2018年 2月 の投稿一覧

面白い展開になってきたなぁ・・・

​​​捨てる神あれば拾う神あれで ​monlingenこと「のんかつ氏」のブログ​2月に入ってから なんと台湾SGIさんの書き込みが始まり その際、のんかつ氏の信心姿勢を批判しそして火事場泥棒のように あべひちゃん...

『あたし、拠点にしたいの』の巻 〔#145〕

学会の拠点
学会の拠点


地区で座談会などをするときには、個人のお宅が会場になるのですが、

そのお宅のことを、「拠点」って私たちは呼んでいます。


以前ブログでも取り上げていますが

私たちがメインでやっている地区の単位での活動は、

こういった「拠点」で繰り広げられているのです。


私のアパートは拠点となれるような住居環境ではないのですが、

ずっと密かに温めている野望(?)がありまして、

それが、

「住居を『すんごい拠点』にしたいぞぉぉ!」ってやつなのです。


・・・はい。


私の祈りには必ずこれが含まれています。

夢は膨らむ一方です。笑。


階段を登らないといけないと、じーちゃんばーちゃんがきついだろうし、

仏壇が隅っこにあると、

角度的に御本尊様が視界に入る人は少数で、御本尊様を見ているのか、仏壇そのものを見てるのか、おっさんの頭をみてるのか(笑)、何に祈っているのか分からなくなって、ちょっと笑けてくるし、

玄関をあけてすぐ会場になっている方が、初めて入る人には抵抗が少ないだろうし、

と、このように何だかんだいろいろ理想が膨らんでいくのです。


そういう意味では、拠点って難しいんですよね。



そういえば、新聞や大白蓮華などに載っている、「座談会の写真」って見てるとおもしろいですね。

日本の座談会だと中心者の話でみんな爆笑している姿を撮られている率が高いですが、

海外の座談会の写真をみると、みんなで円陣を組んで、割と真顔で話しあっている姿を撮られている率が高いです。

だから何だって話ですが(笑)、

イメージだと、海外で爆笑していて、日本で真剣にやっている感じがしますが、結構逆なんですよね。日本人って意外と人を笑かそうとするところを真剣にやります。役職があればあるほど、笑える話など、ちょっとした小話をいくつも隠し持っています。

どっちの座談会もいい。



そんなこんなで、拠点の話に戻りますが、

最近は自分の中でちょっと「心境の変化」といいますか、

ちょっとだけ意識が変わりつつあるんです。


もちろん今でも、みんなが集まって来やすい、ででーんとした拠点をつくりたいという祈りはあります。

だけれど、

このせせこましい、おんぼろなところでも、

拠点の要請があれば、喜んでどんどん提供するようにしたのです。



ここは、確かに自分の思い描いている、提供したいと思っている場所ではないけれども、

拠点で使ってもらおうと。


テーブルやソファーを移動すればみんなが座れるし、

仏壇もちっちゃいけど、みんなが見やすい位置にすればいいんだし、

工夫すればちゃんと拠点にもなる(笑)。

大丈夫、大丈夫。



「いつかこうしよう」と思う気持ちはとても大切なんだけど、

それが強すぎると、じゃあ「今の自分」は、それまでどこにいるんだって思うんですよね。

「いつか」にたどり着くまでの過程でしかないんだろうか。



確かに、

「いつか」そうなるために活動したり、題目をあげたりします。

それを目指す、叶えるために、妙法がある。

これは、ごく自然な捉え方で、何も問題はありません。



最近、よく考えるんですけど、

今自分が死んでしまうなら、その自分は不幸なんだろうか。

「いつか」という目指すものにたどり着けないで終わることは、不幸なんだろうか。

願いを叶えるために妙法があると、そこばかり見てしまうと、

たどり着けない「今の自分」を苦しみ、

完成される「いつか」の自分に思いをはせ、今の自分をただ不完全だと思い、今自分が途絶えることを恐れてしまう。




でも、たぶんそいういうことではないと思うんです。

今の、この瞬間の自分も、等しく完成されているはずなんです。



なぜなら、もともと私たちは完成された妙のリズム、「仏」が中にあって、

本当の目的というのは、自分の中にある「仏」を出していくことだったはず。


ということは、人生において「不完全」っていうのは、

目的が達成されていないこと、というわけではなくて、

この「仏」を全開に出せているのかどうかということになるはずだからです。


つまり、

目標や、叶えたいもの、そして、どんな人生になるのかさえも、

それが到達点ではなくて、

「仏」を全開にさせるための一つの手段になるってことなんです。



このようにとらえれば、

今どんな状態でも、自分の仏性が開いているかどうかというところに本質があって、

いつ死んでも、人生を閉じた切り口が、「金太郎飴」をカットしたように、

最高の仏が開いた状態で終えることができる。


今の自分が最高の存在になる。


これって、実はすべてに共通するんじゃないかと思うんです。



活動できるようになってから活動する。

折伏できるようになってから折伏する。

いつか幸せになる。


こんないつかの最高の自分より、今の最高を出していくってこと。


「臨終只今にありと解りて信心を致して南無妙法蓮華経と唱うる人」
one who summons up one’s faith and chants Nam-myoho-renge-kyo with the profound insight that now is the last moment of one’s life


どの瞬間をカットされても、微笑んだ金太郎がキレイに見えている生き方をしていきたい。

そう思う今日この頃です。

では!

菅田正昭先生から、大石寺末・東京常泉寺のことを聞く

今朝、菅田正昭先生にお会いすると、ご機嫌よろしく古書を1冊手渡された。
クロス張りの単行本で、昭和4年発刊の全集である。

「この中にさ、あの常泉寺のことが載っているんだ」という。
“あの”とは、わたしが論及してきた“日蓮正宗大石寺の”という意味だ。
書名その他は、菅田先生の発見に係ることであるから、ここでは書かない。触りのみ。
「水戸殿の左隣に背中の常泉寺は、日蓮六老僧の一人日興上人の開山、日是上人の開基であるが、此の寺が朝廷と深い縁故を有(も)つ至つたのは第七世日顯上人以後である…」と始まる。

勿体無いので、本文は転載しないが、掻い摘めば、家宣の若君・姫君が葬られていたなどとある。
さて、眼を惹くのは「後水尾院御手製の釋迦如來像の糊細工…天英院に賜はつたもので、天英院他界の後當寺に賜はつた」

なんと大石寺末寺としても寺格の高い常泉寺には、かつて“釈迦如来像”があったという。
菅田先生の笑みの理由はここにあった。莞爾

池田大作 唱題伝説

 当ブログでは、これまでに池田大作の艶福家、著述家、ピアノ演奏家、写真家等として
の姿を取り上げてきたが、彼は他の何よりもまず「南無妙法蓮華経」という、お題目を唱
える宗教団体の指導者である。そこで今回は、宗教家としての池田について述べる。

 創価学会では、日々の信仰の実践として、朝夕に御本尊に向かい、題目を上げ、法華経
の方便品・如来寿量品の自我偈を読誦することが求められる。池田センセイも、次のよう
にご指導されている。


