2016年 11月 の投稿一覧

思索することのできない教団。





例えば選挙で
「なんで公明党南スーダン派遣を容認しているんだ」なんて地区とかで話そうものなら、

「あんた、そんな屁理屈言ってるから増上慢になるのよ。Zを一つくらい取って来なさい」
なんて婦人部から言われそうですね。


(注:「Z」というのは期日前投票の確約のこと。期日前が済んだ場合は「Z済」と呼ばれます)。


組織がどんな政党をどう支援しても自由です。そのことを前提にしますが、それでも創価学会の政治支援に問題があるとすると、会員の政治に対する意識の低さがあることだと私には思えます。


「あれだけ集票マシーンと呼ばれながら、政治に対する意識が低いの?」なんて言われそうですけど、実際、政治のことはみんなほとんど知りません。
選挙シーズンとかに組織に回ってくる広報用のDVDとかパンフレットとかを見て、「公明党を語る武器にしましょう」なんて言ってるくらいですから。


創価学会は「民衆を賢くする団体」(池田大作)のはずなのですけど、どう考えても民衆は思考停止で考えない。従順な羊のような団体になりました。
気は優しくて、奉仕の心があって、けれど人に騙されやすく、言われた通りのことを従順にするだけなんです。
従順すぎる余りに、自宗教が正しいと絶対的に信じ込みますが、その論拠に乏しく、せいぜい任用試験で学んだくらいのことを語って、「池田先生は素晴らしいんです」くらいしかいえない一人一人です。
それが「民衆を賢くする団体」と呼べますか?
今の創価学会は、そういう「思考をしない団体」に成り下がってしまいました。


創価学会本部つまり信濃町は、矢継ぎ早の会則改正によって「宗教的独自性を高めた」としています。
これはつまり早く「世界宗教」として出発したいということなのでしょう。
もはや日本国内の創価学会員は世帯数増加が見込めず、御本尊下附数も頭打ち。後継の若い世代に信仰を継承することも黄色信号が灯り始めました。
だから信濃町としては、海外のSGIに目を向け始めています。最近、原田会長とか笠貫女性部長とかがやたら海外に行くのも気になりますしね。SGIならまだ増える見込みがあるし、財務の増加も見込めるのではないでしょうか。


ただそのためには、日蓮正宗時代から残っている教義がネックになっていて、その教義を克服することを喫緊の課題としているようです。



ただこの日蓮正宗の教義が、創価学会員の中でけっこうガッチリと凝り固まっていまして、日寛教学を否定することがなかなかできない。
つまりこれまでの学会は、会員にそういった教義問題を考えさせて来なかったからです。会員もまた上から教わる教義を信じてやってきてしまったからです。
だから教義を自身で問い直すなんてできないできない。

ところが、今、信濃町がこれからやろうとしているのは、場合によってはその教義の問い直しを迫るような、学会の教義の根幹に関わることだったりするわけです。
少なからず反発も出るでしょう。こと本仏論に関しては創価学会が分裂しかねないくらいのことです。
だから信濃町としてもちょっと拙速にはやりづらい。
まあさらりとやってしまうかもしれませんけどね。多くの会員は「ふーん」と言って通り過ぎるだけなのかもしれませんが。



会員の中は割れそうです。
会則改正を持ち出されても「ふーん」と言っていつも通りに過ごす会員。
そして会則改正を持ち出されて「信濃町は池田先生の心を失った!」と騒ぎ出すグループとに分かれるでしょう。
で、騒ぎ出したグループがそんなに多くなければ指導、場合によっては査問、除名で切ることも信濃町はやるでしょう。



つまり思想性というか、哲学がないんですよね。信濃町にも末端の会員にも。
日蓮の本意は何であったのかとか、創価学会の創立の牧口思想とは何かとか、集団的自衛権は現憲法下で可能なのかとか、そういったことを問い直すことができない。
考えていないからです。
つまり哲学がないんです。




ですから本気で教義改正をしたいと思うなら、教学の運動を起こさなければいけない。それこそ異論も反論も含めて大きな議論になるようなことを喧喧諤諤と自由に話せなければいけない。
けれど創価学会はそういうことをしてこなかった。日蓮正宗が正しいとしたからこそ、弘安2年の御本尊も信じたし、唯授一人の血脈相承も、日蓮末法の御本仏であることも、日寛筆の御本尊も、日寛の教学も、堀日亨の御書も、御義口伝講義も百六箇抄講義も、正本堂建立も、みーんなみんな信じてきたんです。
教義については、基本日蓮正宗丸投げで、あとは勝手な解釈を幹部がいいように思うことを言えばそれでよかったわけです。
要するに創価学会は自前の教義がなかったんです。宗門から離れてみて首脳部はやっとそのことに気づき出したのでしょうね。



それらの教義って「本当に正しかったんですか?」と問うことが、今の会員にはできなくなっています。だってそんなこと考えたことないもの。



今までが正しかったんだから、今までで良いはずだ、何かがおかしい、きっとそれは池田先生の心を失っているからだ、なーんて考える人も出るでしょう。



信濃町も熟慮が不足しています。 
会員もまた然りです。
教学の運動なんて一朝一夕にいきません。
池田名誉会長の存命中に、もしも御大の御決済を得たなんて言って拙速に教義改正したら、それは信濃町の思想の貧困を物語る証拠だとしか思えません。



自分の頭で考えられる人、
そういう人たちが集まれる組織であるといいのですが、現状は厳しそうです。



追記:
「弘安2年の本尊から離れて創価学会常住御本尊を根本にする」なんて言ってる人たちでさえ、自分たちの言ってることの矛盾に気がついていない。それではもうどうしようもない。
日蓮正宗から離れて水谷日昇氏の御本尊を根本にするって、どんな笑い話なんですか。
本当に自分で思索することのできない組織になってきましたよね。




日目再誕説




日蓮正宗では「広宣流布の時には第3祖日目上人が法主として再誕する」という、"日目再誕説"があります。



大石寺法主・68世早瀬日如氏はこの日目再誕説について次のように述べています。



「日目上人の辞世に、『代々を経て・思をつむぞ・富士のねの・煙よをよべ・雲の上まで』(『富士宗学要集』)との歌を詠まれています。この意味は、富士大石寺のみに継承される血脈正統の仏法は、代々の御法主上人に受け継がれ、広宣流布への思いは富士よりも高く「雲の上まで」届き、必ず成就するのであるとの、熱烈な願いを表現されたものであります。このことから、古来、宗門では、一閻浮提広宣流布の暁には必ず日目上人が再来され、一宗を統率あそばされると伝えられています。」
(「大白法」平成18年10月1日号)



これを読むと、日蓮正宗広宣流布の時に日目が再誕するとしていることは、教義として確かなことのようです。



私は浅学にして、この日目の辞世の句

「代々を経て・思をつむぞ・富士のねの・煙よをよべ・雲の上まで」

が、富士宗学要集のどこにあるのか、わからないでいるのですが、掲載はされているようです。今度探してみます。



ところで、辞世の句ということは亡くなる時に詠んだ歌ということです。
ちょっと待ってくださいね。



宗史に詳しくない方のために少し書きますと、日目という人は天奏を生涯42度、行っていると言われています(実際はそんなに行っていないと私は考えていますが、大石寺ではそう伝えられています)。「天奏」というのは日蓮の国家諫暁のように、京都に行き、天皇に対して法華第一の信仰を訴えるということなんです。
1333年は師の日興が亡くなった年ですが、同時に鎌倉幕府滅亡の年でもあります。
幕府滅後、これを機として日目は弟子の日尊と日郷を連れて京に向かいます。
ところがこの途中で、美濃の垂井(現在の岐阜県垂井町)にて日目は病床に伏してしまい、11月15日に亡くなります。
日尊、日郷の二人は代奏を果たした後、日尊は京都に向かいます。日郷は遺骨を持っていっぺん富士に帰りますが、その後いろいろ大石寺とゴタゴタがあって保田妙本寺に行くことになります。



