2017年 3月 の投稿一覧

一切の否定。




いつもありがとうございます。



さて私がここのブログで、創価学会を批判し、池田名誉会長も批判し、日蓮正宗の教義も批判し、さらには日蓮そのものをも批判の対象としています。
そんな風に全てを否定すると、決まって出る質問が「じゃあどうしたらいいんですか?」というものです。
答えますと「答えは自分で探すんですよね」ってことです。
まさか他人に教わることでしか信仰ができないんですかね?
そんな信仰ならさっさとやめてしまえばよいではありませんか。
以前、このブログでも書きましたが、私は自分の信仰で行なっていることを基本ここでほとんど書きません。理由はいたって簡単で私の信仰は私の答えに過ぎず、他の誰かの答えになるとは限らないからです。
それが正しいと思ってやってますけど、他の誰かがやってることの中にも真実はあるわけです。


私は龍樹の大乗仏教運動に釈迦の思想の捉え直しという意義を見ていますので、その運動の本質を理解するものなら、大乗非仏説ながら漢訳仏典も信仰としては認める立場にあります。
ですから漢訳仏典でも、また原始仏典であっても上座部でも信仰は信仰として認めます。


あとは一人一人の信仰者がどのように信仰を持っていくかは自らを灯明として心の中に築いていくしかないのだと考えています。
信仰は誰かに教わるものでもないし、どこかの教団に担保を与えてもらうものでもありません。答えは自ら探すことです。
それができないなら日蓮という面倒な危険思想なんてさっさとやめてしまって一般の人として生きていけばよいのです。
釈迦の教えの中道というのはまさにそういうことですよね。

日蓮の真言批判の問題点。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて日蓮の思想に真言が与えた影響について、このブログでは度々指摘しているところです。


「他宗批判と諸教包摂ということ」


日蓮が若き日に真言の徒であったことは諸抄から明らかです。『聖愚問答抄』でも「予も始は大日に憑(たのみ)を懸けて密宗に志を寄す」(創価学会版御書484ページ)と説かれていますし、何よりも『守護国家論』では明快に「法華真言」と法華と真言とを一体のものとして論じていることからも明らかです。



ところで、文永後期から日蓮の熾烈な真言批判が始まります。この日蓮真言批判なのですが、やや教義的に説得力に欠け、むしろ現証上の批判に終始することが少なくないんです。
日蓮の念仏批判は教義的にまだ理解できます。つまり法然の『選択集』において法華経を棄てて念仏のみとしたのは、これは恵心僧都源信の『往生要集』と異なりますから、本来の恵心僧都における称名念仏という視点から法然の選択念仏を批判するのもわかります。


ところが、日蓮真言批判はどうにも私には説得力に欠けます。例えば大日への批判は要するに法報応三身不相即を挙げるのですけど、そもそも即身成仏という語そのものが真言の用語ですし、これだけ読むと日蓮はちゃんと空海の『秘蔵宝鑰』等を読んでいるのかやや疑問になります(ちなみに『清澄寺大衆中』で日蓮は『秘蔵宝鑰』と『弁顕密ニ教論』を手に入れるように依頼しています)。


それ以上に問題なのは、日蓮真言批判が現証面や罰論を強調した批判になっているところです。この点について小林正博氏も「(日蓮の)真言批判の最大の特徴は、事相批判であろう」としています。
つまり「善無畏一行の横難横死」とか「弘法・慈覚の死去の有様」とか「即身成仏の語は有れども即身成仏の人全くなし」とか現証上の罰とか凶相をもって批判をするのが日蓮真言批判の特徴なのです(『星名五郎太郎殿御返事』御書1208ページ)。


私は日蓮の他宗批判について、その現証上の凶相批判については否定されるべきだと考えています。不往生とか臨終の相とかを根拠に批判されても説得力に欠けるというものです。




共感の拡大ということ。





いつもみなさん、ありがとうございます。
最近はネットでの紹介も多くなり、本当に感謝しています。Facebookでも取り上げられることが増え、長井秀和さんや江川達也さんにも当ブログについて言及していただいています。
その他、いろんな方面から激励や評価の言葉をいただき、感謝の言葉も見つかりません。本当にありがとうございます。



さて以前も書きましたが、創価学会の幹部が公然と「SNSへの投稿はしないように」「ネットの情報は信じないように」と言うようになってきました。



創価学会幹部、信濃町が恐れていることは、実はこのブログで書かれているような情報がシェアされて共感が広がっていくことのようですね。ですからそれを「創価学会は分派させてはならない」という名目で査問したり、強制的に除名したりします。


