2018年 12月 の投稿一覧

二律背反と弁証法

本当にげっそりする。というかした。
前向きにものを見ようとすれば、余計なコメントをしてわたしを苛立たせるからだ。

まずもって否定。否定からはいって他人を批判する。なぜこういう思考しかできないのととことん辟易する。
人がどうしても否定的な思考をしてしまう原理は知ってますよ。
カントの説いた「二律背反」がそれだ。

人間は理性的に思考すれば、必ず否定的な思考に陥り、終末論に至るという論理だ。
いわば、この二律背反は人間の理性に備わった生得的なものの見方というわけだ。

世の中のほとんどすべての人はこの原理にしたがって、発言している。
あの政策はクソ。それじゃ駄目、そんなことをしていては駄目、ダメ、ダメ、ダメ、ダメーーー!!!
馬鹿なのかよお前らは。

そりゃあね、二律背反というのは、生得的なものなんだから仕方ない部分はある。
けど、生得的なものだけで生きようとしたら、動物と変わんねーだっての。

だから、ヘーゲルは「弁証法」というものを説いて勧めたわけだ。
この弁証法というのは、理性に備わっているものではない。
人が、理想を追求し、強い意志をもって行わなければできない思考法なのだ。
そこが二律背反と違うところなのだ。

弁証法とはすなわち、ある議題に対して、肯定Aという意見と、否定Bという意見が生まれ、それが対立することで、肯定でも否定でもなく、肯定Aと否定Bを超越した、意見Cというのが生まれるという理論だ。そしてこの弁証法は、人間の善くしようという強い意志があってはじめて出来る議論の仕方だということだ。

だからカントの説いた二律背反のような生得的な能力ではない。弁証法でものを考えるのだという先進的努力が必要なものなのだ。

そしてまた弁証法というのは、一度意見Cが出たらおしまいではなく、時間の経過とともに、意見Cもまた議題となり、それに対して、肯定D、否定Eを生みだし、それらがまた、意見Gを生みだすというわけ。

つまり、弁証法は、永遠の進歩のために必要な議論法であり、カントの二律背反とは正反対に、終局的には楽園に辿りつくという議論法なわけだ。


むろん、このヘーゲルの楽観主義には非常に問題がある。
それをはっきり理解させたのが、ダーウィンの進化論なわけだ。
確かに、人や社会は絶え間なく進化し、進歩してきたといっていい。ただしその進化は各時代の環境に適応したものが(その時代の潮流に乗った人たちだけといい換えてもいい)が、優れた資質を開発し、そうでないものは自然淘汰されてきたという進化であるということだ。
簡単にいえば、進歩してきたといっても、その原理はあくまでも弱肉強食であり、強い者が蔓延る形の進歩だったということだ。

だから安易にヘーゲルの弁証法の信者になるわけにもいかないということだ。
しかし、少なくとも、動物的に二律背反思考をして、否定的にものを見ることを止めて、弁証法で社会批判をする意志を人間は持てるのだから、できればそうしたほうがいいに決まっている。

創価にしろ、アンチ創価にしろ、政治云々を語っている人々にしろ、右翼にしろ左翼にしろ、誰もかれもが口を開けば否定から入る批判しかしてないじゃないか。レーダー照射は韓国が悪い、いや日本だ、捕鯨はああちゃらこうちゃら……しょせん野次馬の戯言しか言えてないだろうが。
そんなことを吐き散らすくらいなら口閉じてろってんだ!
そういう吐き捨てご免みたいなことばかりをお前らがしてるから、世の中が絶望的にしか見えなくなるような、わたしみたいな人間を生んでるってことを考えろってんだ。

そう、だから、こんな世界クソでゴミ! こんな世界のために努力しようなんて気が起きないというのが、わたしがずっと抱えてきた苦悩なんだ。

人や社会のせいにしても仕方ない。そんなことはわかってるわ。
だけどな、人は社会的な生き物であり、環境に大きく左右されざるを得ないものだってこともまた事実なんだわ。
散々説明したろ。人は受動的能動でしか、能動的になれないって。
スピノザもそう言ってるんだわ。

レーダー照射、誰が悪いとかじゃねーだろ。実際ミサイル飛んできて、誰か死んだのか? そうじゃないだろ。
だったら終わったことをいつまでもグダグダ言ってんな。以上終わり。
これが弁証法的思考かどうかは別として、ようはそういうことだろうが。

捕鯨がどうの。簡単なことだろうが。
捕鯨をすることで得する奴がいる。捕鯨には既得権益がある。とくにそれは捕鯨団体の支持を受けている政治家と捕鯨関係を統括している官僚がいて、そいつらが既得権益を失いたくないから、しがみついてるだけの話だろ。だって日本人の一年間の鯨肉消費量の平均は30グラムとか50グラムだろ。一年間だぞ。一年に一円玉30枚とか50枚だぞ。それは既に、鯨肉が必要とされてないって証拠だろうが。
だから、日本の捕鯨やりたい連中は政治的理由だなんて、ふつうに考えればすぐにわかるってことだ。