>  題目を百遍、二百遍でもよい。何かやることである。ともかく、まず御本尊の前に
> 座ることだ。
>  大事なことは、朝晩、御本尊を拝そう、題目をあげようという「心」である。その
> 「心」があれば福運は消えない。その心で「実践」すれば、福運はいや増していく。
>  だれが見ていなくとも、御本尊が全部、見ておられる。
 (中略)
>  題目をあげるということが、どれほど、すごいことか。すべての仏・菩薩、諸天が
> 味方になるのである。
>  だから人類を救う力がある。救う使命がある。
 (『新会員の友のために―創価学会入門』より引用)


 では、「人類を救う」ほどの題目の力で、池田センセイはどれほどのことを成し遂げら
れてきたのだろうか。

 昭和40年(1965年)、創価学会は日蓮正宗総本山大石寺に正本堂を寄進するため、とい
う名目で、最初の大規模な金集めを実施した(「創価学会の金集め①」参照)。

 この時、創価学会は短期間で355億円もの巨額を集め、世間を驚かせた(実際には、そ
れより100億円ほど多かったといわれる)。当時、副理事長だった辻武寿氏が、この件に
ついて、以下のように述べている。


>  かくして、全国から集まった真心の浄財は、三百五十五億円余であり、政界、財界
> に大きな話題となっている。この不況下に、いかに信仰とはいえ、創価学会にして、
> はじめて実現できる離れわざであるとは、ひとしく内外の讃嘆するところである。
>  池田会長は、「みんなが団結して実践したたまものにちがいはないが、これだけ成
> 功できたのは私の福運である」と言われた。地涌の菩薩の総帥たる、池田会長が発願
> された御供養であればこそ、また広宣流布の大使命を背負って出現された池田会長を
> 建設委員長に仰ぐ御供養なればこそ、この喜ばしい御供養が大成功を収めたのである。
>  御供養の参加人員が七百七十七万人ということも広布の瑞相としか思われない。さ
> らに池田会長が御供養のために題目をあげられたその数と金額が、ほぼ一致されたと
> いうことを聞くに及んで、いよいよ先生の偉大さと、王仏冥合実現の不思議なリズム
> を感ずるのは私一人ではあるまい。
 (『大白蓮華』昭和41年1月号)


 355億円という集金額は、「これが最後の御供養」「この機会に金を出せば、絶大なご
利益がある」などと幹部に煽られて、末端学会員たちが保険を解約したり、預貯金を全額
拠出したり、という無理を重ねて実現したものであった。

 それを「私の福運」と言ってのける池田の厚顔ぶりはひどいものだが、諫めるでも取り
繕うでもなく、「先生の偉大さ」などと持ち上げる辻氏にも呆れるしかない。

 今も昔も、口を開けば「民衆のため」等々の綺麗ごとを抜かす学会幹部だが、その実、
末端の貧しい会員よりも、金と権力を牛耳る池田大作の顔色を窺うことしか頭にない、浅
ましい本性が如実に表れている。

 さて、本題の池田センセイの唱題についてだが、辻氏は池田が唱えた題目の数と、集金
額がほぼ一致したと述べている。つまり池田は、355億回も唱題したというのである。

 仮に「南無妙法蓮華経」と一回唱えるのに、1秒を要したとする。一日に十時間の唱題
を行えば、3万6千回になる。このペースで続けると、355億回に達するのに986,111日余り
かかる。これは、ほぼ2,700年に相当する。

 創価学会会長として、それなりに忙しい毎日を送っていたはずの池田に、一日に何時間
も題目を唱える時間などなかったであろうし、無理して時間を作ったとしても、355億回
という膨大な回数は、達成不可能である。

 法華経には、釈尊が神通力で時間を縮めたという話があるが、〝御本仏〟であるらしい
池田センセイも、そのような摩訶不思議な力を用いられた、とでもいうのだろうか。

 常識的に考えてあり得ないことだが、当時の創価学会では「池田会長の信心のすごさ」
を示すものとして、この逸話はまことしやかに語られていたのである。

 実際の池田大作の信仰生活は、どのようなものだったのだろうか。
 折伏を受けた時は、「南無妙法蓮華経は嫌いだったので、ずいぶん反対した」(「日蓮
と真言宗と池田大作」参照)という池田が、その後、どう変わったかについての証言をい
くつか引用する。


>  太作とかねの結婚は五二年五月三日だったが、その二か月ほどあと。かねが戸田の
> 指導を受けるため、当時、国鉄中央線市ヶ谷駅のそばにあった戸田の経営する金融会
> 社「大蔵商事」へやってきて、こう訴えたと元学会幹部は話す。
> 「じつはウチの主人は朝夕の勤行をやりません。五座三座(日蓮正宗信者としての必
> 須の読経)もやりません。いつもお題目三唱で済ましてしまいます。私がそのことを
> いうと、『おれは特別だからやらなくてもいいんだ』と答えます。ウチの主人は本当
> に特別なんでしょうか」
>  戸田は「何?」といって絶句したという。
 (野田峯雄著『池田大作 金脈の研究』より引用)

 ※ 以前も述べたが、池田大作は改名前「太作」だった。
   「五座三座」とは日蓮正宗の勤行の決まり事で、法華経を朝5回、夕3回読誦する
  こと。かつては創価学会もこれを実践していたが、現在では、朝夕1回ずつに変更さ
  れている。


 ただ、これは池田が会長に就任する以前のことである。第三代会長として、信仰の指導
者となった後については、どうだったのだろうか。

 創価学会の元中堅幹部・小多仁伯氏は、学会幹部の信仰姿勢について、次のように述べ
ている(小多仁氏は学会傘下のシナノ企画で、学会員啓蒙用の映像資料等の作成に携わっ
ていた)。


>  あまりにも各種勤行会での勤行や御題目が不唱和なので、経文の正しい読み方を録
> 音してテープで学会員を教育することになりました。
>  その正しい経文の録音候補者を何人かの最高幹部から選んで録音したのです。
>  結果は、各自ともあまりにもひどい経文の発声内容であったので、ボツにしました。
>  ここにも、七百年以上、化儀を培ってきた日蓮正宗に対し、軽視してきた側面が如
> 実にでたのです。勿論、池田大作の勤行の中での発音も調べましたが、問題外なので
> す。
 (小多仁伯著『池田大作の品格』より引用)


 小多仁氏は「創価学会の中で、池田大作をはじめ最高幹部の一人として、正確な勤行の
出来る者はいない」と結論している。

 また同書には、池田の私邸の家政婦を務めた元学会員の話として、池田家の仏壇はホコ
リまみれで、家族の誰も勤行をしている気配がなかったことに大変ショックを受け、創価
学会から脱会したとの逸話も紹介されている。

 本部幹部会に出席していた頃の池田大作は、人一倍大きな声で「南無妙法蓮華経」と唱
えていたそうだが、それはパフォーマンスであり、普段はロクに勤行はしていなかったの
である。

 池田大作の代表作ということになっている『人間革命』には、池田が恩師と呼ぶ第二代
会長・戸田城聖が、「仕事の都合で、朝、勤行が十分にできない」と訴える学会員に対し
て、次のように指導したと書かれている。


