2019年 1月 の投稿一覧

「ナットク」というより「セットク」?いや「イカサマ」TALKだな。

29日の聖教新聞の4面に「ナットクTALK」なる記事があった。
この「ナットクTALK」なる記事は若く初信の男子部向けに書かれている記事だが、
今回は早くも「選挙」関係のことが書かれていたのだが、
こんな与太話で「ナットク」するのか?「ナットク」というより「セットク」
いや、これは初信の学会員を騙しているだけの「イカサマ」TALKとしかいいようがない。
内容は、相変わらず日蓮大聖人の「立正安国論」を悪利用して
あたかも「公明党」の支援活動を「大聖人の仏法」といって会員を欺くという悪どさだ。
なんでも、この記事によると(太字は聖教新聞から引用)

池田先生は「立正とは生命尊厳の哲理であり、人間革命の方途を示した仏法の人間主義の思想を人々の胸中に打ち立てることである。そのための実践が広宣流布である。そしてこの広宣流布は安国という、社会の繁栄と平和をもって完結するのである」と述べられている。僕たちが政治に関わるのは、この立正安国の精神にのっとり。安穏な社会を築いていくという仏法者としての社会的責務があるからといえるよ。

とうことらしいが、まず池田先生の「述べている」ことが何を言っているのかわからない。
というよりも勝手に池田先生がそう述べてるだけ。しかもあまりにの抽象的で漠然としすぎ。
生命尊厳だの人間革命だのそれっぽい言葉を漠然と並べていれば聞いている方もなんとなく正しいと思うしかないのだが、
これがなんで「選挙」と関係あるのか普通に聞けば全く理解不能。この大作センセの話を聞いて「選挙が立正安国だ」って思える思考回路の持ち主の方はかなりの異常回路の持ち主だと思うがどうだろうか?
そもそも大聖人の言う所の「立正」とは「破邪」にたいする言葉である。
そしてこの立正とは具体的に言えば「三大秘法」のことであり、突き詰めれば一大秘法の戒壇大御本尊のことである(説明は省略)
つまり、一大秘法たる戒壇大御本尊の第一義悉檀をもって「破邪」することが大聖人仏法における「立正」であり、それによって国土を「安国」せしめることが「立正安国」の精神だ。政治に関わるのは「この立正安国の精神にのっとり」とかいっているが。
「その立正安国の精神」は「大作センセの我見の立正安国の精神」だ。そんなものに則るのは大聖人仏法ではない。だたのジジイの譫言を聞いているに過ぎない事である。

そしてこれまた選挙活動の唯一の依文である立正安国論の、

◆汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か

を相変わらず悪用している。この御文のどこに「選挙」のことが書いてあるのかこれまた、
思考回路がショートしている人間異しかわからない。同じく立正安国論には、

◆早く天下の静謐を思わ ば須く国中の謗法を断つべし
◆若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば速に情慮を回らし・で対治を加えよ
◆謗法の人を禁めて正道の侶を重んぜば国中安穏にして天下泰平ならん。

と書かれている。つまり「先ず四表の静謐を祷らん者か」とは
謗法破折・謗法対治のことを指していることは明白なのである。
「正道の侶を重んぜば」とは大御本尊に信を取る。といことである。
そして、「立正安国論」は国主諌暁の書であるから現代でいえば主権在民であるから、
自分自身と人々の謗法を退治し正法に導く事。つまり折伏こそが唯一の「立正安国」の手立てなのである。

大聖人の立正安国の精神とは公明党を支援することでは断じてないのである。
そもそも大御本尊を捨てた創価に「立正」の精神がないのだから、
そんな創価が支持している公明党に「安国」にすることなど不可能だ。公明党が与党になってから「暗黒」ではないか。
しかも最近では公明党支援に異を唱えれば創価の組織から「処分」される始末である。
これのどこが「人間主義の思想」なのか、臍が茶を沸かすとはこのことだ。

