教学メモ

教学メモ87-2:宝王論「一月三身」と玄籤「三身具足」の月

87で『義浄房御書』に使われている「一月三星」の出所について少々考えたが、いまのところわからないまま、思わず脱線して似たような用句「一月三身」に興味が湧いた。

日蓮は「譬へば月の体は法身、月に光は報身、月の影は応身にたとう。一の月に三のことわりあり、一仏に三身の徳まします。」(四条金吾釈迦仏供養事)と書いたが、同一内容の解釈はSATでみると『寶王論』(念佛三昧寶王論)に「夫佛之三身。法報化也。法身者如月之體。報身者如月之光。化佛者如月之影。」にあった。(織田佛教大辭典)

この論の成立は8世紀頃のようで、台家でいえば湛然の時代と被っている。
遡り智顗から探ってみると「月體譬法身」()。また、眞性軌即法身・觀照即報身・資成即應身と挙げたのちに「新金光明云。…佛眞法身猶如虚空。應物現形如水中月。報身即天月」()とある。
法身は月体は、『寶王論』、また日蓮と一致するけれど、月を三身に譬えるとなると配当が異なる。

では、『寶王論』成立と同時代の湛然はといえば、「三身具足」との句を用いて、以下のように釈している。

「三身具足。應身即水月者。諸水非一故。報身爲天月者。自受用報非多故也。」()という。

湛然は智顗説を踏襲している。

つまり、日蓮の月を三身に譬える発想は、ではなく、『寶王論』と同じだ。
もちろん、日蓮が『寶王論』に拠ったと即断はできない。同じような考えを記す文献は他にもあるのかもしれない。しかしならば、何に拠ったのだろうか。
わからない興味が一つ増えた。

さらに、それにしても何故、一月というように、“日”ではなく、“月”なのか。日蓮と自称したくらいだ。“日”で譬えればよいものを、という疑問が生じる。
次にこの点を考えたい。

ー 87-3 につづく ー

教学メモ87:一月三星は一月三身か(義浄房御書から)

松戸行雄先生からFBで、『義浄房御書』の「一心に仏を見る、心を一にして仏を見る、一心を見れば仏なり」につき、意見を求められ、しばしコメントを交わした。

わたしは「一・心・欲・見・仏から、欲を除いて論を立てる理由はよくわかりませんが、この読み替えは三如是の三転読誦、如是相・相如是・是相如として三身に配立したアイデアを転用し、無作三身に当て嵌めているのだろうとは、想像」と管見を返した。

『義浄房御書』はしかし、無作三身、三大秘法といった真蹟遺文では確認できない用句が見られる。
宮田幸一先生は「天台大師心の字を釈して云く「一月三星・心果清浄」云云」とありますが、「一月三星」でsat検索をすると、室町時代初期の禅僧春屋妙葩の『智覚普明国師語録』に1箇所ヒットするだけです。「心果清浄」はノーヒットです。つまり出典が天台大師ではないと思われます。『義浄房御書』の初出は、それより遅い1473年の弘教寺日健の写本です。いずれにしても、出典を厳しくする日蓮の著作とは思われません」とコメントされている。

松戸先生は、日蓮遺文につき、真偽より思想の功利性を重視されているとお見受けする。「関心を持っているのはこの義浄房御書の一説に関わる解釈」とコメントもされていた。

本書の真偽は別として「一月三星 心果清浄」が気に掛った。
ネットで検索するばかりではなく『織田佛教大辭典』も捲ってみたが載っていなかった。

さて、日蓮は“月”わどう考えていたか、改めて真蹟遺文”を検索して、読み直してみた。
(“三星”の用例は真偽未決通じて『義浄房御書』の1個所のみ)

天子といった擬神化はもちろんある。「大月天 二十八宿 乗鷲 十二宮(日月之事)という如し。

また、「法華経を月」(兄弟鈔)「月こそ心よ」(事理供養御書)という観点も際立つ。

最晩年の「法華経の一字は大地の如し、万物を出生す。一字は大海の如し、衆流を納む。一字は日月の如し、四天下をてらす。此の一字返じて月となる。月変じて仏となる。稲は変じて苗となる。苗は変じて草となる。草変じて米となる。米変じて人となる。人変じて仏となる。女人変じて妙の一字となる。妙の一字変じて臺上の釈迦仏となるべし」(王日殿御返事)という一節は、日蓮の“月”への思いが集約されていると思えた。

