2020年 12月 の投稿一覧

#530 江戸時代の大石寺法主に短命法主が多いのは「戒壇の大本尊」のヒ素によるヒ素ガスが原因か(?)・1679–1955年の大石寺法主平均寿命は同時期の他山貫主より約十歳以上短い

(動画418) 1982年・英ニューキャッスル大学デービッド・ジョーンズ博士の論文 (特命リサーチ200X)プレビカリウス(カビ)にヒ素を与えて培養すると、トリメチルアルシン(有毒ヒ素中毒ガス)が発生→体内に入ると死に至る・ナポレオンのヒ素中毒が疑われる死・画家のヒ素中毒がこれに該当するのではないかと検証した。大石寺「戒壇の大本尊」は1679年から1955年の奉安殿落慶まで宝蔵に秘蔵され、宝蔵で開扉が行われていた。宝蔵とは土蔵造・密閉空間・光無し・風通し悪い・高湿度・カビが発生しやすい環境にあり、ヒ素ガスが発生していたと考えられる。 3 前回の動画418では、「戒壇の大本尊」を偽作したのは大石寺9世日有なので、大石寺12世日鎮~54世日胤までの43人の法主の寿命を計算して平均60.6才という数字が出た。しかし1679年に「戒壇の大本尊」二体が宝蔵に収蔵されてから、1955年の奉安殿落慶まで、宝蔵で「戒壇の大本尊」の開扉が行われていた。明治以降、法要があるときは御影堂で御開扉を行っていた。だから1679年から1955年までの大石寺法主の平均寿命を計算すべきとのご意見をいただいたので、大石寺21世日忍~64世日昇までの44人の法主の平均寿命を計算したところ、63.2歳であった。40代7人 50代12人 80代4人 90代1人(日亨)。 身延山久遠寺の大石寺21世から64世と同時期の法主は29代~84代の56人の法主で、こちらの平均は75.3才。池上本門寺の大石寺21世から64世と同時期の貫首は、22代~76代の55人の貫首で、平均74.5才。北山本門寺の場合は、14代~46代の23人の貫首で平均71.0才。 中山法華経寺の場合は、34代~127代の73人の貫首で、平均70.5才。京都要法寺の場合は、24代~49代の25人の貫首で、平均66.6才。保田妙本寺の場合は20代~50代の31人の貫首で、平均66.0才。西山本門寺は20代日円~49代由比日光 △25人平均 59.36才 讃岐本門寺 17代日研~36代貞広日文 △12人平均63.08才 大石寺・京都要法寺・保田妙本寺・西山本門寺・讃岐本門寺など富士門流寺院の寿命が短いのは、堂宇を普段から閉め切っていることによるでカビ・ヒ素中毒が原因ではないか。カビは奉書で拭くぐらいでは取れない。


目標を全てやり切りました!

☆令和2年・2020年完勝! 役目を終えた今年の手帳と明年の手帳の写真を示します。 写真解説「古い手帳は茶色、新しい手帳は水色。開いているページはクリスマスの週」 いよいよ今年が終わるんですね。そして明日は令和3年(2021年)です。 実感がわかないです。きょうも仕事でしたし明日も仕事ですから。 でも、少なくとも令和2年は「完勝」でした。 当たり前とはいえ「無事故・無違反、無遅刻・無...

2020年大晦日

今年もいよいよ最後の日を迎えました。
皆さんにとってはどんな年だったでしょうか。
もちろんコロナウイルスという思いもしなかった大惨事に、世界中の人々の生活が一変したこと抜きで語ることはできませんよね。まだこれからどうなるのか誰にもわからないとんでもない世の中になりました。コロナ禍は私たちに多くのことを警告してくれたと思いますし、自分で考えることの大切さを教えてくれました。
このブログを始めた2011年の大晦日に、私はこんな風に書いていました。

>2011年が終わろうとしています。
私が創価学会の真実に気がついて2ヶ月。
今年は日本全体にも個人的にも大変な年となりました。
来年こそは、少しでも希望の持てる年になるように
努力していきたいと思います。
一人でも多くの創価学会の方が、
自己矛盾と思考停止に気がついて、
自分の本当の人生を取り戻すことが
できますように祈ります。
皆様、よいお年をお迎えください。