ということはですよ。
この「辞世の句」が史実として正しいと仮定して先に進みます。
日目が京都に向かう前に「辞世の句」を詠むはずはありません。
恐らく日目が「辞世の句」を詠んだのは美濃の垂井であって、そこでその句を聞いて記憶していたのは日尊か日郷の二人しかあり得ないはずです。



つまり大石寺に伝わっているということは、日尊の要法寺から伝わったのか、あるいは保田妙本寺の日郷から伝わったのか、どちらかのルートからしかあり得ないということです。
一度、日郷は遺骨を持って富士に帰ってきているようですので、この日郷から、あるいは保田妙本寺から、この「辞世の句」が伝わったと考えるのが自然でしょう。



とすれば、非科学的なことになりますが、教義として考える場合、日目は保田の妙本寺の方に再誕すると考えるのが自然なんじゃないですかね。あるいは京都要法寺の方とか。
もちろん大石寺は日目が天奏に出発する前に日道に血脈相承をしておいたと主張されるのでしょうけれど、実際その遺言を聞いているのは日郷と日尊ですものね。



なんでこんなことをつらつら書いているかっていうと、どうにも日蓮正宗の教義とか相伝の類の多くが他山の寄せ集めなのではないかという印象が強いからなんです。



例えば相伝書で考えると、堀日亨の『富士宗学要集』第1巻は相伝部なんですが、ほとんどの相伝で他山の写本から校正しているんです。
大石寺のみに唯授一人の相伝が伝わっているとするならどうして他山の写本で校閲するのでしょう。その点がわからないんですね。



具体的に富士宗学要集で堀日亨が引用している写本を書き出してみると、

①本因妙抄
大石寺日時・要法寺日辰・妙本寺日我
②百六箇抄
要法寺日辰・妙本寺日我
③産湯相承事
・妙本寺日山
④御本尊七箇相承
・妙本寺日山
⑤本尊三度相伝
・水口日源
⑥寿量品文底大事
・妙本寺日山
⑦上行所伝三大秘法口訣
要法寺日辰・大石寺日精・嘉伝日悦
⑧三時弘教次第
大石寺(筆者不明)



ですから、古写本を大石寺は大事にしないんだなぁと思うんです。結局、校正に使った写本は大体京都要法寺保田妙本寺なわけです。



ですから、いわゆる「日目再誕説」も、大石寺由来というよりかは、京都要法寺保田妙本寺かあるいは日郷か日尊の言ったことをそのまま自山の教義としたという風にしか私には考えられないんですね。
だって日道は実際、大石寺にお留守番していたわけですから「辞世の句」は聞いているはずがない。伝わったのは日郷からと考えるのが自然なことですよね。



蓮祖の歯のことだって、日蓮宗身延山にも別の歯が伝わっているわけで(まあそちらは肉が増えたりしないと思いますが・笑)、大石寺教学は他山のものをいろいろ真似して作られたという印象がとても強いんですよね。

「御肉牙」

もちろん宗教というものの本質は非科学的なものです。日蓮正宗がどんな教義を採用しようが、それは別に構わないことです。
R・オットーによれば宗教の本質はヌミノーゼにあるわけで、神秘的で戦慄を覚えさせ、畏怖の念を与えるような絶対他者、超自然的なものこそが宗教の本質だとは思います。
けれども自山の中で教義を完成できずに、他山の写本やら教義やらをかき集めて一つにしても、どこか説得力には欠けると思うんですが、そう思うのは私だけでしょうか。


今回は日蓮正宗の教義「日目再誕説」に触れましたが、創価学会もかつて日蓮正宗講中だったわけで、こういった過去の教義の総括についてはだんまりを決め込んだままです。
やはり過去にやってしまったことはちゃんと全部晒して総括した方がいいと思いますよ。



追記:
聞いた話ですが、顕正会という宗教団体は「浅井先生が日目の再誕」(!)としているという話を聞きました。本当でしょうか? 一部のグループが騒いでいるのかしら。私にはわかりかねますが。

定例報告




昔、まだ私が創価学会の活動家だった頃の話です。
私が部長になってすぐの頃のことです。
毎週末、日曜日に"定例報告"なるものに頭を悩ませることになります。


(ちょっと補足)
かつて男子部の「部長」(支部の男子部の責任者のこと)というのは、戦う精鋭のような存在でした。部長ってのはなかなかなれなかったんです。
ただ最近では男子部も女子部も人材不足に直面していまして、「部長」とはとうてい思えないような人が部長に担ぎ出されています。ですから現在の実態とはやや違っているかもしれません。ご了承ください。



毎週末、部から本部にあげなければいけない定例報告。
本部長から催促が来るのは、本部もその後、上にあげなければいけないわけで、その上は圏、分県、総県へと集約され、報告があげられる。



何を報告するのか。



◯各地区家庭訪問
各地区家庭訪問数をあげる。家庭訪問できた状況を「A:会合に参加」から「E:会えなかった」まで分け、それぞれの人数を数字で報告。各地区の訪問数の合計が部の統監と一致しないと本部から突っ込まれる。

折伏の実態数
「現場数」「入決数」「本尊流布数」と分けて報告。

◯新聞啓蒙数
活動家の人数、啓蒙数をあげる。これも各地区で分けて報告。一時期はマイ聖教(活動家が同居家族分とは別に自分名義の新聞をとること)の報告もあったかもしれない。

◯座談会参加数、会合結集報告
座談会参加数を各地区から吸い上げて報告。地区リーダーと連絡がとれないと苦労する。本幹同時放送などの時期はその報告もある。もちろん会合前には目標数の報告もある。目標については過去最高結集から見て、どれくらい上乗せできるかを考えて報告する。



……って、本当にめんどくさかったです!
他にも報告することってあったかもしれませんが、めんどくさいのでとりあえずカット。今、思い出せるのはこれくらいでしょうか。パソコンのどこかにエクセルで定例報告のフォーマットが探せばあるとは思うんですけど、探す気にもなれません。思い出したくもない(笑)。当時はエクセルでしたけど、今もそうなんでしょうか。今はラインとかで報告するのかなぁ。わかりませんが、当時の私はエクセルでした。



部長になって、いわゆる創価学会の活動家になって最初にやって来る悩みって、この報告の多さなのでしょうね。「俺たちは創価学会の営業部員なのか!」って思いました。まあ、実質的にはそういうことだったんですね。


活動家になって役職が上がって部長や本部長になったりすると、このへんから創価学会の"営業"が仕事で入ってきて、とても負担になります。事実このへんから創価学会に疑問を持つ人が出てきたりするわけです。


いちいちエクセルで打つのもめんどくさいので、本部長と相談してメールで数字を打つだけのフォーマットをあらかじめ作っておきました。それを木曜とか金曜とかからプチプチ作っておいて、報告の日曜朝にメールで送ると気分良く過ごせたものです。
数は全部辻褄合わせ。要するに全部の数の合計がちゃんと統監と一致してればいいんでしょ。



……という風に結局、この報告は形式的なものと成り果てるんです。そんな毎週毎週、会員さんと会って話して現場作って……なんてあり得ないですよ。いかに現場から遊離して数だけを煽っているかわかります。
この面倒臭さを幹部に相談すると、「それは信心で受け止めるんだよ」という謎の信心指導。



確かにあらかじめフォーマット作っておいて、それをいつでも送れるようにしておく、そうして朝一で本部長に送信すれば、本部長も時間がとれるし、助かるというわけです。
でも、それが本当に信心なんだろうかと。悩みました。本当はこんな数に還元されないものが大事なんじゃないのかなあと。
だから数の報告はテキトーにやりました。数なんてバカにしてましたから。どうせこの数の報告なんて現場を知らない人が見るだけなんでしょ。上の幹部に言わせると「この数の合計で池田先生が判断されるんだ。大切な報告です」なんて言ってましたけど。数の報告は所詮数でしかない。