その他、本迹への譬え。
「日蓮云 迹門譬月本門譬日歟」(秀句十勝鈔)

しかし、どうやら「一月三星」に係る用例はない。そう思いながら、今一度『織田佛教大辭典』を捲っていると「一月三身」という用句が目に入った。

「一月三身〔譬喩〕一の月を法報應の三身に譬へしもの。【寶王論】に「法身如月體。報身如月光。應身如月影。」

SATで『寶王論』(念佛三昧寶王論)を検索してみると「夫佛之三身。法報化也。法身者如月之體。報身者如月之光。化佛者如月之影。」とある。
應身如月影と化佛者如月之影の相違はあるが、織田はこの文を引いたのだろう。

日蓮が言った「譬へば月の体は法身、月に光は報身、月の影は応身にたとう。一の月に三のことわりあり、一仏に三身の徳まします。」(四条金吾釈迦仏供養事)と同意であるのは興味が惹かれる。三身の根拠を『普賢経』とするが、説明は『寶王論』と異ならないではないこ。

ところで「月の影」とは、現代的に考えると、日蝕を想起しそうだが、これは違う。水に映る月の意味だ。

「不識天月但観池月」()「従本垂迹如月現水 払迹顕本如撥影指天」()と通じるのだろう。

日蓮の「寿量の仏の天月しばらく影を大小の器にして浮かべ給う」「水中の月に実月」「光り西山に及べども諸人月体を見ざるがごとし」(開目抄)とあった書き様は、情緒的であるけれど、玄の意を確りと踏まえている。更に手繰ると『寶王論』に至るという発見には、心が躍った。もちろん、日蓮が同論を読んでいたかはわからない。しかし、考えは同じである。

今回のテーマは、「一月三星」は「一月三身」ではないか、という大胆な仮定から始めたが、どうも、すとんと落着はしなかった。
それでも“月”につき、調べたことに満足感があった。

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教学メモ86:蓮長‐日蓮の漫荼羅観は、具縁品より秘釈に近い、何故か?

法華経における大きなテーマの一つに“塔”がある。実に74の用例がある。
仏が涅槃に入った後(死後)荼毘に付し、その仏舍利の供養のために七宝塔を起てることを繰り返し奨めている。。

例外なのは法師品で「在在處處。若説若讀若誦若書。若經卷所住處。皆應起七寶塔極令高廣嚴飾。不須復安舍利。所以者何。此中已有如來全身」

ここでいう「経巻」とは法華経典を指すのだろう。“巻”、つまり、巻物とする前提は経が紙に書かれていることとなる。しかし、文字化された当初は、貝多羅葉であったろうから巻物であるはずはない。岩本裕は、この部分を、単に「書物」としているのは妥当な訳となるか。梵本から訳した羅什は、何故「経巻」としたのか。奇妙に感じる。

それはともかく、経巻所住の所では舍利は安置しない。何故ならば如来の全身がいますからだという。

岩本訳によれば「そこに如来の遺骨が安置される必要はない…そこには如来の全体の遺骨が安置されているからである」となっている。

安置される必要はない、安置されているからというのは、これまた、奇妙ではないか。まるで謎掛けのような文章である。

この「全身」は宝塔品で7回使用されているが、多宝如来の全身遺骨を指しているのだろう。
「如来の遺骨」とは荼毘で遺った砕骨で、「全身舍利」とはダルマであるというのが後代、定着する答えとなる。
さらに多宝如来は法身を意味するとなっていく。

密教義では法身は大日如来であり、日蓮は顕密習合した法身=多宝=大日の説を『報恩抄』で採用しているのは周知のことだろう。

舍利を安置しない塔は、特に「制底」という。
大毘盧遮那成佛神變加持經「入漫茶羅具緣真言品」に「世人應供養 猶如敬制底」と1カ所。
特筆すべきは『五輪九字明秘釈』18表とある。

