2017年 4月 の投稿一覧

日蓮正宗の教義矛盾。




いつもありがとうございます。
日蓮正宗の方でも私のブログを読んでそれなりに共感してくださる方もいまして、本当に感謝しています。
日蓮正宗の信仰に矛盾を見いだしながら、まだ信仰を続けていることも個人の自由ですからそれはそれでも構わないかと思います。大切なことは日蓮正宗という教団の欺瞞性と教義の矛盾に目を向けることであって、そこから煩悶を越えて自身の思想を内面に形成していかなければならないということです。


例えば以下のブログ記事についてなんらかの説得力のある反論をすることも信仰者としては大切なことでしょう。



戒壇本尊と『御本尊七箇相承』との相違」

「『御本尊七箇相承』から考える」



反論をされる場合、きちんと文献や史料を提示して客観性のある議論をするのが正しいのですが、日蓮正宗の方はそれができない方が多いですね。大声で叫んだり、感情的になったり、黙ってしまったり、「私は御法主上人に信伏随従します」と言ってみたり……全く客観性のある答えが出てこないし、生産性のある議論にならないんですよ。
私は僧籍にあるわけでもないですし、ただの非活の一創価学会の会員に過ぎません。こんな私の論文にもならないようなブログ記事なんて、すぐに反論くらいできそうなものなんですけどね。Facebookのコメント欄に『慧妙』の画像を貼るだけでは反論にもなりませんよ。自身の言葉で語ることができないほど教学力が低いのも大いに問題かと思います。


私は別に日蓮正宗の信徒の方と対話をするのを拒んでいるわけではありません。ただ生産性の高い議論ができる人は日蓮正宗の中では少ないと思っています。まともに御書も読んでおらず、きちんと反論できる方がほとんどいないんですよ。


繰り返しますが、日蓮正宗の教義には決定的な矛盾があります。戒壇本尊の相貌と『御本尊七箇相承』との相違一つでも明らかです。その矛盾にきちんと目を向けなければ、"広宣流布"なんて言ってみたところで、世間的には「ただの盲信者の世迷いごと」と思われても仕方がないと思います。








選挙における勝利至上主義。





いつもみなさん、ありがとうございます。

創価学会の活動家は現在都議選モードです。
都内に友人がいないか、ひたすら数えてますよ。
なんでも今回の選挙は「公明党にとって非常に厳しい選挙」だとのこと。
そんなこと選挙の度に毎回言ってますよね(笑)。


思うんですけど、選挙支援の戦いに普通の会員を巻き込まないでほしいんですよね。
別に公明党の支援をするかどうかは個人で決めますから、マルKを増やす戦いだのなんやかんや騒がしくしないでもらいたいです。
別にみんながみんな、公明党を支援しているわけではないですよ。
学会員全員が「公明党を支援すべし」なんて前提に立って話されても、単なる思想統制じゃありませんか。


それにそもそも公明党が勝つか負けるかは基本的に公明党の問題であって、創価学会の問題でもないと思うんですよね。
国民の広範な支持を得る方が政党としては大切なことなのであって、何も一つの支持組織が血眼になって友人票の掻き集めに躍起になる必要はないでしょう。


ところで、今の創価学会の選挙戦の基礎を作ったのは実は若き日の池田参謀室長なんですよね。


組織の票読みをして徹底して家庭訪問に入る。そういうドブ板選挙をやってきたのが池田氏でした。そして関西の創価学会がそこに純粋に乗っかったわけです。


今の創価学会の選挙戦は基本的に池田氏が関西でやってきたことを踏襲しているに過ぎないんだと思います。
まあFやらZやらマルKやら、いろんな戦い方をするようになりましたけど、基本的に池田氏が関西でやってきた戦いを現代において踏襲しているだけなのです。


池田氏の考え方では「勝つ」ことが至上命題であって、数字的に「勝つ」ために目標数を決めて、日程から勝利を逆算していきます。
しかしながら、そこでは政治的な思想の深まりとか、仏法の現代的意義とか二の次なんですね。
選挙で「勝つ」ことを至上命題にしてしまったので、思想的に公明党がどうあるべきかという議論がされないまま、数字としての票だけを絶対視してしまったのです。


