給ひき。三百人一一にまけて起請をかきて伝教大師にまいらせたり。其の状に云く「而今悉く妙円の船に乗りて早く彼のきしにいたるべし」とぞかきてまいらせたる。其の比は一向に六宗はやぶれて偏へに法華宗ばかりなりしを、弘法大師・法然房なんどと申せし天魔外道出来して、念仏・真言を弘めて、一切衆生をかどひとりて無間の獄へ渡しき。斯れ等の心をこそ、天竺・震旦・日本国の三国には一向法華宗計なりとかきをきては候へ。/ 問うて云く、弘法大師等の諸の真言宗、善導・法然等の念仏宗の祖師、其の外三論・法相・華厳・禅宗等の諸の智者・聖人たちだにも誤りましまし候はず。
此等の聖人は皆上代いみじき人ぞかし。今末代の我等仰ぎてこそ信じ候へ。いかにとしてかこれらの人々をば無間地獄と申し候はん、最もはばかり候べし 如何。答へて云く、我等が如き末代のつたなき身にて候へばこそ、仰ぎて信じ候へ。尤も経にたしかに合ひ候はん智者の御義を信じて、ひが事の人の申さんにはつくまじく候。其の故は仏此等の事をしろしろめして兼ねて説いてのたまはく、我が法をば我が弟子の悪比丘失ふべし。譬へば師子の虫となりて自らみをくらふが如し。余の虫はくらはず。又涅槃経にのたまはく「依法不依人 依義不依語」。又我は是れ法師、我は是れ禅師、我は是れ律師となのりて我が積みあつめたる法門をやぶるべしと説かれたり。みちをばみちの失ふとはこれがこころなりと云云。/ 日蓮
◆ 垂迹法門 〔C9・康元元年〕/ 日本国の中に、社の数三千一百三十二所あり。仏法の住所は一万一千三十七所なり。水は濁りて流るれども又すみ、月は雲かくせども、又はるることはりなり。仏法をば第六天の魔王・外道も怨をなせども、仏法弥々弘まりぬ。其の様に水はにごりて流るれども、本清ければ又返りて清くなりぬる様に、人は怨をなせども、本より心すぐ(直)なれば、仏神守をくはへ給ふなり。古への賢人の常の言に、水至りてきよければ魚住む事なし、人至りて賢こければ友なしといへども、天の加護し給ふ所なり。七星頂に在り、隠して犯し用ゐることなかれと申すは、北斗七星は常に頂にあり、我が罪科を少しもかくす事なかれと申す心なり。されば神明は正直の者の頭には住み給ふなり。不正直の者の頭には宿り給はず。/ 悲華経に云く「我が滅度の後末法の中に於て大明神と現はれて衆生を利益す」と申す文の心は、我が滅度の後の末法の中に於て、大明神と顕はれて衆生を利益すべしと申す文なり。されば末法と申すは当時を申すなり。今時の垂迹和光は、是れ皆本地釈迦如来の化身なり。此の旨委しく意得べきなり。先づ悲華経と申すは釈迦如来の昔の事を説き給ひ、又五百の大願のありさまを説き給ふを申すなり。
されば明神と申すは諸仏如来の御神なりと、昔の大師も釈し給ひしなり。/ 日蓮花押
◆ 十二因縁御書 〔C9・康元元年〕/ 凡そ成仏とは、我が身を知るを仏に成るとは申すなり。我が身を知るとは、本よりの仏と知るを云ふなり。一切衆生螻蟻蚊虻まで生を受くる程のもの、身体は六根・六境・六識の十八界をもて組み立てたる身なり。此の衆生は五陰和合の身なり。釈に云く「五陰和合を名づけて衆生と為す」。此の五陰は十二因縁なる故なり。/ 其の十二因縁とは、無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死。此の十二因縁をば三世両重の因果と云ふ。初・八・九此の三つは煩悩なり。第二・第十此の二つは業なり。識・名色・六入・触・受・生・老死、此の七つは皆是れ苦なり。十二因縁とは煩悩・業・苦の三道なり。無明・行の二つは過去の二因なり。識・名色・六入・触・受の五つは現在の五果なり。愛・取・有の三つは現在の三因なり。生・老死の二つは未来の両果なり。身に三つとは殺・盗・淫〈苦〉。口に四つとは悪口・両舌・妄語・綺語なり〈業〉。意に三つとは貪・瞋・痴〈煩悩〉。此の十二因縁を如法に信じ持てば即身成仏疑ひ無し。此の十二因縁より外に仏法無し即ち法華経なりと我が身を知る故なり。是れをしらざるは即ち謗法なり。「若人不信 毀謗此経 則断一切 世間仏種」とは是れなり。我が身より外に別に仏無く、法華経無きなり。
縁起・非縁生は過去の二支、縁生・非縁起は未来の二支、縁起・縁生は中間の八支、非縁起・非縁生は無為の法なり。十二時とは、無明は過去の諸結の時なり。行は是れ過去の諸行の時なり。識は是れ相続心及び眷属の時なり。名色とは已に受生相続、未だ四種の色根を生ぜず、六入未だ具せざる時なり。胎内の五位とは、一には歌羅邏、二には阿浮曇、三には閉尸、四には健南、五には波羅奢伽。此の如く胎外に生じて人と成る、是れを衆生とするなり。/ 《システム編者注、この間に五輪の絵図あり、略す》/ 決の六に云く「頭の円かなるは天に象る、足の方なるは地に象る、身内の空種なるは即ち是れ虚空なり。腹の温かきは春夏に法り、背の剛きは秋冬に法る。四体は四時に法る。大節の十二は十二月に法り、小節の三百六十は三百六十日に法る。鼻の息の出入するは山沢渓谷の中の風に法り、口の息の出入は虚空の中の風に法り、眼は日月に法り開閉するは昼夜に法り、髪は星辰に法り、眉は北斗に法り、脈は江河に法り、骨は玉石に法り、肉は土地に法り、毛は叢林に法り、五臓は天に在りては五星に法り、地に在りては五岳に法る」。身の肉は土、骨の汁は水、血は火、皮は風、筋は木。
人の六根は、眼は物の色を見、耳は物の声をきく、鼻は物の香をかぐ、舌は一切の物の味をしる。身は一切の寒・熱・麁・細にふれて苦痛するなり。此の五根の功能は現に目に見えしる間やすし。第六の意と云ふ物は、一切衆生我等が身中に持ちながら都て之れを知らざるなり。我が心さへ知らず見ず、況や人の上をや。当座の人々知ろし食されんや。仏も心をば不思議と仰せられたり。況や其の已下をや。知らざる故は、此の心は長・短・方・円の形を離れたり、青・黄・赤・白・黒の色にも非ず、言語道断心行所滅の法なり。行住坐臥、語黙作々、因縁表白の喩ふべきに非ず。絵に書き作り出だすべき物にも非ず、是れを習学する物にも非ず、仏より記別せられたることもなし、神の託宣に承る事もなし、親・師匠の手より譲られたる事もなし。天よりふり、地より涌きたるものにも非ず。極大不思議の物なり。/ かかるくせものなるを天台・妙楽二聖人の御釈、玄文に云く「心は幻焔の如し、但名字のみ有り、之れを名づけて心と為す。適(たまたま)其れ有りと言はんとすれば色質を見ず。適(たまたま)其れ無しと言はんとすれば復慮想起こる。有無を以て思度すべからず。
故に心を名づけて妙と為す。妙心軌るべし、之れを称して法と為す。心法は因に非ず果に非ず。能く理の如く観ずれば即ち因果を弁ふ。是れを蓮華と名づく。一心、観を成ずるに由りて亦転じて余心を教ふ、之れを名づけて経と為す」。籤に云く「有と言はば則ち一念都て無し。況や十界の質像有らんや。無と言はば則ち復三千の慮想を起こす。況や一界の念慮をや。此の有無を以て思ふべからず。故に則ち一念の心、中道なること冷然なり。故に知んぬ、心は是れ妙なり」。/ 爰に知んぬ、我等が心は法華経なり、法華経は我等が心なりと。法華経をしらざるは即ち我が身をしらざるなり。所謂 身を知らざる者あり。移宅に妻を忘れたる是れなりと。されば仏にならざる者あり、後世の為に法華経を忘れたる者是れなり。故に法華経を信ぜず謗る者は、諸仏に背き、諸天に背き、父母に背き、主師に背き、山に背き、海に背き、日月に背き、一切の物に背くなり。薬王の十喩見合はすべし。玄に云く「眼・耳・鼻・舌皆是れ寂静の門なり。此れを離れて別に寂静の門無し」。籤に云く「実相常住は天の甘露の如く是れ不死の薬なり。今妙法を釈して能く実相に通ず。故に名づけて門と為す」。寂静とは法華経なり。甘露とは法華経なり。
止の三に云く「如来の無碍智恵の経巻は具に衆生の身中に在り。顛倒して之れを覆ひて信ぜず見えざるなり」。/ 倩(つらつら)物の心を案ずるに、一切衆生等の六根は悉く法華経の体なりけりと、能く能く目をとぢ、心をしづめてつくづく御意得候へ。心が法華経の体ならんには、五根が法華の体にてある事は疑ひ無し。心は王なり、五根は眷属なり。目に見、耳に聞く等の事は、心がみせきかせするなり。五根の振舞ひは併しながら心が計らひなり。物を見るも心が所作なれば眼も法華経なり。耳に聞くも心が計らひなれば、耳即ち法華経なり。余根以て之れに同じ。死ねば随って五根も去る。五根の当体は死ねども其の形は滅せず。然れども心がなければ、いつか死人の物を見聞くや。譬へに合はせん、法華を謗るもの亦是の如し。我等が心法華にてあるを、而も法華を謗りて心を失するは六根不具なり。法華経の心を失して爾前経立つべきや。法華を謗り不信にては、爾前諸宗等の小乗権法等は、心去りたる死骸にてこそあらめ云云。/ 今、法華宗は法華経と云ふ我等が心を捨てざれば、死骸六根随って失せず。心即ち五根、五根即ち心なれば、心法成仏すれば色法共に成仏す。色心不二にして内外相具せり云云。
釈に云く「蓮華の八葉は彼の八教を表し、蓮台の唯一なるは八の一に帰するを表はす。一の中の八、八の中の一、常に一常に八、唯一唯八、一と成り八と成る、前無く後無し」。止に云く「夫れ一心に十法界を具す、介爾も心有れば即ち三千を具す」。弘に云く「一身一念法界に遍し」。義に云く「三千と云ふも、法界と云ふも、法華経の異名なり」。経に云く「閻浮提の内に広く流布せしむ」。閻浮とは天地なり、父母なり。又云く「閻浮提の人の病の良薬」。良薬は天地、父母なり。/ 此の如く我等衆生が身は併しながら法華の体にて有るを、全く法華経を他国異朝の物と思ひ、天地水火の様に余処余処に思ひ作すなり。加様に目出たく貴き身を捨て終りて、剰へ謗じて悪処に落ちんは、浅猿く口惜しかるべきなり。されば信じて我が身のいみじきやうは、六の巻随喜功徳品にあり。謗じて我が身の悪しき様は八の巻普賢品にあり。普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり。十方三世の諸仏の眼目なり。三世の諸の如来を出生する種なり。此の経を持つ者は即ち仏身を持ちて即ち仏事を行ずるなり」云云。譬喩品に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん」。
普賢経に云く「諸仏如来真実の法の子なり、汝大乗を行じて法種を断ぜざれ」云云。/ 日蓮花押
◆ 法華経大意 〔C9・康元頃・日女御前〕/ 法華とは、一部・八巻・二十八品なり。二処三会の説なり。所謂 序品より法師品に至るまでの十品は霊山会の説なり。宝塔品より神力品に至るまでの十一品は虚空会の説なり。属累品より勧発品に至るまでの七品は、又霊山会の説なり。/ 一、一部八巻を分かちて三段と為す、序・正・流通是れなり。序品を序分と為し、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るは正説なり。偈より以後の十一品半は流通分なり。/ 一、本迹二門を明かさば、序品より安楽行品に至るまでの十四品は迹門なり。涌出品より勧発品に至るまでの十四品は本門なり。又迹門の十四品に序・正・流通有り。序品を序説分と為し、方便品より人記品に至るまでの八品を正説分と為し、法師品より安楽行品に至るまでの五品を流通分と為す。次に本門の十四品に序・正・流通有り。「爾時他方国土諸来菩薩」より「汝等自当因是得聞」に至るまでを序分と為し、「爾時釈迦牟尼仏」より分別功徳品十九行の偈の「以助無上心」に至るまでの一品二半を正説分と為し、偈より以後経の訖りまでを流通分と為す。
一、一部八巻に七譬有り。譬喩品には三車火宅の譬。信解品には窮子の譬。薬草喩品には三草二木の譬。化城喩品には化城の譬。五百弟子品には繋珠の譬。安楽行品には頂珠の譬。寿量品には医師の譬。已上一部の中の七譬とは是れなり。/ 一、品々に就きて迹門。/ 一、序品には五瑞六瑞を見て弥勒文殊に問ひ給ふに、過去の灯明仏の時法華経を説き給ひしに今の瑞相現ずと答へ給ふ。仏説はなし。/ 一、方便品には舎利弗の請ひに趣きて略開三顕一、広開三顕一す。略開三顕一とは十如実相の法門なり。広開三顕一とは仏知見とて五仏道同儀式の法門なり。/ 一、譬喩品には、舎利弗は上根なるに依りて前の五仏道同の儀式を聞いて疑ひを生じ彼れを除きて記を授く。迦葉・迦旃延・目連・須菩提の四大声聞は中根なるに依りて十如実相五仏道同を悟らざる間、三車火宅の喩を説いて之れを悟らしめ畢んぬ。/ 一、信解品には、窮子の喩を以て上の四大声聞領解し畢んぬ。此の品には一代五時の意を自ら之れを説く。仏説はなし。
一、薬草喩品には、三草二木の喩を説いて述成し給へり。/ 一、授記品には、四大声聞授記を蒙る。/ 一、化城喩品には、五百の声聞・千二百の羅漢・下根なるに依りて化城宝所の喩を説いて聞かしむる時悟り畢んぬ。/ 一、五百弟子品には、繋珠の喩を説いて領解を申す。/ 一、人記品には、彼の下根の声聞総記を蒙る普明如来等なり。/ 一、法師品には、五種法師の行を説く、或は六種法師とも云ふなり。五種法師の修する修行と云ふは受持・読・誦・解説・書写なり。六種法師と云ふは、読の行とて読誦を二に分かる時は六種の法師と云ふなり。/ 一、宝塔品には、四衆八部の類の疑ひを除かんが為に多宝仏出現して、皆是れ真実と証明し給ふなり。/ 一、提婆品には、彼の達多の五逆罪の人ながら記別に預かり畢んぬ。五障の竜女は即身に無垢世界に成道を唱ふ。/ 一、勧持品には、二万の菩薩・学無学の声聞・八十万億那由他の菩薩此土弘経を申す時、三類の敵有りて怨み嫉むべき旨を説く。
一、安楽行品には、四安楽行を説く。一つには身・二つには口・三つには意・四には誓願なり。次に頂珠の譬を説く。/ 一、涌出品には、過八恒沙の菩薩此土の弘経を申さるるといへども、仏此に本有の眷属を召し出だされしかば、上行・無辺行・浄行・安立行の四菩薩を始めとして、六万恒沙の菩薩多くの眷属を引き具して涌出し給ふ。身皆金色なり。弥勒菩薩疑ってのたまはく、仏今世に成道し給ふ事四十余年なり。乃至二十五の親百歳の子の譬あり。/ 一、寿量品には、上の涌出品の弥勒の疑ひを除かんが為に、久遠実成の旨を顕はし給ふ。医師の譬を説いて而も現有滅不滅と説き給へり。/ 一、分別功徳品には、仏の寿命の久遠なる事を聞いて六百八十万億那由他恒河沙の衆生、無生法忍を得、微塵の菩薩三菩提を成ずと説く。次に仏の寿命の長遠なる事を聞いて一念信解する者は五波羅蜜を八十万億那由他劫行ずるより勝ると説く。/ 一、随喜功徳品には、此の経を聞く事五十展転したらんは八十年の間の布施に勝れたりと説く。
一、法師功徳品には、法師此の経を修行して六根清浄を得る事を説く。/ 一、不軽品には、彼の菩薩上慢の四衆を礼拝して杖木瓦石の難を被る事を説く。其の時四衆阿鼻大城に堕ちて千劫を経たり。然れども今彼の菩薩釈尊と生まれて還りて彼れを利益し給ふ。/ 一、神力品には、仏十神力を現じて末法の弘通を上行等に付属し給ふ事を説く。塔中の付属なり。/ 一、属累品には、仏、塔より下りて頂を三度摩でて重ねて此の経を付属し給ふ。/ 一、薬王品には、十の喩を説いて諸経に勝れたる事を明かす。一切の仏・菩薩・声聞・縁覚の説の中には此の経第一と説く。守護の付属を蒙る。/ 一、妙音菩薩品には、東方浄華宿王智如来の所より来たりて、三十四身を現じて衆生を利益し給ふ事を説くなり。/ 一、観世音菩薩品には、西方安養浄土より来たりて、三十三身を現じて衆生を利益すと説く。方便並びに此の経を説き給ふ事は妙音品の如し。/ 一、陀羅尼品には、二士・二王・十羅刹、呪を説いて持者を守護し給ふ事を説くなり。// 一、厳王品には、二子の教化に依りて、厳王並びに夫人眷属、宿王華智仏の前にして沙羅樹王仏の記別を得ると説く。今の華徳菩薩是れなり。
一、普賢菩薩品には、此の菩薩東方宝威徳上王仏の国より来たりて此の経を勧発す。仏四法成就の旨を説き給へり。此の菩薩陀羅尼を説いて持経者を守護し給ふべき事を説くなり。/ 日蓮花押
◆ 神祇門 〔C9・康元頃〕/ 抑 将に神の本地を顕はして功徳を普く法界に回向せんと思ふに両門あり。一つには権者の神の本地をあらはし、二つには実者の神のたたりを明かすなり。然るに神と申すに二義あり。一つには権者、一つには実者の神なり。/ 第一に権者の神と申すは、法性の都を出でて衆生を利益し給ふ。之れに依りて日本国を守護し給ふに天神七代・地神五代なり。此の神と申すは鹿島の大明神なり。此の神をいざなぎ・いざなみと云ふなり。其の本地を尋ぬれば久遠実成の釈迦如来、大悲方便の化身なり。然るに如来大身を現じ給ふ時は法界に満つ。或は衆生の機縁に随ひて丈六卑少の形を顕はし給ふ事は三身即一の故なり。或は人師先徳と成り、或は権現垂迹と化して一切衆生を悲しむ。然れば迷の前には神と現はれ、覚の前には仏と顕はる。本より法界なり。但し迷と悟との差別に依りて仏・神と分け奉るなり。/ 又いざなぎと申すは鹿島大明神、此れは男神なり。いざなみと申すは香取の明神なり。此れは后の神なり。是れ夫妻と成りてそさのをの尊と天照太神を儲け奉り給ふなり。そさのをは第二の王子、神明は第一の太郎の御子なり。
兄弟して互ひに此の国を諍ひ給ふに、いざなぎ・いざなみ天より下来して相論を留め給ふ。然れども其の教に依らず、天の岩戸を引き立て籠り給ひければ、頓に此の国闇の夜と成りにけり。其の時二人の神、天照太神を出だし奉らんが為に、日本国中の神を集め奉り、七日の御神楽を初め給ふに、太神之れを見て戸をほそ目に開き給ふ時、神々の御面見えたり。其の時あら面白やと云ふ事は初まりたり。此の御影を内侍と云ふ鏡を作りて移し奉るなり。其の御影を内裏の御宝と定め給ふなり。かくて太郎の神を出だし奉りて兄弟の中を和らげ、天照太神をば日本国の神の総政所と名付け給ふ。今の伊勢太神宮是れなり。/ そさのをのみことは日本神祖と成り給ふなり。今の出雲の大宮是れなり。伊勢太神宮の御末に神武天皇御座すなり。此の御門は人王と顕はれ始め給ふなり。此の故に神々は百王百代の末まで守らんと誓ひ給ふ。此の神武天皇より建長八年〈丙辰〉歳の王に至るまで八十九代なり。日本国は本はどろの海なりけり。然るを、いざなぎ・いざなみ須弥山のこしの金剛山と云ふ山をくずし入れて、彼のあしはら(葦原)にして満七日火の雨をふらして焼きかためたり。其れよりして此の国をば神国とは申すなり。
然るに本地の仏法を信ずれば弥々此の国は栄ふるなり。之れを以て仏法・王法と云ふなり。抑 人は本地を顕はせば歎く。神は本地を顕はし奉れば喜び給ふ。故に万人神の本地を知るべし。/ 鹿島明神の本地は十一面観音の垂迹と申すなり。或は釈迦如来の垂迹とも云ふなり。奈良の京にしては春日大明神と現じ、西京にしては吉田大明神と示し、摂津の国難波の京にしては住吉と顕はる。新羅国を随へん為なり。証文に云く「我滅度後 於末法中 現大明神 広度衆生」云云。又多くの文有り。是等の文は釈迦如来と見えたり。鹿島明神、春日にては五所の官と顕はれ給ふ。/ 熊野の権現をば、他宗には本地証城殿の阿弥陀如来と申すなり。其の義然らざるなり。熊野縁起に云く「昔中天に於て衆生を度す」。今日本国金剛山宇津宮に在りて権に現じて、末世末代に群生を利す。又云く「昔鷲峰に在りて牟尼と名づく」。今、海中金剛山に於て衆生を度せんが為に、蔵王法起菩薩と現じて同じく発願するなり。是れ涌出の蔵王なり。熊野にしては八尺の熊と現じ、紀州の峰にしては八尺の鳥と成りて懸る。鎮西の広山にしては水精となる。和光同塵の形なり。御たけ(獄)は三十八所、本地薬師如来なり。春日は不動明王、祇園は十二神将、薬師如来なり。白山は妙理権現、熱田は八剣大菩薩なり。
抑 此の本地を顕はすは皆釈迦如来の御化現、五百大願悲華経の内に委しく見えたり。/ 延暦二十三年〈甲申〉春、伝教大師渡海を遂げんが為に、筑前の国に向かひて宇佐の神宮寺に自ら法華経を講ず。即ち大明神の託宣に云く「我此の法音を聞かずして久しく歳年を歴たり。幸ひに和尚に値遇して正教を聞くことを得て至誠に随喜す。何をか是れ謝徳とせん。苟に我が所持の法衣有り。即ち斎殿を開くに至りて手に紫の袈裟一つを捧げて和尚に上げ奉る。大悲力の故に幸ひに納受垂る。是の時に禰宜祝等各之れを歓喜す」。元より以来此の如き奇事を見ざる聞かざるやと。彼の施す所の法衣は御経蔵に在り。/ 元慶元年〈丁酉〉十一月十三日、権大宮司藤原の実元が女、七歳にして託宣して云く「我が日本国を持ちて大明神と示現す」。本体は是れ釈迦如来なり。延喜二年四月二日、二歳計りの小児託宣して云く「我無量劫より以来度し難きを教化す。未度の衆生の為に此の中に在りて大菩薩と示現す」。経に云く「得道より以来法性を動ぜず。八正道を示して権跡を垂れ解脱を得て衆生を救ふ。故に八幡大菩薩と号す」云云。五十二代平城天皇の御宇に八幡の託宣に云く「紛喩の社は珍財を好まざる者に非ず、重んぜずに非ず。正直の人の首を以て栖と為す。諂曲の人の心を以て受けず」。
八幡式の序に云く「摩耶夫人を母とし浄飯大王を父とすと云ふなり」。大隅正八幡石銘に云く「昔霊鷲山に在りて妙法華経を説き、今正宮の中に在りて大菩薩と示現す」。/ 北野の天神、法華経に帰して真言等を用ゐざる事、天神託宣して云く「吾が円宗の法門に於て未だ心に飽かず。仍って遠忌追善に当たりて、須く密壇を改めて法華八講を修すべきなり」。所以に曼陀羅供を改めて法華講を始む。吉祥院の八講と号す是れなり。彼の院は北野天神、法華を信ずる事云云。一条院の御時、恵心の僧都、賀茂社に七日参籠して出離生死の道は何れの経に付くべきと祈誓あれば、示現して云く「釈迦の説教は一乗に留まり、諸仏の成道は妙法に在り、菩薩の六度は蓮華に在り。二乗の作仏は此の経に在り。伝教大師、賀茂大明神に参詣して法華経を講じ給ふ時に、神喜びて甲冑を自ら布施し玉ふ」云云。/ 是等の文能く能く意得て本地垂迹を云ふべきなり。本師如来の教に背く衆生を救はんが為に、神と成りて、一紙半銭の分を受けて救ひ給ふなり。仏法を受けざる所を色を替へて有情を治抜するなり。止観六に云く「和光同塵は結縁の始め、八相成道は以て其の終りを論ず。毎日三度咎を受け御坐す事、但偏へに利益衆生の故なり」云云。
◆ 十如是事 〔C9・正嘉二年〕/ 我が身が三身即一の本覚の如来にてありける事を今経に説いて云く「如是相 如是性 如是体 如是力 如是作 如是因 如是縁 如是果 如是報 如是本末究竟等」文。/ 初めに如是相とは我が身の色形に顕はれたる相を云ふなり。是れを応身如来とも、又は解脱とも、又は仮諦とも云ふなり。次に如是性とは我が心性を云ふなり。是れを報身如来とも、又は般若とも、又は空諦とも云ふなり。三に如是体とは我が此の身体なり。是れを法身如来とも、又は中道とも、法性とも、寂滅とも云ふなり。されば此の三如是を三身如来とは云ふなり。此の三如是が三身如来にておはしましけるを、よそに思ひへだてつるが、はや我が身の上にてありけるなり。かく知りぬるを法華経をさとれる人とは申すなり。/ 此の三如是を本として、是れよりのこりの七つの如是はいでて十如是とは成りたるなり。此の十如是が百界にも千如にも三千世間にも成りたるなり。かくの如く多くの法門と成りて八万法蔵と云はるれども、すべて只一つの三諦の法にて三諦より外には法門なき事なり。其の故は百界と云ふは仮諦なり、千如と云ふは空諦なり、三千と云ふは中諦なり。
空と仮と中とを三諦と云ふ事なれば、百界千如三千世間まで多くの法門と成りたりと云へども唯一つの三諦にてある事なり。されば始めの三如是の三諦と、終りの七如是の三諦とは、唯一つの三諦にて始めと終りと我が一身の中の理にて、唯一物にて不可思議なりければ、本と末とは究竟して等しとは説き給へるなり。是れを如是本末究竟等とは申したるなり。始めの三如是を本とし、終りの七如是を末として、十の如是にてあるは、我が身の中の三諦にてあるなり。此の三諦を三身如来とも云へば、我が心身より外には善悪に付けてかみ(髪)すぢ計りの法もなき物を、されば我が身が頓て三身即一の本覚の如来にてはありける事なり。/ 是れをよそに思ふを衆生とも迷ひとも凡夫とも云ふなり。是れを我が身の上と知りぬるを如来とも覚りとも聖人とも智者とも云ふなり。かう解り明らかに観ずれば、此の身頓て今生の中に本覚の如来を顕はして即身成仏とはいはるるなり。譬へば春夏田を作りうへつれば、秋冬は蔵に収めて心のままに用ゐるが如し。春より秋をまつ程は久しき様なれども、一年の内に待ち得るが如く、此の覚りに入りて仏を顕はす程は久しき様なれども、一生の内に顕はして我が身が三身即一の仏となりぬるなり。
此の道に入りぬる人にも上中下の三根はあれども、同じく一生の内に顕はすなり。上根の人は聞く所にて覚りを極めて顕はす。中根の人は若しは一日、若しは一月、若しは一年に顕はすなり。下根の人はのびゆく所なくてつまりぬれば、一生の内に限りたる事なれば、臨終の時に至りて諸のみえつる夢も覚めてうつつになりぬるが如く、只今までみつる所の生死妄想の邪思ひ、ひがめの理はあと形もなくなりて、本覚のうつつの覚りにかへりて法界をみれば皆寂光の極楽にて、日来賤しと思ひし我が此の身が、三身即一の本覚の如来にてあるべきなり。秋のいねには早と中と晩との三つのいね有れども一年が内に収むるが如く、此れも上中下の差別ある人なれども、同じく一生の内に諸仏如来と一体不二に思ひ合はせてあるべき事なり。/ 妙法蓮華経の体のいみじくおはしますは、何様なる体にておはしますぞと尋ね出だしてみれば、我が心性の八葉の白蓮華にてありける事なり。されば我が身の体性を妙法蓮華経とは申しける事なれば、経の名にてはあらずして、はや我が身の体にてありけると知りぬれば、我が身頓て法華経にて、法華経は我が身の体をよび顕はし給ひける仏の御言にてこそありければ、やがて我が身三身即一の本覚の如来にてあるものなり。
かく覚りぬれば無始より已来、今まで思ひならはしし、ひが思ひの妄想は、昨日の夢を思ひやるが如く、あとかたもなく成りぬる事なり。是れを信じて一遍も南無妙法蓮華経と申せば、法華経を覚りて如法に一部をよみ奉るにてあるなり。十遍は十部、百遍は百部、千遍は千部を如法によみ奉るにてあるべきなり。かく信ずるを如説修行の人とは申すなり。南無妙法蓮華経。/ 日蓮花押
◆ 一念三千法門 〔C9・正嘉二年〕/ 法華経の余経に勝れたる事何事ぞ。此の経に一心三観・一念三千と云ふ事あり。薬王菩薩漢土に出世して天台大師と云はれ、此の法門を覚り給ひしかども、先づ玄義十巻・文句十巻・覚意三昧・小止観・浄名疏・四念処・次第禅門等の多くの法門を説きしかども、此の一念三千の法門をば談じ給はず、百界千如の法門計りなり。御年五十七の夏四月の比、荊州玉泉寺と申す処にて、御弟子章安大師に教へ給ふ止観と申す文十巻あり。上四帖に猶秘し給ひて、但六即四種三昧等計りなり。五の巻に至りて十境・十乗・一念三千の法門を立て「夫れ一心に具す」等云云。是れより二百年後に妙楽大師釈して云く「当に知るべし、身土は一念の三千なり。故に成道の時、此の本理に称ひて一身一念法界に遍し」云云。此の一念三千・一心三観の法門は、法華経の一の巻の十如是より起これり。文の心は百界千如・三千世間云云。/ さて一心三観と申すは余宗は如是とあそばす。是れ僻事にて二義かけたり。天台・南岳の御義を知らざる故なり。されば当宗には天台の所釈の如く三遍読むに功徳まさる。第一に是相如と相・性・体・力以下の十を如と云ふ。如と云ふは空の義なるが故に十法界皆空諦なり。是れを読み観ずる時は我が身即報身如来なり。八万四千又は般若とも申す。
第二に如是相は是れ我が身の色形顕はれたる相なり、是れ皆仮なり。相・性・体・力以下の十なれば、十法界皆仮諦と申して仮の義なり。是れを読み観ずる時は我が身即応身如来なり、又は解脱とも申す。第三に相如是と云ふは、中道と申して仏の法身の形なり。是れを読み観ずる時は我が身即法身如来なり。又は中道とも法性とも涅槃とも寂滅とも申す。此の三を法・報・応の三身とも、空・仮・中の三諦とも、法身・般若・解脱の三徳とも申す。此の三身如来全く外になし。我が身即三徳究竟の体にて三身即一身の本覚の仏なり。是れを知るを如来とも聖人とも悟りとも云ふ。知らざるを凡夫とも衆生とも迷ひとも申す。/ 十界の衆生各互ひに十界を具足す、合すれば百界なり。百界に各々十如を具すれば千如なり。此の千如是に衆生世間・国土世間・五陰世間を具すれば三千なり。百界と顕はれたる色相は皆総て仮の義なれば仮諦の一なり。千如は総て空の義なれば空諦の一なり。三千世間は総て法身の義なれば中道の一なり。法門多しと雖も但三諦なり。此の三諦を三身如来とも三徳究竟とも申すなり。/ 始めの三如是は本覚の如来なり。終りの七如是と一体にして無二無別なれば本末究竟等とは申すなり。
本と申すは仏性、末と申すは未顕の仏、九界の名なり。究竟等と申すは妙覚究竟の如来と、理即の凡夫なる我等と差別なきを究竟等とも、平等大恵の法華経とも申すなり。/ 始めの三如是は本覚の如来なり。本覚の如来を悟り出だし給へる妙覚の仏なれば我等は妙覚の父母なり、仏は我等が能生の子なり。止の一に云く「止は則ち仏の母、観は即ち仏の父なり」云云。譬へば人十人あらんずるが面々に蔵々に宝をつみ、我が蔵に宝のある事を知らず、かつへ(飢)死しこごへ(凍)死す。或は一人此の中にかしこき人ありて悟り出だすが如し。九人は終に知らず。然るに或は教へられて食し、或はくくめ(含)られて食するが如し。弘の一の「止観の二字は正しく聞体を示す」と聞かざる者は本末究竟等も徒らか。子なれども親にまさる事多し。重華はかたくなはしき父を敬ひて賢人の名を得たり。沛公は帝王と成りて後も其の父を拝す。其の敬はれたる父をば全く王といはず、敬ひし子をば王と仰ぐが如し。其れ仏は子なれども賢くましまして悟り出だし給へり。凡夫は親なれども愚痴にして未だ悟らず。委しき義を知らざる人、毘盧の頂上をふむなんど悪口す。大なる僻事なり。
一心三観に付きて次第の三観・不次第の三観と云ふ事あり。委しく申すに及ばず候。此の三観を心得すまし成就したる処を、華厳経に「三界唯一心」云云。天台は「諸水入海」とのぶ。仏と我等と総て一切衆生理性一にてへだてなきを平等大恵と云ふなり。平等と書きてはおしなべてと読む。此の一心三観・一念三千の法門諸経にたえてこれなし。法華経に遇はざれば争でか成仏すべきや。余経には六界八界より十界を明せども、さらに具を明かさず。法華経は念々に一心三観・一念三千の謂れを観ずれば、我が身本覚の如来なること悟り出だされ、無明の雲晴れて法性の月明らかに、妄想の夢醒めて本覚の月輪いさぎよく、父母所生の肉身煩悩具足の身、即ち本有常住の如来となるべし。此れを即身成仏とも煩悩即菩提とも生死即涅槃とも申す。此の時法界を照らし見れば、悉く中道の一理にて仏も衆生も一なり。されば天台の所釈に「一色一香中道に非ざること無し」と釈し給へり。此の時は十方世界皆寂光浄土にて、何れの処をか弥陀・薬師等の浄土とは云はん。是れを以て法華経に「是の法は法位に住して世間の相常住なり」と説き給ふ。/ さては経をよまずとも、心地の観念計りにて成仏すべきかと思ひたれば、一念三千の観念も一心三観の観法も妙法蓮華経の五字に納まれり。妙法蓮華経の五字は又我等が一心に納めて候ひけり。
天台の所釈に「此の妙法蓮華経は本地甚深の奥蔵なり。三世の如来の証得したまふ所なり」と釈したり。さて此の妙法蓮華経を唱ふる時、心中の本覚の仏顕はる。我等が身と心をば蔵に譬へ、妙の一字を印に譬へたり。天台の御釈に「秘密の奥蔵を発く、之れを称して妙と為す。権実の正軌を示す、故に号して法と為す。久遠の本果を指す、之れを喩ふるに蓮を以てす。不二の円道に会す、之れを譬ふるに華を以てす。声仏事を為す、之れを称して経と為す」と釈し給ひ、又「妙とは不可思議の法を褒美するなり。又妙とは十界・十如・権実の法なり」云云。/ 経の題目を唱ふると観念と一なる事心得がたしと愚痴の人は思ひ給ふべし。されども天台止の二に「而於説黙」と云へり。説とは経、黙とは観念なり。又四教義の一に云く「但功の唐捐ならざるのみに非ず、亦能く理に契ふの要なるをや」云云。天台大師と申すは薬王菩薩なり。此の大師説而観而と釈し給ふ。元より天台の所釈に因縁・約教・本迹・観心の四種の御釈あり。四種の重を知らずして一しな(種)を見たる人、一向本迹をむねとし、一向観心を面とす。法華経に法・譬・因縁と云ふ事あり。法説の段に至りて諸仏出世の本懐、一切衆生成仏の直道と定む。
