2017年 8月 の投稿一覧

8月最終日のまとめ。

8月最終日、今月のまとめ。

1(木)御経日参詣

5(土)母の3回忌に娘と娘の彼が初めて菩提寺参詣し読経、お焼香、墓参してくれました。

6(日)支部活動、学会宅回る。

10(木)支部活動、リーフレット配り。

15(火)叔母と盂蘭盆会に参詣後、お塔婆持参しお墓参り3軒。

20(日)支部活動、訪問折伏。

21、22,23(月~水)個人、街頭折伏。

26(土)添書登山にて丑寅勤行会より参詣、常唱堂にて朝勤行、1時間唱題し他支部のYさんと大石寺の境内で初下種活動(3名お声がけ)させて頂きました。
夕刻、母のお塔婆を建て、六壺で勤行、お焼香し下山後同級生のTさん宅へ宿泊。

27(日)順妙寺様35周年記念法要へ参詣させて頂きました。
記念法要までに支部誓願残り1名まででしたが、記念日30日で今年の誓願目標を達成され、異体同心が素晴らしい寺院様です。
夕刻、順妙寺御信徒のお通夜に立ち寄らせて頂き、お焼香の際に御遺体のお顔を拝見させて頂きましたら穏やかな表情に色も白く髪の毛は生前は真っ白だったのに黒い毛が生えていて奥様が驚いていました。
私の知る限りですが、真言宗の葬儀に出た時の御遺体のお顔は化粧をしてあるのに黒シミが浮かび上がり頬が痩けてまるでムンクの叫びのような表情でした。
日蓮正宗の葬儀ではどなたも葬儀前より後の方が更に色が白く穏やかな表情になるから凄いと感じました。

31(木)今月最終日に何としても1名の思いで、会社の同僚のTさんをお寺へお連れする事は出来たのですが入信までには至りませんでした。
これからも日々唱題でご祈念していきます。

明日より9月スタートです目標をもっと明確に行動したいと思います。

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『布教講演』

●<26日本山にて>
魔に負けず腹を据え心の覚悟を決めて信心を磨いて徳を積み、自行化他行に励みましょう。

日蓮大聖人は『立正安国論』に、「悦ばしいかな、汝蘭室の友に交はりて麻畝の性(まほのしょう)と成る。」(御書二四八㌻)と仰せです。
寺院へ参詣して、蘭室の友であり信心の同志となる法華講員に交わって御住職様と共に正直で素直な信心をする、大聖人様のお振る舞いの如く獅子吼の信心を貫いていきましょうと賜りました。

●<27日順妙寺にて>
桜梅桃李とは、桜、梅、桃、李(すもも)のこと。転じて、それぞれが独自の花を咲かせること。
一人一人の個性を生かし、与えられた使命を全うすること。

信心の5蓋とは、心に蓋をして仏を信じない、仏様の救いの手が入り込めないよう信心を妨げる働きをし、成仏に向かう心に、五つの蓋をすること。

1、貪欲蓋(とんよくがい)
五根(ごこん=眼根・耳根・鼻根・舌根・身根)
人間には、眼、耳、鼻、舌、身という五根が働いて起こす、「きれいな物を見たい」「良い声を聞きたい」「良い匂いを嗅ぎたい」「おいしい物を食べたい」「柔らかい物に触れたい」という五つの欲望が本能的にあり、この欲に支配されると正しいことが見えない。

2、瞋恚蓋
怒りの心、正しい法を信じなく怒りの心が起こる。
また、異体同心の団結を破る怨嫉も、この瞋恚蓋の現れなのです。怨嫉は、自分を中心にした考えに執着するところに起こるものです。
怨嫉を起こすときは、自分の信心が弱くなっている証拠なのです。信心が弱くなると、それにならって生命力も弱くなり、逆に貪瞋癡という煩悩が頭を持ち上げてまいります。そのために責任の一端は自分にあるのにそれに気が付かず、他人のせいにしてしまうのです。

3睡眠蓋(すいみんがい)
身心共に眠ったり、積極的に働きかけようとしないこと。
また、御本尊様の前に座ると決まって眠くなるというのがこれです。
信心が弱くなると御本尊に向かう姿勢は、どうしても横着になります。この怠惰の心がフタになって、御本尊の仏力、法力をいただくことができなくなるのです。