「制底備應功徳何況信修是人中芬荼利花是法身舎利…衆生即是无非本尊々々本尊行者本来平䓁我覚本初我是古佛…我心㬅荼羅」

蓮長・日蓮は制底は使わず、単に塔という。
理由はよくわからないが法華経にその用例がないからか。それはともかく
『戒体即身成仏義』の「多寶塔と申は我等が身」
『観心本尊抄』の「多寶佛塔」
『阿仏房御書』の「然者阿佛房さながら寶塔、寶塔さながら阿佛房」
は上掲の秘釈と、大日を釈迦に引き戻し、五大を五字とすれば、趣旨は同義ではないか。

しかし、成仏義に「大日経の入漫荼羅具縁品には慥かに説かれたる也」という。
そもそも秘釈の書写は成仏義より9年も後である。
それにもかかわらず、示される日蓮の漫荼羅は、具縁品より、秘釈に基づいているのは、何故か。

この点は、また追って考えたい。

教学メモ85-2:我有と申す有は其非真言宗者難知

五大概念図2


メモ85を読み直し、「我有」の説明がわかりづらいと思った。
補足として、雑駁ながら「我有」を整理。

『法華経』
 我=釈迦
 有=三界、其中衆生悉是吾子

『五輪九字秘釈』
 我=阿=大日=法身=制底(宝塔)
 我=阿=五大=大日=本尊=衆生
 有=阿=五大

『阿仏房御書』
 我=阿仏(衆生)
 身=宝塔=五大=五字

(阿とは大日の種子
 仏とは如来
 阿仏=大日如来=多宝)

というのが、日蓮の一貫した考えであると、わたしは読んでいる。
(『入漫荼羅具縁真言品』は煩瑣につき、いまは略す)

“五大”とは、五輪塔婆として 梵字‘あ’ 梵バ字 梵字ラ 梵‘か’ 梵‘きゃ’、下から地水火風空と立て積みした塔のかたちで表す。

五輪塔はしかし、梵字‘あ’に他の四大包摂することを表しがたい。そこで、五大の方角と形で図示したのが上図である。

梵字‘あ’:東:方形
梵バ字:西:円形
梵字ラ:南:三角
梵‘か’:北:半円
梵‘きゃ’:中:宝珠

いまは何かというと「宇宙」といい、すべては宇宙から生じるとするが、それは近代自然科学が進み、仏教の説明にも導入されたからである。しかし、古来より密教では、すべては地から生じ、地に帰り、一切の根源は地であったとしていた。宇宙即我ではなく、地即我といったところである。

端的に言えば、我とは法身たる大日、有とは五大であることは、真言宗義でなければ知り難いというのが『戒体即身成仏義』でいう「非真言宗者難知」の意味だろう。五大観は顕教・法華経にはないからである。

梵字‘あ’ は大日如来であり、有たる人畜草木一切合切、地たる法身・我たる大日如来から生じるというのが、蓮長が『戒体即身成仏義』にいう “有” だろう。

しかし、日蓮は、法身・大日を多宝如来とする説を採り、五輪五大の宝塔は五字の妙法蓮華経であると真言宗義を換骨奪胎し、法華経に基づいて再解釈した。これら真言宗義、そして日蓮義に一貫しているのは、我(仏)と有、衆生は本来平等、一如であるところが即身成仏であるという関係である。

法華経の我有を盗った真言宗義を法華経に取り戻したのだ。それこそが『阿仏房御書』という日蓮義ではないか。

誤解がないように敢えて記すが、わたしにそうした信仰があるわけではない。あくまで日蓮の発想の分析であることはこわっておきたい。

教学メモ85:我有と申す有は其非真言宗者難知

「我有と申す有は其レハ2真言宗1者難
『戒体即身成仏義』の第4段「真言宗戒体」の一節である。

“我有”とは『譬喩品』にあることはことわるまでもない。
また、天台法華六大部でみれば、その用例は30あり、殊に『玄』の釈名本十妙の広釈の本国土妙に『浄名経』を引用して論及している。
それにもかかわらず、「真言宗に非れば知り難し」という。
わたしの少ない読書で、該当文につき、直ちに想起するのは一妙日導『祖書綱要』の一節である。

「提婆品の「観三千世界」の文と譬喩品の「今此三界皆我有」の文を引き合せて、十界の依正の当体皆な是釈尊の因行の御舎利(舎利、此の土には身と云ふ)なることを示し畢って、「我有と申すは其れ真言宗に非ずんば、知り難し」と云ひ、また五大所成の我身を指して多宝塔と為し、自身の法身を以て釈迦・多宝の二仏と為る事相の法門を明し了って、「法華経を是れ体に意得れば、則ち真言の初門なり」」