我のみならず、一切衆生直至道場の因縁なりと定め給ひしは題目なり。されば天台玄の一に「衆善の小行を会して広大の一乗に帰す」。広大と申すは残らず引導し給ふを申すなり。仮使(たとい)釈尊一人本懐と宣べ給ふとも、等覚以下は仰ぎて此の経を信ずべし。況や諸仏出世の本懐なり。/ 禅宗は観心を本懐と仰ぐとあれども其れは四種の一面なり。一念三千・一心三観等の観心計り法華経の肝心なるべくば題目に十如是を置くべき処に、題目に妙法蓮華経と置かれたる上は子細に及ばず。又当世の禅宗は教外別伝と云ひ給ふかと思へば、又捨てられたる円覚経等の文を引かるる上は、実経の文に於て御綺(いろ)ひに及ぶべからず候。智者は読誦に観念をも並ぶべし。愚者は題目計りを唱ふとも此の理に会ふべし。/ 此の妙法蓮華経とは我等が心性、総じては一切衆生の心性八葉の白蓮華の名なり。是れを教へ給ふ仏の御詞なり。無始より以来、我が身中の心性に迷ひて生死を流転せし身、今此の経に値ひ奉りて、三身即一の本覚の如来を唱ふるに顕はれて、現世に其の内証成仏するを即身成仏と申す。死すれば光を放つ、是れ外用の成仏と申す。来世得作仏とは是れなり。
「略挙経題玄収一部」とて一遍は一部云云。妙法蓮華経と唱ふる時心性の如来顕はる。耳にふれし類は無量阿僧祇劫の罪を滅す。一念も随喜する時即身成仏す。縦ひ信ぜずとも種と成り熟と成り必ず之れに依りて成仏す。妙楽大師の云く「若しは取若しは捨耳に経て縁と成る、或は順或は違終に斯れに因りて脱す」云云。日蓮云く、若しは取若しは捨或は順或は違の文肝に銘ずる詞なり。法華経に「若有聞法者」等と説かれたるは是れか。既に聞く者と説かれたり、観念計りにて成仏すべくば若有観法者と説かるべし。只天台の御料簡に十如是と云ふは十界なり。此の十界は一念より事起こり、十界の衆生は出で来たりけり。此の十如是と云ふは妙法蓮華経にて有りけり。此の娑婆世界は耳根得道の国なり。以前に申す如く「当知身土」云云。一切衆生の身に百界千如・三千世間を納むる謂れを明かすが故に、是れを耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり。一切衆生と申すは草木瓦礫も一切衆生の内なるか〈有情非情〉。抑 草木は何ぞ。金論に云く「一草・一木・一礫・一塵、各一仏性・各一因果あり縁了を具足す」等云云。法師品の始めに云く「無量の諸天・竜王・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩羅伽、人と非人と及び比丘・比丘尼、妙法華経の一偈一句を聞き、乃至一念も随喜せん者は我皆阿耨多羅三藐三菩提の記を与へ授く」云云。
非人とは総じて人界の外一切有情界とて心あるものなり。況や人界をや。/ 法華経の行者は如説修行せば、必ず一生の中に一人も残らず成仏すべし。譬へば春夏田を作るに早晩あれども一年の中には必ず之れを納む。法華の行者も上中下根あれども、必ず一生の中に証得す。玄の一に云く「上中下根皆記別を与ふ」云云。観心計りにて成仏せんと思ふ人は一方かけたる人なり。況や教外別伝の坐禅をや。法師品に云く「薬王多く人ありて在家出家の菩薩の道を行ぜんに、若し是の法華経を見聞し読誦し書持し供養すること得ること能はずんば、当に知るべし、是の人は未だ善く菩薩の道を行ぜざるなり。若し是の経典を聞くことを得ることあらば、乃ち能善く菩薩の道を行ずるなり」云云。観心計りにて成仏すべくんば争でか見聞読誦と云はんや。此の経は専ら聞を以て本と為す。/ 凡そ此の経は悪人・女人・二乗・闡提を簡ばず。故に皆成仏道とも云ひ、又平等大恵とも云ふ。善悪不二・邪正一如と聞く処にやがて内証成仏す。故に即身成仏と申し、一生に証得するが故に一生妙覚と云ふ。義を知らざる人なれども唱ふれば唯仏と仏と悦び給ふ。「我即歓喜諸仏亦然」云云。
百千合はせたる薬も口にのまざれば病も愈えず、蔵に宝を持てども開く事を知らずしてかつへ、懐に薬を持ちても飲まん事を知らずして死するが如し。如意宝珠と云ふ玉は、五百弟子品の此の経の徳も又此の如く、観心を並べて読むは申すに及ばず。観念せずと雖も始めに申しつるごとく「所謂諸法 如是相如」云云と読む時は、如は空の義なれば我が身の先業にうくる所の相性体力、其の具する所の八十八使の見惑、八十一品の思惑、其れ空にして報身如来なり。「所謂諸法 如是相」云云とよめば、是れ仮の義なれば我が此の身先業に依りて受けたる相性体力云云。其の具したる塵沙の惑、悉く即身応身如来なり。「所謂諸法如是」と読む時は、是れ中道の義に順じて業に依りて受くる所の相性等云云。其れに随ひたる無明皆退きて即身法身の如来と心を開く。此の十如是三転によまるる事、三身即一身・一身即三身の義なり。三に分かるれども一なり一に定まれども三なり。
◆ 善神擁護抄 〔C9・弘長元年〕/ 帝釈は三十六の善神王をつかはし、二十五の善神王をさしそへ、持経者を擁護せしめ給ふ。此の神王に百億恒沙の眷属あり。形を隠して番々に相代はりて守護せしめ給ふ。持国天は水火の災を除き、広目天は怨敵の難を退け、増長天は衆病を消除し、多聞天は夜叉の害を除かしむ。皆是れ帝釈の勅なり。「天諸童子 以為給使」云云。秘すべし秘すべし。
◆ 大黒天神相伝肝文 〔C9・弘長元年三月一三日・富木常忍〕/ 南無大黒天神敬白/ 是法住法位 世間相常住。我有如是 七宝大車 其数無量。深自慶幸 獲大善利 無量珍宝 不求自得。是諸衆生 聞是法已 現世安穏 後生善処。得安穏楽 世間之楽。如以甘露灑 除熱得清涼 如従飢国来 忽遇大王膳。常以二食 一者法喜食 二者禅悦食。我願既満 衆望亦足。所願具足 心大歓喜。諸天昼夜 常為法故 而衛護之。天諸童子 以為給使。遊行無畏 如師子王 智恵光明 如日之照 若於夢中 但見妙事〈已上〉迹門/   本門肝文〈我此土安穏 天人常充満〉/ 是好良薬 今留在此。聞仏寿無量 一切皆歓喜 仏名聞十方 広饒益衆生。充満其願 如清涼池 能満一切。此経則為 閻浮提人 病之良薬 若人有病 得聞是経 病即消滅 不老不死。福聚海無量 是故応頂礼。受持法華名者 福不可量。供養讃歎之者 当於今世 得現果報。当起遠迎 当如敬仏。/ 若悩乱者 頭破七分 有供養者 福過十号。讃者積福於安明。/   大黒天神授文
寿福増進安穏楽。除病延命息災我。福我円満重果報。衆人愛敬従恭敬。入来衆人得七宝。/ 三月十三日/ 富木殿江
◆ 大黒送状 〔C9・弘長元年三月一三日・富木常忍〕/ 大黒供養料、慥かに給はり候ひ畢んぬ。丑寅の方に安置し懇ろに開眼し供養し加持いたし送り奉り候ぞ。別に注するが如く毎年供養勧請せしめ給へ。少しも懈怠し給ふ事なかれ。総じては大黒経に仏委しく説き給ふなり。大黒天に二人あり。一には貧人に財宝を与ふる。これは世間愛敬する大黒天たり。二には中道無上の宝珠を持たざる者に珍宝を与へ給ふ。是れは出世の大黒なり。又は大去垢天神とも書くなり。五道六道に輪廻する一切衆生は、無明の煩悩の垢ある故なり。今教主大覚世尊の大福人の大去垢に値ひ奉りて、忽ちに身常に臭き処の垢壊不浄の垢を脱れて、目出たき果報を得るなり。されば竜女は「女身垢穢非是法器」の畜生の身なりと舎利弗は難ぜしかども、釈迦仏程の大去垢に値ひ進らせて、無垢世界の大楽を受得せしなり。/ 根本伝教大師、叡山を建立して大黒天を供養し安置し給ひて、三千人の衆徒をば養ひ給ふ事、是れ又大黒天の一念よりをこれり。一念三千の法門とも沙汰し候なり。されば中道熾盛光の法とて二つの相伝之れ有り。天台宗の秘奥の法門相伝なり。
之れに依りて慈覚大師は弁財天女を用ゐ給ひ、伝教大師は大黒天を信用し給ふ。師弟不同なりと雖も其の内証之れ同じ。/ 爰に貴辺、法華経の題目の行者と申せども貧窮極り無きなり。又過去謗法の罪に依るか。然る間日蓮一作を興し大黒天童を造立し奉り付属せしめ畢んぬ。法華経に云く「如貧得宝」。第二に云く「無上の宝聚求めざるに自ら得たり」。伝教云く「讃むる者は福を安明に積まん」。妙楽云く「供養すること有らん者は福十号に過ぐ」。陀羅尼品に云く「法華の名を受持せん者、福量るべからず」。法華経を持ち奉る者をば、大黒天神、福祐を授け給ふ事疑ひ有るべからざる者なり。但し日蓮自作の大黒にして、福分を与えばなりとは仰せども、法華経の信心名聞にあり。或は、世間の財宝を面として広宣流布の志なくば利生之れ有るべからず。此の事能く能く案じ給へ。法華経の外には大黒なし。題目の行者大黒なるなり。貴辺、豈に大黒に非ずや。幸甚幸甚。/ 天台云く「名は自性を詮とす」云云。又云く「名は体を召す」云云。富木殿と大黒と法華経と日蓮とを謗ぜば、争でか福分有るべく候はんや。所詮 昔の大黒とは今は日蓮是れなり。別して楽を貴辺に与ふ。総じては日蓮が門人等豈に福智を蒙らざらんか。
信心強盛にして毎年十一月の子日、正月の子日、讃歎供養し奉り給へ。経に云く「恐畏の世に於て能く須臾も説かんは、一切の天人皆応に供養すべし」云云。委しくは大黒供養勧請の如し。敢へて他見に及ぶべからず。秘すべし、秘すべし。/ 三月十三日  日蓮花押/ 富木殿江
◆ 聖人御系図御書 〔C9・文永元年八月一四日〕/ 神武より四十五代聖武天皇、河内の守通行の末裔、遠江貫名五郎重実と云ふまでは十一代なり。重実其の子三人之れあり。嫡子は貫名仲太、次男は仲三、同じく三男は仲四是れなり。所領の相論に依りて度度上奏を致すと云へども、其の下知無きに依りて合戦いたし、一族を亡ぼす事之れ多し。然る間、配所安房の国東条の片海と云ふ所へ流され畢んぬ。次男の仲三の其の子に日蓮是れなり。/ 文永元年八月十四日/ 日蓮花押
◆ 大黒天神供養相承事 〔C9・文永元年九月一七日・池上宗仲〕/ 世間の楽及び涅槃の楽を得、貧窮の衆生には福力を与へ、病ある衆生には良薬を与へ、智無き者には智者と成し、短命の者には長命と成し、悪心の者は善心と成す。/ 一、我が朝に於て大黒天神出現の初めを申せば、仁王五十代桓武天皇の御宇に、伝教大師叡山坂本に於て対談候なり。色黒く、長短く、形円にして目細く、額にふりし黒き烏帽子をかぶり、後に袋をかつぎ、手に槌を持ちて同行なく只一人。伝教大師是れに行き逢ひ給ひて、汝誰人ぞと問ひ給ふ。我大黒天神なりと云ひて、貧しき衆生に福を与へんが為に出現すと答ふ。色の黒きは如何と問ひ給ふ。無明即法性の深理の表示と答ふ。長短く形円成るは如何と問ふ。是れ即ち万法円備を顕はすなりと答ふ。老体如何と問ふ。久遠正覚、歳長けて世間に相常住せるを顕はすなりと答ふ。独にして眷属無きは如何と問ふ。「唯我一人のみ能く救護を為す」との答へなり。目細く笑顔成るは如何と問ひ給ふ。慈眼して衆生を視る心なりと答ふ。偖て後の袋は如何と問ひ給ふ。福聚の海無量と答ふ。偖て本地は如何と問ふ。皆苦を離れ安穏の楽を得しむと答ふ。
偖て叡山へ同心有りて勧請す。伝教大師、貴辺一日に如何程の人を学すと問ふ。一日に一万人学す、日本には毎日一千人学すべしと答ふ。其の時伝教大師の云く、日に合はせて三千人宛学すべしと云ふ大願あり。其の時大黒天神の曰く、然らば我三千人の養育を請け取るべきなりと答ふ。故に尤も三塔に各一尊宛大黒天神を祷り、三処に勧請し、日に三千人の学の衆生に福を与へ給ふ。大黒天神の尊形と云ふは是れ別事に非ず。普門品の「慈眼視衆生 福聚海無量」と意得べきなり。仍って忝くも本地久遠の釈迦如来是れなり。深き相伝の習ひ此の如し、秘すべし云云。/ 右此の旨を守り、大黒天神を信ずる者は現世安穏にして福を自在に祐き、来世に成仏して得脱すること疑ひ無し。縦ひ毎月毎日信ずる事成り難き者は、六斎の甲子に供物調へ御祭祀有るべきものなり。是れ秘中の秘なり。/ 文永元年〈太歳甲子〉九月十七日  日蓮花押/ 兵衛志殿御返事
◆ 禅宗天台勝劣抄 〔C9・文永元年〕/ 問ふ、禅宗・天台宗何れが勝れたりと云ふべきや。答ふ、天台宗勝れたり。之れに付きて禅宗をば又は仏心宗と云ふ。我が心、仏なるが故なり。或は教外別伝とも云ふ。一代聖教の外に伝ふと習ふ法門なり。始め華厳より終り涅槃経に至りては教内の法門にて猶涕唾に類す。余経余論は教内にして輙く生死を出でがたし。今別伝は一代聖教の外に有りて、速やかに生死を出でて至極甚深の法門なり。然れば天台宗は教内、禅宗は教外なり。/ 若し爾らば禅宗まさると云ふべきや。答ふ、凡そ禅宗とは東土の六祖是れを伝ふ。達磨既に楞伽経に依りて宗を立つ。其れ楞伽経は法華已前の方等部の経、猶権経なり。権教に依りて立つる所の宗、豈に法華にまさらんや。但し教外別伝と云ふ事証拠なき事実なり。所以に一代聖教を離れて別に仏法有りとは何れの経論に見えたるや。又経論に依らずして師の言に依るべきか。祖師と仏と何れを信ずべきや。若し祖師を信ぜば、其の祖師の善・不善何に依りてか別かつべき。悟・不悟亦争でか知るべき。若し仏を信ぜば教外別伝と云ふべからず。仏全く教外に別伝ありとは仰せられず。若しありといはば外道の法なるべし。天魔の所説、正法破滅の源なり。
之れに依りて経に云く「若し経律を離れて是の説を作さば当に知るべし即ち是れ虚説なり」云云。像法決疑経に云く「諸の悪比丘、或は禅を修すること有るとも経論に依らず。自ら己見を逐ひて非を以て是と為し、是れ邪、是れ正と分別すること能はず。遍く道俗に向かって是の如き言を作さん。我能く是れを知り、我能く是れを見ると。当に知るべし、是の人の速やかに我が法を滅せんことを」文。玄の一に云く「若し観心の人、心に即して而も是れなり、己則ち仏に均しと謂ひ、都て経論を尋ねずして増上慢に堕す。此れ則ち炬を把りて自ら焼く、行の悪道を牽くことは、其れ聞くことを習はざるに由るなり」。/ 此等の文釈、経論によらず教外に別伝ありと云はんは、天魔・外道・上慢・破法・堕悪の者なるべしと云ふ証拠なり。故に教外別伝とは全く仏法に非ずと云ふべきなり。設ひ録等に此の旨ありとも、録は人師の釈なり。仏説に非ず。信ずべからず。我則ち仏、我既に解りたりと云ひ、又是心是仏と云ひて心の外に法なしと云へども、経論に依らずばさとりにもあらず。心法にもあらず仏法にもあらず。
◆ 法華大綱抄 〔C9・文永三年〕/ 凡そ仏法を信ずる人は仏と経との二を明らむべきなり。然るに当世の諸宗の眉を組み轡を並べて、各我が所立こそ実なれと諍へども、皆仏の御本意に背けり。先づ念仏申す人は、是れより西方十万億の仏土を過ぎて極楽世界の阿弥陀仏四十八願を発し、我等を道引き給ふと浄土の三部経に見えたりとて、彼の仏を憑みて往生すべき由を立てたり。又禅宗は毘盧の頂上を蹈むとて、釈尊と三世の諸仏をあなづり奉り、仏祖不伝と立てたり。又真言宗は本師たる釈迦をあなづり奉り、応迹たる大日を摩訶衍の仏と云ひて、余尊に勝れて貴き仏と立て、釈迦をろご(驢牛)の三身と下し奉る。是れ則ち釈尊御出世の本懐に背き諸仏の本意をも知らざるなり。/ 其の故は法華経第二の譬喩品に云く「今此三界 皆是我有」云云。是の三界の日本国は釈尊の御領なり。其の御領の住人は釈尊を主と憑み奉るべきなり。「其中衆生 悉是吾子」と云へり。是れは我等衆生は釈尊の御子なりと宣べ給へり。故に釈尊は我等衆生の親にて御座し候。又「唯我一人 能為救護」と云ふ。是れ釈尊は我等衆生を一人して救ふべしと誓ひ給へり。故に釈尊は我等衆生の師匠にて御座し候なり。
此の譬喩品の文は、釈尊は我等衆生の為には、主師親の三徳を備へ給ふ慈悲深重の仏にて、此の土の有縁の仏にて御座し候。然るに弥陀・薬師・大日等の仏は、加様の深縁をば此の土の衆生には結び給はず。故に法華宗は釈尊を信じ奉り候。/ さて余仏を信ぜざる事は、世の礼法にも我が憑むところの主は余人の主より劣れども、恩深き主をば争でか背くべき、乃至親・師匠是の如くなるべし。其の上阿弥陀は四十八願、薬師は十二大願、観音は三十三身、妙音は三十四身、普賢は十願、皆衆生利益の為なり。殊更に釈尊の五百の大願深くして、五百塵点劫の昔より影の形に随ふが如くし、我等に付き機縁に随ひて御志浅からず。されば法華経の第五提婆品には三千大千世界に芥子一粒計りも釈尊の御身を捨て給はざる処なしと説き給へり。是れ我等衆生を導き給ふべき方便を廻らして、是の如く難行苦行の御恩を忘れて御恩もなき余仏を信じ申すべきか。/ 其の上阿弥陀の四十八願の内にも、五逆罪の者と法華経誹謗の者をば除くべしと捨て給へり。涅槃経の文には親にそむく五逆罪すら地獄に堕つと説かれたり。所詮 釈尊に背き奉れば主師親の三にそむく。故に自ら二十の逆罪を作らずして犯す科なれば、知らず計らずあみだにも捨てられまいらせて、無間地獄は一定なり。
又禅宗は加様の事をば知らず、己れ仏に均しと謂ふと云ひて未断惑の凡夫にして仏と同位なりと申す、天魔の所為なり。されば涅槃経には「若し仏の所説に随順せざる者有らば、当に知るべし、是の人は是れ魔の眷属なり」云云。又真言宗の大日如来は何れの世界の仏の名ぞや。若し三界の内の教主ならば、世に二仏無きの道理を知らざる宗なり。凡そ世に二仏無く、国に二主無きの道理は一代経論のをきてなり。所詮 主師親の釈尊を信じ申すべきか、御恩深き釈尊を捨て申さんや。何れに付くべきや。加様に申すをば諸宗の人々は他の仏菩薩を毀ると思へり。全く其の義には非ず、只道理の然らしむるなり。世間の親・主に忠孝を致す者をば余人是れを讃むるが如し。釈尊を崇め申せば弥陀・薬師の御本意にも自ら叶ひ申す事に候。/ 次に一代の聖教は釈尊五十年の間説き給へり。所謂 華厳経は三七日、阿含経は十二年、方等・般若経は合して三十年、法華経は八ケ年に説き給ふ御経なり。其の経々に仏御入滅の後、阿難尊者、多羅葉に書き記し給ふ。其の内唐土に両度渡すところの目録あり。貞元年中には七千三百五十九巻に定め、開元年中には五千四十八巻と記せり。
此の経の勝劣を凡夫としては存じ難く候に、釈尊我と勝劣を押し分け給ひ候。法華経の第四の巻に「我仏道を為(もっ)て無量の土に於て、始めより今に至るまで広く諸経を説く、而も其の中に於て此の経第一」と御説き候。但し諸経にも此の経第一とは見えたれども、法華経のごとく釈尊御一期の始中終を取り上げて、其の中の第一とは見えず。但諸経の第一は当分の第一なり。我々の主をば分々に従類眷属は殿といへども、関白殿に対して殿といはざるが如し。若し関白殿に対して殿といはば、やがて誅滅せらるべし。其の如く方便たる諸経を経王の法華に対して肩を並べん者は、以ての外の誤りなるべし。されば法華経の序分たる無量義経には「四十余年 未顕真実」と説いて、浄土の三部経、真言の三部も禅宗の法門も皆四十余年の内の経にて、実をば説かず皆虚事なりと説き給ひ、八箇年の法華経をば「要当説真実 皆成仏無疑」と説き、「無二亦無三 除仏方便説」と宣べ給ひて、一切衆生皆成仏の法は此の経に限りて信ずべし、不成仏の四十余年の諸経を捨つべしと申す経文、誰か疑ひ申すべき。譬へば柿本の人丸が「ほのぼのとあかし(明石)のうら(浦)のあさぎり(朝霧)に島がくれ行く船をしぞをもふ」と、此の歌を以て一期の間の肝心と定めらるるを、今時の歌人として此の歌より勝れたる歌ありと申さんはうたてかるべし。
此の如く釈尊五十年の御説法を押し分けて、権実の勝劣、成仏不成仏を定めて、末世の修行は法華経を第一の良薬、一切衆生皆成仏道と教へ、諸の余経は権教・虚妄の法、不成仏の方便なれば除き捨てよと定め給ふを、今時権実の勝劣をも分たずして、仏説なれば何れも貴しと申さんは、大なる誤りなるべし。/ 又仏の御出世は法華経を説き給はんが御本意なり。されば始めよりこそ説き給ふべきに、所化の機いとけなきに依りて、機の望む所に随ひて与へ給ふ法なれば方便と申す。譬へば人の親の子の幼なき時よりよき馬にのせ、重代の太刀を持たせたけれどもあやまちあるべき故に、先づ木刀ささせ、竹馬にのせ、成人して後よき具足を授くるがごとし。さればとて成人の時竹馬・木刀を与ふべきや。是れ全く親の虚事にあらず、只幼き子をすかさんが為なり。是の如く釈尊は、法華已前は所化の機根未熟の故に根機を調へんがために、念仏・真言・禅等の竹馬・木刀を授け給へども、機根純熟して後重代の太刀を持つべき時には、已前の木刀をば捨てよと云ふが如く、法華経の時至りて法華已前の諸経を正直捨方便と説き給ふ事、更に仏の御科にあらず、只我等を扶けんと思し食す御慈悲なり。
若し此の念仏・真言・禅宗に執心なし給はば、成人の後、竹馬・木刀を帯して戦場に臨まんが如し。/ 就中 悪人と女人とは諸経にて嫌ひ捨てられしを、法華経にてやすやすと仏になし給へり。其の故は提婆は法華已前にして具に五逆を犯せし故に、王舎城の北門をふみ破りて無間地獄に堕ちぬ。女人は五障三従と嫌はれて、或は三千大千世界の男の煩悩を集めて女人一人の罪とも嫌ひ、或は一度女人を見ては永く三途の業を結ぶと説き、或は三世の諸仏の眼は大地におつるとも法界の女人は全く仏になるべからずとも宣べ、或は女人は地獄の使、能く仏の種子を断つと禁め給ひて、悪人と捨てられて成仏の道には入らざる処に、法華経に来たりて竜女仏に成りて法界の女人の成仏の道をふみ分けたり。/ 提婆達多は地獄を転じて天王如来となると、法華経の五の巻の提婆品に説き給へり。されば和泉式部は爾前にて捨てられし女が、此の経にて仏になるを歌詠みしに「二つなく三つなき法ときく時は五つの障りあらじとぞおもふ」と読めり。是れに付けても「乃至於一偈 皆成仏無疑」の経文に任せて、南無妙法蓮華経と信心強盛に唱へ申して速やかに成仏し給ふべきなり。提婆品には此の経に疑ひを生ぜずして信ずる者の事を説いて云く「未来世の中に於て若し善男子善女人有りて、妙法華経の提婆達多品を聞いて浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は、地獄餓鬼畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん。
所生之処には常に此の経聞かん。若し人天の中に生まれば勝妙の楽を受け、若し仏前に在らば蓮華より化生せん」云云。此の文の如く信心強盛に法華経に疑ひを為さずして信ずる行者は誠に後生たのもしく候。さて疑ひをなして信ぜざる者をば、「生疑不信者 即当堕悪道」と説き、三悪道に堕ちて無数劫を経んと説かれて候。所詮 此の経を信じて仏に成り給ふべきや、背きて地獄に堕ち給ふべきや。但し何れも後生をば願ふ故に、各宗旨をたづね取り取りに説教を信じ候へども、法華経より外の経教は竹馬・木刀の虚妄にて、後生成仏の重宝に非ず。たまたま法華経を信ずる故に成仏の行とはならで、返りて悪道の根源となり候。/ されば伝教大師の秀句には「前代の政道を褒美するは当時の成敗を毀るに成んぬ。爾前の諸経に依憑せば今経の怨敵と成るべし。幼稚の者の為には金銀珠玉を閣きて竹馬草鶏を与ふ。全く父母の本意に非ず且く養育の方便の為なり」。又云く「法華経を讃むと雖も還りて法華の心を死す」云云。随って我等人界に生まるる事のまれなる様を、竜樹の大論に宣べられ候。大海の八万四千由旬の底に針を立て、大風の吹かん時利天より糸を下して、針の耳につらぬく不思議はありとも、人間に生を受くる事はありがたしと宣べ給ふ。
既に是れ程の受け難き身を受けて、今度仏法の善悪を知らず、悪師の邪法を行じて最第一の法華経を信ぜず、三途の黒闇の古里に還りて永劫流転せん事、歎きの中のなげきなり。/ 其の上、南浮不定と申して、我等が命は電光朝露の如く、又蜉蝣の朝に生じて夕に死するがごとし。されば張良・樊とて武士の手本となりしも、凡そ其の名計りのこり、其の形をば留めざりき。荘子と云ひしもの夢に胡蝶と成りて百年が間華に戯ると見てさむれば、只一睡の片時なり。人間のありさまかやうにあだにはかなく候世に、急ぎ急ぎ後生に深く心を入れ、諸教の権実を糺し、本師の有縁無縁を心得、悪業を立ち処に消滅して、常住仏性の法味を嘗めて本土の寂光へ御参り候へ。されば世間の歌にも、「手に結ぶ水にやどれる月影のあるかなきかの世にもすむかな」とよみ、又「はかなくも明日の命をたのむかな昨日を過ぎし心ならひに」ともよみ候へば、急ぎてもいそぐべきは後生のたくはへにて候。/ されば昔、天竺に国王おはしける、ひめぎみ一人ましましき。いつきかしづきまいらせけるに、有る時春雨の軒におちけるに、此の色自ら玉に似ていつくしかりければ、あの玉を取りてまいらせよとありければ、めのと申すやう、御手づからめされてたび候へ。
玉作りによくすら(磨)せてまいらすべしと奏し申しければ、御手を下し取らせ給へども、只水なればうち消えて御手にのこる事なし。ひめぎみ此の時世間の無常を覚りて、道心を発して出家し給ひけると見えたり。法華経の第六の巻随喜功徳品に云く「世皆牢固ならず水沫泡焔の如し」。/ かかるあだなる世に生まれて、世間のまじはりにのみひまなく、今生の財のみにまぎれて、春夏の移り替はれるをも驚かず、花の散るをも惜しまず、時鳥の初音のをそきをも恨まず、秋冬の代はり行くにもさはがず、昨日の過ぎしをもくやまず、年月の重なるをも歎かずして、只、月を愛し華にめで空しく明かしくらしつ。つゐに若の浦は遠ざかり、老の浪は立ち重なりて、一期過ぎて後に三悪道をすみかとし給はん事うたてかるべき。故にかたのごとく仏法のわかちを立て、一はしの道理を申す事なり。初めて聞き給はん人、たとひ誹謗ありとも、終には縁と成りて扶かり給ふべし。其の故はうはなりの読みける法華経をにくかりければ、足を以てけたりし故に、地獄におちて彼の足より大光明を放ちたりき。何に況や信ぜん人の功徳をや、何に況や度重なりて聴聞して信心を深くせん人をや。
一入再入の紅の染むるに依りて色をます、千顆万顆の珠はみがくによりて光をます。/ 又悪人はいかやう悪むとも、信心退転あるべからず。されば四の巻に云く「如来の現在すら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」云云。釈尊の在世には、文殊・普賢・梵釈・日月・一国の王臣至りて信仰有りし時だにも、外道はあだみ奉りき。何に況や濁世末代には、法華経を信ぜん人をば怨嫉多かるべしと釈尊定め給へり。是の如く御定め候事のたがはず、にくまるるを以て、又法華経を信ぜん人の成仏すべしと云ふ事をば、金言いよいよ疑ひ給ふべからず。又是れを以て知んぬ、疑をなして信ぜざる人は地獄に堕ちんこと疑ひ無し。故に怨嫉の来たれるはいよいよたのもしく候。/ されば涅槃経には法華経を信ずる人は爪上の土、余経を信ずる人は十方の土の如しと説き給ひて、所詮 法華経を能く信ぜん人をば怨嫉多き故に爪上の土と説き給へり。是れを六難とも説き給へり。さればいかに障碍ありとも、此のすぢを心得る行者は怨嫉に退屈あるべからず。其の上十軍魔とて法華経を持つ者には、第六天の魔王十の魔を指しそへて宝を失ひ、命になる程の障碍多かるべしと見えたり。加様の義ありとも、魔障と心得て動転あるべからず。
所詮 退転の大科に依りて富楼那尊者等のいみじかりし人も、法華経の信心を退転して三千塵点劫の間地獄に堕ち候ぞかし。故にいかににくみそねまるるとも、法華経の故に身を捨てん事は殊勝なり。されば西行法師は華一枝おりたるとて、華の主にとがめられて詠じける歌に云く「白浪の名をば立つとも吉野河華故しづむ身をば惜しまじ」。是れは世間の事すら、やさかたの故にぬす人の名をば立つともとよまれたり。いかに申し候はんや、三世の諸仏の御本意たる法華経の故にあだまれん事は口惜しからざる事なり。故に最第一の法華経、三徳有縁の釈尊を信仰ありて理非をあきらめ、善悪を分け給ふべきなり。然れば「現世安穏 後生善処」と説き給ふ故に、今生には諸余の難を払ひ、後生には必ず仏になるべきをしへなれば、廃せず行ずべし。/ 但諸宗の人々の云く、法華経を信ぜば我計り信ずるまでにてこそあれ。余宗をそしり捨てよと云ふ事、大なる科なりと思ひ給ふ。げにと人の誤りをさのみ強ひて申すべきにあらねども、申さざれば釈尊の御遺言に背く。其の故は涅槃経に云く、未来に仏法に迷はん者をせめずんば、僻事なりと定め給ふ。故に是れを重々申して誤りをばせめ申す者なり。
所詮 今生一世計り沙汰する外典すら、賢人は身を惜しまず命を捨て主君をばいさむなれ。我々経を読み、妙典を書きたる間、法華経をば謗らず背かずと申す。是れは文字は読めども心は読まざるなり。其の故は法華経は諸経の王なる故に不受余経と見えたり。是れを読みながら余経を書き並べ、「唯我一人 能為救護」と読みながら、大日をあがめ、弥陀を信じ、結句は釈尊をそしる。譬へば御方に入りて敵の旗をささば御方と云ふべきか。そのごとく法華経の信者と云ふべきや。故に伝教大師は「法華経を讃むと雖も還りて法華の心を死す」云云。此の釈は法相宗を責め給ふ釈なり。所詮 此等の道理を分くる人は順縁を結び、分け給はざる人々は逆縁と成るべし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。/ 日蓮花押
◆ 寿量品得意抄 〔C9・文永八年四月一七日〕/ 教主釈尊寿量品を説き給ふに、爾前迹門のきき(所聞)をあげて云く「一切世間の天人及び阿修羅は、皆今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず、道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得たまへりと謂へり」云云。此の文の意は、初め華厳経より終り法華経安楽行品に至るまで、一切の仏の御弟子大菩薩等の知る処の思ひの心中をあげたり。爾前の経に二つの失あり。一には「行布を存する故に仍未だ権を開せず」と申して、迹門方便品の十如是の一念三千・開権顕実・二乗作仏の法門を説かざる過なり。二には「始成を言ふが故に尚未だ迹を発せず」と申して、久遠実成の寿量品を説かざる過なり。此の二つの大法は一代聖教の綱骨、一切経の心髄なり。迹門には二乗作仏を説いて、四十余年の二つの失一つを脱したり。然りと雖も未だ寿量品を説かざれば、実の一念三千もあらはれず、二乗作仏も定まらず。水にやどる月の如く、根無し草の浪の上に浮かべるに異ならず。/ 又云く「然るに善男子、我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫」等云云。此の文の心は、華厳経の始成正覚と申して、始めて仏になると説き給ふ。阿含経の初成道、浄名経の始坐仏樹、大集経の始十六年、大日経の我昔坐道場、仁王経の二十九年、無量義経の我先道場、法華経方便品の我始坐道場等を、一言に大虚妄なりと打ち破る文なり。
本門寿量品に至りて始成正覚やぶるれば四教の果やぶれ、四教の果やぶれぬれば、四教の因やぶれぬ。因とは修行弟子の位なり。爾前迹門の因果を打ち破りて、本門の十界因果をときあらはす。是れ則ち本因本果の法門なり。九界も無始の仏界に具し、仏界も無始の九界にそなへて、実の十界互具・百界千如・一念三千なるべし。/ かうしてかへ(返)てみるときは、華厳経の台上盧舎那、阿含経の丈六の小釈迦、方等・般若・金光明経・阿弥陀経・大日経等の権仏等は、此の寿量品の仏の天月の、しばらくかげ(影)を大小のうつわもの(器物)に浮かべ給ふを、諸宗の智者学匠等は近くは自宗にまどひ、遠くは法華経の寿量品を知らず。水中の月に実月のおもひをなして、或は入りて取らんとおもひ、或は縄をつけてつなぎとどめんとす。此れを天台大師釈して云く「天月を識らず但池月を観ず」。心は爾前迹門に執着する者は、そら(天)の月をしらずして、但池の月をのぞみ見るが如くなりと釈せられたり。又僧祇律の文に、五百の山より出でて、水にやどれる月をみて入りてとらんとしけるが、実には無き水月なれば、月とられずして水に落ち入りては死にけり。とは今の提婆達多・六群比丘等なりとあかし給へり。
一切経の中に此の寿量品ましまさずは、天に日月無く、国に大王なく、山海に玉なく、人にたましゐ無からんがごとし。されば寿量品なくしては、一切経いたづらごとなるべし。根無き草はひさしからず、みなもとなき河は遠からず、親無き子は人にいやしまる。所詮 寿量品の肝心南無妙法蓮華経こそ、十方三世の諸仏の母にて御坐し候へ。恐々謹言。/ 四月十七日  日蓮花押