世間一般から公明党に対する低い評価に出会うことがありますが、その原因はまさにその点にあるのではないでしょうか。すなわち勝利至上主義であり、公明党の政治的な立ち位置とか、政治的な思想の深化とかを支持者たちがなんら示すことができていないことが背景にあるのではないかと私は考えています。


その遠因は何かといえば、間違いなく池田参謀室長の関西での戦いで示された勝利至上主義です。
結局のところ、池田氏の勝利至上主義、票数の至上主義を総括し、深い反省をしない限り、公明党に対する反発はなくならないと思います。



信濃町のネット監視の皆様へ。





いつもみなさん、お読みいただき、本当にありがとうございます。


創価学会本部、信濃町の中においてネットを監視対象としてチェックしているグループがあることはよく存じ上げております。
私の、このような趣味的なブログをいつも見て頂いてありがとうございます。信濃町の方は信じないかも知れませんが、私は本当に感謝しています。


私はまだ創価学会に籍を置いてありますが、監視対象となると、ひょっとしたら査問の対象になったり、除名になったりするやもしれませんね。私は別に全然構いません。


逆に私からすればそのような創価学会本部によって行われている"査問"とか"除名"とかの実態にとても興味があります。なので、実際にそういう事態になりましたら、逐一このブログで公表したいと考えています。
やはりきちんと公表をする方が社会的にどう評価されるかがわかるというものですし。



私のこのブログの意図は単純に本当のことを知りたいと思って、自分の書きたいことを書いているに過ぎません。誰も私が自由に発言する権利を止めることはできないはずですし。


いろいろ書いておりますが、私の教義的な立場はむしろ宮田幸一氏に近く、考えてみれば、その点では対話の可能性もあるやもしれませんね。ただ私の場合、日蓮の思想的な限界を積極的に認め、曼荼羅の意義を諸教の包摂性、止観の呪術化、そして戒定慧の三学としての三大秘法として捉えようとしていますので、その意味での対話の難しさもあるかと思います。


私の考えでは日寛教学のみならず、そもそもの日蓮の思想に教義的な限界が存在するものであり、現代では無効な教義も数多く散見されます。そういったことを総括し、創価学会の新しい教義として牧口思想の再構成を試みるならば、私は創価学会本部、信濃町の方々とも積極的に対話をしても構わないかと考えています。


しかしながら私が懸念しているのは、創価学会本部自身がどこまで日蓮の思想を残し、どこまで牧口思想を残そうとしているのか、いささか不明瞭な点です。これだけ大きな宗教法人であるゆえ、教義の新たな選定をされるならば、会員に対して説得力のある教義改正とその説明をすべきでありますし、そういった労を厭うことは回避されるべきです。


現在の私の関心事の一つは、信濃町創価学会本部が積極的に私のようなものと対話の可能性を探ろうとするのか、それとも反逆者として認定し、私への除名・退会を促すのか、そのどちらを選ぶのかという点にあります。
査問や除名処分については、伝聞でいろいろ聞いていますが、実際の信濃町の対応について何か動きがあった場合には、このブログにおいて逐一全て報告をしたいと考えています。やはり私個人の評価よりも、事実を公表した上で世間一般の評価を待つ方が、より普遍性が高いとも考えるゆえです。














日寛由来の創価の教義。




いつもありがとうございます。
さて先日のブログで書いたように創価学会の教義としては基本「池田名誉会長」と「日寛教学」しか残っていないと書きました。


特に創価学会内部の信濃町に批判的な人たちは、基本の教義がこの二つしかないのでどちらかを批判されると突然怒り出すか、ひたすら否定し出すか、そのどちらかしかありません。信仰を客観視できずにトランス状態になる方も少なくありません。


ところで「池田名誉会長」を否定できないのは精神構造的によくわかるけど、「日寛教学」なんてほとんどの人は知らないのでは?というご意見がありました。
確かにそうですよね。日寛の教義として教えられてきたわけじゃありませんから。
しかし創価学会でよく言われるような以下の3点の思想や考え方などは、基本大石寺26世日寛の教義に依存したものです。



1、「祈りとして叶わざるなし」

これは日寛の『観心本尊抄文段』に出てくる言葉です。つまり御本尊に願えばどんな願いも叶うんだという指導は、実は日寛の教義を下敷きにしています。


2、勤行の方便品と寿量品読誦

勤行において方便品と寿量品を読む意義は日寛の『当流行事抄』において説明されています。ですから学会員が毎日やっている勤行の形態は基本日寛教学です。


3、日蓮本仏説

日有にあった日蓮本尊説から一歩飛躍し日蓮を「末法の本仏」とまで祭り上げました。これは恵心流の中古天台口伝法門における「釈迦=迹仏」「天台=本仏」の考え方の剽窃であり、簡単にいうとパクリであります。