>  勤行は、たとえ十五分でも、真剣勝負の意気でやれば、功徳はあります。あなたの
> ように、本当に仕事が忙しかったら、仕事の合い間をみて、また電車の中にいても、
> 小さい声で勤行し、お題目を唱えなさい。ただし、奇異な感じを人に与えてはいけな
> い。
>  これは読誦の題目のうちの誦の題目といい、御本尊の前で勤行したのと同じことに
> もなるのです。そのようにして、真剣にやっていれば、自然のうちに、あなた自身が、
> 朝は、いつもより三十分早く起きて、勤行を完全にやろうという気が起きてくるはず
> です。
>  それを、誦の題目とは、いいことを聞いたと思って、普段の勤行を怠けてもよいと
> 考えるようでは、功徳がないのは当然です。
 (『人間革命』第六巻より引用)


 池田大作は朝に弱く、10時頃に起き出してきて朝風呂にゆっくり入るといった、怠惰な
日常を送り、「普段の勤行を怠け」て題目三遍ですますという、いい加減な信心を続けて
いた。「功徳がないのは当然」ではないのだろうか。

 学会員の皆さんの中には、「外部のジャーナリストや、反逆退転者の言うことなど信じ
られない。池田先生は、毎日の勤行をきちんとされたに決まっている」と思う方もいらっ
しゃるかもしれない。

 そのような方には、池田センセイの「福運」により建立されたという、「本門戒壇」こ
と大石寺正本堂が、日蓮正宗の手によりとうの昔に解体され、現在は存在していないのは
何故なのか、と訊きたい。

 「朝晩、御本尊を拝そう、題目をあげようという『心』があれば福運は消えない」ので
はなかったのか。池田の信心に、真に「偉大な力」があったなら、「千年はもつ」という
ふれこみだった正本堂が、わずか二十数年で取り壊しの憂き目を見ることなど、なかった
であろう。

 また、創価学会では、それまでの信心の「功徳」により、「死ぬ前の数年間が一番いい
時期」になると言ってきたが、池田大作は平成22年(2010年)に倒れ、もう8年も衆目に
姿をさらせない状態が続いている。これのどこが「一番いい時期」なのだろうか。

 創価学会は「唯一の正統な仏法」を自称しているが、池田大作をはじめとする学会幹部
たちは、信心をダシにして愚かな学会員たちから金を巻き上げているようにしか、私には
見えない。

 こんなインチキ宗教に金や時間を費やして、本当に幸せになれるのだろうか。ありもし
ない「福運」や「功徳」に期待して人生を無駄にするより、自分の財産や時間をもっと有
意義に使う方法を、自分自身で考えた方がよい。

 その方が創価学会のようなカルトに縛られるよりも、よほど幸せな人生を送れるのでは
ないだろうか。


補足 釈尊が起こした時間を縮める奇跡について

 本文中でふれたように、法華経の従地涌出品第十五には、釈尊が神通力で時間を縮める
場面が描かれている。参考までに、当該箇所を引用する。


> 是諸菩薩摩訶薩。従地涌出。以諸菩薩。種種讃法。
> 而讃於仏。如是時間。経五十小劫。
> 是時釈迦牟尼仏。黙然而坐。
> 及諸四衆。亦皆黙然。五十小劫。
> 仏神力故。令諸大衆。謂如半日。

 (書き下し文)
> この諸の菩薩・摩訶薩は、地より湧出して、諸の菩薩の種種の讃法をもって、
> 仏を讃めたてまつるに、かくの如くする時の間に、五十小劫を経たり。
> この時、釈迦牟尼仏は、黙然として座したまい、
> 及び諸の四衆も亦、皆、黙然たること五十小劫なり。
> 仏の神力の故に、諸の大衆をして半日の如しと謂わしむ。

 (現代語訳)
>  そのとき、大地から躍り出た求法者たちが如来たちに礼拝をし、種々様々な讃歎の
> 言葉で称揚している間に、満五十小劫が過ぎた。そして、この五十小劫の間、尊きシ
> ャーキヤ=ムニ如来は沈黙していた。また、四衆の会衆も、この五十小劫の間、沈黙
> を続けていた。世尊がこのように神通力を発揮したので、そのために四衆の会衆はこ
> の満五十小劫という長い時間を僅かに午後だけの半日のことと感じた。
 (岩波文庫『法華経』(中)より引用)


 「劫」とは、仏教用語で人間の思惟が及ばないほど長い時間を意味する言葉である。一
劫は、八十小劫に相当するとされる。

 この場面は、釈尊入滅後に法華経を広める使命を帯びた無量千万憶の「地涌の菩薩」が、
釈尊が十方から招来した無数の如来たちに対して、礼拝する様子を描いている。礼拝する
側、される側の双方が膨大な数だったので、長大な時間を要したのである。

 当ブログをご覧になっている創価学会員もいらっしゃるようだが、「地涌の菩薩」の再
誕であらせられるという学会員の皆さんには、上記のような解説は文字通り「釈迦に説法」
なのかもしれない……。

ウソで固めた本部幹部会

今月12日に関西で行われた本幹の様子をご紹介します。

録音の書きおこしですので、部分的に聞き取れなかったところはありますが、今も相変わらずの何から何までウソ八百の創価の会合の様子をお読みください。

創価はこんなもので会員を騙し、お金と自由を奪うだけ奪って地獄に引きずり込んでいるのです。

この第31回本部幹部会関西総会の音声の書きおこしを寄せていただいた方に感謝します。私も音声の書きおこしの仕事をやった経験があるので、これが大変な労力であることはよくわかります。本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

創価が宗教ではなく極悪詐欺集団だということがわかると、こうした会合での一言ひとことがいかに幼稚で子供だましであることか、呆れかえって言葉をなくします。まず7年以上も姿を見せない池田大仏のメッセージの代読から始まります。池田大仏がどう考えてもこんな文章が買える状態ではないことぐらいみんなわかっているでしょうけど、そんなことちょっとでも口にしたらとんでもないことになるとわかっているから、表では決してそんなことは口にしないんですよね。もうこの時点で全てが嘘にまみれた詐欺団体の会合です。幹部がどんな嘘をつこうとも、それに誰一人疑いの眼差しで見るものはいない。内心は変だと思ってはいても、決して口に出さない。まるで北朝鮮です。

この会合にSGIメンバーが201人参加しているそうです。その代表としてオリビア斎藤というアメリカSGIの女子部長が登壇しています。その中でアメリカでは全米青年総会へ向けて5万人の結集の戦いをしているのだそうです。創価学会公式HPには「SGIは1200万人以上」と明記しているのですが、アメリカ全土でも5万人集めるのが「戦い」でなければできないのだそうです。残りの1195万人のSGIメンバーはどこで何をしているんでしょうね(笑)5万人といっても、一か所にSGIメンバーが5万人集まるのではなくて、それぞれの地元の会館や拠点で開催される会合に集まる人数の総数を指すんですよね。3月11日にあるという世界青年総会も、どこかの会場に男女青年部が何万人も集うのではなくて、地元の会館に男女青年部に限らず老若男女誰でもいいから集めてきてウン万人の大結集に大勝利した!などと言うのでしょうね(笑)赤ちゃんからわけのわからないお年寄りまで無理やり集めて、数だけをあたかも男女青年部が集まったかのような紛らわしい言葉遣いで聖教新聞に載せて、写真は相変わらず判で押したような気持ちの悪いパステルカラースーツの女子部と七三分けの男子部が同じ笑顔をして並んでいるところを載せるに決まってます。

