2019年 1月 の投稿一覧

〈世界広布の大道――小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第4巻 解説編

ドイツのブランデンブルク門 【イラスト】間瀬健治

 

ドイツの景勝・ライン川(池田先生撮影。1983年6月、ザンクト・ゴアールで)。先生の訪独は7回。第4巻の「大光」の章では、初訪問の様子がつづられている

 

デンマークの首都コペンハーゲン市内を視察する池田先生(1961年10月)。同国への訪問が、欧州広布の第一歩となった

 

紙上講座 池田主任副会長
〈ポイント〉
くつの信心
ようの精神
③成長のしゅ

 

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第4巻の「解説編」。池田博正主任副会長の紙上講座とともに、同巻につづられたしゅぎょくの名言を紹介する。次回は、第5巻の「基礎資料編」を2月6日付にけいさい予定。(第4巻の「基礎資料編」は1月9日付、「名場面編」は16日付、「御書編」は23日付に掲載)

 

 第4巻では、山本伸一が創価学会の第3代会長にしゅうにんした翌年となる1961年(昭和36年)のようえがかれています。学会はこの年の6月、年間目標であった200万世帯を達成。まさにきょくじついきおいで、広布が大きくしんてんした時でした。
 その一方でわすれてはならないことが二つあります。
 一つ目は、「大阪事件」のさいばんやまむかえていたことです。57年(同32年)7月3日、伸一は事実こんの選挙はんようたいされ、同年10月からさいばんが始まりました。
 ところが、弁護士から「有罪はかくしていただきたい」(40ページ)と言われるほど、裁判はきびしいじょうきょうでした。こうした中で、伸一は広布のっていたのです。
 もう一つが「むらはち事件」です。
 「しゅんらん」の章では、当時、各地で起きていた学会員へのとうな村八分について描かれています。
 事件の原因はいずれも、学会員が神社などへの行事の参加やきょした、というものでした。しかし、その本質は、学会のきょうによって、寺院や神社の関係者が、自身の立場をおびやかされるのではないか、という“おそれ”をいだいたことにいんするものでした。
 村八分事件の報告を受けた伸一は、「長い人生から見れば、そんなことはいっしゅんです。むしろ、信心の最高の思い出になります」(71ページ)と語ります。そのしんは「同志にとって大切なことは、何があっても、決して退しりぞくことのない、くつの信心に立つことである。そこにこそ、永遠に、栄光の道があるからだ」(同)との思いからでした。おそかってきただいなんを、“強きしんこうの人に育てていくためのステップ”としてとらえていたのです。
 私たちは「不屈の信心」を心にきざみ、前進したいと思います。

 

映像制作の原点


 第4巻の「がいせん」の章では、ようの精神についてしるされています。見返りを求めず、法のために喜んでざいぶつほどここうを、「しゃ」といいます。
 この「喜捨」について、だつちょうじゃのエピソードを通して、「じゅんしんな信仰から生まれた、この喜捨の心こそ、まことの供養であり、そこにだいなるふくとくげんせんがある」(131ページ)、そして「喜捨の心は、きょうがいを高め、りょうどくをもたらし、それがまた、信心の確信を深める。そこに、幸福のどうを確立する、仏法の方程式がある」(133ページ)と記されています。
 当時、多くの同志はけいざいびょうかくとうしていました。会館の建設などを進めるだんかいに来ていましたが、供養をけることに、伸一はためらいを覚えます。
 しかし、彼は御書をひもといてさくを重ね、供養のもんを全同志に開くことを決断します。そして、こうちかいます。
 「たとえ、今はまずしくとも、未来は必ずや大長者となることはちがいない。また、断じてそうさせていくのだ。私は、仏をうやまうように、この人びとにせっし、その真心をたたえ、はげましていかねばならない」(138ページ)
 この一文に、学会同志の供養に対する池田先生の心が表れているのではないでしょうか。この「心」に、学会の供養の原点があります。
 また「あお」の章には、学会の映像制作について書かれています。伸一は、映像の可能性にちゃくもくし、記録映画の製作を提言します。そしてたんとうしゃに対して、「近いうちに、そうてんねんしょく(カラー)のニュース映画も作っていこう」「しょうらいは、同志の体験談をもとにしたげき映画やドキュメンタリーも作るようにしよう」(196ページ)と、未来への構想を語っています。
 これは、現在の学会の映像配信サービス「SOKAチャンネルVOD(ビデオ・オン・デマンド)」の原形ともいえます。
 この時の伸一のえいだんが、映像ちょうを通した現在の学会の運動へとつながっていったのです。

