2018年 11月 の投稿一覧

ブログ10周年前夜の不調

☆平衡感覚がおかしい. 聴力検査のデータ写真(×は左耳、○は右耳)を添付します。 写真解説「左耳は正常に聞こえていますが、右耳は高音域になる従い聞こえていない」 先日、私は不愉快極まりない5時間を体験しました。 自身、過去に経験したことのない体調に陥り、 「このまま死んでしまうのか」と考えたほどでした。 午後5時頃、職場で異変を感じました。 ふわふわするのです。平衡感覚を失ったような...

アクティヴに、粘り強く

11月にパソコンが壊れました。OSが Vista だったので、サポートも終了しておりセキュリティ上のリスクがありましたが、特に問題があったわけではありません。10年前に店頭で衝動買いしたノートですが、動画編集もこなして今までよく持ちこたえました。
ハードディスクにまだ余裕があったのですが、ある日どういうわけか容量がいっぱいになり、デフラグしても効果がありません。調べてみたら「低いパフォーマンスのシステムファイル」でいっぱいになっておりました。どういうことなのか、さっぱり理解できずに、思い切ってゲストアカウントを削除し再起動したら動かなくなりました。リカバリーしようかと考えましたが、Vista を生き返らせて何か意味があるのだろうか、老人にムチ打つような気分になり廃棄することにしました。
新しいパソコンは、日本のメーカーの直販サイトでカスタマイズして選びました。エクセルやワードも使っておりましたが、マイクロソフトは高価なのでやめて、以前使ったことがあるキングソフトを有料ダウンロードしましたが、まったく問題ありません。オフィスも何種類かフリーソフトがあり、使ったことはありませんが、信頼できそうなソフトもありそうです。
数年前からHTTP~HTTPSへとセキュリティを強化したSSL化の流れがあります。このブログの管理画面は、すでにSSL化に対応しておりますが、ブログ画面をSSL化しました。レンタルサーバーでメール管理していますが、以前使っていたワードプレスも、以外と簡単にSSL証明できるようです。もちろん無料のサービスが今では常識のようです。SSL化してもどれだけ安全なのかわかりませんが、鍵マークが付けば、サイトの訪問者には安心感があるでしょう。
最近はセキュリティソフトも更新費用が高価になりました。前のパソコンで使っていた "ZERO" は初期費用だけで更新料がかかりませんが、10年間おもだったトラブルはありませんでした。また使い続けていたパスワード管理ソフトが一年更新に変わったのにはビックリ。MP3・ダウンロードソフトも購入はしたけれど、どういう手違いなのかわからないけれどライセンスキーが届かなくて、サポートにメールしたら2~3日後に英文メールで送られてきました。
初期設定は上出来と自分に言い聞かせて、つぎに簡単なはずのインターネットの設定が、どういうわけかうまくいきません。モデムのPPPランプも点灯しない。結局プロバイダーに電話したのだけれど、混みあっておりますのでのアナウンスで随分と待たされて、やっとつながり、原因が判明。接続パスワードが間違っていたのですが、この接続用パスワードは、プロバイダーHPのマイページ用のログインパスワードと同設定されているなんて知らなかったという無知ぶり。セキュリティを考えてパスワードを変更したら、接続用も変更しなければならないということですね。
最近は光回線とプロバイダーがセットになった光コラボレーションが主流なのでしょうか、電話したついでにプロバイダーから転用を勧められました。どうしようか、迷っているところです。

◇◇◇

あっという間に師走も近づき、時間の流れも激流に乗った舟のようです。
11月18日の聖教には、「新・人間革命」第30巻(下)が発刊されたことが、大見出しで掲載されておりました。その裏ページに、総県長会議での原田会長の指導が、表裏一体のように掲載されておりましたので、Ⅹdayまで現体制で行く方針らしい。
原田会長の指導で一度も心躍るような感情を覚えたこともないので、今更読む気もないのですが、御本尊と沖縄のことに触れていたので関心がわきました。沖縄県知事選も今だに生々しく蘇りますが、特に創価公明の汚点になったことはしっかり記憶しておかなければなりません。