そらな、IWCもクソだよ。国連の五大国が幅を利かせて威張ってるのと同じ構図があってさ、そもそも団体そのものが捕鯨絶対反対という側に傾きすぎてて、公平な議論すらできない団体みたいだからな。
でもさ、この世界には時代とか潮流ってのもあって、時代に見合った行動が要求されてる部分もあるわけだ。
そこに文化だの伝統だのを持ちだしてみたって、最後は自然淘汰されるダーウィンの進化論にある結末にしかなんねーぜ。グローバリゼーションが起こると、必ず反撥する力が働いて、ナショナリズムが勃興するんだけど、捕鯨に拘ってどんどん全体主義が進むんだったら、そんなもん潔く止めたらええやん。

捕鯨に関わらなきゃ生きてけないわけじゃないだろうが? 転職がそんないやなんかい? 
まあそういうことだわ。国際的にぶつかり合って、話し合いの場から脱退するようなことじゃねーわな。
阿保くさい。転職する勇気もねー阿保が、捕鯨がなくなるのは死活問題だ! って騒いでるだけやろ。

いいか、レーダー照射がどうの、捕鯨がどうのなんて騒いでられるなんか平和ボケもいいとこなんだぞ。
世界を見てみろや。レーダー照射だ、捕鯨だなんて言ってられない人たちがこの世界にはいんだよ。
今日明日にだって、30グラム、50グラムの飯にだってありつけないで餓死してるような子どもがいんだよ。
病気になっても、医者に診てもらえないで死んでく子どももいる。好奇心のかたまりで、勉強したくても学校にもいけない子どももいる。それどころか綺麗な水さえ飲めない子どももいんだよ。
紛争地域にいて、いつ殺されるかという恐怖におびえてる子どもだっていんだろ。
例え何もできなくても、そういうことに心の一つもくだくのがまともな人間てもんだろ。

中国が軍事を強化したから、脅威だ! 日本はもっと防衛力を高めて云云、馬鹿か。
そんなもんに金使うまえに、やるべきことがあんだろって話だ。
そんなことさえわからない馬鹿ばっかじゃねーか。


Is This The World We Created? / Queen(1984年)

けど、こういうこと語ってる奴いんのかよ?
どいつもこいつも、くだらないことほざいてるだけだろ。
「こうしたらいいかもね」程度の自分の意見すら言ってる奴はいねーわ。


おい、自分ファースト。
お前さぁ、恥ずかしくないのか?
「自分で稼いで生活してください」ってさ、俺が生活保護うけてるとか勝手に決めてねーか?
残念でした、未だ受けてません。俺の金で食ってるんだよ。
なに偉ぶってもの言ってんだ。
俺のことなんか何も知らねーのに、好き勝手いって励ましてるつもりになんな。

大体さ、お前が自分が働いてることに満足してれば、他人に対して、こんないいがかりはしねーんだよ。
いいか、お前の本心を見抜くのなんか、簡単なんだよ。

ようは、お前自身、いま働いていることに不平不満が一杯あるんだよ。
でもって、俺はこんなに苦労して働てるのに、こいつは呑気にだらだら生きて、しかも偉そうに理屈捏ねてやがるぜって具合にものを見てるんだよ。
おわかり?

お前の不平不満を俺にぶつけるなってことだ。

お前が自分自身や、自分のやってることに満足はしていなくとも、納得や理解をしていれば、不満なんて出ないんだよ。
もっともクソなのは、それに気づけないで不平不満を俺にぶつけてることだわ。
俺に八つ当たりしてるくせに、さも自分が社会貢献してる風な顔すんなってことだわ。

そもそも、匿名なら何でも言えるよな。
そういうこともわかってねーお馬鹿さん。

しょせん口だけだろ。
俺が社会復帰するために、行為行動にして何かできるのかよ?
できねーだろ。する気もないだろ。だったら黙ってろってんだ。

本気でそうするような意志があるんだたら、匿名でほざいたりしねーんだよ、まともな人間はな。
メール寄越して、本名とか連絡先とか教えてでも対話しようとするんだよ。

匿名でほざくことしかできねー臆病者が。
ていうか、この10年、ここで俺と議論になって、弁証法で説明したところの、意見Cに辿りつけた奴いねーじゃねーか。
みんな逃げ出しただろうが。