 

人材育成の姿勢


 伸一は会長就任2年目のテーマとして青年部の育成をかかげました。「青葉」の章では、青年が成長する要件を挙げています。
 ここでは3点述べたい。
 1点目は、自身の使命を自覚することです。伸一はいち部員であった頃から、戸田先生の構想を実現するために、学会の全責任を持とうとしてきました。「弟子として、師の心をわが心とし、学会のいっさいをの責任として考えてきた」「この見えざる無形の一念こそが、成長のしゅといってよい」(156ページ)と書かれています。
 2点目は、師匠をさだめることです。同章で、九州男子部のリーダーの姿すがたを通して、こう記されています。「彼の行動は、師とあおぐ伸一を基準にし、伸一のがわに立って物事を考えていた」(162ページ)。“師と共に”との一念が成長の原動力となるのです。
 3点目は、両立にいどむということです。同章で、伸一は仕事と学会活動の両立になやむ青年に、「青年時代に、仕事も、学会活動もやりきったといえる戦いをすべきです。それが人生のばんになるからです」(169ページ)と語ります。祈りを根本に、すべてをやり切ると決めていくことから、勝利は開かれることを教えています。
 こうした青年の成長の要件とともに、第4巻では「青年を育成する側」の姿せいについてもげんきゅうしています。たとえば、「りっしょうあんこく」の章では、伸一が青年にしょくはつあたえ続けるために心掛けていたことが記されています。
 第一は「自分が、自身の原点であり、はんである師の戸田を、永遠に見失わないこと」(243ページ)。
 第二は「きゅうどうと挑戦の心をわすれることなく、自己教育にてっし、つねに自分をみがき、高め、成長させていく」(同)。
 第三に「しんて、人類の幸福のために生きみずからの姿を通して、青年のたましいを触発していこう」(同)ということです。
 この心を、人材育成にたずさわる私たちもいでいきたいと思います。
 ◇ 
 「青葉」の章では、61年6月にきゅうせいした九州の婦人部長のことがしょうかいされています。彼女にはヨーロッパで仏法をひろめたいという夢がありました。
 伸一は同年10月、初のおうしゅう指導の際、その子どもたちに絵皿の土産みやげを買いました。その折、同行の友に、こう語っています。「みな、ともすれば、くなった人のことは、わすれてしまう。しかし、私は、いっしょに戦い、苦労を分かち合ってくれた同志のことを、決して、忘れるわけにはいかないんだ。しかも、あとに残された家族がいれば、なおさらだよ。私は、そうした家族を、しょうがい、見守っていきたいと思っている」(318ページ)と。
 学会は“真心の励ましの世界”です。この先生の思いを胸に、希望の連帯を広げていこうではありませんか。

 

名言集


れい正しい行動
 仏法は最高のどうであります。その仏法をしんぽうする私たちは、つねに、れい正しい行動を心がけていかなくてはなりません。(「春嵐」の章、8ページ)

 

●未来を開く一念
 青年にとって大事なことは、どういう立場、どういうきょうぐうにあろうが、みずからをしないことです。何があっても、楽しみながら、自身のげんの可能性を開いていくのが信心だからです。
 もし、自分なんかだめなんだと思えば、そのしゅんかんから、自身の可能性を、自らみ取ってしまうことになる。未来をどう開くかのかぎは、すべて、現在のわが一念にある。(「凱旋」の章、81ページ)

 

すんを見つけて祈る
 苦しいな、つらいなと思ったら、すんを見つけて祈ることです。祈れば、挑戦の力がいてくるし、必ずたいを開くことができます。そして、やがては、自由自在に、広宣流布のため、活動に励めるきょうがいになっていきます。(「青葉」の章、171ページ)

 

●組織の建設はこころづかいに
 見事な組織をつくっていくといっても、人間としての思いやりであり、こころづかいがすべてだ。そこに人は心を打たれ、頑張ろうという気持ちにもなる。(「立正安国」の章、262ページ)

 