創価の真面目な青年たちよ創価の「イカサマ」説法に騙されてはいけない。
選挙活動が信心だなどという莫迦な考えをもってはいけない。
投票権は自分の大切な「権利」である。それを創価に騙されて無駄に行使しなてならない。
どうしても、公明党に投票したいのならまだしも「大聖人の教え」などという思い違いをしないで欲しい。
そして、自分の友人・知人の大切な権利を気軽に創価の為に使わせるように真似は決してしてはならない。
ようするに、「公明党に投票したけば自分だけにしろ。他人の権利まで奪うことは許されない」ということである。
それをした瞬間に君たちは被害者から加害者へと変わってしまうのだからね。


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第1回 SUGATA塾 開催日は3月9日(土)東京都内

シマと神道の研究家である菅田正昭先生を講師に向かえ SUGATA塾 の連続講義が始まる。

第1回「六ケ所ですか、何ヶ所ありますか? ケガレ観と差別―穢れは神道特有の問題か?―」
日時:平成31年3月9日 13:00~15:00(17:00まではディスカッション)
場所:東京都内、参加者にのみ通知
参加費:2000円(頒布資料代込)
申込:facebook「大木道惠」宛 Messenger か、Twitter「ご隠居さん」宛DMで。
※人数に限りがあります。お早目の申込をお勧めします。

第2回は4月13日(土)13:00からの予定。

わが友に贈る

2019年1月31日 自分が成長した分だけ広布の緑野は広がる。「まず私から!」「さあ今日から!」満々たる生命力で出発!

「世界に広がるSGI・イギリス編」が発信されているよ。〔#209〕

みなさん、こんにちは。

今回は、みんな大好きVODチャンネルの特別配信枠で

新しくイギリスがUPになっていますのでご紹介します。

こういうふうに、誰でも気軽にアクセスできる状態にしてもらえると、個人的にはとっても嬉しいです。笑。

いつまで配信されるのかはわかりませんが、ぜひイギリスのメンバーの最新の様子をご覧になってくださいね。

また今回は、二人の方が体験談としてお話されています。

どちらも大変素晴らしいのですが、2人目のビザ屋のエディンさんの話には思わず「うん、うん」と何度も頷きながら聞いてしまいましたね。いやー、素晴らしいです。

これから踏ん張りどころのイギリスですから、いろんな思いを持っているはずです。

それでもみんなで励まし合って進もうとする姿は素晴らしいですね。

もう何回素晴らしいと言っているんでしょうか、私は。笑。


~イギリスのメンバーに敬意を表して~




道をつくる人がいる
道をこわす人がいる
There are those who build a path, 
and those who tear it down.

道を歩み続ける人がいる
道から外れる人がいる
There are those who continue to walk a path, 
and those who stray from it.

私は 道を開く人でありたい
私は 道を歩み通す人でありたい
I wish to be a person who forges the path; 
a person who persists in walking the path.

どこまでも どこまでも
歩み抜き 走り抜いて
No matter what; until the end, 
I will keep walking, keep running. 

もしや途上に倒れるとも
荒野の土になろうとも
Even if I should fall along the way, 
and return to the dust of the land,

わが道に続く若人を信ずるゆえに
私には悔いはない
because I believe in the youth 
who will succeed me along this path, 
I will have not a single regret.

池田大作

引用元:日本語/『地球は美しい』”ウィンザーの「道」”
   :英語/『This Beautiful Earth』”A Path at Windsor”



未来を作る不思議な手帳

☆これは「予言書」です. 私が愛用している手帳(2019)の写真を添付します。 写真解説「まだ新しいB5版の手帳です。茶色のカバーの手帳です」 誰しも、愛用の手帳があることでしょう。 この茶色のカバーの手帳には、13カ月分のスケジュールが書き込めます。 もう、同型の手帳を10年近く使っています。 手帳には数ヶ月先、半年先の未来を描いていく。 仕事や忘年会、学会活動やプライベート目標も...