私のブログは「気楽に語ろう」と銘打っていますから、どんどん拡散して引用、紹介していただいて構いません。
本当のこと、本当に思うことを自由に書くことは私たちの権利です。
創価学会本部が何を言おうと、日蓮正宗の信徒が何を言おうと、自分の書きたいことを書いていきたいです。
共感が広がることは自然なことなのですから、共感される方はどんどんつながればよいのです。そもそも創価学会折伏だって所詮は共感の拡大で広まったのではありませんか?


ただもちろん相手を貶す、非難をするというのは避けたいです。
コメント欄を設けていないのは、勢い熱心な日蓮正宗の方とかが背伸びして法論を挑んできたりするからなんですね。
もういいですよ。私、法論なんて山ほどやってきました(笑)。もう懲り懲りです。
山ほど日蓮正宗の信徒の方とか顕正会の方とか回答不能にして黙らせてきました。でもね、そういうのあまり意味ないんです。それに私と法論して回答不能に陥った法華講で体調不良で寝込んで入院しちゃった方もいましたから。悪いことしました。
そういうのではなくて私はもっと肩肘張らず、普通に話したいだけなんですね。信仰の態度を客観視して冷静に語ったら結論は自ずと出ると思うんです。


どんな宗教的な権威も「SNSの投稿をやめろ」とか「ネットを見るな」などと私たちに命令することはできません。私はただ自分の書きたいことをどんどん書いて、自分が共感できるものをどんどん読んで、共感を広めていくだけです。本来、創価学会が目指していた広宣流布という概念も所詮は共感の拡大だったのではありませんか?
創価学会の思想で「共感の拡大が広がらない」とするなら、それは創価学会の思想に魅力がないか、思想に力がないかのどちらかということでしょう。



後継者は日目か日代か。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。
さて日興滅後に大石寺では『日興跡条条事』を出してきて日目への相伝があったことを主張していますが、反対に西山本門寺では『日代八通譲状』を出してきて日興から日代への相承があったということを主張しています。実はこのことをあまり創価学会の方は知りません。


大石寺の『日興跡条条事』も西山の『日代八通譲状』もどちらもその信憑性については眉唾物で、偽書の疑いを払拭できていません。


で、第三者的に冷静に考えてみると、日目も日代も優れた日興の後継者であって、重須は日代に、大石寺は日目に、優秀な二人に任されたと考えるのが一番妥当な判断かと思います。


というのも、日興が亡くなった時の記録で『富士門家中見聞上』には以下のような記述が見られます。


「初七日には日代の御供養重須に於て之を修し日目の御説法あり、一百箇日の御仏事日目大石寺に於て修し給ふ御説法は日代なり御伝」
(『富士宗学要集』第5巻179ページ)


これを以て見ると、日目・日代どちらも日興の後継であり、それぞれが導師となっている事実を示しています。ここから考えるとどちらかが「唯授一人」の付属者ではないことがわかります。恐らくは「唯授一人」も後世に形成された教義なのでしょう。
事実、大石寺66世日達の葬儀も通夜も初七日も、67世日顕が導師を勤めています。ここから考えると日目と日代が同等に導師を勤めていることは明らかに現在の大石寺とは趣きを異にしています。






追記:
ちなみに大石寺4世日道は実は日興の葬儀に参列していません。このことからも大石寺の唯授一人という教義が後世に形成された証左とも言えるでしょう。






称名念仏としての唱題行。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて御本尊の前に端座するのは観心の修行ですけど、そこから祈祷師ばりに"願いを叶える"呪術のような題目を唱えることは、日蓮の『唱法華題目抄』の考え方とやや異なります。

一念三千の観とは、一念に三千が含まれていることを知ることではありません。三千に一念があることでもありません。このことは天台智顗が『摩訶止観』で指摘しています。
私たちの思考には思考を表現するための言語等の記号が必要で、それらを離れて思考の内容は存在できないということです。


つまり御本尊の前に端座するというのは、全ての意味を剥ぎ取られて、ありのままの自身に還るということであると私は考えています。
単に「幸福製造機」とか「何でも願いを叶える本尊」とか言って、戸田城聖氏とか日寛みたいに日蓮思想を矮小化してはいけません。
何でも願いが叶うとか、みんなが幸せになれるとか、そんなくだらないことが日蓮の思想だったんですかね?
本当にみなさん、そう思いますか?
私はそう思いませんけど。


