2020年 11月 の投稿一覧

仏法に無量の門あり







読者の皆さん、いつもありがとうございます。


さて、私はすでに日蓮から離れ、龍樹や親鸞等の念仏思想を学ぶ者なのですが、龍樹の『十住毘婆沙論』の易行品に次のような一節があります。



「仏法に無量の門あり。世間の道に難あり、易あり、陸道の歩行は則ち苦しく、水道の乗船は則ち楽しきが如し。菩薩の道もまたかくの如し、あるいは勤行精進のものあり、あるいは、信方便の易行をもって、疾く阿惟越致に至るものあり。」



ところで、仏教研究者として知られる細川巌氏は、著作『龍樹の仏教』において、次のような不思議な説明をしています。



「難行道に対して易行道があって、難行道の実行できない愚者が、代りに易行道を行ずるというのではない。人間われらにおける唯一の道がついに易行道である。したがって、もし難易ということばを用いるのであれば、難に対して易があるのではなく、易にいたるまでの道程を難というのである。易行道にゆきつくまでが、難行道という過程である。人は努力し精進しながら、しかも前進せず、かえって退きすべり落ちてゆく、つまり行きつ戻りつである。その道程が難行であって、この難行道のはてに、ついにいたりつくところが易行の一門である。難行道と易行道とが平行して並んであるのではなく、易行道にいたるまでが難行である。したがって、難行道なくして易行道は展開されない。
このように、難易二道を思うとき、真の仏法の展開は易行道において始まるのであって、難行道は、その入り口をいうものであることがわかる。そのとき、さきの『仏法に無量の門あり』という龍樹のことばは、あらゆる道が易行道に通じていること、すなわち、創価学会立正佼成会も、はたまた他の宗教も、あらゆる科学までも、それらはすべて真の仏法への入口の役割をするものであると見ることができる。私はこのように受けとめて『仏法に無量の門あり』ということばに、広大な意味を感ずる。」
(細川巌『龍樹の仏教』158〜159ページ、ちくま学芸文庫、2011年)



ここで不思議なのは、細川巌氏が「創価学会」や「立正佼成会」のような他の宗教も、易行道にいたるための道程として、難行道の一つとして認めているということです。
つまり浄土真宗の教えにあっては、迷いながら他の教えを求めて彷徨う時間もまた、仏道を求める道として認めていく、そして最後に易行道に至るという考えから龍樹の「仏法に無量の門あり」という一文を解釈しているということです。



翻ってみて、創価学会日蓮正宗、また顕正会のような大石寺系教団はどうでしょう。
自分たちのように考えないものを勝手に邪義邪宗と決めつける。正統な血脈が通うのは自分たちの教団だけだと強調し、他の教団にいるものには仏罰を説いて脅かす。
浄土真宗や龍樹の教えと比べて、なんと偏屈な、自己中心的な教えだろうと呆れるばかりです。


龍樹の『十住毘婆沙論』における易行品の真意は、仏道を求めて迷う衆生のさまざまな道程をも、それらが易行道にいたるための「無量の門」の一つとして認めることにあります。そこには他宗を"邪宗"などと呼ぶような狭量さはありません。
私のこれまでの創価学会での罪深い人生もまた易行道に行き着くための難行道であったのかとこれを読んで心から溜飲が降りる思いがしました。


宗教は何かという問いに答えられるほど私は賢明な人間ではありません。が、宗教は少なくとも人の心に救いをもたらすものであって、人の心に恐怖を与えたり、人の心を縛りつけるものではないはずです。














小市民論とアドラー心理学にある劇薬性

 小市民という言葉は決して良い意味の言葉ではない。
 仏語からの翻訳語であるから、原語はPetite bourgeoisie(プチ・ブルジョア)である。要するに、基本的には農業主や工場主といったような生産手段を持たない市民階級をさすが、近代化にともない、医術、弁護術などといった能力を身につけ、それを生産手段とする階級のことである。現代日本ではかなりの人びとが、この小市民階級であるといっていだろう。

 一面には、これは恵まれた状況といえる。しかし他方ではそれゆに問題を孕んでいる部分がある。つまり、小市民的心理というのは、自分と自分の周囲半径数メートルの人びとが幸福ならそれでいいという思想を生みだすからだ。