今年の4月の同じ総県長会議では、
『2010年6月、本部幹部会の前夜、池田先生から大変に大切なご指導がありました。
「明日の本部幹部会については、弟子の君たちが、団結して、しっかりやりなさい。皆が、創価学会のすべての責任を担って戦う時が来ているのである。学会の将来にとって、今が一番大事な時である。
ゆえに、私を頼るのではなく、君たちが全責任をもって、やる時代である。
私は、これからも君たちを見守っているから、安心して、総力を挙げて広宣流布を推進しなさい」
「弟子が団結をする」
「弟子が全責任を担う」
「弟子が師匠に頼らない」
この3点こそ、池田先生が教えてくださった、「学会の将来にとって一番大事な時」の根本姿勢であります。
この数年、取り組んでまいりました、教義条項をはじめとする「会則改正」も、世界教団としての根本規範たる「会憲」の制定も、全ては池田先生のご構想を弟子が実現しゆく戦いであり、だからこそ一つ一つ、全て先生にご指導を仰ぎ、ご了解をいただきながら進めていることは言うまでもありません。
それは、「私は、これからも君たちを見守っているから、安心して、総力を挙げて広宣流布を推進しなさい」とのお言葉通りです』

公明党の沖縄での惨敗も報告されたことでしょう。もはや自らの影響力も及ばない政治や選挙運動、統率できない勝手な会員が出てきたことを知ることになったでしょう。「平和な沖縄」をどこかのスーパーのコマーシャルのように安売りして、基地を作ろうとする勢力を操ろうとする魔力も、池田先生の指示と了解があったのですね。総県長会議では大誓堂の常住御本尊にも言及しておりますが、「金剛不壊の大車軸」という戸田先生の言葉を紹介しながら、その思いはまったく軽視しております。この会長の言葉は、そのまま池田先生の大御本尊に対する侮辱の言葉なのでしょう。戸田先生の熱意に応えられて、時の法主が丹精を込めて、大御本尊の広布への魂をしたためられた行為を否定している。根本への迷いは致命的です。
11月18日の聖教には来年の活動方針も掲載されておりますが、「平和・文化・教育運動」が半分を占めております。ノーベル平和賞を授賞したICANとの連携と協調、コラボとアシストを宣伝していますが、ほんとうは当事者になり舞台に上がることを望んでいるのでしょう。世界宗教のブランドの獲得とステータスは宗教団体の野心としてふさわしいのかどうか。人類救済という妄想は、真実を隠ぺいする人々が、やがてたどりつく深刻な病です。
まず過去の歴史の清算を実行しなければならないでしょう。不都合な事実をふくめて作り変えられた歴史の修復をしなければ創価は生き残れないでしょう。「小説・人間革命」はその意味で虚言小説かもしれません。意図的にフィクションをノンフィクションと思わせるところに宗教らしからぬ罪深さがあります。事実と真実は違うなどと、よく言ったものです。事実を伝えないで真実はありません。

あるアンチブログを読んでいたら、興味深い本を紹介しておりました。
「映像とは何だろうか―テレビ制作者の挑戦―」(吉田直哉著:岩波新書)
の引用があり、決して創価内では話題にならないと思われる1950年代の草創期の創価、特に戸田先生の鬼気迫る姿がありました。
買いたいと思い検索したら、アマゾン古本で¥1を最低にけっこう売られていたのですが、安すぎて申し訳ないような気分になり、100円のを注文しました。中古本なのに一度も開かれた形跡がないような新品の本が送られてきました。きっと買ったけど読む機会を逸してしまったのでしょう。
著者の吉田直哉氏はNHKの著名なディレクターです。ウィキペディアに経歴があるぐらいですから有名なのでしょうがよくわかりません。この本はテレビドキュメンタリーの草創期の苦労話が、きわどい体験として、あるいは迫真のインパクトで迫ってきます。またセンシティヴな感覚が読者の想像を刺激し現場にいる臨場感も感じられ、怖いもの知らずの勢いもあり、一気に読ませる面白さがあります。その最初の章が新興宗教の代表としてのカテゴリー、神聖さとは無縁な現世利益を求める宗教の俗っぽさが非日常のエネルギーに満ちている創価のカリスマ・戸田先生というわけです。客観視することに優れた才能を持っている、このような映像作家の語ることは、真実に迫り、核心をとらえる独特のキャパシティーがあります。