ところで今回わざわざアメリカからやってきた201人のSGIメンバーは池田大仏と会えたのでしょうか?合うわけありませんよね。会ってたら聖教新聞にでかでかと写真入りで載るはずです。載らないってことはアメリカだろうがどこからSGIメンバー が来ようと絶対に会いません。名誉学長や名誉博士の称号を与えに来た外国の大学の代表団が学会本部に来ても池田大仏は絶対に面会しません。でもメッセージやら短歌などはいくらでも書けるんですね。ダーハラ会長に言わせれば「お元気です」からねえ(笑)

創価脳の学会員はいつまでこの茶番劇に騙され続けるのでしょう。

最後まで読んで欲しいとも思いません。内容には何の意味もありません。あるのは創価脳の会員を騙し、ありもしない功徳のヨタ話と、逃げないための脅し文句があるだけです。

ではこの見え透いた茶番劇をお読みください。

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2月12日(月)
13:30から

小中学生のブラスバンド演奏映像
最後に声をそろえて「先生、奥様、ありがとうございました。」

映像切り替わる
ただいまより世界公布新時代第31回本部幹部会関西総会を開催いたします。
メッセージ紹介。池田??会長
池田先生よりのメッセージを紹介させていただきます。

今再びの陣列を威風堂々と広げ行く伝統の2月の本部幹部会そして歓喜の中の大歓喜の関西総会まことにおめでとう。アメリカの若き正義の獅子の皆さん。わが永遠のふるさと関西へ本当にようこそ。見事な大拡大を成し遂げて来日してくれた201名の代表を改めて讃嘆し、そして熱烈に大歓迎しようではありませんか。
思えば、日蓮大聖人の立宗700年にあたる1952年あの2月闘争で鎌田支部が壁を破って一か月に成就した折伏が201世帯でありました。このとき、入会した縁深き方々と私も妻も66年間より、見守り続けてきました。それぞれに大功徳を受けお子さんやお孫さん方も日本と世界の公布のリーダーと活躍し行く晴れ姿何よりの喜びです。ここ関西で大阪支部の白木初代支部長が戦いを開始したのもこの2月闘争の時でした。夜行列車で東京から大阪へ旅立つ彼を私は駅まで見送り、ともに未来を展望しつつ、励ましたことも忘れえぬ思い出です。一人の折伏一人の励ましからすべては始まります。それが時とともに続々と人材の無量無辺の広がりとなっていくのが地涌の義なのであります。今日の関西総会目指し大阪、兵庫京都、市が、福井、奈良、和歌山の7つの府県の常勝家族、異体同心の虹のスクラムを組んでいまだかつてない大折伏の金字塔を打ち立ててくれました。愛する関西の一人また一人久遠より誓いの友を呼びいだして新たな希望の大行進が始まっています。ますます、諸天の歌も色冴えてこれからどれほど幸福と栄光の物語が綴られゆくことか私の心は高鳴ります。本当におめでとう。本当にありがとう。かつて戸田先生が私に送ってくださって和歌を今日はそのまま不二の朋友にささげたい。わが弟子が折伏業で築たる錦州城を仰ぐうれしさ、と。ここで大聖人が大切にされ牧口先生、戸田先生が震撼に染められた法華経の一説を拝したい。すなわち、太陽と月の光明がもろもろの闇を除くことができるように妙法を授自し、弘通する地涌の菩薩は世間の中で行動して至上の闇を滅することができる、との宣言であります。この地涌の太陽は一体どこから上るのか、貴族ぶった特権階級もでもなければ、閉ざされた伽藍でもありません。広々と開かれた民衆の大海原でありみな平等の庶民の大地です。ご本仏ご自身が民の家よりいでて、と、明快におおせの通りであります。そして大聖人のお心のままに庶民の人間軍に取びこんで誓願の題目を唱えぬきながら、あらゆる不幸と苦難の闇に挑んできたのが我ら創価の地涌の太陽なのであります。地涌の太陽はきどらず、かざらず、ありのままで明るく朗らかです。温かくおおらかにみんなを分け隔てなく包みます。不屈の大情熱に燃えてたゆまず、前に進み、知恵と自愛の光を惜しみません。そして、どんな嵐があっても絶対に負けないで、最後は大勝利の晴れ渡る笑顔を広げていくのです。いま、深い不安と分断の暗闇に覆われ凍える人類をいかに照らし、温め平和の春の曲を奏でていくかその希望の陽光は我らの民衆仏法を説く世界宗教にこそあると私は皆さんと一緒に申し上げたいのであります。なかんずく、世界が待ち望んでやまないのが生命尊厳の哲理を探求し実践する正義の青年たちの熱と力であります。我ら創価家族は一人一人が今再び広宣流布というがんぐ?の誓願の炎を赤々と燃え上がらせながら、一段と励ましの光を放って桜梅桃李の人材と友情の花園を大いに先かおらせてまいりたい。そして若い地涌の旭日をいよいよ常勝の空晴れ晴れと輝かせていこうではありませんか。終わりに戸田先生が関西婦人部の母たちを励まされた言葉を申し上げたい。みんなは地涌の菩薩だ。そう決めて祈り楽しく語ってごらん。かならず、大勢の眷属が現れて仏の陣列に競ってくるよ。勝負は勇気だ。と。さあ、一人ももれなく常勝栄光の未来へ、いざや前進恐れなく。どうか、お元気で。風邪などひかないように題目を送ります。以上、大変におめでとうございました。

