学会員向け

池田先生「競争社会から協調社会へ」

100文字の幸福抄より

長寿社会とは

競争よりも協調が、効率よりもゆとり

物の豊かさよりも心の豊かさ

求められる時代である






高齢化が進めば、フルタイムで働ける人は減り、福祉のお世話になる人は増え続けます。

事実上の社会主義化は避けられません。

今回のコロナでも、自由経済は世界中でストップし、各国政府が国民生活に責任を持ちました。

「自由競争・自己責任では人類を守れない」ことが証明されたのです。

人間のために経済があるのであり、経済のために人間がいるのではないのです。

池田先生「仕事に全力を尽くせ」

師弟の大城より



仕事で勝っていくことが即、仏法の勝負の証となる。



「この仕事で世界一の自分にさせてください」

「世界一の職場にさせてください」

「世界一の会社にさせてください」

と大きく強く祈ることです。



私もそうしてきました。

世界一の仕事をするのだ。世界一の戸田先生を仕事で宣揚してみせるのだと、私は祈り、働きました。



会社の大小や職場の環境で、自分の仕事や人生の勝ち負けは決まらない。

自分の一念で決まるのです。







「学会活動さえしっかりやっていれば仕事も自動的に成功する」

これは、男子部員に最も流行っている「迷信」です。

むしろ、仕事においても厳しい魔が起こると考えるべきです。

実際、戸田先生は何度も事業に行き詰まり、そのたびに立ち上がってきました。

そこに自らの人間革命があり、また職場の宿命転換があります。

もちろん、ブラック企業で我慢して頑張り続ける必要はありません。それでは心身を壊してしまいます。

ただし、あなたの宿命(職業選択の基準)がそのままなら、転職先でも同じような悩みに直面するはずです。

とりわけ、今はコロナで社会が大混乱しています。目先の利益にとらわれず、じっくり自らの宿命に向き合いましょう。







御みやづかいを法華経とをぼしめせ

御書1295頁



池田先生「自分の感性を信じよ」






人生の座標より

本当に自分が感動し、讃嘆できるものが一流の芸術です。

「皆がいいというから」「皆が悪いというから」というだけで追随していたら、肝心かなめの自分自身の心が死んでしまう。




芸術も料理と同じで、それぞれに好みがあります。

人に合わせても意味がありません。

たとえ子どもの落書きであろうと、あなたがそれを芸術だと感じるのなら、それは芸術です。

芸術は学ぶものではなく、食事と同様、あくまで「感じる」「楽しむ」ものなのです。





池田先生「変化こそが伝統」

大白蓮華2021/7 31頁より

広宣流布の勝利の伝統というのは、同じことを繰り返しているだけでは、守ることも、創ることもできません。

時代も、社会も、大きく変わっていくからです。

常に創意工夫を重ね、新しい挑戦を続け、勝ち抜いていってこそ、それが伝統になるんです。






10年前に先輩に教わったやり方を、そのまま繰り返すだけだったら、あなたは10年時代遅れということになります

10年前には、LINEもインスタもありませんでした。日常生活そのものが様変わりしています。

特に青年が、変化をリードしていかなくてはいけません。壮婦の支持を待っていてはいけません。

ただし、それは自分の好き勝手にやればいいということではありません。基本はあくまで「師」です。

新しいことを始めようとすると、つい自分が師匠、自分が本尊と勘違いしがちです。

弟子はあくまで師の応用展開なのだから、いかなる戦いであっても、必ず師の教えと照らし合わせることを忘れてはならないのです。




池田先生「出勤は余裕をもって」

青年抄より

私は、朝は、定刻の一時間前くらいには出社して、机や椅子を掃除することにしていた。

誰から言われたことでもないのであるが、社会人としての第一歩を踏み出したということで、大いに張り切っていたからなのだろう。





朝はギリギリまで寝ていたいのが人情ですが笑、ギリギリの出勤だと時間にも余裕がなく、少しトラブルがあるとすぐ遅刻になってしまいます。

早めに出勤して机でもふいていれば、ちょうどいいウォーミングアップにもなり、始業からトップギアでスタートできます。

日々の勤行においても、お題目の前にあえて釈迦の法華経を読むのは、ウォーミングアップの意味があります。

何事も、ピークに持っていくには準備が必要です。仏法即生活法なのです。


池田先生「同情ではなく理解せよ」

女性に贈ることば365日より

大切なことは、相手に同情する(あわれむ)ことではなくて、分かってあげることです。

理解することです。





「正しく理解する」

これほど大切なことはありません。

病院に行って、症状を説明し、医者に同情してもらっただけでは、患者にとって何の救いにもなりません。

患者が求めているのは、症状を正しく理解してもらった上で、具体的な治療を受けることです。

同情で悩みは解決しません。

部員さんの抱える悩みは千差万別です。話もろくに聞かず、一方的に指導するだけでは、幹部の資格はありません。

中には、大事な話を覚えていない幹部もいますから、始末に負えません。

特に「祈りが足りない」という指導は、部員さんをバカにしています。悩みの当事者が、死に物狂いで祈っていないわけがありません。

何もできないのであれば、せめて「私からも題目を送ります」と言うほうがよほどマシでしょう。