日蓮の思想は、本来の仏教、本来の釈迦の思想、本来の法華経の思想、本来の最澄の思想の再構成にあったわけです。
曼荼羅とはそのためのものです。
日蓮の中で、曼荼羅において一切の諸教はまとめられ、収まってしまっています。
その根本の正業を日蓮は唱題としましたが、唱題は元来天台宗でも行われていた行法です。
日蓮は観心よりも先にまず法華経を根本にすることを先とし、その基礎的な修行を唱題としたわけです。それこそが『唱法華題目抄』の趣旨であるかと思います。


そもそも日蓮は『守護国家論』において、恵心僧都源信の念仏思想について自身の解釈を示しています。


「日本国の源信僧都は亦叡山第十八代の座主・慈慧大師の御弟子なり多くの書を造れることは皆法華を拡めんが為なり」
(『守護国家論創価学会版御書49ページ)

「爾前最上の念仏を以て法華最下の功徳に対して人をして法華経に入らしめんが為に造る所の書なり、故に往生要集の後に一乗要決を造つて自身の内証を述ぶる時・法華経を以て本意と為すなり。」
(同50ページ)


日蓮にあっては批判の対象となるのは後の法然であって源信ではありません。なぜなら源信にあっては法華経の思想は捨て去られたわけではなく、法華経を根本とする考え方が源信には残っているからです。
だから裏を返すと、源信における法華経を根本とした称名念仏ならば、日蓮は認めていることになります。
そもそも源信は恵心流の開祖ですから、日蓮が批判するはずもないんですよね。


そうすると日蓮法然批判というのは、本来の天台における称名念仏の姿に教義を返すという意図があるのだと考えられます。 そして真の称名念仏こそが法華経の唱題行という論理になってくるのでしょう。
つまり日蓮にあっては、恵心僧都源信称名念仏の思想をさらに純化させ、唱題行の中に全てを収斂させていった、その本体こそが法華経の題目であり、その中に諸教の包摂性を見ることこそが真の日蓮の現代における有効性ではないかと考えています。










一念三千は即身成仏の種子ではない。





いつもありがとうございます。



『開目抄』では「一念三千の成仏」ということが説かれ、一念三千が「文の底にしづめたり」とされています。

一念三千が法華経の文の底にあることによって、法華経における即身成仏が理論的に可能であるとする根拠は、一念三千が十界互具を含むからなのでしょう。つまり十界互具があるから凡夫にも仏の命が具わるという理屈です。
もしそれだけの理由で、一念三千を法華経成仏の単なる種子だと考えていたのなら、日蓮の天台思想の理解は浅薄であると言わざるを得ません。


私の立場はそうではありません。
一念三千を固定された概念として定立する事態は回避されなければなりません。そもそも天台智顗は一念三千概念を『摩訶止観』においてただの一度しか説明していません。
智顗にあっては一心三観こそが大切であり、十乗観法の修行こそ大切であったはずです。そして叡山出身の日蓮がそのことを理解していないとすれば、それは批判されて然るべきでしょう。


現在の創価学会が言っているように法華経の文の底に"生命の永遠の法"が秘し沈められていて、その一念三千を単なる"成仏のための種子"なのだと日蓮自身が考えていたとすれば、その部分は批判されるべきだと私は思います。またそれこそが日蓮思想の限界なのかもしれませんね。
少なくとも『開目抄』の記述は妙楽湛然ばりの概念化に近く、一念三千を一つの概念として固定化するような表現、つまり智顗の曲解になっていると考えます。


天台智顗の観念観法の修行は『唱法華題目抄』によれば「愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず」として、日蓮は一心三観の修行を優先しませんでした。題目を唱えることが法華における成仏の種子であって、それを直裁に唱えることが末法の修行であると考えたのです。



しかしながら、それは一念三千の理解を表面的、浅薄なものにしてしまい、ひいては一念三千の運動としての側面を見失わせることになると思います。
ですから、日蓮の考える唱題行をもう一度智顗の一念三千概念から再定義する必要性を感じています。
そうでなければ、かえって日蓮の思想の本義を見失わせる結果になりますし、日蓮の現代における有効性も失ってしまうと思います。