他にもたくさんあります。

数珠の形とか、
人本尊・法本尊の考えとか、
自受持用報身如来とか、
種脱相対とか、

基本、日寛は創価学会アイデンティティに深く根ざしている部分が多いので、それを否定することができなくなっているんです。


要するに毎日方便品と寿量品読んでる時点で、やってることは日寛の教義と変わらないということです。



余談ですが、日寛の思想を推し進めると信仰者の純粋な信仰にこそ血脈が通うというロジックが出てくるとは思います。例えば『当体義抄文段』には「我が身全く本門戒壇の本尊と顕るるなり」としています。
ですから「信心の血脈」を主張し、池田名誉会長を絶対視することが真の信心であるとする考え方は、日寛教学のややボナパルティックな解釈であると考えられますね。





日蓮宗興門派としての大石寺。




いつもみなさん、ありがとうございます。

さて大石寺は"日蓮正宗"と呼ばれていますけど、本来もともとはそんな宗派は存在していませんでした。大石寺は総本山でもなく日蓮宗興門派の一つに過ぎなかったんです。
ただ大石寺そのものは独立を主張し続けて、独自性を訴えてきたんですが、明治政府にも興門流の他の本山にも相手にされませんでした。
54世日胤も独立を訴え、55世日布も内務省に独立を訴えたのですが、事実上退けられます。


明治17年の興門八山会議において大石寺は自分たちの「血脈相承の正当性」を訴え、自分たちこそが"総本山"であると主張しましたが、他の七本山には受け入れられませんでした。


大石寺が独立するのはその後の明治33年のことで「日蓮宗富士派」と称していました。その後宗門の名称の検討が宗内で行われ、明治45年(1912年)6月7日に57世の日正の代に「日蓮正宗」という名称が決定されることになります。



ここで私が書きたいことは、大石寺の独立を明治政府も、興門流の他山も認めなかったという点です。
明治政府から見れば大石寺は他の本山同様、日興門流の流れに属し、そして宗義的にも他の本山からの影響下にあります。
また他の七本山も決して大石寺の血脈の正当性を認めてはいませんでした。すなわち北山本門寺西山本門寺、下条妙蓮寺、小泉久遠寺、京都要法寺保田妙本寺伊豆実成寺大石寺の血脈の正当性を認めなかったということです。


北山本門寺や京都要法寺からみれば、富士大石寺もまた自分たちと同じ興門流の一派に過ぎず、その独自性などなんら省みられていません。

そもそも以前ブログで書いたように"日蓮本仏説"はもともと大石寺の教義には存在せず、9世日有の日蓮本尊説を堅持していました。日蓮本仏説は保田妙本寺の日我が先行して主張していまして、大石寺はそれを吸収し、最終的には日寛により自宗の教義として作り上げられたものに過ぎません。

日蓮本仏説の萌芽」

「法灯連綿」とか言いますけど「法灯連綿」にせよ「法水写瓶」にせよ、他宗門で普通に使われる教義であり、大石寺独自のものではありません。


ですから自分たちで教義を作ったというより、いろんな山からの影響と盗用により自分たちのアイデンティティを形成してきたというのが大石寺の偽らざる実態かと思います。







名誉会長を批判できない人たち。





いつもみなさん、ありがとうございます。

私は池田名誉会長の批判だけをしているわけではありません。そのことは賢明なブログ読者の方、またTwitterアカウントのフォロワーの方はよくわかるかと思います。私がやろうとしているのは創価学会にせよ日蓮正宗にせよ、一切の教義、遺文の再検討であって、その中で後世の化儀に過ぎないものを否定しているだけなのです。



そのことも理解しようとせず、私に「池田名誉会長を貶めたいだけ」というレッテルを私に貼って無視を決め込むのは、単なる対話の拒否であり、自身の思想の狭量さを示していると言わざるを得ません。