 そのような問題を鋭く抉った作品に、片渕須直さんが監督された『この世界の片隅に』がある。

 全編アニメーションの映画だが、その描き方が露骨でないため、悪い意味での小市民感覚の人々の心を引きつけもする。しかし、片渕さんが本当に描きたかったのは、まず間違いなくそこではないだろう。私自身は作品を鑑賞していないが、そう確信して言える。

 詳しくはこの論考を読んで頂きたい。

 簡潔にいえば『この世界の片隅に』の主人公すずは、自分が戦争で片腕を無くした時だけ、感覚的に戦争に対して怒りをもつが、時間とともにそうした痛みを忘れ、戦後は自分と自分を囲う世界で、小市民的に生きたのだ。よりわかりやすく言うなら、結局のところ誰しも世の中がどんなに悲惨な方向に進んでいようと、自分の身に災難が降りかかるまで小市民的幸福だけを求めて、世間になどコミットしないがゆえに、世の中はどんどん悪くなる一方だということである。

 この悪しき小市民的態度は、現実生活の面いおいては、ある意味ではどうしようもないのかもしれないが、非常に重要な社会的問題でもあるのだろう。
 宮台真司さんなど、20年にわたってVideo News他で色々語ってきただけあって、この問題に潜む闇の深さを熟知しているのだろう。だから昨今の宮台さんは「日本はもっともっと悪くなって、多くの人が直接惨禍を味あわない限り変わらないなら、どんどん悪くなればいいんだよ」とさえ言っている。もっともな主張だと思う。
 『空気の研究』で知られる山本七平は言っている。日本が大きく変わったのは二度あった。幕末維新の時代、そしてあの戦争終結の時だと。その二回が二回とも外圧によって変わらざるを得なかったと山本は言う。つまり日本人のもつ「空気」というのは、自己変革ができないことを証てしると言えるのだ。宮台さんが「もっと悪くなればいい」と言う発言の底には、そのような日本人観があるのだ。当然『この世界の片隅に』にも、そのようなニュアンスのメッセージが秘められているのだ。

 別段、片淵さんとは知りあいでもなんでもない。しかし、過去20年以上前からつづく軍事研究のサイト「War Birds」で掲示板に書き込みをしている「片」というHNの方であることは、知っている。その真摯な人柄とか、軍事・戦争に対してきちんとした検証考証をされている人であることも知っている。だけに、片淵さんが、単なる反戦映画を作るなどとは考えようがないのである。

 そしてアドラー心理学、『嫌われる勇気』である。
 2013年12月に発売された本であるが、日本では今でも口コミなどで、多くの人が読んでいるベストセラーである。私も一読し、読後は非常な感動があったが、時間が経つにつれ著作のもつ劇薬性に気づいて、今は相当に辟易している。一番多く読者の心を掴んでいるワードは「課題の分離」であろう。つまり、他人の反応を気にしないで自分の人生を生きろということである。一面で、これは正しくもある。しかし他面では非常に危険である。利己主義を増長しかねないからだ。

 そもそも、アドラー心理学は「個人」心理学である。したがって、個人的な心の苦しみを癒す方法論としては優れた部分を多々にもつが、こと社会における人間関係のありかたとなると、多くの疑問を投げつけるものであるからだ。他にも問題になるワードがいくつもある。「トラウマは存在しない」とか云々。そもそも「目的論」という言葉も濫用され気味である。
 こうした問題を意識したのかしないのかは知らないが、続編である『幸せになる勇気』にある内容は、そうした利己主義を煽りかねない『嫌われる勇気』に対するカウンターの内容となっていることには注目してしかるべきだろう。よって『幸せになる勇気』では、『嫌われる勇気』に書かれていることと正反対、矛盾する内容が目につくのである。「共同体感覚」とか「わたし、ではなく、わたしたちに生きる」とか。『嫌われる勇気』でさんざん個人的に幸福になる目的を叫んでおきながら、『幸せになる勇気』では、社会的幸福を謳っているということである。

