2019年 3月 の投稿一覧

世界に魂を 心に翼を 第13回 沖縄芸能の光彩 上

​​世界に魂を 心に翼を 第13回 沖縄芸能の光彩  上「太陽を浴びせてくれた」 民音創立者の池田先生が、鉢巻きにハッピ姿で踊りの輪へ。「ユイサー、ユイサー」と声を合わせ、沖縄・八重山諸島に伝わる「巻き踊...

●121 【告知】「3・31大阪座談会」開催決定!

 先日、ある壮年の学会員の方と、しばし懇談をさせていただく機会がありました。
 もう何十年も創価学会の信心を貫き、自宅を地区の拠点として提供され、折伏弘教、家庭訪問と、愚直に闘われてきた。偉大な民衆王者であるその壮年のもとには、今も、厚き人望を慕ってかつての地区員さんから連絡が来るという。
 壮年は、ずっと公明党に期待をし、献身的に支援をし続けてきた。
 しかし、ここ数年の公明党は変わってしまったと、目に涙を浮かべて話された。
 「私はこれまで、何十年も公明党を信じてきました。
 たとえ多少、納得がいかないことがあっても、“池田先生の理想を実現しようとする公明党のはず”との一点で、支援してきたんです。
 でも、ここ数年の公明党はなんなんですか?
 特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法・・・極めつけは、戸田先生と池田先生が命を懸けられた“核廃絶を実現できる『核兵器禁止条約』”がついに結実できるという時に、日本はなんと拒否に回ったじゃないですか。
 公明党は、政権与党にいるのに一体、何をやっているのでしょうか?!
 池田先生が唱える平和理念から言えば、本来、日本が率先して、核兵器禁止条約をリードしていくのは当然ではないのでしょうか?
 公明党は与党にいることが仇になっているように思うのです。
 権力の魔性と闘えなくなるぐらいなら、与党から抜けるべきじゃないんでしょうか?
 先日、組織に『今回、公明党は支援しない』と宣言しました。
 本当に悔しい!」

 こう語り目には涙が浮かんでいた。

 2017年、日本が反対に回った「核兵器禁止条約」は、世界122か国・地域の賛成多数で、国連で採択された。核兵器の保有から使用、威嚇に至るまで、一切の例外を認めずに禁止した誠に意義深き画期的な条約であった。
 しかし、その賛成国の中に日本の姿はなかった。
 これまで公明党は、
「公明党は、核兵器の使用はいかなる理由があっても許されぬ『絶対悪』との思想に基づき、断固たる決意で核兵器廃絶を推進してまいりました。」
「核兵器禁止条約の2020年締結などをめざし」
(2014年8月15日付公明新聞)などと、声高に宣言もしていた。
 しかし、公明党が政権与党にいるにもかかわらず、日本はなんと反対側に回ったのである。
 これには多くの学会員の方々が、疑問と落胆そして憤りを感じられたに違いない。
 本来、公明党がすべきことは、たとえ政権を離脱することがあっても「断固たる」覚悟をもって、核兵器禁止条約を批准していくための積極的な行動を起こすことだ。
 政権与党の座にしがみつくために、信念を曲げ、自民党の腰巾着に成り下がる公明党ならば、存在する意義がない。
 しかし、公明党以上に問題だと思うのは、平和の理念を裏切る公明党に対して、まったく意見・批判をしない支援団体の創価学会本部である。

 2017年の「核兵器禁止条約」採択から遡ること60年。
 創価学会第2代会長の戸田先生は、神奈川の三ツ沢競技場で創価学会の平和運動の原点である『原水爆禁止宣言』を獅子吼なされた。

 「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。
 なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利を脅かすものは、これ魔物であり、サタンであり、怪物であります。それをこの人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります」
と。

 そして池田先生は、この『師の遺訓』を具現化するために、世界各国の識者との対話を重ねられ、核廃絶の署名を国連に提出するなど、その実現に命を懸けて行動してこられた。
 1983年以降は毎年、「SGIの日」記念提言を書かれ、世界に向けて「不戦」「軍縮」「核廃絶」を訴え、世界平和を実現すべく全力で闘いを進めていかれたのである。

 1996年の「SGIの日」記念提言ではこう明言されている。
 「私の基本的立場は明確であります。
 膨大な人間を瞬時に殺すことにしか役立たない核兵器は“絶対悪”であり、その使用は人類の名において断罪されねばならない。それはどんな理由によっても正当化されるものではなく、核兵器は廃絶されねばならない、というものであります。
 これはまた戸田先生の遺志でもあり、そのためには最終的には、核兵器の開発、生産、保有、配備等の一切を禁止する『核兵器完全禁止条約』が必要となってくるでありましょう」
と。
 このように、池田先生は明確に、核兵器を根絶する『核兵器完全禁止条約』の必要性を訴えられているのである。
 しかし、学会本部は、今なお、日本政府および公明党に対し、「核兵器禁止条約を批准すべきである」といった声明を出そうとする気配すらない。