智顗の『摩訶止観』における一念三千説は空性の説明にその真意があるのであって、それを湛然以降の天台教学に捻じ曲げてしまうと、一念三千説が法華経における即身成仏の強引な根拠にしかなり得ず、単なる法華経の曲解にしかなり得ないのです。


智顗の十乗観法の修行は空仮中の三諦を直裁に見るというものです。『天台小止観』における観心は、空諦から仮諦に至り、最後に中道に至るものですが、『摩訶止観』では円頓止観と言って最初からその真実の相をそのままに見ることとされています。
その空観には龍樹(ナーガールジュナ)の思想の中観からの影響があります。ただナーガールジュナの中道を単に法華経大乗戒壇のための根拠とするだけなら、それは法の"実在化"になってしまい、本来の釈迦の思想であった中道の考え方とずれてしまうことになります。


私がナーガールジュナを評価する理由は、釈迦の本来の思想こそが"中道"であり、一切は消え去るゆえにいかに生きるべきかという問いこそが中道・すなわち本来の釈迦の教えであるということであって、そのことをナーガールジュナは理解しているからです。
ですから『十住毘婆沙論』における彼の浄土思想はいかに生きるべきかという問いに対する彼自身の一つの答えとして理解されるべきなのだと思います。


大乗は本来非仏説であり、釈迦の直接の教説とは言えません。
ですから大乗に釈迦の思想は存在しないと主張することも自由です。歴史的なゴータマ・シッダールタに興味があるなら、スッタニパータ等を読むのが一番原始仏典に近い思想になるはずですからね。
ただ私の場合は、大乗、北伝仏教の流れの中にそのような釈迦の中道を見ようとした派が存在し、その中で大乗の基礎を作った人物としてナーガールジュナを評価するゆえに、その思想から日蓮の限界を見ることが重要であると考えています。



追記:
創価学会を批判し、日蓮正宗を批判して、日蓮本人に戻りさえすれば真実は手に入るのか、私はそれも違うと思います。
屹立した日蓮という人物の人格は規範とすべきであったとしても、日蓮の教義の限界もありますので、日蓮の思想の再評価と批判が必要だと私は考えています。
それには日本天台宗の批判も射程に入らなければならないでしょう。日蓮系教団が分裂を続ける一つの遠因は日本天台宗の分裂にもあるのかもしれませんね。


お彼岸もお寺に行きました

先日、3連休の最終日の秋分の日はお彼岸でしたので、またお寺に行って参りました。
先祖供養、大事な事です。亡くなった方を偲び尊ぶことは人として大事な事だと分かっています。
ですが、家族総出で幼子も連れてお講に続いて翌週も月2回もお寺に行くのは非常に大変な事です。
(日頃の買い物など、必要な買い出しに行くだけでも子供連れで行く時はかなり消耗することも多いです。)
連休だから子供達と遊びに行きたい!と思っても「この日はお寺だから」となると、丸一日潰れてしまいます。
私はこのところレジャーを計画する気力も無くなってしまいました。えーん
行きたくもないお寺に行く事で精神的にも少し参ってしまい、今週1週間体調を崩してしまっています。ゲホゲホ
少しでも多くの方に日蓮正宗の事を疑問に思っていただきたい、宗教の裏側を知っていただきたいと思っているのに更新が滞ってしまいました。

話を戻しますと、先祖供養は大事ですが、無宗教派の私はそれをわざわざお寺でやる感覚が分からないのです。
例えば御先祖のお墓が近ければ、子供達を連れてお墓参りに行き
「ここにおじいちゃんやおばあちゃんがいるんだよ。ご先祖様がいたから、今ここにパパやママやあなた達がいるんだよ。綺麗に掃除しようね」
父母の背中(行動)を見せるだけでも、子供に先祖を大切に思う気持ちを養うことは出来ると思います。
両親、その両親、そのまた更に両親・・・脈々と続く縁があるからこそ、今の私がここにいるんだびっくり
子供達の心にこうして先祖供養の気持ちを養うことで、命の大切さを感じて欲しいと私は願っています。

なのに、この宗教の信者の方がまず向かうのはお寺。
お寺にあるご本尊に向かってお経をみんなで唱えるだけで、本当に子供は先祖を供養する大切さを理解出来るのでしょうか?
子供から大人、お年寄りまで一心不乱に勤行唱題をするのはとても異様な光景です。
「この信仰を子供に伝えないのは育児放棄と一緒」だと熱心な信者の方が仰います。が、
私から言わせて貰えば子供をその辺に放ったらかして、何時間も仏壇に向かって唱題をするママさんの方が余程だと思います。
私は子供の身支度、食事、遊び、数字や文字を教えたり、毎日いろいろな事を考えたり、いくら時間があっても足りません。
その貴重な時間を宗教の為に使おうなどとは微塵も考えが及びません。
一生懸命子供と向かいあっていないから、そういう戯言を人に大真面目に言えるのではないでしょうか?