●戦う時は「今」
 人生は長いようで短い。ましてや、青年時代は、あっというぎていってしまう。今、学会は、未来に向かって、だいやくをしようとしている。広宣流布の大闘争の「時」が来ているんだ。時は「今」だよ。(「たいこう」の章、316ページ)

 

 ※『新・人間革命』の本文は、聖教ワイド文庫の最新刷に基づいています。

 

(2019年1月30日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈御書と歩むⅡ――池田先生が贈る指針〉53 三世の大空を悠然と

さんおおぞらゆうぜん

 

御 文


 しょうを見てえんするをまよいかくと云うなりさてほんの生死とけんするをさとりと云いほんがくと云うなり、いま日蓮たぐい南無妙法蓮華経ととなたてまつとき本有の生死本有の退たいしゅつかいかくするなり
 (おんでん、754ページ)

 

通 解


 しょうを見て、きらはなれるのを「まよい」といい、「じょうしょうがく」というのである。一方、ほんの生死(本来、永遠にある生死)とけんするのを「さとり」といい、「ほんがく」というのである。
  今、日蓮と門下が南無妙法蓮華経ととなたてまつる時、「本有の生死」であり、「本有の退たいしゅつ」であるとさとるのである。

 

同志への指針


 「しょうろうびょう」こそ人類のさいじゅうようだいだ。仏法は「しょう」のてつかしている。
 「死」もまた永遠の生命のげんたる姿すがたであり、むべきものではない。妙法にくならば、ぶっかいというだいきょうがいで「せいかん」「死も歓喜」とじょうらくじょうおおぞらしょうできる。愛する家族や同志とも、さんいっしょに進みゆける。
 この生命のごくで、いよいよ21世紀をらしゆこう!

 

(2019年1月31日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈名字の言〉 2019年1月30日 “感謝の心は伝わる――心は心に届く”

 先日、電車に乗った時のこと。車内は少しんでいた。ある停車駅でこうれいの女性が乗車してきた。すると、せきにいた外国人の青年がスッと立ち上がり、女性に話し掛けた。身ぶり手ぶりから席をゆずってくれているとさっした女性は、お礼を言いながらすわった▼近くで聞いていて、たがいに相手の話す“外国語”を理解できていないことは明らかだった。それでも女性が何度も「ありがとう」と言うほどに、青年は笑顔になった。「感謝の心」は確かに伝わっているようだった▼昨年12月、来日したSGIメンバーとの交流こうかんかいに、ある少年部員が参加した。この日のために練習してきた少年少女部歌「Beビー ve! の心で」をろうした。会場には、その歌声になみだするメンバーもいた▼地元同志の心温まる歓迎に感激したSGIのメンバーが、「お礼に」と歌い始めた。少年は英語の歌詞の意味が分からなかった。ただ、歌の中に「センセイ!」「センセイ!」と出てくるたびに、SGIの友がどんどん元気になっていくのを見て、感動したという▼言語は、自分が伝えたいことを相手に理解してもらう重要な手段である。だが、たとえ、言葉の意味のすべてが理解されなくても、「思い」の真意は伝わる。心は心に届く。(白)

 

(2019年1月30日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

 

 

 

 

作者と作品

作品と作者は分けて考えたほうがいいという。
梨木香歩の『雪と珊瑚と』を読みおえたとき、あるいはまた、読みおえて暫くたったあと、そのことを随分考えた。
実際には、そのあと太宰治の『さよならを言うまえに』を読んで、今に至るのだから、その間に考え、今は概ねこのように思うという考えが生まれたといえば比較的正確か。

そうした統合的とでもいうべき評価判断にいったた今になれば、「これはこれでいいんじゃない」というのが、わたしの率直な感想だ。読書メーターの感想で述べたほど『雪を珊瑚と』を酷評するつもりはない。

読んでいるとき、読んですぐ、また暫くたってからも、「あの部分は良かったな」と思いつづけている箇所もあるのだから。

結局のところ、人の心なんてものは、それぐらい移ろいやすく感想などといったところで、まったく当てにならないということを、つくづく思ったということだ。
そういう意味でも、作者と作品はわけて考えたほうがいいのだろう。

そもそも作者が存命であるなら、作者はすでにその作品を書いたときの心情どおりにあるはずがない。
でありながら、作品は文字や言葉という形体をとって変わらずに存在しつづけているわけで。
そもそもにおいて、作者と作品にはそのような開きがあるのだ。
加えて言うならば、読者もまた存命であるならば、先に述べたように、心は常に変化しつづけるのだから、作品に対して固定的な評価をくだすことにも意味はないわけだ。