 ともあれ、こういったことはネットでは相当に批判されているので、知っている人は知っているのだろうが、いまだ読書メーターにあがってくる共読では『嫌われる勇気』が一番多く、その感想を見る限りは、かの著作にある劇薬性に気づいていない人が多いのも事実なのであろう。

 参考になる批判ページ その1

 参考になる批判ページ その2

 ここで語られている、ポパーの「反証可能性」は非常に重要なことなので、知っておいて損はないだろう。反証可能性のない理論は、つまりは妄信的、あるいは狂信的な信仰であるということだ。

 ともあれ、日本ではすぐに結果がでるような自己啓発本や実用書が人気である。
 哲学者であれば、ニーチェが人気であることからも、日本人が非常に功利的であることはわかる。
 もはやゲーテなどどこ吹く風。彼の著作など見向かれもしない。非暴力主義、革命否定、自然主義、漸進主義、とにかくゆっくりでいいから着実に良くしていこう。そういう感覚がどうやら日本人は苦手なのだろう。高度経済成長という幻影をいまだ引きずっているのが日本人なのだろう。

 哲学者、橋爪大三郎さんの日本人観もまた面白い。
 他人と接するときどうしますか? と問うと、諸外国の人はまず間違いなく「自己表現する」と答えるが、日本人は「何もしない」なのだとか。
 当然、自己表現すれば、軋轢が生じるし議論にもなろう、しかしそうなるからこそ妥協点を見つける努力が起こるわけだ。それが創造というものであろう。しかし日本人は「なにもしない」であるから、何も起こらないのである。で、相手は気味悪がりながらも、自己表現をするわけだ。そうすると、日本人は何か言いだす、と。相手からしたら迷惑であろう。こっちはこっちの都合でやったのに、その後になってあれこれいうのが日本人なのだから。だったら、先にお前も自己表現すればよかったじゃんとなるのは当然だろう。そんな状態で自国の利益をいいだすから、日本の外交がまともに機能するはずがないのである。政治的な地ならしもしない、人的に根回しもしない、それでいていきなり意見をいったり、この政策をやります、断固やりますとかやっていて、まともな政治や外交ができるわけがない。
 母国語の日本語もまともに使えないのに、憲法の条文など書けるわけがない。
 言うなれば、アドラー心理学の捻じ曲げ、とくに『嫌われる勇気』には、「なにもしない」人を育てる肥料になりえる劇薬性があるということだ。

#512 創価学会員を救いたい1・創価学会員を苦しめる創価学会の折伏・財務・選挙・機関紙セールス・創価班活動等々から創価学会員は解放されるべきである

1 折伏 今の創価学会で外部の人の折伏をしているのは男女学生部と婦人部・法華講員から創価学会に入れるのは壮婦男女がやっているが今やネタ切れ状態・男子部員が無理な折伏で人間関係崩壊・仕事崩壊・経済崩壊した事例が多数ある。2 財務・広布基金・広宣流布誓願勤行会 「広宣流布には金がかかる」「創価学会に広布基金や財務をすれば福運がつく」などといってほぼ強制的に創価学会員に多額の寄付させている・創価学会幹部クラスでは100万以上の納金が多数・矢野絢也氏は100万以上の寄附・2億~3億の寄附を強要されたと著書で明かしている。近年は大規模記念行事・本部幹部会のみならず一般家庭や地方会館の座談会に出席する会長・理事長・副会長・婦人部長らに寄付金を出しているとの情報が仏教宗学研究会に入ってきている。

4 聖教新聞セールス(啓蒙) 創価学会・幹部には聖教新聞セールス(啓蒙)ノルマで悩み苦しむ人が多数いる。割り当てられたノルマ部数をセールス(啓蒙)できない幹部は仕方なく聖教新聞を五部十部取る例・それ以上の部数を一人で購読している事例が多数ある・機関紙や書籍で収益を上げる創価学会の金権体質そのもの。創価学会会員は集金マシーンと使っている。

5 選挙活動 創価学会会員に公明党支援のF取りを強要・男子部・女子部・学生部会員に選挙カー・選挙事務所詰めを公示期間内毎日やらせる・平日の仕事を無理に休んで活動している。

