2018年 4月 の投稿一覧

●95 「4・29(日)信越方面・長野座談会」の終了報告

20180429長野座談会

 昨日4月29日(日)、長野県は飯田の地で、第18回目となる「創価変革の座談会(信越方面・長野座談会)」を一切無事故、大成功で開催することが出来ました。
 『降水確率0パーセント』の雲一つない大晴天に恵まれ、九州・広島を始め、全国各地から39名の同志が集われ、そのうち17名の方々が初参加の方々でした。
 未来の宝である幼少のお子さんたちと一緒にご家族で参加された方々も多くいらっしゃいました。

 今回の長野座談会の共同主催者であるAさんは、師匠池田先生への熱き想いを語ってくださった。
「現状の学会組織を変革することなど常識的に考えれば不可能に近いことなのかもしれません。しかし、学会員一人一人が真実に目覚め、立ち上がり、自浄能力を発揮して創価学会自らがもう一度生まれ変わったとしたら、それはまさに、まさかが実現、不可能を可能にした出来事として歴史に刻まれ、その戦いは後世、『21世紀の奇跡』と称されるのではないでしょうか。
 そしてその奇跡を実現したのは名もなき池田門下達であり、その門下を人知れず育成した池田先生はやはり想像を絶する偉大な指導者であった、と言われるのではないかと思います。
 師弟勝利の象徴のこの地に、全国各地で一人立つ、偉大な池田門下の皆さんが集われた本日の座談会の姿そのものが、『21世紀の奇跡』を私たちの師弟不二の戦いで必ず成し遂げられるという前兆ではないかと感じます。」
と。
 “そうだ!その通りだ!!”
 創価の未来を切り開かんとする熱き弟子の誓願の言葉に、参加者から盛大な拍手が送られる。
 
 第2部の懇談会では、たくさんの初参加の方々が、歓喜の心でたくさんお話してくださった。
 幼子を連れた初参加の若きご婦人もお話してくださる。
「安保法制の時に公明党がちょっとおかしいと思いました。でも、誰も声をあげていなくて。
 そして、ネットを見ているうちに、創価大学有志の会のホームページを見て、安保法案に反対する運動をされていて、『私がやりたい闘いはこっち』って思ったんです。
 それまで自分はずっと未活で、学会の会合に参加はしていたけど、新聞啓蒙やるわけでもなく、折伏をやるわけでもなく、そんなに活動しているわけではありませんでした。」

 すると参加者のお一人が「でも、創価を愛してたってことですよね?」と質問する。
 ご婦人は言葉を詰まらせ、涙をこらえながら話してくださった。
「そうですね。
 有志の会のホームページを見て、安保法案に関することで、創価学会が沈黙を守っている現状を目の当たりにした時に、自然にすごい涙が出てきて。
 やっぱり私、先生が好きやし、創価のこと好きやったんやな、というか信じてたんやなって思って。
 小さいころからずっと育てられてきた環境の中で、『平和』って当たり前に『大事なことだよ』って言われていたし、『戦争はいけないことだよ』ってずっと言われていたのに。
 それって絶対、自分の中に根本であって、『平和のために武力はしょうがない』と言われても、それは絶対納得できなかった。
 あんまり活動はしていなかったけど、根付いていたものはあったんだなってあらためて、自分の原点を発見したような感じです。」

 あまりに偉大な信仰者であると思えてならない!
 “おかしいと思った時に立ち上がらなきゃいけないと思った”――これこそ、本当の創価学会の信仰ではなかろうか。
 あまりに偉大な師匠の弟子であり、久遠の誓いを果たしゆく『地涌の菩薩』であると思えてならない!