池田先生「女性は女性らしく」






こころに響く言葉より

女性解放運動は男女の人間的な価値の平等と、社会に進出する機会の平等とに立脚すべきであり、女性が男性化することにその目標が置かれるべきではないと思う。

それは女性の人間としての価値を損ずることであるとさえいえよう。






長い髪やスカートを捨てることが、男女平等ではありません。

もちろん、男性がスカートを履くことが男女平等でもありません笑

男女の差異を否定するのは全体主義であり、個性を無視する画一主義です。

そうではなく「女性らしさ」と「男性らしさ」の価値を平等に認めることが、真の男女平等です。

女性が男性化されるのではなく、男女ともに中性化されるのでもなく、女性は女性らしく、男性は男性らしく生きられるのが仏国土です。

決して伝統的な「おしとやかさ」や「奥ゆかしさ」などが否定されてはいけません。

女性に雄々しさ、猛々しさを強いるようなことがあってはならないでしょう。





沖縄広布の礎を築いた一人の折伏女王






湖城登美は1920年、那覇の大地主の家に生まれ、一族の神子(巫女)として育てられました。

様々な事業を手がけましたが、知人の保証人を引き受けたため、当時で22万ドルもの負債を抱えてしまいます。

息子の色弱にも悩み、45歳の時、先祖伝来の崇拝を捨てて日蓮大聖人に帰依します。まさに人間革命でした。

一族の神子がヤマトゥガミに入ってしまったので、周囲からは猛反対されましたが、90人近くに弘教し、コテージ経営で経済革命にも成功しました。

反戦出版「沖縄戦・母の祈り」にも、12頁に渡って手記を掲載しています。

組織では名護の婦人部長として長年貢献してきました。

折伏こそ学会の命です。青年たちは、このような本物の「開拓の闘士」をお手本にしなければならないでしょう。




師匠も病と闘っていた







「人生の座標」より

今振り返ると、必ずしも健康に自信が持てなかったからこそ、限りある命の時を惜しみ、なすべきことを成し、いやなさねばならないことを自身に課して、今日まで、必死で前へ前へと進んでこられたのであろうと思う。





池田先生は若いころ肺を病んでいて、医師から「30歳まで生きられない」と言われたほどでした。

残された写真を見ても、かなり痩せていることが分かります。

肝心なのは、その病弱なお体のままで闘い抜き、学会の基盤を築かれた事実です。

祈りは奇跡を起こすのです。



確かに病気であればできることは限られてきますが、その中にあなたの使命が必ずあります。

まして、健康な青年が闘わないのは、怠慢でしかありません。

完全燃焼の闘いをやり抜いていきましょう!




元ホームレスが世界王者に!








フランシス・ガヌーは、カメルーンの貧しい家に生まれ、6歳の時に両親が離婚して親類に育てられました。

授業料が払えず、学校もろくに通うことができませんでした。

12歳から砂の採取場で働きはじめ、26歳の時にプロボクサーを志してヨーロッパに渡ります。

難民としての旅が、1年も続きました。文字通り、ごみ箱をあさることもあったそうです。

しかし、不法入国だったために収監され、その後はパリでホームレスになってしまいました。

半生を見る限り、ガヌーは世界のどこにでもいる、途上国出身の不遇な若者のひとりに過ぎませんでした。

しかし彼は、自らを見捨てませんでした。飛び込みでジムと交渉し、無料でトレーニングさせてもらう約束を取り付けます。

その後、総合格闘技ジムのオーナーに素質を見込まれて住居も探してもらい、ホームレス生活を脱しました。

アスリートとしては遅いスタートでしたが順調に白星を重ね、30歳を目前にして世界最高峰の格闘技団体UFCと契約。

強豪を次々と撃破し、34歳にして最強王者ミオシッチをKOで下し、見事世界ヘビー級王者となったのです。ホームレスとなってから、8年後の事でした。

青年の可能性は、無限大です。決して、一時的な挫折で将来を悲観してはいけません。

かのディズニーもエジソンも、青年時代にホームレスを経験しています。しかしそれは人生の終わりではなく、世界を変える偉大なキャリアの始まりだったのです。

今、この瞬間が久遠元初です。時間は未来だけに向かって突き進んでいきます。過去など関係ありません。

また、大人たちは不遇な青年への助力を惜しんではならないでしょう。






これまで一度たりとも自分の過去を恥じたことなどない。

同時によく分かっているんだ。多くの人が自分が経験したのと同じような苦境にいて、つらい思いをしていて、世の中の最低水準に達しない幼少時代を送っている。


人生がフェアじゃないのは、君のせいじゃないんだ。

時として君は、このフェアじゃない人生を“自分がいけないんじゃないか”って思う時があると思う。でもそうじゃない。 子ども時代に叶わないいろんなこと、たとえばあるスカラシップ(奨学金制度)に応募して落選したからといって、それは君のせいじゃない。

そこは両親がきちんとチャンスを与えられないことが問題なのであって、君に責任はない。

履く靴がない、それは君のせいじゃない。ペンだとか、いろんなものを持ってない、それも君のせいじゃない。

とにかく今の自分にできるベストを尽くして行動するしかない。



(2021/3/27世界王座獲得インタビューより)





こうした偉大な青年を日本のメディアがほとんど取り上げないのは、あまりにも残念です。