このへんから急速に創価学会への思いが萎えてきたことは事実です。
圏のヤング男子部長までやり、自転車で家庭訪問を散々やって充実していた毎日を送っていたのですが、部長になった途端にこれです。はい。



こんな活動が果たして日蓮の教えなのでしょうかね。部員さんの信心の状況をA〜Eでランク付けしてデータ化して報告することが、日蓮の教えだとはとても思えませんでした。
新聞啓蒙数を毎回ゼロで報告するのは自分の部の部長としては嫌な気分になるものです。成果が上がってないということですから。「ちゃんと新聞啓蒙しなきゃ」というプレッシャーを感じるでしょう。素直な人ほど自分に責任を感じるものです。
要するにこの報告は部長とかそういった責任職のメンバーに、無言で圧力をかけるようなものです。成果が上がってなければ上から指導される材料にもなり得ますし。


定例報告の数字の中には、信仰の本質はありません。それなのにそれがあたかも大事かなように偽装して騙すようなことをする。それで反論されたら「信心で受け止めろ」と指導される。
そんなの誰もやりたくないですよ。
一切の報告をやめにしてみたらどうでしょう。きっと壮年も婦人も男子も女子も、活動家は大喜びですよ。


信仰は人の心を縛るものではなくて、人の心を自由にするもののはずなのに、定例報告みたいな数の報告で人を縛り付けるなんて、信仰者のやることですかね。
そんなの要りませんよ。やりたければ本部職員でやってくださいませ。














無謬主義の否定。動き続ける本質。

宗教って総本山がだんだん無謬主義になってくるんだと思うんです。



「俺たちは正しい」
「なぜなら開祖の意志を受け継ぐ唯一の総本山だからだ」
「私たちにこそ、教義の決定権がある」



で、そういった形骸化を打ち破ったのが大乗仏教運動であり、例えばナーガールジュナ(龍樹)とかそういう人だったんじゃないんですかね。




だとすると、現在の創価学会ってだんだん無謬主義になっていませんか?
「俺たちは正しい」
「なぜなら開祖の意志を受け継ぐ唯一の総本山だからだ」
「私たちにこそ、教義の決定権がある」
そんな感じじゃないっすか。



創価学会は在家の団体だったはずなんですが、そうなっちゃったらただの権威化された宗教貴族ですよね。




本当に正しいんでしょうか。
正しいとすればなぜでしょうか。
その文証は何でしょうか。
自分の手で検証しましたか。
その検証は充分だったと言えますか。
その検証が一定の客観性を保持していると、公言できますか。
その正しさは永遠不変のものなのでしょうか。それとも時代によって変わり得るものなのでしょうか。
変わり得るとすれば、その普遍性を検証する主体は誰でしょう。一人一人の信仰者でしょうか。それとも教義決定権を持つ教団首脳部でしょうか。
根本の経典は何を依拠とするのでしょう。
原始パーリ語経典でしょうか。漢訳大乗経典でしょうか。
それとも日蓮の言説でしょうか。教団首脳の言説でしょうか。
それを根本として採用する基準は何でしょうか。
それらのことについて、一信仰者は考えたり検証したりする必要はないのでしょうか。
ないとすれば、その根拠は何でしょうか。




社会は必然的に官僚化し、形骸化するというのはマックス・ヴェーバーの視点です。
池田大作『続・若き日の読書』によれば、池田氏は移動の新幹線の車中でマックス・ヴェーバーの『宗教社会学論集』を繙いているそうです。
もしこれが本当だとすれば、池田氏には宗教の形骸化とか官僚化が必然的に起こるという問題意識があり、その答えをヴェーバーに求めたと考えることもできます。



マックス・ヴェーバーの官僚制論文にもあるように、社会は組織化される過程で官僚化され、組織維持のために本来の趣旨とは違う方向に動いくものです。
ですから、新しい風を組織の内部に取り入れ、常に内部からそれを解体するような仕組みを取り込むことでしか、その内実を維持できないものなのでしょう。



戸田城聖氏が法華経を「釈迦の法華経」と「天台の法華経」と「日蓮法華経」とに分けたことは説明として、一定程度、私は評価できるんですね(まあ大乗経典は非仏説ですから、釈迦の法華経という言い方が適切とは思いませんが)。
というのは、法華経には法華経の本質があって、漢訳された法華経にはその本質がありました。けれどそれが次第に意味をなさなくなり、天台智顗が摩訶止観、法華三大部を説いたと。
そして日蓮末法で題目を作ったと。どれも法華経であると。



戸田氏の議論は少し乱暴ですが、私には意味が理解できます。つまり本質と言うのは時代において変わり得るもので、新たな形を必要とするものです。
今の人たちが漢訳の経典をただ音読しても釈迦の心なんてわからないと思いますし。



題目をただ音読することが日蓮の本質に接近することなのでしょうか。
本当に題目って正しいのでしょうか。
自分の信じているものは、日々常に変化するものであり、いつも検証して、一定の普遍性を伴った解釈を試みなければ、必ず形骸化するものなのではないでしょうか。
もちらん変わらない何かを信じていれば、気持ちは楽ですけど、変わらないものは存在しないはずです。
それこそが「諸々の事象は過ぎ去る」としたゴータマの教えだったのではないでしょうか。



とすれば、今、日蓮の教えを無謬主義から救おうと、いつも検証している人は今、この時代にいるのでしょうか。
もしいるとするなら、その人こそが私は善知識なのだと思います。



日蓮鎌倉時代仏教の現状をつぶさに見た。その中で形骸化して人を救うことができなくなっていたり、本質を隠していたり、考えないようにしていたりする他宗を見た。だからこそ彼は自身で教相を画定し、法華経を根本義とする教えを生み出しました。
常に仏の心とは何なのかを検証し、考えることこそが大乗仏教運動です。
「そこに本質はあるのか」
「そこに心はあるのか」
常に考え続けることです。
考えない宗教こそが間違った教えなのだと思います。


考えましょう。自分の頭で考えることです。
財務は正しいのでしょうか。
勤行の形式はこれで良いのでしょうか。
仏とは本当に生命なのでしょうか。
聖教新聞は本当に正しいのでしょうか。
池田先生は正しいのでしょうか。
戸田先生って正しかったのでしょうか。
悪く言うと罰が当たるのでしょうか。
日蓮正宗は正しいのでしょうか。
公明党はいつも正しいのでしょうか。
公明党を作ったことは正しかったのでしょうか。
公明党衆議院にも進出しなければいけなかったのでしょうか。
折伏というのは戦いなのでしょうか。
日蓮仏法は果たして民衆仏法なのでしょうか。
日蓮は他宗教を口汚く罵ったのでしょうか。
敵を責めることが正しいのでしょうか。
現代においてそれが本当に正しいのでしょうか。
仏敵には罰が当たるべきなのでしょうか。
広宣流布って何でしょうか。
御本尊下付数が増えることが広宣流布が進むということなのでしょうか。
広宣流布の暁には戒壇堂を作るべきなのでしょうか。
では戒壇とは何でしょうか。
戒壇とは場所なのでしょうか、それとも戒を与える儀式のことでしょうか。
それは現代において、どう考えたら良いのでしょうか。
自身で考えたのでしょうか。
考えることを他人任せにしていないでしょうか。
考えることを教団任せにしていないでしょうか。
自身で本当に正しさを検証したと言えるでしょうか。
それらをやめてしまった時に宗教の形骸化、官僚化が起こるのではないでしょうか。
創価学会本部だけではない。私たちの思考もまた常に形骸化、固定化され得る危険性を持っています。
思考というのはそういうものです。
自分たちもまた、私もまた、思考は形骸化し、制度化され、官僚化されます。
完成された思想なんて存在するのでしょうか。
完成された法なんて存在するのでしょうか。
「永遠の法が存在する」と言ってしまった瞬間から、腐敗が始まるのではないでしょうか。
だからこそ釈迦は「諸々の事象は過ぎ去る。怠ることなく修行を完成させよ」と最後に弟子たちに述べたのではないですか。