本日はアメリカSGI 青年部の皆さんが参加をされております。ここで代表してオリビア斎藤女子部長より挨拶があります。

私はオリビア斎藤です。アメリカ女子部長です。常勝の天地関西にアメリカSGIの201人で訪問することができました。本日を目指して全員が折伏に挑戦。この一年で合計577世帯の本尊流布を達成し、来日することができました。アメリカは今三月の世界青年部総会さらに9月の全米青年大会での正義の獅子5万人の結集に向け各部が団結して戦っています。対立や分断生命軽視の風潮をアメリカはこれまで以上に苦しんでいると日々感じています。一方で若い世代は希望を求め社会をよくするためになのかをしたいと望んでいます。悩みや困難と闘える強い自分になるための方法を探しています。だからこそ遷延部は一人一人が地涌の誓願を果たすときは今と使命に燃えてぶっぽを語りに語っています。アメリカでは昨年もい万人を超える新会員が誕生。5600人もの青年がSGI各部に加わりました。5万人の終結それは単なる青年部の集いにとどまりません。青年は池田門下は人間の尊厳を脅かす暴力や抑圧を目の前にしてただ手をこまねいていることなど断じてないそのことを全米全世界に示す正義の連帯の抱負の起点になると確信しています。私自身こうした使命を深く実感した出来事がありました。3年前地元ニューオリンズでパレ^度が行われている最中私がいたすぐ近くで発砲事件が発生し20代の男性が命を落としたのです。残念ながら、アメリカ各地ではこうした事件が後を絶ちません。私は身近で事件が起こったことそれ以上に皆が何事もなかったかのようにパレードに戻っていった姿に強い衝撃を受けました。その夜商大しながら、地域を変革するためには一人一人に仏法を語りぬくしかないと深く心に誓いました。2か月後私の対話に共感し一人の友人が入会その一週間後友人は発砲事件に巻き込まれましたが、奇跡的に無傷でした。私と一歳の娘をご本尊が守ってくれた、と語っていました。私はさらに革新を深めサウスゾーンの女子部長として8つの支部にまたがる広大な地域を走りぬきました。この年ついに300世帯の弘教を達成したときの歓喜は信心の原点になっています。2年前私が全米女子部長に就任したとき1950年代に東京で新人を始めた祖父母は大変に喜んでくれました。特に晩年ニューオリンズで一緒に暮らしていた93歳の祖母は当時寝たきりだったのにはっと目を覚まし急いで家を掃除しなくちゃと、語ったそうです。なくなる3日前でした。草創期から家に多くの同志を招きなくなる直前まで他社を思いやっていた祖母の真心世界公布に生き抜こうとアメリカに渡った父母の開拓精神を受け継いでいくことが私の誓願です。何よりアメリカ創価大学に在学中最も価値ある生き方を示してくださった池田先生に勝利をご報告するためここにいる200人の友とまた全米の女子部青年部の同志とともに必ずやアメリカに師弟の金字塔を?行く決意です。それではここで9月の青年大会に向けて作成したアメリカ青年部の歌正義の獅子の誓いを皆で決意を込めて歌います。

挨拶。
みなさんこんにちは池田先生に大激励をいただき大きく見守っていただく中で本日の本部幹部会の関西総会として盛大に開催することができました。先生ありがとうございました。関西は大阪兵庫京都なら和歌山滋賀福井の7府県が異体同心で戦うあたかも虹色に輝く広宣流布の合衆国です。本日を目指し関西中の同志が天を衝く勢いで祈り励まし戦い歓喜の中の大歓喜の折伏繰り広げてきました。すべての地区ブロックが折伏に躍動関西としてこの3か月間で見事ブロック一を大きく超える拡大をすることができました。皆さん本当にありがとうございます。おめでとうございます。男子部副部長でミュージシャンの・洋一さんはこれまで14人を折伏その友人も次々と弘教を実らせその一人は6人に弘教を実らせ今年に入ると二人の共通の友人が新たに5人入会バンドもメジャーデビューを果たし、・しています。大阪の婦人部員西玲子さんが娘幸子さんが病魔と闘う中猛然と折伏を開始すると友人がさっちゃんのために祈ると入会を希望。さらにその夫と6人のお子さんまでもが入会を決意さらにさらに娘の幸子さん自身も自ら折伏を決め、一月だけで親子で12名の弘教をもって関西を大勝利で迎えることができました。関西魂とは折伏精神です。その拡大の先頭とは我らが頼もしき後継の?です。女子部は一月のロマン総会を華陽姉妹の大結集で勝利するとともに本部3以上の歓喜の弘教をもって本日を迎えることができました。男子部は部3を超える弘教とともに折伏即人材拡大を合言葉に全国一の5400名の大学校生を輩出こうして男子部女子部学生部の折伏日本一を達成することができました。大変にありがとうございます。関西青年部はこの勢いで3月の世界青年部総会に10万人を必ずや結集してまいります。本年は池田先生に作っていただいた関西の歌常勝の空誕生40周年。1978年昭和53年。7月17日。くしくもここ関西戸田記念講堂で発表されました。小説新人間革命カチドキの章に書かれている時代関西は上昇の空をうたいながら。あらゆる小魔を勝ち超えました。その歩みは常勝不敗の原点である昭和31年32年の戦いと並び永遠に輝くもう一つの師弟の共戦譜です。先生は万感込めて綴ってくださいました。常勝の空は私が戸田先生にお聞かせしたかった。第一の歌である。私の胸にはいつもあの常勝の空のうた声が無敵の獅子区となって響き渡っている。いざや前進。恐れなく。今再びの陣列で折伏の大関西の本領を発揮し世界公布をリードする。拡大の歴史を開くのが本年栄光の年です。どこよりも先生にお応えするために戦うこれが関西です。どこよりも先生の偉大さを語り継ぐそれが関西です。先生一筋。投げたらあかんの無敵の祈りと???それが上昇関西です。さあ、常勝の空を高らかに歌いながら、師弟直結で公布の人生を勝ち平鋼ではありませんか。関西同志の皆さん。ここで代表の方に活動体験を披露していただきます。京都壮年部本部長伊藤も琴さん。ハイ。みなさん、こんにちは。私の入会は小学校3年生の時です。先に信心をはじめ確信をつかんでいた母からは学会の人に何か?たら元気にはいと答えなさい。と厳しく教育をされました。6年生の時に参加した会合でも元気にはいと返事をしたらそれは兵庫音楽隊の面接でした。依頼高校卒業まで音楽隊で訓練を受け新人の?を学ばせていただきました。1990年に創価大学に進学、卒業後は大手人材派遣会社に就職し、大阪本社の営業に配属されました。後輩に道を開こうと全力で働き、入社一年目には最優秀新人賞を獲得。4年目には最年少で営業チームの責任者に抜擢されトップの成績を収めることもできました。しかし、その分プレッシャーも大きくのしかかりました。ストレス解消と称し夜な夜な飲み歩くようになり、信心からも遠ざかりました。上司との軋轢や営業先からのクレームも増え、ついには人と話をすることすら怖くなり昼間は公園のベンチでボート過ごす時間がふえました。そんな中、2000年2月に池田先生が関西を訪問してくださり、地元兵庫で本部幹部会が開催されました。男子部の先輩に誘っていただき、何年かぶりに???に英道で池田先生のお姿を見た時総代での思い出今のふがいなさいろんなお身が一気に沸き上がり涙が止まりませんでした。今再びの陣列に会場の同志とともに上昇の空を力いっぱいうたったときはもう一回一からやり直そうと心から決意しました。それからは学会活動にも地道に取り組みました。原点である、音楽隊にも志願して再び入隊王河畔の任務にも時間をこじ開けて挑戦しました。そんなとき職場先で人事異動を告げられました。神戸に新しい子会社をつくるので立ち上げに行くようにとの辞令でした。従業員3000人の親会社から、正社員は私一人後はパートの事務員さんと定年を過ぎた顧問の3人だけの会社に移った時はさすがに落ち込みました。しかし、地元神戸で働けるようになったことで学会活動に思う存分取り組むことができると前向きにとらえ題目を根本に仕事にも励みました。あらゆることを一人でこなすのが大変でしたがその分様々な経験も詰めました。やがて新会社が軌道に乗り、社員も6人に増えた時立ち上げからの功績が認められ最年少ながら、取締役に抜擢されました。おりしも男子部で部長に任命され2世帯の折伏が実った時でした。感謝の決意を手紙に綴り新たな肩書の入った名刺とともに池田先生にお届けしたところ思いもかけず先生からも名刺を頂戴し名刺交換をさせていただくことができました。さらに決意に燃え仕事に活動にと全力勝負で取り組む中、2007年には35歳で代表取締役社長に就任することができました。その年。池田先生が258回目の関西指導に7年前再起を誓った常勝の空を今度は音楽隊の一員として先生の前で力いっぱい演奏することができました。大拍手でたたえてくださる先生に心の中で先生勝ちました。とご報告し、歓喜の涙が止まりませんでした。この後会社も発展と続け、ついには燃焼17億円従業員500人までに発展させることができました。音楽隊でも関西吹奏楽団の副団長関西音楽体調も務め、吹奏楽コンクールの全国大会では5度の日本一を経験することもできました。2011年、今度は家族を宿命が襲いました。2歳になった息子の細動脈弁閉鎖不全という心臓の病が悪化。手術を余儀なくされたのです。医師からは最悪の状況となるリスクもあることを覚悟してください。と告げられました。夜寝汗をいっぱいに書いて眠る息子の小さな心臓が今にも止まるのでないかと不安に駆られ妻は夜も眠れなくなりました。夫婦で関西婦人部の先輩に指導を受けました。不安なのは不信の証拠。大革新で題目をあげなさい。医者が小躍りして喜ぶくらい大成功の手術になるよう具体的に祈るんや。息子さんが本当の信心を教えてくれてるんやで。と厳しくも本当に暖かく励ましてくださいました。同居していた母も含め手術の日まで家族で一丸となって祈りぬきました。一念が変わればそこから希望が湧くことを実感しました。そんな家族の前向きな姿を見た息子の医療保険の外交員の方が感動し入会を決意ご本尊を受理することができました。8時間に及んだ手術は無事に終わりました。大成功やと内科医と外科医が小躍りしている姿を見た時には心から感謝しました。息子は現在小学3年生。元気に学校に通い座談会が大好きな学会っこです。本日は家族も参加させていただいています。仕事では3年前再び新会社の社長に抜擢されました。京都府丹後氏にある西日本最大級の道の駅を運営する事業です。また一からの挑戦になりましたが、おかげさまで来場者は2年半で累計130魔㎜人を突破。以前の5ばいとなり、売り上げも倍増しました。単語の魅力を日本中世界中発信し、地域の活性化と人材育成の貢献することが今の目標です。組織では昨年4月から夫婦で本部長の任命を受けました。日本海を望む、広大な地域で戦いぬいてこられた金法会の先輩方が元気いっぱいな組織です。いくつになっても心のど真ん中に支障を置き、友の幸福を祈り勇んで行動と続けられる姿に関西魂の神髄を名学ばせていただいています。私たち??ブロック一を超える拡大を達成し本日を迎えることができました。先輩方の師弟の???を青年とともに受け継ぎわたしも池田先生の弟子として一生涯使命の場所で戦いぬいていく決意です。以上。ありがとうございました。