例えば、作者が故人となって、作者も作品もある種の固定された存在となれば、作者と作品を同一視することもよかろう。
しかし、その場合であっても、読者の心はやはり固定的な存在ではないのだから、作者が故人となって固定的になろうが、作品が改稿されることなく永続的に固定的な文字言葉となっても、やはりそれは、読者の心に起こる変化、あるいは読者が読んでいる環境や精神状態に左右され、評価や感想が変化することは免れないだろう。
こうしたことを考えれば考えるほど、釈迦が最期に残したこの言葉は、輝きをいや増してくるのだ。

もろもろの事象は過ぎ去るものである。

そのようにして「作者と作品を同一視しないほうがいい」というこを考えてみたとき出てくる答えらしきものは一つなのだ。
作者に関しても、作品に関しても、固定した評価判断をしないようにすればいい。
そのとき感じたものを素直に信じておけばいいが、かといってあの時ああ感じたんだなんていう「執着」を持たないようにすればいいということだろう。

そのときはそう感じたんだからしょうがないじゃない。でも五分経って、感動して付箋を貼ったところを読みかえせば、また違った感情が湧くのだから、そのときはまたそのとき感じたことを信じればいいだけなのだろう。

そのようにあることが難しいであろうことは、わたしだって理解している。
けれども、釈迦の最期の言葉を吟味するなら、そのように生きるのが理想といえるのだろう。


わたしが大の太宰ファンだといっても、彼の言葉や思想のすべてを肯定しているわけではない。
毒舌を吐いて、志賀直哉ほかを罵倒する『如是我聞』とか、何度読んでも不愉快だ。
しかし不愉快でない部分もある。
ああ、太宰さんも、作者と作品を同一視してしまって、志賀を罵倒しちゃってたのね……悲しいな。
そう思うこともあれば、彼独特の語り口で真実を語っている部分に感動したりもする。
若い頃から世間から見れば懶惰な生活をして、39歳にして、精神的にも肉体的にもボロボロだったからこそ、それまで冷静に忍耐して黙って見守っていたことにも、苦言を呈さざるを得ない精神状態だったのだろう。
そう思うと、志賀への罵倒がより一層悲しく見えてくるのだ。

そこまで想像して、精魂ともにもはや疲れ切り、生きる限界にあったであろう太宰の真意がどこにあったのかを読みとる以外にないのだろう。
気焔を吐きながら、喀血しながら、咳き込みながら、喉を嗄らしているような声で絶叫した先にある彼の真意。遺言のようなもの。
そうしたものを読みとるように作品と向かいあうのが、読者たるものの努めではないかとさえ思うのだ。

彼の作品に『自身の無さ』というのがある。
昨今のお偉い評論家さんたちは、わたし(太宰)の作品にしろ、若い人たちの作品にせよ「自信」がないというが、まずはその自信のなさを肯定しなければ、若い人は育たないんだと語っている作品だ。

自信がないのなんて駄目だ。そう否定すれば、自信のない人はもっと自信を失うわけだ。
卑屈になるわけだ。「自信」がないのは駄目なことなのか。じゃあ俺は駄目だなと。

しかし、太宰の思想は違う。
自信がないなら、その自信のないことにまず自信を持て。そうやって小さな一歩から自信を育てていく芽を潰すなと言っているわけだ。

アダルト・チルドレンの本を書いた西山明が言っている。
自信はないけど、生きていく。

太宰が勧めているのはそういうことだろう。
自信がないということには自信がある。それだけでも人は何とか生きていこうとするものなのだ、と。

お偉い評論家というのは、そういう生きるための僅かな芽さえ、潰そうとするということだ。


民主主義の本質は、それは人によっていろいろ言えるだろうが、私は「人間は人間に服従しない」あるいは、「人間は人間を征服出来ない、つまり、家来にすることが出来ない」それが民主主義の発祥の思想だと考えている。
(太宰治『如是我聞』)


信仰体験 闘病14年 がんと笑顔で向き合う

信仰体験 生きるよろこび ​闘病14年 がんと笑顔で向き合う最後の瞬間まで「人のために」  【神戸市東灘区】 本当によく笑う。来客との談笑もにぎやか。リビングに置かれたベッド。そのそばのテーブルを囲み...