直接関わっていけるようになったと思ったら、損得むきだしにして、あんたがそんなならもう付き合えないってな。
ネットでもリアルでも、まともに関われない奴らばっかじゃねーか。
10年だぞ。10年そんな思いしてみろよ。
世の中に絶望すんのフツーだわ。人間社会に絶望すんのフツーだろ。

それでも、せっかく本を読んで前向きに世界を見よう、前向きに世界を見よう。
できれば年内中にそういう方向にって、俺はたった一人で自分と戦ってきての大晦日だったんだわ。

けど、匿名のクソおたんちんが、阿呆なコメントしてくれたおかげで、すべて台無しだわ。


悪徳を非難するよりは徳を教える方がよい(スピノザ)


徳はちゃんと教えたぜ。
お前が俺に対して、直接なにも出来ないなら黙ってるのが徳だってことだ。
こんなとこきて嫌味いってねーで、HNのとおり、自分のことをちゃんとやったほがいいぜ。
仕事に不平不満抱えてねーで、仕事を楽しめる自分をつくれよ。

結局さ、前と同じなの。
お前が言いたいことは「働かざるもの食うべからず」なんだろ。

けどさ、この警句の意味知ってるの?
働ける状況にあって定職についているのに、働きもしないような奴に食う資格はないって意味だぜ。

仕事が出来る状態であるかどうか、お前は俺の何を見て判断したんだ。
このブログの文章だけだろうが。
そんなんで、俺が仕事ができる状況かどうかなんてわかんねーだろ。

阿呆が。
おかげで気分最悪の大晦日になったわ。


ああそれから、例の「三世永遠の因果」君はどうしたんだ?
俺のこと批判どころか人格攻撃までしてきたくせに、俺が空や因果論を徹底的にかつ理性的論理的に説明したら、うんもすんもねーじゃねーか。

まあ、そんなもんだと思ってたけどね。
最後は逃げ出す。
自分が間違ってたと絶対認めない。
認めなくてもいいんだよ。妥協点を見つけられればね。
そう、弁証法でいうところの意見C、つまり止揚、アウフヘーベン。

まあ、年末だから、今年の総括というような意味で、俺が考えた思想とほぼ同じ思想の仏教観の方のページをリンクしとくので、反論したいなら、ちゃんと反論してきなされ。
それができないなら、他人の人格攻撃ともいえることはもう止めることだね。

結論 何のために生きるのか その3
南直哉『「悟り」は開けない』

【大晦日】

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破魔矢などの授与品も準備できました。


【大晦日】

12月31日。

大晦日になりました。

御宝前と道場は荘厳され、授与品の準備も出来て、明日の新年祝祷会を待つばかりです。

新年祝祷会の後の清餐に出す、毎年恒例のおでんの調理も進み、美味しそうな匂いが漂ってきます。

私は、自分の分担の黒大豆の煮付けを昨日に仕上げました。


昨日は、部屋の御仏壇の掃除をしました。

「いずれは、私もここに入るのだ。」

と思いながら掃除をしていたら、いつの間にか2時間もかかっていました。

綺麗に浄められた御仏壇は、別の世界のように見えました。


快晴ですが風が吹いていて、石田堤の松や桜が揺れています。

普段は空気がある事を意識しませんが、風に揺れる木々を見て空気の存在に気づくのですね。

揺れる木々をじっと見ながら

「人の魂も目には見えないけれど、確かにあるのだ。」

と思っていました。


大晦日の夜は、部屋に長女家一同が集まって食事をします。

年に一度のこの日は、私にとって楽しい晩なのです。

孫のF君やMちゃんも、同じテーブルで蕎麦を食べました。

こうして、大晦日の夜は更けていきます。

明日の新年祝祷会が無事奉行出来ますように祈っています。





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来年になれば・・・

天皇陛下が御譲位される年なのにも関わらず、来年(2019年)の初詣・・・こんな「狭いホームだけ」で、300万もの明治神宮への参拝客を、さばけるのか?・・・と言うのも、通常、明治神宮の最寄駅でもある、山手線...

【修法衣】

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連幣も完成しました。
道場の内外や社などに取り付けます。
副担任が取り付け方を改良してくれたので、時間と人手がかからなくなりました。