釈迦が体系化された教えを説かなかったのは何故なのでしょうか。
釈迦が相手の思想を決して否定することがなかったのは何故なのでしょうか。
一切は変転して、過ぎ去ってしまうとしたからではないでしょうか。
大乗仏教運動がある意味、大量の漢訳仏典を「創作」したのはなぜでしょうか。
それこそが釈迦の本質に接近することだと考えていたからではないでしょうか。


では本質とは何なのでしょうか。
今の創価学会の形骸化には、翻ってみれば会員である私たち一人一人の思考が結局形骸化され、思考を委ねてしまったことにその責任があるのではないでしょうか。
私はそう思っています。



かつて私は熱心な創価学会の活動家でした。
何の疑いもなく創価学会の教義を信じていました。
その信仰の純粋さを保つことこそが大切であると信じていました。
けれど、それが結局、組織の権威化を許す結果を招いたとは言えないでしょうか。
私の行動に責任があったとは言えないでしょうか。
私はその責任が自身にもあったと今は考えています。
考えない私が愚かだったと思っています。
その自戒の念から、これらのブログの文章の多くも書かれたものです。
余談ですが、創価学会内部告発の本を出版した三人の方は、そのような自戒の念があるのでしょうか。
それとも「私たちは悪くない。本部幹部が全部悪いんだ」と彼らは考えているのでしょうか。
私は私自身にも創価学会腐敗の責任はあると考えています。
その深い自戒から、私は自身の信仰の再生を始めようと思っています。
どこまでできるかなんてわかりませんけど。



誰かを批判するだけで、何かが変わるのでしょうか。
とある三人の方が創価学会内部告発したら何かが変わるのでしょうか。
自分もその中で考えて、自らを疑い、苦しみ悩み、成長して変わることこそが大切なのだと私は思います。
だからこそ、信仰の形は常に変わっていかなければいけないでしょう。
問題は正しく変わるのか、それとも権威化されて惰性で悪しく変わるのか、ということです。



昭和30年代に起こった創価学会という社会の事象はすでに過ぎ去りました。
創価学会の日本における歴史的役割はもう終わったのだと思います。
諸々の事象は過ぎ去ります。
残った形式に仏法の本質は存在しません。
本質は常に動き続けます。
だからこそ私たちは考えることをやめてはいけないのです。











統監




創価学会の組織には「統監」というものがあります。
この「統監」とは創価学会の在籍を示すものでして、要するに会員の各地区の名簿みたいなものです。



私、男子部で部長になってから、各地区の統監を作りました。
ところが、統監って活動家の何倍もの数があるんです。
要するに名簿の上だけの"幽霊会員さん"がたくさんいるんです。



例えば男子部だけのことで言うと、私が部長時代にうちの支部には地区が4つありました。
部活(男子部の支部の活動家の会合)を私の自宅でやってましたが、たいてい集まるのは各地区リーダー、副地区リーダーだけです。
それも全地区毎週集まれるわけでもないので、集まってもせいぜい5名がいっぱいいっぱいでした。


ところが、各地区の統監には男子部員がもっとたくさんいます。各地区に統監で男子部は10人〜20人はいたはずです。ですから支部で60〜70人くらいの統監上の会員はいるんです。
でもみーんな会合に出てきません。たまに本部幹部会の同時放送に会館に来るなんてのはいい方です。下手をしたら聖教新聞もとってない、家庭訪問しても会えない、親が会わせない、そんな会員が山ほどいます。



会えない、勤行もしてない、会合にも出たことがない、親が会わせない、聖教新聞とってない、御本尊を安置していない。



これだけでも酷い状況ですが、近年ますますこの実態が酷くなってます。
統監はあるのに、誰一人活動家にならない地区が続出しています。それどころか青年部活動家は支部にもいない。女子部に至っては本部内でさえ1名の活動家が立たないこともあります。



仕方がないから他本部から"派遣"された幹部を引っ張って来たり、
女子部では、部長兼任の地区リーダーをやったり、よくわからない役職ができています。


例えば
「地区リーダー」とは別に「総合地区リーダー」がいたり、「部長」とは別に「総合部長」がいたり、よくわかんなくなっているんです。
で、その数少ない活動家が例えば未来部の支部責任者だったり、本部責任者だったり、場合によっては圏少女部長だったり、県未来部長だったりします。


要するに頑張れば頑張るほど、その人は役職が兼任になり、負担が増える。
やった人が損をする、そういう創価学会になりつつあります。
早めに組織から離れた方が得策だとばかりに、活動をやめてしまったり、壮年部や婦人部に移行した途端に活動をやめてしまう人が続出しているんです。




統監でほとんど活動実態がないのに、名簿にその会員を残しておく。
結果として活動家は、それら「活動家になる見込みがない会員さん」を面倒見させられるわけです。
活動実態がなければ、統監を消せばいいのにそれをしない。
組織の人数が減るという事実を、組織が認めないと言えば穿った見方でしょうか。
でも事実そういうバイアスがある気がします。
結果として、頑張っている人ほど苦労が増える、負担も増える。
それじゃ歓喜もわきませんよ。



せめて活動家で頑張っている同志を一緒にくっつけてあげて、活動実態のない統監上のみの会員は退会処理させればいいんです。
本人たちだってそれを望んで、活動家にならないわけですから。
それを「統監を消すのは無慈悲だ」とかわけのわからない論理でいつまでも組織に繋ぎ止め、建前上の数を守ったりするんです。



ちなみに、この非活動家が信濃町に「退会届」を郵送するとどうなるか。
私が部長の頃、突如支部長から呼び出しがありまして、「あの何何くんは脱会したから、今後家庭訪問はしないように」と通達されました。
もしも活動家の家庭訪問で悩んでいる会員さんがいたら、迷うことなく配達証明か何かで退会届を信濃町の学会本部に送るのが一番良い方法です。書式は別に自由ですが、念のためにコピーを取っておくといいかもしれませんね。



信濃町に退会処理を正式に出したとして、それが本部から地区組織に来ると、地域としても家庭訪問はしづらくなります。
それでも家庭訪問して来る悪質な幹部もいますので、油断はできませんが、一つの抑止になることは事実です。



早く実態のない会員さんを統監から退会処理しましょうよ。
その会員さんだって、そうしてほしいはずでしょうし、
活動家さんだって、名簿上の人数が減った方が負担は減りますって。
「無慈悲だ」とか「会員を守る」とかわけのわからない論理で統監維持に固執するのはもうやめましょう。

御肉牙について。




どこの宗派でも、宗教というものは神秘的で非科学的な教義を持つものですが、それでも日蓮正宗の教義で次の三つは私には本当にわかりません。


1、日目再誕説
2、御秘符
3、御肉牙



これらを真面目に信じていた創価学会や戸田会長の見識を疑いたくなります。だいたい戸田会長は元々は学校の先生じゃないですか。


今回は「御肉牙」について書いておきます。前回のブログでも少し紹介しました。
「御肉牙」とは何なのか、戸田城聖氏の会長講演を直接に読んだ方がわかりやすいでしょう。そのままぜひ読んでください。かつての創価学会日蓮正宗講中としてこれを信じていたんですね。
今も信じている人なんているんでしょうか。
私には到底信じられません。
戸田会長がどうしてこれを信じて、こんなに本気で話しているのでしょう。昭和31年1月31日の本部幹部会での戸田会長の発言です。