4掉悔蓋(じょうげがい)
常に心や体が落ち着かず、掉は心がせわしく動くことで、悔は悔い憂いて心が沈むこと。

5疑蓋(ぎがい)
何事にも疑いを持つ心で、これがまた大きな障りになる。これには自分を疑い、師を疑い、法を疑うという三つがあります。
法を信じなく自分を疑うこと、自分に信念がない為に自分を死いたらせるなど仏様の心に背き、地獄の境界に陥る。

こうした五蓋の謗法を重ね地獄の命に成ってしまう。
では、そうならない為にどうしたら良いか。
1心の蓋を取り去る時に、信力・行力が高まり、有り難い力を頂ける。
2日蓮正宗の信徒としての誇りと感謝の気持ちでご本尊様に向かう。
3地域広布に感謝する仲間となる。
ご本尊様を真剣に拝し、自行化他につとめる。

勤行の姿勢について、
総本山第九世の日有上人は、「一、当門徒の御勤めの事一大事也(中略)勤めの時目つかいにより貌の持ち様、手の持ち様、ひざのくみ様にても其の人の余念を顕すと御沙汰候、況や外見これ有るべからず、余事余念なくして唱る処の題目を事行の妙法蓮華経と申し、即身成仏の当体と仰せられ給い候」と御指南なされています。

いわゆる勤行の時、合掌ができなかったり、目をつぶっていたり、だらしのない格好をしていることは、雑念が顕れている証拠で、それらを正して題目を唱えなければ即身成仏の因とはならないと仰せなされています。
この自行を励行すると同時に、さらに大事なことは化他行の実践です。日蓮大聖人は、『寂日坊御書』に、「かかる者の弟子檀那とならん人々は宿縁ふかしと思ひて、日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書1394)
と自分と同様の折伏を展開せよと厳命なされています。
日蓮大聖人の御生涯は『立正安国論』に終わると申されますように、正法を樹立して平和な国家社会を建設する広宣流布を目的とされるわけですから、折伏を怠る者は日蓮正宗の信徒とは申せません。

五蓋を取り除く為にも自行化他の信心に励む。
もっも大事な事は折伏を頭で理解するのではなく、先ずは動く事である。

反証可能性について。






いつもみなさん、ありがとうございます。



さて今回は以前の記事(2017.8.22)「私のブログへの批判に対して」(http://watabeshinjun.hatenablog.com/entry/2017/08/22/000000)をアップした際に、一読者の方より非常に示唆深いご意見のメールを頂きましたので、ご紹介させて頂きます。





「気楽さん

 

おはようございます。

いつも楽しく拝見させていただいております。

 

今回のメールは自身の思想をまとめたものかと思いながら読みました

ところで、こういう内容のブログを公開するとき、ほぼ

『批判もたくさん来ております』

ということを公表されております。

批判する方には彼らの言い分もあるのかも知れませんが、

私は批判する方々のほうがかえって、ブログを真剣に読んでいるように思います。

その意味ではご苦労な話だなと思います。

 

反証可能性』という概念をご存知でしょうか。

これは20世紀の科学哲学者・ポパーが提唱した概念です。

『検証されようとしている仮説が実験や観察によって反証される可能性があること』

を意味し、

『どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い仮説は科学ではない』

ということです。

 

学会員は自身の教学体系が批判されることについて、アレルギー体質ですが、

実は完璧な理論体系というのはかえって非科学的だとポパーは主張します。

逆に、気楽さんのブログを批判的に考察しているという行為は、かえって、ブログの

科学性を検証し、高めているともいえるのです。

なぜなら、科学的真理とは

『より多くの反証、批判に耐えたものほど信ぴょう性が高い』

となるからです。

 

科学哲学では、反則技として、アドホックな仮説というものがあります。

後付けの理屈、とかご都合主義の理屈のことです。

有名な事例として、『フロギストン仮説』というものがありました。

 

昔、燃焼というものは、物質が分離することだと考えられていました。

なぜなら、見た眼で煙が出ているので、煙には、たとえば、木を燃やすなら、

木の分子が空中に放出されていると考えられていました。

だから、燃焼後は燃焼前より質量が減るものだと科学者は思いこんでいました。

ところが、ラボアジェが厳密な燃焼実験に成功し、質量が増えていることを証明すると、議論が紛糾しました。

彼らは燃焼が酸化による発熱と考えられませんでした。

そこで考え出されたのが

『木にくっついているマイナス質量をもつ物質が空気中に放出されているのだ。

マイナス質量を持つ物質とはフロギストンのことだ』

と主張したのだそうです。

一見すると、なるほど、と思いそうなのですが、反証主義の立場からいえば、

『で、フロギストンは検出可能ですか・』

となります。

当然ですが、マイナス質量をもつ物質など、目に見えるわけがありません。

結局、時の流れと共にフロギストン仮説は支持されなくなった。

 