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連幣の取り付けが終わりました。

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破魔矢などの授与品も準備できました。


【修法衣】

12月30日。

急に思い立って、修法衣と袈裟の繕いを「Yoさん」に頼む事にしました。


この修法衣は二着目です。

衣には、「昭和61年1月1日にAさんが御主人の追善供養として奉納して下さった」と書いてあります。

奉納されてから今年で33年も経っているので、衣も袈裟もあちこちが傷んでいます。

糸は弱り、布はすり切れ、随分と汚れているのです。


忙しい年の暮れ、しかも元旦まではあと10日程しかありません。

しかし、「Yoさん」は

「はい、分かりました。」

と言って持ち帰り、数日して

「先生、出来ました。」

と言って、捧げるように持って待て来てくれました。


洗濯されてアイロンがかけられ、新品のように綺麗になっていました。

裾のすり切れも繕われ、糸のほつれも全て直してあります。

随分と大変だった事だろうと思います。

感謝して、心の中で

「有難う。」

と言いました。


修法衣を身につけるようになって、平成31年は丁度50年目になります。

綺麗なった修法衣を手に取ると、昔、師匠の修法衣や袈裟を繕った事など色々な思い出が蘇ります。

平成最後の31年を、新しい心をもって迎える事が出来るように、まずは新年祝祷会の無事円成を祈りました。



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②若き宝友へ――勝利へのエール―― 仕事と活動の両立

心は一歩たりとも信心からはなれないことです。
また、少しでもかんがあれば、しょうせんぱいまなんでいくことです。


 

 〈ごとぼうで日本では思うようにがっかいかつどうができず、その後、ヨーロッパで山本伸一会長と再会した青年との会話(小説 『新・人間革命』 の一場面)〉
 「日本では、なかなか、会合にも出席することができず、先生には、ご心配をおかけしてすいません……」

 「いいんだよ。仕事が大変なことはわかっている。ただ、心は、一歩たりとも信心から離れないことだ。また、こうして、少しでも時間があれば、私にぶつかって来る、あるいは、先輩にぶつかっていくということが大事なんだよ。
 私も、なすべきだいは山ほどあるが、時間はかぎられている。そこで、心がけていることは、いっしゅんたりとも時間をにしないということだ。さっきも、日本のどうに、がみいていたんだよ」
 見ると、つくえの上には、すでに書き上げられた、20つうほどのふうしょがきがあった。それは、しおむねに、ゆうほのおを燃え上がらせた。

 

 

がっかいは“こうふくあんぜんたい”です。
少しでもえんしていこうという心が大事です。
ごとさいだいじゅうじつさせていくげんどうりょくが、信心なのです。


 

 学会は、もっとこころづよい「ぜんしき」のかいです。
 いそがしくて、なかなか会合に出られなくても、思うようにだいもくがあげられなくても、同志とれんけいを取り合っていくことが、どれほどささえになり、はげみになるか。まさに福運あふれる“幸福の安全地帯”です。
 だから絶対に離れてはいけません。少しでも縁していこうという心が大事なんです。
 日蓮大聖人は、「おんいをきょうとをぼしめせ、『いっさいけんせいさんぎょうみなじっそうあいはいせず』とはれなり」(御書1295㌻)とおおせになられました。
 自分の仕事を法華経のしゅぎょうであると思っていきなさい。げんじつしゃかいのあらゆるいとなみは、ぜんみょうほうがっするものなのですと、教えてくださっています。
 仕事と信心は、別々ではない。むしろ、仕事を最大に充実させていく原動力が、信心であり、学会活動なのです。

 

 

いかに時間をつくりだすかがすでたたかいです。
大変なじょうきょうのなかで信心にはげむからこそ、それだけどくも大きいんです。


 

 〈学会活動の時間が取れずなやんでいるせいねんとの会話〉
 「ぼうななかで、いかに時間をつくりだすかがすでたたかいなんです。少しでも早く、ごとに仕事を仕上げて活動に出ようと、必死に努力することから、ぶつどうしゅぎょうは始まっています。自分の生命がきたえられているんです。このちょうせんを重ねていけば、ぎょうしゅくされた時間の使い方、生き方ができるようになります。
 へいじつは、どうしても動けないのなら、にちようなどに、一週間分、一ヵ月分にそうとうするようなじゅうじつした活動をするという方法もあります。
 たとえ会合に出られないことがあっても、こうせんこうという信心を、きゅうどうしんを、いったりともこう退たいさせてはなりません。
 戸田先生は、よく、『青年はろうせよ。苦労せよ』『なやみなさい。うんと悩みなさい』とおっしゃいます。また、『苦労して、悩んでこそ、人の気持ちもわかるようになり、だいどうしゃそだつことができる』とも言われている。私も、その先生のご指導を生命にきざんで、いしばりながらちょうせんしています。
 きみには、いまたいへんじょうきょうのなかで、『こうやってがっかいかつどうをやりいた』『こうやってしょくの大勝利者になった』というじっしょうしめして、多くの男子部員に、そのたいけんかたれるようになってほしいんです」

 

 (2018-7 大白蓮華「輝く青春の宝珠――池田大作先生の指導を学ぶ 青年部 教学室 編」 若き宝友へ――勝利へのエール―― 聖教新聞社)より

◆ 12.29サイレントアピール大勝利のご報告と本年一年間のカンパの御礼

20181229サイレントアピール
(2018年12月29日撮影)