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法主上人のお代替わりを期して、私として二つしたいことがある。一つは日昇猊下への御報恩と、もう一つは、お山に、これはまあいろいろな企画があって、全支部員まではいくまいと思うが、四月の二十日以降、月末までに拝観させていただきたいと願いを出しているのですが、それはなにかというと、初めて聞く人もあると思うが、御本山には、御肉牙という秘宝がある。これは前代未聞の秘宝です。
身延がどんなことを言おうと、立正佼成会がホラをふこうとも、この御肉牙だけは、どこを捜そうともない。身延の連中は、どこかに御肉牙はあると言っているが、あったとしても、この本物の御肉牙は、お山だけにしかない。
御肉牙というのは、日蓮大聖人様のお歯である。どこにでもあると思うが、あったとしても枯れてしまった歯だけである。ところが、いろいろの古文書により、あるいはまた古老の話を聞いて、詳細はまたの機会にし、かんたんに申し上げると、ある時、日目上人が大聖人様のおかたわらにいられると、大聖人様のお歯がグラグラしておられ、その歯をとり、それを日目上人に差し出された。日目様は、これを衣の袖で受け取りあそばされた。そして、これには、下のところに肉がついていた。この肉がぜんぶ、広宣流布の時には、歯を包まれるだろうと予言あそばされている。
これは文書にない。言い伝えによるので、いずれ詳しく発表されると思うが、私のうかがっているところでは、年々肉が太って増えていく。これは医学上説明のできないことだと思う。見ないものはウソだと言う。悪口を言うものは、それがウソでないとするならば、日興上人は残酷な人だと言う。それは、仏立宗の発行する『日蓮正宗早分かり問答集』にある。『なんと日興上人は残酷な人である。大聖人様が死ぬという時に、歯を抜いてしまった』と書いてある。話したのなら間違いだといえるが、ちゃんと印刷してある。知らないものほど、こわいものはない。これが仏立宗という邪宗だ。
このお肉は、しだいにふえて、歯を包んでいる。私が最初に拝んだ時は六百五十年遠忌の時であります。その時には、このくらい、マッチ棒の先ぐらい、お歯が出ていたが、他の部分はほとんど包んでいた。次の機会には私は行かれず、先代の牧口先生が行かれたが『まだ包まっていないが、上のほうにイボのようなものが出ていたよ』と言われた。ところが、七百年祭の時、拝んだが、歯はすっかり包まっていたのです。ただ、裏のほうの歯が見えていた。うらはまだ包まれていなかった。今度はどうなったかわかりませんが、これがですね、ガラスのなかに入れてあり、それを金でつくった宝塔の中に入れ、それをまた箱の中に入れ、それを、もう一つの箱の中に入れ、長びつの中に入れてある。なにも御飯などあげるわけではないのですが……。たしかに生きている。まことに不思議である。
明治の初め、西郷隆盛の弟、西郷従道が文部大臣かなにかになった時、この御肉牙をもってこいと命じられた。しかし、これは、ご本山ではそんなことはできない。広宣流布の時の現証であり、秘宝である御肉牙を持ち出すわけにはいかない。文部省の人がきて、ふたりで手にとって見たが、なんともいいようのないものだったが、帰ったら四十度の熱を出して、うなったそうだ。
これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。明らかである。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。将来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ。だまっていれば、何分でも動かない。
あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人も汽車では運べぬから、歩いていって拝むとしてもです。一時間に一千人、一分間にはそれを六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ。」
(昭和31年1月31日、本部幹部会にて、豊島公会堂。『戸田城聖先生講演集下』収録。創価学会昭和35年刊)

 


そんなこと、私は信じません。
見る気にもならないですし。



なんでそんなもの、真面目に信じたのでしょうね。
宗教学者島田裕巳氏は戸田会長を評して「酔っ払い」と言われたそうですが(笑)、まあそれは措くとして、戸田会長は酒飲みながら平気で講義もする、大らかで人間味のあるおもしろい方でした。
ですから、戸田会長という方は、勢いでずいぶん大雑把なことを言って述べる。戦後に日本にやってきたマッカーサーは戸田会長によると「梵天さま」らしいですけど、本当でしょうか? 



やや脱線しますが、だから戸田会長が「創価学会仏」と言ったということを金科玉条のようにするのはやめた方がいいと思うんですね。
戸田会長の発言もそろそろ再検討した方がよい頃です。戸田氏によれば御本尊は「幸福製造機」だそうですけど、私にはとてもそうは思えませんし。



ちなみにこの御肉牙については、大石寺48世日量の『富士大石寺明細誌』にちゃんと記録されてあります(『富士宗学要集』第5巻335ページ)。ただこの文献は1823年(文政6年)に書かれたものとされ、これ以外に「御肉牙」について書かれた文献は存在しない。蓮祖滅後541年間、誰も言及していないものなのに、こんなの信じるんですか? しかもこの記録をよく読むと「広宣流布の時には歯が光りだす」そうです!!!!(笑)  ホンマでっか!?
もう笑い話でしかないんですけど、この伝説について日蓮正宗の方は本気で信じていらっしゃるんでしょうか。



こんな教義もどうかと思いますが、それを本気で信じていた戸田会長にも驚かされます。そして当時の創価学会の会員もこれらを信じていたということですものね。
ちなみに昭和31年、戸田会長はこの「御肉牙」について公開して記録に残してほしいという請願書を宗門に提出しています。この請願書には宗内の僧も名を連ねていまして、その中の一人に阿部信雄(しんのう、現阿部日顕氏)氏の名前も見えます。



戸田会長の言葉は、そろそろ再検討しましょう。
創価学会が現世利益の信心から今ひとつ脱却できない遠因の一つに、戸田会長の「御本尊=幸福製造機」発言も関係していると私には思えてなりません。
















3名の告発と哲学の不在。

創価学会・元本部職員である、件の3名の暴露本が出版されました。





で、この方たちのやってることに一定の評価をしつつも、たぶんこの3人の活動ってそれ以上続かないと思います。
つまり学会本部を批判して、それからどうするの?っていうのがないんです。
あるのは「池田先生の心のある組織に戻れ」という池田大作懐古主義です。



それはそれでも構いませんけど、池田名誉会長の思想って何ですか?
池田名誉会長って体系だった思想って残してないですよね?
「親孝行しよう」
「勝ちまくれ!」
「仏法は師弟だ」
「仏法は勝負だ」
あとは日寛教学だけです。
それ以外に池田思想なんてありません。
思想なんてものはありません。
本当ですって。
嘘だと言うなら、池田思想が何なのか教えてくださいませ。
具体的に言えるものなんて何もないじゃないですか。


まあ、池田名誉会長に戻るという懐古主義でもいいんですけど、その後にどうするのか、ビジョンとか思想がないんです。
まさか池田名誉会長の心を取り戻せば創価学会はそれだけで再生するとでも思っているのでしょうか?