文中、二か所注意すべき点がある。
まず一つは“五大”、一つは“多宝塔”である。

ここでいう“五大”とは、五輪、梵字‘あ’ 梵バ字 梵字ラ 梵‘か’ 梵‘きゃ’、地水火風空のことである。
この五大観は智顗・湛然にはない。まさに真言宗の義である。

もう一つ“多宝塔”と、日導は唐突に書いている印象を受けないか。
実は、この一節を読んで、わたしは腰が抜けるほど驚いた。

その理由。
覚鑁『五輪九字明秘釈』に引かれる一字入蔵万病不生即身成佛頌、「若凡若聖 得潅頂者 手結塔印…」でいう“塔”とは多宝塔(制底)のことだからだ。

顕教漬けになっていると気が付かないが、梵字‘あ’ 梵バ字 梵字ラ 梵‘か’ 梵‘きゃ’ とは大日如来のことである。その大日が多宝如来であることは、後に日蓮も書いている。
何故、日導は、この覚鑁義を知っていたのだろうか。『五輪九字明秘釈』を写していたこと、その内容を知っていたのだろうか。

それにしても『戒体即身成仏義』を蓮長が書いたのは仁治(1242)3年21歳の時で、是聖房が『五輪九字明秘釈』を写したのは建長(1251)3年30歳の時である。
日導の知識にも驚くが、21歳の段階で蓮長は一字入蔵万病不生即身成佛頌を知っていたのだろうか。成仏義の文面に明確に、頌を載せないのは、この密教相承以前、内容は知っていたから真言宗戒体と挙げるも詳細しなかったということだろうか。
尤も、蓮長は頌を挙げるのではなく「大日経の入漫荼羅具縁品には慥に説れたる也」という。つまり9年後に写した秘釈に挙がる頌との関連を論及していない。

文末に「真言の戒体は人見シテ相承を可失。故に別に記して一具に不」と詳細を避けている。しかし、「真言宗戒体」と銘打って記す以上、蓮長は当該相承を受けてのことだろう。


教学メモ85:日蓮の弘法に掛ける覚鑁批判

わたしのテーマの一つに、若き日蓮への覚鑁の影響がある。そのためか、わたしが「日蓮が覚鑁を全面的に肯定していた」と考えていると批判する人がいたので、以下、メモ。

日蓮宗電子聖典で見る限り、日蓮遺文で「覚鑁」の用例は、真蹟のない『真言天台勝劣事』にしかない。
覺鑁かくばんは法華は眞言のはきものとりに不及釋せり」とある。

では、真蹟には覚鑁の用例はないのかと思いきや、「覚」と房号をもって、『撰時抄』『太田禅門許御書』『曾谷入道許御書』にある。

「聖覺房カ舍利講ノ式云。尊高者也不二摩訶衍之佛。驢牛三身不能扶車。祕奧者也兩部漫陀羅之教。顯乘四法不堪採履ト云云』

写本でも『法華大綱鈔』『早勝問答』に名はなくても、覚鑁舍利講式を指すと思しき文章が載る。
舍利講式は『興教大師全集』では「舍利供養式」の題名で掲載されている。

解説は区々で
撰時抄』では「顯乘ノ四法ト申ハ法相三論華嚴法華ノ四人。驢牛ノ三身ト申ハ法華華嚴般若深密經ノ教主ノ四佛。此等ノ佛僧ハ眞言師ニ對スレハ聖覺弘法ノ牛飼履物取者ニモタラヌ程ノ事ナリトカイテ候。」
太田禅門許御書』では「三論天台法相華嚴等元祖等相對於眞言之師不及於牛飼不足於力者書筆也。乞願彼門徒等在心之人案之。非大惡口非大謗法所詮此等 狂言弘法大師起於望後作戲論之惡口歟。」
『曽谷入道許御書』では「三論・天台・法相・華嚴等元祖等2スルニ於眞言之師1 不2於牛飼ニモ1 不2於力者ニモ1ケル筆也。乞願クハ彼門徒等在心之人セヨ之。非スヤ2大惡口1。非スヤ1大謗法1。所詮此等狂言弘法大師2於望後作戲論之惡口ヨリ1歟。」