その中で批判対象になれば検討の結果、批判をしているだけなのです。
ところが創価学会にせよ日蓮正宗にせよ、自分の頭で考えることをしてこなかった人たちがたくさんいますので、結果的に受け止めるか、真っ向から否定して貝になるしかないというのが実際です。



今の創価学会が形骸化して官僚化している事態は私もそう思いますが、その責任が池田名誉会長にないなんて到底思いません。


例えば現会長の原田氏は池田名誉会長の側近だった方です。周恩来首相との会見にも同席しています。また昭和54年前後の会長勇退の頃、宗門との交渉役をしていたのは原田稔氏だったはずです。当時はまだ青年部だったかと思います。
今の創価学会を作ったのは間違いなく池田門下生であり、今の創価学会の思想を形成したのは池田名誉会長直系の弟子たちなのです。
ですから創価学会幹部とともに、池田名誉会長の思想性は批判されなければなりません。
池田名誉会長を絶対視して敵と味方に二元化するロジックで信濃町を"仏敵"認定しても構いませんけど、やってることは信濃町日蓮正宗のロジックと大して変わらないということです。
思想を省みることができないため、思想の陥穽に気づかず、稚拙な堂々巡りの議論に堕しているのです。


要するに自分が何を考えてもそれは思想上の自由なんですけど、そう考えない人も世の中にはいて、それらに対する思想信条の自由についてもやはり考えてほしいんですよね。創価学会日蓮正宗の一部盲信的な方たちはそれができず、まさにチンピラまがいに否定に走ることしかできないのが残念なところです。


井の中の蛙。




いつもありがとうございます。



ところで、ツイッターにも書きましたが、内部の学会批判派には教義的なものが池田名誉会長と日寛教学しか残ってないんですね。
それに依存した信仰者を創価学会は大量生産してしまったので「名誉会長」と「日寛教学」を否定されると、彼らは怒り出すという精神性しか持ち合わせていません。そしてその矛先を信濃町の会長やら副会長に向けているというのが実態でしょうね。


つまり自ら「池田名誉会長」と「日寛教学」の二つしか知らず、それ以外の精神性について考えようとできない「井の中の蛙」状態になってしまっているんです。


まあある意味で純粋すぎるほど純粋な信仰の持ち主でして、その点については敬意を表しますが、結局のところ日蓮正宗と同じ精神性のロジックに陥っていることに気づかないんです。


日蓮正宗もまた自分たちの戒壇本尊や法水を絶対視する井の中の蛙ですが、その教義を大衆化して広めた結果、池田名誉会長の絶対視という結果になってしまいました。
まあとてもじゃありませんが、創価ルネサンスなんて言えませんよね。


日寛教学など中古天台口伝法門を盗用して作られた教義に過ぎませんし、日蓮本仏論など日寛によって構成された教義です。そもそも日有は日蓮本尊説ですし、日精もまた御影堂建立の際に日蓮本尊説に依拠した奉安を行いました。
日蓮本仏論は後世に現れた解釈に過ぎず、その実態は中古天台なのです。
そういったことも内部の創価批判派の方々は理解できませんし、理解しようとしません。
挙げ句の果てはそれを否定されると怒り出すというシンプルな精神性しか持ち合わせていません。その意味では法主を否定されると激昂し出す日蓮正宗の一部信徒とそっくりです。


つまり成立史的には創価学会日蓮正宗の「鬼子」なのです。日蓮正宗自体に教義の一貫性がなく、コロコロと変えてきたに過ぎませんから、「民衆仏法」という名の下にいろいろ師弟とか付随させてわかりやすくしてきたのが昭和52年路線だったのだと思いますよ。
で、純粋な方はそれら師弟主義が宗門により否定された、その極点を昭和54年の会長勇退と捉えるのです。
その反発で結局、「池田名誉会長」と「日寛教学」の二つしか残らないのは必然ですね。








『総勘文抄』再読のために。






いつもみなさん、ありがとうございます。
さて、結構前にこのブログで書いたかもしれないのですが、実は日蓮の再読の可能性という意味で私は『三世諸仏総勘文教相廃立』に注目しています。


しかしながらそこに躊躇している理由は、そもそも『総勘文抄』に真蹟が存在せず、日蓮の直截の思想として判断するには問題が多いという点です。
「真蹟があれば本物で、なければ偽物」という乱暴な立て分けをしようとは思いませんけど、説得力に不足するのは事実です。