言わせてもらいますと、今の最高幹部を育ててきた責任は誰にあるのでしょう?
その責任は池田名誉会長と池田思想にあると思いますよ。間違いなく。
昭和52年前後、何人も弟子を切ってきたじゃないですか。
あの当時、「本門の弟子」はたくさんいたはずです。
それで残ったのが、今の学会の最高幹部の皆さんたちです。
言わば池田名誉会長が鍛え上げたエリートたちです。
原田会長なんていつもそばにいた人ですよ。周恩来総理との会見にも同席してますよね。
原田さんは宗門問題でも宗門側と最前線にいた人ですよね。
そういった最高幹部たちが腐敗したとすれば、責任は当然池田名誉会長にもありますって。
そこを総括しなければダメです。
池田名誉会長の心を失ったから腐敗したのではなくて、池田名誉会長のせいで腐敗したんですよ。
そこまで言えなきゃ創価学会は変われません。
池田名誉会長から離れないとダメです。
いつまでも師弟不二なんて言って、肝心の教学が破綻しているんじゃ、一体何と境地冥合するんでしょうか。
池田名誉会長に卓越した指導性があったことは否定しません。
けれど彼の極端な師弟主義とも言うべき「師弟」の過剰な強調が、今の学会組織の惰性化・形骸化を生んだのだと私は思ってます。



まさか池田先生と境地冥合するなんて言うんでしょうか?
それってまさに昭和52年路線で否定されたはずじゃないですか。
そうすると件のこの3人の方は、日蓮思想を離れて池田思想に行くということでしょうか。
それなら池田思想をきちんと定式化して、日蓮を傍流としてどのように位置付けるのか、その教義にまできちんと練り上げないとダメでしょう。



学会本部の問題点を指摘するのはいいですが、その後、どのような思想を根本にして創価学会をどう再生するのかということです。
まさか池田思想を純化すれば、それだけで創価学会が蘇生するとお考えなのでしょうか?
今の創価学会の直面している形骸化、権威化はもっと根の深いものです。



暴露本を出せば創価学会は再生するのですか?
日蓮思想の教義破綻はどうするのですか?
池田名誉会長に責任はないのですか?
今の本部職員の腐敗を生んだ責任は池田名誉会長にはないのですか?
私はあると思います。
池田名誉会長の指導から、今の創価学会の執行部が生まれてきたのではないのですか?
極端な師匠優先主義から、日蓮を語れない、原理主義的な幹部が生まれてきたのではないのですか?
青年部育成に失敗してきた過去はどう総括するのですか?
そこに池田名誉会長の責任はないのですか?
自分たちはどうしたいと考えているのですか?
創価学会の組織を破壊してそれで終わりとするなら、それでもいいですけど、その後のことは別に考えてないということで理解して良いんでしょうか?


もっと言ってしまうと、この3人が暴露本を出版できる、その資金源と後ろ盾は誰なのでしょうか?
3人の方が善意で戦っていることは理解できても、その資金源は何なのでしょうか?
どういう人が彼らを応援しているのでしょうか?
お金はどういう意図で出ているものなのでしょうか?


要するに哲学がわからないんです。
学会本部の腐敗という問題点を指摘するだけで、今の創価学会が陥っている形骸化が容易に変わるなんて思えません。
そんなのトップを変えてもまた同じような幹部が出てきて同じこと繰り返すだけなんじゃないかなあと思います。
だって思想が変わらないんですから。
組織って放っておけば、どんどん形骸化して腐敗するものです。そういうものです。
段勲さんとか乙骨さんとかがやってることと、3人のやってることはどこが違うのでしょうか?
同じじゃないですか。



教団の根本の思想が破綻しているという事実に、もっと今の創価学会員は気づくべきかと思います。
最高幹部を批判して、総入れ替えしても、思想が変わらなければ同じこと繰り返すだけだと思います。



日蓮から離れて、日蓮思想はあくまで傍流の思想として、根本を三代会長の思想としてしまうというウルトラCも案としてあると思います。前回のブログ記事はそういうことです。
ただ問題は、思想として定式化できそうなのは恐らく初代牧口会長だけなんですよね。


戸田城聖氏の生命論は大宇宙に偏在する生命を根本としているそうですが、これは真言密教とか梵我一如の思想ですからやめた方がよい。要するに内外相対の外道の思想を根本に持ってくるようなものです。自己矛盾することは間違いなく、他門流の方から失笑を買うだけです。
加えて戸田氏は日蓮正宗のわけのわからないオカルト的な教義を有難がって信者に紹介するところがありますから、やめた方がいいです。「御秘符」とか「御肉牙」とか本気で信じていたのでしょうか。私は初めてこれらの伝承が日蓮正宗にあることを知った時に我が耳を疑いましたけどね。


池田名誉会長の思想は「親孝行をしよう」と「勝ちまくれ」と「仏法は師弟」と「仏法は勝負」しかないので、教義として定式化するのは難しいと思います。


それなら牧口会長の価値論とか、人生地理学の思想とかを再検討して解釈するのが一番やりやすいのではないかと。
本来の創価学会とはどういうものだったのか、その原点に戻るという意味でも、初代の思想の再検討は意味があることでしょうから。
そして日蓮の思想を牧口がどのように自分の思想に組み入れたのかを考えていけば、日蓮教学から離れることができると思います。


私は日蓮の徒ですから、今のまま日蓮の信仰を貫きたいと思います。
もしも創価学会日蓮の信仰を傍流として規定し、三代会長を開祖という教義にするのなら、その時はすぐに退会すべきでしょうね。
まあ、でも今の創価学会が三代会長を根本に再生したいと思うならそれくらいしか方法がないのだとは思います。


信仰は自分の心の中に築いていくものです。
疑問を感じながらも求め続けて、より普遍性の高い真実へと至る努力を惜しまないことです。
自身の卑小さを自覚し、より偉大なものへの敬虔の念を日々感じることです。
私は自分なりに求めていこうと思います。
求めないで安易に走ろうと信仰は形骸化するものだと私たちは自身を戒めなければいけません。




日蓮門流をやめてしまえば



要するに創価学会は、日蓮の遺文を研究するという気はあまりないと思うんですね。
そんなことより「御本尊を信じて結果を出そう!」とする実証優先主義なんです。



建長年間や若き日の日蓮真言の影響があったとかなんて、創価学会にはどうでもいいんだと思います。



しかしその「どうでもいい」という姿勢が現在問われているのではないかということです。
一体全体、誰を開祖とする教団なのかと。
牧口、戸田、池田の三氏が開祖ということにしたいんでしょうか。
それならそれでもいいです。
ただ日蓮の正当な継承者と自認するのはやめた方が良いでしょう。



そうするならば、牧口思想から日蓮曼荼羅の信仰を位置づけ、牧口を本とする教義を構成すべきです。
もちろん牧口氏ではなく池田名誉会長でも構いませんけど、あくまで日蓮の教義を借りただけで、根本は池田名誉会長等、三代会長の平和思想を広める団体なんだと定義し直した方がよっぽどすっきりします。



それなのに「日蓮の正当な後継者」とか「日蓮広宣流布を実践する唯一の団体」とか言って、自教団の正当性を主張し出すからおかしなことになってくるのだと思います。
大乗仏教の徒であることも日蓮門流であることも否定し、三代会長を中心とする教団としてしまえば、先日の会則改正により「創価学会仏」となって「教団の独自性が高まった」と言う一文も初めて説得力を持ちそうです。
日蓮の御書全集も新たに出版することもなさそうですし(もしかしたら堀日亨版御書も他の書物と同様に絶版にしてしまうかもしれませんし)、会員自身も座談会等で機関誌の「大白蓮華」しか持ち歩かないなら、いっそのこと日蓮は傍流の思想として、根本を牧口会長とか池田名誉会長とかに本当にしてしまえばよいではありませんか。



つまり創価学会は牧口、戸田、池田の平和思想を広める団体なんだということです。日蓮の思想はあくまで傍流であるとすれば、他の日蓮系教団とも折り合いがつくでしょうし。
つまり「創価学会池田大作を根本とする団体であって、日蓮系教団ではない」と。


私としてはそのような脱日蓮・根本牧口とする平和思想の団体として再出発するなら、創価学会宗教法人としてではなく、非営利公益法人となった方がより良い選択肢だと考えます。
宗教法人なんて言ってるから、税の優遇についてささやかれ、金満体質なんて言われてしまうわけで、非営利の団体として三代会長を研究・実践するグループになればいいでしょう。
そのことによって、他教団との対話やまた日蓮正宗との和解が成立する可能性もありますし、会員の多様な日蓮観もそれぞれに認めることができると思います。