どうでしょうか。

私はこの話を読んだときに、

『信心して不幸になるのはなぜだ。

願いがかなわないのはなぜだ。』

と批判した時に

『信心が足りない。

福運が足りない。

師弟の祈りと活動がたりない。』

アドホックな仮説を付け加える学会員を思い出しました。

信心は目に見えないし、福運は計測できない。

師弟の祈りは明確な定義がされておらず、活動は何をどの程度やったら願いが叶うと明確に示されていない。

そうした反証は、一般常識の範囲だと思いますが、それすらできずに殻に閉じこもるしかできないのが彼らなのでしょうね。」




非常に示唆深いメールで、納得させられました。ありがとうございます。

「自身の教学体系が批判されることに対するアレルギー体質」というのは創価学会員、大石寺信徒、法華講妙観講顕正会の方々に多くみられる特徴であると思います(私自身もかつてそうでしたし、未だにそういう部分があることを自覚して気をつけるようにしています)。



私自身のブログが「批判・検証」に耐え得るものなのかどうかはわかりませんが、私はただ自分の頭で考えて検証したいだけなんですね。

以前にも書いたように私の願いは一人一人の信仰者が屹立した信仰者となり、自分の頭で考えていけるようになることです。

私は教義を作ろうと考えているのではありません。ただ一人の仏教者の自覚から今まで学んできたこと、やってきたことを総括して検証しているだけなのです。私より説得性が高い論を展開されている方は研究者の中にも、また友人の中にもたくさんいらっしゃいます。私はそこから真摯に学び、研鑽していきたいと考えています。



重ねてお礼申し上げます。お読み頂き、本当にありがとうございます。






 

 

 

 


 

 

南元センターのこと。




いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回は南元センターについて書いてみようと思います。


信濃町に南元センターという建物が存在することはよく知られています。週刊誌で一時「池田名誉会長が厳戒態勢で入院している」と騒がれたことからもよく知られています。
正直にいうと一般の創価学会の会員さんはこの建物のことをほとんど知りません。つまり建物の目的が会員にはほとんど知らされていないのです。


この「南元センター」、実は病院です。
複数の建物と併設して建てられており、「創聖健康保険組合診療所」となっています。事実、「創聖健康保険組合診療所」で検索すると「南元センター」が出てきます。つまりここは病院であるということです。


場所なのですが、信濃町の駅を学会本部側に出てすぐ右に曲がり、本部第2別館のある通りをまっすぐ進みます。第2別館を右側に見る感じです。やがて右側にひっそりと窓口がある建物が見えてきます。看板等は一切こちら側に出ていません。
南元センターを通り過ぎたら、センターの側面沿いにすぐに右に曲がってください。急斜面を降りる感じになっていまして、センターの裏側に回ることができます。中央総武線の線路に面した通りです。
表と裏側とで高さの違う不思議な建物になっていまして、裏側に回ると「南元センター」の文字を見ることができます。ひっそりとしていますが、建物自体はとても立派な作りだと私は思います。


別に信濃町の学会本部が病院を持っていても構わないと私は思いますし、私は週刊誌が書いたようにここに池田名誉会長が本当に入院していたのかどうかは知りません。それは別に気にしていません。
私がここで問題として提起したいのは、なぜこの「南元センター」が一般の会員にその用途や建設目的が知らされていないのかという点にあります。というのは会館建設や施設建設は少なからず会員からの財務、広布基金によるはずです。会員のことを思えば、その目的についてきちんと公開し、知らせるべきでしょう。ところがこの「南元センター」について知っている人はほとんどいません。信濃町のあちこちに貼ってある学会本部関連施設のマップでもここ「南元センター」はどういうわけか記されていません。


なぜここが公にされていないのか、一般の会員に知らされていないのか、週刊誌で書かれたこともありますし、会員さんから事実に則さない風聞が出てしまうことを回避するためにも、きちんと「南元センター」の目的や意図を会員に示すことが大切かと思います。


病院であるということは、ここを使って診療を受けている人がいるということです。では信濃町のどういう人が診療を受けているのか、そういったことを秘匿していれば、会員の間で事実に基づかない推論が膨らんでしまうでしょうね。それに戸田会長は「創価学会は病院を作らない」と指導で公言していたはずです。