「学会は、どこまでも異体同心であり、全員が平等な同志である。そして、その根本には、師弟の精神がある。
 初代、2代、3代によって、学会は、未来永遠の発展の基礎が築かれた。
 真の師弟の精神がある限り、学会は将来にわたって勝ち栄えていく。」
(名誉会長指導)

 本年最後の『学会本部前サイレントアピール』に、全国各地から創価変革の同志が結集した。
 『世界の柱』たる創価学会が、中枢である学会本部の内部からおかしくなっている今、広宣流布を阻む「一凶」と化した原田執行部に厳然とスローガンを突き付ける。
 「創価学会の原点である三代の思想と精神に帰れ!」と。
 寒さは身に染みた。それでも皆、ただただ師との誓いを果たそうと学会本部前に向かう。
 そして、他の会員さんの通行に迷惑をかけまいと、歩道の端に一列に立ち師匠への誓いを果たすためにスローガンを掲げた。
 しかし、スローガンを掲げる私たちの前に若手本部職員20人ほどが、約1m間隔でずらりと立ち並び、道行く学会員にスローガンを読ませまいと、あからさまに立ちふさがり妨害するのである。
 そして、道行く会員さんに連呼するのだ。
「大変ご迷惑をおかけしております!歩道が狭くなっています。申し訳ございません!!」
 同志が立っている場所は公道である。その公道を狭くしているのは明らかに本部職員である。それにもかかわらず、我々に問題があるように連呼するのだ。

 しかし、それでも不屈の同志は、模造紙2枚分の大きな横断幕を前に立ちふさがる若手職員たちの頭上まで持ち上げ掲げるのである。
 むろん我々はサイレントである。声を出す訳ではない。周りから聞こえてくる大きな声は、我々を妨害する若手職員の「ご迷惑をおかけしております!申し訳ございません!」との声である。
 あえてそう連呼し続ける声に、怒りがこみ上げてきた。しかし、歯を食いしばりながら、腕の痛みに耐え何度も持ち替えながら「目を覚まして欲しい!」と高々と横断幕を持ちあげサイレントアピールを続けるのである。
 すると、しばらくたつと一人のご婦人が横断幕に書かれた「辺野古」の文字を見て近づいてきた。そして
「そうよね。私も(新基地建設)反対だから!当然よ、がんばって!」と声をかけてくださったのである。
 若手の本部職員が叫び続ける中での、小さな声である。しかし実に嬉しい声だった。感動する声だった。ここにも目を覚まし始めた本物の弟子がいたのだ。
 しかし、30分くらいたつと、突然若手職員が、「申し訳ありません!トラックが入ります!!」と大声で叫びはじめた。なんと、超大型トラックが狭い路地に入り込んできて、車道の幅の半分ほどを占拠する形で停車したのだ。それも、私たちの前を完全にふさいでだ。
 その車体なんと「20トン」。超大型トラックである。よくもこんな細い道路にこんな大型が入ってきたものだ。
 正直、誰もがびっくりした。狭い車道に20トンの超大型トラックである。
 若手職員のリーダーがずっと電話をしていた。サイレントを妨害するために前から手配していたのだろう。なんだか、人間が小さく見える程の大きなトラックである。
 私はすぐさまサイレントアピールを続ける同志の心に影響があるのではないかと思った。
 しかし、その姿は微塵もない。そんな姿は微塵もなかったのだ!
 いや、それどころか、なんと皆が自然と分散して、申し合わせていたかのように、会員さんから見える位置に寄ったり、反対側の歩道に移動したりして横断幕を掲げているのである。まさに不軽菩薩である。何事もなかったかのようにサイレントを続けているのだ!
 そして隣にいた地方から駆け付けた同志が笑顔で私にこう言った。
「こんなことで負けませんよ!『難即誉(ほまれ)』です。」
 なんだか涙がでてきた。
 サイレントをしている同志はあくまで創価学会員である。その同志になんという仕打ちであろうか。それでも笑顔で「難即誉です」と語るのだ!
 みな、なけなしのお金をかき集め、地方から新幹線や夜行バス、そして飛行機を使ってただただ師匠の創価に戻って欲しいと、命を削って集ってきた。そしてこの仕打ちである。
 しかし、あまりに偉大な不軽菩薩の如き非暴力・不服従の闘いに私は心から感動した。
 師匠は厳然と仰せである。
「法難が起こるのは、経文に照らして、『正義の証明』であり、『難こそ誉れ』というのが、日蓮仏法のとらえ方である。」と。
 私は言いたい!断じて言いたい!!
「不当な迫害にも揺るがない不屈の同志こそ、師匠に育てていただいた真の池田門下の弟子である!!」