 座談会の最後には、参加者である一人のご婦人のご提案で、全員でお題目を三唱した。
 “笑いあり、涙あり。”
 そして、“体験あり、決意あり。”
 師匠が命懸けで創ってくださった、温かな“創価家族の集い”が、ここにあった。
 まさに、いかなる権力者の弾圧にも屈せぬ、無名の庶民であるお一人お一人が立ち上がる『21世紀の奇跡の先駆け』ともいうべき意義深き長野座談会となったのである。
 
「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(佐渡御書・御書957頁)
「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし」(異体同心事・御書1463頁)

 21世紀は、「民衆の時代」であり、「民衆一人一人が勝利する時代」である。
 原田会長を中心とする本部執行部が、どれだけ民衆に弾圧を加えてきても、師匠の仰せ通りに、“絶対勝利の妙法”を信じ、闘い抜く人間に勝つことは絶対にできないのだ!
 さあ、いよいよ創価を愛し、今の創価を憂える池田門下の私たちが、真の同志と真の同志の連帯を強固に築く時が来た。
 来る5月20日(日)は師匠が愛された関西は大阪・江坂の地で、第19回目となる“創価変革のため”『大阪座談会』を行なって参りたい!

 ありのままの飾らない自分で!
 希望溢れる明るい未来と
 自身の夢と理想をみなが自由に描いて!
 そして自身の人間革命に楽しく挑戦しながら!
 共々に、3週間後の『大阪座談会』を目指して戦って参りたい!
 私自身、“師匠の正義を満天下に示し切って死んでいく”との覚悟に立ち、誓願のお題目を上げ抜き、「執行部批判」を理由に会員を除名する、師弟を見失った原田執行部を、責めて、責めて、責め抜いていく決意です!!
 断固、師の創価を守り抜くために!!
 断固、師の正義を証明しゆくために!!
 共々に、己に勝利した姿で、『大阪座談会』に集いあって参りたい!


〈〈【告知①】5・20(日)関西方面・大阪座談会開催のお知らせと、ご参加の連絡のお願い〉〉
 式次第
 ※追って、発表いたします。

 日時

 5月20日(日) 13時から16時半

 場所
 JEC日本研修センター江坂 6階C-3
 (大阪府吹田市江坂町1丁目13−41)

 関西方面・大阪座談会に参加を希望して下さる方へ
①事前連絡のお願い(なるべく)

 「座談会」に参加を希望して下さる方は「参加人数」をブログ上のメールフォームか、以下のアドレスからメールでお知らせ頂けるとありがたいと思っています。
 ★連絡先(メールアドレス):harunokoimejapan20150831@yahoo.co.jp
 お名前は有っても無くても構いません。メールに一行で良いので、「1名参加」「兵庫県から2名で行きます」など教えて頂けると本当にありがたいです。
 もちろん連絡を下さらなくてもご参加下さって構いません。

②参加の条件について
 今の創価学会本部執行部が三代の師弟の精神から逸脱していると認識し、学会本部をより良く変革していこうという方。

 地図
江坂アクセスmap

 交通アクセス
 ● 新大阪駅→電車で4分
 ● 梅田駅→電車で9分
 ● 大阪空港→車で15分
 ● 江坂駅→徒歩1分



〈〈【告知②】学会本部前サイレントアピールのお知らせ〉〉
 日時
 埼玉の壮年Aさんの不服申立ての審査日と同日
 ※審査日が決まり次第、告知いたします!


 場所
 信濃町の学会本部前


 (参加を希望して下さる方へ)事前連絡のお願い
 安全かつ合法的にサイレントアピールができるように、これまで警視庁と弁護士に相談してきました。
 その上で、絶対無事故、絶対安全を期すために、参加を希望して下さる方とは、事前に個別に連携を取らせていただき、参加予定人数を掌握したいと思っております。
 つきましては、参加を希望してくださる方は、
①お名前、②ご連絡先(電話番号)、③参加予定人数を、ブログ宛にメールでお知らせ下さいますよう、お願い致します。

 簡単な一文で構いません。「小平秀一 090-****-**** 2名で参加します!」のように書いていただければ、こちらから折り返しご連絡をさせていただきますので、よろしくお願い致します。