 結局、原田執行部は師弟を見失い、師の言葉を軽んじているのである!
 保身と臆病の魔に食い破られ、自公政権には及び腰の姿勢。師匠の御構想の実現など、まるで考えていない!
 にもかかわらず、公明議員を当選させることを第一義に据え、健気な学会員を利用し、公明支援にこき使うのである。
 そして、公明党の支援に功徳があると力説するのだ。
 私は叫びたい!
 原田執行部よ!核兵器禁止条約の批准のために闘え!
 核兵器禁止条約の批准のために、公明党に政権与党を離脱する覚悟をもって闘わせよ! 
 これ以上、師匠のご構想を裏切る公明党を、学会員に支援させるな!
と。

 創価学会の主役は、絶対に、絶対に民衆である!
 師匠が愛された“庶民の王者”たる学会員を、選挙支援の駒として扱うなど断じてあってはならない!
 私たちは、なんとしても創価学会を変革していくとの決意のもと、今般3月31日(日)、関西は大阪の地にて、「創価変革のための民衆座談会」を行なうことを決定しました!
 今から40年前、最高幹部はことごとく師匠池田先生を裏切った。
 そして、宗門の衣の権威に屈服した最高幹部らは、「先生と呼ぶな!」との坊主の命令に従った。
 しかし、師弟不二の魂みなぎる関西の同志は、「ワテらのセンセ!!」と断固として叫び抜かれた。
 あれから40年。
 他の誰でもない、いよいよ己が立つ時が来たと思えてならない。
 さあ池田先生一筋の温かな関西の同志の皆さん!
 共に、師匠を胸にざっくばらんに何でも語り合う、笑いと希望溢れる座談会を開催しましょう!
 互いに尊敬し学び合う、「これぞ創価学会の座談会!」という心温まる座談会を、皆で創っていこうではありませんか!



〈〈【告知】3・31(日)関西・大阪座談会のお知らせと、ご参加の連絡のお願い〉〉

 日時
 平成31年3月31日(日)13:00~(終了は16時45分の予定)

 場所
 新大阪丸ビル 新館8階 804号室

 (住所:大阪府大阪市東淀川区東中島1-18-27 丸ビル新館)
※新大阪丸ビルの本館や別館ではなく「新館」ですので、お間違えの無いようご注意下さい。

 関西・大阪座談会に参加を希望して下さる方へ
①事前連絡のお願い(なるべく)
 「座談会」に参加を希望して下さる方は「参加人数」をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからメールでお知らせ頂けるとありがたいと思っています。
 ★連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前は有っても無くても構いません。メールに一行で良いので、「1名参加」「兵庫県から2名で行きます」など教えて頂けると本当にありがたいです。
 もちろん連絡を下さらなくてもご参加下さって構いません。

②参加の条件について
 「今の創価学会本部執行部が三代の師弟の精神から逸脱していると認識し、学会本部をより良く変革していこうという方」に限らせて頂きます。

③お願い
1.参加される方のプライバシー保護のため、一切の撮影、録音は禁止とさせて頂きます。
2.当日は会場入り口で簡単な荷物チェックを行なわせて頂きます。
3.集会の攪乱行為や進行妨げ行為があった場合は、すぐに退場していただきます。場合によっては警察に通報するなど厳しく対処させていただきます。
4.ストーカー行為や盗撮行為などの人権を蹂躙する行為があった場合は、発見次第、すぐに警察に通報し、厳しく対処させて頂きます。

 地図
新大阪丸ビル新館 地図

 アクセス
・新大阪駅 東口から 徒歩2分


〈〈【緊急告知・大結集】 4・14 学会本部前サイレントアピールのお知らせと、ご参加の連絡のお願い〉〉

 日時
 平成31年4月14日(日)
 ①13時から14時 学会本部前サイレントアピール
 ②14時30分から16時50分 サイレントアピール参加者による「座談会」(ざっくばらんに語り合う懇談会)


 場所
 ①信濃町の学会本部前 【学会本部サイレントアピール】
 ②代々木駅前の「全理連ビル貸し会議室 9階A室」 【座談会(ざっくばらんに語り合う懇談会)】
 ・(住所)〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-36-4全理連ビル
 ・(アクセス)JR山手線・総武線・都営地下鉄大江戸線
「代々木駅」の北口駅前
※JR信濃町駅から代々木駅までは、JR総武線(新宿方面行)で2駅(乗車時間約3分)で到着できます。
  ・(座談会会場地図)
代々木会場 地図