『幕あきは教祖だった。
飛ぶ鳥も落とさんばかりに教勢を拡大している新宗教の会長が、森羅万象を映像化しようと志した私の、最初の対象だったのである。
そして、想像もしなかったことばかりが起きた。
「グイッとあけな。グイッと」
「……いえ、これから撮影……。仕事中ですから」
「なにィ? それを言うなら、こっちだって仕事中だぞ」
黒縁の眼鏡の奥からにらまれ、これはからまれる、と確信したがコップを手にするのも勇気が要った。尋常ならぬ量のウィスキーなのだ。
こんなに荒っぽい飲みかたは見たことがない。角ビンのウィスキーを大ぶりのコップのふちまでドクドク注いで、申し訳のようにほんの少しのビールを垂らして割って、机の上に溢れさせるのだ。その濡れた机の上を、波を立てるようにさらにコップを押してよこして、飲め! とこんどは大声の命令である。
縁側の籐椅子にただひとり坐って、親の仇のように矢つぎばやに酒をあおっているのは、創価学会第二代会長となって六年目の戸田城聖氏。(中略)
一九五七年の十一月から放送をはじめるテレビドキュメンタリーのシリーズ「日本の素顔」の第一集のテーマを「新興宗教を見る」にきめ、さまざまな教団のさまざまな説法を記録することにしたその撮影の初日で、富士大石寺の日蓮正宗総本山を訪れたところであった。この夜、大講堂で行なわれる会長の法華経講義を、打ち合わせどおり所定の位置から撮影するからよろしく、という挨拶のため本部の建物へ行ったのだが、まさか戸田会長の前に連れて行かれるとは予想もしなかった。ましていっしょに酒をのむ破目になろうなど、思ってもみなかったのである。
ひとくち飲んで不覚にもむせると、
「グイッとあけな」
と眼がすわっている。ビールをあおりながらウィスキーをストレートでのむのを、アメリカでボイラーメーカーと呼ぶ。というのはのちに得た知識だが、ビールとウィスキーの量がこの場合逆転しているのだ。いかに教祖でどんなに酒豪でも、酔わないわけがない』

戦時中の逮捕、事業の失敗など同情すべき人生の波乱もありますが、豪気であるがゆえに不摂生、酒豪であるがゆえに酒浸り、アルコール中毒の典型的パターンです。
一部の人間しか知らない人物像を冷徹にとらえております。アル中の菩薩がいても一向にかまいませんが、アル中患者の誇大妄想が、法華経の救済と合致したことを不思議に思えてなりません。苦悩の深い者が菩薩への資格を有するのかもしれません。あるいは冷静な判断や意思を失うことはなかったのかもしれない。「酒を浴びるほど飲む」という言い方がありますが、宿業も浴びるほど飲んだのかもしれない。仏道成就への戦いは熾烈です。
この文章には少し腑に落ちない部分があります。富士大石寺に訪れた日と、本部に挨拶に行った日は別の日なのだろうか。きっと別の日なのでしょう。

法華経講義の場面での戸田先生は、そのカリスマぶりを遺憾なく発揮しており、まるで演出された劇を見るようです。たぶん、酒の力を借りていたのでしょう。特異な人格が仏・菩薩の人格と同期し、見えない魔手と格闘している。長くなるので引用しませんが、貧乏人と病人のあつまりと揶揄された創価の草創期は、正視できないような社会の汚辱と矛盾とがそのまま教団を襲っています。
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は一切衆生の父なり無間地獄の苦を救う故なり云云、涅槃経に云く「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ如来一人の苦」と云云、日蓮が云く一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし』(御義口伝)
創価の歴史は、けっして人間革命に描かれるような不道徳と不浄を除外したクリーンなドキュメントではありません。社会の矛盾がそのまま会員の生活と思考に反映し生死の間を彷徨っているのです。目をふさぎたくなるような現実と不都合な事実を克服してこそ、歴史の荒波に耐える強固さを得ることができると思います。会員は創価の聖典・現代の御書から、なにを学ぶのでしょうか?