あれから9年間で、多くの学会員さんが自分で「創価は詐欺だ」ということに気がついたという報告をいただきました。もうとても数え切れる数ではありません。それだけでもこのブログを続けてきたよかったと思えます。たくさんの方にこのブログを支えていただきました。本当に感謝してもしきれません。皆さま、本当にありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いいたします。

今年はこのブログも9月1日に1,000万アクセスを達成することができやことが、大きな出来事ではなかったかと思います。このときのスレッドには256のお祝いのコメントをいただきました。

https://signifie.wordpress.com/2020/09/01/祝!1000万アクセス達成!創価学会とは何だったの/

いかに創価が問題のある新興宗教かということが、普通の感覚の人であればこのスレッドのコメントを読んだだけでも嫌という程わかると思います。それがわからないとか、嘘ばかり書いているとしか思えない人は、もう何を言おうが創価から抜け出すことができない、つまり『自己矛盾と思考停止に気がつけなかった人』なんだろうと思います。そうなると、たとえ創価学会が詐欺だと社会的にも認知されたり、創価が突然解散したりしても「創価は正しかった。創価を信じて一生を捧げた自分の人生は正しかった」と死ぬまで言い張るのだと思います。
あと10年。つまり2030年あたりに創価学会がどのようになっているかを想像してみてください。創価学会は30年前に日蓮正宗から破門されました。それから今までの30年間、創価学会員は減り続けて今に至ります。今となっては新入会員はほとんどいなくなり、一世と言われる自分の意思で入会した学会員は高齢化して大半は亡くなってしまいました。今創価学会に残ってる会員は、高齢で新聞配達もできなくなったた会員と、入信動機のない二世三世の中途半端な会員たちです。今のように男女青年部が激減するのはすでに予測できたことです。もうこれまでのように地区単位での学会活動ができなくなったところも多くなりました。協議会、座談会、御書学、唱題会、本幹といった会合に集まる会員も少なくなり、いても高齢者ばかりとなりました。しかもこのコロナ禍では会合すらできない状況になりましたので、自分で考える学会員も増えて、自分がこれまで何をやってきたのかに気づく学会員さんも増えるでしょう。これから創価学会員の数が増えるとは考えられません。このような現実を前にしてもなお原田会長は何故「世界広布新時代」と叫び続けるのか、一般の学会員さんにも考えて欲しいとは思いますが、考えることができない人が活動家なので「考えましょう」と言ったところで無駄な話です。そんな創価脳さんたちも、2030年あたりになれば少しは考え始めるかもしれません。その時に「あ、そうだったのか!なんで早く気づかなかったんだろう?あのブログでもあんなに多くの経験者が言ってくれていたのに、なんで気づかなかったんだろう?こんな歳になって創価が詐欺だと気づいても、いまさらどうにもならない。自分の一生はこの詐欺集団に騙されて搾取され続けただけの人生だったと悔やんで死ぬしかない。もう今さら悔やんでもどうしようもない。二度とない自分の人生はこれでおしまいなんだ」こんな風に死ぬ前に覚醒する創価脳さんは少なからずいると思います。あと10年でいわゆる一世はいこの世からほとんどいなくなるでしょう。一世がいなくなったら、一世との人間関係がめんどくさくてやめることができなかった二世三世は普通にやめていくでしょう。今の時点で「創価は正しい宗教だ」と信じている入信動機を持つ一世の学会員が何を言おうが、創価学会は2030年に存在しているかどうかさえわからないほどの弱小新興宗教になっていると思います。得票数が減り続ける公明党を自民党がいつまでも連立を組むわけがありませんし、自民党に限らず、いろんな団体や企業は創価と関わることのリスクの方が大きくなるわけですから、創価の立場は孤立へと向かうだけでしょう。
とにかく今の現実を普通に見れば、創価学会には10年後の未来さえないことなど誰にもわかることです。しかし創価脳さんだけは何がどうなろうと「創価は正しい。そうかを信じている自分たちだけが幸せになれるんだ」という卑屈以外の何者でもない考えにひたすらしがみついたまま死んでいくのだと思います。もうそれは仕方のないことだと思います。それこそ自業自得というものです。だって周りの人たちがその人のためにと思って言っても聞こうとはしないんですからね。それはもう自己責任ということだと思います。晩年になって気づいて創価にに文句を言っても「いやいや、あなたは創価に騙されていたんですが、それに気づく機会はいくらでもあったはずです。でも周りの人の善意の声を聞こうとしなかったあなたの責任です。あのとき『自分で考えてください』と散々言われても考えることを拒み続ける人生を選択したあなたの責任です。誰に文句を言っても仕方のないことです。」と言われるだけでしょう。