 サイレントアピールに参加を希望して下さる皆さまへ
① 事前連絡のお願い
 私たちは、安全かつ合法的にサイレントアピールができるように警視庁と弁護士に相談しながら進めております。また、「昨年7月1日から施行された東京都の迷惑防止条例」についても、警視庁に確認をしましたところ、サイレントアピールは抵触することはないとの回答をいただいております
 その上で、絶対無事故、絶対安全を期すために、参加を希望して下さる方とは、事前に個別に連携を取らせていただき、参加予定人数を掌握したいと思っております。
 つきましては、参加を希望してくださる方は、
①お名前、②ご連絡先(電話番号)、③参加予定人数を、ブログ宛にメールでお知らせ下さいますよう、お願い致します

 簡単な一文で構いません。「滝川清志 090-****-**** 2名で参加します!」のように書いていただければ、こちらから折り返しご連絡をさせていただきますので、よろしくお願い致します。

② 参加の条件について
 今の創価学会本部執行部が三代の師弟の精神から逸脱していると認識し、学会本部をより良く変革していこうという方に限らせて頂きます。


〈〈各種お知らせ〉〉
1、学会本部との労働裁判について
  【判決の言い渡し】
 昨年12月19日に、2年9か月にわたって行なってきた学会本部との労働裁判が一段、結審となり、本年、3月26日(火)13時10分、東京地裁611号法廷にて、判決の言い渡しが行なわれます。
 すべて支えて下さった同志のおかげで今日まで闘い抜くことができました。心から感謝申し上げます。お題目をあげ抜き、創価変革のための闘いを闘い抜き、断固、当日の勝利を勝ち取って参ります。

2、『創価学会元職員3名のホームページ』開設のお知らせ
 ブログ読者の皆様からご意見を頂き、3名のホームページを開設いたしました。(https://harunokoime20180311.wixsite.com/mysite)
 本ブログの「リンク」の◎『創価学会元職員3名のホームページ』からも、ご覧いただけます。

3、3名の著作『実名告発 創価学会』について
 3名が学会本部の中で体験してきた事実を書いた著書『実名告発 創価学会』が好評販売中です。
 創価を愛し、三代の思想と精神から逸脱した現学会本部の変革を願う同志の皆さんに是非お読みいただきたいと思っています。
 当ブログメニューの「リンク」からもご購入いただけます。
※一点誤字の訂正のお知らせ
 36頁9行目の「かつて2006年6月頃、師匠は本部職員の全体会議で」の日付が、正しくは「2002年6月頃」でした。大変に申し訳ありませんが訂正をお願い申し上げます。

4、電子書籍版『実名告発 創価学会』がKindleにて発刊!
 電子書籍版の『実名告発 創価学会』が、Kindle(キンドル)にて発刊されました
 ひとりでも多くの学会員の方にお読みいただき、今の創価学会本部の問題を知っていただき、創価変革の端緒を築ければと思っています。

5、【12・29サイレントアピール】動画配信のお知らせ
 昨年12月29日に行ないました学会本部前でのサイレントアピールの様子が、IWJのアーカイブ記事にて動画配信されています。ブログのリンク(■12・29 学会本部前サイレントアピール(IWJ))からご覧いただけます。ぜひご利用ください。




〈社説〉 春季全国火災予防運動

声をけ合い防災意識を高めよう

 

 弥生やよい3月。この時季は、冬の寒さもとうげえ、火のあつかいに対する注意がゆるみがちになる。空気がかんそうし風の強い日が多いことから火災が発生しやすく、火の元にはいっそうの注意が必要だ。
 今日から「平成31年春季全国火災予防運動」が始まる(7日まで)。今回の「全国統一防火標語」は「わすれてない? サイフにスマホに火のかくにん」。家を出る前にサイフとスマートフォンをわすれていないか確かめるように、火の元のかくにんも必ず行うなど、意識を持って予防に取り組んでいきたい。
 しょうぼうちょうの発表によると、一昨年1年間で、全国で3万9373件の火災が発生。前年より2542件増加しているが、10年間のすいを見ると減少けいこうにある。それでも1日当たり約108件の火災が起きており、半数以上が建物火災である。
 主な原因は「たばこ」「放火、放火の疑い」「コンロ」などがある。最近では、モバイルバッテリーの発火事故や、ガスストーブ、せんぷうなどのコードが経年れっにより引火して起きる火災事故など、ふとしたところから火災につながるケースが増えているという。家の中や周りにごみなど燃えやすいものが放置されていないか今一度、点検しておこう。
 また、火災でのねんれいかいそう別の人口10万人当たりの死者発生数は、ねんれいが高くなるにしたがって増加しており、特に81歳以上のかいそうでは、全ねんれいかいそうにおける平均の約4・6倍となっている。こうれいしゃを守るためにはとなりきんじょで声をけ合い、協力体制をつくることも、積極的に考えたい。
 しょうぼうちょうは、じゅうたく防火のポイントとして、火災けいほうや消火器等の設置、ぼうえんひんの使用、となりきんじょの協力体制、さらに「たばこは絶対にやめる」「ストーブは、燃えやすいものからはなれた位置で使用する」「ガスコンロなどのそばをはなれるときは必ず火を消す」との点を挙げている。
 こうした取り組みで重要なのが、絶対に火事を起こさないと、明確な意識をもつことである。人は、何か起きてから“もっと注意していれば良かった”と気付くものだ。だからこそ、「さきざきの用心」(御書1192ページ)を強くこころけたい。
 1月18日付の「わが友におくる」に「かんそうによる火災に注意!/『自分はだいじょう』との/油断を断じてはいそう!/火の元の点検など/みなで声をけ合おう!」と。ともに無事故そく勝利の日々こそ私たちの願いだ。