弘法に包めて、覚鑁も批判している印象だ。
ここまで真言師として批判しているから、覚鑁義を用いるはずがない。そう考えがちだが、さにあらず、換骨奪胎して、しっかりと『観心本尊抄』『阿仏房御書』にも『五輪九字明秘釈』の影響が窺えることは、また、他で書くこととする。

教学メモ84:日蓮の弘法に掛ける覚鑁批判

わたしのテーマの一つに、若き日蓮への覚鑁の影響がある。そのためか、わたしが「日蓮が覚鑁を全面的に肯定していた」と考えていると批判する人がいたので、以下、メモ。

日蓮宗電子聖典で見る限り、日蓮遺文で「覚鑁」の用例は、真蹟のない『真言天台勝劣事』にしかない。
覺鑁かくばんは法華は眞言のはきものとりに不及釋せり」とある。

では、真蹟には覚鑁の用例はないのかと思いきや、「覚」と房号をもって、『撰時抄』『太田禅門許御書』『曾谷入道許御書』にある。

「聖覺房カ舍利講ノ式云。尊高者也不二摩訶衍之佛。驢牛三身不能扶車。祕奧者也兩部漫陀羅之教。顯乘四法不堪採履ト云云』

写本でも『法華大綱鈔』『早勝問答』に名はなくても、覚鑁舍利講式を指すと思しき文章が載る。
舍利講式は『興教大師全集』では「舍利供養式」の題名で掲載されている。

該当文の日蓮の解説は遺文ごとに区々で
撰時抄』では「顯乘ノ四法ト申ハ法相三論華嚴法華ノ四人。驢牛ノ三身ト申ハ法華華嚴般若深密經ノ教主ノ四佛。此等ノ佛僧ハ眞言師ニ對スレハ聖覺弘法ノ牛飼履物取者ニモタラヌ程ノ事ナリトカイテ候。」
太田禅門許御書』では「三論天台法相華嚴等元祖等相對於眞言之師不及於牛飼不足於力者書筆也。乞願彼門徒等在心之人案之。非大惡口非大謗法所詮此等 狂言弘法大師起於望後作戲論之惡口歟。」
『曽谷入道許御書』では「三論・天台・法相・華嚴等元祖等2スルニ於眞言之師1 不2於牛飼ニモ1 不2於力者ニモ1ケル筆也。乞願クハ彼門徒等在心之人セヨ之。非スヤ2大惡口1。非スヤ1大謗法1。所詮此等狂言弘法大師2於望後作戲論之惡口ヨリ1歟。」

弘法に包めて、覚鑁も批判している印象だ。
ここまで真言師として批判しているから、覚鑁義を用いるはずがない。そう考えがちだが、さにあらず、換骨奪胎して、しっかりと『観心本尊抄』『阿仏房御書』にも『五輪九字明秘釈』の影響が窺えることは、また、他で書くこととする。

教学メモ84:即身成仏の用例について

法華六大部で覧ると「即身成仏」の用例は、湛然『文句記』に「問爲不捨分段即成佛耶。若不即身成佛此龍女成佛。」とあるのみである。しかし、密教文献には実に多くの用例があり、日蓮もまた真蹟遺文のみでも37の用例がある。

そのようなことから「即身成仏」は、湛然の造語を、密教圏で意味を変えて定着し、日蓮は、湛然と密教の両例を取り混ぜながら活用した、そんな理解でいた。

ところがSATで改め検索してみると竺仏念が訳出した『菩薩從兜術天降神母胎説廣普經』に「即重白佛。捨身受身即身成佛耶」の用例があった。

竺仏念は生没は未詳ながら東晋時代(西暦317年~420年)の人のようである。

妙楽湛然は景雲2(711)年~建中3(782)年の生没だから、なんと400年も後ということになる。

湛然が竺仏念の用語を活用したのかどうか、その点は、どうもよくわからないが、備忘に録しておくことにする。

教学メモ83:日蓮の即身成仏観 五戒から五行、五大を経て、五字に

先にFBで是聖房蓮長が日蓮になるまでの真言宗(除空海義)研鑽から五戒と天台宗智顗・湛然五行との習合の摂取、さらには主に覚鑁義における真言宗の五大を習合させ、軈ては妙法蓮華経の五字で統一していく生涯の教学変遷を書きたいと記した。
自分のブログを見直すと、雑感メモをいくつか書いてきた。
今後の足掛かりに取り敢えず、以下に挙げてみた。