〈〈各種お知らせ〉〉
1、『創価学会元職員3名のホームページ』開設のお知らせ!
 この度、ブログ読者の皆様からご意見を頂き、3名のホームページを立ち上げました。(https://harunokoime20180311.wixsite.com/mysite)
 まだ現在作成中ですが、このサイトから、次回の座談会やサイレントアピールの日程、これまでのブログ、創価変革に関連する動画などが、すぐに見れるようにしていきたいと思っています。
 本ブログの「リンク」の◎『創価学会元職員3名のホームページ』から、ご覧いただけます。

2、3名の著作『実名告発 創価学会』について
 私たちが学会本部の中で体験してきた事実を書いた著書『実名告発 創価学会』が好評販売中です。
 創価を愛し、三代の思想と精神から逸脱した現学会本部の変革を願う同志の皆さんに是非お読みいただきたいと思っています。
 また、学会本部を変革していくための「対話のツール(道具)」としてご利用いただければ本当に嬉しいです。<なお、当ブログメニューの「リンク」からご購入いただけます>
※一点誤字の訂正のお知らせ
 36頁9行目の「かつて2006年6月頃、師匠は本部職員の全体会議で」の日付が、正しくは「2002年6月頃」でした。大変に申し訳ありませんが訂正をお願い申し上げます。

3、今後の『学会本部との労働裁判』の流れについて
①5月18日(金)までに学会本部が原告準備書面(18)に対する反論の準備書面を提出。また同日までに、双方が人証申請のための証拠申出書を提出する(誰を証人として出廷してもらうかを決めて申請します)。
②6月5日(火)10時から、東京地裁611号法廷にて、第14回期日(口頭弁論)。
 ・各種文書提出命令申立てに対する裁判所の判断が下される予定。
③7月3日(火)までに原告3名各々の証人尋問用の陳述書を提出。
④7月10日(火)10時から、同じく611号法廷にて、第15回期日(口頭弁論)。
⑤8月下旬から10月にかけて、証人尋問。

 次回の口頭弁論期日は、6月5日(火)午前10時から東京地裁611号法廷となります。
 私たちは昭和54年頃にこの世に生を受けました。
 まさに師の仇を討ち、師の理想を実現していくことこそ、私たちの使命であり、責務であると自覚しています。
 正々堂々と、正義と真実を叫び切り、師弟に違背した本部執行部の実態を白日の下に晒して参ります! 





始めの3ヵ月が勝負

池田大作先生が贈る 青春勝利の大道
第36回 始めの3ヵ月が勝負

◆ 正義の大哲学を語り抜け
 1253年(建長けんちょう5年)の4月28日、日蓮にちれん大聖人だいしょうにんは、御年32歳で「立宗りっしゅう宣言せんげん」され、妙法みょうほう弘通ぐつう大闘争だいとうそうを開始された。
 「いま日蓮にちれんとなうるところの南無妙法蓮華経は末法まっぽう一万年の衆生まで成仏じょうぶつせしむるなり」(御義口伝上 譬喩品、御書720㌻)と厳然げんざんと仰せである。
 御本仏に直結ちょっけつし、万年先までの民衆の幸福と平和の大道を開きゆく青春が、どれほど偉大にして、崇高すうこうなロマンか。御聖訓には、「いかなる世にか父母ふも師匠ししょうをも・すくひたてまつるべきと・ひとへに・をもおも切りて申し始め」(報恩抄、御書321㌻)とつづられている。
 勇敢に、恐れなく、思い切り、正義の大哲学を語り抜くのだ。

◆ 広布拡大の情熱燃やして
 新しい人材の躍動やくどうありて、新しい栄光の時代はつくられる。
 新任リーダーの青年きみの、はつらつたる挑戦を、私は最大の期待を込めて見つめている。
 65年前、私も男子部のだい一部いちぶ隊長たいちょうとして、“力ある人材を輩出はいしゅつする”“後輩こうはい自分じぶん以上の人材に”と強盛ごうじょうに祈りを重ねた。そして一人一人と会い、激励げきれいの手紙を送り、共々に拡大の歴史をきずき上げていった。
 「幹部かんぶ責任せきにんは、会員かいいん幸福こうふくにすることにある。それ以外いがいには、なにもない」との恩師の師子吼を、若き命に刻みながら。
 さあ、「初めの3カ月」が肝心だ。広布の情熱を燃やして、スタートダッシュを!