 第二部の懇談会に移動すると、同志がこう語った。
「あのトラックが突然来たとき。今の学会本部を象徴しているように思ったんです。力によって人を押さえつけようとする。対話をすれば良いだけなのに、言うことを聞かなければ反逆者として力を使って威圧しようとする。
 あんなやり方を思いつくこと自体、今の学会本部を象徴していると思ったんです。」

 その通りである。
 サイレントに立つ会員は敵ではない。同志であり学会員である。先生が表舞台に立たれていた時の学会では到底考えられない暴挙だろう。 
 そしてこう続けた。
「しかし、その威圧に誰人たりとも臆さない!不軽菩薩のごとく、さっと移動し、また先生に届けとサイレントをし続ける。狭い側溝に立って、必死に手作りの横断幕を掲げて、こんな寒い中で師匠に届けとアピールをし続ける。あまりに健気な弟子の姿に、これこそが『正義』なんだと思ったんです!『正義の弟子』の姿がここにあるんだと思ったんです。」
 さらに
「大きなトラックでした。あまりに大きなトラックが私たちをふさぎました。でもその大きなトラックを見上げた時、大きな空があった。先生は絶対に見ているんだ!先生は絶対に、狭い側溝の上に立つ小さな私たちを見ているんだと思って涙が出てきたんです!我が胸中に居られる師匠は全部見ていると思ったんです。大きなトラックから見れば小さな自分でした。でも、こんな小さな自分でも、師に届けと懸命に誓いを果たそうとする!これが正しい弟子の姿だと思ったんです。これでいいんです!絶対にこれでいいんです!!」と。
 命の叫びであった。
 あのトラックは学会本部が見過ごせないほどの勢いで、創価変革の同志の連帯が拡大している何よりの証左である。
 大聖人そして池田先生の仰せのとおり、「難こそ誉れ」「難即前進」を実感できた大勝利のサイレントアピールをやり抜いた同志のお顔は、清々しく輝いていた。
 こうして、大勝利のサイレントアピールによって今年一年を終えることができました。
 今年一年、本当に本当にありがとうございました。
 師弟不二に生き抜く同志の方々と出会い、絆を深めさせていただいくことが出来るのは、『創価変革のための座談会』を毎月のように開催できるお陰です。
 そして、すべて『創価変革の闘い』を土台から支える「真心のカンパ」をして下さっている皆様方のおかげです。同志の真心のカンパの応援がなければ、現実的に今のような「創価変革の闘い」を進めることは到底出来ませんでした。
 以前は、「闘い」にかかるすべての費用を自分たちの私財から出していました。
 しかし、不甲斐なく解雇無効裁判に負けた私たちに、貯金が底をつくという事態が目の前に大きな壁となって立ちはだかりました。
 全国各地で座談会を開催し、創価変革の闘いを進めていくためには、どうしても資金が必要となってくる。しかし、貯金は底をつき、このままでは闘いを継続することができない。悩み葛藤しました。
 必死にアルバイトもしました。しかし、不甲斐なくも自分たちが生活するだけでもギリギリでした。
 それまでに、たくさんの方々からカンパの申し入れを頂いていました。
「私は座談会やサイレントアピールに参加したくても諸事情があり、足を運ぶことが出来ません。でも、創価学会を師匠の仰せ通りの創価学会に変革したいという思いは一緒です。せめてカンパで応援をさせてもらいたい。」
 本当に有難いお話にただただ感謝の思いでした。
 しかし、その時は同志のご厚意に甘えてはならないと思い、丁重にお断りをさせて頂いていた。
 しかし、どうしても月に一度を目指していた座談会が開けなくなっていきました。資金をためるには時間がかかる。なかなか戦いが進まない。
 不甲斐ない自分を感じながらまずは資金をためることに専念しました。仕事をはじめ、資金調達の戦いを始めました。しかしそうした中、ありがたいことに、「私の地域で座談会を開いて欲しい。」「今月は座談会がないのですか。」と多くの方から要望を頂くようになりました。
 そんな中、地方に左遷された時、必死に支えて下さった婦人部が伝えて下さった。
「創価変革の闘いは、3人の闘いではない!自分の闘いです。それを自分が出来ないことを3人にやってもらっているんです!是非カンパを受け取るべきです!」と。
 涙がでた。もっともっと自分は戦わなければと真心に涙がでた。ブログも、座談会も、サイレントアピールも全部、全部やらないといけないんだ。それが正しいんだと、婦人部の真心に涙がでた。
 私は真剣に祈り、思いました。
“原田執行部が変節した今、『創価変革の闘い』は、紛れもなく広宣流布の『核』たる闘いであり、その闘いに使うお金は、『広宣流布』のために使うお金であり我々だけの戦いではない”と。
 私自身は本当に不完全な人間です。弱き自分です。今いる現実から逃避したくなる時もある。普通の生活に戻ろうかと誘惑にかられる時がある。
 しかし、題目を上げ、師匠のご指導を読めば読むほど、今ここでこの闘いを止めることは、師匠と同志への最大の裏切り行為であり、そして何より自分自身を裏切る行為だと、いつも反省する毎日です。

