2018年 10月 の投稿一覧

ハロウィンの奇妙な夜

☆人間交差点の観察. 以渋谷スクランブル交差点の群衆の写真を添付します。 写真解説「スクランブル交差点を一望できる建物から撮影した群衆の写真です」 10月31日の夜というのは奇怪なメイクと衣装の無数の人々が ハチ公前のスクランブル交差点に出向くのです。 交差点は公道で、クルマの行き来があります。 その大動脈の只中に、魑魅魍魎とした妖怪たちが まるでアリンコの大群のように集うのです。 何...

大白蓮華 巻頭言 2018年 11月号

​​大白蓮華   巻頭言  2018年 11月号2018年(平成30年)11月号(No.829)大歓喜の青春は創価にあり池田大作 我らには、紅燃(くれないも)ゆる「求道(きゅうどう)」の青春がある。 若き釈尊(しゃくそん)は...

血脈相承は9世日有の偽作だ(48)~大石寺門流にはじめて「本堂」「客殿」を京都・奈良から輸入した大石寺9世日有

■検証48・日蓮正宗大石寺格蔵の「日興跡条条事・日興真筆」の真っ赤な大ウソ11

 

□大石寺門流にはじめて「本堂」「客殿」を京都・奈良から輸入した大石寺9世日有

 

日蓮正宗大石寺9世法主日有がイメージした「本堂」とは、大石寺9世日有が偽作した文書「百六箇抄」に書いている「富士山本門寺本堂」であり、そこには大石寺9世日有が「日蓮真筆」を詐称して偽作した「戒壇の大本尊」なる板本尊を祀ることを想定している。つまり大石寺9世日有が偽作した「百六箇抄」では

「下種の弘通戒壇実勝の本迹、 三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり…五人並に已外の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国に之を流布せしむと雖も、日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり」(『富士宗学要集』1p18p21)

 

百六箇抄6(富士山本門寺本堂)


百六箇抄7(日興嫡嫡相承本堂正本尊)
 

と書いており、同じく大石寺9世日有が偽作した「日興跡条条事」第二条には

「日興が身に充て給はる所の弘安二年の大御本尊、日目に之を相伝する。本門寺に懸け奉るべし」

と書いている。「日興跡条条事」で「弘安二年の大御本尊」を本門寺に懸け奉る場所とは、「百六箇抄」で言う、「富士山本門寺本堂」であり、大石寺9世日有が偽作した「弘安二年の大御本尊」を「富士山本門寺本堂」の正本尊として祀るという意味である。そして大石寺9世日有は、

「日有云く、また云く、大石は父の寺、重須は母の寺、父の大石は本尊堂、重須は御影堂、大石は本果妙、重須は本因妙、彼は勅願寺、此は祈願寺、彼は所開、此は能開、彼は所生、此は能生、即本因、本果、本国土妙の三妙合論の事の戒壇なり」

(『新池抄聞書』/日蓮正宗大石寺59世法主堀日亨の著書「富士日興上人詳伝・下」p84)

294-295新池抄聞書1
 

と、「戒壇の大本尊」を祀る堂宇・本堂こそが「事の戒壇」であると言った。「戒壇の大本尊」を祀る堂宇・「事の戒壇」がある大石寺こそが、日蓮一門の総本山であると言ったのである。

そして、これはどういうことになったかというと、日蓮正宗大石寺の末寺の曼荼羅本尊、大石寺法主が書写して末寺に下附する曼荼羅本尊は、板本尊だろうが紙幅の本尊だろうが、全てが大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」なる板本尊の分身ということになった。

つまり「本門寺の本堂に懸け奉る『戒壇の大本尊』なる板本尊の分身」を祀るということが、日蓮正宗大石寺の末寺に本堂が勃興する起源になったのである。

これは末寺の場合だが、大石寺には大石寺12世日鎮がはじめて御影堂を造立し、大石寺17世日精が現在の御影堂を再建しているが、「本堂」と称する堂宇はなかった。大石寺9世日有が偽作した「戒壇の大本尊」は大石寺宝蔵の中に深く格蔵され、昭和の創価学会折伏大進撃の信者激増によって、ようやく宝蔵から奉安殿、そして正本堂へと祀られた。

大石寺ではじめて「本堂」と称する堂宇は、1972(昭和47)10月に落慶した正本堂だが、これも1998(平成10)年に取り壊され、わずか26年で消滅している。

 

正本堂115(連合会写真集)
 

(1972年から1998年まで大石寺にあった正本堂「大石寺写真集」より)

 

 

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小説「新・人間革命」に学ぶ 第1巻 解説編

​​世界広布の大道――小説「新・人間革命」に学ぶ 第1巻 解説編  今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第1巻の「解説編」。池田博正主任副会長の紙上講座とともに、同巻につづられた珠玉の...