この本の白眉はインド編でしょうか。ガンジーが建国したとき目標として掲げられた一つに、ハンセン病の克服がありました。この本ではレポートのように生々しく事実を報告し衝撃を与えます。この地獄のようなハンセン病村で、一人の日本人医師が活躍していたことを伝えておりますが、その死とともに今では忘れられているでしょう。
ハンセン病事業に尽くしたキリスト教医師に神谷美恵子氏が有名ですが、数々の出版からうかがえる深い思考の跡は、宗派の相違には関係ないようです。アクティヴに、インデペンデントに、粘り強く考えること……それが信仰者の使命です。


Clean Bandit - Rockabye ft. Sean Paul & Anne Marie
友人のために




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池田先生も1年で2割の票を落とした

昭和31年の参院選において、池田大作参謀室長は大阪で約22万票を叩き出し、世間を驚かせました。

しかし、翌年の補欠選では、同じ大阪で17万票しか出ませんでした。たった1年で、2割以上の減票です。

学会の候補は落選しました。池田先生でさえ、全勝は不可能なのです。

選挙は、やるたびに諸条件が変化しますので、数割の得票の上下は当たり前のように発生します。

詳しくは人間革命11巻「波瀾」の章をご覧ください。



この補欠選は、最初から落選覚悟で挑んだ戦でした。

この時、ただ1人当選した自民の候補は約28万票です。当時の大阪の学会員は6万世帯ですから、当選には世帯比500%近い票を出す必要がありました。もちろん現実離れした目標です。

選挙民の心理として、勝ち負けが見えている選挙には、わざわざ行かないものです。

前年は当選の可能性が見えていましたが、今回はさすがに敗戦必至なので、現場(特に外部)は最初から「やるだけ無駄」モードだったと考えられます。

どうせ負けるなら入れるだけ無駄というのが、平均的な日本人の考え方です。

それが、1年で5万票も消えてしまった大きな理由でしょう。わずかな条件の差が、巨大な得票の差となります。

池田先生は、「目標設定は高すぎても低すぎてもいけない」と指導されています。

達成不可能なレベルの目標を掲げると、かえってやる気をなくしたり、現実離れした闘争になりがちです。

この補選は、奇しくもそれを証明する貴重な歴史となりました。

(ただし世帯比300%近くを出しているので、得票数では大健闘です)



戸田先生は珍しく、この補選に打って出るかを最後まで迷っていたそうです。

それでも最終的に、負け戦への出馬を決意したのは、「選挙戦の目的が当選ではない」ことを、改めて周知させる狙いがあったものと考えられます。

もちろん当選したほうがいいのは当たり前ですが、落選したからといって、その戦いが仏法上全くのムダということにはなりません。

仏法対話ができていれば、少なくとも下種拡大にはなるからです。

票は増えたり減ったりするものです。それに一喜一憂するのは愚かです。

本当の勝負は、選挙の後に折伏が進んでいるかどうかです。

われわれは「選挙屋」ではなく「折伏屋」です。

拡大が進んでいれば、たとえ票が減っていても、落選でも、その戦いは大勝利なのです。





魂の独立をした結果がコレ。

先日の11月28日は、創価の「魂の独立記念日」とやらそうで(笑)
聖教新聞では相変わらず一方的に宗門を悪者に仕立てて
もはや当時を知らない会員をだまくらかす記事が掲載さていた。
(以下太字は聖教新聞より引用)

 破門といっても、御書に基づく理由など何一つない。要するに、学会が信徒団体として宗門の権威に従っていないと決め付け、一方的に切り捨てただけである。全く人間抑圧、時代錯誤も甚だしい宗教悪そのものであった。