◆ 早勝問答 〔C9・文永八年〕/ 浄土宗問答。問ふ、六字の名号は善悪の中には何れぞや。答ふ、一義に云く、今問ふ所の善悪は世・出の中には何れぞや。一義に云く、云ふ所の善悪を治定せば堕獄治定なるか。一義に云く、名号悪と治定せば堕獄治定なるか。一義に云く、念仏無間と治定して其の上に善悪を尋ぬるか。一義に云く、汝が依経は権実の中には何れぞや。問ふ、念仏無間と云はば法華も無間なり。答ふ、一義に云く、法華無間とは自義なるか、経文なるか。一義に云く、念仏無間をば治定して法華も無間と云ふか。一義に云く、祖師の謗法を治定して法華も無間と云ふか。一義に云く、汝が云ふ所の法華は、超過の法華か、又弥陀成仏の法華か。問うて云く、念仏無間の証拠、二十八品の中には何れぞや。答ふ、一義に云く、二十八品の中に証拠有らば堕獄治定なるか。一義に云く、法華を誹謗するを証拠とするなり。一義に云く、法華の文を尋ぬるは信じて問ふか、信ぜずして問ふか。一義に云く、直に「入阿鼻獄」の文を出だすなり。一義に云く、妙法蓮華経其の証拠なり。一義に云く、弥陀の本誓に背く故なり。一義に云く、弥陀の命を断つ故なり。一義に云く、有縁の釈尊に背く故なり。念仏無間は三世諸仏の配立なり。
問ふ、止観の念仏の事。答ふ、一義に云く、法然所立の念仏は堕獄治定して止観を問ふか。一義に云く、西方の念仏と一なるか、異なるか。一義に云く、止観の念仏は法華を誹謗するか。一義に云く、彼れに文段を問ふべし。一義に云く、止観に依りて浄土宗を建立するか。問ふ、観経は法華已後の事。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、已前ならば無間は治定なるか。一義に云く、汝が謗法は無間をば治定して問ふか。問ふ、観経と法華と同時なり。答ふ、一義に云く、同時なる故に法華を謗ずるか。さては返りて観経をも謗ずるなり。問ふ、先師の謗法は一往なり。且くの字を置く故なり。答ふ、一義に云く、且く謗ぜよとは自義か、経文か。一義に云く、始終共に謗ぜば堕獄は治定なるか。問ふ、「未顕真実」は往生に非ず、成仏の方なり。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、余経は無得道と云ふ人は僻事か。問ふ、法華本迹の阿弥陀をば 如何。答ふ、一義に云く、法華の弥陀は法華経を謗ぜんと誓ひ給ひしか。一義に云く、法華の弥陀と三部経と同じきか、異なるか。異ならば無間治定なるか。/ 問ふ、「一称南無仏」。何ぞ称名を無益と云はんや。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、法華を信じて問ふか、信ぜずして問ふか。
問ふ、法華に「諸の如来に於て」、「諸仏を恭敬す」。何ぞ弥陀を捨つるや。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるか〈大旨上の如し〉。問ふ「余の深法の中に於て、示教利喜す」。何ぞ余経を謗ずるや。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるや。一義に云く、汝が誹謗は治定して問ふか。又自義か経文か〈大旨上の如し〉。問ふ、普門品に観世音の称名功徳を挙ぐと見えたり。何ぞ余の仏・菩薩を捨てんや。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、此の観音は法華を謗ずるか。一義に云く、此の品に依りて念仏を立つるか。私に云く、彼れが経文・釈義を引かん時は、先づ文段を一々問ふべし。大段万事の問ひには誹謗の言を先とすべきなり。前の当家の義云云。/ 禅宗問答。問ふ、禅天魔の故 如何。答ふ、一義に云く、仏経に依らざる故なり。一義に云く、一代聖教を誹謗する故なり。問ふ、禅とは三世諸仏成道の始めは坐禅し給へり 如何。答ふ、一義に云く、汝が坐禅は仏の出世に背かば天魔治定なるか。又、坐禅は大小の中には何れぞや。一義に云く、仏の端座六年は法華に無益と云ふか。問ふ、禅法には仏説無益なり。答ふ、一義に云く、是れ自義なるか、経文なるか。一義に云く、やがて是れが天魔の所為なり。
問ふ、経文には「是の法示すべからず」と 如何。答ふ、一義に云く、此の文は法華無益と云ふ文なるか。一義に云く、爾らば法華に依るか。一義に云く、文段を以て責むべきなり。問ふ、竜女は坐禅の成仏なり。其の故は経文に「深く禅定に入りて、諸法を了達す」と説き給へり。知んぬ、法華無益と云ふことを。答ふ、一義に云く、此の義は自義なるか、経文なるか。一義に云く、若し法華の成仏ならば天魔治定なるか。一義に云く、文殊海中の教化は論説妙法と宣べたり 如何。/ 問ふ、「常に坐禅を好む。深く禅定に入る。常に坐禅を貴ぶ」とも説けり 如何。答ふ、一義に云く、文段を以て責むべきなり。一義に云く、此の文は法華無益と云ふ文なるか。一義に云く、此の文を以て禅宗を建立するか。問ふ、「唯独り自ら明了にして、余人の見ざる所ならん」と云ふ。故に禅宗ひとり真性を見て余人は見ずと云ふなり。答ふ、一義に云く、文段を以て責むべし、経文を見るべし。問ふ、像法決疑経に云く「一字不説」。爾らば一代は未顕真実と聞こえたり。真実は只迦葉一人、教の外に別伝し給へり 如何。答ふ、此の文は仏説か。若し仏説ならば汝此の文に依る故に自語相違なり。一義に云く、言ふ所の迦葉は何なる経にて成仏するや。一義に云く、言ふ所の経文は三説の中には何れぞや。一義に云く、楞伽経は仏説なるか。
問ふ、三大部に観心之れ有り、何ぞ禅天魔と云ふや。答ふ、一義に云く、汝は三大部にて宗を立つるか。一義に云く、三大部の観心は汝が禅と同じきか。一義に云く、汝は天台を師とするか。一義に云く、三大部の観心は諸経を捨つるか。問ふ、双非の禅の事 如何。答ふ、一義に云く、一度は法華に依り、一度は法華無益なり。一義に云く、二義共に天魔なり。一義に云く、此の義に背かん者は僻事なるか。問ふ、法華宗は妙法の道理を知るや。答ふ、一義に云く、汝は天魔を治定して問ふか。一義に云く、汝は法華を信じて問ふか。一義に云く、妙法を知りて問ふか、知らずして問ふか。一義に云く、汝が問ふ所の妙法は今経に付きて百二十の妙有り。其の品々を問ふか。一義に云く、汝は此の妙法に依りて禅を建立するか。/ 天台宗問答。問ふ、天台宗を無間と云ふ証拠 如何。答ふ、一義に云く、法華を誹謗する故なり。一義に云く、経文に背く故なり。問ふ、余経無益と云ふ事は麁を判ずる一往の意なり。再往の日は諸乗一仏乗と開会す。何ぞ一往を執して再往の義を捨つるや。答ふ、一義に云く、今言ふ所の開会とは、何れの教の開会ぞや。一義に云く、今経に於て本迹の十妙の下に各二十の開会あり。亦教・行・人・理の四一開会の中には何れぞや。一義に云く、能開・所開の中には何れぞや。一義に云く、開会の後、善悪無しと云ふか。一義に云く、天台宗は法華を信ずるか。
一義に云く、開会の後、諸宗を簡ばずと云はば、天台大師僻事なるか。其の故は南三北七云云。伝教大師は六宗と云云。一義に云く、天台宗は悪行をも致すべきか、性悪不断と云ふが故に自語相違なりと責むべきなり。一義に云く、開会の後に権実を立つる人は僻事なるか。爾らば薬王の十喩、法師の三説超過云云。一義に云く、此の故に開会の心を以て慈覚は法華を謗ずるか。一義に云く、汝は慈覚の弟子なるか。爾らば謗法治定なるか。/ 問ふ、善悪不二・邪正一如の故に強ちに善悪を云ふべからざるなり、元意の重是れなり。答へて云く、天台の出世は悪を息めんが為か、又悪を増さんが為か。一義に云く、悪事を致せとは法華経二十八品の中には何れの処に見えたるや。問ふ、絶待妙の事。答ふ、一義に云く、先づ文段を問ふべし。一義に云く、何れの教の絶待ぞや。一義に云く、此の故に慈覚は法華を謗ずるか。問ふ、相待は一往、絶待は再往と見えたり 如何。答ふ、自義なるか、経文なるか。一義に云く、相待妙一往と云ふは、二十八品の中には何れに見えたるや。一義に云く、相待妙は法華に明かすか、余経に明かすか。若し法華に明かさば法華は一往なるか。問ふ、約教・約部の故に、約部の日は一往爾前の円を嫌ふなり。答ふ、一義に云く、言ふ所の約教は天台の判釈の四種の約教の中には何れぞや。一義に云く、約部は落居の釈なるか。一義に云く、約部を捨つべきか。
一義に云く、約教の時爾前の円を嫌はば、堕獄は治定なるか。一義に云く、約教の辺にて今昔円同じとは、法華経二十八品の中何れぞや。一義に云く、玄文の第一の施・開・廃の三重の故に、開会の後も余経を捨つると云ふ文をば知るか知らざるか。/ 山門流の真言宗問答。問ふ、法華第一と云ふは顕教の門なり。真言に対すれば第一とは云ふべからず。答ふ、自義なるか、経文なるか。爰を以て慈覚大師を無間と申すなり。一義に云く、真言に対して法華第一ならば亡国治定なるか。一義に云く、真言は已今当の中には何れぞや。若し外と云はば一機一縁の一往にして秘密とは云ふべからざるなり。問ふ、法華と真言とは理同事勝の故に、真言に対すれば戯論の法と云ふか。答ふ、一義に云く、さてこそ汝は無間治定なれ。一義に云く、さては慈覚は真言をも謗ずるなり。其の故は理同の法華を謗ずる故なり。問ふ、伝教の本理大綱集の文を以て顕密同と云ふ事。答ふ、一義に云く、此の書は伝教の御作に非ざるなり。一義に云く、此の書に依りて法華を慈覚は謗ずるか。/ 東寺流の問答。問ふ、真言は釈尊の説と云ふ事、其の証拠 如何。答ふ、若し真言、釈尊の説ならば亡国は治定なるか。若し然なりと云はば弘法大師五蔵を立つる時、法華を六波羅蜜経の五蔵の第四般若波羅蜜蔵、第五の陀羅尼蔵をば真言と建立し給へり 如何。
問ふ、真言宗を未顕真実とは言ふべからず。其の故は釈迦の説の外に建立する故なり 如何。答へて云く、若し釈尊の説教ならば亡国は治定なるか。一義に云く、六波羅蜜経は釈迦の説なるか、大日の説なるか、若し釈迦の説ならば未顕真実は治定なるか。他の云く、釈迦所説の顕教無益なりと。尋ねて云く、六波羅蜜経は顕教・密教の中には何れぞや。他の云く、六波羅蜜経は雑部の真言なり。我が家の三部は純説の真言なり。答ふ、助証・正証と云ふ事、全く弘法の所判に見えず。若し弘法の義ならば堕獄は治定なるか。他の云く、真言は速疾の教、顕教は迂回歴劫の教なり云云。自の云く、自義なるか、経文なるか。他の云く、五秘密経に云く「若し顕教に於て修行する者は久しく三大無数劫を経る」と説けり。自ら其の証拠なり 如何。答ふ、さて此の経は釈迦の説なるか、大日の説なるか。若し釈迦の説ならば未顕真実は治定なるか。/ 問ふ、法華宗は何れの経に依りて仏の印契・相好を造るや。顕教には無し。但真言の印を盗むと覚えたり 如何。答ふ、之れに依りて法華を謗ずるか。一義に云く、汝盗むの義相違せば亡国は治定なるか。一義に云く、汝法華宗の建立する処の大段の妙法蓮華経をば本尊と落居して問ふか。
一義に云く、釈尊を三部に依りて建立する故に驢牛の三身と下すか。若し爾なりと云はば返りて汝真言を誹謗する者なりと責むべし。一義に云く、三世の諸仏の印契・相好、実に妙法蓮華経に依りて具足するの義落居せば亡国は治定なるか。又盗人は治定なるか。一義に云く、竜女霊山に即身に印契・相好具足し、南方に成道を唱へしは真言に依りて建立するか。若し爾なりと云はば、直に経文を出だせと責むべきなり。/ 問ふ、亡国の証拠 如何。答ふ、法華を誹謗する故なり云云。一義に云く、三徳の釈尊に背く故なり云云。一義に云く、現世安穏後生善処の妙法蓮華経に背き奉る故に、今生には亡国、後生には無間と云ふなり。一義に云く、法華経第三の劣とは経文なるか、自義なるか、若し爾らば亡国治定なるか。他の云く、密教に対すれば第三の劣なり。答ふ、一義に云く、此の義経文なるか、自義なるか。一義に云く、顕教の内に法華第一なる事落居するか。若し爾なりと云はば、さては弘法は僻事なり。顕教の内にして法華を華厳に対して第二、真言に対して第三と云ふ故なり。一義に云く、真言に対して第一ならば亡国は治定なるか。他の云く、印・真言を説かざる故に第三の劣と云ふなり。答ふ、此の故に劣とは経文なるか、自義なるか。一義に云く、若し法華に説かば亡国は治定なるか。
他の云く、大日・釈迦各別なり。答ふ、一義に云く、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、若し一仏ならば亡国は治定なるか。一義に云く、各別なれば劣とは経文なるか、自義なるか。他の云く、顕教は応身、密教は法身の説なり。此の故に法華は第三の劣なり。自の云く、応身の説の故に法華劣とは経文なるか、自義なるか。一義に云く、法華法身の説ならば亡国治定なるか。一義に云く、真言は応身の説ならば亡国は治定なるか。/ 他の云く、五智五仏の時は北方は釈迦、中央は大日と見えたり 如何。答ふ、一義に云く、中央は釈迦ならば亡国治定なるか。一義に云く、北方釈迦と云ふ事は三部の内に無し、不空の義なり。仏説に非ず。他の云く、法華は穢土の説なり、真言は三界の外の法界宮の説なり。答ふ、一義に云く、真言は三界の内の説ならば亡国治定なるか〈義釈の文〉。他の云く、顕教の内にて大日・釈迦一体と説けども、密教の内にては二仏各別なり。名は同じけれども義異なるなり 如何。答ふ、此の故に亡国と云ふなり。一義に云く、此の如く云ふ事、直に経文を出だすべきなり。他の云く、竜女は真言の成仏、法華には三密欠くる故なり。答ふ、自義なるか経文なるか。他の云く、経文なり。「陀羅尼を得たり。不退転を得たり」云云。陀羅尼は三密の加持なり。答ふ、此の陀羅尼を真言と云ふは自義なるか経文なるか。
一義に云く、さては弘法の僻事なり。其の故は此の陀羅尼を戯論第三の劣と下すなり。一義に云く、自語相違なり。法華に印有る故なり。/ 他の云く、守護経の文に依れば、釈迦は大日より三密の法門を習ひて成仏するなり。答ふ、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、此の文は三説の内なるか外なるか。一義に云く、此れに相違せば亡国は治定なるか。他の云く、法華経には「合掌し敬心を以て、具足の道を聞かんと欲す」と云へり。何ぞ印・真言を捨つるや。答ふ、此の故に法華を謗ずるか。一義に云く、自義なるか経文なるか。一義に云く、此の故に真言を捨てずとは経文なるか。一義に云く、此の文は真言を持つと云ふ文なるか。一義に文段を以て責むべし。他の云く、弘法大師を無間と云ふは、経文なるか自義なるか。答ふ、経文なり。他の云く、二十八品の中には何れぞや。答ふ、二十八品の中に有らば堕獄治定なるか。他の云く、爾なり。答ふ、法華を誹謗すること治定なるか。若し爾らば経文を出だして責むべきなり。
◆ 此経難持十三箇秘決 〔C9・文永八年〕/ 抑 此経難持の偈六行九十六字の要文は、釈尊、霊山にして、本迹二門の中間に於て十方分身の諸仏を召し集め、多宝塔中にして二仏座を並べ、一会の大衆を虚空の事の寂光に引き上げ給ひて、六難九易の法門を説き顕はし畢りて、仏意秘密の一大事、法華至極の法門を説き顕はしたまふ所の九十六字の要文なり。秘密の中の秘密なり。此の文の中に十三箇の大事の相承有り。/ 一には諸仏勧請〈若し暫○亦然の三句の文なり〉。二には諸天勧請。三には諸神勧請〈已上の二箇は仏は本地、神は垂迹なり。故に同じく上の三句の文なり〉。四には法華の行者は如説修行〈是則勇猛の文〉。五には法華の行者は六度万行〈是れ則ち精進の文なり。釈に曰く、精進挙ぐれば六度を摂す云云〉。六には法華の行者の円頓戒〈是名持戒の文、円頓は円満なり。十界三千の依正の万法を摂するなり〉。七には法華の行者は即身成仏〈則為疾得無上仏道の文〉。八には行者住処〈住淳善地の文、四土一念皆常寂光の妙土〉。九には開眼供養〈仏滅度後○世間之眼の文なり〉。十には俗諦常住〈於恐畏世の文なり。森羅の諸法皆是法性なり〉。十一には広宣流布〈於恐○供養文なり。天人供養したまはば一天広宣流布疑ひ無き者なり〉。
十二には一身宝塔〈此経難持の文なり。持者の当体五大の宝塔なり〉。十三には継図〈是真仏子の文なり。仏種を継ぐ故に継図の文なり〉。/ 是の此経難持の偈六行九十六字の要文は、釈尊霊山の多宝塔中にして、御声下方に徹し、直に本化上行菩薩に伝へ給ふ。然るに日蓮、自然に自解仏乗して、此の文の意を得るなり。此の文を一心に信じ、色心不二に誦し奉る人は、上は三世十方の諸仏の御内証に契ひ、中は諸天善神の擁護に預かり、日本の善神は之れを守り、諸の竜神は之れを敬ひ、下は則ち六親眷属をして菩提の大道に到らしめ、自身心中の諸願必定として成就し、未来の得脱掌を指すが如くならん。
◆ 真言宗私見聞 〔C9・文永九年〕/ 第一教主同異の事/ 他の云く、真言亡国と云ふ事は法華宗の大僻見なり。諸経の説相と自他の先徳の釈義とに於て更に其の語無し。かかる妄語、邪見の悪義、更に以て外道なり。悪魔外に無し。当世の法華宗是れ外道悪魔なり。此等の輩に好みて親近すべからず。恐るべし恐るべし。恣に悪義を作せる事、尋ねて聞くべし。先づ大日は法身なり、釈迦は応身なり。勝劣雲泥にして、二仏同じからず。何の故有りて一仏と云ふや。自の云く、大日・釈迦一体ならば 如何。他の云く、一仏の証拠之れ有りや。自の云く、一仏の証拠有らば真言亡国は一定なるか 如何。他の云く、証拠有らば勿論なり。自の云く秘蔵宝鑰の中に云く〈唯蘊無我の下〉、世尊此の羊車を説いて三途の極苦を抜け出し、八苦の業縛を解脱す。又云く〈極無自性の下〉、大覚の慈父其の帰路を指す、帰路は五百由旬なり。/ 又大日経の疏に云く「釈迦出世の如きは四十余年にして舎利弗等の慇懃に三請するに因りて方に為に略して妙法蓮華の義を説く。今此の本地の身も又是れ妙法蓮華の最深秘処なり」。故に寿量品に云く「常在霊鷲山 及余諸住処、乃至、我浄土不毀 而衆見焼尽」。即ち此の宗の瑜伽の意のみ。
普賢経に云く「釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名づけ、其の仏の住処を常寂光と名づく」。此等の経文は釈迦・大日一体と云ふ証拠なり 如何。他の云く、顕教より此の如く云ふなり。顕密既に各別なり。何ぞ此の如く云へるや。自の云く、顕教より云ふときは釈迦・大日一体と説かれたり。又密教に於ても釈迦・大日一体と云ふ証拠之れを出だすべし。大論八十九に云く「密教の法身は霊山の教主なり、名異にして体同じ」。授決集の下に云く「唯大日法身を見れば即ち釈迦牟尼なり。釈迦牟尼は即ち大日法身、遍一切処にして、本来常住、無始無終なり。若し然らずんば小乗の義なり。都て法華実相妙極の旨に非ず」。大日経の五に云く「中央は毘盧遮那如来、東方は宝幢如来、南方は華敷如来、西方は無量寿如来、北方は鼓音如来」。金剛頂経の一に云く「中央は釈迦牟尼如来、東方は不動如来、南方は宝性如来、西方は観自在如来、北方は不空成就如来」。/ 菩提心論に云く「中央は毘盧遮那如来、東方は阿如来、西方は阿弥陀如来、北方は不空成就如来」。金光明経の一に云く「中央は釈迦」。最勝王経の一〈之れ同じ〉。最勝王経の八〈之れ同じ〉。大集経の二十六〈之れ同じ〉。
教時義の一に云く「中央は大日如来、北方は不空成就仏」。金剛界礼懺に云く「中央は毘盧遮那如来、北方は釈迦牟尼如来」。師の云く、粗四方四仏五仏の事は引証此の如し。仏説の経文には中央は釈迦と説く。北方を釈迦と云へる事は礼懺計りに限る。人師弘法の浮言信用するに足らず云云。自の私に云く、真言の大日と顕教の釈迦と各別なりと云ふ証 如何。他の云く、金剛界懺に云く「中央は大日如来、北方は不空成就仏」。不空成就仏とは、釈迦の異名なり。是れ別仏と云ふ証拠なり 如何。自の云く、不空と経文と何れを用ゐんや。正しく金剛頂経の一に云く「中央釈迦」と説いて経文明白なり。/ 第二諸仏道同事/ 大日経の一に云く「此の大乗の真言行道の法を我今正しく開演すること、彼の大乗の器の為なり。過去の等正覚および未来世現在の諸の世尊と住して衆生を饒益せり」。同二に云く〈入曼陀羅品〉「世尊復執金剛菩薩に告げて言く、我昔道場に坐して四魔を降伏す」。又云く、息障品に「一切智の世尊は諸法に自在を得たまへり。其の通達する所の如く方便して衆生を度す。是れ諸の先仏の説なり」。大日経の六に云く「過去の諸の正覚および未来世現在の人中尊にして智の方便を具足したまふ。当に知るべし、大勤勇〈仏の異名なり〉諸の声聞を誘引す」。
金剛頂経の一に云く「爾の時に世尊、毘盧遮那如来久しからずして、現に等覚一切如来普現身を証す」。/ 第三真言説処事/ 大日経の一に云く、入真言門品「是の如く我聞きき。一時薄伽梵加持広大金剛法界宮に住し、一切金剛を持てる者皆悉く集会す」。義釈の一に云く「加持の住処を釈歎す。故に広大金剛法界宮と云ふ。此の宮は是れ古仏の菩提を成ずる処なり。所謂 魔醯修羅天なり」。釈論に云く「第四禅の五那含の住処を浄居天と名づく」。金剛頂経の一に云く「是の如く我聞きき。一時薄伽梵阿迦尼天王宮の中の摩尼殿に住して、九十倶の菩薩衆と倶なり」。又云く「大悲毘盧遮那仏を成就して恒に三世一切の身口心に住したまふ。爾の時に如来一切の如来遊戯して阿迦天に処す」。金剛頂経の疏に云く「三界に非ざるなり」。般若波羅蜜理趣経に云く「是の如く我聞きき。一時薄伽梵○金剛毘盧遮那如来、欲界の他化自在天宮の中に在まして、八十倶の菩薩衆と倶なり」。/ 第四一仏他仏事/ 師云く、抑 密宗の大日法身は中央の如来なり。釈迦応身は辺土の教主なり等云云。此の事大いに不審なり。釈迦如来は正しく娑婆有縁の導師、一切衆生の主師親なり。重恩他に異なる。
我等生を忍土に受けて飽くまで恩沢に浴す。設ひ辺鄙粟散の国なりと云ふとも我が国を思ふべし。微子殷の国に居して王を諫む。焦焼醜陋なりと云ふとも我が親を親とすべし。唐尭は老母を敬ひ虞舜は怨める父に孝しき。孔子云く「其の親を敬せずして、而も他人を敬う。是れを悖礼と云ふ」云云。主師親に随ひ、孝高の美名を流し、冥の照覧に相応す。是れに逆へば無量の逆罪を招き、亡国堕獄の業を結ぶ。之の如く本門寿量品を拝見するに、十方は応現垂迹の穢土なり、娑婆は本不変の浄刹なり。穢土と見成すは権教妄見の故なり。寿量品に云く「常に霊鷲山及び余の諸の住処に在り、衆生劫尽きて大火に焼かるると見る時も、我が此の土は安穏なり」云云。三世常住にして長く三災を離る。其の心浄きに随ひて即ち仏土浄しと云ふは浄名経の文なり。/ 釈に云く「豈に伽耶を離れて別に常寂を求めんや。寂光の外に別に娑婆有るに非ず」云云。其の心浄きが故なり。記の十に「故に仏土浄ければ衆生の心も浄し」とは是れなり。教主又以て是の如し。四十余年の権仏・権教の時は、諸仏・釈尊肩を並べ、或は超過の義を存す。然りと雖も今開権顕遠の旨顕はるれば、釈迦如来は天の一月にして、諸仏菩薩は万水に浮かべる影なり。
又宝蔵仏の時に一千の大士各願を起こしたまふに、釈迦は彼の時梵士として涙を流して歎きて云く、諸の菩薩の誓ひは皆悪を捨て善を取る。若し然らば悪業の衆生は何れの時か解脱を得べきと云ひて則ち五百の大願を発したまひ、十方の浄土より擯出の衆生を皆集めて之れを度すべしと云ひたまふ。文に云く「則ち十方浄土の擯出の衆生を集めて我当に之れを度すべし」云云。又功徳を持たざる衆生の為に発願して云く「我無始より来、諸の善根を積集せり、一分も我が身に留めず、悉く十方の衆生に施与せん」云云。又衆生既に悪業を作るには誓文に云く「合集して我一人の罪として大地獄の中に入り、大悲代はりて苦を受けん」云云。/ 忝なき哉、尊き哉、諸仏の悪人として捨て給ふをば是れを娑婆に集め、善根を持たざるには釈尊の積功行満の諸善を与へ、已に作れる罪には大悲代はりて苦を受けんと誓ひ給ふ。同じ主師親と云ひながら深重の御恩なり。何ぞ今の真言宗等、設ひ大日如来各修各行の別仏ならば其の土の衆生に有縁なるべし。釈尊の世界に生まれながら無縁の余仏に対して是れを蔑如し奉らんや。不忠不孝なり。逆路伽耶陀なり。畏るべく慎むべし。弘法の云く「無明の辺域にして明の分位に非ず」。正覚坊の云く「牛飼履取にも足らず」云云。
況や大日は釈尊の分身、権小の教主なり。仏教の大小権実、顕密の二道、本地垂迹の有縁無縁に迷惑するのみに非ず、主師親に向背し奉る条罪業なり。其の上諸経の説相を開きたるに、全く大日は中央、釈迦は辺方と云ふ経文之れ無し。先づ金光明・最勝王・大集経を披き見るに、中央は釈迦と説けり。大日経の一巻・五巻には中央は大日と説くといへども其の時は釈迦の名を列ねず。金剛頂経も同意なり。菩提心論にも中央は毘盧遮那と説くといへども余方に釈迦を列ねず。此の毘盧遮那は釈迦の異名なり。所以に普賢経に釈迦牟尼仏を毘盧遮那と名づくと説くなり。華厳にも釈迦の異名を説いて云く「或は師子吼と名づけ、或は釈迦牟尼と名づけ、或は第七仙と名づけ、或は毘盧遮那と名づく」等云云。是れ新経の十二の巻如来名号品第七の文なり。又云く「諸の仏子、此の娑婆世界に、百億の四天下有り。如来中に於て百億万の種々の名号有り。諸の衆生各別に知見す」等云云。/ 此の外の諸経論の文多くして具に述ぶるに遑あらず。何ぞ経文顕然として釈迦中央と説くに、是等に違して北方釈迦と云へるや。経論の文証に跡形も無き事を、弘法雅意に任せて、礼懺計りに之れを定め畢んぬ。謗法重畳せり。永劫浮かび難きか。
若し大日と云ふ名にめでては法華経には恵日大聖尊と説き、今ひとしき名面厳重なり。又大日経に説く所の仏は、始成正覚の仏陀にして過去益物の相も無く、三世常住の旨欠けて本無今有の外道の見に堕ちぬべし。是れ則ち四教の機に趣ける釈尊調機の垂迹なり。天月を識らずして但池月を観るとは是れなり。若し又釈迦より外に別仏と云はば、大日は娑婆世界の衆生の憑むべき仏には非ず「唯我一人 能為救護」の故に。将又釈尊と肩を並べて出世成道し説法利生すと云はば、世に二仏無く国に二主無きは一代の通漫なりとの掟に背く。「世無二仏」の経論少少引き申すべし。涅槃経の三十五に云く「我処々の経の中に於て説いて言く、一人出世すれば多人利益す。一国土の中に二転輪王あり。一世界の中に二仏出世すれば是の処有ること無し」。地持論に云く「一世界に二仏倶に出づること有ること無し」。記の一に云く「世に二仏無く国に二主無し」。一仏の境界二の尊号無し。経論釈義の明文道理此の如し。若し道理を破して横様に名別出世の仏ありと云はば、対機説法の仏は八相作仏の儀式なり。/ 然れば大日如来の父母は誰人ぞ、内戚と外祖とは誰ぞ。又劫は何れの比ぞ、生育の宮をば何と云ひけるぞ。此等は経論にも見えず、伝記目録にも之れ無し。
釈迦は五百塵点・三身相即・無始の古仏として、法性動ぜざること山の如し。然りと雖も無縁の慈悲を以て難動の山を動かして番々に出世して説法利生し給ふに、皆以て父母あり。今日民主王より已来八万四千二百一十の嫡々にして師子頬王の孫、浄飯王の太子と成り給ふ。外祖を尋ぬれば善覚長者が嫡女摩耶夫人の腹に住劫第九の減人寿百歳の時〈癸丑〉七月十五日に胎内に宿り、翌年〈甲寅〉四月八日の御誕生。御年十九〈壬申〉出家し、御年三十〈癸未〉成道し、御年七十九〈壬申〉二月十五日東天竺倶尸那国阿梨羅跋提河の沙羅双樹の下にして入滅と云ふ事は、一代五十年八万聖教、仏法東漸して記する所の開元の録五千四十八巻・貞元の録七千三百九十九巻の経論伝記に赫々たり明々たり。大日如来とて此の処に出世成道して説法利生すと云ふ事は跡形もなき事なり。而るを権実迷惑の真言師の云く「大日如来は三世常恒にして成道の始めも無く入滅の終りも無し」云云。/ 今謂く、若し成道の始めも無しと云はば大日経等は凡夫の所説と云ふべきか。此の事道理と云ひ、文証と云ひ、再三至極を案ずるに与奪の二義之れ有り。奪って之れを論ぜば、大日は釈迦の分身なり眷属なり。其の故は塵点億劫最初実成、三身相則無暫離時の正覚は、法華妙典寿量品計りに此の旨を明かせり。
三身即一身・一身即三身は、譬へば伊字の三点、面上の三目に、月の体・月の光・月の影、鏡と光と形との如く、一にして而も三、三にして而も一、一多自在にして三一相即す。しかのみならずかかる正覚を唱へて彼の九界に形を交へ、十界に応同して世々に群生を引導し給ふ。今日一番の成道に垂るる所の方便化現の大日を、法身如来と執し敬ひて釈尊を背下するは、親を捨つる不孝の子、主の恩を知らずして他人を敬ふ僻見なり。さて久遠最初の成道は法身を除くるか。今日の大日は釈迦の垂迹なり。奪の義以て此の如し。若し与えて之れを論ぜば、大日は釈迦の異名なり。成道の始め無しと云ふは理性性具の方を云ふか。其の日は螻蟻蚊虻も皆法身なり。然りと雖も化用利物の義は之れ無し、都て無益の事。是れ一向に曲会私情荘厳己義にして仏説には非ざるなり。/ 第五教主勝劣事/ 一切義成就菩薩の時、十方の諸仏集会して護摩を以て加持して、大日如来と云ふべしと云云。私に云く、真言の教主は始成正覚の仏、法華の教主は久遠実成の仏、勝劣既に天地雲泥なり。真言の教主たる一切義成就菩薩は始めて道場に坐すと云云。又八相の中の降魔の相之れ有れば、何ぞ久遠実成の釈尊に勝るべけんや。
其の上真言の教主は釈迦応身より垂るる所の法身にして一往の仮説なり。全く再往実義の法身に非ず。有名無実の如来なり。釈尊は久遠実成の仏にして復過於此百千万億と見えたり。何ぞ大日の迹仏、釈迦の本仏に勝るべけんや。真言の毘盧遮那は仮名の仏にして方便の説なり。経に云く「但仮の名字を以て衆生を引導す」。其の上法華已前の仏は無常の仏なり。伝教大師云く「権教の三身は未だ無常を免れず、実教の三身は倶体倶用なり」。又云く「有為の報仏は夢中の権果、無作の三身は覚前の実仏」。真言の法身は無常の仏にして、隔歴不融の仏なり。法華の教主は倶体倶用の仏三身相即の如来なり。今釈迦と現じて説法利生し給ふ事は衆生利益の為なり。法身如来としては衆生に利益あるべからず。其の故は始め華厳にして報身報土の儀式を娑婆世界の上に仮立して、住・行・向・地の菩薩に対して四十地の法門を説き給ひし時、二乗等は如聾如唖にして更に益無し。然る間劣応の像を現じて阿含等の小乗之れを説き給ふ。既に報身如来だに衆生の機には相応せざる仏なり。まして法身の体にては衆生に利益あるべからず。/ されば今の大日法身は我等衆生の為には利益無き仏なり。其の故は説法すと雖も衆生之れを聞いて益を得べからず。
釈義には法定不説と之れを定む。一代の大旨置きて之れを論ずべからず。設ひ説法すと雖も機は是れを聞知すべからず。法身の説法と云ふは波の音、風の声、皆法身の説法なり。機は但浪の音計りと之れを聞く。されば法身の説法は我等衆生の為には依拠無きなり。若し大日経を法身の説法と云はば、一には衆生の為に利益無き説法なり。二には法身如来とは是れを云ふべからず。其の故は法身は説法せざる故なり。知んぬ、法身と云ふといへども仮説の法身なり。何ぞ是れを真実の法身と云ひて、久遠実成の実の如来、無始無終の古仏たる釈迦に勝れたりと立つべきや。/ 第六顕密勝劣事/ 問うて云く、大日の三部を密教と云ひ、法華の一乗を顕教と号づくること、未だ金言の所出を知らざるか。又真言を密といはば、此の密は隠密の密か、微密の密か。物を秘するに二種有り。一には珍宝たる間、盗人を恐れて金等を庫蔵に籠るは微密なり。二には疵片輪を隠すは悪しき間、隠密するなり。今真言の密と云ふは隠密微密の中には何れぞや。答へて云く、真言とは、大日覚王の秘法、三世の諸仏の覚母、最大秘密の奥蔵なり。故に微密の中の密教なり。
釈尊所説の法華は顕教に於て極大真実の法なりといへども、真言門に望むれば是れ則ち辺土の教なり。華厳経に云く「密厳中の人は一切仏相に同じ刹那壊に超過して常に三摩地に遊ぶ」云云。密厳覚王の説は秘中の秘、極中の極なり。問うて云く、今汝が云ふ所は東寺の海公が立つる所なり。天台・真言の義に非ず。但し顕密相対して勝劣を立つる事、未だ其の意を得ず。所謂 顕密の語は互ひに得失有り。顕露・彰灼に記小・長寿と云ふ。此の時は隠密の真言と云へば此れ秘の語にして劣なり。物々に依りて事異なるなり。何度も覆蔵の秘密は爾前権教の意なり。顕露正直の顕露は開顕実相の妙法、如来証得の本懐なり。/ 然れば則ち大日経等の真言の秘密は覆蔵帯権の意なり。所謂 四味三教に同じて、二乗作仏を許さざるは、如来の長寿を隠密すればなり。此の二門は文義の綱骨、教法の心髄なり。大日経には既に記小・長寿倶に欠く。之れ無ければ大事の疵なり。爰に知んぬ。彼の秘密は隠密覆蔵の片輪物なり。若し極実秘蔵の義趣の秘密は妙法蓮華経是れなり。密の言は千万無量なりと云ふとも曲会私情の非義、荘厳己義の邪説なり。私に法華経を顕教と名づくるは如来軽背の謗法なり。