2020年の大晦日、私はあえてこの動画を皆さんに見てもらいたいと思いました。それは古舘伊知郎氏が報道ステーションを去るにあたり、緊急事態条項の恐ろしさを伝えようとした渾身の報道です。
https://youtu.be/1WV_B4xUVYI

この動画の12:56のところでヒトラーは叫びます。
「私やナチを疑うのは頭がおかしい者かホラ吹きくらいの者だ。我々はドイツのために戦う。断固として戦わなければならないのだ。」
創価の幹部の言い回しそのものです。
そして15:30から見て欲しいです。
「この惨状を見た連合軍はワイマールの市民をここに連れてきて見せた。その時の様子を撮影していた女性カメラマンが、のちにこのように記しています。女性は気を失った。男たちは顔を背けた。あちこちから『知らなかったんだ』という声が上がったんだそうです。しかし収容者たちは怒りをあらわに叫んだ。『いいや、あなたたちは知っていた』」
私が今もなお創価から騙されている学会員さんに言いたいのは「本当は知っていたでしょ。心の奥底には何かしら判然としない疑問が渦巻いていたのではありませんか?でもそれに向き合うのが恐ろしかったら、きっと恐ろしいことになってしまうのが怖くて、自分の正直な心に蓋をし続けてきたのではありませんか?」と問いたいのです。いや、問いたいというよりも、やはり自分で考えてほしいということです。
私は9年前の今頃になって、やっとその自分の中のモヤモヤしたものと真正面から向き合うことができました。年齢も50歳を越えていました。ここまで時間がかかったのは、やはり怖かったからだと思います。50年も騙されて生きてきたという、それこそ信じられない現実に向き合うことの恐ろしさに怖じけずき、自分の心に蓋をしてきたんです。創価や日蓮仏法のことを疑問に思うことは何度もありましたが、その度に「もう疑うことはやめよう。何が何でも信じていこう」そう自分に言い続けて50歳まで生きてきたんです。でももうその蓋では抑えられなくなりました。自分で考えるということは、現実に向き合うということだと気づきました。そうなると、なんで自分は今まで目の前の現実を無視してきたんだろう!なんで無視することができていたんだろう?と考えました。その答えこそ「考えなかったから」でした。単純にそう思いました。人間は自分で考えなくても生きていけるんだと気づきました。むしろその方が楽なんだと。楽だから自分で考えずに人の言うことを意味もなく信じて生きてきたんだと思いました。そしてそのような自分の人生を心底悔やみました。頭がかしくなるくらい悔やみました。
ナチス政権下のワイマール市民は収容所でのユダヤ人虐殺を「知らなかった」と叫んだと言います。しかしそれは違ったのでしょう。知らないことにしていた。それが楽だった。向き合うと辛いから考えないことにしていたというのが現実だと思います。
学会員さん。創価学会を心底信じていますか?創価学会の信仰だけが世界で唯一人間が幸せる信仰だと、本気で信じていますか?本当に信じているかどうかを自分に問いかけたことがありますか?もしこのブログを読んでいるのであれば、きっと心の何処かに創価を信じて生きていっていいのだろうか?という不安な気持ちがあったからとは思いませんか?だったら自分で考えて欲しいんです。多少の不満や疑問があっても、誰かから言われたことを鵜呑みにして生きて行くのは、自分で考えて判断して行動して生きていくことよりも楽なのかもしれません。でもその楽な生き方が、果たして本当に幸せな人生なのかどうかを自分で考えて欲しいんです。
ワイマール市民が言った「知らなかった」という言葉。この意味するところを考えて欲しいんです。人生、晩年になって「知らなかった」では済まされません。もちろん自分の人生にとってです。「知らなかったんだから仕方がない」で納得できるのであれば何もいうことはありません。しかし、少なくとも私は「知らなかった」で済ますことができなかったのです。
一般に詐欺は騙された方も悪いとなります。創価の詐欺もそうでしょうか。生まれた時から親兄弟や周りの人たちから「創価学会の信仰だけが世の中で唯一の正しい生き方だ」と毎日言われて育った人間に「騙される方が悪い。自己責任だ」と言えるでしょうか。しかし創価学会は大々的にその親や子や孫の代までにわたる恐ろしい集団洗脳をやってきたのです。会員が死ぬまでお金を騙し取る恐ろしい集団洗脳。今もなお騙されている学会員さんに、この恐ろしい現実に気づいて欲しいからこそ「自分で考えることによって現実に向き合ってください」と言い続けてきました。これからも言い続けて行きます。