 (2018年4月18日付 創価新報 池田大作先生が贈る 「青春勝利の大道」 第36回 始めの3ヵ月が勝負)より

地涌の菩薩の群像

論RON――日蓮仏法の視点から 第20回 地涌の菩薩の群像ぐんぞう

御聖訓
 みな地涌の菩薩の出現にあらずんばとなへがたき題目なり」(諸法実相抄、御書1360㌻)

 中国男子部教学部長 宮地 俊和

 新時代を担う大学校生が躍動

 春4月――。新出発の季節が到来し、多くの人が清新な決意を抱く。希望に胸を膨らませて、新たな挑戦を開始する時、その生命は春の大地の萌芽ほうがのごとく、みずみずしい息吹に包まれる。本年、中国方面男子部では、3・16「広宣流布記念の日」60周年を飾る「世界青年部総会」に合わせて、幾多の男子部大学校生が立ち上がった。彼らの姿は、法華経に説かれる「地涌じゆ菩薩ぼさつ」そのものであり、同時に、かつての自身を思い出させてくれた。本稿では、「地涌の菩薩」の出現の意義と、その使命を確認したい。

“救われる人”から“救う人”へ

◆ オタクの集まり?
 幼少期の私は病弱で、ぜんそくの発作に苦しんだ。そんな私に、信心強盛ごうじょうな母が掛ける言葉は、決まって「題目で乗り越えるのよ」であった。背中をさすられながら、声にならない声で、一緒に唱題したことを、よく覚えている。
 母の祈りもあり、やがて、ぜんそくは完治。だが、思春期を迎えると、信仰に対して暗いイメージを抱くようになり、“創価学会はオタクの集まり”だと思い込んだ。
 学生時代、信心に後ろ向きだった私の元に、足しげく通い続ける学生部の先輩がいた。居留守を使ったり、追い返したりしたが、全く諦める様子がない。あまりの執念に“一度だけ顔を出せば、もう来なくなるだろう”と思い、18歳の時に初めて会合へ参加。これが人生の転換点となった。
 そこに集っていたのは、“オタク”ではなく、普通の学生たちがった。“今風”の金髪の人もいた。そんな彼らが「会計士を目指します」「バーテンダーになりたい」と、口々に将来の夢を語っていたのだ。しかも、皆が明るく元気で、自身の考えを率直に述べ合っているのに驚いた。
 特に目的もなく、何となく毎日を過ごしていた私にとって、それは衝撃的な光景だった。若い世代が宗教を実践しないこと・・・・・が「当たり前」という人生観・価値観が、いかに狭小きょうしょうであったかを痛感させられた。