 

(2019年3月1日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈社説〉春季全国火災予防運動

声をけ合い防災意識を高めよう

 

 弥生やよい3月。この時季は、冬の寒さもとうげえ、火のあつかいに対する注意がゆるみがちになる。空気がかんそうし風の強い日が多いことから火災が発生しやすく、火の元にはいっそうの注意が必要だ。
 今日から「平成31年春季全国火災予防運動」が始まる(7日まで)。今回の「全国統一防火標語」は「わすれてない? サイフにスマホに火のかくにん」。家を出る前にサイフとスマートフォンをわすれていないか確かめるように、火の元のかくにんも必ず行うなど、意識を持って予防に取り組んでいきたい。
 しょうぼうちょうの発表によると、一昨年1年間で、全国で3万9373件の火災が発生。前年より2542件増加しているが、10年間のすいを見ると減少けいこうにある。それでも1日当たり約108件の火災が起きており、半数以上が建物火災である。
 主な原因は「たばこ」「放火、放火の疑い」「コンロ」などがある。最近では、モバイルバッテリーの発火事故や、ガスストーブ、せんぷうなどのコードが経年れっにより引火して起きる火災事故など、ふとしたところから火災につながるケースが増えているという。家の中や周りにごみなど燃えやすいものが放置されていないか今一度、点検しておこう。
 また、火災でのねんれいかいそう別の人口10万人当たりの死者発生数は、ねんれいが高くなるにしたがって増加しており、特に81歳以上のかいそうでは、全ねんれいかいそうにおける平均の約4・6倍となっている。こうれいしゃを守るためにはとなりきんじょで声をけ合い、協力体制をつくることも、積極的に考えたい。
 しょうぼうちょうは、じゅうたく防火のポイントとして、火災けいほうや消火器等の設置、ぼうえんひんの使用、となりきんじょの協力体制、さらに「たばこは絶対にやめる」「ストーブは、燃えやすいものからはなれた位置で使用する」「ガスコンロなどのそばをはなれるときは必ず火を消す」との点を挙げている。
 こうした取り組みで重要なのが、絶対に火事を起こさないと、明確な意識をもつことである。人は、何か起きてから“もっと注意していれば良かった”と気付くものだ。だからこそ、「さきざきの用心」(御書1192ページ)を強くこころけたい。
 1月18日付の「わが友におくる」に「かんそうによる火災に注意!/『自分はだいじょう』との/油断を断じてはいそう!/火の元の点検など/みなで声をけ合おう!」と。ともに無事故そく勝利の日々こそ私たちの願いだ。

 

(2019年3月1日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈勇気の旗高く〉 池田先生と宮城

「霊屋(おたまや)橋」から望む広瀬川(1987年7月4日、池田先生撮影)。先生は「杜の都・仙台には、広瀬川を眼下にして、私たちが忘れることのできない、あの青葉城がある」と。滔々と流れる川のごとく、後継の人材の流れを未来へ!