法華の秘密と云へる証拠、論釈の義広く述ぶるに遑あらず。粗是れを出だすべし。無量義経の十功徳品に云く「深く諸仏秘密の法に入るに演説すべからず」。法師品に云く「薬王、此の経は是れ諸仏秘密の蔵なり」。安楽行品に云く「文殊師利、此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり、諸経の中に於て最も其の上に在り」。寿量品に云く「如来秘密神通之力」。神力品に云く「如来の一切の秘要の蔵」。一乗の明文、釈尊の金言此の如し。/ 加之(しかのみならず)真言の高祖竜樹菩薩は「法華経を秘密と号すること二乗作仏有るが故なり。二乗作仏無き経は秘密に非ず」云云。されば真言は二乗作仏無きが故に秘密に非ず。所以は何ん、大日経に云く「仏不思議の真言相道の法を説くに、一切の声聞縁覚を共にせず」。亦普く一切の衆生の為にするに非ず。二乗を隔つる事、前四味の諸経に同じ。唐決にも方等部の接と判ず。又経文も正しく四教含蔵せり。大論百の巻に云く「問うて云く、更に何れの法か甚深にして般若に勝れたる者有りて、而して般若を以て阿難に属累し、余経を以て菩薩に属累すること有るや。答へて云く、般若波羅蜜は秘密の法に非ず。而るに法華等の諸経は阿羅漢の受決作仏を証す。大菩薩能く受持用す。譬へば大薬王師の能く毒を以て薬と為すが如し」云云。
玄の六に「譬へば良医の能く毒を変じて薬と為すが如し」云云。私に云く、此等の経論釈義は分明に、法華を最第一と説いて秘密教と定むるを、経論に証拠無き妄語を吐きて、法華を戯論の顕教と講し、第三重の劣と下すこと、是れ豈に仏陀向背の失に非ずや。又正法誹謗の罪に非ずや。/ 第七祈祷事/ 他の云く、真言は護国利民の法なり。諸経は然らず。祈祷極善の法術は但真言の秘法に限るなり。自の云く、此の法門は法華に背きて国家を祈らば祈祷に成り候べきか。又法華を謗らずして国家を祈らば叶ふべきにて候か 如何。他の云く、顕教よりして密教を毀るは大事なり。密教の意にては毀ると雖も苦しかるべからず。密は勝れ顕は劣れる故なり。自の云く、是れは先師の御義か、私の義か。先師の義と云はば弘法の堕獄は疑ひ無き者なり。其の故は秘蔵宝鑰に云く「謗人謗法は定めて阿鼻獄に堕つ」云云。又私の義と云はば先師違背の人なり。其の故は「謗人謗法定堕阿鼻獄」云云。先師に背き法華を謗るは豈に七逆の罪人に非ずや。他又云く、是れは諸経を立て真言を毀る事を釈し給ふなり。総じて諸経謗法の事を釈するに非ず。
自の云く、真言により諸経を謗るは苦しからずと云ふ経文之れ有らば、其の証拠を引くべきなり。他の云く、是れ先師の義にて候なり。自の云く、先師は経文に依りて此の如く釈するか、私の義か。若し経文に依るといはば何れの経文に依るや。其の経文之れを引くべし。此の如き妄語虚説は大外道の所為なり。/ 第八即身成仏事/ 金剛頂経に云く「此の三昧を修すれば現に仏菩提を証す」。菩提心論に三義有り。勝義〈三乗〉、行願〈五乗〉、三摩地〈即身成仏〉。菩提心論に云く「唯真言法の中にのみ即身成仏する故に是れ三摩地の法を説く。諸経の中に於て欠きて書せず」。菩提心義の第一の問答に云く「菩提心論は是れ竜樹菩薩の造、不空三蔵の訳なり」。二教論に云く「此の論は竜樹大聖の所造、千部の論の中の密蔵肝心の論なり」。菩提心論に云く「毘盧遮那経の疏に准ぜば、阿字を釈するに具に五義有り〈此れ小字なり〉」。又云く「大毘盧遮那経供養次第法に云く〈此れ大字なり〉」。疑問略抄に云く〈智証〉「菩提心論は或は竜樹の造と云ひ、或は興善三蔵の集と云ひ、此れ未だ決解せず」。私に云く、後の説を正と為す。秀句の下に云く「当に知るべし、他宗所依の経には都て即身入無し」。「天台法華宗のみ具に即入の義有り」。
私に問うて云く、菩提心論の「欠而不書」の文には法華を入れて釈せられて候か。答ふ、法華真言をば同ぜられて候間、之れを入るべからず。自の云く、さては先師違背の人なり。云何となれば弘法大師は真言に対して法華をば三重の劣なりと釈し、或は無明の辺域にして明の分位に非ずとも釈せられたり。御分は一致なりと仰せられ候は是れ師敵対に非ずや〈是れ両義有るべし〉。/ 他の云く、此の如く経論の文証は顕密の勝劣、成仏の遅速、宛から以て顕然なり。其の上諸経広博なれば繽紛として弁へ難し。然れども竜樹大聖明らかに之れを判ずるに「唯真言法中 即身成仏故 乃至 於諸経中 欠而不書」と宣べ給ふ。法華等の諸教を「於諸経中 欠而不書」と宣べ給ふ。法華等の諸経に真言の勝れたる事、誰か疑網を貽すべけんや。自の云く、一生入妙覚は法華円極の沖微なり。諸経に於ても超登七地を説く、故に断惑証理の地位は初めて驚くべきに非ず。但し法華已前の権教は有名無実の断証なり。只其の名のみ有りて実義無し。故に方便品に云く「但仮の名字を以て衆生を引導す」。涅槃経に云く「智に依りて識に依らざられ、義に依りて語に依らざれ」。大論に「義に依りて字に依らざれ」と宣べたるも此の意なり。
性悪不断の義、十界の仏性之れ無きが故に、終に無上菩提を成ずることを得ざるなり。即身の文言多き事、真言の両部に限らず、八万余の聖教皆爾るなり。然り而して大小権実の得道の有無は如来の金言明白なり。何ぞ菩提心論一部七丁の纔かの一巻の小論にて塵沙の経論を破せらるべきや。/ 重ねて難じて云く、世間の語にも物々に依りて事異なるなり云云。「依法不依人」は釈尊の金言なれば、此の段は勿論なり。然り而して竜樹は付法蔵第十三の祖師にして如来の付属之れ有り。本地は法雲自在王仏なり。千部の論を造りて、世出世の明導の尊師なり。之れに依りて諸宗何れも此の師を軽んぜず。既に金言と云ひ、弘通と云ひ、宛かも符契の如し。若し爾らば何ぞ竜樹の所判に背くべけんや。自の云く、今云ふ所の如き、如来の譲りを得て金言に預かる程の人なれば全く「依法不依人」の経文を蔑如すべからず。設ひ菩提心論が疑も無く竜樹の論なりとも、経文に違せん時は何ぞ経を捨て論に付くべけんや。仍って猶了義不了義を糺明して、不了義を捨て了義経に付くべきか。所謂 論は菩薩の造、経は仏の説なり。経を述ぶる論が経に違するの日は何ぞ論を用ゐて経を捨つべけんや。
流れを汲み源を尋ね、枝を思はば根を全うせよ。根朽ちたるは枝葉無し、源乾けば流れ絶ゆべき者なり。重ねて難じて云く、竜樹は高徳なれば身毒・尸那之れを仰ぎて疑滞を加ふる人之れ無し。其の上本朝の祖師高野の大師、安然和尚等の所判赫々たり。末代の学侶伏して信仰すべし。若し不信を作さしめば豈に一闡提に非ずや。今の難勢を決せんに愚意の所存には潤色なり。末代の上古に背き、下に居して上を謗る、邪義ならば菩薩の論を引きて仏経に背くべからず。見思未断の身を以て果地果海の如来に背かざれと云ふ道理は顕然なり。/ 然るに今の世は小を以て大を打ち、権を尊び実を蔑づる、大謗法の国なり。此の故に天神瞋を作し、悪鬼便りを得て、善神法味を嘗めず、悪人法を毀れば此の国を去る。自界叛逆して他国侵逼の難有るべし。豈に亡国堕獄の基に非ずや。奪の義此の如し。若し与へて之れを論ぜば、此の菩提心論は偽論なり。上古の賢哲此の義を存す。何ぞ未落居の論を以て宗義の証拠と為る事、立義の法に之れ無し。経論の権実は且く之れを置く、訳者の邪正最も大事なり。如来未来を鑑みたまひて我が法他国に移らん時に、謬誤多く出現すべしと云ふ事、涅槃経に委細なり。第三第九を見るべし。
随って一百八十七人の訳者に、羅什一人を除きて余は皆誤ると見えたり。殊に法護三蔵の正法華経、玄奘三蔵の婆沙論の十六字。其の文に云く「非無始来恒成就彼未捨必起彼類尽故」。/ 不空三蔵は月氏に入り、又漢土に来たり寿量品を阿弥陀仏と書するは、地を天と云ひ日を星と謬る者なり。云ふに甲斐なし、浅猿し。此の人の所訳は何と無くとも疑ひ思ふべき処に、彼の論を披き見るに「准毘盧遮那経疏」と云ふ語之れ有り。流沙より西天竺国にして竜樹菩薩の造られたる論に、唐土にして唐の玄宗皇帝の御宇開元中に将来して始めて作られたる大日経の疏を引ける事は、年紀と云ひ、国と云ひ、道理旁(かたがた)以て参差(しんし)する者なり。竜樹の如来の記文には「仏滅後六百七百余年」と云ふ。猶正法一千年の内なり。善無畏の真言経を将来せし事は、唐の第七玄宗皇帝の御宇開元四年なり。如来入滅の後一千六百六十余年なり。其の後造られたる大日経の疏を、天竺正法の中の竜樹の論に引けるは不審なり。/ 第九方等部事/ 大日経一に云く「無量の衆生の為に、広演分布して、種々の趣、種々の性欲、種々の方便道に随ひて、一切種智を宣説す。
或は声聞乗道、或は縁覚乗道、或は大乗道、或は五通智道、或は願生天、或は生人中及び竜・夜叉・乾闥婆、乃至、摩羅伽の法を説く」。唐決に云く〈慈覚問広修維二人答〉「問ふ、大毘盧遮那経一部七巻は薄伽梵如来加持広大金剛法界宮に住して、一切持金剛者の為に之れを演説するなり」。大唐中天竺国の三蔵輸婆迦羅、唐には善無畏と言ふと訳す。今疑ふらくは、如来の所説は始め華厳より終り涅槃に至るまで、五時四教の為に統接せられざる所無し。今此の毘盧遮那経を以て、何の部、何の時、何の教に之れを接がんや。又法華の先説とや為ん。将た法華の後説とや為ん。此の義 如何。答ふ、謹んで経文を尋ぬるに、方等部に属せり。声聞・縁覚を破るが故に、不空羂索・大宝積・大集・大方等・金光明経・維摩等の経と同味なり。具に四教・四仏・四土有り。今毘盧遮那経と題するは法界宮に於て説けばなり。乃ち是れ法身の寂光土なり。勝に従ひて名を受くるなり。前後詳に明らむべし。大毘盧遮那経指帰に云く〈智証〉「第一に他の問答を出ださば、本朝叡山の学徒難を作して曰く、大毘盧遮那経一部七巻○当に法華の後説とや為ん、此の義 如何。大唐国台州の天台、仏隴禅寺の伝教、和尚の広修、同山国清寺の伝法座主維、答へて云く、毘盧遮那は西天の本号。唐には翻して一切処と為す。此れは是れ三身の一号なり。即ち法身如来なり。
既に是れ法身如来の所説の経なり。義理も亦一切処に遍す。既に一切に彼此の経を総へたり。所接の教各機に逗す。必ず四種の根機有りて此れに於て悟りを得。既に四教の根機有り。豈に第三時の接と為して方等教に之れを収めざらんや。道理之れを験せよ。則ち知んぬ。法華の前説八教の中に並べ接す〈已上維和尚答〉。/ 謹んで経文を案ずるに方等部に属せり。声聞縁覚を破するが故に。不空羂索・大宝積・大集・大方等・金光明・維摩等の経と同味なり。具に四教・四仏・四土有り。今毘盧遮那経と題するは法界宮に於て説けばなり。乃ち是れ法身の寂光土なり。勝に従ひて名を受くるなり〈已上修座主答〉。第二に自義を建立せば、両徳の決判間然すべからず。海外の末学須く仰ぎて之れを信ずべし。然るに如来逗機の説に二種の説あり。謂く、随他意の説と、随自意の説となり。○今案ずるに、三摩地門は唯秘密に在り。自余の一切の修多羅の中に欠きて書せず。故に大乗の中の王、秘の中の最秘なりと云ふ。法華尚及ばず。況や自余の経をや。判じて第三時に置くこと譬へば日を指して蛍と為し海を以て渧と為すが如し」等。他の云く、大唐の広修・維は大日経等を判じて方等部に属すと雖も、本朝の先徳円珍既に再往之れを談ずるに、法華尚及ばず、況や自余の教をやと。何ぞ祖師の所判に背きて、真言は劣り法華は勝ると云ひ、剰へ堕獄の邪法と云ふべきや。
自の云く、漢家・日域両国の先徳既に異義に及べり。彼れを用ゐれば此れを捨つ。一を是とすれば一を非とす。進退難治なり。都て祖師に背くべからずと云ふ、広修・維をも背くべからず。背かずんば真言は方等部の接なるが故に、方便の説法華に劣る事勿論なり。勝劣の二義の相違落居の時は、一方を背かん事は疑ひ無し。若し経文に依らずんば用捨私に有り。「依法不依人」の金言是れなり。其の上、此の指帰は智証の釈と云ふ事は不審極め難し。其の故は、授決集には「若し法華・華厳・涅槃等の経に望めば是れ摂引門」と云ひ、広修・維を破する時は、法華尚及ばずと書ける一事は、両様自語相違の失之れ有り。故に指帰が円珍の作ならば、授決集は智証の釈に非じ。授決集が円珍の作ならば、指帰は後唐院の釈に非じ。但し授決集、智証の釈と云ふ事は天下の諸人皆之れを知る上、公家の日記に之れを載せたり。指帰は人多く之れを知らず。此れを以て彼れを思ふに、後の人、之れを作りて智証の釈と号するか。能く能く之れを尋ぬべし。授決集は正しく智証の自筆なり。/ 第十真言亡国事/ 有る人の云く、真言の三部は是れ護国降敵の秘法、積福延命の密教なり。国の為、人の為、此の法に非ざれば現当悉地成し難し。然るに真言亡国と云ふ事甚だ僻事なり。此の義、経論の説か。私の義か。其の証拠之れを出だすべし 如何。
答ふ、承久の十五壇思ふべし。天親・天台・妙楽等の法華真実最為第一、最在其上、三説独歩、一代超過、真実甚深等云云。弘法大師は「法華戯論第三重劣」云云。諸仏と弘法と、金言と所釈と、天地水火の相違なり。勝劣何れにか付くべき。言を吐く時は賢愚極め無し。祖師を仰ぐ時は何れの宗も我が師の謬りとは思はず。若し然らば諍論限り無く、邪正弁へ難し。宜なるかな、双林最後の金言に依法不依人と定め置くことや。此の事忘失する勿れ。/ 第十一謗法事/ 東寺の弘法は十住心を立て一代を接す。是れは大日経の第一の巻住心品、並びに竜猛菩薩の菩提心論に依るなり云云。其の中に第一より第五に至るは、凡夫と悪人と善人と外道と声聞と縁覚等なれば之れを置く。第六の他縁大乗は法相宗、第七の覚心不生は三論宗、第八の如実一道は天台宗、第九の極無自性は華厳宗、第十の秘密荘厳は真言宗。此の所立の次第は浅きより深きに至る。然るに所依の大日経の住心品を尋ぬるに、他縁大乗・覚心不生・極無自性の名目は経文に之れ有り。然りと雖も他縁大乗等の三句を法相・三論・華厳と云へる名目は之れ無し。其の上、覚心不生と極無自性との中間に、如実一道の名目は文義倶に之れ無し。
但此の品は始めに云何が菩提なる、謂く如実知自心等の文之れ有り。此の文を取りて今の二句の中間に置きて、天台宗と名づけて華厳よりも劣れる由を存す。住心品に於ては全く文義倶に無き事なり。有文無義忽ちに欠けて無文有義も之れ無し。旁(かたがた)以て信じ難き者なり。法華・華厳の勝劣、又都て見ざる所なり。/ 又菩提心論の事、又上古よりの諍ひにして竜樹の作は不定なり。未落居の論を以て亀鏡に立つる事、立義の法に背けり。其の上善無畏・金剛智等の釈之れ有り。大日経の疏、義釈は一行阿闍梨の執筆なり。此の書の中に諸宗の勝劣を判ずるに、法華経・大日経は広略の異なりと云ふ義定め畢んぬ。空海の徳は之れ多しと雖も、争でか先師に背くべきや、と云ふ難は是れ強きか。此の難勢は安然の意なり。之れに依りて空海の門人之れを陳す。旁(かたがた)陳答之れ有り。或は守護経、或は六波羅蜜経、或は楞伽経、或は金剛頂経等の多くの会釈ありといへども、総じて難勢を出でず。然りと雖も東寺の末葉等大師の高徳を恐るるの間、強ひて会通を加へず。結句会通の術計も之れ無くして、問答の法に背き、伝教最澄は弘法の弟子なり云云。/ 日蓮案じて云く、華厳宗の杜順・智儼・法蔵等、法華経の「始見今見」の文に付きて、法華・華厳斉等の義を存す。其の後、澄観始見の文に依りて斉等の義を存する事、祖師に違はず。
其の上華厳は法華より前なり。華厳経の時、仏、最初に法恵・功徳林等の菩薩に対して出世の本懐之れを遂ぐ。然れども二乗並びに下賤の凡夫は根機未熟の故に之れを用ゐず。阿含・方等・般若等の調熟に依りて還りて華厳経に入る、是れを今見の法華と名づく。大陣を破れば余党難からざるが如し。然れば実に華厳経は法華に勝るなりと云云。本朝に於て勤操等に値ひて此の義を習学して後に、天台の真言を学すといへども、旧執改まらざる故に此の義を存するか。何に況や華厳経の法華に勝る由は、陳隋より已前の南三北七も皆此の義を存す。天台已後も又諸宗此の義を存す。但弘法一人のみに非ざるか。澄観の「始見今見」の文に依りて、華厳経は法華に勝ると云へる才覚は、天台智者、涅槃経の「是経出世 如法華中」等の文に依りて、法華・涅槃さへ斉等とは存せず。剰へ勝劣の義を判ずる智発せり。澄観は此の義を存す。若し僻案ならば空海の義も又僻見なるべきなり。天台真言の云く、法華経と大日経とは広略の異なり。略とは法華経、広とは大日経の真言なり。其の故は理は法華経に同じと雖も、印真言欠けたるが故に云云。法華経と大日経とは同劣の二義之れ有り。所謂 理は同じきなり。事は勝るなり。
又二義有り。大日経は第五時の接、是れは与の義なり。大日経は五時の接に非ず、是れは奪の義なり。又云く「法華経は譬へば裸形の猛者の如し。大日経は譬へば甲冑を帯る者の如し」云云。/ 第十二背自宗経師事/ 遺告〈弘法〉「末代の弟子等三論・法相を兼学せしむべき縁起〈第十二〉。密を以て内と為し、顕を以て外と為して心に兼学すべし」。又云く「僧並びに童子等琴を制す。何に況や囲碁・双六をや。一切に停止せよ、若し強ひて好む者は吾が弟子に非ず」。又云く「東寺の僧坊に女人を入るべからざる縁起〈第十八〉。夫れ以みれば女人は是れ万性の本、氏を弘め門を続く者なり。然り而して仏弟子に於て親厚せば諸悪の根元嗷々の本なり。是れを以て六波羅蜜経に云く、女人に親近すべからず。若し猶親近せば善法皆尽く等云云。然らば則ち僧坊の内に入り居るべからず。若し要言有り、諸家より至る使者ならば外戸を立て、速に報じて之れを返却せよ。時刻を廻らすことを得ざれ」。又云く「僧坊の内にして酒を飲むべからざる縁起〈第十九〉。夫れ以みれば酒は是れ治病の珍、風除の宝なり。然るに仏家に於ては大過と為る者なり。
是れを以て長阿含経に云く、飲酒に六種の過有り云云。智度論に云く、三十五種の過有り。亦梵網の所説甚深なり。何に況や秘密の門徒酒を受用すべけんや。此れに依りて制する所なり。○治病の人には塩酒を許す」。又二十二に云く「是れを以て昔大日尊金剛薩に勅して曰く、非器の者に授くべからず。若し非器の者に授くれば、密教久からずして法身より血を出だすの罪、自然に生ずべき者也」。又云く「生年五十に満ちて已後に伝法潅頂を授くべし」。教時義の二に云く「今の真言宗は此の十住心の次第を用ゐるや否や。答ふ、五の失有り。故に十住心の次第を用ゐず。其の五失は 如何。一には大日経及び義釈に違するの失、二には金剛頂経に違するの失、三には守護経に違するの失、四には菩提心論に違するの失、五には衆師に違するの失なり」。/ 第十三貴人背法事/ 私に云く、善無畏三蔵の謗法は、三説超過の法華経を未顕真実の権教に同ずる是れなり。又弘法大師は法華を三重の劣と云ふ事、殊更に謗法なり。就中 真言師の即身成仏を立つる証拠に、大師智拳の印を結び南方に向かふ等云云。是れは有漏の形を以て無漏の身を現ず。加様の徳行をば涅槃経の中に魔の伴侶なりと云云。
涅槃経の六に云く「迦葉、仏に白して言さく、世尊我今此の四種の人に依らず。何を以ての故に、瞿師羅経の中に仏瞿師羅の為に説くが如し。若しは天魔梵破壊を欲するが為に変じて仏の像を為し、三十二相八十種好を具足し荘厳して、円光一尋にして面貌円満なること猶(なお)月の盛明のごとし、眉間の毫相白きこと珂雪に踰ゆ。左脇より水を出だし、右脇より火を出だす」。同経の七に云く「仏迦葉に告げたまはく、我般涅槃して七百歳の後、是の魔波旬漸く当に我が正法を破壊せんこと譬へば猟師の身に法衣を服するが如し。魔王波旬も亦復是の如く、比丘の像・比丘尼の像・優婆塞の像・優婆夷の像を作し、亦復化して須陀の身と作り、乃至化して阿羅漢の身と作らん。魔王此の有漏の形を以て無漏の身を作して我が正法を壊らん」。物語に云く、真言には阿字肝要なり云云。阿の字は偏にこざるを書きて旁にべしを書き候。さては真言宗は小猿なるべきか云云。是れは鎌倉の宮の御所の大工左衛門尉宗親が義なり。/ 第十四理同事勝事/ 仰せに云く、抑 唐朝の善無畏・金剛智等が法華・大日の両経に理同事勝の釈を作る事は、梵・華両国倶に勝劣なるか 如何。
法華経は天竺には十六里の法蔵に満つれば無量の事有らん。然れども流砂・葱嶺の嶮難、五万八千里十万里の路次容易ならざれば枝葉は之れを略す。是等は併ながら訳者の意楽に随ひて、広を好み略を悪み、或は略を好み広を悪むも之れ有り。然るに玄奘三蔵は広を好み、四十巻の般若経を六百巻と作し、羅什三蔵は略を好み、千巻の大論を百巻に縮む。而るに印契・真言の勝ると云ふ事、是れを以て弁へ難きか。羅什所訳の法華経には是れを宗と為さず。不空三蔵の法華の軌には印契・真言之れ有り。仁王経も羅什の所訳には印・真言之れ無し。不空の所訳には之れを副ふ。知んぬ、訳者の意楽なることを。其の上法華経には「為説実相印」と説かれて合掌の印、禅定の印之れ有り。譬喩品にも「我此法印」等云云。是等の文は 如何。但広略の異のみか。又「舌相言語 皆是真言」等とは、法華経にも「治生産業 皆与実相」等と宣べ、「亦是先仏経中所説」とも云ふ、是等は 如何。大日経等の真言こそ有名無実の真言なれ。「未顕真実」「終不得成 無上菩提」の権教は、始成を談じて久遠無ければ性悪を明かさず。本有の仏性も之れ無し。三乗の機の仏の出世を感ずるに二乗を簡べる間、三人に二人を捨て三十人に二十人を除く。仏も「皆令入仏道」の本願を満足したまふべからず。
十界互具思ひもよらず。増して非情の上の色心因果、争でか之れを説くべきや。/ 而るに陳隋の代の天台智者、法華経の文に付きて解了の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を盗み取りて我が宗の骨目と為す。善無畏は唐の第七玄宗皇帝の開元四年に来たれり。如来入滅より一千六百六十四年か。開皇十七年は百二十余年の前なり。何ぞ百二十余年已前に天台の立て給へる一念三千の法門を盗み取りて我が物と為るや。己が経たる大日経には衆生の中にも機を簡ぶ間、前四味の諸経に同じて二乗を簡ぶ。増して草木成仏思ひもよらず。されば理同と云ふ時は盗人なり。又印・真言何れの経にか之れを嫌へる。然れば大日経に之れを説くは都て規模に非ず。一代聖教に嫌ひ捨てられたる二乗作仏は但法華経に限る。二乗は無量無辺劫の間、千二百余尊の印契・真言を行ずと雖も、法華経に値ひ奉らざれば仏に作るべからず。印契は手の要、真言は口の要なり。主仏に作らずんば口と手と別に仏に作るべきや。一代に超え三説に秀でたる二乗作仏の事をば物ともせずして、印・真言の事に依る時は劣謂勝見の外道なり。/ 第十五弘法事/ 弘法は讃岐の国多度郡屏風ヶ浦と云ふ処の所生なり。父は佐伯氏、母は阿刀氏。母霊夢有りて懐妊す。
童名を貴物と云ふ。遊ぶ時は四天王蓋を擎く云云。常に自ら夢らく、八葉の蓮華に坐して諸仏と物語すと。延暦七年〈戊辰〉御年十五にして都に入る。大学寮に遊びて毛詩・左伝・尚書等を誦し給ふ。同じき十二年〈壬酉〉生年二十と申すに、勤操を師と為して石淵寺にして出家し沙弥戒を受く。御名は始めは無空、次は教海、後には如海と申しき。御年二十二と申すに東大寺に於て具足戒を受け、御名を空海と改む。出家已前には俗書を学す。外典は意浅しとて三教指帰三巻を造り給へり。作書の事は、大日経の住心品に依りて秘蔵法鑰三巻を作り、十住心を立て一代聖教の深浅勝劣を判じ給ふ事は弘仁年中なり。遺告に云く「凡そ付法を勘ふるに吾が身に至るまで相伝ふること八代なり。吾が至るの日彼の大阿闍梨の云く、我今既に尽きんとす。汝を待つ既に尚し。已に果して来たれり。我道東せん」。故に呉殷纂に云く「今大日本国の沙門有りて来たりて聖教を求む、皆所学して写瓶するが如くなるべからしむ。此の沙門は是れ凡徒に非ず、三地の菩薩なり。内に大乗の心を具し、外に小国の沙門の相を示す」云云。
◆ 祈祷経言上 〔C9・文永一〇年〕/ 南無平等大恵一乗妙法蓮華経。/ 南無霊山浄土久遠実成釈迦牟尼仏。/ 南無宝浄世界証明法華多宝如来。/ 南無上行・無辺行・浄行・安立行等の本化地涌の大士。文殊・弥勒・普賢・薬王・薬上・観音等の迹化他方の大権の薩。身子・目連・迦葉・阿難等の新得記の諸大声聞。総じて霊山・虚空二処三会発起影向当機結縁の四衆 乃至 尽虚空微塵刹土古来現在の一切の三宝に申して言く。願はくは読誦し奉る寿量品を以て助行と為し、唱へ奉る妙法蓮華経を以て正行と為して、速やかに正助の二行を整へて之れを読誦し奉る。此の功徳に依りて信心の行者除病延命ならんのみ。其れ陀羅尼とは、二辺の悪を除きて中道の善に帰す。遮悪持善の者は何ぞ悪を除きて善に帰せしめざらんや。然れば則ち鬼子母神・十羅刹女は「若不順我呪 悩乱説法者 頭破作七分 如阿梨樹枝」と誓ひ給ふ仏前の御約束争でか虚しからんや。故に五番神呪の力、遠くは一乗円経の妙理を顕はし、近くは自身擁護の威勢を示す。之れに依りて二聖・二天・十羅刹女・天照太神・正八幡宮等を始め奉り、一切の諸神・山神・海神・水神・宅神・指神・聞神・斗加神・玉女神・十二神将・天形・星形・疫神・堅牢地神・荒神、総じて本朝の大小の神祇・土公神等の面々に、法楽し奉る、随喜せしめ給へ。
仍って法味を聴聞して報恩を垂れしめ、内には智恵の弟子有りて仏法の深義を覚り、外には清浄の檀越有りて仏法久住し、法華折伏破権門理終に諸乗一仏乗に帰せよと納受せしめ給へ。仰ぎ願はくは精誠の祈願に依りて、縦ひ年の難、月の難、日の難、時の難等の所来の定難も返し転じて、除病延寿息災延命と守護せしめ給へ。「令百由旬内無諸衰患 受持法華名福不可量 諸余怨敵皆悉摧滅 得聞是経病即消滅不老不死」と云へり。国に謗法の音無くんば、万民数を滅せず。家に讃経の頌有らば、七難必ず退散せしめんのみ。/ 本朝沙門 日蓮花押
◆ 観心本尊抄文科 〔C9・文永一〇年〕/ 観心本尊抄五問答─┐/ ┌────────┘/ │  一には観心の釈を出だす/ │  二には一念三千情非情に亘ることを明かす証文/ │  三には三千常住所化同体己心の本尊の相貌を明かす/ │  四には法華迹本二門弘通説時の傍正を明かす/ │  五には結要正付並びに諸の付属の相を明かす/ ├─第一に観心の釈を明かすに五─┐/ │ ┌─────────────┘/ │ ├─一に一念三千の名目の出処を明かす。摩訶止観より意在於此に至る四行余。/ │ ├─二に玄文並びに止観の前四に三千の名目無きことを示す。問曰玄文より為指南等に至る六行。/ │ ├─三に玄文等の中に相似の文有ることを明かす。疑云より宛然具足等に至る。四行半。/ │ ├─四に正観已前の六重の列数方便にして実行に非ざることを明かす。問曰止観より無異縁に至る六行半。
│ └─五に先代の諸師未だ述せざる、並びに末学知らざることを明かす。夫智者より将来可可悲に至る七行。/ ├─第二に一念三千は情非情に亘らば草木心有りて成仏するかと之れを疑ふ問答五─┐/ │ ┌───────────────────────────────────┘/ │ ├─初めに総標問答。問曰百界より本尊無益に至る十二行。/ │ ├─二に正しく一念三千情非情に亘る証文を明かす。疑曰草木より具足縁了に至る六行。/ │ ├─三に観心の十界互具の経文を明かす。問曰出処より仏界所具十界也に至る二十六行。/ │ ├─四に彼此の十界に付きて示し難き人界色相に理性の十界を顕はすことを明かす。問曰自他面より可信之也に至る四十五行。/ │ └─五に十界の現量を以て己心に具足する疑問答。問曰教主より遍於法界に至る百三十二行。/ ├─第三に三千常住所化同体己心の本尊の相貌を明かすに三─┐
│ ┌─────────────────────────┘/ │ ├─初めに爾前迹門の非常を明かす。夫始より未熟故歟に至る八行。/ │ ├─二に末法遺付の本尊の相貌を明かす。此本門より令出現歟に至る十余行。/ │ └─三に正像と末法と本尊相違の問答に二─┐ 問曰正像二千より/ │ ┌───────────────────┘ 委細聞之に至る五行。/ │ ├─初めに一代諸経の心総別三段に於て如来随自意の正意を明かす。答曰法華経より随自意也に至る二十五行。/ │ └─次に大通以来の諸仏諸経を以て寿量の序分とするを明かす。又於本門より旃陀羅に至る十行。/ │   序正の勝劣に四─┐/ │ ┌─────────┘/ │ ├─初めに又於本門より寿量序分也に至る序正二段之れを明かす。/ │ ├─二に自一品二半より覆蔵教に至るまでの二十字は序正勝劣を判ず。小邪未覆なり。
│ ├─三に論其機より禽獣也に至るまでの十七字は機根の賤恥を明かす。幼稚貧窮孤露同禽獣なり。/ │ └─四に爾前より下の五行重ねて教機の勝劣を判ず。/ ├─第四に法華経の迹本二門に於て弘通説時の傍正に二─┐/ │ ┌───────────────────────┘/ │ ├─一に迹門に二─┬─初めに在世に約して二乗並びに凡夫等の傍正の義を明かす。迹門十四より次下に二十五字。/ │ │        └─次に滅後の三時に約して末法の始めを以て正と為る証文を明かす。再往より迹門如是に至るまでの五行。/ │ │        ┌─初めに久遠乃至迹本二門に於て種熟脱を明かす文の如し。以本門より令登等妙に至る。/ │ └─二に本門に三─┼─次に序正流通倶に末法の始めを以て正為ることを明かす文の如し。再往より為詮に至る二十二字。
│          └─三に在世末法得益の相違並びに要法の異を明かすに三─┐/ │ ┌───────────────────────────────────┘/ │ ├─一に在世より以下の十九字は在世滅後に約して脱種の異を明かす。/ │ ├─二に彼の一より以下の十二字は在世滅後に約して要法の異を明かす。/ │ └─三に末法の修行は題目に限り並びに弘通の師を選択する証文。問曰其証より何況他方乎に至る四十余行。/ ├─第五に結要正付並びに諸の付属の相を明かすに五─┐/ │ ┌──────────────────────┘/ │ ├─一に地涌の菩薩を召して付属したまふ所以を明かす。神力品より久遠故也に至る十七行。/ │ ├─二に正しき地涌結要付属の経釈を明かす。如是現十力より無量神力等に至るまで十五行余。/ │ ├─三に総じて地涌等の諸大菩薩に属累するの文を明かす。次下属累より還可如故等に至るまで五行。
│ ├─四に拾遺属の由を明かす。薬王品より遺属是也に至る二行。/ │ └─五に地涌出現の時剋を明かす。疑云より次下の五十五行。/ 日蓮花押
◆ 放光授職潅頂下 〔C9・文永一一年〕/ 問ふ、本門の授職の相貌 如何。答ふ、本門本有の実成の授職は、此の宗の眼目・骨髄・心符等之れ有り。輙く之れを記すべからず。/ 問ふ、授職の法体は 如何。答ふ、本門の授職の法体をば、唯仏と仏とのみ無量劫の中に於て之れを説きたまふとも、説き尽したまふべからず。但し詮要を取りて説きたまふに、但是れ妙法蓮華経の五字なり。神力品に「如来一切所有之法」等云云。仍って此の授職を得る者難し。仮使(たとい)得受すれども信受の者復(また)難し。伝教大師の云く「国王の制に非ずんば以て遵ひ行ずること無し、法王の教に非ずんば以て信ずること無し」。又云く「一乗円宗は先帝の制。海内の緇素誰か遵行せざらん。心地の円戒は千仏の大戒なり、闡提を除きて外に誰か信受せざらん」。/ 問ふ、仏本門の時妙法の五字を以て授職する儀式 如何。答ふ、序品の時は六瑞等を現じ、宝塔品の時は大地破烈して五百由旬の宝塔大地より涌出す、涌出品の時は六万恒沙の菩薩涌出し、神力品の時は十神力を現じたまひて千世界の微塵の菩薩、地より涌出せし諸大菩薩、文殊等の無量百千億の菩薩、