◆ 動執生疑どうしゅうしょうぎへのなが
 池田先生の指導を学ぶうちに、私が経験した衝撃は、「動執生疑どうしゅうしょうぎ」とよぶことがわかった。あるスピーチで、池田先生はこう語っている。
 「ここで『動執生疑』について、述べておきたい。“聞いたことはあるが、よくわからない”――そういう人もおられるかと思う(笑い)。そうしたあいまいな点について、一つ一つ、明確にしていく習慣が、自分自身を充実させていく」(『池田大作全集』第83巻、108㌻)
 「『動執生疑』とは“
しゅうを動じ、を生ず”と読む。すなわち執着をり動かし、疑いを生じさせることである。
 わかりやすく言えば、小法への執着など、これまでの執着や、とらわれを
動揺どうようさせ、“これまでの考えは本当に正しかったのだろうか”と疑いを生じさせて、より高い次元へと目を向けさせていくことである」(同、109㌻)
 「動執生疑」は、天台てんだいの「法華文句ほっけもんぐ」に説かれており、もともとは、釈尊しゃくそん衆生しゅじょうみちびく方法の一つを意味する。先生はその本義を踏まえた上で、天台の師である南岳大師なんがくだいしに触れて「南岳大師の『動執生疑』が波紋を呼び、後に天台てんだい大師だいしの法華経講義が注目を集めていった」とも語られている(同第12巻、505㌻)。
 ここで、「法華経」のじゅう地涌じゆじゅっぽん第15で説かれた「動執生疑」への流れを確認したい。
 そもそも、法華経は、「釈尊滅後めつご弘教ぐきょうのため」に説かれた経典である。その主人公は誰なのか――「動執生疑」とは、この最重要のテーマに直結するキーワードである。
 法師ほっし品第10から安楽行あんらくぎょう品第14にかけて、その中心テーマは、釈尊滅後の弘教を「誰に託すか」であった。
 釈尊の説法を聞いていた菩薩たちは、勧持品かんじほん第13で「三類の強敵ごうてきが出現しても耐え忍び、弘教に励む」と誓いを立てる。その他の声聞しょうもんたちは、大変な娑婆しゃば世界をさけけて、他の国土で法を弘めることを望んでいた。ゆえに、釈尊から付嘱ふぞく委託いたくするの意)されるのは、当然、その場にいた菩薩になるだろうという展開だった。
 ところが、涌出品の冒頭で釈尊は「みね。善男子ぜんなんしよ」(法華経451㌻)と、菩薩の誓願を退ける。そして、それまでの展開を自らくつがえした上で、こう言葉を続けた。
 「なぜならば、この娑婆しゃば世界に六万恒河沙ごうがしゃの菩薩たちがいる。彼らが弘めてくれるからだ」
 その時、大地が裂け、金色に輝く無数の集団が現れる――これが「地涌の菩薩」である。六万恒河沙とは、インドのガンジス河の砂粒の数の6万倍で、無量の数を現す。そのリーダーは、上行じょうぎょう無辺行むへんぎょう浄行じょうぎょう安立行あんりゅうぎょう四菩薩しぼさつであった。
 会座えざの衆生は、地涌の菩薩が気高い姿をしていることに疑問を抱き、釈尊に問いを発する。
 すると釈尊は「われ久遠くおんこのかた是等これらしゅ教化きょうけせり」(同467㌻)と、久遠の昔から地涌の菩薩を教化してきたことを明かし、歴劫りゃっこう修行を積んで今世で初めて成仏したという「始成しじょう正覚しょうかく」の教えを根本からくつがえした。
 他方の菩薩たちは、それを聞いてさらに驚く。“世尊は、菩提樹ぼだいじゅの下で成道じょうどうしてから40余年しか経っていないはず……。
 弟子たちの間に、当然の疑問がわき起こったことを、先生は、こう解説している。
 「“なぜ釈尊が成道してからの短期間に、これだけ多くの菩薩を教化できたのか?”と。
この疑問に答える形で、
寿量品じゅりょうほんでは、仏の成道が永遠の過去にさかのぼることが明かされたわけである」(『池田大作全集』第83巻、109㌻)
 地涌の菩薩は、釈尊よりもはるかに年を重ね、立派な姿をしていた。それまでの弟子たちは、釈尊が、地涌の菩薩をわが弟子であるというのは、青年が老人をさして「我が子である」ということと同じではないか、と疑った。
 そこで大衆を代表して、高弟こうてい中の高弟である弥勒みろく菩薩が重ねて釈尊に質問し、涌出品は結ばれる。「どうしてこんなにたくさんの人たちを化導けどうし得たのですか?」と。
 弟子たちの一連の戸惑いこそ「動執生疑」であり、これが法華経の展開に与えた意義について、先生は次のように語っている。
 「動執生疑とは、それまでの信念が大きく揺らぐことです。いわば既成の世界観が根底から打ち破られるのです。人々が安住している価値観を、劇的に打ち壊すことによって、釈尊の本地ほんじ――真実の境涯が解き明かされていく」(普及版『法華経の智慧』[中]142㌻)
釈尊は、弥勒菩薩の質問に答える形で、如来にょらい寿量品じゅりょうほん第16に入って、久遠の過去に成道していたという永遠の大生命(久遠実成くおんじつじょう)を説き明かした。いわば、地涌の弟子たちの出現によって、偉大なる師匠の大境涯が示されていったのである。

