2020年 10月 の投稿一覧

信仰体験 地域と人を結ぶ“環境デザイナー

信仰体験 地域と人を結ぶ“環境デザイナー諦めない。今の一念が未来を開く! 【山梨県北杜市】南アルプス、八ケ岳などの山々に囲まれ、南には富士山を望む。美しい山岳景観を有するこの地で、中田雅弘さん(63...

10・24「団地部結成の日」記念特集――友のもとを訪ねて

10・24「団地部結成の日」記念特集――友のもとを訪ねて 10月24日に結成記念日を迎えた団地部。1973年(昭和48年)の結成以来、同部の友は愛する地域の“幸福責任者”との自覚で友好と信頼を大きく広げてきた。コロ...

わが友に贈る

2020年10月31日 日の出が遅くなり 早朝の寒さが増す時期。 「無冠の友」の皆さま どうか体調を崩さず 日々 安全第一で!

強ければ波乱万丈はおもしろい(1)

☆強さ、逞しさの大事さ. 私の人生を振り返ると、平坦で安穏とした人生ではなく、 なんだかんだいろいろな試練がとめどなく訪れてきて、 波乱万丈のような人生だと感じるのです。 「はらん-ばんじょう」の意味をネットで調べると・・ >変化がきわめて激しく、劇的であるさま。 「波瀾」はごたごた・もめごと。また、単調でなく複雑に変化すること。 「瀾」は大波。「万丈」は非常に高いことや深いことの形...

第三章 十支・十二支縁起説の成立(3):唐井隆徳『初期経典における縁起説の展開』を読む⑬

からつづく―

今回の部分では、具体的に 初期仏教に言われる “覚り” の内容について触れている。
興味深い。

〇以下、抜書き

第三章 十支・十二支縁起説の成立

第四節 十二支縁起説の成立
・武内説…無明と行の二支分は苦の滅を説くためにのみ必要であり、縁起説の展開過程で導入されたという立場

第1項 「行」の滅について
・村上真完…行に「勢力(エネルギー)、特に身心の勢力」という一貫した訳語を与えている。
・行(saṅkhāra)は、sam-√kṛ よりなる名詞であり、「形成する」を基本的な訳語

(1) 韻文資料における「行」
・行(saṅkhāra)と同じ語源である saṃkhata
・SN. 1, 2-165(Vol. I p. 6. 4-5):
 aniccā sabbasaṅkhārā|| uppādavayadhammino||
 uppajjitvā nirujjhanti|| tesaṃ vūpasamo sukho-ti|| ||
 一切の形成されたものは無常であり、生起と滅の性質を持つ。
〔それらは〕生じては滅する。それらの静まりが楽である。
 (無常偈)
(「形成されたもの」と訳し得る行の用例については略す)
・行が滅する表現として vi-upa-√śam からなる vūpasamiṃsu(静まった)
・SN. 4, 3-5(Vol. I p. 126. 25-28):
 Passaddhakāyo suvimuttacitto|| asaṅkhārāno satimā anoko||
 annāya dhammaṃ avitakkajhāyī|| na kuppati na sarati ve na thino|| ||
 家なき者は、身体を軽くし、心をよく解き放ち、形成することなく、自覚し、
 教えを知って、大まかな考察のない禅定をなし、怒らず、漂わず、沈まない。
・SN. 12, 2(Vol.II p. 4)によると、行とは身口意の三行であると説明されている。それが理由なのか、定かではないが、縁起説の行は行為であり、その行為によって来世の識があるという業報輪廻を背景に想定した理解が一般的であるが、韻文資料を調査した結果、行が身口意という用語と結びつく用例は見られない。さらに明確に行が輪廻の原因であることを示唆する用例もほとんど見られない。むしろ、その役割を果たしていたと言えるのは業(kamma)である。