 

1990年8月24日、白石市の蔵王平和講堂で開かれた本部幹部会。席上、池田先生は「信心こそ、境涯を限りなく開き、強く生きぬくための根源の力である」と語った

 

戸田先生と共に、仙台市の青葉城址に立つ若き日の池田先生(1954年4月25日)。本年は“学会は人材の城を築け”との師弟の語らいから65周年となる

 

「人材の牙城・東北たれ」――この指針の発表50周年を記念して開催された総宮城の大会(2017年9月、仙台市の東北文化会館で)

 

わが地域の幸福責任者に

 

 池田先生が各地の友に寄せたスピーチやしんなどをしょうかいする「勇気のはた高く」。今回は宮城県をけいさいする。

 

広布に一人立て


 もなく東日本大震災から8年をむかえる。宮城の友は、愛するふるさとのふっこうへ、ちからくしてきた。その地域貢献の精神は、池田先生からしめされた指針でもある。
 1978年(昭和53年)11月、池田先生は本格的な「地方の時代」のとうらいてんぼうした提言を本紙紙上で発表した。
 よく79年(同54年)1月、宮城の新年幹部会では「東北こそ『地方の時代』のせん」と期待を寄せている。先生は2003年(平成15年)1月の随筆で、使命に燃える宮城の友に“わが地域の幸福責任者に”とけた。
  
 「地域広布」の第一歩は、だれがなんといおうが、自分が「一人立つ」ことだ。
 数世帯の小さなしゅうらくでも、マンションの同じフロアでも、あるいは地区やブロックのなかでもよい、「自分が地域の幸福の責任者である」との使命感に立つことだ。
 この「一人立つ」決意なくしては、エンジンなしに車を動かすようなものだ。
 おんでんには「ここってかしこに行くにはあらざるなり」(御書781ページ)とおおせである。広布の「使命のどうじょう」とは、ほかのどこかではなく、自分が今いるこの場所なのである。そして、自分が地域の幸福をになうならば、友情のを広げることだ。それには、みずから進んであいさつわし、言葉を交わし、しゅうの人びとの「友」になることだ。「声ぶつす」(同708ページ)である。笑顔と対話こそ、われらの「心」と「てつがく」の表現だ。
  
 さらに、「地域広布」は、一個の人間として、しんらいを勝ち得ることから始まる。
 それには、日常のいがもっとも大事である。一市民としてりょうしきある行動をこころけていくことも当然であろう。
 その上で、なんでもよい、「あの人はひかっている」というじっしょうを、自分らしくしめしていくことである。
 おとしりであれば、いつもかくしゃくとして元気であることそれ自体が、だいしゃくぶくになっているものだ。
 学会のなかでつちかっためんどうみのよさで、内外わず地域の相談役のようなそんざいになっているかたがたも多いだろう。
 明るい家庭をきずくこと、わが子をりっに育てあげること、地域に積極的にかかわること、仕事で勝つこと……かっこうでない、せいじつうその姿すがたが、るがぬしんらいはぐくんでいくのである。
  
 池田先生はおりれて、宮城の友に「一人立つ」姿せいうったえてきた。
 1987年(昭和62年)7月5日、仙台市の東北平和会館(当時)で行われた東北の各部合同研修会では「ただ一人立つ確信をもって立つところに、いっさいの仕事ができあがる」との戸田先生の指針をしょうかいしつつ、語った。
  
 私どもの人生にも、また広宣流布のあゆみにも、さまざまなしょうがいしんこくたいがあろう。そのとき、こんなんなカベに向かい、かんぜんと“一人立つ”ことがかんようであり、それがその後の前進へのいっさいの出発となる。
 “一人立つ”ならば、かならずや、あとにじんさんじんと、同志のじんれつが続くであろう。
 また、“一人立つ”強き一念をもつときに、自身のきょうがいは大きくひらけ、そのときから人間としてのすべての成長が始まる。
  
 私もまた、何度か学会がきょうにあったとき、いずれの場合も責任者としてあらゆるこうげきおもてに立ち、同志を守り、戦いぬいてきたつもりである。戸田先生もまたそうであった。“一人立つ”精神こそ、学会のゆるがぬ伝統精神である。

 

人材のしろきず


 広瀬川をがんにして、青葉じょうがある。戸田先生が“学会は人材の城をきずけ”と永遠のしんを残したしろあとだ。
 池田先生は、戸田先生と共に、この仙台の地を訪問した歴史を振り返りつつ、「青葉城址で、種々こんだんしていただいたことが、まことになつかしい。ここ仙台には、いくつもの戸田先生との“人生の師弟”の歴史と物語がきざまれている」と述べている。
 89年(平成元年)9月15日、旧・東北文化会館で開かれた本部幹部会の席上、池田先生は、戸田先生の折々の指導を通し、人材育成のこんぽんである信心の基本を確認した。
  
 人は“自分を見つめる”ことをわすれたとき、必ず進歩がなくなる。また、自分を見つめない人は、人間的な深みもりょくも出てこないし、最後はかつせざるをえない。
 だからといって、ただ自分を見つめてばかりいて行動のない人には、前進も成長もない。大切なことは、じっせんのなかで自分をぎょうしつつ、そこで深められた精神を、さらなる価値創造へのバネとしていくことである。
 その意味で私どもは日々、御本尊に向かい、唱題することによってみずからをらし、きょうがいを深めながら、限りなく前進していくことができる。これほどだいな世界はないし、価値ある人生はない。
  