このスレッドでは、年末年始にあたり、これまでの皆さんそれぞれの今年(これまで)の反省と来年(これから)の抱負を書いていただけると嬉しいです。

それでは皆さん、来年こそは良いお年を!

気楽非活の思想的変遷

 

 

 

いつも皆さん、ありがとうございます。

 

 

 

さて、このブログを長く読まれている方なら、私の思想的な遍歴は多くご存じのことと思います。

かつて創価学会のバリバリの活動家だった私は、広宣部のメンバーになり、諜報活動や大石寺系教団信徒との対論に駆り出される中、徐々に創価学会、そして大石寺系の教義の欺瞞に気づかされました。

現在では、日蓮法華経そのものを批判し、そもそも鳩摩羅什訳の法華経の構成に問題があり、また日蓮の思想そのものは仏教ですらないという立場に立っています。

 

 

 

現在は初期仏教の立場から、一切は十二処十八界の束に過ぎず、真実や法の常住を求めることは釈迦の教えと反するという、龍樹(ナーガールジュナ)の『中論』の立場に立ち、『十住毘婆沙論』や親鸞の『教行信証』から、念仏思想を求める信仰者として孤立の道を求めています。

 

 

 

私は親鸞法然源信の著作などを読むようにしていますが、ただ別段浄土真宗等のお寺に所属しようという気は全くありません。寺に参拝する気もありませんし、檀徒や信徒になる気もないです。

信仰者というのは個人の力で求めていけるものだと今は確信しているものなので、なんら教団のお坊さんに教わろうなんて思っていません。まして大石寺日蓮宗系の僧侶さんにわざわざ教わろうとは思っていません。

大石寺系の御住職の中には博識の方もおりますが、多くは富士学林の教義かぶれになってしまいまして、幅広く仏教を学ぶことができない。だいたい後世の創作に過ぎない戒壇本尊をどうして教義の中心としなければならないのか理解できません。挙句の果ては布教活動も信徒にやらせるばかりで自分たちでやる気さえない。

 

 

 

創価学会の幹部などそれ以下も以下、もはや問題外でございまして、そもそも日蓮の遺文を知らない。御書をろくに読んだこともない人が大半です。

大石寺26世堅樹院日寛書写の曼荼羅を拝んでいるのに、日寛の著作ももはや知らない。

挙句の果ては弘安2年造立とされる戒壇本尊の存在も知らない。

その写しという教義で固められているはずの日寛本尊、そして創価学会本部の常住本尊(大石寺64世水谷日昇書写)を拝むということの矛盾を彼らが全く理解できていない。

 

 

 

そしてこのブログでしばらく日蓮の遺文、また富士門流の文書をひたすら読もうと心がけました。

幸いに富士門流系の文書については、広宣部時代に手に入れた富士宗学要集が全10巻そろっていましたから、ここから手当り次第に読んではブログで書いていました。また広宣部時代にさまざまな文献を集めていたり、史料を整理したりしていましたから、読むことに関しては苦になりませんでした。

さほど丹念に読みこめた自信もありませんが、読んでいてわかったことは、いかに大石寺が自分たちの権威性を高めるために興門流の他山の文書を利用していたか、という彼らの偽善性です。

『御本尊七箇相承』と戒壇本尊との相貌の矛盾、『本因妙抄』本文の改竄、北山本門寺に伝わっていたはずの二箇相承の換骨奪胎、『日興跡條條事』写本の改竄、その他多くの文書の公開拒否……これでは信じるに足るものなどありません。日蓮宗から冷やかにみられているのもよくわかるというものです。