会長指導  原田会長
大歓喜に沸く世界公布新時代第31回本部幹部会並びに関西総会の開催大変におめでとうございます。アメリカ青年部の皆さん、見事な誓いの歌声声援ありがとうございました。池田先生は1月26日SGIの日に寄せて人権の成型?民衆の大河と題する記念提言を発表されました。今回の提言では唯一の戦争被爆国である日本が核兵器禁止条約への参加に向けた意思表明を行うよう呼び掛けられるなど、国内外から広く注目を集めております。池田先生によるこのSGIの日の記念提言は第一回の発表から本年で35周年。核戦争防止国際医師会?IPPMWの?どら運博士が毎年新鮮で示唆に富んだ提言を発表し続けていくことを高く評価します。地球的なスケールでこれほど持続的に取り組んでいる人はいません。と語っているように立正安国への新年の行動に世界的評価寄せられております。そのIPPMWは昨年のノーベル平和賞を受賞した国際NGO核兵器廃絶国際キャンペーンICANの母体であります。先日総本部に来られてICANのフィン事務局長は語っております。SGIは私たちICAN にとって もっとも古く一貫したサポーターの一つです。核兵器の禁止と廃絶を目指す、戦いにおいて計り知れないほど重要な役割を担ってきました、と。すべてはいkwだ先生の一貫した外交戦言論戦のたまものであります。かつて先生は?語られました。人間として生きている限り最高善の実践生きるべきです。最高の全に対して反対すれば、最大の悪となり、最高の全に賛同しともに行動すれば自らもそれに連なっていくことができるというのがわたくしの信念です。御書に道理証文よりも減少にすぎず?とおおせの通りじっし?に勝る雄弁はあり得ません。私たちは自信満々と最高善である立正安国の弘教拡大にまい進してまいりたい。こう思いますが皆さんいかがでしょうか折伏の推進に当たってダウじなことは折伏と個人指導は車の両輪であるということです。それは単に組織論的な側面ではありません。池田先生は小説新人間革命に綴ってくださっております。私が多くの幹部を見てきて感じるこおてゃ個人指導を徹底してやりぬいてきた方は退転していないということなんです。個人指導は地味で目だたない永続的な忍耐の労作業なのであり、それを実践していく中で本当の信心の真価が図れるからです。さらに個人指導を重ねていく中で自分自身を見つめ指導することができるようになるんです。だから、退転しないんです。リーダー???の成長という観点からも個人指導の実践が重要だということです。さらに先生はこう続けられます。もちろん折伏も大事です。ただし折伏しただけで入会後の指導をしっかりしていかないと一時的な戦いに終わってしまう面があります。また、折伏の成果がすぐに目に見える形で現れるので周囲の同志から賞賛もされます。それによって慢心になり、信心が崩れていてしまった人もいました。したがって折伏とともに個人指導に全力を傾けていくことが自分の信心を鍛え境涯を高めていく必須条件なんです。折伏の眼目は何人が幸せになったかです。ゆえにうくるが安くたもつは????成仏は保にありであるからこそ新入会員にとってもまた紹介者自身にとっても個人指導の実践が絶対に必要なのです。今月から始まった励まし習慣一人一人が池田先生との絆、同志との絆ご本尊との絆を強めいく個人指導に徹してまいりたい。また3月11日の世界青年部総会に向け壮年部婦人部が青年部とともに動く中で折伏と結集の両面から青年を育成してまいりたいと思います。よろしくお願い申し上げます。池田先生は先月本部幹部会で小説新人間革命の査収所となる誓願の章を執筆すると発表してくださいました。イケダ先生が小説新人間革命を執筆されたのは25年前65歳の時でした。それを思えば弟子の私たちはまだまだ全員が青年でいります。そして今90歳になられた先生が最終章を誓願の章と銘打ち綴ってくださるであるならば今弟子は何を誓願するのか。その誓願は本物なのか。問われるのは弟子の誓願であり弟子の???であります。さあ、千載一遇の時折伏弘教の前進また前進をもって3.1660周年を荘厳してまいろうではありませんか・以上でございます。

