2019年 9月 の投稿一覧

#44 日顕vs池田大作の真実4・池田大作氏の意図は宗門支配による本門寺改称・不開門を開くことであり、日蓮正宗からの独立ではない

池田大作氏の意図・野望はあくまでも日蓮正宗の中で大石寺の本門寺改称・不開門を開く・正本堂を日蓮遺命の戒壇と定義づけて広宣流布を完成させるためであり、日蓮正宗からの独立ではない。日蓮正宗から独立してしまうと池田大作氏は野望を達成できなくなってしまう。「魂の独立」とは1991年の創価学会破門以降、池田大作氏が言い出したこと。池田大作氏は宗創和合時代は一度も「独立する」とは言っておらず、山崎正友裁判の証人出廷時や「恩師の23回忌に思う」の論文では、日蓮正宗からの独立を否定している。「池田大作氏が独立を企図しているのではないか」と言ったのは池田大作氏ではなく、日蓮正宗である。





 

 

 

 

#43 仏教宗学研究会・英昭彦は仏教原理主義者でもなければ聖僧絶対主義者でもありません

「二箇相承・百六箇抄が偽書の根拠を示して下さい」との質問を受けましたが、教学上の偽作論については、すでに「アンチ日蓮正宗・オフィシャルブログ」で論じており、きちんと根拠・証拠を示しています。そちらを御覧になって下さい。時折、「生涯独身の僧侶はエラい」という人が電話をかけてきますが、英昭彦は仏教原理主義者でもなければ聖僧絶対主義者でもありません。妻帯している僧侶がダメとは一言も言っていませんし、生涯独身の僧侶がエラいとも言っていません。なぜこんなことを言う人が電話をしてくるのか、不思議です。電話は相談のある人のために設置したもので、教学等のことで延々と2時間、3時間と長電話するのは、ご遠慮下さい。教学の質問はブログの書き込み、メッセ、メール、「facebook」のメッセンジャー、ライン等でお願いします。






 

 

#42 日顕vs池田大作の真実3・1986-1990年になぜ池田大作氏は日蓮正宗(宗門)批判のスピーチをはじめたのか

自分の在世中の広宣流布・王仏冥合・舎衛の三億・大石寺の本門寺改称・正本堂即日蓮遺命の戒壇の定義完成を目指す池田大作氏が、宗創和合時代の1987年ころから、なぜ日蓮正宗(宗門)批判むと思われるスピーチをはじめたのか。それは池田大作氏が目指す大石寺の本門寺改称・正本堂即日蓮遺命の戒壇の定義完成を大石寺にさせるための圧力である。当時は日蓮正宗信徒の99%が創価学会員だった。「創価学会が日蓮正宗からいなくなったら、日蓮正宗はやっていけなくなる。だから創価学会の要求を聞け」という論理で、独立をちらつかせながら日蓮正宗を創価学会の膝下に納めようという作戦である。池田大作氏は「昭和五十二年路線」の時も、今回も独立をちらつかせていたが、池田大作氏のほうから独立する意図はなかった。あくまで作戦である。






 

質素な庵で生涯を過ごされた大聖人

蓮祖は立宗後、松葉ケ谷の小さな草庵を拠点とされました。

とうてい寺院とは呼べない、いたって質素な庵です。

その草庵も念仏者に襲撃され、蓮祖は生涯で20回以上住処を追われています。

身延では地頭の波木井が立派な堂宇を寄進しようとしたもののそれを断り、木造の質素な庵に住まれます。

冬には衣が凍り付くほどでした。

当時の生活は、自給自足に等しいものだったといわれています。

しかし、多くの来客や弟子を安全に受け入れる必要があったこと、柱が傾いて壁が倒れてしまったことなどから、半月ほどの突貫工事で、ようやく十間四方の大坊に建て直しました。

とはいえ、他宗の寺院とは比べ物にならない小さな「総本山」でした。

華美な建築は、蓮祖の御精神に反します。

学会の会館は無駄のない質実剛健な作りですが、これは災害時の避難所として活用することを念頭に置いているためです。

隠居の身でありながら、出張所と称する豪邸で悠々自適の余生を過ごした日顕に、蓮祖の御精神が微塵も受け継がれていなかったことは明白でしょう。