 

 

 

「弘安2年の戒壇本尊は日蓮の造立ではない」

https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/01/31/000248

 

 

 

日蓮の遺文については、『昭和新修・日蓮聖人遺文全集』(平楽寺版)を入手して読み始めましたが、まあ……創価学会版・大石寺版の遺文の改竄のひどいありさまといったら大変でした。

こらえていろいろ読んでいくうちに気づかされたのは、そもそも日蓮の発想そのものが国家の奉じる宗教への主張だったということです。

立正安国論』で明らかですが、日蓮は国家の加持祈祷に正しい教えを用いるべしと考えていました。そしてそれが法華経であり、なかんずく自分自身の南無妙法蓮華経なのだという立場です。

この発想そのものがもはや仏教ではありません。法華経安楽行品では信仰者は為政者や大臣、王族に近づいてはならないと戒められています。それに聖徳太子の『法華義疏』でも信仰者は為政者に親近してはいけないとされています。

つまり日蓮国家主義的発想そのものが儒教的な発想に彩られていまして、同時に神道への親近性が徐々にわかってきてしまったんですね。

日蓮の思想には儒教の『貞観政要』の影響が色濃く存在し、事実北山本門寺には日蓮自身が書写した『貞観政要』の写本が現存しています。また『忘持経事』等、多くの遺文の内容に『貞観政要』の引用が為されています。

 

 

 

読んでいるうちに「あ、こりゃダメだ」と(笑)、自分で自分の方向の誤りに気づき始めました。

自分の信仰を根底から否定した恥さらしの私が、今さらこだわりを持つこともありません。

そんなダメダメの教えを信じ込んでいた私がそもそもバカだったのですから。

 

 

 

私は学生時代に『御義口伝』をよく読んでいました。『御義口伝』には名文句が多く、簡にして要を得た説明で法華経の言々句々を大胆に解釈するものです。この『御義口伝』から日蓮思想の再解釈を夢見ていた、そんなおめでたい(笑)時期が私にはありました。

しかしながらそんな淡い希望も打ち砕かれるに至ります。そもそも『御義口伝』最古の写本は天文8年(日蓮滅後257年)の八品派日経のものでしかなく、大石寺写本はさらに後世のものです。しかも挙句の果ては弘安元年述作とされる講義の中に日蓮滅後13年後の『科註妙法蓮華経』の引用がされており、もはや日蓮の純粋な述作とは言い難いものでしかありません。

 

 

 

大石寺写本『御義口伝』の改竄」

https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/10/08/000000

 

 

 

私が『御義口伝』を読んで学んだことは、空仮中の三諦の理論です。これは後に気づくことになるのですが、単なる天台の教学に過ぎず、このルーツはいったいどこにあるのか、私は様々な仏典を彷徨することになります。

そして私は北伝仏教の開祖とも言うべき龍樹(ナーガルジュナ)の著作に行き着きます。

 

 

 

私は当初龍樹の『中論』の意味がわかりませんでした。あらゆるものを否定するニヒリズムのように感じられて、その意図を理解するまで少々時間がかかりました。『中論』の訳についても複数を読み比べ、少しずつ丹念に読んでいきました。今は削除されていますが、『中論』の読解もこのブログでは記事としてあげたことがあります。

 

 

 

読み進めるにつれて、龍樹自身が『中論』とは別に『十住毘婆沙論』という念仏の著作を書いていることを知り、大きな衝撃を受けます。もちろん現代において『十住毘婆沙論』が龍樹の真作であるかどうかには議論が多く、両述作を安易に結びつける議論には慎重を要するのですが、研究をされている方の論文、また源信道綽法然親鸞などの著作を読むにつけ、念仏思想における龍樹のこの作品の位置の大きさを知るに至りました。

 

 

 

私は当初、念仏思想に誤った先入観を持っていました。極楽浄土が西方の彼岸にあるのだという誤解です。そして穢土を離れた浄土で涅槃(ニルヴァーナ)を果たすのが浄土思想だと思っていました。

しかしながらそれはどれも間違いであり、そもそもニルヴァーナの境地を得たいと思って憧れること自体が迷いなのであり、龍樹の意図はそのような常住の法や憧れとしての境地を根底から否定したことにあったということです。