◆ 使命に生き抜く
 私も先輩や同志との出会いを機に、信心に励むようになった一人だ。父は、わが家の広布と師弟の歴史を繰り返し教えてくれた。
 その中で、「自分のため」だけだった生き方が、「人のため」「広宣流布こうせんるふのため」という生き方に変わっていった。
 かつて私は、進路の悩みに直面していた際、先生が出席する会合に参加。「私の最後の事業は教育である」との師の言葉を聞いた時、自らの使命の道を定めた。
 その4年後、高校の教員として地元・埼玉から鳥取へ。赴任の報告を聞いてくださった先生から「勝利」の2字が入った短冊たんざくと真心の激励を頂き、人生の勝利を誓った。
 だが、現実は苦悩の連続だった。相次ぐ退学者、妻の病、重なる辛労から潰瘍かいようわずらったこともあった。この時、「『地涌の菩薩』の使命を果たさせてください」と、御本尊に真剣に祈り、折伏に挑戦した。
 すると、不思議にも悩みを抱えた人と巡り合い、仏法対話が結実。やがて職場の状況は一変し、一家の苦境などの宿命も、一つ一つ乗り越えることができた。
 日蓮大聖人は仰せである。「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」(大悪大善御書、御書1300㌻)
 悪世あくせ末法まっぽうにおける弘教は、難事中の難事である。しかし、その最も大変な時に、地涌の菩薩は喜び勇んで“躍り出る”との御文を身で拝することができた。
 小説『新・人間革命』第28巻「広宣譜こうせんふ」の章で、先生はつづっている。
 「学会の実践の中に、地涌の菩薩の実像があり、崩れることのない幸福境涯を確立する直道があります。どうか、生涯、学会から離れず、地涌の使命に生き抜き、幸せになってください」
 「地涌の使命」に生き抜く道を教えてくれた両親や先輩・同志、何より師匠への感謝は尽きない。

◆ 民衆の心の大転換
 法華経において「地涌の使命」が明確に示されたのが、如来神力品にょらいじんりきほん第21である。ここに至って初めて、地涌の菩薩が、成仏の肝要の法を人びとに教え弘めていくことを誓願し、釈尊から付嘱を受ける。釈尊滅後の弘法の主人公が定められたのだ。
 法華経を身読しんどくされた末法まっぽう御本仏ごほんぶつ日蓮にちれん大聖人だいしょうにんは、地涌の菩薩の上首じょうしゅ(最高位の者、中心者)である、上行菩薩の御自覚に立たれ、末法広宣流布の基盤を確立された。
 では、その大聖人に続く地涌の菩薩の要件とは何か――。
 「諸法しょほう実相じっそうしょう」では「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」「みな地涌の菩薩の出現にあらずんばとなへがたき題目なり」(諸法実相抄、御書1360㌻)と仰せである。
 他の御抄でも拝せるように、大聖人と同じ決意に立ち、題目を唱える人こそ地涌の菩薩なのである。
 現代において、世界中に題目を弘め、大聖人が仰せの地涌じゆ(同㌻)を現実のものとしたのは、私たち創価学会であり、なかんずく三代会長である。
 その地涌の陣列は、平和・文化・教育の各分野にわたって世界を結んでいる。
 創価学会にとっての「地涌の使命」の自覚――。
 その起点は、第2代会長の戸田城聖先生が、戦時中に正義の信念を貫いて投獄とうごくされ、獄中ごくちゅうにあって「われ地涌の菩薩なり」と悟達ごだつしたことにある。
 戦後の混乱の中、草創の同志は、病苦や経済苦などの宿命を抱えながら、「地涌の使命」に目覚め、広宣流布へ東奔西走とうほんさいそうした。その胸中には“救われる人”から“救う人”へ、自発じはつ能動のうどうの信心が輝いていた。この「民衆の心の大転換」にこそ、学会の存在意義はあるのだといえよう。