衣の権威”の鉄鎖から解き放たれた学会は仏法の人間主義の翼を広げ、世界宗教へと飛翔した。一方、日顕宗は衰退の坂を転げ落ちた。彼らこそ宗祖大聖人から厳しく“破門”されたことは明白である。  「魂の独立」から27年。我らは権威主義の宗教悪を責め抜きながら、大聖人直結の人間宗教の大道を朗らかに進みたい。

だそうだ(笑)まぁ何を言おうと勝手だろうが、魂の独立をした創価がその後にどうなったか?
大聖人の色心二法たる大御本尊を捨て、日寛上人のご指南を否定し、
大聖人仏法の基本の修行である勤行及びご観念文を変更し
財務と言う只の会費を供養と偽り、選挙を信心であるなどと騙り続けている。
日蓮直結などと言う己義を含めこれらの創価の所業の数々のたった一つであっても御書と符合しているところがあるのか?
それこそ御書に書いていないどころか大聖人仏法を悪用しているだけだろう。
な~にが宗教悪を責める。だ。法論のひとつも出来ないでコソコソと逃げまわるだけの活動家ばかりだろ。
「逃げるしかできない」活動家ばかりになったのは、創価が己義・邪義を連発してきたからだ。

さらに、ここ数年は執行部や公明党を批判したり、批判した人間と交流しただけで
会員を査問にかけ、活動停止や除名に追い込んでいるのはどこの組織だ。
会員を一方的に切り捨てる人間抑制の時代錯誤も甚だしい組織と言うのは
まさしく今の創価学会そのものである。
日蓮仏法を騙り、本尊もどきをばら撒き会員から金と時間を搾取し反抗すれば処分する。
それが、お前たち創価の言う「魂の独立」の結果なのである。
大御本尊から離れたものの成れの果ての姿なのである。

どんな詭弁を使おうと、どんな甘い言葉で誤魔化そうと
大聖人仏法を捨てたのは創価の方であるという事実は変えられない。
大御本尊を捨てて宗門を日顕宗と揶揄しながら、
いまだに、大御本尊を正宗の歴代法主が書写した本尊に題目あがているのも事実。
それなのに、日蓮直結だの御書だのと戯言を抜かすとは笑止千万だろう。
「魂の独立」というならば、もうお前たちの独自の本尊を使えよ。
いつまで日蓮正宗の本尊をコピってるんだ(藁)
マジでとっとと「独立」してくれないか?
お前たち創価には、大聖人も御書もなんの関係もないのである。
お前たち創価は、大聖人と無関係の門外漢なのである。
そして、それを望んだのは他でもない大作センセとゆかいな仲間たちだ。

彼らはそれは愉快であろう。
自分達の邪義をいくらいった所でご僧侶から咎められるわけでもない。
大御本尊へのご供養をそっくりそのまま自分達が搾取することができる。
なにもかも自分達の思い通りにできるんだから「宗門から独立」して嬉しいだろう。
しかし、それによって多くの純粋な会員達は無間大城に落ちていくのである。
上層部のように今世で贅の限りを尽くすことなく、だた搾取されたうえで無間地獄である。
要は創価の言う「魂の独立」とは、法華経に説かれている「五千起去」の事である。

■「この語を説きたもう時、会の中に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の五千人等ありて、即ち座より起ちて仏を礼して退けり。所以は如何。この輩は罪の根深重、及び増上慢にして、未だ得ざるを得たと謂い、未だ証せざるを証せりと謂えり。かくの如き失あり。ここを以って住せず。世尊は黙然として制止したまわず。その時、世尊は舎利弗に告げたもう『我が今、この衆には枝葉なく、純に貞実なる者のみあり。舎利弗よかくの如き増上慢の人は退くもまた佳し』」(法華経・方便品第二)


大作センセを筆頭に、創価が増上慢を起こして大聖人の会座から立ち去った日。
それが、11・28「魂の独立記念日」なのである。


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師走

何かと 忙しくなりますが 焦らず 今年 やり残した事があれば 決着つけて いきたいですね 12月は 休みを取って 友人に会いに行きます 以前は 仕事を始めたら 休めない 仕事をしないと お金がない そんな事を 思ってましたが 「無理を承知で祈るんです」 これが よかったみたい(笑) 12・11の 会合には 出られないけど 戸田講も椅子席になって 収容人数が 少し 減ったようです 代表で...