池田名誉会長の兄弟。





いつもありがとうございます。
さて創価学会では永遠の指針として「一家和楽の信心」と言いますが、果たして池田名誉会長は「一家和楽」であるか、今日は名誉会長の家族関係を少し見てみたいと思います。




『週間読売』1976年10月30日号によれば、池田大作氏の兄弟は以下のようになるそうです。
全部で10人兄弟です。


池田喜一(長男、ビルマで戦死)
池田増雄(二男、学会員)
小宮開造(三男)
池田清信(四男、学会員)
池田とよ子(長女)
池田大作(五男)
池田栄一(六男)
池田隆市(七男)
池田正利(八男)
山越いね子(次女)


池田大作氏は兄弟の五男になります。実家は大森海岸の海苔屋さんでした。実家の場所はJR大森駅京急大森海岸駅との間でして、現在はイトーヨーカドーになっています。昭和初期の当時、この周囲は漁師町でして、多くの漁師さんが働いていたそうです。
イトーヨーカドーから少し行ったところに密嚴院というお寺がありますが、ここに池田家のお墓が存在します。



「密嚴院の喜田啓照住職によると、『増雄さんが死に、まったくおつきあいがなくなっていたのですが、このところ、増雄さんの息子の一雄さん盆暮れにはお菓子などをもって挨拶にきてくださるようになりました』

一雄は学会員である。が、子之吉の墓を一般世間並みに維持していたのだった。」
(週刊『宝石』1996年4月号、光文社)


これを読むと、池田家の墓を当時は池田名誉会長の甥にあたる一雄さんが維持していたことがわかります。
この墓は真言宗・密嚴院(東京都大田区大森北)に存在します。


池田大作氏は密嚴院の墓を創価学会の墓地に移そうとしたことがあるようです。そのためかどうかはわかりませんが、兄弟同士の関係は疎遠なもののようです。
結果として大作氏は密嚴院からの墓の移転を断念し、増雄氏経由で分骨を行い、高尾墓園に新しい墓を建立することで決着したようです。


母・一(いち)の葬儀の際、大作氏は家の宗派である真言宗を呼ばずに大石寺細井日達を呼んで読経させています。
父・子之吉(ねのきち)氏は「強情さま」として知られ、最後まで高尾山黒滝不動の信者でした。池田名誉会長は創価学会に入る以前から父と折り合いが悪かったことはよく知られていますが、臨終の間際に創価学会の信心を認めたと言われています。


大作氏は墓の移転をしたいと考えていたのですが、結果的にできておらず、墓はまだ密嚴院にあるそうです。兄弟関係が疎遠になっているという推測がこのあたりからされることがあります。また10人いる兄弟のうち創価学会員は3人(増雄、清信、大作)で、全員が入信されているわけではありません。

















教義は変えるのか、変えないのか。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて創価学会本部は2014年会則改正し、教義を変更しました。
まあそれはそれで構わないと思うんですが、そもそも1995年に当時の秋谷会長が「日蓮正宗の教義を変える必要はない」という趣旨の発言をしています。
ですから教義を改正されるなら、この1995年の秋谷さんの発言は何だったのかということが曖昧にされていると私は思います。
以下に秋谷さんの発言を載せます。




日蓮正宗の教義を信仰するということでは、 
私どもは今、日蓮正宗とは現実に関係を絶っている。 そもそも日蓮正宗日蓮大聖人の仏法の本義を正しく伝えるがゆえに、 宗旨の今日があるはず。 だが、現実には僧侶の堕落によって大聖人の正義が保たれていない。腐敗している。 
これを改革して大聖人の本義にもどさなければならないというのが私たちの立場だ。つまり大聖人の仏法の正義を日蓮正宗の教義とするなら、それを正しく堅持し、伝えているのが創価学会だと確信している。従って『日蓮正宗の教義』という文言を変更する必要はないと考える。」 
(1995年12月4日、参議院宗教法人等特別委員会にて、参考人として秋谷栄之助氏の発言)





つまり宗創問題について、95年当時、創価学会としては「大聖人の本義」を正しく伝えているのは創価学会であるという立場だったはずです。だから教義を変えなくても良いという判断だったんですね。
ところが、2014年に教義が変更になります。