教義などについて私は深く存じませんので、日蓮正宗の宗祖の方がそう言っていたのかは判りかねますが
末端の信者がナイフのような言葉で人を容赦なく傷付ける、そういう宗教にしか見えません。
この方は素晴らしい、と心から思えるような方は今のところ日蓮正宗にはいらっしゃいません。
要するにその程度のものなんです。宗教って。
入信したからと言って、長く信仰したからって、素晴らしい人にはなれないのですよ。ショック


少なくとも、育児で大変な母に次々に追い討ちをかけて追い詰めようとする異常な信者の方々には悲しくなります。ショボーン

お彼岸もお寺に行きました

先日、3連休の最終日の秋分の日はお彼岸でしたので、またお寺に行って参りました。

先祖供養、大事な事です。亡くなった方を偲び尊ぶことは人として大事な事だと分かっています。
ですが、家族総出で幼子も連れてお講に続いて翌週も月2回もお寺に行くのは非常に大変な事です。
(日頃の買い物など、必要な買い出しに行くだけでも子供連れで行く時はかなり消耗することも多いです。)
連休だから子供達と遊びに行きたい!と思っても「この日はお寺だから」となると、丸一日潰れてしまいます。
私はこのところレジャーを計画する気力も無くなってしまいました。えーん
行きたくもないお寺に行く事で精神的にも少し参ってしまい、今週1週間体調を崩してしまっています。ゲホゲホ
少しでも多くの方に日蓮正宗の事を疑問に思っていただきたい、宗教の裏側を知っていただきたいと思っているのに更新が滞ってしまいました。

話を戻しますと、先祖供養は大事ですが、無宗教派の私はそれをわざわざお寺でやる感覚が分からないのです。
例えば御先祖のお墓が近ければ、子供達を連れてお墓参りに行き
「ここにおじいちゃんやおばあちゃんがいるんだよ。ご先祖様がいたから、今ここにパパやママやあなた達がいるんだよ。綺麗に掃除しようね」
父母の背中(行動)を見せるだけでも、子供に先祖を大切に思う気持ちを養うことは出来ると思います。
両親、その両親、そのまた更に両親・・・脈々と続く縁があるからこそ、今の私がここにいるんだびっくり
子供達の心にこうして先祖供養の気持ちを養うことで、命の大切さを感じて欲しいと私は願っています。

なのに、この宗教の信者の方がまず向かうのはお寺。
お寺にあるご本尊に向かってお経をみんなで唱えるだけで、本当に子供は先祖を供養する大切さを理解出来るのでしょうか?
子供から大人、お年寄りまで一心不乱に勤行唱題をするのはとても異様な光景です。
「この信仰を子供に伝えないのは育児放棄と一緒」だと熱心な信者の方が仰います。が、
私から言わせて貰えば子供をその辺に放ったらかして、何時間も仏壇に向かって唱題をするママさんの方が余程だと思います。
私は子供の身支度、食事、遊び、数字や文字を教えたり、毎日いろいろな事を考えたり、いくら時間があっても足りません。
その貴重な時間を宗教の為に使おうなどとは微塵も考えが及びません。
一生懸命子供と向かいあっていないから、そういう戯言を人に大真面目に言えるのではないでしょうか?

教義などについて私は深く存じませんので、日蓮正宗の宗祖の方がそう言っていたのかは判りかねますが
末端の信者がナイフのような言葉で人を容赦なく傷付ける、そういう宗教にしか見えません。
この方は素晴らしい、と心から思えるような方は今のところ日蓮正宗にはいらっしゃいません。
要するにその程度のものなんです。宗教って。
入信したからと言って、長く信仰したからって、素晴らしい人にはなれないのですよ。ショック