6 創価学会活動にはカネがかかるのに、折伏するときは「創価学会活動にはカネがかからない」とウソを言うのがイヤだとのクレームが来ている。7 創価班の無理な活動・広宣部・教宣部・創価学会批判潰しの謀略諜報活動・やる側の人(自責・無理な活動)も、やられる側の人も(実害)苦しめているのが実態ではないか。8 これだけの活動をやって、果たして何かメリットがあるのか。創価学会活動によるメリットはほとんどなし。それどころか無理な活動によって仕事を休むことで社会的信用が落ちる・収入が減少する・貯金ができない・聖教新聞・財務・広布基金等で莫大な出費・生活が向上しない・一般男性と結婚する女子部員が後を絶たない・女子部員と結婚できるのは幹部のみ・幹部の特権・栄養バランス崩壊・運動不足に拍車・ストレスが増大・病気の人・子供不登校・家庭問題が続出する。創価学会員はこれらの活動から解放されるべきである。



 

 

#511 日蓮正宗大石寺で丑寅勤行が始まったのは江戸時代初期・大石寺17世日精の代である2・大石寺を徳川幕府公認宗派にするために丑寅勤行を始めた大石寺17世日精

日本への機械時計の伝来は1551(天文20)年にフランシスコ・ザビエルが大内義隆に献上した機械時計がが最初。しかし時は戦国時代の最中で、大内義隆もその年に戦に負けて自決している。だから日本に機械時計が広まったのは、もっと後のこと。現存する最古の機械時計は、1611(慶長16)年、メキシコから徳川家康に献上されたゼンマイ動力の置き時計で、静岡県の久能山東照宮に格蔵される。これ以降、日本各地に機械時計が広まったと思われる。(大名時計博物館「大名時計」NO4) 大石寺に格蔵される和時計(機械時計)は「宗旨建立と七百五十年の法灯」(P75)に載っていて、「江戸時代前期から中期に制作されたもの」としている。それでは江戸時代初期・前期の大石寺法主在職者は誰なのか。

15世日昌(1596—1622)

16世日就(1622—1632)

17世日精(1632—331637—16451638—1645一人法主・1683)

18世日盈(1633—16371638)

19世日舜(1645—16521669)

20世日典(1652—16731686)

21世日忍(1673—16801680)

22世日俊(1680—16881691)

23世日啓(1688—16921707)

古文書に丑寅勤行が出てくる最初の文献は、16881214日の大石寺23世日啓の「留守中定」である。これに丑寅勤行や一夜番が出てくるが、丑寅勤行をはじめたのは大石寺23世日啓ではない。もっと前の法主である大石寺17世日精である。それはなぜか。

1 動画420で検証したように「偽作」を行うのは、隠居がいない当職法主一人の時。15世日昌、16世日就の代は一人法主だったが、二人には事績らしい事績がない。大石寺23世日啓以前で一人法主だったのは、16381645が大石寺17世日精が一人法主だった。

2 日精には事績が山のようにある。大石寺御影堂を再建、戒壇の大本尊(レプリカ)を祀り、「本門戒壇堂」の扁額を掲げた。日蓮聖人年譜、家中抄等々の歴史書を執筆。大石寺9世日有の代から途絶えていた板本尊を復活させた。御影堂に今祀られる板本尊も大石寺17世日精造立。

3 大檀那・敬台院は徳川家康の養女で、大石寺17世日精は敬台院の養子だった。よって機械時計が徳川将軍家⇒敬台院⇒大石寺17世日精のルートで入ってきたことが充分に考えられる。4 最大の理由は、大石寺17世日精には、大きな動機があること。それは、大石寺を徳川幕府公認の宗派にするために、さまざまなことをしていた。徳川幕府公認の宗派にならないと、キリスト教や日蓮宗不受不施派のように弾圧されてしまう。大石寺17世日精にとって、大石寺を徳川幕府公認の宗派にすることは、至上命題だった。これをやり遂げなくては、大石寺一門が生きていけなくなってしまうからである。そのために大石寺17世日精は「日興の代から丑寅勤行がつづいている」などと言って、大石寺に丑寅勤行をデッチ上げたのである。



 

 

#510 日蓮正宗寺院住職が老齢・健康上の理由等で辞職・隠居した後は日蓮正宗寺族同心会の養老年金で生活する・折伏目標未達成で隠居した場合は支給されるかどうか微妙(?)