ただそのためには牧口思想の再検討と再解釈が必要でしょうね。
牧口と戸田が大日本皇道立教会に参加していた歴史的事実、また大東亜共栄圏の思想を牧口が認めていた事実についても、きちんと公表することでしょう。そこでごまかしてはいけない。『牧口常三郎全集』中で少し注記するだけで過去が総括できたなどとするなら、それは誤りであり、過去の誤魔化しであると思います。
牧口氏が投獄された理由は思想上の理由で神札を受けなかったことにあるのであって、彼自身は大東亜共栄圏の戦争に賛成していたことは事実なわけです。牧口氏は靖国神社にも参拝していますし、当時の牧口に戦争反対の思想は存在しません。また創価教育学会では当時、会合の前に皆で軍歌も歌っていました(創価学会の現在の座談会や会合等で、軍歌調の学会歌が歌われてきたのは、この牧口氏以来の伝統なのだと私は理解しています)。



日蓮教団であることをやめ、三代会長の思想中、どの部分が現代では無効で、どの部分を生かすのか、それをきちんと検証、公表し、過去を総括し、過去の間違いも率直に認め、三代会長の平和思想を新たな創価学会の教義として打ち出していくことです。



まあ、「創価学会」という名前を残すのであれば、牧口思想の総括と再検討は避けられない課題でしょうが、学会における日蓮教学がすでに破綻している以上、日蓮教学を再構成するよりも、より現実的な案だと思います。



公明党の位置付けも問題になるかもしれませんね。
広宣流布」ということが、単に多くの人を入信させるとか、御本尊下付数が増えるとかいうことなのではなく、社会に創価の思想が広く伝わることと定義できれば、学会も無理な折伏をする必要が無くなるし、公明党もより自由になるし、より多様な階層に柔軟な支持を広げることもできると思うんですね。
公明党創価の思想を根本にして平和社会の実現を目指していくのだと。創価学会が宗教団体でなくなり公益法人化すれば、教えの国教化もあり得ないわけですから。



自分たちは在家の団体であり、小難しい仏教の教義は要らないとするなら、日蓮の教団であることをやめてしまう方がむしろ良いのではありませんか。
日蓮思想が牧口氏にどのような影響を与えたのか、そしてそれを創価学会は現代にどのように展開していくのか、それを語る方がわかりやすい。
今のままだと、創価学会日蓮を利用して教団維持に努めているとしか思えないんですね。



都合の悪い事実を公表しないという創価学会の体質を改めて、真に会員のために誠実な団体となってほしいですね。
創価学会はあと数十年後に活動家が高齢化し、組織として立ち行かなくなります。その時にどうするのかは考えておかなければいけない問題でしょう。
まあ、信濃町が本気で令法久住ということを考えているのか私には少々疑問です。
結局、彼らの念頭にあるのは、創価学会という宗教教団の維持と既得権益の確保だけなのでしょうから。







日蓮の本覚思想と即身成仏について。

日蓮の本覚思想と即身成仏について。



今、私がわからなくて悩んでることは、日蓮に本覚思想が果たして本当に存在していたのかどうかということです。



日蓮の思想にいわゆる「本覚思想」的なものがあり、衆生に本来仏性が存在するという立場を取っていたと考えるべきかどうか、私は実は悩んでいます。
こんなこと、創価学会員さんに聞いても誰もわかりませんし、誰も教えてくれません。自分で学んでみます。
術語として「無作三身」「本覚」そして「即身成仏」という語ですが、まず「無作三身」という語から考えてみましょう。


「無作三身」という語は最澄の『守護国界抄』に由来していまして、巻下の第3章に出てくる語です。



「有為の報仏は、夢裏の権果なり。無作の三身は覚前の実仏なり」


とあるのだけど、最澄の確実な著作中(偽撰を除く)に「無作三身」の用語はここ以外に存在しないわけで、しかも円仁、円珍、安然の確実な作品中にもこの語は使われていません(浅井円道『無作三身考』)。



しかも「無作三身」の語が『守護国界抄』から引用されている日蓮の遺文は『三世諸仏総勘文教相廃立』のみです。『総勘文抄』自体は録内に含まれ、中山日祐の『本尊聖教録』に記載があるようなのですが真蹟が現存しません。そのため偽書説が残るわけなんですね。
となると、私が立論したいと考えている一念三千論については、この偽書説をとれば『総勘文抄』を依拠とすることが不可能になります。



犀角独歩氏の指摘によれば、日蓮は『双紙要文』において最澄の『守護国界抄』の一部を書写している(文永6年、中山法華経寺蔵)のだそうです。少なくとも日蓮本人が最澄の『守護国界抄』を閲覧していたのは疑いなく、「無作三身」の用語を知っていた可能性は高いことはここから推察できます。



しかし日蓮の真蹟現存・曽存の遺文中で「無作三身」「本覚」を用いている遺文は存在していないのが現状です。
確かに真蹟が現存していないからと言って、それを直ちに日蓮著書ではないと切り捨てることは極端な考えですが、ここまで「無作三身」「本覚」の語が真蹟遺文中に存在しないと、『総勘文抄』や『当体義抄』を立論の依拠として扱うことは難しくなってきます。
つまりそうなると日蓮の思想は天台本覚が正系ではないということになります。



とすると、日蓮の一念三千や本覚の理解は「即身成仏」という語の由来である、真言にあるのかもしれないと最近は考えるようになってきました。周知のように「即身成仏」という言葉は空海の造語です。
そもそも若き日の日蓮真言密教を深く学んでいました。以前のブログでも紹介したように17歳の時には智証著とされる『円多羅義集唐決』の書写をしていますし、『不動愛染感見記』(建長6年、蓮祖33歳、立宗の翌年)では日蓮自身が大日如来から相承を受けたと書かれています。この『感見記』の真蹟は保田妙本寺に現存しています。実際その後の曼荼羅のほとんどで不動と愛染は梵字によって勧請されているわけです。
蓮祖38歳の時の述作『守護国家論』(身延曽存)で日蓮は法華とともに真言も「正法」と規定しています。少なくとも『災難対治抄』『立正安国論』の時期まで日蓮は法華真言未分の立場です。
日蓮真言批判へと転ずるのは実際には弘長2年の『教機時国抄』からで、蓮祖41歳以降のことなんですね。



日蓮の一念三千の理解は、実は真言における「即身成仏」とセットになっているのではないか。最近はそんな風に考えています。
実際『撰時抄』には以下のようにあります。



「世尊は二乗作仏・久遠実成をば名字をかくし即身成仏・一念三千の肝心、其義を宣べ給はず、此等は偏にこれ機は有りしかども時の来らざればのべさせ給はず」
(御書全集、創価学会版、256ページ)



この文からは「即身成仏」と「一念三千」が並存していると読むこともできるでしょうし、また両者が同格であるとも読めます。
日蓮の『戒体即身成仏義』等の著作から、日蓮の即身成仏理解を考察し、そこから一念三千をどのように日蓮自身が位置付けているのかを考えることが、今後の重要なポイントになりそうです。
後年、日蓮は「法華経がなければ真言に即身成仏の義はあり得ない」「真言法華経の即身成仏義を盗んで真言に取り入れた」等と真言を批判するわけです(『太田殿女房御返事』建治元年、同1005〜1008ページ。『四条金吾釈迦仏供養事』建治2年、同1145ページ等)。
真言にあった即身成仏という語を用いつつ、"その理論的根拠は本来法華経にあるのだ"という風に日蓮の思想はシフトしていくことになります。