諸の比丘・比丘尼等、天・竜・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩羅伽・人・非人等の一切衆生の前に広長舌を出だし、上梵世に至らしめ、一切の毛孔より無量無数色の光を放ちて悉く遍く照らし畢りて、爾時仏告上行等菩薩○猶不能尽と宣べたまへり。されば其の法体を妙法の五字と説き顕はして後、仏法座より起ちて右の手を以て菩薩の頂を摩でたまふ。是の如く三たび諸の菩薩の頂を摩でて言く「汝等当受持読誦 広宣此法 令一切衆生 普得聞知」と授職したまふ。是れ則ち問ふ所の授職の相貌なり。諸の大衆等、正しく此の授職を得畢りて「皆大歓喜 遍満其身○当具奉行」と申したまへり。いみじかりし事なり。此の授職顕はれて後は、十方の微塵の情非情等、我等如きの一切衆生、皆悉く現に益を得。未来の一切衆生情非情等は、皆又此の授職得益の諸人の各々転々に職を授けて皆成仏せしむべきなり。されば神力・属累の二品の授職の文に各の口伝有り。謂ゆる神力品の「十方世界 衆宝樹下 坐師子座上」とは十方世界なり。世界は依報なり。衆宝樹下は非情草木等なり。師子は仏の所坐なり。又師子とは成仏の妙果なり。座上とは常寂光土居住の処なり。付属の三摩諸菩薩頂とは、仏は一摩の時南無妙法蓮華経と唱へたまふ、是れは中道法身の摩頂なり。
二摩の時南無妙法蓮華経と唱へたまふ、是れは空体報身の摩頂なり。三摩の時南無妙法蓮華経と唱へたまふ、是れは仮体応身の摩頂なり。仍って本有無作の三身なりと授職したまふ故に三摩諸菩薩頂と云ふなり。此の意を得れば、十界並びに情非情、無作の三身と授職せられ奉ること、真実尊貴甚深なり、高貴なり、尤も尊貴なり。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。/ 問ふ、今の引く所の二品の文前後の相結要を付属する文なり。何ぞ之れを引きて授職の証と為るや。答ふ、授職とは付属の義なり。又云く、授記の義。又云く、決定成仏の義。又云く、入正定聚の義なり。強ひて之れを分別せば、授職は自利、付属は利他。又授職は先は自利、次は化他、付属は先は利他、次には自利。自利利他互具なり。又授職は自他同時に成仏す。付属は先づ自覚して後流通の時他を益す。是の如く不同なれども只是れ一つ物なり。世間の学者之れを知らず。/ 問ふ、爾前・迹門・本門の三重授職・権実の相貌は粗之れを聞く。然るに当家の授職潅頂にも真言・天台の両宗の如く作法受得の儀式之れ有るや。答ふ、当家には専ら此の義有るべし。但し諸宗と当家との作法異なるなり。謂く、真言は人法一向に権なる故に、戯論無益の作法授得の潅頂なり。現在には亡国後生には堕獄の授職なり。
天台・伝教は人法倶に実なり。天台の授職は法華三昧の道場に於て安々と之れを得給ひしが如し。伝教大師云云。但し天・伝両師は迹門の授職なり。今当家の授職は本門に付きて、其の作法・授得の儀式なり。在世滅後の異なり。在世は神力・属累の儀式の如し。滅後の今時の授職潅頂の儀式をば仏兼ねて之れを説き置かせたまへり。神力品に云く「汝等能於如来滅後 応当一心受持○而般涅槃」。園林・樹下・僧坊・白衣舎・殿堂・山谷・曠野等を挙げ「当知是処 即是道場」と結したまへり。仍って処を斥らふべからず。法華経の御坐す処は即ち道場なり。文に道場とは寂光土なり。但し山谷曠野等と見えたれば同居の穢土とをぼしけれども、本有の寂光に三土の色質欠減すべからず。故に釈に「豈離伽耶別求常寂、非寂光外別有娑婆」と云へり。輔正記に云く「此経即穢而浄、同居即寂光」と云ひ、妙楽の云く「今日以前従寂光本垂三土迹、至法華会摂三土迹帰寂光本」。此等の文理炳然なり。何れの処にも有れ妙法の五字を尊まる道場に詣りては常寂光土と思ふべきなり。敢へて疑ひ無し。又法華経の授職の作法・受得の儀式は諸宗の威儀と替はるべきの様、伝教大師委しく之れを釈したまへり、是れ秘文なり云云。南無妙法蓮華経。
◆ 遠藤左衛門尉御書 〔C9・文永一一年三月一二日・遠藤左衛門尉〕/ 日蓮此の度赦免を被り、鎌倉へ登るにて候。「如我昔所願 今者已満足」此の年に当たるか。遠藤殿御育み無くんば命永らふべしや。亦赦免にも預かるべしや。日蓮一代の行功は偏に左衛門殿等遊し候処なり。御経に「天の諸の童子、以て給使を為さん。刀杖も加へず毒も害すること能はず」と候得ば有り難き御経なるかな。然れば左衛門殿は梵天・釈天の御使にてましますか。霊山えの契約に此の判を参らせ候。一流は未来え持たせ給へ。霊山に於て日蓮日蓮と呼び給へ。其の時御迎へに罷り出づべく候。猶又鎌倉より申し進すべく候なり。/ 文永十一〈甲戌〉三月十二日  日蓮花押/ 遠藤左衛門尉殿
◆ 与平内左衛門書 〔C9・文永一一年一二月二八日・平内左衛門〕/ 其の地に於て一百日の行の頃、帰依の仁等哀憐を加へられ、満願せしむと雖も、諸宗の誹謗壮にして讒者多し。既に佐渡が島に流人と為りて空しく日月を送ると雖も、法徳顕然の恵を受け、三国比類なきの赦免を蒙り、帰朝して増々天下に経法を弘むる事、帰依の人等に悦び達する為、文通披露之れ有るべし。其の地末々に至るまで対面せし互いの因縁に応ずるのみ。/ 文永十一年〈甲戌〉臘月二十八日  日蓮花押/ 平内左衛門殿
◆ 三沢御房御返事 〔C9・文永一二年二月二一日・三沢御房〕/ 佐渡の国の行者数多此の所まで下向ゆへに、今の法門説き聞かせ候えば、未来までの仏種になる事、是れ皆釈尊の法恩ありがたし。越後にて此の歌詠じ候ゆへ書き送り候なり。おのづからよこしまに降る雨はあらじ 風こそ夜の窓をうつらめ。/ 二十一日
◆ 成仏法華肝心口伝身造抄 〔C9・建治元年一二月三日・富木常忍・大田乗明・曾谷入道〕/ 夫れ此の身は即ち十法界なれば法華経なり。法華経とは二十八品なり。二十八品とは二十八宿なり。二十八宿とは即ち此の身なり。此の身とは二十五有なり。。此の五大種子、各五大を具する故に二十五有なり。二十五有の衢に迷ふと云ふは、此の五五二十五の不覚なり。二十五有は六道なり。是れを悟れば即ち我が身十界常住の法性なり。此れ無明法性同体の有様なり。是れを能く能く意得れば我が身即妙覚果満の仏なり。/ 此の身の八万四千の毛孔は法華経十軸の文字なり。普賢経・無量義経を除きては、六万九千三百八十四字なり。普賢・無量を加へては八万四千の毛孔と云ふなり。二十八品は我が身を以て成ずる故に、此の法華経の文字一一に毛孔と成るなり。此の六万九千三百八十四字併ながら真仏なり。穴に一一に虫あり。此の身を悟れば此の虫一一に法華の正体なるが故に仏界と成るなり。故に八万四千字なり。六万九千の継節は此れ法華経の正体を云ふなり。故に法華経を持つと云ふは我が身を持つと云ふ事なり。即身成仏とは是れなり。故に我等迹門の利益妙の故に今に此れを悟らず、大悲門の方便、本門妙覚には昇らざる故に法華経の体をば悟らず、我が身を迷ひと思ふなり。是れ則ち迹門の大悲門なり。
本門の大智門の時は、無作三身の理に帰して本有の十界を顕はす時、我が身は法華経二十八品にて有りけりと悟るなり。是れ無作三身を以て意得べきなり。/ 六根とは六道なり。此れに迷へば又六道に迷ふ、此れを悟れば皆本有の六道なり。此の六道は六即なり。天台の自解仏乗と名乗り給ふは、即ち此の身を悟りて円宗の観心を六根六即と立て給ふなり。六根融通の様を人にしらするに、六六三十六始中終平等に具足するを妙法蓮華経と称するなり。故に三賢十聖は大乗の階級、六即の次位は円宗の実位と釈し給ふなり。即の故に一なり、六の故に六也と釈し給ふ。此れは智証の釈なり。即の故に一とは本理なるが故に是の如く釈し給へり。六根名別なる故に六とも釈し給ふなり。眼根は餓鬼道なり、耳根は畜生道なり、鼻根は修羅道なり、舌根は人道なり、身根は地獄道なり、意根は天道なり。此の六根常時に心に起こるが故に心常に安からず。殺生の業起これば偸盗の業も起こる、乃至貪瞋の心も起こるなり。是れ皆十界の形色内心に具する故なり。乃至道心もあり、施者の心もあり、是れ皆仏菩薩の性に常にある故なり。此の心の闘ふ程は無明と同体なり。是れを妄心と名づく。本有の十界を覚る時は、地獄界も畜生界も皆悉く本理同じき故に法性と同体なり。
第九識法性の郷を出でて、第八識に下りて無明と法性と交雑し、前五識に下りて分別の性を致す時、二つが鼻を並べて下るが故に随縁真如とは名づくるなり。是れ則ち無明と同体なり。此の心、又第九識に進みて本理の妙覚にかなふ時、法性と同体なる故に不変真如と名づくるなり。/ 然るに此の身の毛は草なり、爪は是れ木なり。故に草木成仏とは、此の身の成仏を以て云ふなり。故に諸の経論に道樹の釈迦成仏を以て、依正不二の成仏と云ふなり。又草木成仏の証拠とも云ふなり。迦利陀と云ふは毛なり、伊利陀と云ふは爪なり。故に止観に是れを草木成仏と云ふなり。此の身成仏すれば八万四千の毛孔、皆金色の仏なり。故に身土の成仏を以て草木成仏と云ふなり。此の草木成仏が至極の大事なり。然れば草木成仏の証人は地涌の菩薩を以て正意とすと云ふ習ひ之れ有り。此の事は日蓮兼ねて存知せり。上行の垂迹と名乗り、末法の始めの五百年に出づる人を、草木成仏の証人と云ふべきか。劫初の一切の草木を蓮華と云ふなり。天台大師の云く「当に知るべし依正の因果は悉く是れ蓮華の法なり」云云。/ 問うて云く、法華経に草木成仏と云ふ証文 如何。答へて云く、予が己心に秘する所の稟承の文之れ有り。所謂 妙法蓮華経是れなり云云。
此の五字の中の蓮華の二字を草木成仏と云ふ事なり。又之れを案ずるに、草木の根本は本覚の如来、本有常住の妙体なり。然りと雖も我等が一念の妄心に依りて五道に迷ふが故に、乃至木とも見、草とも見るなり。此の妄心を翻へして本覚に帰り立ち還りて見れば、本有常住の草木にて有りけるを、我等が迷ひて極悪不善の草木と見るなり。此の故に此の身の成仏を以て草木成仏とも云ふなり。依正不二の成仏とも云ふなり。身則ち成仏すれば国土も寂光なり、五道も亦本有なり、草木も亦本有なり。故に一人一切人とも釈し、乃至一断一切断ともいひ、一地一切地とも云ふなり。是れ又異心成仏同とも云ふなり。是れは安然の私義なり。之れを秘すべし。/ 又皮・肉・骨の三は三観なり。皮は空観なり、肉は仮観なり、骨は中観なり、の三字なり。又是れ三重の無明なり。是れを悟らざれば三重の無明とも思ひ、妄染の身とも顕はるる。此の時、本有の三身と云ふ事を此の肉身即法華の正体の故に、三身共に経の体となると云ふ事をば意得べきなり。但し中為経体の釈に至りては始中を分かちて云はば、骨は即ち終心なる故に妙覚と立て、中心は即ち等覚にして始心は初地なり。故に果徳の妙覚を以て経の正体と釈し給ふか。是れ一経の教相なり。相違せず。
又不思議の三諦は此の身併ながら法華二十八品なり。故に三諦共に不思議と云ふなり。本有常住の皮・肉・骨なる故に、此れを中為経体の論義の詮とす。仍って相違せざるか。抑 不思議の三諦とは南無妙法蓮華経是れなり。又皮・肉・骨の三、法・報・応の三身、但此の五字七字なり。/ 又五大種子を以て我等が身に当つる事は何ぞ。我等が身は六道なり、六道は五道なり、修羅は開合なり。山王院の大師は五道と定め給へり、故に五輪なり。字を以て足腰の節に当つ。其の故は字本不生、阿字法本正体なり、一切の本なり、故に是れ両足に当たる。両足は照了分別の性本なり。立ちて遊行するに見ざる所無き故なり。字を以て腰の節より鳩尾胸に当つ。是れ即ち水輪なり。字を以て頸の骨までに当つ。火輪なり。頸より髪際に至りては風輪なり。字に配つ。髪は即ち空輪、字なり。是の如く我が心に具足せり。悟らざる時は即ち性徳の五智なり、悟る時は修徳の五智なり。修徳の五智を顕はせば、一仏四菩薩の五大となる、是れ五智の如来なり。是れに迷へば五道なり。是れを悟れば本有の五輪なり。二十五有と云ひ、六道と云ひ、五道と云ひ、六根と云ひ、六即と云ふも、五輪と云ふも、法華経と只一つなり。
是れを悟らざる程は、無明法性雑する故に眠の如し。此の夢を翻へせば法性同体と成るを不変真如と云ふなり。/ 左右の十指は十界なり。其の節は二十八品なり。未敷蓮華の印を結べば和合の八葉等なり。八葉を開けば即十界なり。是れ即ち二十八品なり。又二十八宿なり。右の手は地獄等の五道なり、左の手は仏菩薩等の五道なり。又十波羅蜜は十地なり。此の十界和合するを以て合掌とす。是れ則ち十界を五道に畳む心なり。是れを開けば十界なり。悟れば五道、本有の十界も顕はるるなり。又五道も顕はれ、法華経の体をも顕はす。法華経二十八品顕はれぬれば、本より生死の二苦あることなし。三界は皆寂光なり、故に「豈に伽耶を離れて別に常寂を求めんや。寂光の外に別に娑婆有るに非ず」と釈す。此の身自ら六道に下る。是れ又衆生化度の為なり。其の故は是の如く随縁して此の一身成仏すれば、此の界悉く成仏す。成仏して衆生を化す、成仏せざる者は一人もなし。「即生一切皆入」なり、故に衆生化度と云ふなり。故に伝教大師は此の事を釈し給ふ時「三世不断に下り三世不断に寂す」。「三世不断に下る」とは、第九識より随縁して無明と同体と成りて真如を忘るる妄心なり。
「三世不断に寂す」とは、其の妄心を翻へして法性と同体となり、次第に進みて第九識の本理にかなふを云ふなり。故に「出づる時は無明を頂いて出で、寂する時は無明を踏みて寂す」と釈し給へり。秘文なり。穴賢穴賢。「無明をいただいて出づ」とは「法性の宮より縁にひかれて無明をいただいて下り、第八識の無明に薫ずる故に頂いて出づ」とは釈し給ふなり。「無明を踏みて寂す」とは、「無明の妄心を翻へして無明が法性にて有りと覚りて、第九識の本理にかなふ故に無明を踏みて寂す」とは釈し給ふなり。足の十指は十如なり。是の如く表する事は先徳大師の御筆なり。是れを疑ふべからず。十指は十界なり、足の千如是れ百界千如なり。之れに依りて三世間に約して三千の法門なり。故に百界千如三千の法門此の身に之れ有るなり。此の如き名目は人ごとに云ふといへども、事に観ずる事は之れ無し。故に理具の法門なり。/ 今日蓮末法の始めの五百年に書き顕はし奉るなり。南無妙法蓮華経は法性なり。日本国の一切衆生は無明なり、終に法性をいただいて寂すべきなり。不信の者は法性を踏み無明を頂いて下る。経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、乃至、其の人命終して阿鼻獄に入らん」と是れなり。
日蓮法華を信ぜざりし時は法性をふむ、此の故に流罪死罪の種々の大難にあふ。今は法華の行者にもやあるらん。経に云く「我大乗を有り妙法蓮華経と名づく」。此等の事極秘なり。大師先徳の亀鏡にて之れ有り。本門寿量品の事の一念三千の法門此の外に尋ぬる事なかれ。穴賢云云。/ 二人と相伝せず。成仏法華の肝心口伝身造りの法門なり。一代の所詮は此の事なり。此の書を人に伝へば起請文を三度書くべきなり。然らずば之れを伝ふべからず。秘中の秘密なり。但富木殿の方々に申すが如く御受持有るべく候。経に云く「如是相 如是性 如是体 如是力 如是作 如是因 如是縁 如是果 如是報 如是本末究竟等」云云。又云く「妙法蓮華経方便品」云云。種・熟・脱の三益の法門深く口伝すべし。上行菩薩出現して弘め給ふべき法門なり。先づ先づ日蓮之れを顕はすなり。委細は面謁の時を期し候。恐々謹言。/ 建治元年十二月三日  花押/ 大田入道殿 曾谷殿 富木殿
◆ 無作三身口伝抄 〔C9・建治二年〕/ 伝に云く、寿量品に四重の成仏あり。初めの三重は通じて三身の成仏を明かすなり。第四重の成仏は正在報身の成仏なり。上冥法身下契応身の三身なり。本地無作の如来本覚の体とは無作の応身なり。無作の応身とは我等凡夫なり。故に解釈には「凡夫亦得三身之本」と釈し給へり。抑 凡夫の一身無作の三身なる事を能く能く意得れば、万法に於て三身の謂れを知らしめて、一塵一質に於て意得らるるなり。/ 先づ云く、所判の解釈に「境に就きて法身と為し、智に就きて報身と為し、起用を応身と為す」。意は我等が五体身分は法身の境なり。五体の智恵具足せる是れ報身の智なり。此の身十二時中に行住坐臥し、或は仏神を礼し、或は上下・坐禅・起立・塔像・飯食・修学・作善・起用体の諸事を作り出だす事、皆是れ応身如来の作用なり。又理智慈悲と云ふなり。万法不思議不可得なるは法身なり。諸法の桜梅桃李と名乗りたる智恵、季を知りて春は草木の芽茎を生じ、夏は生長して盛んになり、秋は紅葉し、冬は落葉するは、即ち生住異滅の四相なり。此の如く四季の生住異滅を知るは報身如来自受用の覚知観察なり。
又応身は慈悲の体、饒益有情の徳あり、此の義万法に通ぜり。郎従の君を思ひて命を捨て、弟子の師を思ひて命に代はり、子の親を思ひ男の妻子を慈む、是れ有縁の慈悲なれども、皆応身如来の性徳の振舞ひなり。世間に付け出世に付け一分の慈悲あるは是れ応身なり。応身は依怙の身なり。物に応ずる身なり。故に草木瓦礫等も人の為に依怙と成るは応身と知るべきなり。先づ草木の体は法身なり。草木の智恵は報身なり。草木山野に生長して各の鳥類を栖ませ安穏ならしむるは応身の慈悲なり。草木之れ無くんば何を以てか家宅を造作して人身を安穏ならしめん。忍び難き風雨も家宅を以て身を助く。又草木之れ無くんば、何に依りてか仏像を造立し、堂塔僧坊を建立して三宝を安置せん。草木甚だ依怙なり。細しく思へば応身尤も我等が依怙なり。慈悲の至極は応身にてあるなり。譬へば扇の体は法身なり。扇と人に知らるる智恵は報身なり。人の用に成りて風を設け荘と成るは応身の慈悲なり。一を以て万を知る口伝なり。此等は尚教相の重の口伝なり。/ 正しく深義を宣べん。有情非情に亘りて皮・肉・骨の三あり、是れ則ち三身なり。皮は応身なり。肉は報身なり。骨は法身なり。
此の三事皮肉の二身は無常なり。故に焼けば灰と成り埋めば土と成る。骨は法身常住なり。是れを「如来秘密神通之力」と説く、解釈には「一身即三身なるを名づけて秘と為し、三身即一身なるを名づけて密と為す」と判ぜり。此の義は爾前迹門に之れ無し。故に二重に釈する時「又昔は説かざる所を名づけて秘と為し、唯仏のみ自ら知るを名づけて密と為す」とも云へり。唯仏自知の三身なれば爾前迹門の昔之れを顕はさず、寿量品の時始めて之れを顕はす。是れを顕本の体と云ふ。又「仏三世に於て等しく三身有り。諸教の中に於て之れを秘して伝へず」とも釈せり。「発迹顕本の三如来は、永く諸教に異なる」とも釈する是れなり。草木に於て皮・肉・骨あるなり。能く能く意に入れて之れを思ひ合はすべし。此の三身は唯識論には「皮・肉・骨」と釈せり。一家の天台は「法・報・応の三」と云ふ。真言には「三色の大日」と立つ。之れに迷ふ時は三惑と云はれ、三妄報と見らるるなり。之れを思ふべし、穴賢穴賢。口外有るべからず、秘すべし秘すべし。/ 日蓮花押
◆ 無常遷滅抄 〔C9・建治二年〕/ 今此の娑婆世界は悪業盛んなる処なり。生老病死の輪廻、たのしむべき事一もなし。縦ひ千秋を送るとも歳月程なく過ぎやすし。況や老少不定なり。いつをいつとか憑むべき。親疎同じく走り行けども、我が身の無常をかへりみず。老少倶に前立てども不定の堺に驚かず。東岱前後の夕の煙、昨日もたなびき今日もたつ。北朝暮の草の露、をくれさきだつためしなり。人天有為の楽は電光朝露のごとし。須臾に三途に帰りなば、長時の苦しみ如何せん。縦ひ王位に登るとも、死せば悪趣に帰るべし。まして貧窮孤独の身をはぢず、いとはぬ人ぞ心うき。/ 抑 芭蕉の形はもろくして尚あやうし。草露に似たる命はあれどもなきが如くなり。輪廻生死の間には、いたらぬ処ぞ無かりける。梵天利の楽しみも受け、刀山剣樹の苦しみも受けき。此の度生死をいでずして三途の旧里にかへりなば、無辺塵数の劫を経るとも何れの時か浮かぶべき。流浪三界の内、但是れ痴愛によりてなり。生老病死争でか此等の苦を出でん。桜梅桃李の花、尚春をまつ事つきもせず。貴賤男女の堺こそ夢まぼろしの如くなれ。
桃李ものいはねども昔の春には似ざりけり。煙霞あとなくなりぬれば、栖みけん人こそゆかしけれ。無常は須臾の間なり。旦暮いつとか弁へん。我も人も願はくは、頭燃を払ふが如くせよ。思へば此の世は程もなし。栄花は皆是れ春の夢。名利の心を留めつつ、いそいで浄土を願ふべし。三界六道皆しかしながら我等がふるき栖なり。僅かに出でて程もなく返らん事こそかなしけれ。凡そ生より死に至るまで、時として尚やすからず。四慢互ひに諍ひ、三毒相続してたえず。
◆ 大黒天神御書 〔C9・弘安二年四月一〇日〕/ 敬ひて同体別体の一切の三宝、竜神八部、護法の諸神等に白して言さく、夫れ以みれば、大黒天神は、釈迦如来の後身、上行菩薩の垂迹なり。然れば寂光の都を出でて、慈雲を三千に覆ひ、心地の霊光を百億に控へ、福徳を恒沙の刹土に満てて、慈悲を塵数の世界に布く。自然の栄華尽くること無し。是れを以て今経には「無量珍宝 不求自得」と説き、「当於今世得現果報」と宣ぶ。然れば無量の寿福円満せずということ莫し。故に大黒と云ふ。〈亦大暗夜叉と云ひ或は闘戦塚間浴油神とも云ふ〉油を以て灰身を浴して所求を成ずるが故に。凡そ尊高の宝冠を改めて卑下の烏帽子を著し、珂雪の玉体を秘して塗炭の黒身を現はす。或は面を三面に顕はして、円融の三諦を習はしむ。右の手には一実中道の槌を捧げて、法・報・応の三身を知らしむ。其れ槌は法身を表はし、音は報身を表はし、響は応身を表はすなり。左の手には円教の袋を執りて肩に繋けて万法円備の真諦を顕はす。極位の宝座を下りて道祖の草鞋を履きては、俗諦常住の理を知らしむ。是の如くの徳際限無し。仍って毎夜の子の刻を点じて妙法の梵音を唱へ讃歎の法施を致さば、何ぞ其の福無んや。
是れを以て「如説而修行其福不可限、受持法華名者福不可量、所願不虚亦於現世得其福報」と宣ぶ。然れば本覚の月は光を増し、財施の珍味を献すれば、垂迹の貌に咲を含む。是の故に現世には天神の威光に依りて宛かも昔日の須達に等しく、後生には本地の誓願に依りて必ず四身の正覚に同ずること、豈に天神の得益に非ずや。乃至三有界之含、十無尽之郷。無遮平等利益。/ 弘安二年四月十日  日蓮花押/ 講演所生の恵業を捧げて天神の大法楽を資し奉る。若し爾らば仏法流伝して法灯を三会の暁に続く。俗諦円満して栄華門流の輩に開かん。乃至利益周遍。
◆ 出家功徳御書 〔C9・弘安二年五月〕/ 近日誰やらん承りて申し候は、内々還俗の心中出来候由、風聞候ひけるは実事にてや候らん、虚事にてや候らん。心元なく候間一筆啓せしめ候。凡そ父母の家を出でて僧となる事は、必ず父母を助くる道にて候なり。出家功徳経に云く「高さ三十三天に百千の塔婆を立つるよりも、一日の出家の功徳は勝れたり」。されば其の身は無智無行にもあれ、かみ(髪)をそり、袈裟をかくる形には天魔も恐れをなすと見えたり。大集経に云く「頭を剃り袈裟を著せば持戒及び毀戒をも、天人供養すべし。則ち仏を供養するに為りぬ」云云。又一経の文に、有る人海辺をとをる、一人の餓鬼あって喜び踊れり。其の謂はれを尋ぬれば、我が七世の孫、今日出家になれり。其の功徳にひかれて出離生死せん事喜ばしきなりと答へたり。/ されば出家と成る事は我が身助かるのみならず、親をも助け、上無量の父母まで助かる功徳あり。されば人身をうくること難く、人身をうけても出家と成ること尤も難し。然るに悪縁にあふて還俗の念起こる事浅ましき次第なり。金を捨てて石をとり、薬を捨てて毒をとるが如し。
我が身悪道に堕つるのみならず、六親眷属をも悪道に引かん事不便の至極なり。其の上在家の世を渡る辛労一方ならず、やがて必ず後悔あるべし。只親のなされたる如く、道をちがへず出家にてあるべし。道を違へずば十羅刹女の御守り堅かるべし。道をちがへたる者をば、神も捨てさせ給へる理にて候なり。大勢至経に云く「衆生に五つの失有り、必ず悪道に堕ちん。一つには出家還俗の失なり」。又云く「出家の還俗は其の失五逆に過ぎたり」文。五逆罪と申すは父を殺し、母を殺し、仏を打ち奉りなんどする大いなる失を五つ聚めて五逆罪と云ふなり。されば此の五逆罪の人は、一中劫の間無間地獄に堕ちて浮かぶ事なしと見えたり。然るに今宿善薫発して出家せる人の、還俗の心付きて落つるならば、彼の五逆罪の人よりも、罪深くして大地獄に堕つべしと申す経文なり。能く能く此の文を御覧じて思案あるべし。/ 我が身は天よりもふらず、地よりも出でず、父母の肉身を分けたる身なり。我が身を損ずるは父母の身を損ずるなり。此の道理を弁へて親の命に随ふを孝行と云ひ、親の命に背くを不孝と申すなり。所詮 心は兎も角も起これ、身をば教への如く一期出家にてあらば、自ら冥加も有るべし。
此の理に背きて還俗せば、仏天の御罰を蒙り、現世には浅ましくなりはて、後生には三悪道に堕ちぬべし。能く能く思案あるべし。身は無智無行にもあれ、形出家にてあらば、里にも喜び、某も祝著たるべし。況や能き僧にて候はんをや。委細の趣、後音を期し候。/ 弘安二年五月日  日蓮花押
◆ 新池御書 〔C9・弘安三年二月・新池殿〕/ うれしきかな末法流布に生まれあへる我等、かなしきかな今度此の経を信ぜざる人々。抑 人界に生を受くるもの誰か無常を免れん。さあらんに取りては何ぞ後世のつとめをいたさざらんや。/ 倩(つらつら)世間の体を観ずれば、人皆口には此の経を信じ、手には経巻をにぎるといへども、経の心にそむく間、悪道を免れ難し。譬へば人に皆五臓あり。一臓も損ずれば其の臓より病出来して余の臓を破り、終に命を失ふが如し。爰を以て伝教大師は「法華経を讃むと雖も還りて法華の心を死す」等云云。文の心は法華経を持ち読み奉り讃むれども、法華の心に背きぬれば、還りて釈尊十方の諸仏を殺すに成りぬと申す意なり。縦ひ世間の悪業衆罪は須弥の如くなれども、此の経にあひ奉りぬれば、衆罪は霜露の如くに法華経の日輪に値ひ奉りて消ゆべし。然れども此の経の十四謗法の中に、一も二もをかしぬれば其の罪消えがたし。所以は何ん。一大三千界のあらゆる有情を殺したりとも、争でか一仏を殺す罪に及ばんや。法華の心に背きぬれば、十方の仏の命を失ふ罪なり。此のをきてに背くを謗法の者とは申すなり。地獄おそるべし、炎を以て家とす。餓鬼悲しむべし、飢渇にうへて子を食らふ。修羅は闘諍なり。畜生は残害とて互ひに殺しあふ。
紅蓮地獄と申すはくれなゐのはちすとよむ。其の故は余りに寒につめられてこごむ間、せなかわれて肉の出でたるが紅の蓮に似たるなり。況や大紅蓮をや。かかる悪所にゆけば、王位将軍も物ならず、獄卒の呵責にあへる姿は猿をまはすに異ならず。此の時は争でか名聞名利・我慢偏執有るべきや。/ 思し食すべし、法華経をしれる僧を不思議の志にて一度も供養しなば、悪道に行くべからず。何に況や、十度・二十度、乃至五年・十年・一期生の間供養せる功徳をば、仏の智恵にても知りがたし。此の経の行者を一度供養する功徳は、釈迦仏を直に八十億劫が間、無量の宝を尽くして供養せる功徳に百千万億勝れたりと仏は説かせ給ひて候。此の経にあひ奉りぬれば悦び身に余り、左右の眼に涙浮かびて釈尊の御恩報じ尽くしがたし。かやうに此の山まで度々の御供養は、法華経並びに釈迦尊の御恩を報じ給ふに成るべく候。弥はげませ給ふべし、懈ることなかれ。皆人の此の経を信じ始むる時は信心有る様に見え候が、中程は信心もよはく、僧をも恭敬せず、供養をもなさず、自慢して悪見をなす。これ恐るべし、恐るべし。始めより終りまで弥(いよいよ)信心をいたすべし。さなくして後悔やあらんずらん。
譬へば鎌倉より京へは十二日の道なり。それを十一日余り歩みをはこびて、今一日に成りて歩みをさしをきては、何として都の月をば詠め候べき。何としても此の経の心をしれる僧に近づき、弥法の道理を聴聞して信心の歩みを運ぶべし。/ 噫(ああ)過ぎにし方の程なきを以て知んぬ、我等が命今幾程もなき事を。春の朝に花をながめし時、ともなひ遊びし人は、花と共に無常の嵐に散りはてて、名のみ残りて其の人はなし。花は散りぬといへども又こん春も発くべし。されども消えにし人は亦いかならん世にか来たるべき。秋の暮に月を詠めし時、戯れむつびし人も、月と共に有為の雲に入りて後、面影ばかり身にそひて物いふことなし。月は西山に入るといへども亦こん秋も詠むべし。然れどもかくれし人は今いづくにか住みぬらん、おぼつかなし。無常の虎のなく音は耳にちかづくといへども聞いて驚くことなし。屠所の羊の今幾日か無常の道を歩みなん。雪山の寒苦鳥は寒苦にせめられて、夜明けなば栖つくらんと鳴くといへども、日出でぬれば朝日のあたたかなるに眠り忘れて、又栖をつくらずして一生虚しく鳴くことをう。一切衆生も亦復是の如し。地獄に堕ちて炎にむせぶ時は、願はくは今度人間に生まれて諸事を閣きて三宝を供養し、後世菩提をたすからんと願へども、たまたま人間に来たる時は、名聞名利の風はげしく、仏道修行の灯は消えやすし。
無益の事には財宝をつくすにおしからず。仏法僧にすこしの供養をなすには是れをものうく思ふ事、これただごとにあらず。地獄の使ひのきをふものなり。寸善尺魔と申すは是れなり。/ 其の上此の国は謗法の土なれば、守護の善神法味にうへて社をすて天に上り給へば、悪鬼入りかはりて多くの人を導く。仏陀は化をやめて寂光土へ帰り給へば、堂塔寺社は徒らに魔縁の栖と成りぬ。国の費え民の歎きにて、いらか(甍)を並べたる計りなり。是れ私の言にあらず経文にこれあり、習ふべし。諸仏も諸神も謗法の供養をば全く請け取り給はず。況や人間としてこれをうくべきや。春日大明神の御託宣に云く、飯に銅の炎をば食すとも心穢れたる人の物をうけじ。座に銅の焔には坐すとも、心汚れたる人の家にはいたらじ、草の廊、萱の軒にはいたるべしと云へり。縦令(たとい)千日のしめを引くとも不信の所には至らじ。重服深厚の家なりとも有信の所には至るべし云云。是の如く善神は此の謗法の国をばなげきて天に上らせ給ひて候。心けがれたると申すは法華経を持たざる人の事なり。此の経の五の巻に見えたり。謗法の供養をば銅の焔とこそおほせられたれ。神だにも是の如し、況や我等凡夫としてほむら(焔)をば食すべしや。
人の子として我が親を殺したらんものの、我に物をえさせんに是れを取るべきや。いかなる智者聖人も無間地獄を遁るべからず。又それにも近づくべからず。与同罪恐るべし恐るべし。/ 釈尊は一切の諸仏・一切の諸神・人天大会・一切衆生の父なり、主なり、師なり。此の釈尊を殺したらんに、争でか諸天善神等うれしく思し食すべき。今此の国の一切の諸人は皆釈尊の御敵なり。在家の俗男俗女等よりも邪智心の法師ばらは殊の外の御敵なり。智恵に於ても正智あり邪智あり。智恵ありとも其の邪義には随ふべからず。貴僧・高僧には依るべからず。賤しき者なりとも、此の経の謂れを知りたらんものをば生身の如来のごとくに礼拝供養すべし。是れ経文なり。されば伝教大師は無智破戒の男女等も此の経を信ぜん者は、小乗二百五十戒の僧の上の座席に居えよ、末座にすべからず。況や大乗の此の経の僧をやとあそばされたり。今、生身の如来の如くみえたる極楽寺の良観房よりも、此の経を信じたる男女は座席を高く居えよとこそ候へ。彼の二百五十戒の良観房も、日蓮に会ひぬれば腹をたて眼をいからす、是れただごとにはあらず。智者の身に魔の入りかはればなり。譬へば本性よき人なれども、酒に酔ひぬればあしき心出来し、人の為にあしきが如し。
仏は法華以前の迦葉・舎利弗・目連等をば是れを供養せん者は三悪道に堕つべし。彼等が心は犬・野干の心には劣れりと説き給ひて候なり。彼の四大声聞等は、二百五十戒を持つことは金剛の如し。三千の威儀具足する事は十五夜の月の如くなりしかども、法華経を持たざる時は是の如く仰せられたり。何に況や、それに劣れる今時の者共をや。/ 建長寺・円覚寺の僧共の作法戒文を破る事は大山の頽れたるが如く、威儀の放埓なることは猿に似たり。是れを供養して後世を助からんと思ふは、はかなしはかなし。守護の善神此の国を捨つる事疑ひあることなし。昔釈尊の御前にして諸天善神・菩薩・声聞、異口同音に誓ひをたてさせ給ひて、若し法華経の御敵の国あらば、或は六月に霜霰と成りて国を飢饉せさせんと申し、或は小虫と成りて五穀をはみ失はんと申し、或は旱魃をなさん、或は大水と成りて田園をながさんと申し、或は大風と成りて人民を吹き殺さんと申し、或は悪鬼と成りてなやまさんと面々に申させ給ひき。今の八幡大菩薩も其の座におはせしなり。争でか霊山の起請の破るるをおそれ給はざらん。起請を破らせ給はば無間地獄は疑ひなき者なり。恐れ給ふべし恐れ給ふべし。