 どこまでも信心である。一個の人間として、信仰者としてだいなる境涯を開いていくことである。それが自身のじょうぶつを決定していく。またじっしつ的に広宣流布を進めていくのである。この原理・原則を、私はげんぜんと言い残しておきたい。
  
 学会は、歴代会長を中心としたてっとうの団結ではってんのリズムを築き、広げながら、広布のなみいくにも拡大してきた。その信心のリズムに「心」を合わせ、「思い」を合わせてきたからこそ、一つ一つの行動が価値をみ、そうおぎない、そうじょう効果となって無限のパワー(ちから)を生みだしてきたのである。
 「心」「思い」といっても、決して特別なことではない。いかに、広宣流布を進めていくか。いかに人々の幸福を開いていくか。どのように、一人一人の信心をまっとうさせていくか――そのみちにしてじゅんいつな広布への「祈り」であり、「ごころ」にほかならない。
  
 「思い」を合わせ、大きなエネルギーげんにギアがかみあえば、その人には想像もつかない力が出る。気持ちよくみなの心がつうじ合う。あたたかな世界が広がる。
 つねに楽しくしんせんに、広布と境涯の拡大を果たしていくことができる。すばらしき理想の世界をそうぞうしていけるのである。

 

め」の精神


 宮城の白石市にはまさむねめいさんぼうかたくらかげつなきょじょうした白石城のあとが残っている。
 池田先生は90年(同2年)8月24日、同市のおう平和講堂で行われた本部幹部会の席上、仙台はんこうげききょてんであった、この城についてスピーチ。いかなる戦いも「め」の精神にてっしてこそ勝利は開ける、と強調した。
  
 戦いにおいては、守ることよりも、こうげきすることが勝利の要件である。学会がこれまで、なぜ連続勝利の歴史をつづり残してこられたのか。
 それは一つに、ほうにせよ、何にせよ、つねに前進、すなわち「攻め」の精神にてっしてきたからである。
 広宣流布のために、悪には断じて負けないという積極的な“攻撃戦”をてんかいしてきたからである。
 いかなる戦いにおいても「守り」、受け身に回ってしまえば弱い。道も開けない。「攻撃は最大のぼうぎょ」とも言うが、広布の歩みにあっても、一人一人の人生にあっても、積極的に勇気をもってちょうせんしてこそ道は開かれ、勝利の栄光が築かれていくことをわすれてはならない。

 

(2019年3月1日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈勇気の旗高く〉池田先生と宮城

「霊屋(おたまや)橋」から望む広瀬川(1987年7月4日、池田先生撮影)。先生は「杜の都・仙台には、広瀬川を眼下にして、私たちが忘れることのできない、あの青葉城がある」と。滔々と流れる川のごとく、後継の人材の流れを未来へ!

 

1990年8月24日、白石市の蔵王平和講堂で開かれた本部幹部会。席上、池田先生は「信心こそ、境涯を限りなく開き、強く生きぬくための根源の力である」と語った

 

戸田先生と共に、仙台市の青葉城址に立つ若き日の池田先生(1954年4月25日)。本年は“学会は人材の城を築け”との師弟の語らいから65周年となる

 

「人材の牙城・東北たれ」――この指針の発表50周年を記念して開催された総宮城の大会(2017年9月、仙台市の東北文化会館で)

 

わが地域の幸福責任者に

 

 池田先生が各地の友に寄せたスピーチやしんなどをしょうかいする「勇気のはた高く」。今回は宮城県をけいさいする。

 

広布に一人立て


 もなく東日本大震災から8年をむかえる。宮城の友は、愛するふるさとのふっこうへ、ちからくしてきた。その地域貢献の精神は、池田先生からしめされた指針でもある。
 1978年(昭和53年)11月、池田先生は本格的な「地方の時代」のとうらいてんぼうした提言を本紙紙上で発表した。
 よく79年(同54年)1月、宮城の新年幹部会では「東北こそ『地方の時代』のせん」と期待を寄せている。先生は2003年(平成15年)1月の随筆で、使命に燃える宮城の友に“わが地域の幸福責任者に”とけた。
  