〈文化〉 オペラ「静と義経」を再演

日本オペラ協会総監督でオペラ歌手の郡愛子さん。26年ぶりの再演となるオペラ「静と義経」への意欲を語る

 

 

日本オペラ協会総監督 こおり愛子さん
協会創立60周年の記念公演 名作が26年ぶりに復活

 

 創立60年を迎えた日本オペラ協会が3月、記念公演「しずかよしつね」を東京・新宿で行う。この作品が上演されるのは1993年(平成5年)以来、実に26年ぶり。3月の公演をひかえた同協会の総監督でオペラ歌手のこおり愛子さんに聞いた。

 

初演は立ち見も


 〈よりとも方に追われて、雪の吉野山を行く義経たちの一行。だが、この先は女人禁制である。義経は静を都に帰す決心をするが、静は義経の子を身ごもっていた――。オペラ「静と義経」は、なかにし礼さんの作・台本、作曲は「しゅんきんしょう」などを手掛けた三木稔さんによる全3幕の作品である〉
  
 「静と義経」は1993年に鎌倉芸術館(神奈川・鎌倉市)の開館を記念してしょく・初演された作品です。私も静の母・いそぜんの役で出演させていただいて、三木先生が書いてくださった「静、都へ帰りましょう」と歌うアリア(独唱歌)を、思いのたけを込めて歌ったことが忘れられません。
 「オペラのあるべき全て、すなわち、悲劇的で、はなばなしく、かんめい的で、永遠性があり、そしてポピュラー性さえ備えた愛へのオマージュである」
 これは、今回の再演に寄せて、なかにし先生が雑誌の連載で紹介された、「静と義経」初演時のジャパンタイムズ紙の劇評です。
 この劇評では「日本の音楽劇で、この終幕のアリアの本当に純粋な美しさと比較できるものはかつてなく、西洋のレパートリーの中でくらべられ得るアリアもごくわずか、大力作といえよう」ともべられていますが、公演のたびに立ち見の方がいらっしゃるほど好評だったしゅうさくです。
 はなやかで、美しく、感動的で分かりやすい――。オペラは未体験という方や初めて日本オペラをごらんになる方にも、オペラは何度も見ているという方にも、ぞんぶんに楽しんでいただける作品だと思っています。
 出演者は第一線の舞台で活躍している歌手ばかりですし、指揮の田中ゆうさん、管弦楽の東京フィルハーモニー交響楽団は「ららら♪クラシック」や「題名のない音楽会」などのテレビ番組でも活躍されている方々。演出は馬場のりさんと、またとないキャスト、スタッフによる再演です。

 

「世界へ」の願い


 前任の大賀ひろし先生から総監督をいだのが2017年。先生は、作品を作り、公演を続けて、たからものともいえる数多くの名作を残してくださいました。
 その上で、さらに多くの皆さまに日本オペラを知っていただきしたしんでいただくためにも、これまでになかった作品の上演にも力をそそいでいきたい。たとえば、題名を見ただけでストーリーが思い浮かび、幅広い世代の方にも興味を持っていただけるような。そのような思いから「静と義経」の再演に取り組むことにしたのです。
 静と義経のれんは、歴史にくわしい方に限らず、ごぞんじだという方も多いのではないでしょうか。滝沢秀明さんが義経を、石原さとみさんが静を演じた大河ドラマや、歌舞伎などのお芝居をご覧になった方もいらっしゃることでしょう。
 作品を作り、歌手も育て、自分ができることは全部やってきた。これまで以上に全国へ、世界へ、日本オペラを広げていってほしい――。総監督の後任にというお話をいただいた時、大賀先生はこのような言葉を掛けてくださいました。今回のような「ポピュラー性」を備えた名作に積極的に取り組んでいくことは、そのご期待に少しでも沿えるものと思っています。

 