【自見(じけん)】

イメージ 1
栗ガニ。
蒸す前は茶色く、栗のような突起が沢山あります。
身が締まっていて歯応えがあります。
青森県産だそうです。


【自見(じけん)】

1月30日。


野村萬斎氏は

「演技中でも、もう1人の自分がいて、演じている自分の姿を外から見ています。これを自見と言います。」

と話されました。

自見という言葉は歎異抄にもありますが、狂言の世界では使い方が違うようです。


唱題行を行う場合の注意点にも、この「自見」と良く似たものがあるのです。

それは

「唱えている自分がいて、それを見ている自分がいて、その二人を上から見ている自分がいる事を意識しな

さい。」

という事です。


「野村萬斎氏のお話と共通する部分があるのだ。」

と感じています。




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創価が会員についてきたたくさんのウソ

創価学会というのは、1990年に日蓮正宗から破門されてからは、伝統仏教とは何の関係もない単なる新興宗教集団です。その単なる新興宗教集団の会則をどんな内容にしようが、その集団の勝手だし、逆に言えば、創価学会以外では何の意味も持たないものです。基本的に仏教ではありません。統一教会がキリスト教のような新興宗教であって、伝統的なキリスト教と関係があるわけではないのと同様に、創価学会は仏教のような新興宗教であって、伝統的な仏教とはなんの関係もないし、伝統的な仏教界からは全く相手にされていません。しかし学会員にはそのような認識が全くありません。まるで世界の仏教界をリードしているかのように思い込まされています。
創価に疑問を感じることができた学会員さんは、まずそのあたりの創価学会の認識を再確認することから始めるといいかもしれません。
創価学会は宗教団体として世界からも日本からも全く相手にされていないという事実を知るべきです。と同時に、自分たちの創価学会に対する認識が誤ったものであったのはなぜかについて考えて欲しいです。

今回のテーマは『創価が会員についていたたくさんのウソ』です。

皆さんが創価時代に思い込んでいた創価学会と、現実の創価学会があまりにも違っていたことに気づいて脱会したり、脱会に向けて頑張っていらっしゃる方も多いわけですが、今回は「なぜ創価は会員にウソをつき続けてきたのか」ということをあらためて考えていただくために、「実際に創価が会員についてきたたくさんのウソ」を具体的に上げていきたいと思います。

おそらく創価は会員に数えきれないたくさんのウソをつき続けてきました。何もかもがウソで塗り固められていますから、何から言い出したらいいのかわからないくらいです。ここで大切なことは、単にウソを暴くことではなく「なぜ創価は会員にウソをついてきたのか?」ということを自分で考えることです。「創価め、こんなことまでウソをつきやがって」ではなく「こういう理由でウソをつかなければ成り立たなかったんだな」と理解することです。創価が会員に嘘をつく理由を理解することが大切だと思います。それは自分で考えなければできません。そしてなぜ自分がそんなばかみたいなウソに引っかかってしまったのか。なぜこんな簡単な詐欺に騙されてしまったのか?という疑問について、自分で考え、自分のやってきたことがどういうことであったのかをきちんと把握し、受け止めることが大事だと思います。

そうすれば、創価に疑問を抱いた自分に罪悪感を感じることもなくなると思います。創価に疑問を感じるのは当然なことだし、決して恐れたり不安になるようなことではありません。創価が変だと思えないことの方がよっぽど変なんです。変なんてものじゃなりません。狂ってるんです。頭がおかしくなっているんです。頭がおかしくなっているので、自分がおかしくなっていること自体にも気づくことができません。でもなんとなく「創価は変なんじゃないか」とうっすらとでも感じる心が残っているのであれば、そこをきっかけに自分の頭で考えてみてください。

そこで、皆さんからコメントをいただきたいのは、まずは「誰がどう見てもわかる創価のウソ」をあげてみてください。実際にみなさんが創価から言われ続けてきた明らかなウソを並べてみましょう。よろしくお願いします。

御書と歩む II 53 三世の大空を悠然と

池田先生が贈る指針御書と歩む Ⅱ 53​三世の大空を悠然と​​​​​​​​​ 生死を見て厭離(えんり)するを迷(まよい)と云い始覚(しかく)と云うなりさて本有の生死と知見(ちけん)するを悟(さとり)と云い本覚(ほん...