 「地域広布」の第一歩は、だれがなんといおうが、自分が「一人立つ」ことだ。
 数世帯の小さなしゅうらくでも、マンションの同じフロアでも、あるいは地区やブロックのなかでもよい、「自分が地域の幸福の責任者である」との使命感に立つことだ。
 この「一人立つ」決意なくしては、エンジンなしに車を動かすようなものだ。
 おんでんには「ここってかしこに行くにはあらざるなり」(御書781ページ)とおおせである。広布の「使命のどうじょう」とは、ほかのどこかではなく、自分が今いるこの場所なのである。そして、自分が地域の幸福をになうならば、友情のを広げることだ。それには、みずから進んであいさつわし、言葉を交わし、しゅうの人びとの「友」になることだ。「声ぶつす」(同708ページ)である。笑顔と対話こそ、われらの「心」と「てつがく」の表現だ。
  
 さらに、「地域広布」は、一個の人間として、しんらいを勝ち得ることから始まる。
 それには、日常のいがもっとも大事である。一市民としてりょうしきある行動をこころけていくことも当然であろう。
 その上で、なんでもよい、「あの人はひかっている」というじっしょうを、自分らしくしめしていくことである。
 おとしりであれば、いつもかくしゃくとして元気であることそれ自体が、だいしゃくぶくになっているものだ。
 学会のなかでつちかっためんどうみのよさで、内外わず地域の相談役のようなそんざいになっているかたがたも多いだろう。
 明るい家庭をきずくこと、わが子をりっに育てあげること、地域に積極的にかかわること、仕事で勝つこと……かっこうでない、せいじつうその姿すがたが、るがぬしんらいはぐくんでいくのである。
  
 池田先生はおりれて、宮城の友に「一人立つ」姿せいうったえてきた。
 1987年(昭和62年)7月5日、仙台市の東北平和会館(当時)で行われた東北の各部合同研修会では「ただ一人立つ確信をもって立つところに、いっさいの仕事ができあがる」との戸田先生の指針をしょうかいしつつ、語った。
  
 私どもの人生にも、また広宣流布のあゆみにも、さまざまなしょうがいしんこくたいがあろう。そのとき、こんなんなカベに向かい、かんぜんと“一人立つ”ことがかんようであり、それがその後の前進へのいっさいの出発となる。
 “一人立つ”ならば、かならずや、あとにじんさんじんと、同志のじんれつが続くであろう。
 また、“一人立つ”強き一念をもつときに、自身のきょうがいは大きくひらけ、そのときから人間としてのすべての成長が始まる。
  
 私もまた、何度か学会がきょうにあったとき、いずれの場合も責任者としてあらゆるこうげきおもてに立ち、同志を守り、戦いぬいてきたつもりである。戸田先生もまたそうであった。“一人立つ”精神こそ、学会のゆるがぬ伝統精神である。

 

人材のしろきず


 広瀬川をがんにして、青葉じょうがある。戸田先生が“学会は人材の城をきずけ”と永遠のしんを残したしろあとだ。
 池田先生は、戸田先生と共に、この仙台の地を訪問した歴史を振り返りつつ、「青葉城址で、種々こんだんしていただいたことが、まことになつかしい。ここ仙台には、いくつもの戸田先生との“人生の師弟”の歴史と物語がきざまれている」と述べている。
 89年(平成元年)9月15日、旧・東北文化会館で開かれた本部幹部会の席上、池田先生は、戸田先生の折々の指導を通し、人材育成のこんぽんである信心の基本を確認した。
  
 人は“自分を見つめる”ことをわすれたとき、必ず進歩がなくなる。また、自分を見つめない人は、人間的な深みもりょくも出てこないし、最後はかつせざるをえない。
 だからといって、ただ自分を見つめてばかりいて行動のない人には、前進も成長もない。大切なことは、じっせんのなかで自分をぎょうしつつ、そこで深められた精神を、さらなる価値創造へのバネとしていくことである。
 その意味で私どもは日々、御本尊に向かい、唱題することによってみずからをらし、きょうがいを深めながら、限りなく前進していくことができる。これほどだいな世界はないし、価値ある人生はない。
  
 どこまでも信心である。一個の人間として、信仰者としてだいなる境涯を開いていくことである。それが自身のじょうぶつを決定していく。またじっしつ的に広宣流布を進めていくのである。この原理・原則を、私はげんぜんと言い残しておきたい。
  
 学会は、歴代会長を中心としたてっとうの団結ではってんのリズムを築き、広げながら、広布のなみいくにも拡大してきた。その信心のリズムに「心」を合わせ、「思い」を合わせてきたからこそ、一つ一つの行動が価値をみ、そうおぎない、そうじょう効果となって無限のパワー(ちから)を生みだしてきたのである。
 「心」「思い」といっても、決して特別なことではない。いかに、広宣流布を進めていくか。いかに人々の幸福を開いていくか。どのように、一人一人の信心をまっとうさせていくか――そのみちにしてじゅんいつな広布への「祈り」であり、「ごころ」にほかならない。
  