 

 

 

「涅槃と浄土」

https://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2020/12/13/231020

 

 

 

私はこのブログ執筆を通してさまざまな方と知り合いました。その方たちと出会えたことには感謝しています。

しかしながら、創価学会日蓮正宗顕正会等の大石寺系教団を批判することでしか、自分たちのアイデンティティを語れないとするなら、私には意味がないと感じるに至りました。

批判は批判でも構いません。ではその後に自分は何をしたいのかということです。

挙句の果ては自分自身を権威づけて、他者を貶めるだけの人の多さに気づきました。それなら他者を全否定する大石寺系の思考回路と何ら変わるところがないと私には思えました。

 

 

 

私は青年部時代、創価学会の地域組織の再興を夢見て活動していました。今考えてみれば単なる妄想の狂信者といったところです。そのような勘違いの使命感を帯びて活動に明け暮れていました。題目も狂ったように唱えていました。1日3時間の唱題を決意し、青年部の幹部時代は寝る間も歩く暇も惜しんで題目をあげていました。あまりにずっとあげているもので、近所の幹部さんが心配になって家のドアを叩いて尋ねてきたことがあるほどです。

やるなら徹底してやりたいといつも考えていました。

そしてそんな妄想の熱が醒めた頃、自分のやってきたことは何だったのかと考えるようになりました。気が付けば私は母も父も失くし、天涯孤独の身になっていました。母の親族も宗教絡みの拗れから疎遠になり、亡くなったり一家離散になったりしていました。

 

 

 

バリバリの活動家だった私は母とともに活動から遠ざかり、一気に非活になりました。

母と地域家族の縁から当初は退会にまで踏み出すことができませんでした。

私は創価学会が地域に強いネットワークを張り巡らせており、その相互扶助の組織からおいそれと抜け出すことがいかに地域によって難しいかをよく知っているつもりです。ですから母の地域からの目もあり、当初はゆるやかに非活の道を選ぶことしかできませんでした。

と同時に、今の私は創価学会を退会していますが、一定数の会員が直ちに創価学会の組織から離れることがそれなりに難しいということも熟知しているつもりです。

 

 

 

だからこそ苦渋の選択ながら非活の道を選んでいる方も私には大切な人です。まして私の母や父がそうでした。

そのような方を侮蔑して憚らない、選民思想の裏返しのような考え方を持つ人に私は全く共感できませんでした。

結局、創価学会大石寺を批判する人たちの多くが、同じ元の穴のムジナで、同じような選民思想に囚われてしまうのでしょう。自身のパラダイムの限界も理解し得ないのなら、釈迦の十八界を学ぶことも現実として彼らは無意味だということです。

 

 

 

自身の思想的陥穽に気づき、自身の依拠する思想がそもそも根底から根拠がないこと、一切は十八界の束に過ぎないこと、それへの執着から離れることこそが私の考え方です。

と同時に、私は仏教に無量の門があるとする龍樹の考えに深く共感するものです。

 

 

 

 

『龍樹菩薩伝』によれば、若き日のナーガルジュナは仙術を会得し、王宮に勝手に入って女性たちを誑かしました。その結果、龍樹の仲間たちは切り殺され、一人龍樹のみが生き残ることになります。彼は心に「欲は苦しみの根である」と自らを恥じ、仏門に入るに至ります。ここで描かれるナーガルジュナは決して他人から褒められたような人間ではありません。単なる欲の塊が自身の若き日の半生を悔い、生き直すという起点から龍樹の信仰が始まっていると考えられます。

 

 

 

私はかつて創価学会員として、また日蓮正宗の信徒として、多くの人を傷つけ、その人生を狂わせてきました。

広宣部として対論や諜報活動に取り組み、恥の多い生涯を送ってきました。

私は他者に褒められる人間ではありません。何かを語れるような人間でもない。

しかしそんな罪深い人間もまた、念仏の思想によって救われることを龍樹や親鸞の著作は教えてくれています。

私はどんな寺の信徒にも檀徒にもなりません。

大石寺系の日寛教学から離れることのできない、御義口伝かじりの池田大作戸田城聖の思想には辟易しました。

どんな信仰も自由です。しかしどんな教団も個人の信仰を侵害する権利は持ち得ません。