ここで常勝の空発表40周年記念映像をご覧ください。

民衆の交流するところに必ず?ある。学会の歴史を紐解くそこには必ず民衆の歌声があった。時には一時間2時間の講演よりもたった3分の歌のほうが大事なことがある。恩師戸田情勢先生はよく歌の心を知れと言われていた。どんなに素晴らしい歌があってもその心がわからなければその歌を知ったことにはならない。公布の歴史に燦然と輝く名曲常勝の空そこには愛する関西の友への死の万感の思いが込められていた。今再びの陣列に君と我とは久遠より誓いの友と春の曲愛する関西…。1978年前年に表面化した宗門の若手僧侶による学会攻撃は日に日に激しさを増していた。池田先生はそのすべての攻撃の矢面に立っっていた。ただ一人正義の旗を掲げ会員を守る広宣流布を守るため日本中を駆け巡った。同志を励ますためならどんなことでもした。そして吹き荒れる嵐の中各方面に学会歌を送り同志を勇気づけた。真っ先に手掛けたのは関西だった。7月4日に作詞に着手なさった先生は激闘の中何度も何度も推敲を重ねた。それはまさに命を削る戦いであった。7月17日先生は空路関西入りした。そして大阪の??披露する幹部会に出席。席上関西の歌が発表された。半紙に書かれた縦5メートル横20メートルの巨大な幕が現れると割れんばかりの完成と拍手が場内にとどろいた。この日先生は関西との深い宿命を率直な言葉で語った。「私は関西で青春時代を戦ったんだ。大切な国土世間だ。私の?の国土世間。この7月3日から17日最も心配かけた戸田先生。当然?の首脳の人たちは言語に絶する思いをしたことを私は知っております。生涯忘れません。そこで私は関西関西愛する関西生涯どうしようもない郷愁の本務です。
♪いざ~~~~~(歌が流れる)
翌年の四月24日池田先生が会長を辞任その日の夜各地で海著辞任を伝える会合が開かれ大阪では緊急本部長会が行われた。池田先生と胸腺の歴史を気づいてきた関西。誰もが不安と悲しみ憤りを隠しきれなかった。しかしこの会合で考案した幹部はかつて戸田先生が理事長を辞任したときに池田先生が送った和歌を詠みあげた。古のくしき縁に使えしをひおてゃ変われど我はかわらじ。参加した一人一人は誓った。たとえ先生が会長を辞められようとも支障は永遠に池田先生だ。何があっても先生とオンともに学会とともに創価の師弟の木綱は誰人にも断ち切ることはできない。その決意を胸に常勝の空を皆で力の限りに歌った。今再び陣列に君と我とは久遠より会長辞任から一年4月30日の聖教新聞に先生の関西訪問の予告記事が掲載されたたった4行の記事に関西の同志は目を見張った。先生が関西に来られる。そして迎えた5月3日関西文化会館で行われた記念の勤行会先生に一目会いたい何が何でも先生のもとへ駅から関西文化会館まで早朝から人の流れが途切れることはなかった。10時42分。池田先生が関西文化会館に到着。その瞬間から先生の激励が始まった。入場券がないために会館に入れなかった同志のすべて招き入れた。そして先生が向かった先それはメイン会場でなく別館にある第2会場の常勝会館だった。慌てた役員が言った。???の方と入場券のない方であふれていてはいることができマシン。先生は言った。だからいきんだよ。非常階段があるだろう。そのまま外の非常階段を4回まで上がっていった。突然会場右側の非常口のドアが開いた。予想外の出来事に一瞬時が止まった。次の瞬間場内に大歓声が上がった。先生だ喜びが爆発した。笑顔がはじけた。最前線に立ち続けてきた無名の人々である。皆先生先生と夢中で手を振った。マイクを持った池田先生が語りかけた。皆さんがいてくれたから、今の創価学会がある。皆さんが仏なのです。影の人こそ勝利者です。王者です。この短い挨拶の後先生はみなと万歳をしメイン会場へ向かった。わずか数分。しかし参加者にとって永遠に残る数分となった。関西指導の7日間先生は1分一秒を惜しむように???友を励ました。参加した会合は20を超え記念撮影は120かいちかくにおよんだ。直接会った会員は実に7万人を数える。その一回一回の出会いに全生命をかけた。一人一人と師弟の木綱を結ぶ渾身の激励だった。この出会いは発火点となり関西の同志はみな奮い立った。関西に反転攻勢ののろしが上がった。守りに守るわが友よ。いざや前進恐れなく1981年11月22日第三回関西総会の席上池田先生は語った。「戸田先生は最期よくおっしゃったことは信心は創価学会は強気で、広宣流布は強気でこのようによく亡くなられる一年前くらい前からそういうお言葉を申しておりました。皆さん方も我々も御書に照らして強気で行かねばならないと思います。大難耐えなば強情の信心いよいよとよろこび???強気です。耐えなば妙なる強情の信心いよいよよろこび???????どうせおんなじです。もう19歳???今日何も変わっていません。やっぱり私がやらなくてはどうしようもないというのがこうせんるふの運動であるし創価学会の使命だと私はもっておりますからもうっ回やりましょう。池田先生が再び広宣流布の士気をとってくださる。宗門事件の暗雲を一気に吹き飛ばす旭日の勢いが関西に生まれた。折伏の関西は総立ちになった。怒涛の勢いで全関西が折伏に走った。そして迎えて1982年3月の関西青年平和文化祭それは大折伏戦の集大成となる勇者の集いだった。この日10万の青年が躍動した。その中の一万人は先生の会長辞任後に入会した新しい力である。この地関西の折伏は圧倒的であった。全国の3分の1にあたる6万5千世帯の弘教を達成し反転攻勢の戦いをけん引したのである。常勝の使命を託された庶民の意外な底力であった。先生は関西の友へ呼び掛けている私のこんぱくの?一切は余すところなく関西天地にとどめおいておくことをここに宣言しておきたい。関西が勝ち続けることが私の勝利だ。関西の友が幸福になってくれることが私の幸福だ。関西が民衆の楽土と勝ち栄行くことが私の栄光なのだ。市の思いを胸に関西の同志がつらい時も楽しい時もいつも歌い続けてきた常勝の空。この歌は死と弟子の常勝の共戦譜なのだ。関西の勝って勝って勝ちまくる恐れ鳴き関西の前進は今日も続く常勝の空を高らかに歌いながら
さあ全員で関西の歌常勝の空を大合唱してまいりましょう。指揮は関西男子部の代表がとります。うおー手拍子歌
以上を持ちまして本部幹部会衛星中継を終了いたします。??本部長の導師でお題目を三唱いたします。
どうもありがとうございました。どうぞ気を付けてお帰りください。

______________________

以上です。

ということで、今回のテーマは「ウソで固めた本部幹部会」とします。

今回は単純にこれを読んでのみなさんの感想をお寄せください。

もちろんいつものようにテーマに関係なく、自分の近況報告でもいいですし、違うことでも構いません。このブログの各スレッドのテーマ設定は、みなさんがコメントしやすいようにテーマを設定しているだけであって、テーマにこだわる必要はありませんので、書きたいこと、思っていること、感じたことを自由に書いてください。

