2021年 6月 の投稿一覧

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勝者と敗者の明暗を分けるもの

正義の女神と天秤

 

聖人御難事p1191

としどし・月月・日日に申して候へどもなごへの尼せう房・のと房・三位房なんどのやうに候、をくびやう物をぼへず・よくふかく・うたがい多き者どもは・ぬれるうるしに水をかけそらをきりたるやうに候ぞ。

 

全国代表協議会でのスピーチ 2006-2-28

◆悪の根を断て
大聖人は、門下のなかで、大聖人を裏切り、退転していった者の特徴について、こう仰せである。「臆病で、教えたことをすぐ忘れ、欲が深く、疑いが多い」(御書1191㌻、通解)と。

また、こうも言われている。「能登房は、現実に味方であったが、世間の恐ろしさといい、欲深さといい、日蓮を捨てただけでなく、敵となったのである」(同1225㌻、通解) 現代も、方程式は、まったく同じである。

見栄ばかりで、本当の信心を貫く勇気がない。そして、学会を利用するだけ利用して偉くなるや、慢心を起こして、学会と同志を見下す。純粋な信心を失って、最後は退転し、反逆する ── そういう醜い忘恩の輩がこれまでもいた。その本性は、「臆病」であり、「愚か」であり、「貪欲」であり、「不信」である。

こうした人間をのさばらせては、真面目な同志が、かわいそうである。広布の邪魔になるだけである。 ゆえに、正義の声で徹して糾弾(きゅうだん)し、責めて責めて責め抜いて、その悪の根を断ち切っていかねばならない。

 

私の一考察

 

(1)「これだけ信心に頑張ったけれど、こんなに不幸になりました」

(2)「これだけ信心に頑張ったら、こんなに幸せになりました」

 

(1)と(2)は一見して明らかなように180度違う。(1)は信心における負け犬の思考が端的に見てとれる。それは、臆病・物おぼえず・欲深く・疑い多き怯懦(きょうだ)な人間なのであり、魔の軍門に降(くだ)った者に過ぎない。

もちろん、誰しも人間革命の途上であるから、宿命と戦う様々な姿があるのは当然である。ならば、理想形とも言える(2)に加えて、その一つ手前の姿、すなわち次の(3)ように言い切れる人こそ、本当に信心強盛な人と言えよう。

 

(3)「悩みの連続ですが決して負けません。必ず信心根本に勝利してみせます」

 

ここで、次のような釈尊の有名な言葉を紹介したい。(中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』から)

 

103 戦場において百万人に勝つよりも、唯だ一つの自己に克つ者こそ、じつに最上の勝利者である。

104 自己にうち克つことは、他の人々に勝つことよりもすぐれている。つねに行ないをつつしみ、自己をととのえている人、―このような人の克ち得た勝利を敗北に転ずることは、神も、ガンダルヴァ(天の伎楽神)も、悪魔も、梵天もなすことができない。

 

自己に克つ者とは、己心の魔に打ち勝つ者である。日蓮大聖人から唯一、創価三代の会長に受け継がれた、障魔に打ち勝つ信心を、常に漲らせながら弛まず前進していきたい。

 

 

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曇ったメガネで見れば曇った世界

☆幸せの正体ってなに? 私の所有するメガネ(3種類)の写真を以下に添付します。 写真解説「近視用のメガネ二種類と拡大鏡(ハズキルーペ)の写真です」 世の中、ビックリするような凄惨な事件がニュースになりますね。 地獄はどこにある、天国はどこにあるのでしょう。 あの世でしょうか。いいえ、この世ですよね。 身内を刃物で刺したり、運転操作ミスで人を殺したり・・ 殺される方も地獄ですが、殺した...