暦仁(1238)元 17 円多羅義集唐決 写
 翻刻~30回
 『授決圓多羅義集唐決解説』再読①~2回

仁治(1242)3 21 戒体即身成仏義 著
 天台本覚ではなく、真言本覚か
 戒体即身成仏義に見る日蓮の色心観
 伊藤瑞叡「『祖書綱要』の註釈的研究」を読む(2)

寛元(1243)元 22 戒法門 著
 『戒法門』整理
 天台本覚ではなく、真言本覚か
 日蓮墨筆を読む(614) 五輪九字秘釈(23)
 日蓮墨筆を読む 雑感(32)『五輪九字明秘釈』から関連する真蹟を読む
 (戒之事 五戒図断簡 断簡292-次不邪婬)
 鈴木一成著『日蓮聖人遺文の文献学的研究』を再読(9)

建長(1251)3 30 五輪九字明秘釈 写
 翻刻~60回
 教学メモ(備忘録)4 五大、大日真言、妙法五字
 教学メモ8 五輪塔は縦、生死一大事血脈抄は四大か五大か
 日蓮墨筆を読む 雑感(30)興教大師全集所蔵『五輪九字明秘釈』を読む
 那須政隆著『五輪九字秘釈の研究』抜き書き

建長(1254)6 34 不動愛染感見 授
 雑記・メモが多数あり
 今は略す

教学メモ82:三妙合論への不審と「本時娑婆」について

高校の時か、大学の時か、創価学会で受けた教学試験の口頭試問は「三妙合論とは何か」だった。
「本因妙・本果妙・本国土妙のことで、本因妙とは我本行菩薩道、本果妙とは我実成仏已来、本国土妙とは娑婆世界説法教化…」と試験勉強で覚えたての説明を答えた記憶がある。
創価学会の教学試験など、いまとなっては笑止千万であり、取得資格も教授・教授補・講師など、実におこがましい。
しかし以来、恥ずかしながら三妙合論は台当共通の用語であると思い込んでいた。ところがSATを使うようになって暫くして検索するとヒットしない。天台電子仏典、日蓮宗電子聖典でもヒットしない。大石寺門派の特殊用語であることを知ることになった。
日蓮以後、門下で「本因三妙」という用句があり、大石寺では「三妙合論」の用句が使われだした。この両句は同じ意味として括るのは乱暴だが、三妙の用例として共通する。

『観心本尊抄』読解に係り、論じられてきた三妙(因果国)に、わたしは不審がある。本因の菩薩行を上行としてしまう教学はまったく納得できない。
同抄における地涌上行は本因妙ではなく、本十妙でいえば本眷属妙に係ることではないか。本眷属とは、まさしく地涌菩薩を指すからである。

また、『観心本尊抄』は三妙のみによるのではなく、本十妙全般を強く意識されて構成されていると思える。この点は追って詳細しようと思うがいまは措て置く。しかし、以下はメモ。

観心本尊抄』10紙表18行に「本師娑婆」と書かれるが、古来より“本時”の書き間違いであるとされてきた。山川智應は書き間違いではなく「本師」であると主張したという。しかし、わたしは「本時」であると思う。
理由は、『玄義』の本十妙、殊に広釈における“本時”の用例から、そう思う。

広釈を覧ると“本時”は実に13の用例があるが、“本師”はない。

けれど、約本明十妙の釈本迹の六義の3約教行爲本迹には「攝得本時之師教妙。兼得本師十妙。」の文があり、本時と本師の関連を述べる。
よって「本師娑婆」を間違いといえばやや言い過ぎの感はある。

しかしながら「本〇娑婆」の娑婆は土に係る語彙である。土といえば本国土妙であるが、ここに「娑婆者。即本時同居土也。」とある。娑婆=同居土であるから、「本時同居土」は「本時娑婆」と同義である。よって日蓮は、「本時娑婆」と書くべき所を「本師娑婆」と書き間違えたと判断されてきたのだろう。本師娑婆では本十妙と会通しないからである。
また、「本〇娑婆」は「宝塔居空」と続くが、本眷属妙には「本時寂光空中」の文も見えるので、やはり「本時娑婆」が『玄』とはよく会通するのである。