追記:1〜3まであります。


追記:1
創価学会の教学というものはどうにもならなくて、だいたい『戒体即身成仏義』は御書全集に未収録。多くの会員は見たことも聞いたこともない。ちゃんと堀日亨氏の凡例に記述があるのにほとんどの方は読んでもいません(御書全集、目次前の序の5ページにちゃんと書いてあります)。
法華と真言が未分の立場をとる『守護国家論』や『災難対治抄』についてはほとんど何も語れない。まして『不動愛染感見記』についてなど初めて聞くという学会員さんが多いのではないでしょうか。学会員の方は徒らに偽書説を唱えたりするのでしょうけど、それでは身延曽存の『守護国家論』で法華・真言ともに正法として論を展開していた事実をどう説明するのでしょう。ちゃんと「法華真言の直道」って書かれていますよ(同36ページ)。
法華真言未分の時期が日蓮にあったことは疑いないのですが、創価学会本部はそれを会員にきちんと伝えようとしないのか、そのことさえも知らないのか、あるいは認めようとしないのか、立場的にはそのどれかなのでしょうね。



追記:2
『阿仏房御書』(真蹟不存)には

「今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり」
(御書全集1304ページ)

と書かれています。一身を「地水火風空」の五大と配するのはまさに『五輪九字明秘密義釈』に見られる真言密教覚鑁(かくばん)の思想で、彼はここで地水火風空の五輪を人の五体になぞらえた図を残しています。この「地水火風空」は『生死一大事血脈抄』(同1338ページ)にも『三世諸仏総勘文教相廃立』(同568ページ)にも出てきます。
創価学会は『戒体即身成仏義』を偽書と断定するなら、論理的には真言の思想が含まれている真蹟不存のこれら『阿仏房御書』『生死一大事血脈抄』『三世諸仏総勘文教相廃立』の三書も偽書と判断すべきでしょう。この点については創価学会の公式見解はどうなっているのか、この五大が真言由来ということについては創価学会は意図的に無視をしているのか、何も語らないので全くわかりません。
書いていて気づいたのですが、『阿仏房御書』と『総勘文抄』の「我身を宝塔・五大と見る」という記述が日蓮書写の『五輪九字明秘密義釈』の思想と重なるならば、この二書を真蹟と判断する、あるいは信頼性を高める根拠となり得るかもしれません。



追記:3
建治元年の『太田殿女房御返事』は真蹟が中山に現存します。ここでは、本来の即身成仏思想は真言ではなくて法華経にあるのだという後期の真言批判が展開されていきます。
また『聖愚問答抄』では、最澄が唯一「即身成仏」と述べた『法華秀句』が引用されています(同499ページ)。最澄の即身成仏思想は空海や他宗からの影響であり、次第に即身成仏思想を展開していったものと推測されますが(進藤浩司『最澄の即身成仏思想』印度學佛教学研究』第50巻第2号、2002年3月)、日蓮はここで最澄を引用することで法華経の力によって初めて即身成仏が可能になるとして、自説の法華経一乗思想に、即身成仏を取り込んでいるように私には思えます。
『聖愚問答抄』には真蹟が存在せず、偽書説がありますが、日像の『曼荼羅相伝』(1318年)に引用があり、祖滅36年なので比較的信頼性は高いと考えられます。また日持の著作日蓮自身が允可を与えたという説もあります。
なお『四条金吾釈迦仏供養事』については、真蹟の断片が鎌倉妙本寺に存在し、身延曽存であることが知られています。



諸々の事象は過ぎ去る。

ゴータマ・ブッダの最後の言葉は



「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させなさい」
(マハー・パリー・ニッバーナ・スッタンタ。大般涅槃経


というものでした。
釈迦の教えというものは、人間があっちにしようか、こっちにしようかと、あれこれ悩むのに対して「自らに生きよ」と人の道を指し示すものだったわけです。
釈迦は仏教という教えを本来説いたわけではないし、宗教を創設したわけでもない。
釈迦は対話をする時、相手の立場を必ず認める。一度認めてその上で法を説いてきます。
つまり衆生の機根に合わせて、相手の思想を否定することなく、自身が生きるべき道を指し示すだけなんですね。


釈迦は人が「ダルマ」(理法)にしたがって生きるべきだと説いたわけで、その意味で「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞」なのですね。
その意味で中村元氏が「仏教」ではなく「仏法」であるとしているのは一つの説得力を持ちます。


釈迦はあらゆる事象が過ぎ去るものであり、一切は無常であると説いた。
固定された常住の教えを彼が説いたわけではありません。


いわゆる「六師外道」が現れた背景には、当時のインドではヴェーダが形式的な道徳になり、迷信のように思われていたことがあったとされています。
そこで六師が現れる。彼らの中からは一切の道徳律を否定するものさえ出る。人を殺しても構わない、汚れた魂を浄化するために人は苦行をすべし、人は解脱に達することができない等々です。


釈迦は衆生の機根に合わせて法を説いたわけですが、相手の意見も思想も一度認めて、その上で相手を高い境涯へと導いていく手法を取りました。いわば釈迦は対話の名人だったとも言えるでしょう。


釈迦はヴェーダにおけるアートマン(我)も否定はしていません。釈迦以前のウパニシャッド哲学でアートマンは哲学的な主体概念だったのですが、ゴータマはそれを一度認めた上でより実践的な主体に捉え直しているんですね。
アートマンと対概念になる「ブラフマン」(梵)について、「サンユッタ・ニカーヤ」では「梵」は人格的な存在となっています。釈尊に教えを説くことを請う人として梵天が後に歴史的に人格化して登場してくるというのが面白いなぁと感じます。



釈迦は本来新しい宗教を説いたつもりもなく、ただ相手の機根に合わせて人の生きるべき道を説き、中道を説いた。一切は無常であり、うつろうものであるから、中道として生き、修行を完成させよと主張したわけです。



「見よ、神々並びに世人は、非我なるものを我と思いなし、〈名称と形態〉(個体)に執著している。『これこそ真理である』と考えている。」
(『スッタニパータ』756節)



中村元氏によれば「名称と形態」というのは『ウパニシャッド』の術語です。
現象世界はいかなるものも名前を持っていると私たちは考えている。いわゆる言語名称目録観と考えられます。
現代でこそソシュール以降、言語名称目録観のような「言語に名指されるべき実体が言語以前に存在する」という考え方は否定されていますが、それをすでに釈迦は看取していると考えてもよいかと思います。



一切が無常であり、名称と形態に固執しない、教義を概念として固定化しない、そのことを中道として生き方として展開したのが歴史上の釈迦という存在でした。



大乗仏教は基本非仏説です。しかし大乗仏教運動は教義の固定化を否定し、常に新しい何かへと解釈をする、その運動だったのだと考えています。ですから何か決まった教義や形骸化された教えを守ることは、少しも釈迦の本意に沿うことではないわけです。
常に新しく何かを捉え直し、考えることこそが冒頭に引用した大般涅槃経での釈迦の真意なのではないでしょうか。
だからこそ私はナーガールジュナ以降の大乗仏教運動に意義を見出しています。そしてそれらの教えも常に新しく解釈し直す運動として捉えなければ容易に形骸化することに気づかなければいけません。



だからこそ
「仏は生命である」とか
「大宇宙に偏在する生命という妙法」とか
「三世常住の法」とか
そのような神秘的な何かが三世に常住していると創価学会が固執するのは、「もろもろの事象は過ぎ去る」とする釈迦の真意にも反しているのではないでしょうか。
そもそも「大宇宙は生命であり、唱題によってその生命の法と自身が合致していく」という考えはウパニシャッド哲学におけるアートマンブラフマンの一致と同義であり、五重相対の教判から見れば創価学会は内外相対の"外道"の教えに依拠していることになります。



私たちの認識には限界があり、それらを認識することは一つの虚偽でしかない。言語により名指される以前に概念は存在し得ないのです。だからこそ認識は記号的であり、記号を創作した瞬間から形式的に固定化されます。
ですから説かれた教えは説かれた瞬間から形骸化するのは避けられないことです。
だからこそ、私たちは常に無反省ではいけないわけですし、常に原点を振り返り、何が開祖の真意であったのかを問い直すことが大切でしょう。