少なくとも、育児で大変な母に次々に追い討ちをかけて追い詰めようとする異常な信者の方々には悲しくなります。ショボーン

日蓮正宗の方の私へのカン違い。




いつもありがとうございます。
最近、いろいろネットやSNS上で当ブログについて言及されることが増えてきました。ちなみに管理人は当ブログに対するネット上の記事、ブログ、投稿、発言、Twitterの多くのツイート、Facebook上のコメント等に目を通すようにしています。
で、私を批判される人は創価学会よりも、むしろ日蓮正宗の方が多く、少々驚いています(笑)。
悪口雑言にならなければ、どんな批判をして頂いても全然構わないんですが(まあ実際は口の悪い方が多いんですけど・笑)、なんか「これはカン違いなんじゃないかなぁ?」という批判もあって、一度きちんと書いておきたいと思います。


1、日有が日蓮本仏説であったかは不明確。

どうもカン違いされている方が日蓮正宗信徒の方に多いようですが、私は「大石寺9世日有が日蓮本仏説を唱えた」ということを実は肯定してはいません。
日有が唱えたのは「日蓮=本尊」説に近く、まだ明確に日蓮本仏説を打ち出してはいないと私は考えています。そこのところを誤解されませんように。日有に見られるのはあくまで日蓮=本尊説であり、日蓮本仏説へと繋がる萌芽であったとは思いますが、まだ明確ではないと思います。この点については17世の日精も同様です。
はっきりと大石寺から日蓮本仏説が出てくるのは26世の堅樹院日寛以降のことです。ですから日有の時代はまだ現在の大石寺のような日蓮本仏説が存在したとは言えないでしょう。



2、戒壇本尊は日有が作ったものではない

私の立論の根拠を安永弁哲氏の『板本尊偽作論』とカン違いされて批判されている法華講の方もいるようです。私は戒壇本尊が日有によって作られたとも考えていません。
犀角独歩氏も指摘されていましたが、この御本尊の造立主は「弥四郎国重」自身と考える方が自然なのであって、造立の願主である「弥四郎国重」がこの本尊を作り、日蓮自身に対して「敬って白す」としなければ「敬白」という言葉が不自然になるかと思います。犀角独歩氏のブログから引用しましょう。


いまさら論ずることではないが、所謂『本門戒壇の大御本尊』と称されるのは板彫刻下部に『右為現当二世造立如件 本門戒壇之 願主弥四郎国重敬白 法華講衆等 弘安二年十月十二日』と記されていることによる。信仰する人々は、これを日蓮大聖人の筆と早合点してきた。腰書であることすら知らず、讃文のように本尊の中に書かれたものと思い込んで来た人も多い。

近代の学匠・稲田海素は、板本尊の文字について以下のように言った。
『為現当二世云云の制作縁起は宗祖の御正筆ではなく、後人の他筆である』
当然のことだ。何故ならば、この腰書には、『敬白』、すなわち、敬って白(もう)すとあるからだ。大石寺では日蓮大聖人を御本仏と仰ぐ。敬われる最上の立場の御本仏が、誰を相手として敬って白すのであろうか、相手はいないのだ。
腰書は板彫刻の造立縁起である。つまり、造立者の『弥四郎国重』が、法華講衆、もしくは日蓮大聖人に対して、敬って白した文書である。ならば、弥四郎国重の文=他筆であることは当然ではないか。日蓮大聖人が弥四郎国重を相手として、敬白と記すわけはない。」




3、客殿の譲座本尊は戒壇本尊の写しではない

きちんとブログにも書きましたが、正応3年10月13日書写・大石寺客殿安置の御座替本尊は、戒壇本尊を書写したものではありません。

「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」

これだけ相貌が違いますし、これだけ見れば日興が戒壇本尊を手本として書いていないことは明確かと思います。この点について日蓮正宗の方は全然回答されませんが(笑)、お得意の「法主の内証の問題」とか言うのでしょうか。



4、終わりに。

一定の思考の枠に囚われてしまうと、私を批判するにしても自身の知っている先入観の枠内でしか批判できなくなってしまうんですね。戒壇本尊を否定するものはなんでもかんでも安永弁哲さんだろうとか思われても困ります(笑)。
また創価学会の方も一つの先入観を持つと、そこから抜け出すことができない、どうしても日蓮は「末法の御本仏」ですし、御本尊は「宇宙の生命の法」ですし、池田名誉会長は「池田先生という永遠の指導者」みたいですから。
永遠に変わらない絶対のものなど存在しません。創価学会の方も日蓮正宗の方も早く幻想から醒めてほしいと願うばかりです。