“人生は闘いである。そして、ひとたび闘いを開始したならば前に進むか、逃げるしか道はない。
 しかし、もし逃げたとしても、逃げた苦しみは永遠に続く。本当は、逃げれるということ自体、錯覚なのだ。
 前を向き、顔を上げ、前進する以外に、道はないのだ!
 やるからには、徹底してやり抜く以外に道はないのだ!!”


 私たちは、ありのままの自分で、同志の真心をすべて受け切り、己の使命を己の人生をすべて捧げるんだと腹を決め戦う決意をしました。
 こうした覚悟で、2年前から『創価変革の闘いにかかる費用のためのカンパ』をお願いさせていただいてきました。

 本年も、すべて皆様からの多大なる真心のカンパによって、偉大なる「創価変革の闘い」を前進させることが出来ました。
 1月の「広島座談会」を皮切りに、2月には80名を結集した「サイレントアピール」、3月「岐阜座談会」、4月には共戦の同志との初の共同開催となった「長野・飯田座談会」、そして5月は関西の地で「大阪座談会」を開催。
 7月には埼玉の篠澤協司さんに対する不当な除名処分に断固抗議する「サイレントアピール」そして「九州・福岡座談会」、8月「横浜座談会」、9月は八王子の鎌田有子さんへの除名申請の撤回を求める「サイレントアピール」、10月は篠澤さんが迫害と闘われている地元「埼玉・坂戸座談会」、11月には関西は大迫害の地「京都座談会」
 そして、12月29日は、権力の抑圧に屈しない大勝利の「サイレントアピール」と、怒涛の如く前進し、今年だけでも延べ474名の創価変革の同志と連携を深めることができました。
 本年、真心のカンパをしてくださった皆様にこの場をお借りして、心から御礼を申し上げます。本当に、本当にありがとうございました。
 またご連絡先が分からない方には、御礼の電話も出来ておらず、誠に申し訳ない思いです。
 重ねてこの場をお借りして御礼申し上げます。
 本当に、本当に、ありがとうございました。

※カンパは座談会の会場費、会場で使用する機材、登壇者と会合運営をして下さった方への交通費、以外の目的で使用することは絶対にありません。

 明年は、学会本部の不知恩の弟子たちが、偉大なる師匠池田先生を会長辞任に追い込んだ『嵐の昭和54年』から満40年である。
 そして、春には統一地方選挙、夏には参議院選挙が予定されている。近年の公明票は年々落ち込んでおり、“創価学会の弱体化”は誰の目にも明らかとなってきている。その元凶は師弟を見失っている学会本部執行部にある。
 それゆえに、「権力の魔性」に取り憑かれた学会本部はその“威信”をかけて、尊き学会員の方々を“選挙の駒”として使い、なりふり構わず躍起になって闘いを起こしてくることが目に見えている。
 ゆえにだからこそ、明年こそ“学会本部の変質の実態”を明確にあぶり出し、すべての学会員の方々が気付くように明確に示しゆく絶好の年である!
 創価三代の師匠が示してくださった「師弟不二の精神」「死身弘法の実践」を忘れれば、一切の歯車が狂い、組織が変貌してしまうことは自明である!
 ならば学会本部をもう一度、三代会長の「思想」「精神」に戻す年こそ、明年である!
 明年2019年を『創価変革の大勝利の年』と定め、いよいよ創価を愛する私たちが己の意思で行動を開始し、断固として師匠の仇を討ち、三代が命懸けで築かれた偉大なる創価学会の再建を、共々に進めて参りたい!!


〈〈【告知】1・27(日)千葉座談会のお知らせと、ご参加の連絡のお願い〉〉

 日時
 平成31年1月27日(日)13時~(予定)
 ※ 会合の時間と式次第は、決定次第あらためてブログでお知らせ致します。


 場所
 TKPスター貸会議室千葉 カンファレンスルームB1B

 (住所:千葉県千葉市中央区栄町36-10  YS千葉中央ビル B1F)

 千葉座談会に参加を希望して下さる方へ
①事前連絡のお願い(なるべく)

 「座談会」に参加を希望して下さる方は「参加人数」をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからメールでお知らせ頂けるとありがたいと思っています。
 ★連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前は有っても無くても構いません。メールに一行で良いので、「1名参加」「茨城県から2名で行きます」など教えて頂けると本当にありがたいです。
 もちろん連絡を下さらなくてもご参加下さって構いません。