◆ 堅固けんごな人材城を
 本年11月、「広宣流布大誓堂だいせいどう」が完成5周年を迎える。
 池田先生は、先師・牧口先生、恩師・戸田先生への報恩を込めて「広宣流布 誓願の」の碑文を認められました。そこには、報恩抄の一節が引かれている。
 「日蓮が慈悲じひ曠大こうだいならば南無妙法蓮華経は万年のほか・未来までもながるべし」(報恩抄、御書329㌻)
 末法万年にわたる世界広布――その全ては「人」で決まるのだ。「弟子」で決まるのだ。
 意義深きこの時に、各地で陸続と躍り出た男子部大学校1期生は、まさに仏の誓願に呼応した「地涌の菩薩」の群像ぐんぞうである。
 広島のあるメンバーは、長い引きこもり生活におちいっていたが、今年、大学校に入校。初めて会合に参加するも、まともに人と話せずにいた。
 「彼は引きこもりで仕事をしておらず、人と上手に話すこともできません。でも、そんな彼が、きょう初めてスーツを着て、会館に来てくれました。それ自体が、すごい勇気だし、彼のすごいところだと思います」
 この言葉を聞いた大学校生は涙を流し、新しい“一歩”を踏み出し始めました。
 自分をわかってくれる人がいれば、必ず前進の一歩を踏み出せる。地涌の陣列の拡大とは、一人一人の可能性を信じ、引き出す“励ましの拡大”でもあろう。
 法華経の「動執生疑」を通して、先生は、こうも語っている。
 「創価学会は、地涌の菩薩の出現である。その行動は、事実のうえで、社会に“動執生疑”の波を広げてきた。これまでの小さなワクにとらわれた人々の心を揺さぶり、揺り動かしてきた。
 動執生疑とは、いわば、そうした『変革』の原理であり、現実社会をダイナミックに、新しい大きな地平へとリードしていく行動である。
 私どもの運動は、法華経のとおりの軌道で進んでいる」
(『池田大作全集』第83巻、109㌻)
 さらに、次のようなリーダー論にも展開されている。
 「敵が紛然として競い起こり、世間が騒げば騒ぐほど、それが動執生疑となって、正法に縁する人も多くなる。『なんそく拡大かくだい』こそ、広布前進の一つの方程式といってよい。
 いずれにせよ、たとえ世間が騒然となったとしても、“またこれで信心が鍛えられる。新しい大発展の好機である。ありがたいことだ”と、莞爾かんじと微笑んでいくぐらいの余裕と沈着ちんちゃくさをもって、同志を守りゆく、広布のリーダーであっていただきたい。すべてを大きな心でつつみ、つねに希望をつくり、喜びを与えゆくリーダーであっていただきたい」
(同第77巻、223㌻)
 中国方面では、今月22日に岡山で開催される「全国男子部幹部会」に向け、行学の錬磨に挑む大学校生を先頭に、皆が勇気の対話を繰り広げている。
 さらに7月には、方面歌「地涌の讃歌さんか」が鳥取・米子よなご文化会館で誕生して40周年の佳節。
 「ずる中国 人の城」――師匠が歌詞に込めた万感の期待に応えるべく、報恩の心で、堅固けんごな人材城の建設を誓う。

 (2018年4月4日付 創価新報)より

広布金について

当記事はある対話より出た自分のコメントを、再度校訂し整理したものです。(内容も少々変えています) 質問者から、『創価学会は学会員から金を巻き上げている。その結果学会員は非常に困窮している』のでは、と言う「疑問」が出ました