日蓮正宗の中に「日蓮正宗寺族同心会」という組織がある。法人格ではない。これは寺族の生活保護を大きな事業・目的にしている団体である。寺族同心会とは、教師僧侶が正会員・寺族が準会員で家族会員・特別会員・非教師会員がいる。準会員とは教師僧侶の配偶者・夫人である。家族会員とは正会員・準会員の子供・両親・祖父母・孫・兄弟姉妹で寺院教会に常勤・在住している者・未成年の者・在学中の者。特別会員とは準会員にして未亡人になった人。寺族同心会の組織は、総裁(管長が兼任)・会長(管長が任命)がトップ・常任理事(宗務院庶務部長・財務部長・大石寺主任理事が兼任)・理事(会長が推戴して管長が任命)がいる。寺族同心会の事業の柱は、会員の生活保護・遺族の生活保護である。正会員・準会員死亡時には、弔慰金を支給する。これは金一封ぐらいか。正会員死亡後、準会員に遺族年金が支給される。さらに扶養義務がある18才未満の子供(僧侶を除く)がいる場合は養育費が加算される。健康上の理由等で隠居した正会員・準会員に養老年金が支給される。養老年金受給資格者は老齢・健康上の理由で隠居した満70才以上の正会員で常任理事会で認めた者。70才未満でも特別の事情ありの場合は常任理事会・管長の承認で認めることができる(寺族同心会規約39) 住職・主管を辞職・隠居した僧侶・寺族には養老年金が支給される。会員としての体面を汚し不適格と認められる場合は支給を停止又は廃止する。老齢・健康上の理由の隠居は養老年金が支給されるが折伏未達成の連続等による隠居は、養老年金が支給されるかどうかは微妙だが、さまざまな条件付きで支給しているのではないか。養老年金がないと生活ができないからだ。



 

 

わが友に贈る

2020年11月28日 仏縁を広げることが 自他共の幸福の直道だ。 智慧を湧き立たせ 自身の“交友録”を 朗らかにつづりゆこう!

#509 牧口常三郎・戸田城聖・池田家の墓所は今でも大石寺・日蓮正宗末寺にある・今でも大石寺に執着している創価学会・幹部は今後もそのまんまにしておく可能性が高い

創価学会初代会長・牧口常三郎氏の墓所は大石寺・日蓮正宗高尾墓苑(常修寺管理・常修寺は現在は正信会住職が住む)にある。創価学会二代会長・戸田城聖氏の墓所は大石寺(五重塔脇)・日蓮正宗高尾墓苑にある。池田大作氏の実家・池田家の墓所は五箇所にある。A 日蓮正宗大石寺(子之吉・一・喜一氏らの名前があるが灰骨はないという・1984103日死去の次男・城久氏のみが分骨されているという・197796日建立) B 日蓮正宗・八王子市の高尾墓苑(子之吉・一・喜一・城久氏が分骨されている) C 東京・大田区にある真言宗密厳院(子之吉・喜一氏の灰骨が入っているという) D 鎌倉市の鎌倉霊園(一さんの分骨が入っているという) E 日蓮正宗・奈良県生駒市法雲寺(ここは灰骨なし・墓石のみ) 今後、創価学会は三代会長の墓所を創価学会墓苑に建立するものと思われるが、大石寺や日蓮正宗末寺にある墓所はどうするのか?。以外とそのまんまにする?大石寺墓所や末寺墓所に分骨する可能性も有りではないか。第一に池田大作氏をはじめ会長・理事長・副会長等の最高幹部はかつて宗創和合時代に大石寺法主(日蓮正宗管長)から法主直筆の常住本尊(授与之の下に名前が入っている大幅の曼荼羅本尊)・守り本尊が下賜されている。さらに池田大作氏には大石寺66世細井日達法主から下賜された正本堂賞与本尊、大石寺67世阿部日顕法主から授与された正本堂十周年の賞与本尊と、二体の賞与本尊が授与されており、今でも創価学会が受持信行している可能性が高い。さらに会長退任後、秋谷栄之助氏が御秘符下賜を日蓮正宗末寺に願出て拒否される事件があった。これらのことからして、今も創価学会、創価学会幹部は大石寺に執着しつづけており、大石寺や日蓮正宗末寺の墓所も、今後、そのまんまにして、分骨する可能性すらあると言えよう。