学生部結成記念日

6/30
今日の一面

きょう 学生部結成記念日
英知の友が対話拡大に先駆

もう、拡大の時代ではない事に気付きましょう。
質を重視しましょうよ。
ウソをつかない。とか。
そういう質を…。

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2021年 7月号 大白蓮華

実は私 ここにいたんです 写真の方ではなく 幹部会に!(^^)!中学1年生でした年がばれる(笑)もう すでに 知ってるよね🎵 先生はこの時も とても忙しく 夜の勤行をしてくれて 特別な指導はなかった記憶があります 先生が退場する時 一人の高齢の壮年部さんが 先生の元に駆け寄り 二人で仲良く何か話しながら退場したような記憶があります私は ただ 指をくわえて見てただけ

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老いと病に命のはかなさを知る(消す記事)

☆いつまで生きられるのか. 介護施設に勤務していると、人はなかなか死ぬものではない という感覚になるものである。皆、高齢者であり、 中には70代もいるけれど、90代も多く 100歳を越えてしっかりとされている人もいる。 しかし、周辺の知人、友人に早く病にかかり、 死ぬ人、死ぬかも知れない人がいる。 その悲しい知らせを聞くと現実を悟らざるを得ない。 先日、Aさんが癌の進行が確認され入院...

基礎教学としての『一代五時鶏図』




いつもみなさん、ありがとうございます。



さて日蓮が生きていた当時、信徒たちの組織としては「大師講」というものが運営されていました。行われていたのは毎月24日、天台智顗の命日でして、対象は文字の読める弟子たちや武家たちでした。



「大師講について」



大師講の内容は、『一代五時鶏図』等の教判を示し、権実相対、法華最第一を講義する内容だったと考えられます。実際、複数の真蹟が現存する『一代五時鶏図』は、日蓮の講義の形跡を残しているものもあり、当時の日蓮門下教導の基礎教学的な位置付けを有していました。



「『一代五時図』のこと」



この『一代五時鶏図』は日蓮の講義の様子を彷彿とさせる史料と言ってよく、弟子たちも『一代五時鶏図』を模した文書を作成しています。また一部には日蓮自身が真言を方等部に配するなど、天台智顗の教判を日蓮なりに思索・検討し、乗り越えようとする部分も見られ、日蓮本人が智顗・湛然の天台教学を自分なりに咀嚼しようとする、生々しい思索の跡を伺うこともできます。



ところが、この『一代五時鶏図』は、現在の創価学会では全く省みられていません。



試しに創価学会員や法華講員の活動家さんに、『一代五時鶏図』の存在を聞いてみると良いでしょう。ほぼ100%、ほぼ全員が「知らない」「聞いたこともない」と首を横に振ることと思います。



日蓮の正統な後継を自称し、他宗派を批判している教団信徒が、日蓮存命中の信徒組織「大師講」のことも知らず、信徒に向けて基礎教学として講義されていた『一代五時鶏図』等のことも知らないなら、そもそも日蓮の基礎教学とは何なのかということになってくるのではないでしょうか。
気になって創価学会の近年の任用試験の範囲を調べてみたのですが、2016年、2017年、2018年度の任用試験では、試験範囲に「五重相対」が含まれていません。このことは調べてみて驚きでした。



日蓮における教判は、天台智顗説の五時八教を基本とし、それをどう解釈するのかということでしょう。まして大石寺系教義によるなら、大石寺26世日寛説の三重秘伝を大石寺系教義の独自性と捉えてきた筈です。
ところがそれが全くない。過去に学ばれていた筈の「五重相対」も「宗教の五綱」も任用試験範囲ではきれいさっぱり消えている。
創価学会信徒は『一代五時鶏図』が御書に載っているにも関わらず、その存在さえ知らない。読んだことも見たことも聞いたこともない人が大多数です。



果たしてこれで日蓮門流と言えるのでしょうか。
今年の11月に、創価学会は新版の日蓮御書全集を発刊予定だそうですが、もしかしたら『一代五時鶏図』等はきれいさっぱり遺文集から削除するのかもしれませんね。読みもしないものを載せても仕方がないですから。