今までは正しく仏の御使ひ出世して此の経を弘めず、国主もあながちに御敵にはならせ給はず、但いづれも貴しとのみ思ふ計りなり。今某、仏の御使ひとして此の経を弘むるに依りて、上一人より下万民に至るまで皆謗法と成り畢んぬ。今までは此の国の者ども法華経の御敵にはなさじと、一子のあやにくの如く捨てかねておはせども、霊山の起請のおそろしさに社を焼き払ひて天に上らせ給ひぬ。さはあれども身命をおしまぬ法華経の行者あれば其の頭には住むべし。天照太神・八幡大菩薩天に上らせ給はば、其の余の諸神争でか社に留まるべき。縦ひ捨てじと思し食すとも、霊山のやくそく(約束)のままに某呵責し奉らば、一日もやはかおはすべき。譬へば盗人の候に、知れぬ時はかしこやここに住み候へども、能く案内知りたる者の、是れこそ盗人よとののしりどめけば、おもはぬ外に栖を去るが如く、某にささへられて社をば捨て給ふ。然るに此の国思ひの外に悪鬼神の住家となれり。哀れなり哀れなり。/ 又一代聖教を弘むる人は多くおはせども、是れ程の大事の法門をば伝教・天台もいまだ仰せられず。其れも道理なり。末法の始めの五百年に上行菩薩の出世あて弘め給ふべき法門なるが故なり。
相構へて、いかにしても此の度此の経を能く信じて、命終の時千仏の迎へに預かり、霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし。信心弱くして成仏ののびん時、某をうらみさせ給ふな。/ 譬へば病者に良薬を与ふるに、毒を好みてくひぬれば其の病愈えがたき時、我がとが(失)とは思はず、還りて医師を恨むるが如くなるべし。此の経の信心と申すは、少しも私なく経文の如くに人の言を用ゐず、法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ。仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば、天然と三十二相八十種好を備ふるなり。如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり。譬へば鳥の卵は始めは水なり、其の水の中より誰かなすともなけれども、觜よ目よと厳り出で来て虚空にかけるが如し。我等も無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられまいらせて、三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生ひそろひて実相真如の虚空にかけるべし。爰を以て経に云く「一切衆生は無明の卵に処して智恵の口ばしなし。仏母の鳥は分段同居の古栖に返りて、無明の卵をたたき破りて一切衆生の鳥をすだてて、法性真如の大虚にとばしむ」と説けり〈取意〉。
有解無信とて法門をば解りて信心なき者は更に成仏すべからず。有信無解とて解はなくとも信心あるものは成仏すべし。皆此の経の意なり、私の言にはあらず。されば二の巻には「信を以て入ることを得、己が智分に非ず」とて、智恵第一の舎利弗も但此の経を受け持ち信心強盛にして仏になれり。己が智恵にて仏にならずと説き給へり。舎利弗だにも智恵にては仏にならず。況や我等衆生少分の法門を心得たりとも、信心なくば仏にならんことおぼつかなし。末代の衆生は法門を少分こころえ、僧をあなづり、法をいるがせにして悪道におつべしと説き給へり。法をこころえたるしるしには、僧を敬ひ、法をあがめ、仏を供養すべし。今は仏ましまさず、解悟の智識を仏と敬ふべし、争でか徳分なからんや。後世を願はん者は名利名聞を捨てて、何に賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来の如くに敬ふべし。是れ正しく経文なり。/ 今時の禅宗は大段、仁・義・礼・智・信の五常に背けり。有智の高徳をおそれ、老いたるを敬ひ、幼きを愛するは内外典の法なり。然るを彼の僧家の者を見れば、昨日今日まで田夫野人にして黒白を知らざる者も、かちん(褐色)の直綴をだにも著つれば、うち慢じて天台真言の有智高徳の人をあなづり、礼をもせず其の上に居らんと思ふなり。是れ傍若無人にして畜生に劣れり。
爰を以て伝教大師の御釈に云く「川獺(せんだつ)祭魚のこころざし、林烏父祖の食を通ず、鳩鴿三枝の礼あり、行雁連を乱らず、羔羊(こうよう)踞(うづくま)りて乳を飲む。賤しき畜生すら礼を知ること是の如し。何ぞ人倫に於て其の礼なからんや」とあそばされたり〈取意〉。彼等が法門に迷へる事道理なり。人倫にしてだにも知らず、是れ天魔波旬のふるまひにあらずや。/ 是等の法門を能く能く明らめて、一部八巻二十八品を頭にいただき懈らず行ひ給へ。又某を恋しくおはせん時は日々に日を拝ませ給へ。某は日に一度天の日に影をうつす者にて候。此の僧によませまひらせて聴聞あるべし。此の僧を解悟の智識と憑み給ひてつねに法門御たづね候べし。聞かずんば争でか迷闇の雲を払はん。足なくして争でか千里の道を行かんや。返す返す此の書をつねによませて御聴聞あるべし。事々面の次でを期し候間委細には申し述べず候。穴賢穴賢。/ 弘安三年二月日  日蓮花押/ 新池殿
◆ 松野後家尼御前御返事 〔C9・弘安三年・松野後家尼〕/ 外典の文に云く「奸人朝に在れば賢者進まず」。沙石集に云く「盲亀の浮木の孔にあふと云ふ事は、実にさる事の有るにはあらず。譬へばと云ふ事なり。譬へば目つぶれたる亀は南海にあり。眼くらければひらなる石上をも見ず。なびらかなるはまをも知らず。餌にくうべき物をも見つけず。あらき波にうたれていつとなく波にゆられてありきぬ云云。海に大なる浮木のある上にひらなる穴あり、亀も浮木も波に随ひてありく程に、思はざる外に亀浮木に行きあひてはひのりぬ。大なれば波あらけれども沈む事なし。亀此の木の上に登り得て悦び身に余れり。之れを以て法門に譬る様は、目つぶれたる亀は此の比の衆生なり我等が如し。海と云ふは生死の大海なり。五欲の波高くして大慈大悲の智光にあたる事なし。浮木と云ふは法華経なり。多千億劫の間生死の苦海にただよふ。幸ひに法華経の浮木にあひ奉り、四苦八苦の波高けれども沈む事なくして、仏・菩薩・日月の光に照らされまいらせて、生死の海におそれなしと云ふ事なり」云云。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。/ 花押
松野後家尼御前御消息。
◆ 当体蓮華抄 〔C9・弘安三年八月一日・最蓮房〕/ 問うて云く、妙法の二字は何事を説き給ふや。答へて云く、妙とは十界の衆生の心法をさして妙と云ふなり。天台の云く「言ふ所の妙とは、妙は不可思議に名づく」云云。又云く「有無を以て思度すべからず、故に心を名づけて妙と為す」云云。此の釈分明に諸法の心法を妙とは云ふなり。此の妙心をかりそめにも具するものは三千を具足するなり。止観の五に云く「介爾も心有れば即ち三千を具す」云云。若し然れば妙の文字は外の事にはあらず、我等の心法なり、全く他に求むる事なかれ。此の如く覚悟して妙を持つを法華の持者とは云ふなり。八歳の竜女も妙の一字の変作なり。又此の竜女は提婆達多とも変ずるなり。変成男子とは竜女又提婆とも変ずと云ふ経文なり。提婆又竜女とも変ずるなり。其の証文を習ふ時、提婆の二字是れなり。当世天台宗の相承の大事とするも是れなり。さてこそ煩悩即菩提・生死即涅槃と習ふは此の故なり。妙の一字は提婆・竜女と変ずるなり、不可思議とも是れを云ふなり。妙の字にをいて八点あり。此の八点は八歳なり、八年の説法華なり、八分の肉団なり。此の八点八歳の竜女とも顕はれたるなり云云。/ 次に法の一字は十界なり、色法なり。天台の云く「言ふ所の法とは、十界十如権実の法なり」云云。此の法の文字は我等が色法なり。
妙法の二字が、我等が色心の二法なりと悟る処を成仏と云ふなり。竜女は色法の成仏なれば即身成仏なり。提婆は心法の成仏なれば即心成仏なり。さて色心不二なるを妙法とは云ふなり。此れより外は別の事なし。提婆・竜女の二人の成仏と云ふは、我等が色心の二法の成仏と云ふ事なり。煩悩即菩提は心の成仏の事なり、生死即涅槃は色の成仏の事なり、此の旨能く能く案ずべし。日蓮が弘通する法門は此の事を直にかきあらはせるなり。事の一念三千とは是れなり。我等が胸中にをけば理の一念三千、あらはせば事の一念三千なり。妙法の二字も又事理の一念三千にして法体法爾のふるまひなり。妙法の二字の法門、詮をとりて此の如く先づ妙法の二字を釈しき。/ 今蓮華のいはれを釈すべし。蓮華に法の蓮華、譬の蓮華と云ふ事あり。今は当体の蓮華を釈すべし。譬の蓮華と云ふは、泥の中より生じたる蓮華の泥に染まざるが如く、我等が本性清浄の蓮華の泥水にそまずして、倶体倶用の諸尊を具足したる事を譬へたり。当体の蓮華とは一切衆生の胸の内に八分の肉団あり、白くして清し。大小麁細をえらばず。螻蟻蚊虻のつたなき者までも生を受けたるものは、皆悉く此の八葉の蓮華胸の内にをさまれり。
其の東の葉には阿仏、南の葉には宝性仏、西の葉には無量寿仏、北の葉には不空成就仏住し給へり。辰巳には普賢菩薩坐し給へり、未申には文殊、戌亥には観音、丑寅には弥勒なり。八葉の蓮華に四仏・四菩薩坐し給へり。中央の大日如来と云ふは八葉九尊の仏なり。真実は是れを仏性と云ふ。是れ則ち妙法なり。されば衆生は是れ法身の宮殿なり。東方の諸仏は阿一仏にをさまり、西方の諸仏は弥陀一仏にをさまり、北方の諸仏は不空成就仏にをさまり、三世十方の諸仏は此の八葉九尊の中に皆納まり給へり。/ されば衆生は無量の諸仏を納めたるいみじき塔婆なり。世間の塔は衆生の此の理をしらぬ間、自身は慥かに諸仏の塔婆にてあるぞと教へたる能詮なり。是れを利根の者は吾が身をまねたる法界の塔婆にてありけると知る、是れを開悟すとは云ふなり。此の胸の間なる八葉の蓮華を蓮華といふ、上なる九体の尊を妙法と云ふなり。天台の事相とは是の如く習ふなり。是れ最大秘法の法門なり。衆生の心はかかるぞと説きたるを法華経とは云ふなり。法華経を説かれし時、多宝の塔実に無かりしを、衆生の当体は此の多宝の塔の如くなるぞと教へん料に仏出だし給へる者なり。されば人を殺すはをそろしき罪なり。
然るに一切衆生は皆塔婆なり。僅かに手の内にある虫も、皆八葉九尊の仏を具足せずと云ふ事なし。此の悟りを開きぬれば、地獄の火炎に入るも我心こそ八葉の蓮華なれ、我心こそ倶体倶用の尊よとだに思へば、やがてそこにて開悟すべし。餓鬼道に堕ちて飢饉の憂ひに沈むとも、心の妙法蓮華を悟り、仏の塔婆とだに心えば即身成仏すべし。さる時は十界悉く妙法蓮華経の形なり。されば八歳の竜女は是の如く妙法を悟りしが故に、女身の当体を改めずして即身成仏せしなり。されば若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無しとて、此の法華経を聞く者は一人も仏にならずと云ふ事なしと説きたるは道理なり。衆生は八葉九尊の塔婆にてありながら、迷ひそめたる一念の妄執の無明晴れずして、一旦生死煩悩にかくされてしらぬを、此の法華経に、汝が心は妙法蓮華経の当体にして倶体倶用の尊、心城に住し給へるを、多宝の塔を説かれしを聞いて、げにもと心に解りぬれば、我が身の即成仏なりと教へて、是れをしらする能詮にてこそあれとしるは、我を知るにてあるなり。我を知る事は又知識による。されば縦ひ法華経を読まずとも、鎮(とこしなえ)に此の観解だに止まずば法華の行人なり。此の理をしらねども功徳になる。
まして一切衆生の心には八葉九尊の仏収まり給へる妙法蓮華を心えて、鎮(とこしなえ)に観ずればねてもさめても法華経の行人にて、夜も昼も仏に伴はずと云ふ事なし。此の法門を聞いて忘れずして信解せば即身成仏すべし。/ 先世の所感によりて此の身を受けたり。又現身をなせる業によりて来世の業果を感ぜん時も、此の妙法蓮華経の心を解りだにせば、八葉九尊の仏顕はれて来世の身を感じ、金剛身を得て己が心城の蓮華に住しぬべきなり。されば経に云く「還りて我が心の諸仏を頂礼す」と云へり。爰を以て竜女が即身成仏、成等正覚は南方無垢世界にて宝蓮華に坐せしと云ふは、即ち己が心城の妙法蓮華経を解り顕はして住せしなり。されば此の信解だに強盛ならば、只今八葉九尊の仏宛然と顕はれて光を放ちて法界を照らし給ふべし。故に授決集に云く「我が懈怠を以て教の失と謂ふこと莫れ。竜女は速疾に三十二を具す。即一念に経を聞いて三菩提を究竟す。一を挙げ諸を例す有識自ら念へ」云云。縦ひ即身成仏する事こそ観解弱くして叶はずとも、来世には心城の仏争でか顕はれ給はざるべき。さればうちかためたる成仏なり。爰を以て無上の宝聚求めざるに自ら得たりと説かれたり。
此の八葉九尊は今解る時出で給へる仏ならば、本来常住の仏にていませども、一端無明に隠れて見えぬにてありつるが、今知識にあふて解り顕はせば、無上宝聚不求自得にてあるなり。/ 故に南岳大師の云く「妙法蓮華経は是れ大摩訶衍なり。衆生教の如く行せば自然に仏道を成す」云云。又「仮使(たとい)法界に遍する断善の諸の衆生も、一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜん」云云。謗法・闡提・十悪・五逆の大罪の悪人なりとも、此の心城の八葉九尊ありとだに信解せば、成仏疑ひ無き故に自然成仏道と云へり。地獄は地獄ながら倶体倶用の尊なり。平等大恵と云ふは十界悉く妙法蓮華経の当体にて、竪には三世に亘り、横には十方に遍して、高下不同なく、大小麁細をえらばず平等大恵の法華と申すなり。一乗の法とは是の如く説きたるを無二亦無三の一乗の法とは申すなり。あはれ殊勝の法門かな。男ばかりの胸の間に八葉九尊住し給へると説かば、女は女身を受けたる事をなげくべし。上臈計りの心城に備はり給ふと説かば、下臈の身はうらやむべし。経は平等大恵の御経なれば漏るべき様なし、法は一乗なれば又疑ふべきにあらず。是れ程に仏に成りやすき法なる間、四十余年が程仏も秘蔵して説き給はぬ大事の法を、輙く説かん事はをそろしき事なり。
況や我心は仏の塔婆なりけりと信解する功徳は、百千の堂塔を造立する功徳も及ふべからず。時に衆生の悪を造るは尤も僻事也云云。妙法蓮華経の体ならずと云ふことなし。/ されば此の解をだに達しぬれば、自然と慈悲あるなり。座を退きて人をすへたるに功徳多し。況や自身の迷転じて心城自ら五仏四菩薩の住処なりと、知り顕はす功徳は、きはほとりもなし。仏、譬を取り給ふ。牛頭栴檀と云ふ木は一切の木の中に名木にして第一の宝なり。此の木一両の価は日の朝に出でて夕に入るまで照らし給ふ四天下の一界にあたるなり。木の能には一切の宝を願ふに随ひてふりわく如意宝珠の如くなり。寒ずる時に此の木ををけば煖かに、熱する時は冷かなり、病ある者は忽ちにいへ、貧窮なる者は富貴自在なり。是れ程の宝の木を以て堂を三十二造り立て、高さ八多羅樹とて三十九丈二尺なる堂の中に、百千の比丘僧を置きたらん功徳は云何。それに法華経の一念信解の功徳は百千万倍を合はせたらんよりも勝れたりと、法華経の六の巻には説かれたり。ひとしきと説きたらんだにいみじかるべし、百千万倍の其の一にだに及ばずと説きたる憑もしさ申す計りなし。
是れ程の大事の法にて一切衆生の直道なる間、三世の諸仏も秘蔵し給へり。一大事の因縁の故に世に出現すとて、此の法を説かん為の所詮なり。されども法華経を説き給はで入滅し給へる仏のおはせしなり。云何にと云ふに信解すべき衆生なき故なり。然る間釈尊も四十余年には未だ真実を顕はさずとて、四十余年の程おしみて華厳・阿含・方等・般若の教を説き給ひしは、機を誘へて此の法華経を説き給はんためなり。/ 抑 此の蓮華の所生の処を尋ね候へば、何なる池何なる水に開け、何なる処何なる境に生ひたる華とやせん。若し雪山の北、香水の南、無熱池と云ふ池に大白蓮華開け、不思議の妙華を備へたり。彼れを以て妙法蓮華と号すべきなり。又法伽はら王の池に千葉の蓮開けたり。而るに人中の蓮華は十余葉、天上の蓮華は百葉、仏菩薩の蓮華は千葉なり。是れを以て妙法蓮華と云ふべきか。又白鷺池のそこに生ひたる蓮かとよ。昆明池は呉山のふもとに尋ぬべかるらん。つらつら事の心を案ずるに、遠くにも尋ねず遥かにも求めず。我等衆生の胸は池、心は水、悪業煩悩の淤泥の中に正因仏性を備ふる、是れを指して妙法蓮華とは名づくるなり。夫れ世間の蓮華は夏開きて冬は開かず、淤泥に生じて陸地に生ぜず。風にもまれ、浪に沈み、氷に閉ぢられ、炎にしぼむ。
但し仏性の蓮華は然らず、三世無辺の花なれば春夏秋冬常葉なり、遍一切処の蓮なれば六趣三有に遍く開く。善悪不二の花なれば悪業の厚薄をも撰ばず、邪正一如の華なれば煩悩の淤泥にも生長す。十悪の風にももまれず、五逆の浪にも沈まず、紅蓮の氷にも閉されず、焦熱の炎にもしぼまず。此の如く仏性の蓮を我も人も持ち奉りながら、無明の酒に酔ひて身内の仏性の蓮を知らず、煩悩の闇に迷ひて我が性の真如を覚らず。貧女が家中の秘蔵を忘れ、竜の身内の玉を宝と覚らざるが如し。然れば則ち衆生の仏性は雲の中の水、土の中の金、石の中の火、木の中の華の如く隠れて見えずといへども、仏性の蓮は衆生の身内に納まれり。是れ則ち妙法蓮華の当体也云云。/ さて経と云ふは一切衆生の吐くところの言語皆是れ経なり。天台云く「声仏事を為す、之れを称して経と為す」。法華経に云く「常に此に住して法を説く」云云。人畜のさへづるまでも説法なり。これより外の経はなきなり。地獄の罪人のさけぶこゑ、餓鬼の飢饉のかなしきこゑ、是れ皆本有自受用身の説法なり。ただし経にをいては大小権実等の経是れ多し。法華より外の経は法華経の経の一字の眷属なり。已上法華経の当体かくのごとし。
又五重玄義の事は伝教天台の釈分明なり。伝教大師、修禅寺相伝の日記とて四帖あるなり。其の中に五重玄義を委しく釈し給へり。日蓮又別に記す。其れをくはしく見るべし。伝教大師四帖の書習ふべし。先に御存知たりといへども別して書き出だしまいらせ候。蓮華の沙汰彼れを見給ふべし。蓮にをいて十八円満等の法門天台宗の奥義なり。御相伝の如し云云。恐々。/ 弘安三年八月一日  日蓮花押
◆ 十八円満抄 〔C9・弘安三年一一月三日・最蓮房〕/ 問うて云く、十八円満の法門の出処 如何。答へて云く、源蓮の一字より起これるなり。問うて云く、此の事所釈に之れを見るや。答へて云く、伝教大師の修禅寺相伝の日記に之れ在り。此の法門は当世天台宗の奥義なり。秘すべし秘すべし。/ 問うて云く、十八円満の名目 如何。答へて云く、一に理性円満、二に修行円満、三に化用円満、四に果海円満、五に相即円満、六に諸教円満、七に一念円満、八に事理円満、九に功徳円満、十に諸位円満、十一に種子円満、十二に権実円満、十三に諸相円満、十四に俗諦円満、十五に内外円満、十六に観心円満、十七に寂照円満、十八に不思議円満〈已上〉。/ 問うて云く、意 如何。答へて云く、此の事伝教大師の釈に云く「次に蓮の五重玄とは、蓮をば華因成果の義に名づく。蓮の名は十八円満の故に蓮と名づく。一に理性円満、謂く万法悉く真如法性の実理に帰す、実性の理に万法円満す、故に理性を指して蓮と為す。二に修行円満、謂く有相無相の二行を修して万法円満す、故に修行を蓮と為す。
三に化用円満、謂く心性の本理に諸法の因分有り、此の因分に由りて化他の用を具す、故に蓮と名づく。四に果海円満とは、諸法の自性を尋ねて悉く本性を捨て無作の三身を成す。法として無作の三身に非ざること無し、故に蓮と名づく。五に相即円満、謂く煩悩の自性全く菩提にして一体不二の故に蓮と為す。六に諸教円満とは諸仏の内証の本蓮に諸教を具足して更に欠減なきが故に。七に一念円満、謂く根塵相対して一念の心起こるに三千世間を具するが故に。八に事理円満とは、一法の当体而二不二にして欠減無く具足するが故に。九に功徳円満、謂く妙法蓮華経に万行の功徳を具して三力の勝能有るが故に。十に諸位円満とは、但一心を点ずるに六即円満なるが故に。十一に種子円満とは、一切衆生の心性に本より成仏の種子を具す。権教は種子円満無きが故に皆成仏道の旨を説かず、故に蓮の義無し。十二に権実円満、謂く法華実証の時は実に即して而も権、権に即して而も実、権実相即して欠減無き故に、円満の法にして既に三身を具するが故に、諸仏常に法を演説す。十三に諸相円満、謂く一々の相の中に皆八相を具して一切の諸法常に八相を唱ふ。十四に俗諦円満、謂く十界・百界乃至三千の本性常住不滅なり、本位を動ぜず当体即理の故に。
十五に内外円満、謂く非情の外器に内の六情を具す。有情数の中に亦非情を具す。余教は内外円満を説かず。故に草木成仏すること能はず。草木成仏に非ざるが故に亦蓮と名づけず。十六に観心円満とは、六塵六作常に観心の相にして更に余義に非ざるが故に。十七に寂照円満とは、文に云く、法性寂然なるを止と名づけ、寂にして而も常に照らすを観と名づくと。十八に不思議円満、謂く細かく諸法の自性を尋ねるに、非有非無にして諸の情量を絶し、亦三千三観並びに寂照等の相無く、大分の深義本来不思議なるが故に名づけて蓮と為すなり。/ 此の十八円満の義を以て委しく経意を案ずるに、今経の勝能並びに観心の本義良に蓮の義に由る。二乗・悪人・草木等の成仏並びに久遠塵点等は、蓮の徳を離れては余義有ること無し。座主の伝に云く、玄旨の正決を尋ぬるに十九円満を以て蓮と名づく。所謂 当体円満を加ふ。当体円満とは当体の蓮華なり。謂く、諸法は自性清浄にして染濁を離るるを本より蓮と名づく。一経の説に依るに、一切衆生の心の間に八葉の蓮華有り。男子は上に向かひ、女人は下に向かふ。成仏の期に至れば設ひ女人なりと雖も心の間の蓮華速やかに還りて上に向かふ。然るに今の蓮、仏意に在るの時は本性清浄当体の蓮と成る。若し機情に就きては此の蓮華譬喩の蓮と成る。
次に蓮の体とは、体に於て多種有り。一には徳体の蓮、謂く本性の三諦を蓮の体と為す。二には本性の蓮体、三千の諸法本より已来当体不動なるを蓮の体と為す。三には果海真善の体、一切諸法は本是れ三身にして寂光土に住す。設ひ一法なりと雖も三身を離れざる故に三身の果を以て蓮の体と為す。四には大分真如の体、謂く不変・随縁の二種の真如を並びに証分の真如と名づく。本迹寂照等の相を分かたず諸法の自性不可思議なるを蓮の体と為す。/ 次に蓮の宗とは果海の上の因果なり。和尚の云く、六即の次位は妙法蓮華経の五字の中には正しく蓮の字に在り。蓮門の五重玄の中には正しく蓮の字より起こる。所以は何ん、理即は本性と名づく、本性の真如・果性円満の故に理即を蓮と名づく。果海本性の解行証の位に住するを果海の次位と名づく。智者大師、自解仏乗の内証を以て明らかに経旨を見たまふに蓮の義に於て六即の次位を建立したまへり。故に文に云く、此の六即の義は一家より起これり。然るに始覚の理に依りて在纏真如を指して理即と為し、妙覚の証理を出纏真如と名づく。正しく出纏の為に諸の万行を修するが故に、法性の理の上の因果なるが故に亦蓮の宗と名づく。
蓮に六の勝能有り。一には自性清浄にして泥濁に染まらず〈理即〉。二には華台実の三種具足して減すること無し〈名字即。諸法即ち是れ三諦と解了するが故に〉。三には初め種子より成実に至るまで華台実の三種相続して断ぜず〈観行即。念々相続して修し廃するなき故に〉。四には華葉の中に在りて未熟の実、真の実に似たり〈相似即〉。五には花開き蓮現ず〈分真即〉。六には花落ちて蓮成ず〈究竟即〉。此の義を以ての故に六即の深義は源蓮の字より出でたり。/ 次に蓮の用とは、六即円満の徳に由りて常に化用を施すが故に。/ 次に蓮の教とは、本有の三身果海の蓮性に住して常に浄法を説き八相成道し四句成利す。和尚云く証道の八相は無作三身の故に、四句の成道は蓮教の処に在り、只無作三身を指して本覚の蓮と為す。此の本蓮に住して常に八相を唱へ、常に四句の成道を作す故なり」〈已上〉。修禅寺相伝日記之れを見るに、妙法蓮華経の五字に於て各々五重玄なり〈蓮の字の五重玄義此の如し余は之れを略す〉。/ 日蓮案じて云く、此の相伝の義の如くんば万法の根源一心三観・一念三千・三諦・六即・境智の円融・本迹の所詮 源蓮の一字より起こる者なり云云。
問うて云く、総説の五重玄とは 如何。答へて云く「総説の五重玄とは妙法蓮華経の五字即ち五重玄なり。妙は名、法は体、蓮は宗、華は用、経は教なり」。又「総説の五重玄に二種有り。一には仏意の五重玄、二には機情の五重玄なり。仏意の五重玄とは、諸仏の内証に五眼の体を具する即ち妙法蓮華経の五字なり。仏眼〈妙〉、法眼〈法〉、恵眼〈蓮〉、天眼〈華〉、肉眼〈経〉。妙は不思議に名づくるが故に真空冥寂の仏眼なり。法は分別に名づく、法眼は仮なり、分別の形なり。恵眼は空なり、果体の蓮なり。華は用なる故に天眼と名づく、神通は化用なり。経は破迷の義に在り、迷を以て所対と為す、故に肉眼と名づく。仏智の内証に五眼を具する即ち五字なり。五字又五重玄なり。故に仏智の五重玄と名づく。亦五眼即五智なり。法界体性智〈仏眼〉、大円鏡智〈法眼〉、平等性智〈恵眼〉、妙観察智〈天眼〉、成所作智〈肉眼〉なり。問ふ、一家には五智を立つるや。答ふ、既に九識を立つ故に五智を立つべし。前の五識は成所作智、第六識は妙観察智、第七識は平等性智、第八識は大円鏡智、第九識は法界体性智なり。/ 次に機情の五重玄とは、機の為に説く所の妙法蓮華経は即ち是れ機情の五重玄なり。首題の五字に付きて五重の一心三観有り。伝に云く。
妙 不思議の一心三観 天真独朗の故に不思議なり。法 円融の一心三観 理性円融なり総じて九箇を成す 。蓮 得意の一心三観 果位なり。華 複疎の一心三観 本覚の修行なり。経 易解の一心三観 教談なり。玄文の第二に此の五重を挙ぐ。文に随ひて解すべし。不思議の一心三観とは、智者己証の法体、理非造作の本有の分なり、三諦の名相無き中に於て強ひて名相を以て説くを不思議と名づく。円融とは、理性法界の処に本より已来三諦の理有り。互ひに円融して九箇と成る。得意とは、不思議と円融との三観は凡心の及ぶ所に非ず、但聖智の自受用の徳を以て量知すべし。故に得意と名づく。複疎とは、無作の三諦は一切法に遍して本性常住なり、理性の円融に同じからず、故に複疎と名づく。易解とは、三諦円融等の義知り難き故に、且く次第に附して其の義を分別す、故に易解と名づく。此れを附文の五重と名づく。/ 次に本意に依りて亦五重の三観有り。一に三観一心〈入寂門の機〉、二に一心三観〈入照門の機〉、三に住果還の一心三観なり。上の機有りて知識の説を聞いて、一切の法は皆是れ仏法なりと、即ち聞いて真理を開す。入真已後、観を極めんが為に一心三観を修す。
四に為果行因の一心三観、謂く、果位究竟の妙果を聞いて此の果を得んが為に種々の三観を修す。五に付法の一心三観、五時八教等の種々の教門を聞いて此の教義を以て心に入れて観を修す。故に付法と名づく」。山家の云く〈塔中の言なり〉「亦立行相を授く。三千三観の妙行を修し、解行の精微に由りて深く自証門に入る。我汝が証相を領するに、法性寂然なるを止と名づけ、寂にして常に照らすを観と名づく」。/ 「問うて云く、天真独朗の止観の時、一念三千・一心三観の義を立つるや。答へて云く、両師の伝不同なり。座主の云く、天真独朗とは一念三千の観是れなり。山家師の云く、一念三千而も指南と為す。一念三千とは、一心より三千を生ずるにも非ず、一心に三千を具するにも非ず、並立にも非ず、次第にも非ず。故に理非造作と名づく。和尚の云く、天真独朗に於ても亦多種有り。乃至迹中に明かす所の不変真如も亦天真なり。但し大師本意の天真独朗とは、三千三観の相を亡じ、一心一念の義を絶す。此の時は解無く行無し。教行証の三箇の次第を経るの時、行門に於て一念三千の観を建立す。故に十章の第七の処に於て始めて観法を明かすは是れ因果階級の意なり。〇大師内証の伝の中に、第三の止観は伝転の義無しと云云。
故に知んぬ、証分の止観は別法を伝へざるなり。今止観の始終に録する所の諸事は皆是れ教行の所摂にして実証の分に非ず。開元符州の玄師の相伝に云く、言を以て之れを伝ふる時は行証共に教と成る。心を以て之れを観ずる時は教証は行の体と成る。証を以て之れを伝ふる時は教行亦不可思議なり。後学此の語に意を留めて更に忘失すること勿れ。宛も此の宗の本意、立教の元旨なり。和尚の貞元の本義、源此れより出でたるなり」。/ 問うて云く、天真独朗の法、滅後に於て何れの時か流布せしむべきや。答へて云く、像法に於て弘通すべきなり。問うて云く、末法に於ける流布の法の名目 如何。答へて云く、日蓮の己心に相承せる秘法を此の答へに顕はすべきなり。所謂 南無妙法蓮華経是れなり。問うて云く、証文 如何。答へて云く、神力品に云く「爾の時仏上行等の菩薩に告げたまはく、要を以て之れを言はば、乃至、宣示顕説す」云云。天台大師云く「爾時仏告上行より下は第三結要付属なり」。又云く「経中の要説、要は四事に在り」。「総じて一経を結するに唯四のみ。其の枢柄を撮りて之れを授与す」。問うて云く、今の文は上行菩薩等に授与するの文なり。汝何が故ぞ己心相承の秘法と云ふや。
答へて云く、上行菩薩の弘通し給ふべき秘法を日蓮先立ちて之れを弘む。身に当たるの意に非ずや。上行菩薩の代官の一分なり。所詮 末法に入りては天真独朗の法門無益なり。助行には用ゐるべきなり。正行には唯南無妙法蓮華経なり。伝教大師云く「天台大師は釈迦に信順して法華宗を助けて震旦に敷揚し、叡山の一家は天台に相承して法華宗を助けて日本に弘通す」。/ 今日蓮は塔中相承の南無妙法蓮華経の七字を末法の時、日本国に弘通す。是れ豈に時国相応の仏法に非ずや。末法に入りて天真独朗の法を弘めて正行と為さん者は、必ず無間大城に堕せんこと疑ひ無し。貴辺年来の権宗を捨てて日蓮が弟子と成り給ふ。真実、時国相応の智人なり。総じて予が弟子等は我が如く正理を修行し給へ。智者・学匠の身と為りても地獄に堕して何の詮か有るべき。所詮 時々念々に南無妙法蓮華経と唱ふべし。上に挙ぐる所の法門は御存知たりと雖も書き進らせ候なり。十八円満等の法門能く能く案じ給ふべし。並びに当体蓮華の相承等、日蓮が己証の法門等、前々に書き進らせしが如し。委しくは修禅寺相伝日記の如し。天台宗の奥義之れに過ぐべからざるか。一心三観・一念三千の極理は妙法蓮華経の一言を出でず。敢へて忘失すること勿れ、敢へて忘失すること勿れ。
伝教大師云く「和尚慈悲有りて一心三観を一言に伝ふ」。玄旨伝に云く「一言の妙旨なり一教の玄義なり」云云。寿量品に云く「毎に自ら是の念を作さく、何を以てか衆生をして無上道に入り、速やかに仏身を成就することを得しめんと」云云。「毎自作是念」の念とは、一念三千生仏本有の一念なり。秘すべし秘すべし。恐々謹言。/ 弘安三年十一月三日  日蓮花押/ 最蓮房に之れを送る。
◆ 兵衛志殿御返事 〔C9・弘安三年一一月一二日・池上宗長〕/ 我が法華経も本迹和合して利益を無量にあらはす。各々二人又かくのごとし。二人同心して大御所・守殿・法華堂・八幡等つくりまいらせ給ふならば、此れは法華経の御利生とをもわせ給はざるべき。二人一同の儀は、車の二つのわ(輪)の如し。鳥の二つの羽のごとし。設ひ妻子等の中のたがわせ給ふとも、二人の御中不和なるべからず。恐れ候へども日蓮をたいとしとをもひあわせ給へ。もし中不和にならせ給ふならば、二人の冥加いかんがあるべかるらめと思しめせ。あなかしこあなかしこ。各々みわきかたきもたせ給ひたる人々なり。内より論出来すれば鷸蜂の相扼(ひしぐ)も漁夫のをそれ有るべし。南無妙法蓮華経と御唱へつつしむべし、つつしむべし。恐々。/ 十一月十二日  日蓮花押/ ひやうえの志殿御返事
◆ 彼岸抄 〔C9・弘安五年一月一六日・南条時光〕/ 夫れ彼岸とは、春秋の時節の七日、信男信女有りて、若し彼の衆善を修して小行を勤むれば、生死の此岸より苦海の蒼波を凌ぎ、菩提の彼岸に到る時節なり。故に此の七日を彼岸と号(な)づく。所以に梵王・帝釈・閻魔法皇・五道冥官・太山府君・司命・司録等の冥衆、日々夜々に善悪を注し著け給ふなり。大梵天王の前には曼陀幢の上に浮かび、天の帝釈の喜見城には四面の壁に移り、閻魔法皇の前には浄波梨鏡曇り無し。一切衆生の善悪の所作悉く顕現するなり。一々に注し給ふ上、一切衆生に皆二天有り、同時に而も生ず。一は同生と曰ひ、二は同名と曰ふ。彼の天と人と恒に相随逐す。天は常に人を見る。人は天を見ず。産生の時より命尽きるまで副ひ具して暫くも離るる事なし。行住座臥の所行所作、悉く札に注し閻魔王に奏す。これに依りて衆生の善悪の業因、少しも隠れ無く諸天冥道、注し給ふ者なり。梵王・釈王・閻魔王三人の計(はか)らひとして三巻の帖帳あり。善悪無記に各々一帖なり。是の帳を勘定の為に欲色二界の中間、中陽院と云ふ処に冥衆集まり、各々の帳を談合し、八度これを校し三度これを覆す。治定再治して印判を押し、善悪を定判し決断する時節なり。