創価学会は、大聖人の御遺命である広宣流布を実現するために、宗門と僧俗和合し、弘安2年の御本尊を信受してきました。


しかし、宗門はいつしか堕落し、衣の権威を笠に着て信者を蔑視し、創価学会を破門する暴挙に出ました。さらに法主詐称者の出現によって、永遠に法主が不在 となり、宗門のいう法主の血脈なるものも断絶しました。大石寺はすでに大謗法の地とかし、世界広宣流布を目指す創価学会とは全く無関係の存在となったのであります。

魂の独立以来、学会員は皆、大石寺に登山することなく、弘安2年の御本尊を拝することもなかったわけであり、各人の御本尊に自行化他にわたる題目を唱えて絶大なる功徳を受け、宿命転換と人間革命を成就し、世界広布の拡大の実証を示してきたのです。まさに、これが会員が実践し、実感しているところなのであります。

創価学会は、大聖人の御遺命の世界広宣流布を推進する仏意仏勅の教団であるとの自覚に立ち、その責任において広宣流布のための御本尊を認定します。
したがって、会則の協議事項に言う『御本尊』とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。世界広布新時代の時を迎えた今、将来のためにこのことを明確にしておきたいと思います。
」
(原田会長、全国県長会議より、聖教新聞、2014年11月8日付)




これまで日寛上人の教学に基づいて、『一大秘法』や 『六大秘法』ということを使用してきたが、『一大秘法』が 『本門の本尊』であるという日寛上人の解釈は、御書にはない。
御書に『一大秘法』と教示されているのは、『曽谷入道殿許御書』のみである。そこでは、『妙法蓮華経の五字』(御書1032頁)を一大秘法として明かされている。
以上のように、日寛上人が用いられている三大秘法を合した『一大秘法』、また、三大秘法を開いた『六大秘法』という表現は、御書そのものには説かれていない。
これまで学会では、日蓮正宗の教義解釈を尊重し、『弘安2年の御本尊』を根本の本尊とする、との日寛上人の解釈を採用してきた。
日寛上人の教学には、日蓮大聖人の正義を明らかにする普遍性のある部分と、要法寺法主が続き、疲弊した宗派を護るという要請に応えて、唯一正統性を強調する時代的な制約のある部分があるので、今後はこの両者を立て分けていく必要がある。日蓮正宗が完全に大聖人の仏法に違背した邪教と化した今、学会は正統の教団として、世界宗教にふさわしい教義の確立という立場から見直しを行っていく。
その意味で、日寛教学の一大秘法、六大秘法という用語は、今後用いない。」
創価学会教学部「会則の教義条項改正に関する解説」聖教新聞、2015年1月29日付)



私は別に教団が教義を改正することを否定しているのではありません。自分たちの教義は自分たちで変えて然るべきです。
私がここで問題にしたいのは、1995年の秋谷氏の発言に見られるように創価学会は当時「大聖人の本義を伝える」正統を主張し「日蓮正宗の教義の文言を変更する必要はない」としていたにもかかわらず、教義変更に関する釈明が原田会長の発言にも教学部解説にも見られないということです。
言い方悪く言えば、要するに「時代的要請」があれば、教義なんてのはどんどん変えればよいと、過去にあった発言なんてのはどうでもよいんだと、そういう姿勢に見えてしまいますよね。少なくとも私にはそう感じられます。








池田名誉会長の歯のこと。






いつもみなさん、ありがとうございます。


さて今回は、池田名誉会長の歯の問題を取り上げてみたいと思います。池田名誉会長が表舞台から姿を消す前、本部幹部会のスピーチで何度となく「歯が悪くてね」と言われていたことをご記憶の方もいらっしゃると思います。



池田氏の歯の調子が悪かったのは、パフォーマンスではなく事実です。
今回、貴重な情報提供がいくつかありまして、全てを公にはできないのですが、可能な限りでまとめてみたいと思います。


   
池田氏のかかりつけの歯科医は副会長クラスの幹部でしたが、その後降格されたようです。


彼は名医として知られていまして、学会の最高幹部たちもご用達の歯科医でした。
池田氏は長年この方のところに通って歯の治療をしていたのですが、この歯科医の先生と何か関係のこじれがあったのか、しばらくいかなくなっていた時期があったそうです。


そして結果的に歯の具合は悪化。池田氏が再びその歯科医のところに来た時には、もはや手の施しようもなく、歯根も歯茎も酷い状態だったそうです。池田名誉会長は「偏食」で「大の甘いもの好き」であり、咀嚼も辛く食事もままならないほどだったので、何度か打診があったとのこと。