 

 

#508 創価学会が本部幹部会で2021年活動方針を発表・年間21回の記念行事・墓苑で毎月3回の法要・3月から本部参拝再開で創価学会員には「過酷な経済負担の年」になる(!?)

創価学会が2020111日、広宣流布大聖堂で本部幹部会を行い2021年の活動方針を発表した。年間で21回の記念行事を行い、創価学会墓苑では毎月2日、13日、18日に法要を行う。そして3月からは広宣流布大聖堂の創価学会常住板本尊に参拝する広宣流布誓願勤行会を再開。創価学会員にとっては、2021年も「過酷な経済負担の年」になる(!?)



 

 

507 なぜ日蓮正宗・創価学会・顕正会は自宗・自教団の中心根本本尊を外部の人に拝ませないのか・日蓮は「未入信者に本尊を拝ませてはならない」とは全く言っていない

仏教宗学研究会には日蓮正宗、創価学会、顕正会に関するさまざまな内容のクレームが来ている。これは日蓮正宗、創価学会、顕正会の信者ではない、未入信の人からのクレームであるが、 「日蓮正宗、創価学会、顕正会に本尊参拝を申し込んで拒否された」との苦情が仏教宗学研究会に来ている。なぜこんな閉鎖的なことをしているのか。創価学会は、創価学会本部・広宣流布大誓堂の創価学会常住板本尊を外部の人に参拝させない方針のようである。これはテレビでも放映されたことがある。広宣流布大聖堂に取材を申し込んで拒否された映像が流れたことがある。仏教宗学研究会公式チャンネルでも創価学会員が「仏教宗学研究会は創価学会をぜんぜん取材していない」と言うので、「広宣流布大誓堂取材」を言ったとたんに、その創価学会員は遁走していった。広宣流布大聖堂のみならず、創価学会は、創価学会会館に外部の人が単独で入ることを拒否する。なぜ創価学会は創価学会常住板本尊をはじめ創価学会会館を一般に公開しないのか。

顕正会も顕正会本部の常住本尊を外部の人に参拝させない方針のようである。顕正会に未入信の複数の人が顕正会本部の本尊参拝を申し込んで顕正会に拒否されている。顕正会も創価学会と同じで、顕正会会館に外部の人を単独では参拝させない。なぜ顕正会は顕正会会館・会館の本尊を一般に公開しないのか。

こういう閉鎖的体質の根源は、日蓮正宗大石寺である。日蓮正宗の末寺は外部の人でも参拝できるが、大石寺は奉安堂の「戒壇の大本尊」を外部の人に参拝させない。なぜ参拝させないのか。大石寺は昔は日蓮正宗未入信の外部の人も「戒壇の大本尊」に参拝を許可していたのである。パナマのノリエガ将軍、数人の日蓮宗僧、国柱会幹部、宗教学者がかつて「戒壇の大本尊」に参拝したことは、動画313329で検証してきている。日蓮正宗、創価学会、顕正会がここまでかたくなに閉鎖的体質なのは、「日興門流のやり方なのではないか」と言った人がいたが、日興門流寺院では寺院の許可を得れば外部に人でも本尊に参拝が可能である。日蓮遺文に「未入信者に本尊を拝ませてはならない」という文、あるいはそれに該当する文はない。そんなことは日蓮は全く言っていない。それどころか、大石寺9世日有の日有化儀抄第108条には 「法華宗の御堂なんどへ他宗他門の人参詣して散供まいらせ花を捧ぐる事有り之を制すべからず」(日有化儀抄・富士宗学要集1p75)とある。大石寺9世日有は、外部の人の本尊参拝を制してはいけない、と言っているのに、なぜ日蓮正宗、創価学会、顕正会は全く正反対のことをやっているのか。