最後にもう一度、この書きおこしを送っていただきました◯◯さんに感謝します。お金を払わなければ読めない聖教新聞よりも本幹の様子が詳細にわかりますよね。昔はテープレコーダーじゃないと録音はできませんでしたが、今じゃスマホで当たり前に録音できるし、さすがに会合でスマホを預けたりはできないでしょうから、3月11日の世界青年総会?も、どなたか録音や録画をして送ってくださったら、ここで公開しますけどね。でなければあるいはYOUTUBEにアップしたりしてくれれば、ここでご紹介できますよ〜。

自界叛逆の難・他国侵逼の難

北条時宗への御状
 謹んで言上せしめ候、抑も正月十八日・西戎大蒙古国の牒状到来すと、日蓮先年諸経の要文を集め之を勘えたること立正安国論の如く少しも違わず普合しぬ、日蓮は聖人の一分に当れり未萠を知るが故なり、然る間重ねて此の由を驚かし奉る急ぎ建長寺寿福寺極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿等の御帰依を止めたまえ、然らずんば重ねて又四方より責め来る可きなり、速かに蒙古国の人を調伏して我が国を安泰ならしめ給え、彼を調伏せられに在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る。
 夫れ此の国は神国なり神は非礼を稟けたまわず天神七代・地神五代の神神・其の外諸天善神等は一乗擁護の神明なり、然も法華経を以て食と為し正直を以て力と為す、法華経に云く諸仏救世者・大神通に住して衆生を悦ばしめんが為の故に無量の神力を現ずと、一乗棄捨の国に於ては豈善神怒を成さざらんや、仁王経に云く「一切の聖人去る時七難必ず起る」と、彼の呉王は伍子胥が詞を捨て吾が身を亡し・桀紂は竜比を失つて国位を喪ぼす、今日本国既に蒙古国に奪われんとす豈歎かざらんや豈驚かざらんや、日蓮が申す事御用い無くんば定めて後悔之有る可し、日蓮法華経の御使なり経に云く「則ち如来の使如来の所遣として如来の事を行ず」と、三世諸仏の事とは法華経なり、此の由方方へ之を驚かし奉る一所に集めて御評議有つて御報に予かる可く候、所詮は万祈を抛つて諸宗を御前に召し合せ仏法の邪正を決し給え、澗底の長松未だ知らざるは良匠の誤り闇中の錦衣を未だ見ざるは愚人の失なり。
 三国仏法の分別に於ては殿前に在り所謂阿闍世・陳隋・桓武是なり、敢て日蓮が私曲に非ず只偏に大忠を懐く故に身の為に之を申さず神の為・君の為・国の為・一切衆生の為に言上せしむる所なり、恐恐謹言。
 文永五年戊辰十月十一日 日 蓮 花押
 謹上 宿屋入道殿

 この国に正法が建立されなければ、いよいよ大難の到来が避けられなくなりますね。

所謂日月蝕し大なる彗星天にわたり大地震動して水上の輪のごとくなるべし、其の後は自界叛逆難と申して国主・兄弟・並びに国中の大人をうちころし・後には他国侵逼難と申して鄰国より・せめられて或はいけどりとなり或は自殺をし国中の上下・万民・皆大苦に値うべし、此れひとへに上行菩薩のかびをかをほりて法華経の題目をひろむる者を・或はのり或はうちはり或は流罪し或は命をたちなんどするゆへに・仏前にちかひをなせし梵天・帝釈・日月・四天等の法華経の座にて誓状を立てて法華経の行者をあだまん人をば父母のかたきよりもなをつよくいましむべしと・ちかうゆへなりとみへて候に、今日蓮日本国に生れて一切経並びに法華経の明鏡をもて・日本国の一切衆生の面に引向たるに寸分もたがはぬ上・仏の記し給いし天変あり地夭あり、定んで此の国亡国となるべしとかねてしりしかば・これを国主に申すならば国土安穏なるべくも・たづねあきらむべし、亡国となるべきならば・よも用いじ、用いぬ程ならば日蓮は流罪・死罪となるべしとしりて候いしかども・仏いましめて云く此の事を知りながら身命ををしみて一切衆生にかたらずば我が敵たるのみならず一切衆生の怨敵なり、必ず阿鼻大城に堕つべしと記し給へり。(高橋入道殿御返事)

「所謂日月蝕し大なる彗星天にわたり大地震動して水上の輪のごとくなるべし」は、すでに実現してしまっています。残る二つの難がいつ起こるのか?

現代日本に起こる自界叛逆の難というのは、どのような姿をしているのでしょうか?

ある意味、衆愚民主主義というものが自界叛逆の難の姿のように思えてしまうのですが。

開目抄の儒家による教化以前の状態に近いのが、末法の日本の実相かもしれません。内外相対論から始めなくてはならない為体とでも申せましょうか?

儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣に同ず五帝已後は父母を弁て孝をいたす、所謂重華はかたくなはしき父をうやまひ沛公は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り丁蘭は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干は殷の世の・ほろぶべきを見て・しゐて帝をいさめ頭をはねらる、公胤といゐし者は懿公の肝をとつて我が腹をさき肝を入て死しぬ此等は忠の手本なり、尹寿は堯王の師・務成は舜王の師・大公望は文王の師・老子孔子の師なり此等を四聖とがうす、天尊・頭をかたぶけ万民・掌をあわす、此等の聖人に三墳・五典・三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄・老子等・三には亦有亦無等・荘子が玄これなり、玄とは黒なり父母未生已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。
 かくのごとく巧に立つといえども・いまだ過去・未来を一分もしらず玄とは黒なり幽なりかるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国を安んず此に相違すれば族をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢聖の人人は聖人なりといえども過去を・しらざること凡夫の背を見ず・未来を・かがみざること盲人の前をみざるがごとし、但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩も・うやまい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつかう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八将となりし此なり、而りといえども過去未来をしらざれば父母・主君・師匠の後世をもたすけず不知恩の者なり・まことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図という者あり此聖人なりといゐて外典を仏法の初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらしむ、妙楽大師云く「仏教の流化実に玆に頼る礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹を化す」等云云、弘決に云く「清浄法行経に云く月光菩薩彼に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺より此の震旦を指して彼と為す」等云云。(開目抄上)

まずは論語から勉強しましょうか?

今の日本の国で中国古典を教養とする人って、どれほどいるのでしょうか?

民主主義って言葉自体が違和感ありますよね。民が主って国語的に零点ですよね。

 

論語 (岩波文庫 青202-1)

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論語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)

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論語 (ちくま文庫)

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現代語訳 論語 (ちくま新書)

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論語 増補版 (講談社学術文庫)

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現代語訳 論語 (岩波現代文庫)

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論語に学ぶ (PHP文庫)

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論語 (中公文庫)

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論語新釈 (講談社学術文庫)

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仁斎論語  『論語古義』現代語訳と評釈

仁斎論語 『論語古義』現代語訳と評釈