血脈相承は9世日有の偽作だ(47)~大石寺には創建当初から「本堂」「御堂」「客殿」と呼ばれる堂宇はなかった2

■検証47・日蓮正宗大石寺格蔵の「日興跡条条事・日興真筆」の真っ赤な大ウソ10

 

□大石寺には創建当初から「本堂」「御堂」「客殿」と呼ばれる堂宇はなかった2

 

それでは「本堂」という堂宇は、そもそもどういう堂宇・伽藍なのだろうか。

日本に仏教が伝来した当初の飛鳥・奈良時代の寺院の金堂(仏殿)は、その寺院の中心本尊・根本本尊を祀るための堂宇であったので、金堂(仏殿)の建物の内部は、仏像本尊を安置する壇(須弥壇)がほとんどのスペースを占めている。

これは飛鳥・奈良・平安時代においては、仏教を信仰していたのは、天皇・皇族・貴族・公家ほんの一部の上流階級・支配階級のみであり、この当時の寺院も、ほとんどが天皇・皇族・貴族・公家の財力・経済力で建てられた官寺であった。

この時代において、仏教を信仰していたのは、僧侶と皇族・公家・貴族といった上流階級のみであり、まだ仏教は一般庶民まで広く流布していなかった。金堂(仏殿)の建物に、たくさんの人を収容するスペースは不要だったのである。

これは、飛鳥・奈良・平安時代に建てられた東大寺、唐招提寺、興福寺、薬師寺の金堂、法隆寺の金堂、夢殿、平等院鳳凰堂の中は、皆そのようになっている。

東大寺の大仏殿(金堂)も、中に祀られている大仏は巨大であるが、大仏殿の前に参詣者が入るスペースはほとんどない。平安時代の堂宇がそのまま今日に遺っている平等院鳳凰堂も同じ。平等院鳳凰堂の中も、ほとんどが本尊・阿弥陀如来像が祀られているスペースになっていて、僧侶や参拝者が座るスペースがほとんどない。

何とも不便な堂宇を造ったものだと思いがちだが、藤原頼通が創建した当時は、こういう造りのほうが都合が良かったということである。この平等院も江戸時代までは、ほとんど藤原氏丸抱えのような寺院で、ほとんど藤原氏の供養のみによって成り立っていたのであり、一般庶民とはほとんど無縁だったのである。

これが鎌倉時代に入って、鎌倉仏教が興出して仏教が武家から農民、職人、商人、一般庶民まで幅広く流布され、寺院にも参詣者が増えるようになった。そうなってくると、飛鳥・奈良・平安時代に建てられた寺院の金堂のように、参詣者が入るスペースがほとんどない建物では、参詣者を建物の中に収容しきれない、ということになる。

そこで、金堂(仏殿)の前に、参詣者を収容して仏像本尊を礼拝する建物である礼堂が建てられるようになる。さらに時代が下って金堂(仏殿)と礼堂が一つの建物として建てられるようになった。

つまり金堂(仏殿)の須弥壇の廻りの部分が内陣になり、礼堂の部分が外陣と呼ぶようになった。これが今の本堂の原型である。

 

 

 

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血脈相承は9世日有の偽作だ(46)~大石寺には創建当初から「本堂」「御堂」「客殿」と呼ばれる堂宇はなかった

■検証46・日蓮正宗大石寺格蔵の「日興跡条条事・日興真筆」の真っ赤な大ウソ9

 

□大石寺には創建当初から「本堂」「御堂」「客殿」と呼ばれる堂宇はなかった

 

大石寺には創建当初から「本堂」「御堂」「客殿」と呼ばれる堂宇はなかった。

「日蓮聖人の御影並びに御下文園城寺申状」と題する文書には

「日興上人御遺跡の事

日蓮聖人の御影並びに御下文園城寺申状

上野六人老僧の方巡に守護し奉るべし。但し本門寺建立の時は本堂に納め奉るべし。此の条・日興上人の仰せに依って支配し奉る事・此の如し。此の旨に背き異議を成し失たらん輩は永く大謗法たるべきなり。誡めの状件の如し。

正慶二年癸酉二月十三日  日善在判、日仙在判、日目在判」

(『富士宗学要集』8p18)

「百六箇抄」には

「四十三、下種の弘通戒壇実勝の本迹、 三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり。」

(『富士宗学要集』1p18)

「又五人並に已外の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国に之を流布せしむと雖も、日興嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為すべきなり。」

(『富士宗学要集』1p21)

と、「本堂」の語句があるが、日興、日目在世当時の大石寺には、本堂も御堂も客殿も存在していなかった。したがって「本堂」の語句が出てくる「百六箇抄」「日蓮聖人の御影並びに御下文園城寺申状」なる文書は、後世の偽書である。

そもそも大石寺「本堂」「客殿」とは、日蓮正宗大石寺9世日有が京都・奈良の仏教寺院から輸入した伽藍である。大石寺9世日有以前の大石寺、大石寺門流の寺院には「本堂」「客殿」というものがなかった。住職や僧侶の持仏堂はあったが、本堂はなかったのである。したがって、この「日蓮聖人の御影並びに御下文園城寺申状」と題する文書は、後世の偽書である。

持仏堂というのは、持仏や先祖の位牌(いはい)を安置しておく堂、または室。仏間のことで、仏壇をいうこともある。つまり住職や僧侶個人の本尊を祀っている仏間のことである。

日蓮正宗では、住職や僧侶個人授与の本尊、ないしは個人授与の本尊を祀っている仏間のことを「御内仏」と呼んでいるが、持仏堂とはまさにこの御内仏を祀る仏間ということである。

これに対して本堂とは、仏教寺院において、本尊仏を安置する建物。寺院で中心本尊を祀っている堂宇のこと。寺院の中心的な堂を指して「本堂」ということが多い。

 

 

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