若し此の時衆生有りて一善を修すれば、仮令(たとい)衆罪の札に著くべきも、善根の日記に著くるなり。悪業を作れば善の筆を留めて悪の札に定む。是に知んぬ、善悪決定の時節なり。二季時正、此の時に小善は大善となるなり。小悪を作れば又大悪となる者なり。善悪二つの道を定むといへども、一善なれども能く菩提の彼岸に到る故に、彼岸と号すなり。若し人、年々月々の罪業の札をけして、善の札に改めて決定して菩提を得んと欲する者、此の七日の内に一善の小行を修せば、必ず仏果菩提を得べし。余の時節に日月を運び功労を尽くすよりは、彼岸一日の小善は能く大菩提に至るなり。誰人か此の時節を知りて小善をも修せざらん。彼の極熱の日に藍を曝し、極寒の水に錦を洗ふに更に色を変ぜざるが如く、又蜀川に錦を洗ふに其の色を倍し、楚山に玉を練るに光をはくが如し。此の日時に善根を修すれば、永く改転無く能く増益せん。竜樹菩薩の検帳に云く「昼夜の均等は二・八月七日に有り。此の日に当たりて善根を営み悪業を禁ずるなり」云云。倶舎には一年中を寒・熱・雨、三際に分けたり。寒際の四月は、十一月・十二月・正月・二月なり。熱際の四月は、三月・四月・五月・六月なり。雨際の四月は、七月・八月・九月・十月なり。
寒際第四の月第七日は、此の間の二月七日に当たれり。夜十五のむこりた(牟呼栗多)、昼十五のむこりたなり。むこりたとは、人間の六根の振舞ひに国土の六境を交合する日なり。雨際の第二月の第七日は、此の間の八月七日に当たる。日夜平等の時分なり。此の時分は人天有情界の五臓・五大と、諸仏の五智と交合する時分なり。寒・熱・雨の三際暦に相伝あり。複数の重を習ふべき者なり。今此の比(ころ)の陰陽士は複数の重これを知らずして、二十八宿の表示を習ふ故に、竜樹菩薩の検帳の本意を失ふ者なり。日蓮が弟子の中に陰陽道一人あり。此の故を習はんが為に、帰伏して此の事を改めて習ひ合はするなり。近代の明匠道性と申せし僧衆なり。是れ先生の宿習に引かれて何程もなく死す。故に国に此の事能く習ふ人何か候や。心元無く候。然りと雖も日蓮は此の事を宗とせず、委細に書く事なし。彼岸の次でに一端を書き顕はさんとて、竜樹菩薩一巻の日なみを書き、暦を校して二月八月、時正を以て信力を立てさせんが為の事なり。暦と申す事は源と竜樹の検帳の巻物より出でたり。仏法を深く修学せざる陰陽士の中に暦の比翼は跡形なき事なり。御身は随分の陰陽士と承り候へば、此の理に依りて信力を進めんが為に此の事を書き申す。
暦の序にも習ふ事候。今此の暦作りに尋ねられて聞こし食して、日蓮に合ひて聞こし食して御校合有るべき者なり。但仰ぎて二月八月の時正を能く能く御信仰あるべき者なり云云。仏説彼岸功徳成就経に云く「疾く仏道を成ぜんとならば、汝等当に知るべし、二月七日・八月七日昼夜同時に、一切の諸仏の三世の世尊及び無数万億の菩薩等、乃至諸法を演説して衆生に於て楽を与ふ時なり」云云。又云く「二月八月彼岸の時、十方の諸仏歌讃したまふなり」云云。又云く「釈迦牟尼如来・栴檀華如来、正像末の中に二月八月の彼岸の時修行する故に、仏道を成ずることを得」云云。/ 弘安五年正月十六日  日蓮花押/ 上野五郎左衛門の御方に進らせ候。
◆ 撰法華経付属御書 〔C9・弘安五年一月二九日・六老僧〕/ 総じて六老僧中へ進らせ候。此の祈祷の書は三世諸仏の出世の本意、一切衆生皆已成仏道なり。此の祈祷の書は、日蓮一期の大事と存じ候ひて撰し畢んぬ。此の書、余りに秘書なるが故に、細々に読むべからず候。秘書なれば、我が一期せんどならん時、此の書を読み奉るべく候なり。但し頭属の弟子に非ざれば、此の書を伝ふべからず云云。又設ひ伝ふとも、起請文に非ずんば此の書を許すべからず等云云。相構へ相構へて、同行にも見すべからず。能く能く秘すべし秘すべし、穴賢穴賢、秘すべし秘すべし。/ 正月二十九日  日蓮花押
◆ 法華本門宗要抄 〔C9・弘安五年七月〕/ 禅宗は前仏後仏、只心を以て心に伝へ、文字を立てず、教行を論ぜず。此の宗は仏滅後一千五百九十年に、梁の武帝の御宇治世十四年、天監第十三年〈甲午〉、南天竺の達磨、此の宗を渡す。日本へは人王五十代桓武天王の御宇、延暦二十四年、伝教大師入唐して貞元十四年〈戊子〉三月三日、竜興寺に於て道邃・行満の両師に値ひ奉り、法華宗を習学するの次でに、真言と禅宗とを伝ふ。然りと雖も、伝教大師○彼の禅法をば横川の鉄輪塔に収めて、宗と為したまはざるなり。禅法の空理は、与へてこれを論ずる日は円教の空門に摂す。奪ってこれを論ずる時は蔵通二教の空理を出でず。故に妙楽大師云く「楞伽の七空は多く蔵通に在り」云云。止の一に云く「止観の明静なることは前代に未だ聞かず」云云。弘に曰く「預め禅門に廁(ましは)って衣鉢を伝授する者耳に盈てり」矣。○補注の十一に曰く「衣鉢伝授とは多く達磨を指し六祖に至る」云云。/ ○止の七に曰く「一種の禅師は唯観心の一意のみ有り。或は浅く或は偽る。○後賢の眼ある者は当に証知すべきなり」云云。弘の七に曰く「此れは且く与へて論ずることを為す、奪へば則ち観解供に欠けたり。世間の禅人、偏に理観を尚びて既に教を暗ぜず」云云。決に曰く「世人教を蔑みて理観を尚むは誤りなるかな」云云。
補注の十一に曰く「蔑は無なり。教は本と理を詮ず、教に寄せて理を弁ず、理を示すこと惑へるかな。教外別伝は斯れ其の類なり。教義を思はずんば何なる法を明かすべき」云云。○止の七に曰く「洛禅師の名、河海に播く。住すれば則ち四方雲のごとく仰ぎ、去るときは則ち阡陌群を成す。隠々轟々として亦何の利益かある。臨終皆悔ゆ」云云。○弘に云く「○要決法華論に曰く、は所の名、洛都の名、以て達磨の異名を呼ぶなり云云。○観心論に曰く、内心道の為にせず。唯坐禅の相を現じて、仏の正法を毀損す。死しては無間獄に堕せん」云云。像法決疑経に曰く「或は禅を修め経論に依らざること有らば、地獄に入らんこと猶箭射の如くならん」云云。大経の七に曰く「若し仏の所説に随順せずんば是れ魔の眷属なり」等云云。経文より事起こりて、大師先徳の解釈の中に、禅法の修行を天魔の所以及び堕地獄の法と謂へる、誰か疑網を貽(のこ)さんや。/ 浄土宗は吾が朝人王四十五代聖武皇帝の御宇、治世二十五年天平第二年〈庚午〉、南都玄昉僧正入唐して此の宗を渡すなり。然りと雖も玄昉僧正○彼の念仏をば終に宗と為さず。近代八十二代後鳥羽院の御宇に、法然と云ふ悪比丘有り。専修念仏を興行す。
選択集と謂ふ上下二帖十六段の謬釈を造り、月の輪禅定殿下に授与し奉る。月の輪禅定、此の疏の趣を後鳥羽院に奏したまふ。一たび御高覧せられしより已後は、法然房を師範と憑みて選択集の趣きに任せて専修念仏を修行したまふ。悪比丘の語を信用し給ひしかば、程無く御宝位を亡失して隠岐の島へ相模守義時に流遷せられ給ふは、偏に悪比丘を信ぜらるる故なり。/ 真言宗は仏滅後一千六百四年、唐代の第八玄宗皇帝の御宇、治世四年に中天竺の善無畏三蔵これを渡す。吾が朝へは人王四十四代元正天皇の御宇、治世九年〈庚辰〉、善無畏三蔵これを渡す。大和の国、久兎の道場、薬師寺にこれを埋め漢土に帰る。次に日本の人王五十代桓武天皇の御宇、延暦二十三年に、伝教大師入唐して、同二十四年帰朝の後、先づ真言宗を弘めて法華の前方便と為し、次に法華宗を弘む。次に弘法大師、伝教大師と同船に乗じ入唐して真言宗を恵果和尚より伝へ、大同元年〈丙戌〉帰朝の後、平城天皇に真言宗を授け奉る。延暦二十五年〈丙戌〉五月十八日、平城天皇の御即位に依りて大同元年と号す。同二年〈丁亥〉歳、弘法大師、平城天皇に真言宗を授け奉るの後、大病悩を受け給ひ位を東宮に譲り給ふ。
後には奈良に籠もりたまふ故に、奈良の御門と号し奉る。平城天皇の御事なり。東宮とは平城天皇の太子にして御位に著きたまふ。後には高岳親王と号し奉る。/ 爰に親王の伯父嵯峨天皇と互ひに位を諍ひ賜ふ時、高岳親王は弘法大師を師範と憑みて真言を以て即位を祈らる。嵯峨天皇は伝教大師を師匠と憑みて法華を以て即位を祈らる。本より空海の邪流の真言の悪法の為の故に、平城天皇御位を亡ぼすのみに非ず、又御子息の高岳親王の御位をも滅失したてまつる。本より伝教の弘通し給ふ法華は正法為る故に、嵯峨天皇の御位を昌へしむるのみならず、又御子孫も繁盛し給ふ。淳和・仁明の御位なり。伝教大師の御祈祷の感応忽ち其の験を顕はす。大同五年〈庚丑〉九月二十七日、嵯峨天皇の御即位に依りて弘仁元年と号し御位を治めたまふ十四年。其の後伝教大師の御弟子修禅大師、淳和御門の師範と成り給ふ。此の時初めて山門の座主を定めらる。同じく伝教大師の御弟子円澄大師、仁明御門の師範と成り給ひ、第二の座主に着きたまふ。二人の御弟子、二代の君の御師範及び山門の座主と為りて、師檀共に繁盛せらるる事、偏に法華真実の経力に依るなり。予が門葉等、能く能く秘して秘すべき法門なり。
亦惟尊・惟仁の御位を諍ひ給ひし時に、東寺天台の祈祷の得失と承久兵乱調伏の祈祷とをもって、還著於本人為るの事を思ひ合わせて、此の事を須く公家・武家に奏すべきなり。/ ○訳経釈論の訳者、総じて一百八十七人なり。其の中に一百八十六人は皆謬り有るなり。法華経を訳せる羅什三蔵一人謬り無し。天竺より所訳の法華に六本の品有り。一には法華三昧経六巻、前魏の代、甘露元年〈乙亥〉七月七日、支謙三蔵これを訳す。二には薩曇芬陀利法華経六巻、西晋の代、大和元年〈乙酉〉、曇摩羅三蔵これを訳す。三には正法華経十巻、魏の代大康元年〈己亥〉八月十一日、法護三蔵これを訳す。四には方等法華経六巻、東晋の代咸康元年〈乙未〉、支道林三蔵これを訳す。五には妙法蓮華経七巻、姚秦の代弘治八年〈辛巳〉、鳩摩羅什三蔵これを訳す。六には添品法華経、隋の代仁寿元年〈辛酉〉、笈多と崛多三蔵これを訳す。此の中に五本の法華は皆謬り有るなり。所以は何ん。五人の三蔵は皆是れ四天竺辺国の人なり。其の上眩抹国の王と颯耶国王と互ひに隣国を諍ふ。時に眩抹国の王、颯耶崛国王に亡ぼさるる。時に彼の眩抹国の経蔵兵火の為に焼失せらる。
此の経蔵の法華を皆五人の三蔵は翻訳せらるるの故に、五本の法華は皆謬り有るなり。今此の妙法蓮華経は天竺亀茲国の沙門鳩摩羅什三蔵、直に阿難自筆の多羅葉の法華経を霊山浄土の結集堂より伝へ来たりてこれを翻訳す。故に一口一言の失錯無し。故に伝教大師秀句の下に羅什三蔵を歎じて曰く「法華を訳する三蔵は舌を焼かざるの験し在り。論を訳する讃師は未だ其の霊験を聞かず」云云。故に今の妙法華経に依りて、恵文・南岳・天台・章安・智威・恵威・玄朗・湛然・道邃・道暹・智度・行満・伝教・義真・円澄等の解釈の中に、権を破して実を讃ずること是れ分明なり。涅槃等の経は当説の経なり。故に実経為りと雖も法華経の流通は是れ迹為り。況や已説今説の経、豈に法華の方便に非ずや。/ ○問うて曰く、並びに霊山浄土の経蔵の経を訳せば、何なる三蔵為りと謂ふとも即ち謬り無からんか。又訳者異なるに依りて謬訳有らんか 如何。答へて曰く、最も然るべし、吉き難なり。訳者三蔵総じて一百八十七人なり。其の中に法華を訳せる羅什三蔵一人謬り無し。舌を焼かざる験し在り。而るに羅什翻伝の妙法蓮華経及び曇磨伽陀耶舎三蔵翻訳の無量義経と、曇摩密多三蔵翻訳の普賢経との此の三部の経は、皆霊山浄土の経蔵の経を訳するが故に謬訳なし。
無量義経に曰く「種々に法を説くこと方便力を以てす、四十余年未だ真実を顕はさず」と云へり。天台大師の玄義の五に曰く「成道已来四十余年未だ真実を顕はさず。法華は始めて真実を顕はす」云云。妙楽大師弘決の一に云く「成仏已来四十余年未だ真実を顕はさず」云云。伝教大師の注秀句の中に曰く「種々説法以方便力とは直に四十余年麁を帯し権を狡し方便の諸の経法を指す。故に四十余年未顕真実と曰ふ」云云。又無量義経に曰く「我、樹王を起ちて波羅捺国鹿野苑の中に詣りて、阿若拘隣等の五人の為に四諦の法輪を転ず、次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説き、菩薩の歴劫修行を宣説す」云云。但金口の説のみに非ず、大荘厳・観音・勢至等の八万の菩薩の領解に言く「無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐるとも、終に無上菩提を成ずることを得ず。所以は何ん、菩提の大直道を知らざる故に。険径を行くに留難多きが故に」云云。/ 伝教大師の大唐の伝に曰く「道邃和尚、無量義経の文を案じて曰く、四諦の法輪を転ずとは、成(実)・倶(舎)・律宗の所依の経なり。方等十二部経とは、法相・禅門・真言宗所依の経なり。摩訶般若とは、三論宗所依の経なり。華厳海空とは、華厳宗所依の経なり」〈已上大唐伝文〉。
伝教大師此の文を釈して曰く「今挙ぐる所の大唐伝の記に於て、八宗の依経は皆已説に拠るなり、未だ一代聖教の本末を弁へず。爰に予、近江国山階寺の行表僧正に値遇し奉り、六宗を習学して他師所判の立義を見るに、法華宗に迄(およ)ぶべき無し」云云。○又無量義経に大荘厳及び観音・勢至等の領解を仏述成して曰く「爾の時に世尊、大荘厳菩薩摩訶薩に告げて言く、善きかな善きかな、善男子、是の如し是の如し、汝が所説の如し。善男子、我が此の経を説く、甚深にして甚深なり、真実にして甚深なり。所以は何ん。衆生をして疾く無上菩提を成ぜしめんが故に、大直道を行じて留難なきが故なり」云云。経の一に云く「世尊は法久しくして後、要(かなら)ず当に真実を説きたまふべし。十方仏土の中には唯一乗の法のみ有りて、二も無く亦三も無し、仏の方便説を除く」云云。○注秀句の中に曰く「此の経已前は皆小乗なり、故に仏の真実言に非ず、故に成仏せず。如来権を施したまふは実に入らしめんがための方便なり。故に経文に曰く、終に小乗を以て衆生を済度せずと。故に法華已前の諸経の中には曾て如来の真実を説かず。故に仏堅くこれを誡め法華已前の諸経を破したまふ。此の経に、若し小乗を以て化すること乃至一人に於てもせば、我即ち慳貪に堕せん」云云。
○五大院先徳の釈に曰く「諸宗の中、法華経を会して各々自宗に帰せしむるは、譬へば小路を以て大直道を破し、大直道の者をして小路に入れしむるが如し。故に十悪をもって十方仏を殺したてまつるに超過せり」云云。恵心先徳の釈に曰く「而るに法華の文を執して爾前経に泯入す。譬へば内裏の額を民舎に打つが如く、須弥を家内に収むるが如く、渓渠が大海を入るるが如し。故に権を執して実を破するは一闡提の因なり」云云。○記の八に曰く「若し法華を以て余と味を同じふせば、三説に無き所、其の言何か在らん」云云。伝教大師、注秀句の上に曰く「已今当の経を法華に類泯せば、謗法の罪に依りて必ず地獄に堕せん」云云。恵心の釈に曰く「已今当の妙と法華の妙と同味と曰はば、謗法の罪に拠り永く地獄を出でず」云云。謹んで十宗の大都を勘ふるに、皆一代聖教に迷ひて未だ根本法華の元意を知らず。故に復三種の法華を知ること無し。未だ法華経の諸経に超過せることを知らず。又已今当の経の意をも知ること無し。故に知んぬ、十宗の学侶等は皆悪比丘と為す。未だ法華経を誹謗することを知らざるなり。/ 問うて曰く、法華已前の権教権門の宗は此の義最も然るべし。天台法華宗の沙門、何れぞ帯権覆蔵教の念仏・真言・禅・戒等の悪比丘の中に泯属せらるべきや。
答へて曰く、天台の沙門を悪比丘と謂ふは、未だ正・像・末の仏勅を弁へず。恣に己我の意に任せて一代聖教を判じて、仏菩薩の経論の意趣を知らず。又血脈相承の祖師の立義を離れて、大師解釈の本迹表裏を弁へず。先徳記釈の摂折の傍正をも勘へずして、法華経を以て衆生を教化するが故に、悪比丘と名づくるなり。○故に先づ経文を出だして其の義趣を示さん。大集経の如きは五箇の五百歳を列す。第一の五百年は解脱堅固。第二の五百年は禅定堅固。已上正法一千年。第三の五百年は読誦堅固。第四の五百年は多造塔寺堅固。已上像法一千年。第五の五百歳は闘諍堅固白法隠没。已上末法万年の始め。大悲経の如きは、正法千年、像法千年、末法万年〈已上取意〉。放光経の如きは、正法一千年持戒堅固を得。像法一千年は座禅堅固を得。末法一万年闘諍堅固を得。正に其の時白法隠没に至る等云云。般若経の如きは、教有り、行有り、証有り、名づけて正法と為す。教有り、行有り、証無し、名づけて像法と為す。教のみ有りて、行無く、証無きを、名づけて末法と為す云云。付法蔵経の如く、始め迦葉より終り師子に至るまで、二十三人の付法蔵の次第を正・像・末の三時に配するに、正法千年の初めの五百年には、
迦葉・阿難・商那和修・優婆掬多・提迦陀・弥遮迦・仏駄難提・仏陀密多・脇比丘・富那奢・馬鳴・毘羅尊者〈已上十二人正法の初めの五百年、小乗弘通付法蔵の人〉。/ 次の五百年には、竜樹・提婆・羅・難陀・僧難陀・僧夜叉・鳩摩羅陀・叉那多・般陀・摩奴羅・鶴勒夜叉・師子尊者〈已上十一人正法の次の五百年、権大乗弘経付法蔵の人〉。像法千年は薬王付属、初めの五百年は、竜樹・恵文・南岳・天台・章安・智威・恵威・玄朗・湛然・道邃〈已上十人像法の初めの五百年、法華経迹門弘通付法蔵の人〉。次の五百年は、伝教・義真・慈覚・恵亮・惟尚・理仙・慈恵・増賀・恵心・覚超等〈已上十人像法五百年、法華経迹門弘通人なり〉。末法一万年は、上行付属の後の五百歳の法華経本門弘通の時なり。経に曰く「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」云云。像法の法華迹門弘経の天台大師、文句の一に曰く「但当時大利益を獲るのみに非ず、後の五百歳遠く妙道に沾はん」云云。妙楽大師の疏記の一に曰く「○後の五百歳と言ふは最後の五百なり」云云。/ 伝教大師は像法の末の五百年に出世し給ふ。天台の再誕、薬王菩薩の後身。我は迹門弘通の使ひなり。末法の始めの五百年、本化付属の使ひに非ざる故を歎じて、守護章に曰く「正像稍過ぎ已りて末法甚だ近きに在り」。
○秀句の下に曰く「代を語れば像の終り末の初めなり」云云。又云く「当に知るべし、法華真実経、後五百歳に於て必ず応に流伝すべきなり」云云。安然和尚曰く「○当に知るべし、法華真実の経は像法後五百歳の時に於て、特に利益を増し遠く妙道に沾ふ」云云。又略記に曰く「後五百歳は末法の初めなり。第五百歳の中五濁悪世なり、而して応に此の経を流伝すべき時なり」云云。恵心僧都の一乗要決に曰く「日本国は一向に法華経流布の国なり」云云。○分明の釈なり。/ 又末法の法華本門付属には、二万八万等の迹化の菩薩これを請ひしかども、終にこれを許したまはず。唯本化地涌千界の菩薩に付属したまふなり。然れば上行等の再誕末法に出世して、必ず法華本門の肝要為る南無妙法蓮華経の七字を弘通したまふの由、経文に分明なり。其の時の中に於て、応に此の人に必ず種々の怨嫉在るべし。故に経に曰く「○而も此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」云云。又云く「此の法華経は能く衆生をして一切智に至らしむ。一切世間において怨多く信じ難し。先に未だ説かざる所にして今これを説く」云云。又勧持品の中には三類の強敵これ有るべし云云。故に迹門弘経の普賢・文殊・弥勒・薬王等の二万八万の菩薩は、斯の如きの強敵を恐畏して、即ち法華本門の肝要たる南無妙法蓮華経を弘むべからず。仏、分明にこれを説きたまふ。
末法後五百歳の時は、我が弟子本化地涌千界の菩薩、数数見擯出及び杖木瓦石及び刀杖を加ふるの難を恐れず、法華本門の肝要為る南無妙法蓮華経の七字を弘むべきの由、分明に経文に在りと雖も、末法に入りて後五百歳、既に二百余年に迄(およ)びて未だ南無妙法蓮華経の七字を弘めず。爰に日蓮生を此の土に受け、比丘と成ることを得たり。争でか吾が国を謂はざらんや。豈に破仏・破法・破僧・破国を悲しまざらんや。/ 法華本門宗要抄下/ 然るに出生の処は、安房国の長狭郡東条小湊の浦の釣人、権の頭の子なり。日本の人王八十五代後堀河院の御宇、貞応元年〈壬午〉二月十六日午の刻に生まる。漸く年月を送り春秋をうつし冬夏を隔て、日数を経て成人の程と為り、八十六代四条院の御宇、天福元年〈癸巳〉五月十二日清澄の寺に登る。生年十二歳の時なり。同帝の御宇、延応元年〈己亥〉十月八日、生年十八歳の時出家を得已んぬ。師匠道善御房に値ひ奉りて東寺家の真言を習学す。三箇年の間、山門・園城寺・南都・東寺・高野等に使ひして八宗十宗に値ひて、諸宗の大都を窺ひ、其の後八十八代新院久仁の御宇、建長五年〈癸丑〉三月二十二日の夜より、一七日の間室内に入る。
一七日を満てて同二十八日早朝に、朝日に向かいて合掌し、十返計り初めて南無妙法蓮華経の七字を唱へしより已来、念仏は無間地獄の業、禅宗は天魔の所以、戒律は虚妄の国賊、真言は亡国の悪法、天台は過時の古暦といふ。/ 此の五箇条の法門を当地頭東条左衛門景信に向かいてこれを謂ふ。及加刀杖の難に値ひてより已来、法華真言の経文に違はず如来の金言に符合するの間、弥(いよいよ)貴くこれを謂ふ。早速に鎌倉に上り東西南北に走り廻りて、未顕真実の旗を挙げ、唯一仏乗の弓を張り、正直捨権の箭を負ひ、忍辱精進の甲冑を着て、大白牛車の駿馬に打ち乗りて、一乗円頓の剣を持ち、不惜身命の楯をひて、四教八教の馬場を簡ばず、華厳・法相・三論・念仏・真言・禅門・天台・倶舎・成実・律宗等の十宗に馳せ向こふて、此れに押し寄せ彼れに推し懸け、権教権門の軍陣を責め破りて打ち落とす間、法王の宣旨を崇重して降参為(す)る者有り。或は法王の宣旨を違背して無間に堕つる者も在り。降参為(す)る者は日蓮が弟子と為(な)る。法王の宣旨を帯すればなり。法王の宣旨を帯ぶと雖も、我が身は無勢なり、敵人は多勢なり、多勢に無勢なれば合(かな)はず。讐敵強敵の重なる事、挙げてこれを計ふべからず。
時に正嘉元年〈丁巳〉歳八月二十三日〈戌亥〉の刻の大地震及び大旱魃、同二年の飢饉疫病同三年に迄ぶ、此の災難息まず。天下未だこれを知らず。政を違ふとこれを謂ひて、正嘉三年〈己未〉三月二十八日改元有りて正元元年とこれを改むれども、弥(いよいよ)強盛にして災難は息まず。同二年四月十三日に改元有りて文応元年とこれを改むれども、飢饉・疫病・大水・大風・天変地夭息まず。七八月の比、弥(いよいよ)興隆にして、人民疫病し、牛馬巷に倒れ、死屍橋と為り、骸骨路に満てり。日蓮此の事を見て、駿河の国岩本の経蔵に容り、諸経論を引きてこれを勘へこれを看るに、掌を指してこれを知り、鏡に懸けてこれを覩ること是の如し。災難は此等の義なり。文応元年〈庚申〉、立正安国論一巻を製作して、宿谷入道に属(つ)けて最明寺殿の見参に入らしむ。弘長元年〈辛酉〉五月十二日、御勘気を被りて伊豆の国に流され、伊東八郎左衛門に預けらる。伊東北条の上下万民日蓮を視てこれを怨みこれを悪むこと、譬へば夜討ち・窃盗・山賊・海賊・引剥・強盗・謀反・殺害人の如し。/ 斯の如くして漸く星霜を移し、日月を取り送る程に、弘長三年二月二十二日、御赦免を被り畢んぬ。
其の後又還りて鎌倉に住して、前の如く両度に迄びて国主最明寺殿を諫め奉り、不惜身命の経文に任せて、念仏・真言・禅・律・天台・華厳・三論・法相等の諸宗を簡ばず、散々にこれを破し、散々にこれを責む。随って本化地涌本門上行付属の法門、これを謂(かた)りこれを弘むるに、猶多怨嫉の難重なる事、粗これを挙げ略してこれを注す。須く末代遺弟の形見と為し、以て弘通の亀鏡に備ふべし。ある時は東条左衛門と云ふ者に頭を剪られし時には、及加刀杖の難符合する事を思ひ合わせてこれを堪忍し、ある時は本間の弁の房と云ふ者に瓦礫を以て腰を投げ打たれし時は、杖木瓦石の難符合する事を思ひ合わせてこれを堪忍す。ある時は伊和瀬の少輔房と云ふ者に、法華経の五の巻を以て直に面を打たれし時には、打擲の難符合すと思ひ合わせてこれを堪忍す。ある時は聖一房・良観房・道隆房・道阿弥房と云ひ、聖道・禅・律・念仏・持斎等の者に軽慢せられし時には、軽賤憎嫉及び是無智比丘の文符合する事を思ひ合わせてこれを堪忍す。○未だ賢王聖主の御代に値はず、卞和の玉を須ひられずして、文武二代の君を制して無上の宝珠を磨かず。日蓮が上行付属の法門は、成王の御代に相当たりて卞和の玉を磨きしが如く、賢王聖主の時に値ひ奉りて、当に妙法蓮華経の奇特を顕はすべし。
就中 日蓮が申す所の法門、三時弘経の付属如来の告勅に任せて、前判の権経を擱きて後判の法華を弘むるに、治国の秘術、聖代の佳例なりと雖も、無戒の良観房、諂曲の行敏房、悪見の道隆房、邪見の聖一房、嫉妬の道阿弥等の悪比丘に訴へられて、即ち理を壌(やぶ)りて非に沈(なか)す。/ ○日本国の人王八十九代恒仁の御宇、法光寺殿の御代文永八年〈辛未〉九月十二日には、相州竜口に於て既に頭を刎ねられんとす。然りと雖も諸天地神未だ日蓮を放たれず。国主を諫め正法の行者を守らんが為に、地神は地夭を以て怪を出だし、諸天は天変を以て徴を彰はし、竜神はその時ならざるに雷電を以てこれを驚かす。法光寺殿の御所中には大なる星、石の坪に下り光を放ちこれを睨む。地震は四方に鳴動してこれを苦しむ。又竜口に於ては不思議の怪在りてこれを抒さふ。日蓮頸の座に臨む時は、南方の江の島に向かひて曰く、仮ひ代は澆季に淹ひ、時は末代に属すとも、日本の人の意僻み奸濫諂曲非礼たるに依りて、善神は国を去り、聖人は所を捨てて居住せずと雖も、正直の人賢聖の頭を以て当に宿社と為すべき誓願在り。其れに随ひて日蓮正法の行者として、耆闍崛山の莚に列なって霊山浄土の聴衆為り。
多宝塔中大牟尼尊の直説に於て上行菩薩為りし時に、末法後五百歳の当機地涌の付属を蒙るが故に、一事一言の失錯無き者なり。諸天善神○堅牢地神及び日本国の諸天善神、何ぞ擁護を加へられざるや。合掌して観念せしむる時に、江の島の方より大なる光物日蓮が頸の座の上に出現し、鷹隼の飛ぶが如くにして後山の大木に移るかとこれを見れば、忽ちに雲霧を出だして即ち昏闇と為る。太刀取り越智の三郎左衛門、既に持ちて日蓮の頸を開き打ちしに、太刀忽ちに折れ親(まのあ)たり没落して手足動かず。/ 其の時依智の三郎左衛門、大いに驚き去り退きて、早速に御所に使者を走らしむ。御所中にも種々の怪在りと雖も、先づ虚空より大音声を放ちて喚びて曰く、日蓮は日本国の仏法の棟梁なり。我が国の世法の枢なり。正法の行者を失へば汝が子孫を滅し、国土を亡ぼすべしと云云。譬へば欽明・敏達の昔、守屋の大臣仏法を破らんが為に、聖明王の百済国より渡し奉る金銅の釈迦の像を、勅宣を申し請ひて大和・山城・和泉・河内・紀伊国五箇国の木炭木を以て七日これを焼き、鉄碪の上に置きて鍛冶の鎚を以てこれを打ち、斧を以てこれを剪り、後には難波の堀江の辺に流す。其の時に虚空より大音声を以て叫びて曰く、仏法を失ふが故に欽明・敏達を召し取らるべしと云云。これに違はず欽明・敏達俄に頓病を受け、忽ちに崩御を為す。
此等の天怪に今の怪も相似るに依りて、法光寺殿大いにこれを驚きて、日蓮法師を失ふべからずと竜口へ使者を遣はされ、依智の三郎左衛門が使者と御所の使者と、極楽寺の坂本及び七里が浜の辺に於て行き合ひぬ。竜口より使者は急速に御所に参じて、斯の如きの次第一々にこれを白す。御所よりの使者竜口に着きて、御所中の怪これを披露す。日蓮法師が斬罪且くこれを止めて、依智三郎左衛門に預けらる。其の夜は相州依智の三郎左衛門の宿に着く。天明くる十三日の夜、方々に不思議出現す。或は大彗星、庭上の梅の枝に下りて夙夜に光を放ち、見る人目を驚かし聞く人これを恐る。其の後一日二日過ぎ行く程に、十月十一日、佐渡の国に流せと流罪に定りし時にこそ、数数見擯出の経文は良に日蓮の意に相叶ひ為りしか。始め伊豆の国の御勘気許りにて有るならば、数数見擯出の経文不審も有るべきに、皆悉く経中の文に符合しぬ。身の喜び何事かこれに加かんや。/ ○文永八年十月十一日、相州の依智を立ちて、同二十八日に配所佐渡の国新穂の郷、塚原に下着す。国人日蓮が前に集まりて、謀反殺害人の如く面を守り、目を引き顰蹙し、指を差してこれを悪む。而るに我が朝は六十六箇国二の島。日本国、長は三千五百八十七里。郡の数は六百四郡。郷の数は一万余。郷人の数は四十九億九万四千八百二十八人なり。
男は十九億九万四千八百二十八人なり。女は二十九億九万四千八百六十人なり。此の四衆上下万人一同に日蓮を悪み弟子を怨む。仏法日本国に渡りて七百余年に迄ぶ。未だ此の如く諸人に悪まれたることを聞かず。月氏・漢土の中にも未だこれを聞くこと有らず。又有るべしとも覚えざるなり。/ ○殊更今度の御勘気は死罪に及びしに、不思議前代未聞の怪に付けて佐渡の国に遣はさる。而るに彼の国に趣く者は、死するは多く生くるは希(まれ)なり。漸く彼の国に着きたりしに、謀反殺害の者より尚重く諸人に思はる。鎌倉を出でしより日々に強敵の重なるが如し。ありとある人輩は禅と念仏の持者なり。山行野行草木の風に随ふ音までも、敵の我を襲ふかとこれを思ふ。北国方の習ひなれば、冬は殊に風嶮しく雪深きに、衣薄ふして食も無し。淮南の橘の江北に移されて枳と成りしも、今や日蓮が身の上に摘み知られ為り。宿家は荻・薄・尾華・刈萓生ひ滋れる野中の、古き三昧の朽ち破れたる草堂の、上は雨漏り檣は破れ、風も留まらざる傍屋なり。昼夜朝暮に耳に聞く物とては、枕に囀く嵐の音、時々刻々眼に遮ぎる者とては、遠近の道を埋むる雪雹なり。現身に餓鬼道の苦を受け、寒氷の地獄に堕つ。彼の蘇武が十二年の間胡国に留められて雪を食とし、李陵が六年の程巌窟に入りて蓑を着て過ごせしも、今は我が身の上と成る。
然りと雖も諸天日蓮を捨てたまはざれば、漸く身命を継ぎ日月を送りぬ。/ 今度御勘気の起こりは文永八年〈辛未〉夏の比より秋の初めに迄ぶも、雨を降らさずして田畠作毛既に失ふを、上一人より下万民に至るまで一同にこれを歎く。○爰に良観房雨を祈り降らすべきの由、これを風聞す。何に祈るとも雨降るべからず、法華経を弘むる正法の行者為る日蓮を滅さんとする故に、諸天瞋恚を為し大旱魃を生ずるの間、全く雨を降らすべからざるの由、日蓮これを知る。良観房一七日の中に雨を降らすべしと謂ひて、弟子五百余人、其の外多宝寺・浄光明寺等の末寺に触れて、真言の法を以て五瓶の水を灑ぎ、或は法華経を転読し、或は請雨経を講じ、或は陀羅尼を誦し、漸々無尽に真言の秘法を行ひてこれを祈ると雖も、終に雨降らず。二七日を祈るも終に雨を降らさず。三七日を祈れども弥(いよいよ)大旱魃を興して雨降る事なし。日蓮、良観房が諂曲して邪法を以て数年の間、多くの人を誑かして悪道に堕しむる悪比丘為るの旨、委細にこれを顕はす間、日比の験徳を憑みて雨を祈れども、其の験し失せて更にこれ無し。○日蓮其の諂曲を顕はすが故に、其の悪法の彰はるるが故に、其の徳を失ひて恥辱と成るが故に、生きたる草木をも切らずと謂ひ、二百五十戒を持つと謂へる良観房なれども、
僻みて日蓮が頸を斬らんと欲ひ、後には佐渡島に流さしめ、漸く虚言を構ふことは、二百五十戒中には何の戒文、何の経文ぞや。/ 去ぬる文永十一年〈甲戌〉二月十四日に、御勘気の赦免を被るの使ひありて、同三月二十六日鎌倉に入る。四月八日平の金吾に対面して所存の法門を申し含ましむ。同五月十二日に鎌倉を出でて、同十七日甲州飯野の御牧波木井の郷身延山に籠もる。時機不相応為る摂受の行為りと雖も、日夜朝夕に法華経を転読し奉る。日本無双の名山富士山に隠籠せんと欲すと雖も、檀那の請ひに依りて今此の山に籠居す。我が弟子の中に、若し本門寺の戒壇の勅を申し請ひて、戒壇を建てんと欲せば、須く富士山に築くべし。故に今此の土に於て、日蓮上行の付属の法門を弘めんが為に、六万恒河沙の眷属を司りて六人の付弟を定む。所謂 日昭・日朗・日興・日向・日頂・日持已上、此の六人遺弟の外に日蓮が弟子と称し、法華の法門を弘通すと号して邪義を弘め、師匠の悪名を高(あ)くべきの大僻見謬迷の者有らん。○私曲の義を吐きて無智の者を迷はし悪義を弘むべし。故に全く日蓮の法門を弘めざるが故に、予の弟子に非ず。予の弟子に非ざるが故に、又仏弟子に非ず。仏弟子に非ざるが故に、大邪見魔の眷属なり。敢へて彼等の法門を信用すべからず。