②参加の条件について
今の創価学会本部執行部が三代の師弟の精神から逸脱していると認識し、学会本部をより良く変革していこうという方
に限らせて頂きます。

③お願い
1.参加される方のプライバシー保護のため、一切の撮影、録音は禁止とさせて頂きます。
2.当日は会場入り口で簡単な荷物チェックを行なわせて頂きます。
3.集会の攪乱行為や進行妨げ行為があった場合は、すぐに退場していただきます。場合によっては警察に通報するなど厳しく対処させていただきます。
4.ストーカー行為や盗撮行為などの人権を蹂躙する行為があった場合は、発見次第、すぐに警察に通報し、厳しく対処させて頂きます。

地図
20190127千葉座談会会場地図

アクセス
・千葉モノレール1号線 栄町(千葉県)駅 出入口1 徒歩1分
・JR総武線 千葉駅 東口 徒歩6分
・京成千葉線 京成千葉駅 徒歩6分

〈〈各種お知らせ〉〉
1、学会本部との労働裁判について
 【結審】
 12月19日(水)、この2年9か月にわたって行なってきた学会本部との労働裁判が一段、結審となりました。すべて支えて下さった同志のおかげで今日まで闘い抜くことができました。心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。(期日後、ビデオジャーナリストの湯本さんによるインタビューがありました。本ブログの『リンク』に「【最新動画】12・19第18回裁判期日の終了報告」をアップしました。よろしければご覧ください。)
 【判決の言い渡し】
明年、3月26日(火)13時10分、東京地裁611号法廷にて、判決の言い渡しが行なわれます。
お題目をあげ抜き、創価変革のための闘いを闘い抜き、断固、当日の勝利を勝ち取って参ります。


2、『創価学会元職員3名のホームページ』開設のお知らせ
 ブログ読者の皆様からご意見を頂き、3名のホームページを開設いたしました。(https://harunokoime20180311.wixsite.com/mysite)
 本ブログの「リンク」の◎『創価学会元職員3名のホームページ』からも、ご覧いただけます。

3、3名の著作『実名告発 創価学会』について
 3名が学会本部の中で体験してきた事実を書いた著書『実名告発 創価学会』が好評販売中です。
 創価を愛し、三代の思想と精神から逸脱した現学会本部の変革を願う同志の皆さんに是非お読みいただきたいと思っています。
 当ブログメニューの「リンク」からもご購入いただけます。
※一点誤字の訂正のお知らせ
 36頁9行目の「かつて2006年6月頃、師匠は本部職員の全体会議で」の日付が、正しくは「2002年6月頃」でした。大変に申し訳ありませんが訂正をお願い申し上げます。

4、電子書籍版『実名告発 創価学会』がKindleにて発刊!
 電子書籍版の『実名告発 創価学会』が、Kindle(キンドル)にて発刊されました。
 ひとりでも多くの学会員の方にお読みいただき、今の創価学会本部の問題を知っていただき、創価変革の端緒を築ければと思っています。


SEIKYO MOVIE 動画

​SEIKYO MOVIEは、こちらから↓ ​https://www.seikyoonline.com/summary/movie.html​​

なぜ元旦の誓願が大切なのか






日々の勤行の目的は、大宇宙と自分自身(小宇宙)のリズムを一致させることにあります。

杓子定規にとらわれる必要はありませんが、原則としては、勤行は毎日決まった時刻にすることが望ましいでしょう。

その方が、日の出・日の入りという天地のダイナミックな脈動と、自己の生命の脈動を合致させやすいからです。

もちろん組織として週間リズムを作ることもいいのですが、中心者のリズムが大宇宙とズレている場合、組織が宇宙のリズムとズレることになるので、かえってマイナスに働きます。

まず、中心者がきちんと自行を実践していることが根本です。



日本人にとって、最も大宇宙のリズムを実感しやすいタイミングは、やはり元旦です。

バースデイなどは個人的なので、世界が同時にニューイヤーを祝う元日の方が、より宇宙リズムを意識しやすいでしょう。

一年とは、地球が太陽をぐるりと一周する期間です。これほど雄大な宇宙の営みを実感できる日は、元旦以外に無いはずです。

したがって、元旦の勤行・祈りこそ、一年で最も重要な祈りなのです。良くも悪くも、その年の原点となります。

まず1年間の誓願、そして生涯の誓願、さらに三世永遠の誓願を、併せて祈って参りましょう!



「罰」と言うものを考える

かなり前にこのブログで、「胸躍る仏罰」と言う記事を書いたことがあります。暫(しばら)くして「こ、これは?!何??」と言うぐらいの批判コメントが寄せられました。 ある意味軽い「炎上」を起こしたみたいなのです…。 〇   〇