世界市民を育む創価大学

11/30
今日の一面

世界市民を育む創価大学
12月20日から一般入試の出願始まる
女子短大は明年
1月4日に開始

我々一般庶民にとっては、
新聞の一面に掲載される様な、
内容ではない気がしますが、

熱心な読者の方々にとっては、
一大ニュースなんでしょうな...。


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世界市民を育む創価大学

11/30
今日の一面

世界市民を育む創価大学
12月20日から一般入試の出願始まる
女子短大は明年
1月4日に開始

我々一般庶民にとっては、
新聞の一面に掲載される様な、
内容ではない気がしますが、

熱心な読者の方々にとっては、
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12月の広布史

◎12・2 小説『人間革命』のしっぴつ開始
 1964年(昭和39年)12月2日、池田大作先生は小説『人間革命』の執筆を、太平洋戦争で国内最大の地上戦が行われた沖縄の地で開始した(翌65年の元日付から聖教新聞紙上でれんさい)。
 『人間革命』全12巻はかんけつまで28年余り。聖教新聞での連載は、1509回をかぞえた。『人間革命』の完結から、わずか半年後の93年(平成5年)8月6日、池田先生は長野の地で小説『新・人間革命』の執筆を開始。本年9月、全30巻で完結した。連載回数は『人間革命』『新・人間革命』を合わせ、通算7978回。これは、日本の新聞小説史上、最多の連載回数である。
 ※参考資料=『新・人間革命』第9巻「衆望」
  
◎12・2「ぶんげい部の日」
 『人間革命』稿こうの日がえんげん。池田先生は文芸部の結成の際、“人々に最大にこうけんするのだという信念を持ち、おおいに活躍を”とのしんを示した。
 ※参考資料=『新・人間革命』第14巻「使命」
  
◎12・5 池田先生が中国のしゅうおんらい総理と会見
 74年(昭和49年)12月5日、池田先生は、中国の周恩来総理の強い要望により、キン市内でいちいちの歴史的な会見をおこなった。
 ※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「信義の絆」
  
◎12・22「とうかん部の日」
 しんてんする広布のじょうきょうを正確にあくし、さらなるやくすため、52年(同27年)12月22日、第2代会長の戸田城聖先生のもと、地方統監部が設置された。
 ※参考資料=『人間革命』第6巻「離陸」

 

 (2018年11月30日 聖教新聞)より

『本迹体一抄』を読む(33)爾前迹門円教尚非仏因


― (32) よりつづく ―

〔14表13行8字~末〕
13○尓前迹门圓教尚非仏因 況○云々
〔14裏1行1字~9行8字〕
01迹门仏因本門仏果不2整束円教2仏因1一切衆生
02始覚迹門円因法受道非法也 一切衆生本覚
03门円果トス是久遠夲果信受也 是夲化弘通夲迹也
04此時一宗聞者 本因下種云々 一句一偈尚授記 象レリ
05何況一云々  所詮像法八ヶアソハシテ尓前
06迹门円教尚非2仏因1玉ハ迹化所弘円教尚非2仏因1
07ツノリ玉ル也 サテ其外大日經真言宗等ヲヤ何况其外
08花ヲヤトシ云々打ヲトシ玉ヘル也 即八ヶ天台宗也 况
09云不信大失諸宗也

観心本尊抄』11裏11行「 爾前迹門円教尚非仏因 何況大日経等…」についての談。
観心本尊抄』を改めて読むにつけ爾前、迹門、円教という配列が眼を引く。爾前の権と迹門の相対、権迹の相対の次に「円教」を置く。権迹とくれば、次は迹本とくるかと思うが、そうではない。「円教」といい「仏因に非ず」という。
当談は、この仏因に非ざるを秘して諸宗に充てられていることを明かす。8行「即ち八ヶは天台宗」の対は“当宗”となろう。談は次に続くことになる。

― (34) につづく ―




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