この時、この歯科医の方もかなり高齢になられていて(実際、この時に病院を畳もうかという話もすでにあったようです)、万が一でも治療に失敗して池田名誉会長にもしものことがあっては責任も取れないと治療をお断りしたそうです。
その後本部幹部会でのスピーチでは、滑舌も回を重ねるごとに悪くなります。スピーチを聞いていた方ならご存知のように2008〜2009年頃には口の開閉も難しそうな様子だったことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。そして2010年に公式の場から姿を消すことになります。


   
本部幹部会のスピーチでは実は色々準備をしていて、第一庶務の準備する原稿の他に、池田氏本人が自分で準備することも多くなっていました。それでも長時間話すことが厳しかったようで、長谷川氏に代読させることも多くなりました。
つまり池田名誉会長の滑舌の悪さは生来の江戸弁に加えて、2008年前後は歯の状態が悪く、このために聞き取りづらい状況が生まれていたようです。



よく知られていることですが、虫歯の放置は命に直接関わるような重篤な症状を引き起こすことがあります。代表的な例が敗血症、心筋梗塞、そして脳梗塞です。
放置された虫歯により、虫歯菌は血液の中に入り込みます。これが血液を汚染することで敗血症になることがあります。また虫歯菌による血液の汚染により、血液が固まって血栓が起こりやすくなります。その血栓が脳の血管を詰まらせると脳梗塞、そして心臓周辺の血管を詰まらせると心筋梗塞になるのです。



もちろん推論の域を出ませんが、もしもこの情報提供者の証言の通り、池田氏の歯が虫歯で酷い状態になっていたとすれば、そこから二次的に脳梗塞等の重篤な症状が引き起こされる遠因になったという可能性は十分に考えられることだと思います。




追記:2017年8月28日
池田名誉会長が虫歯の悪化から脳梗塞等の重篤な症状を惹起させたことは、推論とはいえ、可能性として十分にありえることと考えます。
「池田名誉会長の病状について」






   

会則から見る会員の処分について。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて今回は創価学会本部が同会にとって「不適切な言動をする会員」を処分するために、どのような会則を定めているのか、詳しくみていきたいと思います。


創価学会会則では「第14章:賞罰」において以下のように定められています。





(褒賞)
第77条 この会は、この会の発展に尽くし、他の会員の模範となる活動を行なった者を褒賞する。

(懲戒)
第78条 この会は、会員としてふさわしくない言動をした会員に対し、その情状に応じ、戒告、活動停止または除名の処分を行なうことができる。

(中央審査会)
第79条 この会に、中央本部役員、方面本部役員、県本部役員、総務、総務補、師範および準師範たる会員の処分を行なう機関として中央審査会を置く。
2. 中央審査会は、総務会の議決に基づき会長が任命する中央審査員3名をもって構成する。
3. 中央審査員の任期は、3年とする。

(中央審査員長)
第80条 中央審査員長は、中央審査員の互選によって定める。

(県審査会)
第81条 県本部に所属する会員の処分および会員の地位の有無の審査を行なう機関として、県審査会を置く。
2. 県審査会は、県運営会議が任命する県審査員3名をもって構成する。
3. 県審査員の任期は、3年とする。




ソースは以下の公式サイトによります。


つまり創価学会は会則78条によれば「会員としてふさわしくない言動をした会員」を同会が一方的に除名等の処分ができることになります。
そして会員の処分を行うことができる期間として「中央審査会」を置くことが会則上定められています。



中央審査会のメンバーは「総務会の議決に基づき、会長が任命する」とされています。また総務会そのものは総務から構成されますが、総務自体の選出はやはり「総務会の議決に基づき、会長が任命する」とされています(同会会則第76条)。


簡単に言ってしまえば、会員に除名・戒告等の処分をすることができる中央審査会のメンバーは「会長」が任命する総務会が議決して「会長」が最終的に判断するということです。


つまり現在の会則上、創価学会会長の意向で総務会が構成され、会長の意向で処分がなされるということです。


会長は化儀の裁定、重要な運営方針の決定の際に「最高指導会議の意見を聞かなければならない」とされています(同会会則第30条)。
ただここで問題となる点は会長は「最高指導会議の意見を聞かなければならない」とされているだけで、最高指導会議が会長になんらかの抑止できる点について具体的には成分化されていません。つまり最高指導会議には会長の決定に関して具体的な抑止は会則上できず、ただ助言することができるに過ぎないということです。