ただよく考えてみると『不動愛染感見記』が日蓮の真蹟で存在していて、覚鑁の『五輪九字明秘密義釈』書写も真蹟が存在しています。

だから立場的に『五輪九字明秘密義釈』の五輪=五体とする身体宝塔の思想の『阿仏房御書』や『三世諸仏総勘文教相廃立』を日蓮の真蹟の著作であるとして考察することは、あながち的外れな議論ではないですよね。


確かに『総勘文抄』には真蹟が存在しませんが、平賀本土寺に写本が存在しますし、また中山法華経寺の3世日祐『本尊聖教録』に記載があり、録内とされています。


ただ問題は、それだけで日蓮の本覚思想を語ろうとすると、真蹟に立脚していないことになり、立論としては客観性に欠けることになります。
ですから最終的には試論の域を越えないのですが、『総勘文抄』に説かれた存在論的思惟を独自の思想として考え直す作業を少しずつ始めてみたいと考えています。






危険思想になり得る日蓮。






いつもありがとうございます。




さて、正直に言ってしまうと、日蓮というのはある意味で「危険な思想家」であると思います。



歴史的にみても非常に「危険な思想家」というのは存在するものです。
例えばカール・マルクスやジャン=ジャック・ルソーなどは扱い方によっては非常に危険な思想家だと思います。


ルソーと言う人は『エミール』とかを書いた善良な教育者なんてイメージがありますけど、とんでもない。『市民政府論』で語られた彼の「国家意志」の考え方は、後のロベスピエール独裁制の理論的支柱になっています。
マルクスヘーゲル左派でしたけど、ルソーから少なからず影響を受けています。マルクス思想がエンゲルス思想、また共産主義思想との関わりもあり、扱い方によって危険なものであることはご承知の通りでしょう。


閑話休題日蓮の思想もまた過激であることは信者自身がよくご存知のことでしょう。「由比ヶ浜で念仏者の頸を刎ねよ」と言えてしまったり、他宗を徹底的に排撃したりします。
実際、日蓮思想は近代日本では国粋主義と結びつき、国柱会日蓮主義を生みました。
そもそも先日、ブログで書いたように、日蓮の視点は民衆ではなく国家や武家社会にあるわけで、それが思想的には容易に国粋主義に結びつきやすいんですね。


日蓮は民衆仏法ではない」


日蓮思想が国柱会、また北一輝石原莞爾大川周明等、国粋主義思想が日蓮思想と親近性が強かったのはすでに歴史が証明しています。
また「国家諌暁」と言えば、時の権力者に『立正安国論』を上程することであり、日蓮門流では多く行われてきました。
辻説法などというものは、後世に作られた単なる創作話であり、日蓮の真蹟遺文を見ても日蓮が"辻説法"をしたという記述は見られません。


ですから、日蓮思想のベクトルは徹頭徹尾「国家」に向かっており、それがややもすると国粋主義とか"国立戒壇"等、全体主義的傾向に陥りやすい。
加えて他の思想を徹底的に批判する傾向もあり、それが得てして過激な主張になりやすいことは、顕正会等をみればよくわかる気もします。





唱題は止観の代替。





いつもみなさん、ありがとうございます。


さて妙楽大師湛然は「止観」の意義を強調し、その上で「禅」については批判しています。



『止観輔行伝弘決』等から分かりますが、湛然の考える止観は、禅を包含するものであり、「禅」よりも「止観」の方が優れると湛然は考えていました。


『天台小止観』では「行住座臥」という用語が見られます。禅とは異なり、止観では日常生活の全てにおいて止観を根本に置くという考え方があります。坐禅の修行法を否定しているわけでもないのですが、それをもとにしつつも普段の日常生活から止観による視点で見ていくということが考えられています。


そこから考えると日蓮の『唱法華題目抄』における「行住座臥」という用語からは、"末法"という時代に「禅」を包含した「止観としての唱題行」という考え方を見出すことができます。


つまり日蓮にあっては止観は唱題行に換言されているということです。
法華経の題目を根本にすることで、湛然における止観に替えるという考え方があったと推察できます。


とすると日蓮の禅批判は湛然の禅批判を前提にしているのかもしれませんね。
禅よりも止観が優れており、止観の代替として唱題行を持ってくることができるなら、日蓮の考え方は唱題を止観の代用として考えたと言えるでしょうね。