○予が疏釈に於て、浅深・与奪・傍正・当分跨節・約教約部・仏意機情・捨劣得勝・相待絶待・爾前迹門・本門観心・妙解妙行・直行元意・果海恵眼を弁へざるが故に、所体より能体に登り、能体より所体に降ることに闇し。教弥(いよいよ)権なれば位弥高く、法弥実なれば位弥下れり。従因至果・従果向因・能所各別・能所一体・本迹各異・本迹一致・本迹能所互相融・本迹能所互相現、或は境智各別、或は境智一如、或は三世差別、或は三世全同、或は実相常差、或は実相常同なり。則ち予が疏釈を見て始中終に取り合はず、切文を執りて偏義を構へ、執見に任せて己情を談じ、文に随ひ義を取りて法華の心を殺す、諸仏の怨為らん。然るに予、既に百余帖の疏釈を製作し、玄文の四悉檀の法を取り、専ら鈍者の為の義にして、其の中に於て多く少恵鈍根の機の為に、悉檀赴機の意を存ず。故に弟子檀那の中に於て、又初心・後心あり。初心の機の為の故には、多く捨劣得勝の疏釈を造作し、後心の機の為の故には、本迹重々の疏釈を製作す。故に此の如きの旨を存じて、○能く能く四種及び六種の本迹淵底の深義と、実相の深理不思議一なることを尋ね弁ふべし。而るに無作本有久遠の実相、本門五百塵点劫の実相、迹門三千塵点劫の爾前の今日顕説法華の実相、法爾天然元意の実相、天真独朗果満の実相、全く実相の体に於ては即ち勝劣無し。
故に過去・現在・未来、世々番々の諸仏・菩薩・行者等の証得する所の実相の体には、全く差別無し。又本有の本迹に勝劣有ること無きが故に、一念三千・一心三観・十界十如等は、本迹両門に於て敢へて勝劣すべからず。但し時機に従ひて表裏傍正はこれ有るべきなり。/ 妙法蓮華経は法華宗要たり。法華宗要たりとは、二十八品皆肝心なりと雖も、迹門の肝要は方便品肝心なり。本門の肝要は寿量品肝心なり。末世には正法に悩乱あるが故に、障を除かんには陀羅尼品肝心なり。○故に此の経一部八巻二十八品に於て、本迹・表裏・与奪・傍正有りと雖も、時機に随ひて本門の実義を披かしめ、本迹両門を転読するに功徳に全く勝劣有ること無し。故に六万九千三百八十四字は、六万九千三百八十四体の真仏なり。然りと雖も末法の悪比丘○本迹の表裏傍正に暗ふして、当に権実雑乱せしめ、法華を転読する者有るべし。或は像法修行の迹門を執して末法地涌の法門を破し、或は予が門人と名乗りて法華実相の理体・無差天真独朗の法を破して、則ち本迹造作実相の法門を執し、或は本の中に迹在り、迹の中に本有り、迹の中に迹有り、本の中に本有り、本の中の迹は迹の中の本より勝れたり、迹の中の本は本の中の迹より劣れり、是れは本有の迹なれども経に約すれば本に勝れたり、本有の本迹には全く勝劣無し、
爾りと雖も末世の中の諸悪比丘、縦ひ法華・涅槃等の経を修行すと雖も、未だ本迹両門に属(かな)ひて、摂受折伏・与奪・傍正等の表裏あることを知らず。己が我意に任せて恣に義趣を分別し、経の意に叶はず己が情に取り入りて、或は前後を取りて中に着け、中を取りて前後に着けん。○法華を毀謗する者の多からんことは十方の大地の如く、説の如くに此の経を持信する者少なからんことは爪上の土の如きが故に。/ ○無量義経に曰く「而も初は中に非ず、而も中は後に非ず。初・中・後の説、文辞一なりと雖も而も義各異なり」云云。法華経に曰く「悪知識を捨てて善友に親近せよ」云云。法華・涅槃・無量義経の文を勘へ、蓮華面経の文を案ずるに、傷しきかな悲しきかな、必ずしも権法の悪比丘等に扁(かぎ)らずして、末法の中に於て名を法華宗に仮りて妙法の首題を唱ふれども、未だ上行付属の法門を弘めず。意奸しく乱れ諂曲にして、而も正法の僧と称して当に日蓮が法門を破るべし。未だ出世の本意を知らざる故なり。所以は何ん。日蓮が疏釈の中に、或は法門の次第浅深を置き、或は深きより浅きに至るの次第を置き、或は言の便に依りて浅深雑乱を置くなり。爾か謂ひ日蓮が本意と称して一法二義の妙法を知らず、日蓮が疏釈等を引きて法華経を破し、或は真言等を以て恣に法華経に同ずる者、当に地獄に堕すべし。
○末世には僧宝を軽んずるが故に、仏宝・法宝を破すべし。全く三宝の体に於て勝劣有ること無し。故に南岳大師曰く「仏宝・法宝・僧宝」「一体三宝」等云云。普賢経に曰く「帰依仏・帰依法・帰依僧等」云云。○一切俗人三宝を軽賤せん、此の如きの輩は永く三途に堕せん云云。転輪秘密経に曰く「三宝は十二部経の肝心にして、諸法不思議の骨髄なりと言ふ。僧を軽賤する者は法を軽賤するなり、法を軽賤するが故に仏を軽賤するなり。三帰の中に一帰を軽する者は三宝を軽するが故なり」云云。○不軽菩薩に悪口・罵詈・誹謗を為し、杖木・瓦石を以て打擲せし四衆等は、千劫の間阿鼻獄に堕ちき。/ ○歓喜増益如来の末世の、四衆等の覚徳比丘を責めしは、皆大地獄の中に堕つ。覚徳比丘に従ひし有徳王、及び有徳王に従ひし兵士、其の外覚徳比丘の方人と為りし者等は、皆悉く成仏して阿仏の弟子に生まる。憑しきかな、斯の如きの経文を勘ふるに日蓮が弟子は、一二の小石の如く、十宗等の弟子は恒河沙の如し。○地獄に堕せん者は多きこと恒河沙及び大地の土の如く、成仏する者は少なきこと一二の小石及び爪上の土の如しと見えたり。誠なるかな、謗法の弟子は多しと雖も皆無間地獄に堕せん。日蓮の弟子は、少なしと雖も成仏せんこと決定して疑ひ無し。一も成仏せざること無し、決定して疑ひ有ること無しの文、能く能くこれを思ふべし。
秘しても秘すべし、他見せしむること莫かれ。敢へて人をして名字をも聞かしむべからず。一代の肝心、五字の骨髄、本迹の比翼なり。日蓮が本意、唯此の疏に在り。付弟一人の外、須く余人に授与すべからず。佐渡已前は未だ真言亡国の義を顕はさず。始めて其の証拠を彰はすこと、此の疏の中に明らかに委細なり。秘中の深秘、秘々中の深秘の相伝、此の疏の中に載す。故に不快の弟子等にはこれを見せしむべからず、日蓮付弟一人の為に録してこれを置くなり。弘安五年の春夏の比、密々に連々注しこれを述ぶるなり。秘しても秘すべし、穴賢穴賢。/ 弘安五年〈歳次壬午〉七月 日  日蓮花押
◆ 上野五郎左衛門尉殿御書 〔C9・弘安五年八月一一日・南条時光〕/ 暦の序。暦九神と云ふ事。天親の論に云く「五方五智の仏、衆生の心を察知し、度利生の為の故に反って五性神と成れり。五性反りて八卦と成る」。遊年とは、二柱の神なり。是れは父母の赤白二渧の両柱なり。化して魂魄と成る故に土を犯すべからず。故に其の方の仏神奉仕すべし。禍害とは、三柱の神なり。貪・瞋・痴三毒の所犯なるが故に、其の方より婿嫁を取らざれ。移徙に凶、又年頭に行始めざれ。経に云く「遊行無畏 如師子王」。絶命とは、二柱の神なり。生々世々の罪障業力の所化なり。此の方に向かいて殺生せざれ、病を問はざれ。婿嫁に凶。鬼吏とは、当年大魔王の所化なり。此の方に向かひて善事をなせば、弥(いよいよ)善と成り、悪を修すれば弥悪と成る。此の方の病を問はざれ。生気とは、二柱の神なり。一切有情の生々世々の父母の神なり。故に諸の有情をして愍み喜びをいたす。故に年の始めに其の色の衣を着、其の方に向かひて物を食ひ初め、鏡に向かふに大吉。又諸の大吉を妨ぐることなし。養者とは、二柱神なり。一切衆生命業の所化なり。故に其の方の師博士を用ゐよ。又年頭の祭りを始め、其の方に向かひて物を食ひ初むるに大吉。一切衆生の身を養ひ命を助くる神なり。
福徳とは、一切衆生、生々世々の施与を給はりて、衆生を擁護し愍れみ給ふ神なり。其の方に向かひて成す事叶はざる事無し。悪は即ち消え、善を修すれば福と成る方なり。天医とは、薬師の化身。牛頭天王の迹として衆生の薬を生じ、福を生ずる神なり。病にしづむ時、其の方の薬を以て仏神に祈る。万事を成すに皆吉。一徳、二儀、三生。具には本抄を見るべし。/ 大歳神とは、行役神なり、牛頭天王なり、薬師仏なり。八神とは、牛頭天王の八王子なり。根本は八大文殊なり。深くこれを尋ぬれば八方の菩薩、八葉の如来なり。是れに中台を加へて八葉九尊と習ふ時、太歳神を加ふべし。大将軍・大陰・歳徳・歳刑・歳破・歳殺・黄幡・豹尾、已上の八神。太歳神は此の外なり。太歳神の住処に四門あり。門毎に社有り。彼の社には八神の諸番に太歳神の御所へ参り給ふなり。東門より参り給ふ時をば太歳前と云ふ。北門に出で給ふを太歳後と云ふ。諸神天に向かひ給ふ時を太歳対と云ふ。四門を開きて彼しこに座し給ふ時を太歳住と云ふ。或は玉女に合ひ給ふ時を太歳位と云ふ。多く証拠あり、尋ぬべし。絶体とは、氏神なり。始め夫妻大に凶。其の年を過ぎずして必ず死するなり。衰日とは、大集経に云く「三宝に仕へ奉る帝釈竜宮を開きて法を納受し給ふ」。世事には皆凶なり。
小衰とは、悪方なり。出行に凶。病を得て必ず死す。盗に相病を問はざれ。文厄悪方なり。此の方に向かひて悪事を成さざれ。必ず口舌在り。縁月・縁日・万事・吉事には見ず問はず。/ 此の如く心得て、持経者は南無妙法蓮華経と唱ふべし。諸天の守護疑ひなし。経に云く「今此三界 能為救護」。又第七に云く「以仏滅度至力」。寿量品に云く「如来至力」。陰陽等の事、前々申す如く候。章安云く「取捨宜しきを得て一向にすべからず」。天台の云く「時に適ふのみ」。/ 弘安五年〈壬午〉八月十一日  日蓮花押/ 上野五郎左衛門尉殿
◆ 本寺参詣抄 〔C9・弘安五年九月二一日・最蓮房〕/ 御札の旨委細承り候ひ畢んぬ。ことに大はう一束、人参十両、慥かに給はり畢んぬ。所労の義いまだしかしかともなく候。此の度はたすかりつべくも覚え候はず。抑 刑部房、先度中途よりまかりかへり、身延山へまいり候はぬ由驚き入り候。無信力のいたり是非なく候。彼の山の事は月氏の霊鷲山、震旦の天台山にもこえたる事、以前申しこし候へば、かさねてのべず候。ことに一昨日波木井殿へも申し入れ候。此の度はのがれがたく候へば、墓所のことは身延の沢にてたてさせ玉へと、かたくをのをの(各々)へも申し候。師の恩を報じ、みやづかへする事は、めづらしからぬ事に候。殊に仰せつけられ候ことをも聞き候はでかへり候事、曲事にて候。ことはりいひきかせ御せつかんあるべく候。白亀はあをの恩を報じ、昆明池の大魚は夜中に宝珠をささぐ。畜生すら斯の如し、況や人倫にをいてをや。されば外典三千余軸、内典七千余巻にも知恩報恩をもて先とす。孟宗は報恩の志ふかかりしかば、雪中に笋(たかんな)生ず。郭巨は孝養の道に達せしかば、天より金のかまを賜ふ。止観の一に云く「薬王は手を焼き、普明は頭を刎ねらる。一日に三たび恒河沙の身を捨つとも、尚一句の恩を報ずること能はず」。
我が門弟は身延山を本とすべし。我、常に彼しこに住して知恩報恩の人を守護すべければなり。然らば則ち日蓮が末世の弟子等も、在々所々にありて此の経を弘通せん者、必ず先づ身延の沢に参詣すべし、さなくしては弘通も成就すべからず。たとひ一往成就するに似たりと云へども、仏意に契当すべからざるなり。問うて云く、其の法を弘通して成就せんは仏意に叶ふとしるべし、何ぞ契当すべからずと云ふや。答へて云く、光宅寺の雲法師は法華経をもて雨をいのりしかば、即時に雨ふる。此れを妙楽大師判じて云く「感応は斯の若きも猶理に称はず」等云云。かの拘留外道の法は八百年繁昌し、六師三仙の法は久しく五天竺にはびこる。然りといへども既に外道の法なり。豈に成就するを以て仏法といはんや。問うて云く、忝くも上行所伝の妙法をもて外道の法に例する事 如何。答へて云く、能弘の人によって正法かへって邪法となる事あり、これ守護経の文なり。不孝の人の弘経、豈に邪法に例せざるや。外道の法を修行すれば一往天に生ず。不知恩の人は順次生に三悪趣に堕するとは華厳経の意なり。/ 周の文王と申せしは、殷の紂王の四将の中に西伯将とて第一の将軍なり。仁義を先として頗る賢人なり。
紂王の民を損害し、非法ををこなはるる事を悲しみて、いくたびか諫むるといへどもさらにいるる事なし。西伯をもはく、此の王を伐ちて天下を平げ、民をやすんぜんと。巧みさまざまなれども、本意をとげがたくして空しく薨じ玉へり。武王、父の本望を達せんとて、数万の軍兵を引卒し度々合戦に及ぶといへども、又かつことを得ず。時に武王、父西伯のはか(墓)所にいたりて、存生の人に物語するが如く、いんぎん(殷懃)にうったへて云く、抑 主君にそむいてたたかいを興する事、一には国民のため、二には父の本意を達して孝養とせん為なり。然るに数度打ち負け、人数をほろぼしてはや力なし。今においては腹をきるより外の事なしと云云。父、忽ちに形をあらはして云く、汝知恩の道あさし、夫れたたかいを成就せんと思はば此の墓処にして七日七夜礼拝をいたせ、速やかに勝利をえんと。聞くかと思へば夢にしてさめぬ。驚きて教への如くして家にかへり、西伯のかたちを木像に造り、是れを大将として、都にをもむき紂王をせむるに、大風の小樹の枝をなびかすが如く、ほどなく彼れをたいらげて天下を掌ににぎり、父をば文王と贈号し、祖父曾祖父まで王号をたてまつれり。是れ周の代の始めなり。それより已来三十七王相続して八百年をたもてり。是れ知恩の礼孝によれり。
我が門弟等志あらんもの、先づ日蓮が墓所にまいり、報恩道をつとめて各々弘通すべし。若し夫れ面々にこころばたをさして本寺に違背せば、枝葉の根をわすれ、流れのみなもと(源)にそむくが如し。古賢の云く「枝葉を生長せしめんと欲せば、其の根本を堅くせよ。流水を絶えざらんと欲せば、其の源の深きを願へ」云云。止の一に云く「流れをみて源を尋ね、香りを聞いて根を討ちぬ」。弘の一に云く「今の止観像末に興することは流れの如く香りの如し。金口の梵音は根の如く源の如し」。本寺を忘るる門弟等は、何事をつとむと云へども徒事なるべし。是れ逆路伽耶陀の者にして皆悪道に堕つべきなり。此の趣を以て刑部房等其の外の人々を御教訓あるべく候。恐々謹言。/ 弘安五年〈壬午〉九月二十一日  日蓮花押/ 最蓮御房御返事
◆ 法華和讃 〔C9・弘安五年〕/ 帰命妙法蓮華経      一部八巻四七品/ 迹門本門二つにて     序正流通分かちたり/ 大恩教主釈尊の      五十余年の説法に/ 法華は出世の本懐と    顕はし説くこそ目出たれ/ 多宝如来無上尊      在々世々に証明し/ 其の塔荘厳あらたにて   眼に雲路交はれり/ 衆宝瓔珞露をたれ     幡蓋風にひるがへる/ 多摩羅跋香充満し     喜見城には花ぞふる/ 七宝塔の橋の下      二世尊の御前にて/ 一乗究竟の旨をきき    三徳秘蔵の教をうく/ 隔歴三諦麁法なり     四十余年異の方便/ 円融三諦妙法なり     法華真実とこそ聞け/ 一代五時の其の中に    一乗法華貴くて/ 八万宝蔵にも勝れ     已今当にも超過せり/ 況や本門寿量の     無数成道をとく事は/ 一部の内にも猶秘して   一会の衆にもはばかれり/ 上行等の菩薩の      従地涌出せし時を/ 補処の智恵にはほこりける 弥勒だにも知らざりき
千界塵数の菩薩の     曠劫修行年久し/ 其の子頭らの雪をつみ   其の父よはひさかんなり/ 百界千如万法       即空即仮即中/ 三諦不思議の徳ありと   説けるを妙法とは名づく/ 妙法更に外になし     我等の一心とこそ聞け/ 心・仏・衆生は一つなる   円頓法華の妙理なり/ 万法一如と明かすにぞ   善悪更に二つなき/ 諸法実相と説くにこそ   十界共に一理なれ/ 阿鼻の依正の苦しみにも  毘盧の身土の楽しみにも/ 円融至極の法華には    無二無別と説かれたり/ 然れば提婆が悪逆も    天王如来となるときく/ 竜女が五障の罪業も    即身成仏するとみる/ 開迹顕本本門に      久遠成道するにこそ/ 常在霊山事ふかき     釈迦は久成の如来たれ/ 在々処々の分身も     世々番々の成道も/ 釈尊一仏あはれみて    三世の化導益広し/ 一念信解の功徳は     五波羅蜜の行にこえ
展転五十の人も又     二乗の極果に勝れたり/ 実に法華の真文は     あふ事うる事かたくして/ 刹那も此の経きく人の   ひとりも仏にならぬなし/ 慈尊三会の暁は      五十六億はるかなり/ その程生死に輪廻して   仏前仏後の衆生は/ 一乗妙典たもたずば    争でか出離の道をえん/ 一度妙法きく人は     三悪道のおそれなし/ 大聖大慈大悲心      思へば涙もとどまらず/ 大慈大悲大恩徳      いつの劫にか報ずべき/ ねがはくは此の功徳を   普く自他にほどこして/ 十界百界もろともに    同じく仏道成就せん
◆ 読誦法華用心抄 〔C9・弘安五年〕/ 夫れ法華を読誦せん行者は、先づ須く朝に手を洗ひ口を漱ぎ、経を取る時に当に法界道場を観念すべし。諸仏現在して此に於て法を説きたまふ。経に云く「常に此に住して法を説く」、「我常に此に住す」云云。又云く「娑婆世界は其の地瑠璃にして坦然平正なり。閻浮檀金を以て八道を界へり」。又云く「当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり。諸仏此に於て阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此に於て法輪を転じ、諸仏此に於て般涅槃したまふ」と説き給へり。「豈に伽耶を離れて別に常寂を求めんや。寂光の外に別に娑婆有るに非ず」。此等の明文を以て当に法界道場を観察すべし。而して後に総願を発せよ。頌して云く「衆生無辺誓願度、煩悩無辺誓願断、法門無尽誓願知、無上菩提誓願証」。次に別願の頌に云く「願我生々見諸仏 世々恒聞法華経 恒修不退菩薩行 疾証無上大菩提」云云。次に開頌に云く「無上甚深微妙の法、百千万劫にも遭遇したてまつり難し。我今見聞して受持することを得たり。願はくは如来の第一義を解せん。然して後に此の念を発し、三界の長途には万行をもて資糧とし、生死の広海には智恵をもて船筏とす」と云へり。此の経は三有の海を渡るの船筏、菩提の道に入るの資糧なり。
世々生々の中にも是の法を聞くこと亦難し。「能く是の法を聴く者は是の人亦復難し」云云。我等幸ひに今値遇することを得たり。慇懃の志を以て読誦し、自他同じく無上菩提に至らしめんと発せよ。/ 次に経を読まん時は此の観を成せ。妙楽の釈に云く「法華一部は方寸に知んぬべし。一代の教門は刹那に便ち識る」云云。南岳大師、法華を修行することを教へて云く「菩薩、法華を学するに二種の行を具足す。一には有相行、二には無相行なり。無相安楽行は甚深妙禅定にして、六情根を観察す。有相安楽行は此れは勧発品に依る。散心に法華を誦し禅三昧に入らず、坐立行一心に法華の文字を念ぜよ。行若し成就すれば即ち普賢の身を見る」云云。但し此の釈は且く意得べきか。正しく此の経を見奉るとき、即ち釈迦牟尼仏・分身の諸仏及び多宝仏を見奉るなり。亦過去・現在・未来の諸仏、権実の法、十方の衆僧を見るなり。此の経は三法一体の故なり。問うて曰く、何等の故に然るや。天台大師云く「一々文々是れ真仏なり、真仏法を説いて衆生を利したまふ」と云へり。此の経は文字即解脱なり。即応身なり。故に此の経を見奉れば、即一切の三宝を見奉るなり。一字を読み奉れば、諸字を読誦し奉るなり。一品を読み奉れば、諸品を読み奉るなり。一巻を読み奉れば、一部を読み奉るに当たるなり。
初めの一字に諸字の功徳を具し、初めの一品に後の諸品の功徳を具し、初めの一巻に後の一部の功徳を具するなり。初中後の功徳具足し奉るか。/ 此の経には十界互具の旨を明かす。十如と云ふは諸法、諸法とは十界なり。十界とは、所謂 一には地獄、二には餓鬼、三には畜生、四には修羅、五には人、六には天、七には声聞、八には縁覚、九には菩薩、十には仏界なり。此の十界は衆生の一念の心より出生す。是れを随縁真如と云ふ。亦変造の十界なり。本より心性本有の十界にして、常住不変なるを不変真如と云ふなり。此の真如は心と性と相即して有り。不思議の心性随縁真如、縁に随ひて変造して十界を作り出だすと云ふは、我等が邪見の心は地獄を感じ、慳貪の心は餓鬼を感じ、愚痴の心は畜生を感じ、怨念の心は修羅を感じ、五戒の心は人を感じ、十善の心は天を感じ、四諦の心は声聞を感じ、十二因縁の心は縁覚を感じ、六度の心は菩薩を感じ、善悪不二の心は仏を感ず。是の如く一つの縁に随ひて其の生を引き、其の報を受くるなり。是の一心の中に十界ある事を知らず、心の外に十界ありと思ふ時、十界に迷ひて、厭ふ所、欣ぶ所あり。九界の生死を廻りて成仏の期を知らず。
然るに今此の諸法の十界は、但一心の内の差別にして、而も無差別不思議なり。然れば天台大師は「適(たまたま)其れ有りと言はんとすれば色質を見ず。適其れ無しと言はんとすれば復慮想を起こす。有無を以て思度すべからず」と釈し給へり。此の心の法体を悟れば、実相法身の体、常住不変の心、三世常住にして清浄なり。一心の内なる十界皆実相なるを諸法実相とは謂ふなり。故に此の経の妙は当位即妙と読めり。当位と云ふは、若しは地獄、若しは餓鬼、若しは畜生とも、一心が十界と成る心の外に一物も無し。此の心を三世常住の法・報・応の三身即一の仏ぞと説き聞かする時、餓鬼・畜生の形体一も改めず、我が身心は法身なりと知り定めて、我が心の外に妙覚究竟の仏なしとしるを、当位即妙不改本位と云ふなり。故に十如を諸法実相と読誦するなり。/ 十如と云ふは十法界なり。十法界と云ふは我が色心の二法、一体相即の上に具足せるを十種の不思議と謂ふ。如是相と云ふは、我が形を云ふなり。此れを応身如来と謂ひ、又解脱と云ひ、又仮諦とも云ふなり。如是性とは、我が心性を云ふなり。此れを報身如来と云ひ、又空諦とも云ふなり。如是体と云ふは、我が身体と謂ふなり。此れを法身如来と云ふなり。又実相中道本有本覚とも云ふなり。
此の三如是は、我が内心と外色と一体相即して、色心不二の一身の上の三徳にして、三身即一の仏なり。残りの七如是は開出したれども、此の三如是より十如是を建て畢りて本末究竟等と説く。十如是は十法界只我が一身の上にして、不遠不近・不前不後・不並不別・不来不去不思議なるを諸法実相と曰ふなり。此の経を読誦して即身成仏すと言ふは、只此の意を得る人を謂ふなり云云。/ 然れば一字を読む時も、一部を読みたてまつる念をなせ。一々の文字は即ち互ひに諸字を含す、諸字一法なる故に。諸字一字を離れず、一心諸法なるが故に。是の如く分明に観念すれば、即ち一心法界、法界一心の三道と悟る。譬へば阿鼻の依正は全く極聖の自身に処し、毘盧の身土は凡下の一念を逾えざる故なり。是れを以て此の経は「平等一如にして環の端なきが如し」と釈し給へり云云。又当に観念すべし。口を開き経を読む時には、正しく行理を具す故に、文字変じて仏と成り、十方に周遍して利益を成し、機に随ひて法を説く。文字亦釈尊と顕はれ此の経を説く。衆生の根性不同なれば、一乗の法を思惟して暫く分かちて三と説く。経に云く「一仏乗に於て分別して三と説く」云云。其の三とは、頓・漸・円の三教なり。頓とは華厳、漸とは阿含・方等・般若・涅槃なり。
故に法華より外は皆頓漸の二法なり。此の二は真実に非ず。これに依りて法華より外は不成仏の教法なり。経に云く「十方仏土の中には唯一乗の法のみ有り、二も無く亦三も無し。仏の方便の説を除く」云云。此の法の外は皆方便の説なり。方便の権教を以て実と為し法華を読むと云はん人は、仏の教に迷ひ、三世諸仏の所説に背きたてまつるなり。心法より外に仏を求めば、終に得ること能はず。実相に背く故に。塵点劫にも成仏の道を失ふ故に。前三教は有教無人なり、無明を断じ中道を証すと云ふ故に。煩悩を断ずれば菩提を断ず、相即の故に。悪業を断ずれば解脱を失ひ、生死を厭へば涅槃を断ず。無明を断じて中道を証すと云ふは、暫く権教方便の一途なり。故に頓漸の諸経には、悪人・女人・畜生・敗種の二乗、此の五人は仏器に非ずと説き給へり。然るに今の経に始めて皆成仏道と説いて一人も残さず。故に経に「如我昔所願 今者已満足 化一切衆生 皆令入仏道」云云。止観に云く「無量劫より来(このか)た痴惑に覆はれて、無明即ち是れ明なりと知らず。今これを開覚す、故に大意と言ふ。既に無明即ち是れ明と知れば復流動せず、是れを名づけて止と為す。朗然として大静なり、これを呼びて観と為す」云云。
妙楽大師、此の文を受けて重ねて釈して云く「復、偏小の涅槃を求めざるを流動せずと名づく。復更に三惑の為に染められざるを名づけて大静と為す」云云。/ 是の如く文釈を心得て此の経を読誦せば、文字の般若・法身の仏、立ち所に出現し、亦彼の仏我が所に来至して、常に我を教戒したまはん。経に云く「其の人の前に現ぜん。其の人若し法華経に於て一句一偈を忘失する所有らば、我当にこれを教へて与共(とも)に読誦して還りて通利せしむ」と説き給ふ。同じく亦釈尊、我が身を照らしたまひて、無始の生死の罪障を消滅せしむ。経に云く「我、爾の時に為に清浄光明の身を現ぜん、若し章句を忘失せば為に説いて通利せしむ」云云。経の文字、衆生を利益すること亦是の如し。又彼の仏を念ずれば、我が命終の時に、我が所に来たりて引導して兜率天の内院に往詣せしめたまふ。経に云く「是の人命終し、当に利天上に生ずべし。是の時に八万四千の天女、衆の妓楽を作す」云云。又云く「是の人命終して千仏の為に手を授けて、恐怖せずして悪趣に堕ちざらしめ、即ち兜率天上の弥勒菩薩の所に往く。弥勒菩薩三十二相有り。大菩薩衆に共に囲繞せられ、百千万億の天女眷属有りて、而も中に於て生ぜん」と説き給へり。
是等の明文、誰か疑惑を生ぜんや。只須く仰ぎて信じ、後の悪世に於て広く流布せしむべきなり。/ 次に経を思量する時に此の観を成せ。十方法界に遍満したまへる諸仏悉く変じて一体と成り、心内身中に入りて光を放ち、法界を照らしたまふ。時に我が身即ち明浄なれば汚穢無し。我が身即ち浄瑠璃の如くして宝月を含む。此の身を見るに即ち仏なり。経に云く「仏の荘厳を以て而も自ら荘厳するなり」と説きたまふ。此の経を読む人は六根清浄にして寿命を増す、神通力有るが故なり。然るに此の身の外に仏無し。善悪不二、邪正一如の故に悪業即ち解脱なり。故に法界の衆生に差別の念を成すべからず。法界無差別にして、衆生皆悉く我が心中に納まる。法界一心なる故に此の如く観念して、自他彼此の念なく、仏衆一体不二、不生不滅、不来不去の心なれば、一如平等性と成る。此れを平等大会一乗妙法蓮華経と名づく。/ 次に正しく経を読み畢らん時に回向を成すべし。頌して云く、一句も神に染めぬれば咸く彼岸を資け、思惟し修習すれば永く舟航と作る。随喜見聞すれば恒に主伴と為る。若しは取、若しは捨、耳に経ては縁と成る。或は順じ或は違するも、終に斯れに因りて脱す。
願はくは解脱の日、依報・正報常に妙経を宣べ、一刹・一塵利物に非ざること無し。惟願はくは、諸仏冥に加被を薫じ、一切の菩薩密かに威霊を借したまへ。在々未だ説かず、皆勧請を為す。凡そ有らゆる説処には親り承け供養せん。一句一偈菩提を増進し、一色一香永く退転すること無けん。若(しか)く思惟し此の如く経を読まば、即ち決定して成仏すべし。縦ひ文々句々、斯の如く観念を成ぜずとも、一品の内に一両度、一巻の内に四五度、乃至一部の内に三度用心して思惟せば、無上菩提の果に至らざること無し。持経者は用心回向の文を以て机の傍に置き、常に開きて見るべし。努々(ゆめゆめ)懈怠の心を以て忘ること勿れ。/ 観恵無き者は全く成仏の近因に非ざるなり。観念無くして経を読む者を、伝教大師呵して云く「但読まん者は蝦蟆の鳴くが如し、但礼拝せん者は木人の踊るが如し」と云へり。然るに普賢経に云く「諸仏を見たてまつると雖も、猶未だ了々ならず、目を閉じれば即ち見え、目を開けば即ち失ふ」と説けり。観念無くして経を読みて仏を見んと思ふは、磚を磨きて鏡と作して面を見んと欲するが如し。観無くして経を読む人は、足有りて眼無きが如し。亦盲目の杖無くして闇処に迷ふに似たり。
偏に観を作して経を読まざる人は、眼明にして足無く、腰居して隣の宝を算ふが如し。「智目行足到清涼池」と云へり。定恵兼帯して読誦すべきものなり。定恵兼帯とは、一代を極めて禅定を得るに非ず。読誦の日、懺悔の心を致すなり。文に云く「衆罪は霜露の如く、恵日能く消除す。是の故に応に至心に六情根を懺悔すべし」と云へり。此の文能く能く意得て経を読誦すべきなり。/ 日蓮花押
◆ 日蓮一期弘法付属書 〔C8・弘安五年九月・日興〕/ 日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興にこれを付属す。本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と云ふは是れなり。就中 我が門弟等此の状を守るべきなり。/ 弘安五年〈壬午〉九月 日  日蓮花押/ 血脈の次第 日蓮日興
◆ 日朗御譲状 〔C9・弘安五年一〇月三日・日朗〕/ 譲り与ふる 南無妙法蓮華経 末法相応一閻浮提第一の立像釈迦仏一体 立正安国論一巻 御免状右、妙法流布一切利益の為に、法華経中の一切の功徳に於ては、大国阿闍梨に与ふる所なり。尽未来際に至るまで、仏法の為に身命を捨てて一心に妙法を弘通すべきものなり。夫れ迹本広しと雖も妙法の五字を出でず。昔の迹は今の本なり。広略要の中に、要が中の要を取りて、一閻浮提に弘通せしむべし。肝心の要を撰ぶと雖も、豈に広略を捨てんや。迹門実相の説は、是れ久成の本なり。寿量の遠本は迹に依りて顕はるるなり。今此の迹本二門は共に皆迹仏の説なり。迹に本無くんば、本を顕はすことを得じ。本に迹無くんば、何に依りて迹を垂れん。本迹殊なりと雖も不思議一なり。是れ此の経一部の正意なり。亦是れ如来第一の実説なり。釈尊一代の深理も亦日蓮一期の功徳も、残る所無く悉く日朗に付属する所なり。寿量品に云く「我本立誓願、乃至、皆令入仏道」、「毎自作是念、乃至、速成就仏身」。/ 弘安五年十月三日  日蓮花押
◆ 万法一如抄 〔C9・不明〕/ 万法一如に付きて反問して云く、抑 万法一如とは万法即一々に如なりと云ふ事か、将又万法一に帰して如なりと云ふ事か、とこれを尋ぬべし。次に万法一如とは法華の万法一如か、余教の万法一如かとこれを問ふべし。問ひに付きて、若し万法即一々に如なりと云はば、さては万法と云ふ法体の教は候など問ふべし。若し有りと云はば、さては如と云ふは一味不異の義なり。何の万法の教有りと候や。全く如の義成せずと云ふべし。若し又法体教無しと云はば、さては何を以て万法即一々に如なりと云はるるや。又善法も悪法も共に如なりと云はば、世間の事法も、出世間の理法も皆以て如なるべし。悪法を好み行ずる者を見て何ぞ強ちに是れを禁じ、善法を修する者を見て何ぞ強ちに是れを賞せんや。何となれば悪も即如なり、善も即如なるが故なり 如何。縦ひ夜打ち・殺盗等并びに身三・口四・意三等の悪不善の業体を願ひ行ずとも、全く制限あるべからず。いかんとなれば、皆万法一如一味不異の法にして、同じく心性真如の一理ならん上は、随って念仏・戒・真言・坐禅等を無得道無間の業なりともこれを斥ふべからず。又皆権教は是れ未顕真実の法なり、成仏すべからず、法華は即身成仏の道なりと、教化せんをも疑難を加ふべからず。
いかんとなれば善しと云ふも悪しと云ふも、即ち皆是れ一々に万法は一如の法なるが故なりと返詰すべきなり。/ 次に万法は一の如に帰して心性真如の法なりと云はば、これに付きて又尋ぬべき様は、夫れ心性真如と云はば、万法の色心共に一の如に帰すれば寂静湛然として無分別無覚了の心なり。ここもとに本付けせざる程は有分別・有覚了の心なり。此の有分別・有覚了の心を随縁真如と名づけ、無分別・無覚了の心寂静湛然なる所をば不変真如と名づくるなり。譬へば人のねいりたるが然も夢も見ず、さればとておどろきたる者にてもなし。さすがにいきたれば其の身あたたかにして死せる者には非ざるが如し。人一生の間ねぶりて他人の為に何の利益か有らん。又自身ねぶりても一生夢みざらんに何の徳かあらん。自他に付きて一分も利益無し。万法一如と云ひて、万法皆無念寂静の不変真如の一理に帰しなば、十界の名言も無からん、仏界の名言も無からん。無分別・無覚了にして自他因果共に如になりなば、期する所は何事の所詮ぞや。偏に是れ有情の一生のねぶりたらんか。自らも夢みず眠りたれば、他人の為にも無用にして、所詮もなきが如くならん。
無益とは一切の万法に於て思量分別せざるなり。無分別とは仏とも悟りとも云はざる処を云ふなり。諸教の所談の万法一如の法、同じく皆是の如し。/ 権教の習ひは随縁真如のあらき浪を静めて、不変真如の静かなる水となして、寂静湛然ならんと願し又求むるなり。是れを仏とも悟りとも云はんと談ずるなり。されば随縁真如の穢土をいとひ、不変真如の浄土を願ひ、或は随縁真如の父母果縛の有待の依身を捨てて、不変真如の心性真如の