(2) 散文資料における「行」
・形成作用は心を静めた状態で滅するものである
・MN. 43(Vol. I p. 296. 13-21):
 Yvāyaṃ āvuso mato kālakato, tassa kāyasaṅkhārā niruddhā paṭippassaddhā, vacīsaṅkhārā niruddhā paṭippassaddhā, cittasaṅkhārā niruddhā paṭippassaddhā, āyu parikkhīṇo, usmā vūpasantā, indriyāni viparibhinnāni; yo cāyaṃ bhikkhu sannāvedayitanirodhaṃ samāpanno, tassa pi kāyasaṅkhārā niruddhā paṭippassaddhā, vacīsaṅkhārā niruddhā paṭippassaddhā, cittasaṅkhārā niruddhā paṭippassaddhā, āyu aparikkhīṇo, usmā avūpasantā, indriyāni vippasannāni.
 友よ、この者が死に、死ぬ時を迎えたなら、彼の諸々の身体を形成する作用は滅し、 鎮まる。諸々の言葉を形成する作用は滅し、鎮まる。諸々の心を形成する作用は滅し、 鎮まる。寿命は滅尽し、体温は下がり、諸々の感覚器官は完全に壊れている。また、 この比丘が想受滅に入ったとしても、彼の諸々の身体を形成する作用は滅し、鎮まる。 諸々の言葉を形成する作用は滅し、鎮まる。諸々の心を形成する作用は滅し、鎮まる。 〔しかし、〕寿命は滅尽せず、体温は下がらず、諸々の感覚器官は清浄である。
・行が滅する表現として niruddha という縁起説における滅(nirodha)と同じ語源の単語が用いられている点は重要である。
・MN. 4491(Vol. I p. 301. 20-29):
 Assāsapassāsā出息入息 kho āvuso Visākha kāyasaṅkhāro, vitakkavicārā大まかな考察と細かな考察 vacīsaṅkhāro, sannā ca vedanā ca想と受 cittasaṅkhāro ti. ...Assāsapassāsā kho āvuso Visākha kāyikā ete dhammā kāyapaṭibaddhā, tasmā assāsapassāsā kāyasaṅkhāro. Pubbe kho āvuso Visākha vitakketvā vicāretvā pacchā vācaṃ bhindati, tasmā vitakkavicārā vacīsaṅkhāro. Sannā ca vedanā ca cetasikā ete dhammā cittapaṭibaddhā, tasmā sannā ca vedanā ca cittasaṅkhāro ti.
 友ヴィサーカよ、出息入息は身体を形成する作用である。大まかな考察と細かな考察 は言葉を形成する作用である。想と受は心を形成する作用である。... 友ヴィサーカよ、出息入息は身体に属し、これらの現象は身体と結びついている。そ れゆえ、出息入息は身体を形成する作用である。友ヴィサーカよ、先に大まかに考察 し、細かく考察し、後に言葉を発する。それゆえ、大まかな考察と細かな考察は言葉 を形成する作用である。想と受は心に属し、これらの現象は心と結びついている。それゆえ、想と受は心を形成する作用である。
・九次第滅(nava anupubbanirodha)
・想受滅に入った者が、「言葉を形成する作用(vacīsaṅkhāra)⇒身体を形成する作用(kāyasaṅkhāra)⇒心を形成する 96作用(cittasaṅkhāra)」の順に行を滅していくことも説かれており 、「第二禅⇒第四禅⇒想 受滅」という禅定階梯と対応していると考えられる。
・正思惟(sammāsaṃkappa)
・非有想にして非無想である境地(nevasanniṃ nāsannim)
・覚りの境地とも言える想受滅
・SN. 22, 56(Vol. III p. 60)…行の内容が志向 (cetanā)であると説明…行が触(phassa)を原因として生じることが説 かれている
・「形成・志向(行)の滅→取の滅→般涅槃」という 十二支縁起説における苦の滅

(3) 識の滅←行の滅
・十二支縁起説の成立の分岐点である、識の滅の原因として行の滅
縁起説において苦を滅するために生命を捨てるということが果たして相応しいであろうか。…中村元は禅定に入って心作用が停止し、認識作用のなくなった状態を考えていたと推測…すなわち、識の滅は死を意味するのではなく、 死に類似した境地である想受滅のような心の作用が静まった状態のことを言うのであろう。

(4) 小結
行の滅に関する用例
・ 韻文資料…最古層には行という用語が見られなかった。
 古層には「諸行無常」における行のような「形成されたもの」という存在や現象を表すと考えられる用例が見られた。また、五蘊における行のように「形成作用」「形成すること」といった「形成する」作用や働きを示す用例も見られた。さらに、一般的に 縁起説における行は、身口意の三行であると説明されているが、韻文資料を調査した 結果、行が身口意という用語と結びつく用例は見られず、明確に行が輪廻の原因であ ることを示す用例もそれ程見られなかった。むしろ、その役割を果たしていたのは業 (kamma)であることも指摘した。
・ 散文資料…行は禅定など心を静めた状態と密接に関連して いる
 行の滅…心を静め、禅定が深まるに連れて形成作用が滅していき、覚りの境地とも言える想受滅に至るとその形成作用は完全に滅する
 行が志向(cetanā)と同義であること から、行が心の作用や働きを指していると言える。
・ 識の滅の原因として行の滅を見出す際の識の滅は、…中村元…死に類 似した境地である想受滅のような心の作用や働きが停止した状態を示していると推測できる。

― ⑭につづく ー