 「思い」を合わせ、大きなエネルギーげんにギアがかみあえば、その人には想像もつかない力が出る。気持ちよくみなの心がつうじ合う。あたたかな世界が広がる。
 つねに楽しくしんせんに、広布と境涯の拡大を果たしていくことができる。すばらしき理想の世界をそうぞうしていけるのである。

 

め」の精神


 宮城の白石市にはまさむねめいさんぼうかたくらかげつなきょじょうした白石城のあとが残っている。
 池田先生は90年(同2年)8月24日、同市のおう平和講堂で行われた本部幹部会の席上、仙台はんこうげききょてんであった、この城についてスピーチ。いかなる戦いも「め」の精神にてっしてこそ勝利は開ける、と強調した。
  
 戦いにおいては、守ることよりも、こうげきすることが勝利の要件である。学会がこれまで、なぜ連続勝利の歴史をつづり残してこられたのか。
 それは一つに、ほうにせよ、何にせよ、つねに前進、すなわち「攻め」の精神にてっしてきたからである。
 広宣流布のために、悪には断じて負けないという積極的な“攻撃戦”をてんかいしてきたからである。
 いかなる戦いにおいても「守り」、受け身に回ってしまえば弱い。道も開けない。「攻撃は最大のぼうぎょ」とも言うが、広布の歩みにあっても、一人一人の人生にあっても、積極的に勇気をもってちょうせんしてこそ道は開かれ、勝利の栄光が築かれていくことをわすれてはならない。

 

(2019年3月1日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈名字の言〉 2019年3月1日 “どうすれば平和な世界を築けるか――”

わが友に贈る


いのりのちからげんだいだ。
きょうぎょうじゃをば
しょてんぜんじんしゅすべき」
こうせいがんだいもく
だんじてかべやぶりゆこう!

御書 P1192

 

 

名字の言


 1954年秋に公開されたかいじゅう映画「ゴジラ」は古生物学者のつぶやきでまくじる。「もしすいばく実験が続けて行われるとしたら……」▼海底にねむっていた恐竜がかく実験のえいきょうで目をまし、じょう発達して日本に上陸――東宝プロデューサーの田中友幸氏が当時、世間をさわがせていたビキニかんしょうでのすいばく実験にちゃくそうたことは有名だ。日本の漁船「第五ふくりゅうまる」が米国の水爆実験でばくしたのは、65年前の今日3月1日だった▼同年3月、26歳の池田先生は青年部の室長にしゅうにん。学会はまだそうそうの小さな教団だったが、先生のは大きかった。どうすれば平和な世界を築けるか――池田青年は恩師の指導を日記にしるした。「経済、文化、教育、科学の根底に哲学がなければならぬ」▼田中友幸氏は後年、池田先生と出会い、小説『人間革命』の映画化をようせいした。製作発表の記者会見ではこう語った。「現代における精神のちゅうは、仏法をほうじる創価学会をおいて語れない段階にきていると思います。その解明かいめいの手掛かりを、小説『人間革命』に求めました」▼核兵器という“怪物”を生み出したのが人間ならば、根絶こんぜつも人間の手でできないはずはない。平和への第一歩が一人の心の変革から始まることを、「人間革命の哲学」は教えている。(之)

 

寸鉄


 会長SGIの“開かれた対話”の
 貢献こうけん絶大ぜつだい元大統領ゴルバチョフ
 大誠実の人間外交に続け
      ◇
 師弟原点の3月。学会は
 民衆の幸福のとりで。弟子が
 総立ちで正義の声を拡大
      ◇
 皆様は最高の人生の目的
 を手にされた方―恩師。
 の勇者よ歴史を残せ
      ◇
 未来部希望月間。一言の
 励ましが心に希望を!たから
 のほうすうを大きく伸ばそう
      ◇
 熊本・水俣みなまたしょう生物せいぶつ
 見、環境再生の象徴と。地
 球守るみちな努力を皆で

 

(2019年3月1日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

勇気の旗高く 池田先生と宮城

​勇気の旗高く 池田先生と宮城  わが地域の幸福責任者に 「霊屋(おたまや)橋」から望む広瀬川(1987年7月4日、池田先生撮影)。先生は「杜の都・仙台には、広瀬川を眼下にして、私たちが忘れることのできない...

「新・人間革命」と私 総京都長 中村貴政さん

「新・人間革命」と私 心に刻む珠玉の言葉​​威風堂々と凱歌の歴史を! 総京都長 中村貴政さん​ みんなが寂しくならないように、私もたびたび、ここ(京都分室)に来るよ。そして、京都の、関西の、広宣流布の...