「母」と民音公演


 私は民音のコンサートや自身のリサイタルなどで、池田大作先生が作詞された「母」を歌わせていただいてきました。特に、2番の「〽母よ わが母 ふうせつえ」という所では、何回歌っても涙が止まらなくなってきます。自分の母を思って胸がいっぱいになるのです。
 「母」を歌わせていただくことを通して、私は人の胸の奥にある喜びや悲しみ、信頼や尊敬などの思いを歌で表現することの深さを教えていただいたように感じています。そして、民音の公演にお越しになるお客さまとの触れ合いから、客席の皆さまと気持ちを通い合わせることの大切さ、素晴らしさを学ばせていただきました。
 今回の公演では、開演前のプレトークで作品などのご紹介をさせていただき、終演後はロビーで皆さまをお見送りさせていただく予定です。私は民音の公演でお会いした頃から変わっていませんので、どうぞ、声をお掛けください。
 これからも一人でも多くの方に日本オペラのりょくとどけていきたいと念願しています。ぜひ一度、足をはこんでください。新しくて豊かな世界が広がることと思います。

 こおり・あいこ 1975年に日本オペラ協会から、78年に藤原歌劇団からオペラ・デビュー。85年と86年に日本で唯一のオペラ賞といわれるジロー・オペラ賞を連続して受賞。87年、文化庁芸術祭賞に。小澤征爾指揮のヘネシー・オペラ・シリーズほか数多くのオペラに出演。

 

3月2日と3日 新宿文化センター


 日本オペラ協会の創立60周年記念公演「静と義経」は3月2日(土)と3日(日)午後2時から、東京・新宿文化センター大ホールで。S席12000円、A席10000円、B席8000円、C席5000円、D席2500円。問い合わせ=日本オペラ振興会チケットセンター 電話03(6721)0874

 

(2019年1月30日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より

〈社説〉 いよいよ「伝統の2月」

勝利の春ぶ対話にいさみ立つ

 

 「しらうめに たましい入りし 月夜かな」(正岡
 きびしい寒さが続くが、福岡や鳥取などでは、梅が開花を始めた。間もなくむかえる2月は、「うめづき」とのみょうがある。
 梅はどの花にもさきけてくことから、「ひゃっさきがけ」といわれる。この梅のごとく、寒風にむねり、広布拡大に先駆ける時が、学会の「伝統の2月」だ。
 1951年(昭和26年)5月3日、戸田先生が学会の第2代会長にしゅうにん。「75万世帯のきょう」をせんげんしたが、その年の12月の拡大は、全国で466世帯。75万の達成は、はるか先の“夢物語”のような状況だった。
 その「かべ」をやぶったのが、池田先生である。翌52年(同27年)1月、戸田先生は池田先生をかま支部の支部幹事に任命した。24歳の青年は、2月の1カ月間で、支部201世帯の弘教というめつきんとうを打ち立てた。
 この「二月闘争」の拡大のようていとは何であったか。
 1点目は、「師弟から出発し、師弟にてっする」ということ。「二月闘争」の出発の会合で、池田先生は訴えた。
 「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります」「(2月生まれの)戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔でそうごんしましょう」
 「師のために」――この弟子のけつじょうしたほうおんの一念が、広布の戦いの一切の根本であることを、池田先生は示した。
 2点目は、「新しいちからを引き出す」。池田先生は「二月闘争」で、現在の「ブロック」に当たる「組」にしょうてんを当てた。組には信心歴の浅い友も多く、リーダーの中には“できるわけがない”との先入観もあった。
 だが、先生は「新しい人」を信じた。入会間もない友を励まし、「新しい力」を引き出した。「新しい人」が「新たな拡大」をげていった。
 3点目は、「たいどうしんの団結」。この団結を生んだのが、「一人への励まし」だ。
 当時、入会3年目の婦人は、池田先生から幾度も激励を受けた。日曜の早朝、先生の自宅をたずね、折伏の応援をお願いすると、先生はこころよく応じた。こうした「一人を大切にする心」を、先生は組織のすみずみに広げた。
 池田先生は述べている。「『二月闘争』の伝統は、壁を破る挑戦の心が築き上げた、連続勝利の歴史である」
 「梅」には、「はるつげぐさ」とのべっしょうもある。いよいよ「伝統の2月」。“創価勝利の春”をぶ対話拡大に、いさんで打って出よう。

 

(2019年1月30日 聖教新聞 https://www.seikyoonline.com/)より